建築家日比龍美BLOG

HITBIT 心もよう vol-112 June 2019

HITBIT[心もよう]vol-112 June 2019
今年も天候不順というのか、梅雨入りが20日ほども遅くなったとか・・・。
お天気情報というのか、例えば、最高気温が昨日より10℃も高くなる、なんていう異常とも思える気温差・・・そんな予報が週のうちに何か所も何度もある・・・。これでは、どんなに健康な人でも身体が持たない・・・なにも気象庁や予報士の責任だといっているのではないですから誤解のないように・・・ええ。
・・・そう、地球が病んでいる・・・そんな地球の悲鳴のようなものさえ、近頃の天気予報には見えている。
18世紀19世紀そして20世紀と産業革命とともに、ばい煙が、石炭鉱山が開発され粉塵が、石油が排気ガスが・・・と、書ききれぬほどの原因が指摘されつつ、20世紀末から、地球の温暖化が懸念されてきた・・・。南極の上空のオゾンホールの存在発見から、人体への影響と環境への影響の懸念が深まり、北極の結氷面積が急激に減少し、通年の北極海、その開氷域が多くなり、船舶が通年航行できる航路が開けたとか・・・ヒマラヤの高山帯、さらにヨーロッパアルプスの氷河の先端が高度を上げ、長さも幅も小さくなってしまった・・・などと・・・これは世界中の高山帯の顕著な現象だ・・・。シベリアやカナダの永久凍土地帯もどんどんその面積を減らしてもいるらしい。北極海の結氷域の減少がシロクマの生息を脅かしてもいるとの報道も見える。
・・・そう、地球生物が非常な勢いで種の存続を不可能にされているという。
それは生物すべて・・・動植物の全般にわたって、この現象だ。
・・・21世紀にはアフリカの近代化が進む、そうして、人為的な生物淘汰が止まなくなる・・・かといって、アフリカ諸国の発展を止めることはできない。
我々人類は、いうなれば、進化著しい生物であるがゆえに、この存在自体が地球においては、破壊者となってしまったのであり、その最後の地域がアフリカとなったのであって、アフリカの人類の罪でも悪でも何でもないのだ。
・・・むしろ、最後尾を走っている人類の仲間を置き去りにして先頭を走る諸国が、彼らをこれまで置き去りにして来たことの方が、罪悪といわねばならないのだろう。
地球温暖化それに最近発見された、マイクロプラスチックという新たな深刻なゴミの存在が海洋汚染と海洋生物への影響として懸念が深まっている。
・・・もちろん地球温暖化は、大気汚染そのものが引き起こしたのであり、もちろん火山噴火の影響も大きいが、大気汚染の最たるものは人類のなすあらゆる排ガスの影響であるとされる。
・・・そう、この地球の破壊、地球環境の破壊は人間の存在そのものにあって、人類はこれまで地球を食い物にして進歩を成してきたといってよい。
・・・そして、この地球を食い尽くし、さらに、互いに殺戮を繰り返すことによって、人類は地球上から姿を消すのだろうか。その後、静かになった地球は、一時、虐げられていた動植物が繁栄するのだろう・・・そして、気候変動によって彼らも死に絶えていき、さらに地球の寿命とともに、太陽系の星々も次々とガス化していくのかしら・・・。
・・・などと、今日までのG20の大阪サミットのニュースを聴きながら、ふと思ったのでした・・・。
・・・体調がよくないくせに、こんなバカげたことを心配している自分にあきれているところです・・・ええ、こんな夢想とも幻想ともつかぬこと・・・体調がよくないのに、もっと自分の健康のこと暮らしのことを考えるべきかと、今、ふと思ったことでした。
さあ、あなたもやってくる猛暑に、どうか健康で過ごされますよう、心よりお祈りいたします・・・お元気で・・・再見!!! 
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===目次===
6/01  ・・・初夏の空気・・・
6/03  ・・・食品スーパーでの買い物・・・
6/04  ・・・定期健診・寝不足で医者通い・・・
6/05  ・・・建築とはこうした共感をも誘うものかもしれない・・・
6/06  ・・・物言わずとも通じ合う“共感”という心の一風景はどこへ・・・
6/17  ・・・市から送られてきた「健康診査票」・・・
6/18  ・・・その薄汚れた心は・・・清められないよ・・・との声
6/20  ・・・昨日までのんびりとした空気は何処へ行ったのかしら・・・
6/22  ・・・そう、人としての決断の時だ。この夏は・・・
6/27  ・・・そう、人としての決断の時だ。この夏は・2・・・
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・・・初夏の空気・・・
6/01/Sat.
薄曇り、風もなく静かな土曜日。
9時過ぎには恒例の土曜日の掃除を終えて椅子に座ったら、いつの間にかうとうとと。
室温は27℃ほどか。湿度は低いらしく快適だ。
外へ目をやると、キアゲハがニ三頭ガラス屋根の上、その向うのサンゴジュの垣根に沿って行き来している。その間にモンシロチョウがマイペースで垣根の隙間を超え行き、またこちらへ越えてくる。・・・そんなことしてると、蜘蛛の巣に引っ掛かるぞと、心配になる。
・・・そう、土曜日・・・小牧空港を発着する自衛隊機は今日は休みか・・・それに、旅客機もほとんど飛んでいない。
長閑だ・・・ほんと、のどか。
のんびりして、初夏の空気をボクは呼吸している。
でも頭の中は、ぐるぐると、回転・・・あれこれ思ってしまう。
そうそう、毎月朔日ごとにあげていた「お経」を、何か月もさぼっていたことを思い出した。
・・・これ、思い出しただけでもたいしたものだと、ここでも自分褒めをして、先ほど読経を終えた・・・。その線香の残り香がふと感じられ、消したろうそくのパラフィンのにおいとともに漂っている・・・。
そういえば、前回読経しその残りのロウソクだが、その時、現代のロウソク?に変えた・・・そう、ハゼの油の和ろうそくが無くなってきて残り少なくなり、なぜか、経本とともにあったパラフィン蝋燭を、前回初めて使ったのだ・・・この現代のロウソク・・・煙が少なくて、なかなかいい。10本ほど・・・誰かに頂いたのだろうけど、心当たりがない・・。試しに買ったものかしら?
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・・・食品スーパーでの買い物・・・
6/03/Mon.
昨日より気温・湿度ともに上がっている。今日は旧暦の5月1日。五月雨の季節というわけだ。
本当のことを言えば、体調がすこぶる悪い・・・、気持ちも投げやりになり、これからが不透明・・・と、そんな感覚だ。
こんな気持ちが、海岸へ寄せてくる波のように絶えずやってくる・・・病のデパートだと、何かにつけて言い放っているが、それは事実だ。
・・・僕の日常は、全く孤独・・・出かける目的は、買い物、そう食べることは、どうしても避けられない、かといって外で食べることはほとんどない・・・絶対にないということではなく、数か月おきにたまに市中へ出かけたときは、ビルの地下街にあるスパゲティ屋へ入ったものだ。しかし、ビルの建て替えで3月末で閉店・・・それで行き場を失って、それからは、どこへもよらず、飲み食い一切なく家へたどり着く。
・・・そうそう、出かけるのは食材の買い出し・・・食品スーパーでの買い物もそれなりに慣れた。だけど、こんなことは慣れない方がいいに決まっている。
そういえば、買い物慣れしてなさそうな老人の買物ぶりを見かけたことがある・・・その方は、なぜかクノール・コーンスープの箱を10箱ほども抱えレジへと向かっていった・・・はて、そんなに買って、毎日毎時そのスープを食べるというのか飲むというのかするのかしら・・・と、あっけにとられた記憶がある。
さすがの僕も、このインスタントスープなるものを何箱も買わない・・・このコーンスープをボクは好きだが、買っても1箱だけだ・・・。そう、年齢は80歳を超えておられるのだろうそのお方・・・何かの記憶を以てそれを買い求められたのだろうが・・・そう、妻の出してくれた、そのコーンスプーが懐かしかったのか・・・その、1箱の中には、8袋のスープのパウダーが入っている。
いらぬ世話の想像をボクはしているのだ・・・僕自身の境遇とも引き比べて・・・。
・・・もちろん、知っていて買い求めたのかもしれないし・・・それは、わからない。
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・・・定期健診・寝不足で医者通い・・・
6/04/Tue.
今日は早起き、というよりも、眠れなかった。目覚まし時計を解除して早く起きた。
というより、眠れず、ベッドに入ってからウツラウツラと眠れず4時になり5時になって、気持ちは徹夜のようだ・・・。病のことではない・・・様々に心と頭の中を、思いが駆け巡って・・・眠ってもいないし、目覚めてもいない・・・半分睡眠・・・半睡(こんな熟語はないか・・・半睡眠か?)の状態・・・生寝?これも熟語ないか???
・・・まあ、それでもベッドを離れ・・・身じまいをするのに、あれこれと数十分。
フラフラの状態・・・で、始発バスに乗った・・・。
路線バスの始発に乗った・・・といっても、路線バスの途中バス停からバスターミナルまで、バスストップ4つほど、10分ほどだ。そして、地下鉄に乗り換える。4駅目で降り、長いエスカレータで上り地上へ・・・そこから10数分歩き、病院へ着く・・・早朝の院内、閑散としているが、すでに10数人・・・早い診察順を取るために番号札を取るのだ・・・。ボクは予約者の4番目だった。いつもよりずいぶん早い番号・・・札。黄色の番号札は予約なしの来院者・・・僕のは白い札・予約者。
ボクは何も急ぐことはないのに・・・このように検診に来るこの病院へ、早めにやってくる・・・。もう一つ、年に一度の検診も他の病院んであるが、その病院へも、ここと同じように早め早めと出かけていくが、やはり僕より早い人がたくさんいる・・・そこは20数人、時には30人ほどがすでにきている、みな老人・・・ずいぶん遠方から名古屋までやってくる方に隣り合ったことがある。その病院は待合室の椅子の背もたれの裏に大きく番号が付けてあって、来たもの順に座って待つ・・・とにかく、病院はどこもかしこも老人ばかり・・・掛かりつけの町医者もやはり患者は老人ばかり。みんな急ぐ人生でもなさそうなのに。
・・・きょうは、足の具合がよくて、こうして出かけてきました・・・なんて言い、答える人も・・・そう、私も体調がよくてこうしてやってこれました・・・なんって、シャアシャアと・・・聞いていて・・・それじゃあ、医者に掛かる必要もないだろうに・・・と、ボクはおせっかいにも思ってしまい、一方でおかしみがこみあげてくる・・・自分のことはすっかり棚に上げて・・・。
まあ、いくつもの病のためにボクもこうして気軽に医者通いだ。
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・・・建築とはこうした共感をも誘うものかもしれない・・・
6/05/Wed.
曇り、時々パラパラと雨音がする。
・・・昨日の病院通い・・・帰りは、地下鉄で街の中心部へ出かける心つもりで出かけて行った・・・。そう、なぜか町の中なのに里山の麓に暮らしている自分が、この環境の心地よさに、怠惰になり、感情が錆びつきはしないかと不安になって、病院帰りの遠出・遠回りの帰宅?となる。
・・・順調にMRIの撮影と医者の問診と回って9時半ころには病院を出た・・・地下鉄まではシャトルバス・・・そして町の中心部へ地下鉄で・・・寝不足で、ふらつく足元。それでも、解体工事中の幕張をした”丸栄百貨店“をチラと眺めてきた・・・。そう、村野藤吾さんの名古屋での数少ない作品・・・これで、二つが解体される・・・名古屋都ホテルと、この丸栄百貨店・・・僕は、この丸栄で買い物をした・・・そう、この村野藤吾さんへ設計を依頼した、このデパートのオーナーの美意識と心意気を気に入ったとは生意気だけど、確かに自分の心の中には、共感があった・・・。このデパートのエレベーターの扉絵は”東郷青児”だった。それに、屋内階段はくり型の木製、それが黒い漆塗(カシュウかな?・・・)の手すり・・・地下街への階段の手すりは、真鍮の八(六?)角形断面のバーが並行した手すり・・・これらに触れることで、堕落した僕を少しだけ、励ましてくれる思いがしたものだ・・・。
そう、ボクの直接の建築の師、そのK先生、Kさんと、弟子たちは会話の中では呼ぶが、その先生の建築に触れる機会は少ない。それもあって、師の師ともいう村野さんの建築に、入る・居る・泊る・・・こと、触れること・・・は、堕落者ボクの心が少しは浄化される・・・そんな心地がするのだ。
そう、ボクは何十年か昔・・・そう、堕落??と・・・そう僕の頭の中へ何かが入り込んで、囁いた・・・それに、負けたか・・・と、悔やんでいる。
その共感、そして、ボクたちにはぜいたくな京都のプリンスホテルも、また解体前の名古屋都ホテルへもわざわざ、泊まりに行ったものだ。
そして、この共感を以て泊ったのだ。そう、こうした買い物客、こうした宿泊客・・・も、数多くあることだろう・・。またそこに働く人たちも・・・そう、宿泊の係だったHさん・・・彼もそんな人だった・・・今は高輪プリンスへ移られたという・・・。
まあ、建築とはこうした共感をも誘うものかもしれない。
しかし、連れ合いが亡くなって、その希望も聞いてやれなくなって・・・今は、そんな旅行もしなくなった。
・・・
・・・体調がよくない・・・疲れやすく眠れない・・・。最悪。
それにしても建築の設計依頼が欲しい・・・そう、ジョブがないから、「本」を書いた・・・10年かかって・・・この頑張りが発揮できれば・・・。
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・・・物言わずとも通じ合う“共感”という、心の一風景はどこへ・・・
6/06/Thu.
天気予報では、名古屋の最高気温は32℃まで上がるでしょう・・・と。7月中頃の気温とか。五月雨・梅雨・・・アジサイ・・・なんて、気楽なことを考えたり語ったりできない・・・危険な季節。・・・空梅雨による水不足・・・貯水湖が干上がり、貯水率0%と、なんとまあ、こうして真夏へ向かって、気候が早め早めと上昇していく。これが7月8月にでもなればそして残暑の季節ともなれば・・・何となく空恐ろしくなる。
そう、昨今の天井知らずの気温上昇・・・時に狂ったような寒冷前線の急な発生と接近。
そして、激しい雷雨、竜巻、雹、集中豪雨というのか局地的豪雨・・・と、田舎の集落や開発宅地の住宅地・・・中小河川の氾濫と堤防決壊、そして浸水、道路は川となり、なぜか何日も水が引かない・・・斜面宅地の崩落、崖の崩落、道路の寸断、都市では地下駐車場が浸水・・・発電機も動かない。都市交通はダウン。帰宅難民・・・。携帯スマホは通じない・・・状況も把握できず不安は増すばかり。そう、悪い方へ悪い方へと、考えが膨らんでゆく。
この季節は、なぜか期待が裏切られる・・・そう、新緑が徐々に色濃くなり、里山が何物にも動じないような風景となるにもかかわらず・・・そこに予想するのはなぜか不安ばかりだ・・・春・山笑う、夏・山したたる、秋・山装う、冬・山眠る・・・これに梅雨・山たたずむ・・・そう、シトシト降る雨にたたずみ居る木々の姿をボクは加えたい。
・・・そう、日本気候は四季があるというが、かつてのシトシトと降る季節・梅雨の雨の風情は、えも言えない落ち着きのある季節だった・・・が、それはもうはるか過ぎ去った季節の風景となってしまった。
人情もなぜかカラカラに乾ききって、あるいは凄まじい雨脚、その轟に何もかもが包まれて、押し流されて、静けさの心なんて微塵もない。
そして、物言わずとも通じ合う“共感”という、そう、心の一風景をも失ってしまった・・・日本人の湿り気のある心模様はどこかへ行ってしまった。
・・・まあ、そんなに悲観ばかりしないで・・・このカーテンを揺らし行く、西風を心で受け止めましょうか・・・。
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・・・市から送られてきた「健康診査票」・・・
6/17/Mon.
今日は画像センターへ・・・そう、体の内、右側の内奥・・・胸から体側・脇、さらに背側・・・そう、右あばら骨に囲まれ保護されてある内臓の多くがこの辺りにある・・・この奥・・・どれかは僕には分からないがに・・・“ズウーン”とした痛み・鈍痛、そして時に鋭い痛みがある・・・。そのどれかではないかしらと・・・掛かりつけ医に訴え・・・ちょうど市から送られてきてあった「健康診査票」を持って、月一回の検診を兼ねて出かけ医師に訴えた・・・。そして、こうして画像センターへと振られ、そしてCTをやってもらうことになったのだ・・・。
・・・どんな画像が出るのか・・・心配というわけではないが・・・心配ないとか・・・なにがしか・・・痛みの原因らしきものでもわかればと思っている。かかりつけ医では、胸のレントゲン、検尿、検便・・・と、いろいろ・・・と。
CTデータは数日後には画像が掛かりつけ医へ送られるそうだけど・・・まあ、週末か来週月曜日にでも・・・結果を聴きに行こうと思っている。
市から送られてきてあった「健康診査票」を、こうして使わせてもらっている・・・。毎年か、何年ごとなのか、定かに記憶はないが・・・以前にも同じような検診を受けたことがある。
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・・・その薄汚れた心は・・・清められないよ・・・との声
6/18/Tue.
そう、昨日は「健康診査」へ・・・そして、その昨日のこと、その後・・・長年続けてきたユニセフへのささやかな送金・・・ほんの少しのこと、毎年6月と12月に・・・。ささやか過ぎて恥ずかしいが・・・この薄汚いボクの心のほんの少しブラシュアップ・・・の、つもり・・・。そんなこと思ったって、やったって・・・その薄汚れた心は・・・清められないよ・・・との声が聞こえそうだ。
そう、こんなことで少しの罪も消える、浄化される・・・なんてことがあるわけない。
が、ただ1人の乳幼児の命でいい、それが、この世に繋ぎ止められればと・・・心細い期待に、懺悔を以て・・・こんな愚かなことをやっている・・・長年。
・・・密教では、人のなす罪・・・「身・口・意」(あるいは、これらから発する悪)にあるそうな・・・ええ、ボクは密教のことはよくわからないが・・・そんな、こと・・・仏の教え・・・が、あるらしい。
・・・そう、人が為す罪の大小・・・誰にでもあるのだろうか・・・僕にはわからないが・・・何かふと魔が差すなんてことから・・・そんなことがなにがしか、人は、人の罪としてなしているらしい・・・らしい・・・ではなく、罪を犯している・・・俺という者・・・がいる・・・この存在するということ自体が罪なのかもとも思えもする。
・・・そう、このユニセフへのささやかな送金・・・もうやめようと・・・今年も思った・・・が、わが心の罪を思うと・・・あとすこし、今年だけは続けようとも・・・思いなおすのだ。
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・・・昨日までのんびりとした空気は何処へ行ったのかしら・・・
6/20/Thu.
昨日までのんびりとした空気は何処へ行ったのかしら・・・。
急激な気温の上昇・・・西日が斜めに居間へ差し込んで、午後になってから室温が上昇している・・・午後3時45分・・・30℃。その窓からそよ風も吹き込むが、それでは追いつかない・・・容赦ない西日。
この暑さでも、セミは鳴かない。
・・・耳鳴りがしている・・・これ、セミにも劣らない鳴き声だ・・・なんとも・・・はや。
1時間ほど前、男子中学生数人が下校・・・声変わりしたばかりのような、ではなく声変わりそのもの・・・その響き。
声を張り上げ・・・喉を傷めたかのような、そんなガラガラ声・・・。
・・・そう、成長しているのだ・・・そして、だんだんと、人生の重みを実感していく。
長閑だった幼いころを思い出すでもなく・・・人社会・・・人生に飲み込まれていく彼ら・・・。僕もそんな人生を歩んできた・・・いまでも人生の重荷は増すばかり。足掻きにあがいているが、浮上はままならず、アップアップ・・・開いた口からは呼吸をさせないぞというように・・・水しぶきが襲い来る・・・溺れてしまうのかしら・・・。
・・・こんなことまで想像しても、人間とは意外にしぶとい生き物だ・・・。
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・・・昨日までのんびりとした空気は何処へ行ったのかしら・・・
6/21/Fri.
昨日の暑さに比べたらなんと快適かしら・・・と、いっても湿度は高く、こうしてタイピングしているこの腕、食卓テーブルに置いているのだが、その部分が汗ばむ。
室内温度はおおよそ30℃・・・昨日とあまり変わらないが、時々日差しはあるが、曇っているせいか風が少しだけ涼しい・・・。
・・・このコンピュータ・・・文字数が重いのだろうか・・・項目によっては“メモリー不足で指定のフォントがつかえません”と表示が出る。そして、このせいで、1ページだけプリントアウトしたいのだけど、応答なし・・・。
こうなると僕の手には負えない・・・メモリーの増強が必要なのかしら・・・また、この文章ソフト「WORD」・・・前回の不調時に手当てしてくれた修理屋さん、その時、何かの手当てから・・・文字の空きに□のしるしが出る・・・これが、なんとも目障り・・・読みづらい・・・これも同時に何とかしなくてはと・・・そう、なんとも気の重いことだ。
・・・申し訳ない・・・これ、愚痴です。
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・・・そう、人としての決断の時だ。この夏は・・・
6/22/Sat.
大学新卒の就職内定率が70%を超えている。
ニュースに語られるこれ・・・これが、若者にあらぬ確信を抱かせている・・・。この「確信」・・・愚かな確信だ・・・。この何も確証のない未来への幻想・・・。
・・・若者のすべてはこの「自分が体制の側にあるという確信・・・」・・・これ、本当にそうなのか・・・そう、おそくとも3年・・はやければ半年で・・・自分が考えていたものと...現実の違いに気が付くことだろう・・・そう、君が思う・考えるような・・・バラ色の現実なんぞどこにもない・・・ましてや未来にもそんな優しい世界はありはしない・・・。
そう、このことにいかに早く気が付くか・気付かせられるか・・・そう、現実・そこにある過酷な現実が・・・君の現実なのだということ・・・企業だって・・・政府だって・・・君の思いが幻想に過ぎないことを知っていて黙している・・・そう、就職を気遣ってくれたかのような雰囲気の大学や高校の就職の先生の”優しく機知にとんだ会話“・・・
、そんなものは、幻影であって虚言に過ぎないのだ・・・そう、遠からず君は、自らの悟った現実に打ちひしがれて・・・その職場を去ることだろう・・・。そうでなくとも・・・君は、その現実の職場に“自らを押し殺して・・・そう、何かわけのわからない、現実の力に首根っこをつかまれ・・・土下座しひれ伏し卑屈になって従っている・・・そんな自分を見出す・・・そして、いつの間にか、結婚し、女房殿にもひれ伏し、一人二人の愛すべき子供のためと己を押し殺し・・・屈辱的な人生を歩みつつある自分に出会う。
・・・しかし、悲観することはない・・・その、君のような人生を歩みつつある同輩や先輩は・・・数える間もない、さも多様性をはらみながら・・・君の周りにうようよといるのだ・・・それでもいいではないか・・・ねえ、みんなと同じなんだから・・・何も恥じることはない・・・ましてや・・・少しだけ多くの給料とボーナスをもらって、君の背広の衿には“わが社“・・・の”バッジ“が、込み合った通勤電車の他を圧倒して・・・輝いているのだから・・・そう、今宵は早く帰って、妻の誕生祝を子供たちとともに祝うのだ・・・そう、赤いバラの花束と少し高級なワインを買い求めて帰ろう・・・。そう、どんなに、社内に居場所がなくったって・・・おくびにもそんなこと出さないぞ・・・そう、俺の同級生・・・中学高校大学と・・・周りを見回しても・・・俺ほど出世したものはいない・・・そう、おれは選ばれたもの、特別なんだ俺は・・・と、君は、改めて思って見せる・・・自分に自分を誇示している・・・そんな自分を見出だすのだ・・・。さて、もう一度自分の周りを見回してみると・・・そう、何んと自分そっくりな・・・同期入社、先輩入社の者たちが・・・うようよと・・・たむろしていることか・・・そう言えば、今夜は早く帰らなければ・・・しかし、なんて間が悪いのだ・・・子宵は課長が地方支社へ所長となって栄転する、その、送別会だと・・・メールが届いた・・・ああ、なんて間が悪い・・・なんで、今日・今宵なのだ・・・。
・・・ああ、申し訳ない、花束とワインを自宅の最寄り駅の花屋と酒屋へ注文してある・・・そう、できるだけ早く送別会を抜け出して・・・帰るからね・・・。と、自宅、奥さんへ電話しようとしたが・・・ちょっと待てよ、何かひょっとして”一言“いわれるかもしれない・・・そう、メール・・・シトコッ,と逃げを打つ・・・そんな自分に出会ってしまう・・・。
・・・そう言えば、今年は参院選・・・もしかすると、アベが衆院も解散し・・・同日選挙になるやもしれない・・・そうだ、ここで自民公明が大敗を喫したなら・・・このわが社が危うくなるかもしれない・・・そう、俺も将来は支店長・・・そんな幻想も抱く・・・そうだ、自民・公明・・・へ、投票しておこうかな・・・そうだ、あの大学の講義の時にときめいた・・・反体制的な思想ともいえない哲学ともいえない・・・青年として描いた改革・・・そう革新・・・そう、革命ともいえないが・・・・そんな、青年としての理想が思い出される・・・そう、俺はこのことをすっかり忘れ去っていた・・・確かに、こうして二人の子の親となった俺だが・・・と君は思うのだ。
そう、この子供たちへ、ほんとに希望のある未来を遺してやることが出来るのだろうか。
・・・そう、妙なことになった、妙なことを思い出した・・・革命・・・ここまでしなくても・・・革新・・・そう、時代の前衛にありたいと、あの高校三年生、そして地方大学の一年生・・・だったとき・・・少しだけ抱いた”時代への不安“”時代への不満“・・・そんなことを、今宵、女房殿の誕生日に思い出してしまった・・・そう、どうしようかな、帰ろかな、宴席にとどまるかな・・・と、このサラリーマン・・中堅になりつつある「君」は考えるのでした・・・そう結論を出さなきゃ・・・行動するかしないか・・・体制に身をゆだねるのか・・・ばかげた反骨をひけらかし・・・同期の者どもの失笑をかるのか・・・そう、今、俺は「人」としての岐路に立っている。
・・・そう、今宵は体制に身を任そう・・・そうメールを妻と子らへ・・・そう、今度の選挙こそボクは僕でありたいと思う・・・そう、青年の頃、一時期のことだったけど、なんとわくわくした、あの時だったか・・・。そう、妻にも話してみよう・・・子供たちの未来・・・どんな社会を遺すのか・・・そう、人としての決断の時だ。この夏は・・・。
・・・などと、僕には全く関係ないこと、その空想を書きつらねてきたのだが・・・。
・・・僕もそうだけど・・・なかなか自分を貫けない・・・汚点の多い人生だ・・・と、振り返って思う・・・しかし、選挙だけは・・・。
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・・・そう、人としての決断の時だ。この夏は・2・・・
6/27/Wed.
突然のニュース・・・米国が、日米安保条約は不平等条約・・・だという、ニュースが流れ、日本政府はその噂の打ち消しに躍起となった・・・。
そう、ボクは言い続けてきた・・・米国内には、事実上日本列島を米国の防衛線の第一線、すなわち、米国の敵前線に日本列島を置いているくせに・・・心の底、本音は・・・俺たちは日本の口車にのせられ、日米安保条約をさも米国への追従的に結ばされた、それも、東西冷戦時には有効だったかもしれないが、その冷戦の構図が崩れ、ヨーロッパでドイツが統一して、ロシアも、共産政権が崩壊・・・事実上ロシアが世界の第2位だか第3位だかに落ち込んだ・・・そして、中国が代わって世界覇権を目指す位置になった(日本のことはここでは何位だか問題ではない)。その国力の多くは、安保条約下にある日本が、技術と資金・・・その供与を与え続け・・・ついに日本は自国を中国に追い越されるに至り、さらに中国は、アメリカとその力、国力を比肩するに至った21世紀・・・このようなさなかに、中国は南シナ海さらにインド洋と東シナ海へ進出。南シナ海においては岩礁を埋め立て、軍事拠点化し、その南シナ海の覇権を完成させ、自国の領海化を強引に推し進め成功しつつある。さらに、環インド洋諸国へ、過剰とも強引ともいえる借款と技術供与を与え、中国の影響下に置きつつある。それは南西太平洋のサンゴ礁環上の国々へ、さらに、欧州、大西洋の北極圏に位置するアイスランドやグリーンランドにおいても同様な政策の押し付けをおこないつつあり、これらの陰湿な政略がまさに、経済的な援助を名目としつつ、世界戦略的、世界覇権的な策略をくるみながらなされつつある・・・そのことを、日本の政治に直接かかわる者(政治家ではない、ただの給料取りだと僕は思っている・・・)たちはどれだけ肌身に感じつつ日本の未来を語っているのであろうかと、疑問を持つ・・・。
・・・そう、日本のこれまでの政治に直接かかわる者、そして現政治に直接かかわる者たちは、この中国の政界的進出、それは領土的野心、それがただ、軍事的経済的拠点だけに置いたとしても、大いなる、軍事的拠点化となりつつあることは明確であろう・・・。そして、一方、アメリカの世界戦略においても、日本との安全保障条約が・・・日本の一方的な利益になっており、日本は、アメリカが攻撃されたとき、その時点で米国へ加担し、日本が保持する戦力・それは自国防衛のみの戦力という建前から、米国防衛に加担し、軍事力を動かしはしないであろう、そんな、日米安保条約という、米国が一方的な戦力行使、それは米国が日本国土を守らなければならないという、全く不平等な安保条約を破棄すべきだ・・・そんな、突然のニュースである。
・・・これに仰天した日本政府は、日米安保条約を破棄しよう、という、そんな意思を米国は何ら持ってはいないし、そんなニュースはフェークだと、火消しに努めた。
これが今日の、ニュース・・・だ。
・・・そう、このニュースが、確かにフェーク・ニュースだとしても(僕は、これは米国民の本音だと思う・・・これを認識しない日本の政治に直接かかわる者や評論屋、そして、日本のマスコミ・・・そう、今日の報道では、日本の報道機関は骨抜き状態だといっている・・・表現は違うが・・・)・・・いかにも、現実的だと、思う・・・。
米国民の感情、政治に直接かかわる者の感情としても、現トランプ大統領にすれば・・・これは、言葉に出してはいないとしても、本音であろうと考える。
・・・打ち消されたニュースとしても、この日米安保が、不平等条約であるという考えは、遠からず、米国民のすべてか抱く思い(そう、もうすべての米国民の思い)だろうと考えねばならない。
この感情は必ず近い将来米国内に噴出する・・・そう、経済的な不況が起きれば、必ず起きる感情だ。
そうだとすれば、それまでに・・・とはいっても、時間はそれほど遠い将来のことではない・・・。
その時、日本政府と国民はそれに対して、どのような対処をするのであろうか・・・。
・・・自民党が国政の中央勢力である限り、国民を欺きつつ・・・その対抗策は、米中ロ・・・の、三国と比肩するような軍事大国化へと遮二無二進む・・・であろうことは明白と思える。
・・・現アベ政権はすでにそれを強力に画策しつつある。そして、このことを日本国民は、ボク以外?だれ一人として気付いてはいない・・・安倍政権は、日米安保条約こそ日本の安全のかなめだと・・・声高に、日本を軍事大国化する方向へと突き進む・・・という、危険性は、十分に考えられることだ。
・・・こうして、世界が、環太平洋が、環インド洋が・・・この、軍事的膨張主義に陥った時・・・日本は、どのような国家体制を成し続けるのだろう・・・先の太平洋戦争で痛感したこと・・・この日本列島は・・・どのように強力な軍事力を持ったとしても、列島への侵略は食い止められないことは周知のことだ・・・あの、米軍機による本土への絨毯爆撃を思い出せ。
・・・米国の太鼓持ちに日本政府は終始し、米国の属国となることを肯定しているようにさえ思える。米国の不満を、正面から受け止めるとしたなら・・・それは、米国の属国へとならざるをえまい。
そう、現実になるのは・・・日本は、日本列島は・・・丸裸、どんなに国土を“ハリネズミ化”したとしても、イージス・アショアを島嶼を含め、高密度に数百基と配置したとしても、脆弱な首都東京へ、一発の核弾頭を打ちこまれたなら・・・結果は明白だ・・・それは、国土の何処でも同じことだ。
いっときの応戦、自衛権の行使・・・は、可能だろう・・・しかし、それだけのことだ。
空には日本列島すべてを覆えるシェルターなんぞ作れるわけはないのだから・・・。
国土、国民、工業力を基底とする国力の維持は全く無力を露呈することになる。
そう、日本国はどんなにあがいても・・・戦争となれば・・・焦土と化す、そしてそれは高単位な放射能汚染そのものなのだ・・・もちろん、放射能汚染は焦土よりも悲惨となる。その現実をこの国の政治に直接かかわる者たちは、過去にも、現在をも、認めてはこなかった・・・そう、日本の国の立ち位置の現実認識と未来のビジョンを持とうともせず、目先の選挙に国民をだます虚言を吐き散らしながら、議席を得ることに、きゅうきゅうとしてきたし、この姿勢は今も変わらないだろうし、将来も同じ道、この道は滅びへの道なのだが・・・進み続けるだろう・・・そう、亡国の道を。
しかし、だからといって、これを無関心と国民の目による監視を放棄してもしょうがないとするわけにはいかない。
そうであるなら、国民が目覚め、国民による“日本国の未来像”を提案しなければならない・・・ということになるのだろうか。
そう、日本は日本国民は・・・どうする、どうしなければならないか、どんなビジョンを国民が示さなければならないか・・・。
・・・このことは、昨年、今年、と・・・なんども書いてきた・・・。お読みいただいた方もあるかと思う。そして、貴女・貴方を含めすべてが、苦笑ならぬ失笑されたことだろう・・・そう、日本国が永世中立国・・・と、なること。
そんな提案をした・・・ことを、ボクは、今日、令和元年6月27日、この日米安保が、アメリカの中にある意見のように、いつかは、破棄されるということになり、日本がいかに強力な軍事力に頼る国防を考えるなら、それは、この周辺国にとっては、好都合という軍事的環境になるということだろう。
・・・そう、周辺国にすれば・・・米中ロ、さらに朝鮮半島の国には・・・日本が軍事力増強へ傾けば・・・戦争へ火蓋はいつでも開くことが可能になるということだから。
・・・すなわち、軍事的な立ち位置で、国防を考えるなら・・・それは、亡国への最短の道となることだろう。
・・・生きる望みは・・・不可侵条約においても約束されない。
・・・そう、あのナチスドイツは周辺国へ軍事的に進出し、それらの国を手中にした。ソ連邦、そのスターリンは、不可侵条約を何の弁解もすることなく・・・破棄し、満州へ進出した・・・のだ。ただ、ヒトラーもスターリンも永世中立国スイスへはその矛先を向けなかった・・・。その他、永世中立国、これに類する欧州のいくつかの国家があった。
・・・そう、武力増強では国家は守れない・・・どんなに強力化したとしても。その武力増強に、国家日本はたちまち疲弊し、その努力は徒労となることは明白だ。
・・・トランプは、日本列島を、トランプのみならず、米国の政治に直接かかわる者は、また米国民は・・・日本を米国の“西部戦線・防衛線”その”前衛”だと考えている・・・そう、あのナカソネは、レーガンへのお追従・・・それを、”日本列島は不沈空母“だと・・・そう、爆撃されても沈みませんよ・・・そう、いかに焦土となっても、放射能に汚染されようとも・・・米国の国土防衛前線・・・西部戦線・前衛として日本はあり続ける・・・と、バカ極まるお追従を・・・これにアベも、追従しているのだろうか・・・。そう、いろいろなお追従は、その言動にすでに表れている。
・・・今こそ、こんなバカゲタ考えを持つ日本国の政治に直接かかわる者たちを信用すべきではないところまで来ている・・・が、一方の国民は政治・国家権力に何を期待するのか、何も言わないでいる。
でも、国民の声が、身近なところで、権力を押し返したよい例がある。
・・・数年前だったか、もっと以前?・・・幼児の保育園幼稚園への送り迎えに自転車の前後の荷台にそれぞれ幼子を載せ通園する姿、これは現在もおなじみだ。そこへ、アシスト自転車という便利な省力自転車が開発され、主婦らに重宝されはじめ、それに気づいた幼児のお母さんらが、この電動アシスト自転車を使い始め、前後に幼児を載せ中には背に赤子をおんぶし、4人乗りと・・・さっそうと!?通園やお買い物に使った。
これに目をつけたのが、国家公安委員会だったか、警察庁だったか、この機構は知らないが、とにかく国の機関が規制に乗り出した・・・。これにすぐさま反応し行動したのが、当の“おかあさんたち“だった、”幼児の通園を私たちはどうすればいいの、国は、産めよ増やせよ、と出産率の低さを止めようと躍起になっているのに、人口減少の危機が来ているといいながら、一方でこんな規制をする・・・そう、これは許せない!私たちの自由にさせて・・・!!!“・・・と、一気に団結と抗議がこの国中へ広まった・・・のだ。
これに驚き慌てた、当局は・・・この電動アシスト自転車の構造と使用法を定め、そう、安全な自転車と、乗り方を定めた。大人1人と特殊な荷台サドルとヘルメットをかぶった幼児2人まで、さらに歩道の通行などと・・・道路交通法などへも、そのいわば3人乗りを認めたのだった。そして、今日、ほとんどのお母さんがこの電動アシスト自転車に幼子を載せ、歩道をさっそうと、行き来されている。いい風景、姿だと思う。
この幼児通園の便利と安全なその乗り方を若いお母さんたちは全国レべルで勝ち取ったのだ・・・。
これは日本国においての、国民が直接勝ち取った身近な権利の希な例だ。
そして、これが公民の権利というものだと、全国民が知った良い例だろう。
・・・そう、本来、日本国民は、こうした行動が出来るのだ。そのための教育はすべての国民が受けている。
世の中のお母さんたちの潜在的、秘めたというのだろうか・・・その権利の行使と行動の力を、発揮した良い例だろうと僕は考えている・・・。
このことは、このBLOGに何度も書いた記憶がある・・・そう、お母さんたち、世の女性すべてが、声を上げ行動すれば、国家権力さえも、従わざるを得なくなる・・・。このことを、国民すべてが考えよう。
他人任せではなく、権力におもねる日本人の悪い癖、日本男子の悪い癖・・・それを、女性主婦の立場から男性に働きかけ、国家の暗部を炙りだし、国家の在り方までも、変えていく、この力の発揮に女性が頑張ってほしい、とボクは心から期待しています。国の在り方を変えるにはこの女性の力しかない。
そして、発想の転換、思い切ったビジョンをもち、自立する平和国家をどのように確実にするか、この国の子供たちを守り、戦場へ送り出さないで、国を繁栄させるにはどうすればいいのか、お母さんたちが、主婦が、国民が考え、国家の中枢が考える時が、今日、2019年・令和元年6月26日・・・改めてアメリカからやって来たと、思い知らされたぼくでした。
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今月はこれで・・・健康状態が芳しくない、それゆえか、頭の回転は、グリースが切れ軋みが大きくなっている。心は常に、暗い方へと傾き、この世に置いた身の将来が危ぶまれる状態だ。医者に掛かり薬をのみ、ウオーキングに励み、独りで考え行動し、これからもこうして、時々でも、ボクの意見を述べられればと思っています。そう、今月は、体調不良にもかかわらず、なぜかタイピング速度が上がって、それが頭の回転とシンクロし、こうして拙い意見を送り出すことが出来ます。

・・・とにかくお元気で、事故なく、お過ごしください。
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HITBIT 心もよう vol-111 May 2019

HITBIT[心もよう]vol-111 May 2019
・・・新たな天皇即位・改元「令和」・・・古代飛鳥の政治体制を回顧・・・
2019年5月1日・・・きょう、改元・・・元号は「令和・れいわ」。
昨日平成31年4月30日の24時をもつて平成の天皇が退位し上皇となられ、同時に皇太子が5月1日午前0時を以て天皇即位し、先月、前もって定められていた元号に改められ、新元号は「令和・れいわ」となった。
この「令和」に思ったのに「美しい国日本(ニホン)」「麗しき国日本」だ。良き元号だとも思った。
日本(ニホン)、なぜかボクはニッポンとよぶのは好きではない・・・かのフクダ総理(親の方)がニッポンとよぶとしたとかしなかったとか・・・どうでもいいが、このニホンというやわらか・ソフトな響きが、よりボクの感性に合うし、呼び方として正しいとも思っているが、ニホンとニッポン・・・どちらでも、雰囲気によって読めばいいのではとも思う、例えば、サッカーの国際大会では“ニッポン”と力強く叫ぶのが雰囲気としてあっているし、日本髪といえばやはり、“ニホン髪”だろう・・・そう、雰囲気、それに似つかわしくあればいい、一途に思いつめる必要もなかろうし・・・。
この改元に出くわすのは二度目、平成とこんどの令和で、二度目の体験となる。体験と書いたが、この身に何かが起きたわけではない。
このほか、時代の移ろいの区切りに、西暦の千年紀・ミレニアム・西暦2000年、そして、その新世紀2001年20世紀から21世紀へと100年紀ごとの新世紀への移行があり、さらに、かつて日本には「皇紀」という、西暦に比する日本の皇統の祖・神武天皇を始祖とし、建国以来今年は皇紀2679年らしい(暦には載っている)・・・これは現皇統が神・神武天皇を祖とするということを意味するのだそうであるが・・・。・・・実在したのか神話なのか、はたまた幻覚なのかわからないが・・・世々代々の天皇、この皇統が神の末裔であると、これは信じられ、かつては臣民?国民にも信じられてきて、明治維新を経て明治・大正・昭和・平成そして、この令和となったこと、この間にすなわち昭和20(1945)年太平洋戦争(日本では大東亜戦争とよんでいたし、今も一部の人はこう呼びたいらしい、アジアを開放する聖戦とでもいうのか?)、その敗戦によって、その皇統の神話性が占領軍によって否定され、皇統の神性も希薄化されたが、戦後の新憲法の草案の段階で、憲法草案を進めた学者や当時の内閣の強い姿勢・抵抗によって、昭和新憲法でも天皇制の存続が“象徴”という表現によって、かろうじて維持された。
皇室ではもともと皇統の神性は信じられて、平成天皇は神武へも言及した。すなわち、皇統の祖は神であると信じられている(天照大神・天皇や首相らがお伊勢参りするのも、天皇の祖への挨拶なのだろうか?)。これはまた国民にも信じられ支持されてもいるらしい(・・・まあ、観光旅行のいいわけか???)。
・やや主題からそれるが・・・それ、人々は“お伊勢参り”へと、旅する。それは江戸時代にはことに盛んで、厳しい関所の通過も”お伊勢参り“であれば、難なく通過することが出来たという。
”伊勢参り“は娯楽だったか、また閉じ込められた地域社会からいっとき開放される・・・そんな旅する口実かもしれないし、信心であるかもしれない。
また国民大多数が信じているのかどうか、信心とまで自己確認はしていないらしいが、パワースポットなんぞを信じてか・・・若い女子が連れ立って訪れる。
また、神ばかりでなく仏においても旅する口実、理由になって、近年ますます、その過熱ぶりがみえる。そして、観光地の寺や神社へ、お布施やらお賽銭として潤しているという。そう、美術品・芸術品として、仏像類が鑑賞の対象とされ、地方の有名寺院から、東京へと出張開示される。そう、ボクなんか、あの興福寺の宝、国民の宝、阿修羅像が東京へ出張した時には、身が縮むおもいで成り行きを見ていたものだ・・・塑壊れやすい塑像・・・事故でも起きなければよいのだがと・・・心配していた。
そう、寺社ではこの傾向は大歓迎なのだろう。やってくる人の信心あるいは古美術の鑑賞や歴史的な意義・・・そんなことなんかどうでもいい・・・今まで持て余し、維持するのも楽ではなかった・・・そう”宝の持ち腐れ“が思わぬ宝になる。そうして、寺社の体裁が整えられていく。真新しい解体修理がいたるところで進められ、それに伴って塔頭や庫裡がどんどんあたらしく作り替えられもする。商売繁盛のおかげというわけだ。
妙な方向へずれ落ちてしまった・・・。

・さて、この天皇制へ戻って考えてみれば、昭和憲法では、天皇は日本国の象徴であると、神を祖とするか否かは議論の外としつつ、“日本国の象徴””日本国民統合の象徴“として、国民統合の元締?と位置付けられ、絶えることなく現在に到っている。
・そして、ここに新たな問題として、その皇統の将来、血筋の存続、男の天皇を守るのか女の天皇を容認し国民統合の象徴を位置づけるのか、男女どちらでもいいのか・・・と、じわじわと議論というのか、存続の在り方が問われだしているという。
・ボクは、天皇制を一応容認するし、天皇制が存続する必要があれば、男女関係なく長子が嗣襲するのが最も明快だと考える。
なぜなら、昭和憲法以来、天皇は政治に関与しないこととなった。すなわち、天皇、例えば飛鳥時代、かつては大王といった、その大王は統治権、その治政権と祭祀権の二つ、すなわち全権を持ち、すなわち権力すべてを掌握する。
ところが飛鳥時代、大王が女の大王・中皇命(なかつすめらみこと)であったことが、推古紀、皇極紀、そして斎明紀の三度あり、その最後の持統紀を加えれば四度お女王(女天皇)の治世があったし、皇極紀と斎明紀の間には、孝徳紀という、やや血筋が異なるというのか薄いというのか、その中天皇(なかつすめらみこと)という天皇の時代・難波朝(孝徳紀)があった。さらに皇極紀と斎明紀は重祚(ちょうそ)、すなわち孝徳の姉寶皇女が、弟孝徳の時代10年ほどを挟んで二度の大王・中皇命として、即位している。
そう、まともに男が大王になったのは・・・葛城皇子すなわち天智だけだ・・・天武は叛乱・壬申の乱をおこして天智の皇子大友皇子(弘文)から大王位を奪い取って飛鳥浄御原朝を成した。
皇極紀と斎明紀の女大王、この寶皇女は、夫大王舒明の崩御により急遽、皇極として4年間大王の位置にあり、この四年目にあった乙巳の変で、蘇我蝦夷と子・入鹿大臣が皇太子葛城皇子とそれを陰で唆し操っていた中臣鎌子との謀議により皇極紀の大極殿で誅殺されてしまう。これが、乙巳(いっし)の変であった。
そう、古代倭国の大王権を支えてきた大臣には臣姓氏族の平群氏・許勢氏・蘇我氏などの武内宿禰の後裔氏族、また大連には連姓の大伴氏・物部氏・・・こうした古代氏族の排除に、皇太子葛城皇子(天智)の威を支えつつ背後で働きかけたのが後の藤原氏、すなわち中臣鎌子であった。そして、それは大王葛城皇子(天智)の死の前日、中臣鎌子の野望は達成され、藤原京時代、平城京時代へと藤原氏の権力構造は確立され続け平安京時代には全盛を誇る。
飛鳥時代以降こうして歴史上、藤原氏が台頭し、公卿の力があらわになって、大王すなわち天皇(すめらみこと)権は、その公卿による傀儡的な位置へと権力を失っていき、果ては武士階級が幕府という新たな権力機構を以て国を動かす権力を掌握する。
その権力もさらなる武士の台頭とその争奪の時代・戦国時代には幕府も衰退し、天皇の信頼も失せ、かわってその天皇を担ぎ台頭した戦国武士へと権力が移り、さらにその天下を統一したかに見えた織田信長のおもわぬ死と、かわって、うまく立ち回った豊臣秀吉が改めて天下を取る。その豊臣を倒した徳川幕府が260年余を統治、王政復古によりそれも失せ、武士階級が失せ、19世紀を数十年残し、明治維新以降は富国強兵の国家造りにおいて、政治に軍部が台頭し、牛耳っていくこととなった。これによって天皇権も軍国主義・軍部に利用され、天皇が軍の総帥(本気だったか嫌々だったかは定かではない・・・)として・・・これも一種の”象徴“的な位置づけが成されていた・・・。
明治大正昭和・・・昭和20(1945)年8月15日、連合国に対して無条件降伏・・・ここまで、明治憲法とそこに天皇制は治政権と祭祀(斎祀)権を天皇家の枠をはみ出し・・・成立してきた。
しかし、敗戦・・・結果の”昭和憲法“では政治にかかわることはなくなり、国民統合の象徴として・・・政治と切り離された天皇が、ただ国事行為に規定する政治的なかかわりの範囲と、別に天皇(天皇家)が有する祭祀権の範囲のみにおいて、神武以来の祭祀が現代も続けられてきているらしい・・・。
この度の平成の天皇の退位、すなわち、皇太子へ譲位して上皇となること、さらに令和へ元号が改められ、皇太子が即位する・・・それら一連の退位・即位・元号制定・・・それらは、天皇家の祭祀権と国家の国事行為とが付かず離れず進行して新たな天皇即位と元号への移行が成った。
・・・こうしてみると、天皇が男系である必要性は全くない・・・すなわち、天皇位は、その”祭祀権“のみにおいて、その象徴との位置づけとともに、天皇家において存続存在意義があるのであって、古代王権の治政権、例えば飛鳥時代は、実は常に祭祀権によってその”王権の内の治政権“すべての行為の進行は司られてきていたのであり、これは昭和の敗戦と新憲法がいう”天皇は政治にかかわらない“ということが、解釈を純粋にすれば事実上、古代飛鳥時代の倭(ヤマト)王権においてもすでに成立していたそれの踏襲に過ぎない現状であることに思い到るし、そうだとすれば、天皇が男系でなければならないことは何一つ理由がないことになる、と考えられる。
すなわち飛鳥時代はすでに大王が為す治政権は皇后が直接担う祭祀(斎祀)、これはもう権力といってもいい有様であった。そのことを、大王とそれを取り囲む大臣らは気づいてはいなかったらしいが・・・ただ一人、孝徳紀の皇太子・葛城皇子(天智)は気づいていた・・・、それ、斎祀があって初めて治政権は執行されていた、そのこと。
やや次代へと先走るが、この陰には、古代祭祀にかかわってきた中臣氏の祭祀に対する自負と、古代臣姓氏族と連姓氏族の根絶を図る目論見を持ちつつ葛城皇子を皇太子時代から大王時代へと忠誠を以て支えてきた、中臣氏、その鎌子の執念が実を結び、藤原氏として、藤原時代、平城時代そして平安時代へと、中世王朝を支える、藤原氏の栄華期を成していくのである。その一方で、藤原不比等の時だったか、中臣を政治権力と斎祀権力へと分離し、藤原氏と中臣氏とに分離独立させる。その斎祀権を担ったのが中臣氏であり、その象徴が春日大社であろう。また一方では仏教とのかかわりを、天皇とのかかわりを保ちつつ天皇の后・妃へと藤原の血筋を供しつつ強めても行く。その仏教とのかかわりの中心が興福寺であり、藤原氏の氏寺となる。
こうした時代への移行期、そのもっとも顕著な事件・事変が、大王斎明の弟・大王軽皇子(孝徳・中天皇(なかつすめらみこと))の難波治世の中紀、皇太子葛城皇子が為した叛乱、それは静かな叛乱であったが確かに叛乱であった・・・。それは、大王軽皇子(孝徳)の后・間人皇女(皇太子葛城皇子の妹(はしひとのひめみこ))を拉致し、難波宮から飛鳥へと連れ去り、大臣公卿らもすべてを飛鳥へと還らせた・・・この皇太子葛城皇子をあおりそそのかし、実行した影の存在が中臣鎌子なくしては語れない。それを叛乱をボク皇太子葛城皇子の”静かな叛乱“とよぶが、確かに皇后を奪取・拉致し連れ去った・・・この大事件こそ、皇后の為す祭祀(斎祀)権を大王軽皇子(孝徳)から奪い取り飛鳥へと連れ去ったのである。すなわちただ一人、皇太子葛城皇子は、后の存在意義を理解しており、影の存在、中臣氏という飛鳥時代まで斎祀を担ってきた氏族はまた、その斎祀を担うことの重要性を把握しており,この教唆こそが葛城皇子を唆し煽ったのである。
これによってその成す祭祀によって治政権は薦められることを、皇太子葛城皇子、後の大王天智は明らかに理解していた。
そして、自身が皇太子であることも、間違いなく理解していて、現大王の后を大王からはがし、大王軽皇子(孝徳)から祭祀権を奪い去った。そして、今、皇太子葛城皇子は、自らの手に治政権と祭祀権の両権限を手に入れたのである。しかし、なぜか、皇太子は現大王軽皇子(孝徳)を自らの手で消すことまでは為さなかった。そう、かろうじてではあるが、未来の大王は理性を保ったのである。ここが後の壬申の乱を引き起こした弟皇子・大海人皇子(天武)と違うところか。
すなわち、皇太子葛城皇子は左右大臣・公卿・群臣らを糾合し、母の弟である大王軽皇子(孝徳)から、その治政権を奪取・・・すなわち、皇太子主導による集団政治体制の成立・・・という叛乱を成したのであるが、その治政権にはすべて祭祀(斎祀)が伴わなければ成り立たない“機構”に当時の政治体制はあったのである。
すなわち政治には必ず祭祀(斎祀)が伴わなければならなかった、飛鳥時代・・・実はそれ以前の古代王権においても・・・その絶対的な祭祀権を皇太子葛城皇子は大王軽皇子の后・間人皇女を大王から引き剥がし、飛鳥へ連れ去り、飛鳥において皇太子と群臣らによる集議体制において政治を執り行うことを意図したのである。
すなわち皇太子の妃ではその斎祀は成り立たず、大王の后・皇后・王后でなければならなかった。その時、皇太子葛城皇子の妃は后ではなく、ただの皇太子妃に過ぎなかったのである。
これまで、大王権が后の上位にあると考えられてきた、確かに表面上はそれでよいかもしれないが、古代政治・大王の統治権は、実は后が為す斎祀権によってすべてが“決定され有効”となったのであることが日本史学・歴史解釈上、全く見落とされてきていた。現在も見過ごされている。
・やや方向がそれるが、あえて言えば、あの不可解な“巫女王”とされる“卑弥呼解釈”においても、それ斎祀権のこと、その要素だけを注目して解釈され続けている。そう、なぜ卑弥呼がその時、あの混乱の時代に、男の大王権を封じて必要とされたかの論議が為されず、ただ単に斎祀を司った卑弥呼というように、卑弥呼だけが、その古代王権成立の重要な要素、斎祀、それをただ卑弥呼解釈においてのみ語り、祭祀権が治政権には必要であったことが、語られない・理解されていないで来ている。すなわち、後の大王権の権力、治政権と祭祀(斎祀)権においては、いかに大王后が重要なのかがりかいされてこず、その、なす斎祀権の意味を歴史家らは失念してしまっている。
飛鳥時代以降、大王権・統治権、その二つの要素、治政権と斎祀権の両権利を基本的・表面上は男大王が主導し為すのであるが、それは飛鳥時代の始め、その舒明紀に純粋に大王権はあったのであり、それ以降皇極紀・孝徳紀・斎明紀は、いわば中皇命(なかつすめらみこと)の時代であったのである。それには女大王あるいは大王王后により天上の神へその執行の承諾を得なければならなかった、その権力・巫女王が、それ、神に伺いを立て、神の承認を得ることは、飛鳥時代、さらにそれ以前の古代大和朝廷の時代も必須であったのである。
・実は、これも歴史学者らには見落とされ、空虚な男大王の存在、その解釈の結果の脆弱な基盤上で史学・歴史学・古代文学など、その研究や討論はなされてきている・・・そう、現在も。
・・・・・・・
現代の日本の政治体制・・・昭和憲法上、さらにさかのぼれば、明治憲法においても、現実は大王が治政権を執行し祭祀(斎祀)権をも執行するには祭祀(斎祀)を実際に執り行う皇后の存在が必須であった・・・しかし、明治になって、どうしたわけか、皇后は斎祀権をも天皇へ渡してしまったかのような扱いを受け、天皇の妻・男子・王権の嗣襲のための男子を生む装置・だから側女という位置をも許してきた、というような付随的存在にされてしまった・・・これを疑問に思わず、天皇も皇后も、政治家たちも日本史学者らも、完全に失念している・・・。
・そう、王后・皇后の必要な訳・・・総てが忘却状態・・・)は、まさに飛鳥時代のあの皇太子葛城皇子が為した静かな叛乱・大王軽皇子の后を剥奪・拉致の上に飛鳥還りした意味とは・・・群臣らによる集議体制において政治を執り行うことを如実に示している(が、誰もこのことに気づいてはいない???)・・・政府・国会・国民主権その投票権、さらに三権分立。ただそこには現代、常に、祭祀権は表立っておらず、斎祀は天皇権のもの、としての解釈となってしまった今日、それも男の天皇が祭祀をしているそれに疑問を抱くでもなく、王后・皇后の存在意味を問うでもなく・・・しかし、ここに到って、いかにも存在しないかに見える、いわば天皇制・象徴天皇は、過去の歴史の本質への回帰だったとも考えることが出来よう。
そうであるのに、日本史学は飛鳥時代、その前紀・・・推古紀(この時代も飛鳥時代へ入れれば)、皇極紀は女大王寶皇女(中皇命・なかつすめらみこと)−が、祭祀を執り行うことを前提に、皇太子と群臣らによる集議体制において政治を執り行うことを意図していた、孝徳紀・難波朝廷・中天皇(なかつすめらみこと)の時代−中継ぎの男天皇の時代−傀儡の大王権との認識だったが、この大王は大化改新とよばれる改革政治を実行した、そして、斎明紀は女大王寶皇女(中皇命・なかつすめらみこと)が祭祀を執り行うことを前提に、皇太子と群臣らによる集議体制において政治を執り行うことを意図し、かつ実行した時代であったことを完全に見落とし、日本史をあらぬ方向へ誘導してきてしまった・・・この時代、政治を担ったのは女帝ともいえる女天皇・・・すなわち、中皇命(なかつすめらみこと)の治世時代であったことと、その実態を、政治と祭祀・斎祀の観点から、斎祀を完全に見落としてきた・・・日本史研究・・・、ただし、推古紀は厩戸皇子・聖徳太子−皇太子を摂政とし完全に治政権をゆだねていた(ここでも女大王推古は斎祀を担っていた)、まれな時代であったし、孝徳紀・難波朝廷の大化紀は天皇を飾り・傀儡として指名したが、この大王軽皇子は右大臣蘇我倉山田石川麻呂との治世を果敢に実行し、かつ、后間人皇女は大王を支持し,その斎祀権を大王孝徳のために行使し、傀儡大王のはずの大王軽皇子(孝徳)紀の思わぬ治政権の行使者となり、大化改新を成した大王となった(現代歴史は、大化改新を成したのは、皇太子であった葛城皇子だとしているが、これは大きな間違いだ)・・・慌てた皇太子葛城皇子は腹心中臣鎌子と議らい(謀議・策謀)飛鳥還りをはたすという“静かな叛乱−謀叛”を実行した。この叛乱は、大王の妃を獲得する、治政権を祭祀権を以て執行に到らせるというこの時代の本質を、実はただ一人、時の皇太子葛城皇子(天智)は、見抜いていたのであり、これを支えたのが中臣鎌子だったのである。
これ以前、皇極紀の乙巳の変・・・蘇我蝦夷と子の大臣入鹿を暗殺する変事があるが、その政治の実態、飛鳥時代、難波朝廷の紀、孝徳紀の事件(葛城皇子の飛鳥還り)を正視することなく歴史からは見過ごし、ただ一方的な男の目、男たちの独善の政治観、歴史観、男上位であるという愚かな観念、そのことばかりに意を用い、・・・本質が祭祀(斎祀)権にある・・・ことに気づくことなく見落としてきた日本史観・・・実際、男の王権・天皇の権威が確立するのは、奈良時代、おおよそ平城遷都後、仏教が形をあらわにしたころ、東大寺に大仏が建立された時に、確実となった時の天皇権からである。
・大王権と時代−ことに古代飛鳥時代の歴史解釈が、王権と祭祀(斎祀)の関係を見失わせ、歴史が語られてきたそのことを、ボクは2008年秋からの論考とその結果である『額田王研究』(八月美術館発行)において明らかにしてきたが、この視点が、今日の天皇制さらに天皇の嗣襲において、この象徴天皇を語るとき、祭祀権を司る天皇の姿に女性があっても何ら不思議ではない、女性である方が当然であることが、すでに飛鳥時代には”事件”としてその叛乱・皇太子葛城皇子の叛乱、その飛鳥還り・・・に、あったこと、そこに、今日改めて注目し歴史を、「令和」の今、この時、語らねばならないと考える。
すなわち、この令和の天皇は、幸いなこと、あるいは偶然に、平成天皇の直系、その第一子が男子・皇子であったことが、さも当然と必然のように解釈され受け入れられ、昭和憲法のもとでは、天皇の持つ大王権その二つの権力、治政権と祭祀権・・・であったが、それ、失われた治政権・剥奪された治政権・・・それに気づかれることなく・・・男子の天皇の即位となられた・・・と、このように考えられる。
実は昭和憲法が天皇を国民統合の象徴天皇とすることを明言し発布されたその時に、天皇が男女関係なく長子が嗣襲することを暗に認めていたのであり、女天皇(女皇・女王)の成立は何一つ問題をはらむものではなかった、と考えてよい。
それよりも、男系を堅持しようとする男社会の反映のあまり、長子という、もっとも単純・純粋な王権の嗣襲者という皇統の単純性を阻害し、複雑化し、さらには、天皇の霊(たま)と血(血統・ニニギノミコトが霊とされながらも、この豊葦原瑞穂国へもたらしたもの)の単純・純粋性を複雑化し、皇位の継承を複雑化し曖昧化するという危うさを作り出している。
このように考えれば、令和の次の時代には、その一人っ子である長子・女・長女である女天皇が即位されても何の不都合はなく、今後の天皇家の秩序を単純化し正統化して行く道筋とすべき時だろう。その次も長子を基本にしていき、不測の自他への備えも、そこから始めるという道筋を踏めばいかがだろう。アベ総理は、今こそ、これを政治行動に組み込み考え決定すべきと記であろう。このまま放置すれば、皇位継承は必ず混乱をもたらすだろう、そうしないためにも、現アベ政権は行動するべきだ。
もともと、天皇制は神・天照(アマテラス‐これだけですでに大神・オオミカミを意味するほど大きな神なのであるらしい)・・・ここから発したとすれば、女天皇であること、そこにただ一つの不都合もあり得ない・・・すなわち、天の御神の霊を自らが霊とされ天降ったニニギノミコトは、残念ながらその天の御神の霊と血の運び屋に過ぎなかったのであること(これは『額田王研究』中に詳述・・・假使天孫・たとひのあめみま・“神霊のただの運び屋”)を、今こそ、日本国民は知るべきである。
昭和憲法を考えるとき、古代倭王権の祭祀(斎祀)権そのもの、治政権には常に祭祀(斎祀)が伴うという原点へ純粋に立ち戻るということに昭和新憲法は明言すべきであったのに、それをGHQと日本の憲法学者・歴史学者は考慮を致さなかった、全く気付いていなかったのである、がここへきて、女天皇・女皇・女王を議論するとき、歴史、日本史を改めて、読み解けば(すなわち疑似漢文・漢文へ立ち返って、一字ずつ漢字を読み解くこと)、現在の民主憲法にも沿うものとなることに、思い到るはずである。
すなわち古代の、そして現在の天皇が母系女系から発したと考えれば、天皇が男系でなければならないとしたのは、敗戦時にまで存在した軍国主義・帝国主義の残滓を脳に焼き付けていた憲法学者や法学者・歴史学者らの誤った識見が為したものだと考えられる。
そう、倭国は元といえば女系・母系、女性上位、女が治める国であったものが、たまたま神武という大王が仮説か仮想か幻か、男であったところを言い訳にし、ニニギノミコトさらに神武を生んだ母の存在に言及しないところへと進めた結果というのが本当のところだったかもしれない・・・いや、まさにそうであったのだろう。そう卑弥呼のように、この巫女王の時代が平和を求めて成立したように。そして、アマテラスが天降り来て倭国の最高神となったことのように・・・男は、女神の掌の上で弄ばれるのか・・・また、それこそが平和なのかしら・・・と、想うのである?!?
・かの平塚らいてうは「元始、女性は太陽であった」と。名言を遺した。これは倭国・日本女性の本質を一言で述べたのである・・・と、ボクはこれを肯定する。
一方で平塚らいてうは「現代、女性は月である」とも述べた・・・ボクは、これをも肯定する・・・しかし、それは輝く太陽があってこそ、月は照る・・・そう、この月の照ること輝くこと・月の満ち欠け・・・これは実は、地球を介した太陽の働きそのものの作用であり・・・太陽の輝きよりはるかに深遠・深淵な趣を内包している・・・らいてうはこれを見逃しているが、女性とは、ここに思うように、大変な尊厳ある存在だと僕は思う、真剣に思う。
平塚らいてうは、現代、女性が月のような存在、であると口惜しそうに言い残したが、らいてうの口惜しさは、この男ども、その優位を我がもの顔に為すその男への“忌忌(いまいま)しさ”のために、女性の尊厳・本質・存在を見失っていたのかもしれないと、思う。いや、この忌忌しさが、女らいてうの思考の底に常にあったのだろうか。
そう、女性とはきっと、太陽そのものでありつつ、その月をも存在せしめ、その輝きを失うことはない能力なのだろう。
女性の自覚と包容力・・・それは、右隻左隻の屏風それぞれに金銀と輝く太陽と満月のように、相照りながら、人の存在を見つめ続け、励まし続けるのだろう・・・きっと・・・この日本という国においては・・・。
君は、この宇宙にこの地球に月がなかったなら、この夜が、ただ星明りだけ暗闇ばかりだとしたら、なんと味気なく寂しいことだろう・・・。そう、この世に月があるからこそ、文学は科学は進歩した。農民が科学者となりえたのは、その月の満ち干を察知したからに他ならない。月こそ、地球の母なる存在、あるいは、本当は地球の孝行娘なのかもしれないと、思う。
ああっ、ボクも予想だにしない・・・あらぬ結末?いや、ここへ行きつくべくして、ボクはこの長い五月の序文を書き出したかもしれないと今思う。
・・・そう、こんなこととなってしまった・・・ごめんなさい男たちへ。そして特に女たちへ・・・この日本(にほん)のこと頼みます・・・日本がこの倭国が本当の男女同権であるそのこと、いや、本当は女性あっての国、女性上位の国・・・女の影の力なくして成り立たないことの、密かな女の自覚と、いうまでない男の自覚、日本の男は十分自覚してきた・・・これこそが日本の平和を創りうる・・・そのこと!!!
「令和」・・・美しい国日本・麗しき国日本・・・この、美しき女たちへ。
よろしく、女たちよ・・・これからも・・・。
・・・このBLOG第111号・・・なんだか偶然なのだけど、企まずして、偶然とは・・・なんと・・・。ええ、何年も前、1年間休刊したことが・・・この記念すべき号となりました・・・。
この加筆部・修正部をタイピングしていた5月27日、月曜日・・・家の前の里山、その斜面の雑木林から、これまで聞いたこともない、ホトトギスの群れ来て鳴くのかしら・・・その繰り返す鳴き声・・・僕の著『糠田王研究』に登場したこの夏鳥の鳴き声、囀り・・・あの飛鳥の故京に鳴く重要な風景・・・これを思い・・・感激しつつ、この5月27日の加筆・修正タイプをしました・・・。この異常気象の1週間ほど・・・狂った季節・・・その異常も今日で収まるのでしょうか・・・。
そう、来月6月も頑張って過ごしましょう・・・異常気象,不安定な気候が、いつ何時ぶり返すかしれません・・・どうか、貴女・貴方にはお体ご自愛の上お過ごしくださいますように・・・。・・・・・・・・・・・・・再見!!! 
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===目次===
5/01  ・・・退位・即位・新元号・・・
5/08  ・・・元号決定・その背後?・・・
5/09  ・・・自動車税の請求・納付書に大きく“元”と赤刷り・・・
5/16  ・・・・・・新緑と人生を重ね見て・・・
5/27  ・・・ホトトギスが鳴き続ける今日の里山・・・
5/30  ・・・今日の里山・・・
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・・・退位・即位・新元号・・・
5/01/Wed.
昨夜24時をもって昭和の天皇は退位し、上皇となられ、それによって、この5月1日は皇太子が新たな天皇へ即位し、そして4月1日に決まっていた(エイプリルフールの洒落じゃなかったんだ・・・)新元号は『令和−れいわ』と正式に決まった。これは熟語としては存在しない。新しく考え組み合わされた文字『令』と文字『和』からなる新しい熟語?ということが出来よう。これを「れいわ」とよむ。これ、すなわち、この“日本国を寿ぐ”呼びかけ・・・か。
元号(年号)は明治になって天皇一代限りの年号とすると決まったのであるが、この2019年の天皇退位により皇太子が5月1日に天皇即位した。
これに先立って、新元号が、現在の政府によって今日4月1日に決定され発表された。今日5月1日であるが、この元号決定の在り方は、本来の元号決定とは後先が逆なのではないかと考えるが、天皇が政治に関与しないということから、政府が主導し、先に元号が決定された。ここには、政治・経済・社会通念など、さまざまに年号・元号がついて回るこの日本の世の中において、即位までの一月の間を余裕ある世・時代の移行を促すということか。
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・・・元号決定・その背後?・・・
5/08/Wed.
6日で長く長い10連休はようやく終わった。ニュース・記事になるような大きな事故が起きることもなく(登山遭難や高速道路の事故はあったが・・・)・・・まあまあの良き休暇をお勤めの皆さんは過ごされたようだ。
しかし、ここでもこの長い休暇の日々を自由気ままに過ごすこともなく、休暇を楽しむ人たちへその楽しみを提供する側の人たちがいること、この休日を、苦痛を以て過ごさねばならない人たちがいることへも、少しでいいから思いすることを、心にとどめたい。多分そんなことへ思いをすることは・・・?
ところで元号が改まったことは、国民や外国でも好意的にとらえられたようだ。ちょうちん行列はあったのかなかったのか知らないが・・・。バカ騒ぎをやらかしたものもあったようだが、混乱にはならなかったらしい。
二千何百年も続く皇統があなす象徴に国民は統合されるという国・・・これは日本人にしても、外国の人たちにしても・・・なんとまあ、不思議な国・国民・・・そんな印象を改めて与えたようだ。
そして、天皇とその家族が“国民統合の象徴”・・・なんて、なんと曖昧な言葉と、ある意味の形・・・なのだろうとおもう。
このあいまいさ・・・良くも悪くも、この国の体制と政治、この国民・・・と、不思議、やはりなんと考えてもわからない不可思議な行動と考え方の人たち・・・この国と国民・・・なのだろうと・・・やっぱり、地球の東の果ての国・・・その何千キロと緯度と経度を斜めに断ち切って、いや、その緯度と経度のなす網に引っ掛かりながら大海原に支えられて地球の表面にくっついて在るという列島の国・・・火山と地震、それに大津波に怯えながら、この狭い列島に、ニコニコと暮らす妙な人たち・・・住むところに違いがありながら、四季があり、何となく全体が同じようなものの考え方をし、何となくニコニコしながら曖昧さを表し、それが外国人には、親切で礼儀正しく、秩序を以て社会を作っているし、礼儀正しく親切だし・・・などと評され・・・さらにそこに伝統という様々な、精神的な位置づけや行動の在り方を日常に表し持ち続けてもいる・・・原爆に悲嘆をあらわにし、大地震と津波と原発ダウンと放射能汚染・・・戦争を反省し、今では忌避しながら戦力を拡充し、その背景に伝統と技術革新を成しつつ敗戦から立ち上がって、それが国民一丸の働きだったなんぞと・・・戦後の国民の自己評価は言いう・・・。
・しかし、世界の中でも、きわめて小さな狭い家に住み、そう、さして高級な住まい・現代的な住まいでもないこの国の人たちの住まい・・・それに生活・俺もその内にあることを認めつつ、手立てもないまま、むなしく日々を過ごしている・・・日々、何となく過ぎていく・・・。
・ボクには関係ない日常ではあるが・・・B級グルメに満足し、魚の生身を食う、不思議な食べ物にうつつをぬかし、なんとも秩序のない居酒屋にたむろし、終電に遅れもせず、その狭っ苦しい家に帰る、よっぱらいながらも最寄りの駅に間違うこともなくたどり着き目を覚まし、駆け降りる。
そしてまた、駅前の赤ちょうちんでも引っ掛かり・・・一杯ひっかけ・・・最近はおっさんばかりでなく、お若い女性が・・・赤ちょうちんに縄のれんをかきあげ・・・おっさんらを従えて飲みまくりB級を食いまくる・・・それでいて、次の日には、二日酔いをシジミのエキスをかみしめて、営業へと繰り出していく・・・あるいは海に面した埋め立て地のタワーマンションなる、似通った形のそれらが林立するその一棟・最寄り階、その一室へと間違いもせずたどり着く不思議・・・。
・海抜ゼロメートル地帯・・・そこへ大津波がいつ押し寄せてくるかなんてことは、そのエキゾチックな行動と思考に覆い隠して改めて恐怖におびえることもなく・・・へっちゃら・・・な日常性。そこへ帰りつく地下鉄が海面よりはるかに深く貫通していることなんぞ想像だしない、この上京者、田舎者の、そのずぶとさ・・・。
ええ、この、どう考えても、おかしな民族・・・これが、国民統合の象徴の為せるものなのか・・・なのかどうか知らないが、最近は・・・黄色・黒色・白色・茶色・赤色・透明?・・・と、これを国際色豊かといい、それぞれの面々を加え・・・なんだか、わいわいがやがやと、にぎやかに・・・やっている・・・。お行儀がいい、モラルを守る人の国・・・そんな人が居酒屋で、手皿で煮物の汁を受け、おっととと、武骨な手で受ける・・・その無様さ・・・平気面・・・恥しらず。そして、しゃれて一句詠む、その軽妙さ、面妖な押しの強さかな・・・これ。
・クール・ジャパンなんぞと自慢げなことを臆面もせず、外人の出演者にオベッカまがいの愛想をつかわせ、ほめそやさせて大満足・・・馬鹿気た気恥ずかしさだし恥ずべきことだ。
そして、世界の国々の国民の幸福度調査では・・・50位だか60位という中流以下の幸福度なのに、街頭インタビューに答えて、さすがに1位だなんぞとは言わず世界2位か5・6位くらいかしらと、満足げにあっけらかんと答えるお嬢さんおばさん・・・いいわねぇ〜この変な国。
・僕も、この日常・・・不幸だけれど・・・不仕合せでもない・・・日常、日々刻々身辺に起きることを受け入れ、こうして生きていることを、受け入れている。このお嬢さんおばさんのような精神状態・・・これにボクはすごく好感を持つ。ええ、これ、ほんとうに正直に、褒め言葉です。
ほんと、この国の国民・・・この能天気さおおらかさ・・・あえて言えば、忘れっぽさ・飽きっぽさ・・・自分を幸福だと思うこの大らかさ鈍感さこそ、ニホン人の美徳だし良き国民性なのだ。
・ええ、どこかの国のように何十年何百年と”怨念”を持ち続け、せっかくの友好の協定をも平気の平左、へっちゃらでチャラにする、反故にする・・・この厚かましさ低劣さ・・・その大統領。
・そんなのに比べるとこの日本国民は本当に幸福かもと思えてしまう。この忘れっぽさの故にか・・・、エキゾチック?な妙な人間・二ホン人がこの二十一世紀にまでも存在し続けている。これ自体が不思議といえば、不思議なことだ・・・。これも国民統合のありがたさかしら・・・ね、ううん???
これ、もしかすると国全体が・・・絶海の孤島である所以かもしれない・・・ね。そう、確かに経度緯度のなす網に引っ掛かってかろうじて浮いている列島の国、日本。そう、まじめに考えたら、恐ろしくて、こんな浮き島になんてくらしていけないでしょ???
そう、未曽有の災害すら・・・さらりと忘れる・・・これ、日本人の、この民族の本当の心の中ではなく・・・振りかしら???
【追記】全く別のこと、今宵・・・あの飛鳥故京、その額田王とともに、その庵で眺めた陰暦四月八日の月を思い出していた(『額田王研究』の「はじめに・序章」)。そう、この研究書の冒頭、額田王との出会いの日の宵を思い出す。
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・・・自動車税の請求・納付書に大きく“元”と赤刷り・・・
5/09/Thu.
ギラギラとした日差しの昨日一昨日・・・それを忘れさせる今日の曇り空・・・落ち着く。
今日は自動車税を納めに行った。そして、その日付けを・・・元年05月09日・・・と記入した。そう新元号が成って初めての公式な記入だ・・・令和とは書く欄がなかったけど・・・とにかく初めての記入。
いいねえ、この元号というやつ・・・なかなかいい。
世界唯一、自国の年号を持っていて使うなんて・・・しゃれてる。ボクは平成という元号はあえて使うことをしなかったというか、西暦で覚える方が何かと都合がいいような気がして、西暦を使っていた。
今年この5月からは少し元号をも使ってみようかなとも思っている。
そう、自動車税の請求・納付書に大きく“元”と赤刷りされたそれが何となく新鮮に感じられたことが、この元号使用を僕にさせたのかもしれない。
そして、この通知書の片隅に小さく“グリーン税”なる記述、その14%ほどが加算されていると但し書きがあるのを見出し、その理不尽をなじりつつ払ってしまったものは致し方ないと、いやいやながら許してやった???
物を大切し、大事に使う、これは僕の生き方・・・本当に物を壊さないように使い続けることは、僕の生き方の一面だと自分自身を思っている、すなわち“ツマシイ”この性分(吝嗇ではない)のこの人間ボクが、どうしたわけか、あらぬ課税・加税に屈服しなければならないこの不思議・理不尽・・・を、泣く泣く諦めた・・・そう、物を大切にすることが、なぜか、悪いことのような・・・課税だ。
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・・・新緑と人生を重ね見て・・・
5/16/Thu.
おとついは雨降り、昨日の午前中は陽が射し、午後からは薄曇り、気温が下がって・・・。
付近の里山を新緑が覆い、新芽が醸すのだろう、さわやかな柑橘系の香りがこの辺りを覆っていたが、それも収まってきた。
こうして気付けば近くに緑地があることが奇跡のようにも思われる。
いつも書くことだが家の目の前の里山の斜面の裾(「の」がいっぱいの文・・・へたくそ)、そこにハゼの木がある、それが毎年新緑とともに樹勢を広めていく。そして、夏ともなるとやや独特な色合い、何となく暗い感じの、その深い緑色の枝々が周りの灌木をのみこんでいくように思える。
また、すっくと立った赤松が灌木からはるかに高く幹を伸ばして、見事な姿だ。
今年、新年になって気づいたことに、三本だけだと思っていた赤松が、斜面の奥、そこここに新たな立木を見つけた。それとともに、その周囲にハゼノキの若木がそだっているのにも気づいた。
なんでもない雑木林の斜面、何事もなさそうな風景だけど、そこかしこで、木々のせめぎあい、生き残りをかけた戦いがあるのだろうか。
・ボクは、早々に人生、それを社会の片隅に置いてきた。何事につけ競い合うことが苦手で、この目の前の雑木林の中の静かな生き残りの戦い、その敗者となって枯れていく、雑木の様だとも思えてくる。
目の前の、すっくと立った赤松の見事な姿、これを美しいと思うが、僕自身は、この姿の様には、これからも生きてはいけないし、そうなりたいとの願望もない。でも、姿勢だけは“スック”と立っていたいが、背はまるく前かがみになり、そのうちに腰も曲がっていくのかしら、なんて想像も・・・。しかし、心は“孤高でありたい”。
そう、新緑と人生を重ね見て、ふと、こんなことを書いた。
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・・・思い出の満月・・・
5/20/Mon 
昨夜のこと・・・満月を東の里山、その尾根の端に見つけた。
昨日は陰暦の四月十五日。
ウオーキング中は気づかず、まだ昇っていなかったらしい・・・。
コースの東端(中間点・家から3,2辧砲妊拭璽鵑掘∪召惴かって快調な足取りで帰路についた。ここ数日、膝の調子もよく、続けていたウオーキングにもかかわらず、体調が不調だったその故か、やせ細ってしまっていたふくらはぎの筋肉の働きもよく、肉付きも少しだけよくなってきたようだ。
・・・どんどんと西へと進み、さらにわが家へと北へ向かって右折、家も近くなって開けた公園沿いの道、その東側の歩道から横断歩道を渡って西側の歩道へしばらく進んだ時、なんとなく右手に気配・・・そう、ふと街路樹の木の間、向こうの里山の尾根の頂に”ダイダラボッチ“風の満月が、”ニョッキ“と・・・揺蕩い(たゆたい)・まさに悠然と満月が、橙色の満月が、たった今、全身を見せたかのように昇って、そこにあった。8時ころだったか、腕時計を見る間もなく、その橙色の大きな満月,何となく縦長な満月顔・・・そう思いながら見とれ、その続けて尾根のシルエットから上方へと離れ行く見事さに、背後の鉄柵へもたれ木の間を透かして見とれた。
・・・束の間、尾根のシルエットから徐々に離れ昇っていくのを眺めながら地軸の回転、東への回転を少しだけ実感しながら、そのシルエットから少しずつ離れはなれて昇っていく不思議に心を奪われつつ・・・あの飛鳥故京、その額田王とともに、その庵で眺めた陰暦四月十五日の満月を思い出していた(『額田王研究』の「序章」)。
・・・だが、今日・今宵は小雨のため、ウオーキングをサボッタ・・・。
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・・・ホトトギスが鳴き続ける今日の里山・・・
5/27/Mon 
今日は、旧暦4月23日・・・。旧の暦でも夏・・・夏鳥が鳴きました。
午前9時ころ、家の前の里山、その雑木林からホトトギスの囀りが・・・きょきょきょきょきょきょきょ・きょきょきょきょきょきょきょ・きょきょきょきょきょきょきょ・と、三四度聞こえてきた・・・そう、夏だ・・・ホトトギスが鳴く・・・。
午後2時ころにも、ちょっと変わった鳴き声、力強いそれが聞こえた・・・きょ・きょ・きょ・きょ・きょ・・・と、区切りながらなくそれ・・・。
*唐突であるが、ここでホトトギスを詠った万葉集歌二首を記そう。
・古に恋ふる鳥かも弓弦葉(ゆづるは)の 三井(みい)の上より鳴き渡りゆく
・第111歌弓削皇子(ゆげのみこ)が持統天皇の吉野への幸に随行し旅立つ際の額田王への別れの挨拶歌。
・今飛び去っていったのは、古を恋ふる鳥・ほととぎすかも、わたくしはいま飛鳥を発ちます、お別れです、お元気で―
と、自らを爐曚箸箸す瓩剖鼎蕕掘∈は持統天皇が治めるその飛鳥淨御原宮より旅立つ。
弓削皇子自らに起きつつある宮廷での不遇な地位、その不安から同じ様に淡海朝廷葛城皇子(天智)に仕え、この飛鳥では幽閉に近い境遇の額田王へ、謎かけのような趣の愛惜のこもるこの歌を贈る。
・贈られたこの歌に和(こた)え、返し進(おく)る次の第112歌が、あの僕の書、その序の章の冒頭におきたい額田王の歌。
次の歌の第3句「霍公鳥・ほととぎす」は夏の鳥、古代中国では懐古し哀しみ鳴く鳥‐ほととぎす。序の章、僕が額田王の屋へ出かけた旧暦四月八日の夕べから始まる論考・・・です。
古に恋らむ鳥は霍公鳥 けだしや鳴きし吾思えるごと     第112歌・額田王
・ほととぎすは古に思いをはせ哀しみ鳴く鳥ともうしまするそうな、よき貴人武人(弓削・弓絃・良武・・この二首にまつわる“武”からの武人)もまたその様な思いを心深くお持ちなのでしょうか、このわたくしめもやはり、よきむかしが恋しくてなりませぬ―
と、過去に飛鳥で起きたいくつもの策謀とその結果をおもいやりながら、王は心からの別れの歌を返しおくる。その場面・・・。
・・・・・・・・・・・・
天気予報によれば、ここ連日の記録破りの暑さは今日限りで、平年に戻るそうな・・・本当かしら。
数年前から、この季節になるとホトトギスの囀りを聴く。なかなか印象深い鳴き声だ。著書『額田王研究』の序章の前、「はじめに」の末尾に書いた部分を、一部ここに再録した。
それにしてもこの不快な暑さ、湿度が徐々に上がって、不快指数(近年聞かなくなった・・・夏中不快なことを言いつのられても不快指数が一層ひゅかいになるものね・・・)も上がる。
これも致し方ないこと、海に囲まれた日本、雨の降ることは日常の国だ。ホトトギスは、こんな蒸し暑さが好きなのかもしれない。
それにしても、近年の気候変動を如実に表しているかのような東海地方の高温・・・この1週間ほどの異常な高温・・・。これには参る・・・そう、思考力が、衰えを見せる中、この高温で、その症状がさらに進む、そんな気がする。ええ、もともとの能力不足を棚に上げて・・・お天気のせいにしています。
いま宵の7時10分・・・今から着替えして、ウオーキングへ出かけます。気をつけていってきますね・・・。
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・・・今日の里山・・・
5/30/Thu 
一昨日28日は雨降り・・・空気が長閑(のどか)になって、気持ちも落ち着く。
昨日29日は晴れ・・・気温が下がって、早々に洗ってしまっておいた冬のウオーキング用ウインドウブレーカーを引っ張り出した。
心がけているウオーキングも雨の日は休む、さらに時々ズル休みもする。
・・・いくつもの病を宿している?ボクは、宵の口ごとのウオーキングは虚弱な体(他人にはそうは見えないらしいが・・・)、精神と体自体を保ちつづけるのに必要だ。
そういえば、盛んに鳴きかわしていたホトトギスがぱったりと鳴かなくなって数日、なんと鳥とは自由なもの・・・と、改めて思う。そうそう、このホトトギスが鳴いた日、珍しく一羽のツバメの飛翔を見た・・・。かつては飛び交うツバメがいたものだがこれも近年見かけることがまれになった。
人もそうだが、季節の鳥たちも、去っていくもの、新たに鳴き声を聞かせてくれるものと、いつの間にか、去り、そして来る・・・。
・・・新緑が濃くなって街路樹のトウカエデだけがやや明るい緑色を残している。
モミジは少ないが、それでも公園の隅のモミジは今、青モミジが美しい。
・・・その青モミジ、手元の歳時記には載っていないが、近年、ラジオの俳句の時間に時々耳にするようになった・・・その青モミジを実感したのはずいぶん昔のこと、その、なんとも言えない心地よい緑の風景。
あの京都東福寺や永観堂の、春・初夏の風景、その青モミジの風景は雨の紅葉の風景とともに忘れられない。
しかし、こうした風景・景色も、独り者は、ただ思い出の中に残っていて、改めて訪ねようとの心の動きを誘われること残念ながらない・・・そう、何をするにも、独り者にはつまらなく思えてしまう。結局、改めて出かけようなんて気持ちにもならないで、引きこもり。
・・・・・・・・
5月30日、先週の異常な高温から、膚寒いほどの気温降下・・・体調管理が難しい。
・・・今月はこれで・・・また6月に元気で、お目にかかりたいと、思っています。
あなたもお元気にお過ごしを・・・では、今月はこれで。そういえば、梅雨入りはまだでしたかね・・・???
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HITBIT 心もよう vol-110 April 2019

HITBIT[心もよう]vol-110 April 2019
・・・元号決定・その背後?・・・
2019年5月1日に向けて、時代の時間が動いている。
今上(平成)天皇の退位の意向・決意なのであろう、それが2016年8月の“天皇のビデオメッセージ”(いわば、次代を先駆け行く新しい手法)によって表明され、それによって、退位が政府によって決定され(象徴天皇の故、このような手続きになるか)、国民にも納得され、平成の皇太子が平成31年5月1日に即位し新天皇となるその道筋が示されてきた。
それに先立って、新元号が、現在の政府によって4月1日に決定されるという・・・。
本来、元号制定は、天皇即位直後に制定されるというが、人間天皇、政治に関与しない、という建前から、政府が変わって元号選択制定に積極的に、昭和天皇崩御から、この度の天皇譲位に伴う退位と新天皇の即位という、時間的流れを政府が決定して来たということらしい。また、平成に続く元号の選定も政府の重要な役割となったようだ。
これには、たぶん、歴史学者・漢学者・漢文学者・国学・国文学者・中国史学者・・・などなど、漢字圏に関する日本国内の、先に示したような研究者ら・・・が参加され
”新元号“の提案・提示がなされ、この決定に先立っていくつもの”案“が模索され提示されるのであろうか・・・そして、提示された、いくつもの”案“の中から新元号が選ばれるのであろうか。
新元号に到る秘密裏な過程・・・ここに、政治的意向がはたらくことが危惧される、この危惧は・・・現政権が背後に持つ暗闇が働くのではないかと・・・これまでの現政権の為してきて、国民に与えた印象、国民が感じ持ったいくつもの疑惑を生んだアベ政権であること、その疑惑が国民に納得されることなく、政権と自民党公明党によって幕引きされ、次のステージへ進んでしまったことに対する、大半の国民が持つ現アベ政権が持つ暗く深い疑惑への懸念である・・・。
それは、元号決定の30分後に、総理大臣アベがこの元号についての説明(説明の意味?どんな事を述べるのか?)をするということから・・・国民であるオレが感じてしまう、あの二つの学校設立に関する疑惑と同様の・・・アベ現政権が何かしら働きかけてしまうことから発する“忖度(そんたく)“・・・が、生じる・・・そんな懸念・・・これを、思うのだ。そう、こうしてしゃしゃり出てくるというその一事において、感じてしまう、疑ってしまう・・・そのこと。
・・・アベが、その現政権がそこまでは関与しはしないだろう・・・と、期待とも信頼とも疑惑ともつかぬ“どろどろ”としたものを、安倍政権の背後に見てしまうというのか、ふと思ってしまうほど、現政権に対する国民の不信?は大きいのだ・・・。
これはオレだけなのか、おれの感覚が過敏すぎるのか、オレの不信感が強いのか・・・これはオレ自身にもよくわからないが、元号の背後に・・・もしかすると総理大臣の意向が働く・働いた・・・と、危惧というのか。疑ってしまう俗物・オレ・・・が、いる。
そう、官房長官が元号を発表したその後、総理大臣アベがしゃしゃり出て、新元号の説明などをするという・・・いわば、目立ちたい・・・そんな意向に対する、いわば下種(げす)の勘繰り・・・こんなことまでを考えてしまうオレ。
ただ、オレには”元号“というものは、”天皇一代ごとの元号“・・・これが、あってもよく、また日本史において必要でもある、と考えている・・・そう、天皇制(象徴天皇として)の存在とともに日本国には、日本を考えるその思考の基底の存在としても、そう、日本史は天皇の存在とともに考えると、把握しやすい・・・。
ボクは、著した『額田王研究』に述べた飛鳥時代では皇極紀まで元号は存在しなかった。孝徳紀になって‐大王孝徳元年(645)年六月十九日−初めて「大化」と号したのを始めとするが、この書では大王一代ごとの「紀」、それを日本書紀に依拠した時代区分として、ボクは採用し、推古紀・舒明紀・皇極紀・孝徳紀・斎明紀・天智紀・大友紀などと大王統治の時代ごとの事件・内政・外交、などを示してきた。さらにこれに、西暦を書き加えることによって、時代の特色を大王の存在とともにわかりやすく示すことが出来たと考えている。
そして、これ以降の時代は、西暦とともに”元号“を明らかにすることによって、日本の歴史を理解する手立てとしてきたように思える。
(この記事は平成31年3月31日PM10時55分に書き上げた)
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===目次===
4/01  ・・・元号決定・その背後???・・・
4/08  ・・・煩悩と業(ごう)・・・
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・・・元号決定・その背後?・・・
4/01/Mon.
新元号は『令和−れいわ』と決まった。これは熟語としては存在しない。新しく考え組み合わされた文字『令』と文字『和』からなる新しい熟語ということが出来よう。これを「れいわ」とよむ。
元号(年号)は明治になって天皇一代限りの年号とすると決まったのであるが、この2019年の天皇退位により皇太子が5月1日に天皇即位する。
これに先立って、新元号が、現在の政府によって今日4月1日に決定されるという・・・。今日であるが、この元号決定の在り方は、本来の元号決定とは後先が逆なのではないかと考えるが、天皇が政治に関与しないということから、政府が主導し、先に元号が決定された。ここには、政治・経済・社会通念など、さまざまに年号・元号がついて回るこの日本の世の中において、即位までの一月の間を余裕ある世の移行を促すということか。
ところで、新年号・元号−令和・れいわ−この二つの文字・漢字・・・新たな熟語ともいえるこの字の出典は万葉集から、その巻五の「梅花の歌」、その併せて三十二首の序文から抽出という。
   梅花歌卅二首并序
 天平二年正月十三日 萃二于師老之宅一 申二宴會一也 于レ時初春令月 気淑風和 梅披二鏡前之粉一 蘭薫二珮後之香一 加以 曙嶺移レ雲 松掛レ羅而傾レ盖 夕岫結レ霧 鳥封レ穀而迷レ林 庭舞二新蝶一 空歸二故鴈一 於レ是盖レ天坐レ地 促レ膝飛レ觴 忘二言一室之一裏 開二衿煙霞之外一 淡然自放  快然自足 若非二翰苑一何以壚レ情  請紀二落梅之篇一 古今夫何異矣 宜下賦二園梅一聊成中短詠上

 梅花(ばいくわ)の歌三十二首 并(あは)せて序(じょ)
 天平二年の正月の十三日に、師老(そちのおきな)の宅(いへ)に萃(あつ)まりて、宴会を申(の)ぶ。
 時に、初春(しょしゅん)の令月(れいげつ)にして、気(き)淑(よく)風(かぜ)和(やはら)ぐ。梅は鏡前(けいぜん)の粉(ふん)を披(ひら)き。蘭は珮(はい)後(ご)の香(かう)を薫(くゆ)らす。
しかのみにあらず、曙(あした)の嶺(みね)に雲移り、松は羅(うすもの)を掛(け)けて、盖(きぬがさ)を傾(かたぶ)く、夕(ゆうへ)の岫(くき)に霧結び、鳥は穀(うすもの)に封(と)ぢられて林に迷(まと)ふ。庭には新蝶(しんてふ)舞ひ、空には故鴈(こがん)歸(かへ)る。
ここに、天(あめ)を盖(やね)にし地(つち)を坐(しきゐ)にし、膝(ひざ)を促(ちかづ)けて、觴(さかづき)を飛ばす。言(げん)を一室の裏(うら)に忘れ、衿(きん)を煙霞(えんか)の外(そと)に開く。淡然(たんぜん)自(みづか)ら放(ゆる)し、快然(くわいぜん)自(みづか)ら足る。
若し翰苑(かんゑん)にあらずは、何をもちてか情(こころ)を壚(の)べむ。詩に落梅(らくばい)の篇(へん)を紀(しる)す、古今それ何ぞ異ならむ。よろしく園梅(えんばい)を賦(ふ)して短詠(たんえい)を成すべし。
万葉集巻五の「梅花の歌」、その併せて三十二首の序文はこのように述べている。
漢文・漢詩は僕には読めないが、こうして仮名交じり文にして格調高く、弾むような心が読み取れる。この序文全体がこの春の宴会の園、そこに漂い来る梅の花の香、この時、この場において、何をなすべきか、そう、ここに集いし者たちが今こそ、この梅の花の薫りを聞き、ここにそれぞれが”短歌“一首を詠み残そうではないか・・・このめでたい集いに(令の字の醸し出すめでたさがこの集いの場に広がっている・・・めでたさ・・・)。
そう、こうして老師の健康を祝い集う私たち、この梅園にて一首を残そう・・・。
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・・・元号決定・その背後?・・・
4/01/Mon.
新元号は『令和』という。無粋なことになるのかもしれないが、この二文字の文字情報の一部を漢字辞書から得てみよう。ただし、説文・甲骨・金分・・・これら、象形文字の初形は、文字化けしてしまい、ここに示せないのは残念だが、お許しを・・・。
【令】
[字音]レイ・リョウ(リャウ) [字訓]みことのり・いいつける・よい・せしめる・たとえ。
[象形]礼冠をつけて、膝まづいて神意を聞く人の形。古くは令・命の二義に用いた。
〔説文〕九上に「號を發するなり。人(しふ)卩(せつ)に從ふ」と会意に解する。人を人(あつ)めて玉瑞の節(卩)を頒かち、政令を発する意とするが、卜文・金文の字形は、神官が目深に礼帽を著けて膝まづく形で、神意を承ける等とみられる。
[訓義]
1.おつげ、神のおつげ。
2.みことのり、ふれ。
3.いましめ、おしえ、いう。
4.よい、ただしい、めでたい。
5.させる、せしめる、いいつける。
6.もし、たとえ。
7.伶(れい)と通じ、めしつかい。
【和】
[字音]ワ・カ(クヮ) [字訓]やわらぐ・なごむ・かなう・こたえる・したがう
[会意]禾(か)+口。禾は軍門の等。口は粟(さい)、盟誓など、載書といわれる文書を収める器。軍門の前で盟約し、講和を行う意。和平を原義とする字である。
[形声]声符は禾(か)。龠(やく)は笛。楽音のととのうことをいう。〔説文〕二下に「厘(ととの)ふなり」とし、「讀みて和(くわ)と同じうす」という。〔一切経音義、六〕に引いて「蟹樂和厘するなり」に作り、楽音の調和することをいう字である。和は軍門で和議を講ずることである。両者は字源を異にするが、通用することが多い。滓が禾声に従うのは、農耕に関する儀礼に、籥(やく)(笛)を用いることがあるからであろう。金文に珂(やく)の字があり、これも籥と力(耒(すき)の等形)とに従う。〔大克鼎(だいこくてい)〕に「克を王の實(こと)に珂(かな)はしむ」、〔士父鐘(しほしよう)〕「永命に珂はしむ」のように用いる。滓・珂が禾・力に従うのは、農事が陰陽律呂にかなうことが重要視されたからで、のち戦国期の鄒衍(すうえん)は、陰陽五行を以て律呂を按じ、寒冷の北地にも農耕を可能にしたと伝えられる。
[訓義]
1.ととのう、音律がととのう、あう、かなう。
2.やわらぐ。
3.和と通用する。
[古訓]〔字鏡〕滓 マジハル
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*以上、漢字辞書「字通」から「令」と「和」の字訓や訓義などの文字情報を見てきた。
また、ネットでニュースを見ていて、『令和』の解釈を語っていた記事を見つけた。それをここに紹介しよう。
*外務省は、平成に代わる新元号「令和」について外国政府に英語で説明する際、「Beautiful Harmony=美しい調和」という趣旨だと伝えるよう在外公館に指示した、という。今月1日の新元号発表後、「令」を「order=命令、秩序など」と訳す外国メディアがあったのを受けた措置で、外国メディアにも個別に説明している。
 「令和」の発表後、国際的に影響力が大きい英BBC放送が「order and harmony」と表すと報道。「令」については「Command=指令」を意味すると報じる欧米メディアもあった。外務省の担当者は「令和の意味を正確に訳すのは難しいが、全く異なる解釈をされるのを避けるため、趣旨を伝えることにした」と述べた。
 外務省内では「令」が律令など法律の意味で使われることがあることから、『令和』は『法の支配に基づく平和』とも解釈でき、日本の外交姿勢になじむ」といった声も出ている。【秋山信一】・・・と、インターネット上のニュース番組から署名記事を引用させていただき、添付しました。メディアの社名は見落としましたが、秋山さん、ありがとうございました。
・・・リュウ、4月7日に記す・・・「令和」について、僕が漢字辞書『字通』から引用した文字情報は、外務省の説明を裏付けるものと思う。ただ、こうした政府見解あるいは意図した”熟語?・・令和“の意味だけでは、解釈が浅く狭く、元号としての本来の漢字字義が希釈されてしまっているようにボクには思える。
すなわち漢字本来が内包する”神の存在・神の宣託“・・・象形文字が呪祈祝祷に際してその呪術者がよみ取った甲骨に現れた文様の為す意味・宣託あるいは神託・・・といった、根本的な意味が、オブラートで包まれ、元号としての深い意味が失せてしまっている、と思う。
文字情報、その初形・象形文字そのもの「[象形]礼冠をつけて、膝まづいて神意を聞く人の形。古くは令・命の二義に用いた。」・・・これが、この新元号「令和」を理解する根本にないといけないと、ボクは思います。ボクは、この「礼冠をつけて、膝まづいて神意を聞く人の形」・・・これ「令」の「象形」の意味するものを見つけた時、“説文・甲骨・金文・・・これら、象形文字の初形は、文字化けしてしまい、ここに示せないのは残念だが、お許しを・・・”と、この「令」の初形を見て感じたことを述べておきたい。
実は、今上(平成)天皇が被災地を経巡りされたとき,必ず目にする、その天皇の姿勢・・・それがこの「令」の初形・象形文字の初形・・・として、「礼冠をつけて、膝まづいて神意を聞く人の形。古くは令・命の二義に用いた。」とある、その姿そのものを以て、被災者に接するその姿そのものであることに気づいた。
すなわち「(礼冠をつけて)膝まづいて民意(神ではない)を聞く天皇の姿とその形」そのものなのである・・・。
・・・象形文字では「礼冠」を「菅笠・すげがさ(これは僕の表現)」の形、漢字の部首の二画では”被り物は「冖」この一字」が見えるが、すなわち、神意を問い聴くときに被る冠はこのように菅笠の形「ヘ」の様だったのであろう、そして、その礼冠の下には、膝まづいて、それは、踵を上げ、十の足指で上半身を支え両の腕を膝にし、膝を床(土)に支え、両の腕を差し伸べた形を、その形を平成の天皇はとられ、被災民に接し言葉をかけられた・・・ボクはそのジャンパー姿の天皇に思い到る。
また、「命」は、やはり礼冠をかぶり膝まづいて両の手を差し伸べ「聖器さい・口」をささげる形を表す。すなわち、神意ならぬ、人・国民の言葉を天皇は聞き、受け止め、言葉をかけられた、のであろう・・・。
・・・そう、この「令和」を元号の候補に出したという万葉集・万葉集歌の研究者は、また、天皇のこの象形文字の初形の姿をも思い浮かべたのであろうか。
・・・なんとまあ、漢字の世界とは深淵であり深遠・・・な世界だと感動を改めてボクは覚える。とにかく、この新元号「令和」は、よみも字形もいいものだと思う。
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・・・平成最後の日・・・
4/30/Mon.
今月四月は体調が悪くて、ようやくここまで書きました・・・申し訳ないけれど、平成最後のボクのブログはここで締めにします。来月5月1日からの「令和」新元号にも、健康の許す限り書き続けたいと思っています。
・・・僕は「昭和」に生まれ戦中戦後の困難な世情の中、祖母と両親に育まれた。そして、その戦後の昭和という平和ではあったが激動の世の中でもあったし、希望の世の中でもあった・・・そう、日本国民が力を合わせ、また、それぞれに、現在と未来に、自ら身を粉にして「頑張った」時代でもあったのだろう・・・。そう、悲劇的な時代を経て乗り越えて・・・ある意味では幸せな時代であったかもしれない・・・そんな戦後の昭和時代・・・もちろん、あの対戦は・・・日本国民すべての不幸せであったことは確かとしても。
そして、昭和天皇の崩御、新元号「平成」になって、・・・なんだか日本人がギスギスし、他者への思いやりを忘れ、礼を失し、自らとその家族、そう、両親を捨て、おのが核家族へ逃げ込んで、都市生活者面(づら)し、ろくでもないB級グルメとやらに小躍りし喜びを表すような、下品で小者のB級人間へと、自らを貶めてしまった・・・そう、僕自身のこと・・・実は僕はB級グルメさえほとんど、いや、ここまでまったく口にしない粗食者。そして、この2019年5月1日、その貶めた心身の僕は新たな元号の本・・・やはり日本人(にほんじん・・・ニッポンジンではない)であり続けていくこと、として生きていくことになる。
この後どれだけ生きていくことになるのか・・・また、世の中とかかわっていくのか、そう、平成に、日本人が手にしたスマホなるものに埋没、若者かバカ者かわからないほどの利己主義がはびこって、電車の中で、いち早く空席へケツを押し込み、スマホへと埋没、全く他者を顧みないアホ人間・アホ日本人となってしまった・・・それでも、降車駅を間違わず、そ奴は席を立ちスマホを見つめたまま降りていく・・・。
そんな中、やはり、ヤツ以上にアホな僕はスマホも手にせず電子メールなるものも、SNSが何やら、IT、これも何やらさっぱりわからず・・・その原理もわからず、このホームページ屋がつくってくれた“ブログ”とやらに、こうして自分をさらし続けている・・・愚か者・・・なんともこの世とは、オレにはさっぱり訳が分からない・・・俺自身も何者か?・・・面白くもない世の中だ。
でも一つ良いことがあった。そう、パソコンで文字を打ち表せること・・・このことは、願ってもないことだった・・・そう、ボクにとっては・・・ありがたいことだった・・・この昭和の末から平成最後のこの日まで・・・とにかく、ありがとう・・・良くも悪くも、このオレが生きてきた時代・・・。そういえば、昨日は4月29日「昭和の日」だった。令和になっても“昭和の日”は続くのだろうか?
また、十連休という平成31年4月27日土曜日から、令和元年5月6日月曜日までらしいこの元号の移行への日々の連休・・・。これは僕には何の関係もない・・・が、この新緑の風景・・・我が家が接するこの里山・・・これを愛でて日々を過ごそう・・・薮のそこここにあった、ムラサキヤシヲはずっと先に姿を消し、薮のフジが紫色の花房をつけはじめ、ウオーキングをする道筋にあるベストポケットパーク・・・そこにある藤棚にも紫の房が下がり始めた・・・そしてその隣の八重の桜・サトサクラはピンクの花びらを自身の周りに戯れか、良きことを寿ぐのか、その花びらの厚く積もった絨毯を敷き詰めた。
そう、昨年は、この花びらが散り敷く前・・・満開のサトサクラの花の下に、自転車を止め、夢中になってスマホを差し向けていた少女のことを思いだす。
・・・ここ数日続いた思わぬ夏日が・・・なぜか早春の膚寒さへと逆戻りして・・・日常の着るものを・・・あれこれと・・・僕を戸惑わせている・・・おお寒い!・・・そして”平成さようなら・・・“・・・・・・なんだか、昭和生まれのオレ・・・ずいぶん長く生きてるなと・・・思わぬ冷え込みに、この生身の自分を実感している。
・・・きょうは雨降りとなった・・・シトシトと、新緑が幾分濃さを増した里山が、雨に濡れている。この雨降りの日は、平成最後の日から明日の令和元年5月1日へとつながって降り続くと、天気予報の女性気象予報士はラジオの朝番組で言っていた。今日明日と日本中が静かに皇位の継承を見守りながら続くのだろう・・・とにかくめでたい日ではある。
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