建築家日比龍美BLOG

HITBIT 心もよう vol-110 April 2019

HITBIT[心もよう]vol-110 April 2019
・・・元号決定・その背後?・・・
2019年5月1日に向けて、時代の時間が動いている。
今上(平成)天皇の退位の意向・決意なのであろう、それが2016年8月の“天皇のビデオメッセージ”(いわば、次代を先駆け行く新しい手法)によって表明され、それによって、退位が政府によって決定され(象徴天皇の故、このような手続きになるか)、国民にも納得され、平成の皇太子が平成31年5月1日に即位し新天皇となるその道筋が示されてきた。
それに先立って、新元号が、現在の政府によって4月1日に決定されるという・・・。
本来、元号制定は、天皇即位直後に制定されるというが、人間天皇、政治に関与しない、という建前から、政府が変わって元号選択制定に積極的に、昭和天皇崩御から、この度の天皇譲位に伴う退位と新天皇の即位という、時間的流れを政府が決定して来たということらしい。また、平成に続く元号の選定も政府の重要な役割となったようだ。
これには、たぶん、歴史学者・漢学者・漢文学者・国学・国文学者・中国史学者・・・などなど、漢字圏に関する日本国内の、先に示したような研究者ら・・・が参加され
”新元号“の提案・提示がなされ、この決定に先立っていくつもの”案“が模索され提示されるのであろうか・・・そして、提示された、いくつもの”案“の中から新元号が選ばれるのであろうか。
新元号に到る秘密裏な過程・・・ここに、政治的意向がはたらくことが危惧される、この危惧は・・・現政権が背後に持つ暗闇が働くのではないかと・・・これまでの現政権の為してきて、国民に与えた印象、国民が感じ持ったいくつもの疑惑を生んだアベ政権であること、その疑惑が国民に納得されることなく、政権と自民党公明党によって幕引きされ、次のステージへ進んでしまったことに対する、大半の国民が持つ現アベ政権が持つ暗く深い疑惑への懸念である・・・。
それは、元号決定の30分後に、総理大臣アベがこの元号についての説明(説明の意味?どんな事を述べるのか?)をするということから・・・国民であるオレが感じてしまう、あの二つの学校設立に関する疑惑と同様の・・・アベ現政権が何かしら働きかけてしまうことから発する“忖度(そんたく)“・・・が、生じる・・・そんな懸念・・・これを、思うのだ。そう、こうしてしゃしゃり出てくるというその一事において、感じてしまう、疑ってしまう・・・そのこと。
・・・アベが、その現政権がそこまでは関与しはしないだろう・・・と、期待とも信頼とも疑惑ともつかぬ“どろどろ”としたものを、安倍政権の背後に見てしまうというのか、ふと思ってしまうほど、現政権に対する国民の不信?は大きいのだ・・・。
これはオレだけなのか、おれの感覚が過敏すぎるのか、オレの不信感が強いのか・・・これはオレ自身にもよくわからないが、元号の背後に・・・もしかすると総理大臣の意向が働く・働いた・・・と、危惧というのか。疑ってしまう俗物・オレ・・・が、いる。
そう、官房長官が元号を発表したその後、総理大臣アベがしゃしゃり出て、新元号の説明などをするという・・・いわば、目立ちたい・・・そんな意向に対する、いわば下種(げす)の勘繰り・・・こんなことまでを考えてしまうオレ。
ただ、オレには”元号“というものは、”天皇一代ごとの元号“・・・これが、あってもよく、また日本史において必要でもある、と考えている・・・そう、天皇制(象徴天皇として)の存在とともに日本国には、日本を考えるその思考の基底の存在としても、そう、日本史は天皇の存在とともに考えると、把握しやすい・・・。
ボクは、著した『額田王研究』に述べた飛鳥時代では皇極紀まで元号は存在しなかった。孝徳紀になって‐大王孝徳元年(645)年六月十九日−初めて「大化」と号したのを始めとするが、この書では大王一代ごとの「紀」、それを日本書紀に依拠した時代区分として、ボクは採用し、推古紀・舒明紀・皇極紀・孝徳紀・斎明紀・天智紀・大友紀などと大王統治の時代ごとの事件・内政・外交、などを示してきた。さらにこれに、西暦を書き加えることによって、時代の特色を大王の存在とともにわかりやすく示すことが出来たと考えている。
そして、これ以降の時代は、西暦とともに”元号“を明らかにすることによって、日本の歴史を理解する手立てとしてきたように思える。
(この記事は平成31年3月31日PM10時55分に書き上げた)
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===目次===
4/01  ・・・元号決定・その背後???・・・
4/08  ・・・煩悩と業(ごう)・・・
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・・・元号決定・その背後?・・・
4/01/Mon.
新元号は『令和−れいわ』と決まった。これは熟語としては存在しない。新しく考え組み合わされた文字『令』と文字『和』からなる新しい熟語ということが出来よう。これを「れいわ」とよむ。
元号(年号)は明治になって天皇一代限りの年号とすると決まったのであるが、この2019年の天皇退位により皇太子が5月1日に天皇即位する。
これに先立って、新元号が、現在の政府によって今日4月1日に決定されるという・・・。今日であるが、この元号決定の在り方は、本来の元号決定とは後先が逆なのではないかと考えるが、天皇が政治に関与しないということから、政府が主導し、先に元号が決定された。ここには、政治・経済・社会通念など、さまざまに年号・元号がついて回るこの日本の世の中において、即位までの一月の間を余裕ある世の移行を促すということか。
ところで、新年号・元号−令和・れいわ−この二つの文字・漢字・・・新たな熟語ともいえるこの字の出典は万葉集から、その巻五の「梅花の歌」、その併せて三十二首の序文から抽出という。
   梅花歌卅二首并序
 天平二年正月十三日 萃二于師老之宅一 申二宴會一也 于レ時初春令月 気淑風和 梅披二鏡前之粉一 蘭薫二珮後之香一 加以 曙嶺移レ雲 松掛レ羅而傾レ盖 夕岫結レ霧 鳥封レ穀而迷レ林 庭舞二新蝶一 空歸二故鴈一 於レ是盖レ天坐レ地 促レ膝飛レ觴 忘二言一室之一裏 開二衿煙霞之外一 淡然自放  快然自足 若非二翰苑一何以壚レ情  請紀二落梅之篇一 古今夫何異矣 宜下賦二園梅一聊成中短詠上

 梅花(ばいくわ)の歌三十二首 并(あは)せて序(じょ)
 天平二年の正月の十三日に、師老(そちのおきな)の宅(いへ)に萃(あつ)まりて、宴会を申(の)ぶ。
 時に、初春(しょしゅん)の令月(れいげつ)にして、気(き)淑(よく)風(かぜ)和(やはら)ぐ。梅は鏡前(けいぜん)の粉(ふん)を披(ひら)き。蘭は珮(はい)後(ご)の香(かう)を薫(くゆ)らす。
しかのみにあらず、曙(あした)の嶺(みね)に雲移り、松は羅(うすもの)を掛(け)けて、盖(きぬがさ)を傾(かたぶ)く、夕(ゆうへ)の岫(くき)に霧結び、鳥は穀(うすもの)に封(と)ぢられて林に迷(まと)ふ。庭には新蝶(しんてふ)舞ひ、空には故鴈(こがん)歸(かへ)る。
ここに、天(あめ)を盖(やね)にし地(つち)を坐(しきゐ)にし、膝(ひざ)を促(ちかづ)けて、觴(さかづき)を飛ばす。言(げん)を一室の裏(うら)に忘れ、衿(きん)を煙霞(えんか)の外(そと)に開く。淡然(たんぜん)自(みづか)ら放(ゆる)し、快然(くわいぜん)自(みづか)ら足る。
若し翰苑(かんゑん)にあらずは、何をもちてか情(こころ)を壚(の)べむ。詩に落梅(らくばい)の篇(へん)を紀(しる)す、古今それ何ぞ異ならむ。よろしく園梅(えんばい)を賦(ふ)して短詠(たんえい)を成すべし。
万葉集巻五の「梅花の歌」、その併せて三十二首の序文はこのように述べている。
漢文・漢詩は僕には読めないが、こうして仮名交じり文にして格調高く、弾むような心が読み取れる。この序文全体がこの春の宴会の園、そこに漂い来る梅の花の香、この時、この場において、何をなすべきか、そう、ここに集いし者たちが今こそ、この梅の花の薫りを聞き、ここにそれぞれが”短歌“一首を詠み残そうではないか・・・このめでたい集いに(令の字の醸し出すめでたさがこの集いの場に広がっている・・・めでたさ・・・)。
そう、こうして老師の健康を祝い集う私たち、この梅園にて一首を残そう・・・。
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・・・元号決定・その背後?・・・
4/01/Mon.
新元号は『令和』という。無粋なことになるのかもしれないが、この二文字の文字情報の一部を漢字辞書から得てみよう。ただし、説文・甲骨・金分・・・これら、象形文字の初形は、文字化けしてしまい、ここに示せないのは残念だが、お許しを・・・。
【令】
[字音]レイ・リョウ(リャウ) [字訓]みことのり・いいつける・よい・せしめる・たとえ。
[象形]礼冠をつけて、膝まづいて神意を聞く人の形。古くは令・命の二義に用いた。
〔説文〕九上に「號を發するなり。人(しふ)卩(せつ)に從ふ」と会意に解する。人を人(あつ)めて玉瑞の節(卩)を頒かち、政令を発する意とするが、卜文・金文の字形は、神官が目深に礼帽を著けて膝まづく形で、神意を承ける等とみられる。
[訓義]
1.おつげ、神のおつげ。
2.みことのり、ふれ。
3.いましめ、おしえ、いう。
4.よい、ただしい、めでたい。
5.させる、せしめる、いいつける。
6.もし、たとえ。
7.伶(れい)と通じ、めしつかい。
【和】
[字音]ワ・カ(クヮ) [字訓]やわらぐ・なごむ・かなう・こたえる・したがう
[会意]禾(か)+口。禾は軍門の等。口は粟(さい)、盟誓など、載書といわれる文書を収める器。軍門の前で盟約し、講和を行う意。和平を原義とする字である。
[形声]声符は禾(か)。龠(やく)は笛。楽音のととのうことをいう。〔説文〕二下に「厘(ととの)ふなり」とし、「讀みて和(くわ)と同じうす」という。〔一切経音義、六〕に引いて「蟹樂和厘するなり」に作り、楽音の調和することをいう字である。和は軍門で和議を講ずることである。両者は字源を異にするが、通用することが多い。滓が禾声に従うのは、農耕に関する儀礼に、籥(やく)(笛)を用いることがあるからであろう。金文に珂(やく)の字があり、これも籥と力(耒(すき)の等形)とに従う。〔大克鼎(だいこくてい)〕に「克を王の實(こと)に珂(かな)はしむ」、〔士父鐘(しほしよう)〕「永命に珂はしむ」のように用いる。滓・珂が禾・力に従うのは、農事が陰陽律呂にかなうことが重要視されたからで、のち戦国期の鄒衍(すうえん)は、陰陽五行を以て律呂を按じ、寒冷の北地にも農耕を可能にしたと伝えられる。
[訓義]
1.ととのう、音律がととのう、あう、かなう。
2.やわらぐ。
3.和と通用する。
[古訓]〔字鏡〕滓 マジハル
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*以上、漢字辞書「字通」から「令」と「和」の字訓や訓義などの文字情報を見てきた。
また、ネットでニュースを見ていて、『令和』の解釈を語っていた記事を見つけた。それをここに紹介しよう。
*外務省は、平成に代わる新元号「令和」について外国政府に英語で説明する際、「Beautiful Harmony=美しい調和」という趣旨だと伝えるよう在外公館に指示した、という。今月1日の新元号発表後、「令」を「order=命令、秩序など」と訳す外国メディアがあったのを受けた措置で、外国メディアにも個別に説明している。
 「令和」の発表後、国際的に影響力が大きい英BBC放送が「order and harmony」と表すと報道。「令」については「Command=指令」を意味すると報じる欧米メディアもあった。外務省の担当者は「令和の意味を正確に訳すのは難しいが、全く異なる解釈をされるのを避けるため、趣旨を伝えることにした」と述べた。
 外務省内では「令」が律令など法律の意味で使われることがあることから、『令和』は『法の支配に基づく平和』とも解釈でき、日本の外交姿勢になじむ」といった声も出ている。【秋山信一】・・・と、インターネット上のニュース番組から署名記事を引用させていただき、添付しました。メディアの社名は見落としましたが、秋山さん、ありがとうございました。
・・・リュウ、4月7日に記す・・・「令和」について、僕が漢字辞書『字通』から引用した文字情報は、外務省の説明を裏付けるものと思う。ただ、こうした政府見解あるいは意図した”熟語?・・令和“の意味だけでは、解釈が浅く狭く、元号としての本来の漢字字義が希釈されてしまっているようにボクには思える。
すなわち漢字本来が内包する”神の存在・神の宣託“・・・象形文字が呪祈祝祷に際してその呪術者がよみ取った甲骨に現れた文様の為す意味・宣託あるいは神託・・・といった、根本的な意味が、オブラートで包まれ、元号としての深い意味が失せてしまっている、と思う。
文字情報、その初形・象形文字そのもの「[象形]礼冠をつけて、膝まづいて神意を聞く人の形。古くは令・命の二義に用いた。」・・・これが、この新元号「令和」を理解する根本にないといけないと、ボクは思います。ボクは、この「礼冠をつけて、膝まづいて神意を聞く人の形」・・・これ「令」の「象形」の意味するものを見つけた時、“説文・甲骨・金文・・・これら、象形文字の初形は、文字化けしてしまい、ここに示せないのは残念だが、お許しを・・・”と、この「令」の初形を見て感じたことを述べておきたい。
実は、今上(平成)天皇が被災地を経巡りされたとき,必ず目にする、その天皇の姿勢・・・それがこの「令」の初形・象形文字の初形・・・として、「礼冠をつけて、膝まづいて神意を聞く人の形。古くは令・命の二義に用いた。」とある、その姿そのものを以て、被災者に接するその姿そのものであることに気づいた。
すなわち「(礼冠をつけて)膝まづいて民意(神ではない)を聞く天皇の姿とその形」そのものなのである・・・。
・・・象形文字では「礼冠」を「菅笠・すげがさ(これは僕の表現)」の形、漢字の部首の二画では”被り物は「冖」この一字」が見えるが、すなわち、神意を問い聴くときに被る冠はこのように菅笠の形「ヘ」の様だったのであろう、そして、その礼冠の下には、膝まづいて、それは、踵を上げ、十の足指で上半身を支え両の腕を膝にし、膝を床(土)に支え、両の腕を差し伸べた形を、その形を平成の天皇はとられ、被災民に接し言葉をかけられた・・・ボクはそのジャンパー姿の天皇に思い到る。
また、「命」は、やはり礼冠をかぶり膝まづいて両の手を差し伸べ「聖器さい・口」をささげる形を表す。すなわち、神意ならぬ、人・国民の言葉を天皇は聞き、受け止め、言葉をかけられた、のであろう・・・。
・・・そう、この「令和」を元号の候補に出したという万葉集・万葉集歌の研究者は、また、天皇のこの象形文字の初形の姿をも思い浮かべたのであろうか。
・・・なんとまあ、漢字の世界とは深淵であり深遠・・・な世界だと感動を改めてボクは覚える。とにかく、この新元号「令和」は、よみも字形もいいものだと思う。
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・・・平成最後の日・・・
4/30/Mon.
今月四月は体調が悪くて、ようやくここまで書きました・・・申し訳ないけれど、平成最後のボクのブログはここで締めにします。来月5月1日からの「令和」新元号にも、健康の許す限り書き続けたいと思っています。
・・・僕は「昭和」に生まれ戦中戦後の困難な世情の中、祖母と両親に育まれた。そして、その戦後の昭和という平和ではあったが激動の世の中でもあったし、希望の世の中でもあった・・・そう、日本国民が力を合わせ、また、それぞれに、現在と未来に、自ら身を粉にして「頑張った」時代でもあったのだろう・・・。そう、悲劇的な時代を経て乗り越えて・・・ある意味では幸せな時代であったかもしれない・・・そんな戦後の昭和時代・・・もちろん、あの対戦は・・・日本国民すべての不幸せであったことは確かとしても。
そして、昭和天皇の崩御、新元号「平成」になって、・・・なんだか日本人がギスギスし、他者への思いやりを忘れ、礼を失し、自らとその家族、そう、両親を捨て、おのが核家族へ逃げ込んで、都市生活者面(づら)し、ろくでもないB級グルメとやらに小躍りし喜びを表すような、下品で小者のB級人間へと、自らを貶めてしまった・・・そう、僕自身のこと・・・実は僕はB級グルメさえほとんど、いや、ここまでまったく口にしない粗食者。そして、この2019年5月1日、その貶めた心身の僕は新たな元号の本・・・やはり日本人(にほんじん・・・ニッポンジンではない)であり続けていくこと、として生きていくことになる。
この後どれだけ生きていくことになるのか・・・また、世の中とかかわっていくのか、そう、平成に、日本人が手にしたスマホなるものに埋没、若者かバカ者かわからないほどの利己主義がはびこって、電車の中で、いち早く空席へケツを押し込み、スマホへと埋没、全く他者を顧みないアホ人間・アホ日本人となってしまった・・・それでも、降車駅を間違わず、そ奴は席を立ちスマホを見つめたまま降りていく・・・。
そんな中、やはり、ヤツ以上にアホな僕はスマホも手にせず電子メールなるものも、SNSが何やら、IT、これも何やらさっぱりわからず・・・その原理もわからず、このホームページ屋がつくってくれた“ブログ”とやらに、こうして自分をさらし続けている・・・愚か者・・・なんともこの世とは、オレにはさっぱり訳が分からない・・・俺自身も何者か?・・・面白くもない世の中だ。
でも一つ良いことがあった。そう、パソコンで文字を打ち表せること・・・このことは、願ってもないことだった・・・そう、ボクにとっては・・・ありがたいことだった・・・この昭和の末から平成最後のこの日まで・・・とにかく、ありがとう・・・良くも悪くも、このオレが生きてきた時代・・・。そういえば、昨日は4月29日「昭和の日」だった。令和になっても“昭和の日”は続くのだろうか?
また、十連休という平成31年4月27日土曜日から、令和元年5月6日月曜日までらしいこの元号の移行への日々の連休・・・。これは僕には何の関係もない・・・が、この新緑の風景・・・我が家が接するこの里山・・・これを愛でて日々を過ごそう・・・薮のそこここにあった、ムラサキヤシヲはずっと先に姿を消し、薮のフジが紫色の花房をつけはじめ、ウオーキングをする道筋にあるベストポケットパーク・・・そこにある藤棚にも紫の房が下がり始めた・・・そしてその隣の八重の桜・サトサクラはピンクの花びらを自身の周りに戯れか、良きことを寿ぐのか、その花びらの厚く積もった絨毯を敷き詰めた。
そう、昨年は、この花びらが散り敷く前・・・満開のサトサクラの花の下に、自転車を止め、夢中になってスマホを差し向けていた少女のことを思いだす。
・・・ここ数日続いた思わぬ夏日が・・・なぜか早春の膚寒さへと逆戻りして・・・日常の着るものを・・・あれこれと・・・僕を戸惑わせている・・・おお寒い!・・・そして”平成さようなら・・・“・・・・・・なんだか、昭和生まれのオレ・・・ずいぶん長く生きてるなと・・・思わぬ冷え込みに、この生身の自分を実感している。
・・・きょうは雨降りとなった・・・シトシトと、新緑が幾分濃さを増した里山が、雨に濡れている。この雨降りの日は、平成最後の日から明日の令和元年5月1日へとつながって降り続くと、天気予報の女性気象予報士はラジオの朝番組で言っていた。今日明日と日本中が静かに皇位の継承を見守りながら続くのだろう・・・とにかくめでたい日ではある。
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HITBIT 心もよう VOL-109 March 2019

HITBIT[心もよう]vol-109 March 2019
三月半ば・・・ようやく春めいてきました。宵のウオーキング、そんなときふと春らしい空気を感じる。夜気に交じって清涼な匂いが流れている樹木の多い夜道・・・歩き疲れてふと立ち止まる。里山の裾にある歩道・・・。昨年末だったか今年になってからだったか、街灯が水銀灯からLEDに変わって、光度を落としたのか、何となく薄暗くなった歩道・車道・・・幽玄?
最初は何となく違和感をもったが、慣れてきたのか・・・この仄かな雰囲気を醸すLEDの光度・あかり・・・陰りを帯びた明かり・・・なかなかのもの・・・。
実は我が家もキッチンの手元灯と天井等をLEDに変えた・・・二か所とも寿命が来て・・・そう、蛍光灯から・・・狭い空間だから、その明かりは十分すぎるほど明るくなったが、何となく冷たく寂しげな光・・・これが少し気になっているが、そのうち慣れてくるのだろう。
居間の天井灯は昔ながらの何の飾り気もない蛍光灯(シンプルさが気に入っている)、40ワットの棒球が5本、カバーの中に並んでいる・・・一部であるが変えたLEDと比べると、何となく蛍光灯の方が光が柔らかく感じて・・・この居間の照明を蛍光灯のままにするか、LEDにするか・・・迷っている・・・蛍光灯管が無くなることはないかしら?
・・・そう、日常に“迷い”・・・迷うこと、決断とまで言うことでもないが、何事もうやむやというのか曖昧にしているような気がする。そしてこの居間を見回してみると、何とも雑然となって、整理がつかなくなっていることを改めて感じる・・・。
・・・一つの原因は、居間とつながってある食卓・・・ここへノートパソコンを持って、上の階の書斎から降りてきて食卓書斎としてから現在の”雑然・散らかし放題“が始まった。
・・・この極めて狭い、居間が昼間のボクの創作と生活の空間となって・・・まとまりがつかなくなった。何とかしなくてはと思っているが・・・どうにもならなくなっている・・・資料などが生活空間にのさばり、手の施しようがなくなった、僕の散らかしよう・・・何とかしないと???
・・・・・・今月も、書くことがないと・・・いったんは諦め、休刊にしようかとも思いましたが・・・身近なことへ、目を向けたとたん・・・少し、書き進められました。
・・・ええ、精神、その感性の衰弱・老化など・・・枯渇ということが、現実になってきつつある昨今です。いつまで続けられますことか・・・。
・・・お元気でしたか・・・。
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===目次===
3/06  ・・・遅れてごめんなさい・・・
3/08  ・・・煩悩と業(ごう)・・・
3/09  ・・・BGM・・・
3/20  ・・・オモトが消えてスイセンは花盛り・・・
3/21  ・・・おやゆび姫が突然老嬢に・・・また、幸福度?
3/22  ・・・雨あがり、そして、あまりにも強力な、春一番・・・
3/23  ・・・病弱・・・
3/25  ・・・いっときの賑わい・桜花の季節とともに・・・
3/28  ・・・何と怪しく妖しい・この高笑い・桜の妖怪?・・・
3/29  ・・・春とはふしぎな季節だ
3/30  ・・・奇妙な”元号発表の顔揃え“・・・

3/31  ・・・・・・
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・・・遅れてごめんなさい・・・
3/06/Wed.
名古屋は、曇り・・・雨降りになるのかも・・・気温が下がりつつある。
・・・先月。2月号は投稿が遅れました。ええ、申し訳ないこと・・・すっかり失念。
先ほど投稿し公開しました〈AM11時ころ〉・・・109号です・・・そして、先月1月号は通算108号目でしたが、間違って107号となっていたのを訂正しました。ごめんなさい。
・・・いろいろと、この身の変調がこうして、忘れたり失念と(おなじことか?)・・・生身の人間のなんとひ弱なことでしょうか・・・ことに僕は。
それにしても、長いこと続けてきました・・・間に一年間のご無沙汰もありましたが・・・。よく続いたと思います・・・。これからも、何とか続けたいと思っています。
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・・・煩悩と業(ごう)・・・
3/08/Fri.
先月号に書いたかもしれない・・・ええ、先月のことをしっかりと覚えていない。
なんとも、気持ちも、記憶も頼りないものになったようだ。
・・・先月だったか・・・読んだのかドラマでも見たのか?
・・・「寂しさは金、哀しみは銀、煩悩は人を強くしてくれはります・・・」・・・これ、なかなか味わいある言葉だとおもう。
この一行を知った時、ボクは自身の書中に書いた・・・「空蝉」うつせみ(古形は‐うつそみ)・・・飛鳥人についての一文を、思い出した。その部分をここに置いてみよう。
・空蝉は、現人(うつそみ)、の転。この世の人。平安時代になると蝉の抜け殻(うつせみ)の意となる。それはまた、抜け殻の意から「はかない」という意味に用いられた。飛鳥人においても同様であったであろう。この感覚は「はかなさ」は平安時代になって突如固定化したものではないであろう。殊に上代に遡って、寧楽(奈良)・藤原そして更に飛鳥時代と、深く自然と関わり、その現象を尊び、身近に感じていた上代の人の感性の方が今日のわれわれが感じる以上に、蝉の抜け殻に「はかなさ」を感じることは、既知識的・固定観念ではない自然にわき出る感情であったであろう。
「はかなさ」は自然現象を感じることによってさらに促され、またそこへ仏教の影響も加わり、「生死観」を伴って、一層「人の存在」へと関わっていくことになり、そこに「哀れ」「もののあわれ」そして「無常観」へ、人の心の深層の「虚無感」へつながり、ときには現実と虚無との狭間に人を置く。
それは「心の揺らぎ」そのものとなって、人の感性を弄ぶ。しかし、その揺らぎに自身が置かれることをも、人は求めるようになり、意識的にその境遇へ狄瓦反鉢瓩鮹屬ことを求めもした。「哀しみ」はそうして人の心を弄び、人はそうされることによって悲しみを癒しもする。死はいうまでもなく、別離の悲しみ、労働の苦しみも、さらに悲しみ苦しみばかりではなく、喜びも、恋も、さらに自然、その森羅万象から受ける人の感動など万感が交叉体現化し、さまざまな芸術となって人と関わっている。その典型的な形が、倭歌・和歌となったのであろう。万葉集歌も人のそうした万感がこもった芸術のその最古の具現化‐文字を与えられ‐遺されたものなのだろう。古事記・日本書紀そして万葉集として今日残る文字による上代の文学・芸術は、人の心の万感を記録し今日に伝えている。【拙書『額田王研究』より】
「煩悩」・・・寂しさ、哀しみ・・・人が何かにつけ持つ内の感情、その発露が控えられる、あるいは隠される感情・・・「業(ごう)」とよんでもいいのかも・・・そんな人の心が。自身の感情に弄ばれる・・・それが言葉ともなる・・・人とはふしぎな生きものだ。
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・・・BGM・・
3/09/Sat.
暖かな一日です。
身も心も開放されたかのよう。掃除を終えて、多くの音楽を聴く時間が持てました。
今日は何十年もラックにしまったままのCDを聴いた・・・といっても、本を読みながらのBGM・・・バッハの「管弦楽組曲」、ヴィバルディの「四季」、それにムソルグスキーの「展覧会の絵」・・・と、組曲ばかり・・・。そして、誰もが耳慣れた曲のパレードだ。
ボクは、このBGMを聴きながらの仕事の仕方・・・30歳近くなってからの習慣?となった。
図面を引きながらラジオそのFM放送・・・しかし、実際に聴いているかというと、聴いていない、聞き流しをして、耳に入ってこない・・・そして、ふっと一息ついたときにラジオが鳴っている・・・それを改めて知る。そして、夢中になって、製図版に向かっていた自分を知る。
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・・・オモトが消えてスイセンは花盛り・・・
3/20/Wed.
スイセンが満開になってから一週間ほどか・・・黄色のラッパ型の花・・・何という名前かしら・・・このスイセン・・・。
ずいぶん昔、鉢植えを買い、その花を楽しんでから、道路に面した間知石積みの擁壁の上、その小さな雑草の斜面、その端へ植えた。わずか二三本のそれが、毎年花を咲かせてくれ、その上、株がだんだんと大きくなって(毎年、一本ずつかしら?)・・・僕にしては上出来の移植の成功。そのうえ、1メートルほど離れた所に、移植したわけでもないのに数本の茎に同じ黄色の花が咲いて・・・不思議?
・・・ところが、昨年ころから、隣に植えてあったオモト(万年青)が姿を消して???これも不思議。
このオモト、母が送ってくれ、毎年赤い実をつけていたのだが・・・どこへ消えた?
そう、・・・オモトが消えてスイセンは花盛り・・・。
改めて、オモトがあった場所を掘り返すか?(その後のはなし・・・枯れかけた葉が一枚見つかった)
・・・オモトが消えてスイセンは花盛り・・・スミマセン・・・オモト様・・・。
先ほど書いた、この間知石積みの擁壁、我が家のところで途切れ、また南へとつながっているのだが、その南へつながった擁壁の上、わずかな隙間に、数年ほど前から、自然生えのマンリョウが一本立ちあがって、この冬そして今も葉むらの下枝に赤い実をつけている。鳥が運んだか・・・マンリョウの実。
このほか、ここ数年で増えた鉢植え・・・サツキ、つるバラ、ボケ(木瓜・この木は昨年秋に枯れたと思ったがそのままにして置いたら、二枝のうちの一本が小さな芽を転々とつけていた・・・うれしかった、思わず、どんどん葉を出してくれ・・・と声をかけた)、それから名前を知らない、いや、忘れた・・・木とも草とも定かでない一鉢、それに僕がつくった盆栽−トウカエデの林風の景色・・・と、どんどん増えた(これは大げさな表現)。ボケは枯れてしまったかとがっかりしていたが、その木瓜、落葉したつるバラと同時に、一昨日頃から赤い芽をふきだした・・・もうじき新しい葉の茂りが出来そうだ。
それに、家の中には、飾り鉢で売っていたミニバラが花を三つつけて、咲いている。
もう、三週間ほどになるかな・・・。
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・・・おやゆび姫が突然老嬢に・・・また、幸福度?
3/21/Thu.
昨夜からの雨降りが小やみとなって、さらに曇り空。
そういえば、昨日の続き・・・2月に買ったチューリップ(おやゆび姫と名前がついていた)・・・それ、本当におやゆびのように鉢の土から直接、茎は見えず、緑色の葉と真っ赤なつぼみ(これが真っ赤なマニキュアみたいだった・・・)が生え、いいチューリップと気に入っていたが、一度日当たりへと・・・ベランダへ出したら、突然成長し、アッという間に普通のチューリップ・・・、瞬く間に背丈は伸び、花は満開、そして翌日には花はしおれて・・・おやゆび姫のチュ―リップは、おばあさんに大変身。ええ、茎もねじれて大変な老嬢・老婆ぶり・・・これにボクはびっくり、まるで一寸法師か浦島太郎か、はたまた竹取物語のかぐや姫(?かぐや姫ですよね?)・・・おとぎ話がとんでもない現実になって、ボクは腰を抜かさんばかりに驚いた(なんとまあ、老人じみた表現ですこと、ホッ
ホッホッホッと笑われるかな?)・・・。
・・・こんなおとぎばなし・・・ええ、本当にとんでもないことになって・・・今は、ベランダの片隅で、完全に枯れるのを待っている・・・そう、来春用に球根を取ろうと、茎が枯れるのを待っている僕です。複雑な気持ちで・・・。
(球根を取ること・・・鉢にさしてある名札に書いてあった)
ところで、桜前線のこと・・・福岡市と東京でソメイヨシノが開花したという。
・・・ところでこの開花・その宣言・・・を見に出かける・・・これなんぞ、愚か者・本当の風情を心しないものやることだ・・・と、このニュースを聞いて、僕の心は即座に反応・拒否反応をした・・・そう、桜の開花はうれしいことだ・・・しかし、前線のその瞬間を目にしに行く・・・これは愚の極みだ・・・そう、開花のニュース・・・これを聴き、その喜び、冬が去って春が来た・・・この喜びを、心で聴く・・・そんな、ひそやかな喜び・・・俺は群れない・・・そんな群がって,開花の瞬間を待つなんてこと・・・何ともまあ、あさましいというか? 
・・・昨日20日、床屋での話・・・おいでになる途中の平和公園の桜はどうでしたか・・・つぼみは桜色が増してきたでしょうか・・・いや、残念ながらまだでした・・・今日は桜ならぬ梅・梅林が満開でした、少し盛りを過ぎているのでしょうが・・・今日は気温が20度まで上がるそうですが・・・例年どうりですかね・・・開花は・・・花見に出かけたいですね・・・ええ、仕出し屋に弁当を注文して・・・と・・・僕たちは、普段贅沢をしないけど・・・お花見には、仕出し弁当を注文し、それを心待ちして、出かけました・・・時には、それに、自家製のだし巻きとかカラアゲなんぞを添え、ワインも飼犬とともに・・・ナツカシイ・・・。
・・・桜の開花を待つ心・・・心に思うこと・あいさつに開花予想を語ること・・・そんなことこそ、桜の開花にふさわしいと僕は思う。そういえば、我が家の前の桜の街路樹・・・つぼみはまだまだほんの膨らみ。
ここまで書いて、スーパーへ買い物に行こうか、と時計を見たら3時30分。
*3/21/Thu.
今日後で書き加えた・・・国連が調べた世界の国々の「幸福度」・・・ニュースの始まりは、街頭インタビュから・・・あなたは日本人の幸福度は世界で何位くらいだと思いますか・・・だったか、質問の趣旨はこのようなものだった・・・対して、答えは10位台から一けた台・・・すなわち高い幸福感を持っている答えが多かった・・・。
実際は、その世界での日本のランキングは実は”第58位“・・・ぼくは、いい位置にいると思った。確かに、薄々感じる政治の偏り・・・そこに密かに阻害に曝されている国民・市民がいる・・・と、思っていた”あまり満足感を感じちゃいけないけないよ“・・・すなわち、”適当なところで満足しよう“とボクの心の内にあった。
これを国民は国になんぞ依存しない・・・すなわち自己満足で・・・補っていたのだ。すなわち、日本人が持っている幸福度は、自己抑制が効き、不満度の小さくとも、日常の些細な仕合せや、戦争や紛争がない、デモやテロもない(サリン・地下鉄・・は別なのか?)と、いわば、適当なところで満足してしまう満足でいい、といった小さな幸せが幸せなんだというような、国民性ともいえる、満足感があらわになったインタビュー結果ではなかったと、ボクは聞いていて解釈した。
この国連が調べた日本の幸福度58位は、調査がどのような項目からなっているのか、ボクは全く知らないが・・・国連の調べの結果から見えてくるこれは、日本国民よ”政府に騙されちゃいけないよ“という警告が働いているようにも見える。あるいは、日本国民のほとんどが、小さな家で肩を寄せ合って暮らし、国民の間には、生活格差、進学格差などが歴然と現れていて、そのことに、国民が気付いていない、あるいは、国民性が踏ま个鯱海蕕気覆い箸、身の程で満足するとか・・・しかし、それを世界水準・平均的なところで、比べてみれば、日本国民は意外なことに、世界第三位の経済大国の割には、質素な生活、些細なことで幸せを感じ、多くを望まない・・・そんなところ、それを国連の調査がくみ取ったのかしら・・・そんなことはあるまいが。
ここで日本が日本人のほとんどが国民が感じている10位台から一けた台なんて結果に本当になったら、ボクは現実感からも受け入れられないに違いない。
・・・そう、ボクは日本人の精神性・・・多くを望まない・・・身の程で満足・・・このように、日本人の生き方は、本来質素であったし、これからも、質素であるべきだと思う。そう、世界第3位の経済大国・・・こんなニュースは、これまでと現在の僕には望むべくもないし実感もない。
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・・・雨あがり、そして、あまりにも強力な、春一番・・・
3/22/Fri.
昨日は小雨と曇りがちな一日だった。今日は雨が上がって、夜明け前から強い風が吹いている。これは“春一番”なのだろう。しかし、あまりにも猛烈な風力・・・これは嵐だ。そして一日中吹きまくった・・・あまりにも強力な、春一番・・・。
・・・昨日の続きのような今日のタイピング・・・。
昨年あたりから、切り花ばかりじゃなく、ときどき、鉢植えの花を買う・・・不思議なことに、切り花は常に目に付き、しおれた様子に水が不足してるかな、元気を出せよと、声をかける。しかし、四五日するとやはりだめになり、“ありがとうね、さいてくれて・・・”
と、ひと声かけて処分することになる。
鉢植えも手がかかるが、なぜか、切り花とは違った愛着がわく・・・。
・・・日当たりへ持ちだしたり、日陰へ持ち帰ったり、時には粒の化成肥料をツブツブと・・・土にのせたり、液肥を土にさしたり、枝々の花が咲き終わり枯れかかった花を摘み取ったり、鉢ごと雨にあてたり・・・また、風がつよくなれば鉢ごとひっくり返りはしないかと心配をし、寒くなれば霜に当たり枯れはせぬかと・・・気にかかり、ときには、スイセンのように鉢から露地に植え替えもする。
昨年は、ツルバラを大きい鉢へ植え替えたりと・・・平たい角鉢へは、街路樹が振り蒔き自生した苗を次々と抜いては植えこみ・・・林のような盆栽風にと・・・心を砕き、これが成功し、盆栽だ、盆栽だ・・・と心が浮き立って・・・よし、松もやってみるかと、玄関先に自生してきた松を鉢へ移植・・・これが失敗。枯らしてしまい・・・ひどく落ち込み、後悔にやけ酒をのんで、禁酒を破り、改めて後悔をし直すなんて言うバカゲタことへのめり悪循環へ落ちる・・・。
・・・とにかく、枯れはせぬか、根はついたか、来年は花が咲くかしら、新芽は出るかしらと・・・期待と心配が入り混じって・・・ついつい、家の出入りには目が行き、言葉をかけている自分に気づき、如雨露(じょうろ‐水を雨状露状に振りかける水遣りの園芸の道具)で水遣りなどなど・・・と、さらに、この如雨露は、連れ合いといった旅行先のバラ園で買った小さな英国ジョウロ・・・といっても張り紙があって、それにのせられたか、普通のジョウロ・・・これを手に取るたびに、旅で行った楽しさを思い出し、心が、如雨露の水でいっぱいになってあふれ出たり・・・と、玄関先の水道栓をひねりつつ・・・などと、常に何かの思考回路が働き・・・心は、ぬれたり湿ったりしたり・・・と忙しく・・・この暇人の心が弄(もてあそ)ばれている。
・・・こんな切り花や鉢植えにまつわるいろいろなこと・・・。
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・・・生きるということ・・・これ?・・・
3/23/Sat.
連日、草木・花のことを書いていると、母がささやかに作っていたというのか育てていた季節の花類、その季節ごとの花壇、そして棚の上のいくつものサボテンの大小の植木鉢・・・サボテン、その育ち具合と、夏の夕方、陽が落ちて薄暮が迫ってくる頃、ほのかに花が咲いたときの嬉しそうな顔、僕らもうれしかったこと、と・・・その世話をする母の姿、そして、その心の中のこと・・・病弱なその日常、四人の子、ぼくと弟と妹たちの子育て、その心のありようまでも想像し、胸があつくなったものだ。
・・・そう、こんなボクでも、一応は長男だったから・・・いろいろ思うところがあったのだ。
・・・人それぞれの、持って生まれた健康状態・・・急逝したわが連れあい、Mさんも連れ添った当時から健康状態が不安定だった・・・気遣ってきたが、まだ足りなかっかと、悔やまれる・・・。僕自身も母に似たのか病弱だったが、成長するにつれ、われら子は健康を得てきたが、ボクは連れ合いをなくしてから生来の虚弱性が露出してきて、生き残ったこの体をなやませている・・・。今では、“病気のデパート”だと、一つ一つ説明するのも面倒なので、ひっくるめて、いっている・・・が。
こんな家族を養ってきた、サラリーマンの父・・・オヤジは、けっこう健康体だったようだ。この父母、母もともに、奇跡的にともに80代半ば過ぎまで、そう、長生きというのだろう、二人は生きられた。
・・・しかし、その人生に、ボクはどこまで“孝”を尽くせたか・・・結論は“孝行らしきことをしてこなかった”・・・そう、その細い脛をかじりにかじり、しゃぶってしゃぶって、妹たちと弟に迷惑をかけ自分自身の生き方のみにを、わがままになしてきた・・・これが結論だろうと、振り返って思い、また、悔やんでもいる。
・・・生きるということ・・・これを、なんといったらいいのだろう。
そう、誰もが、どんな家族もが、さまざまな佳きことつらいことを、克服しつつ生きているのだろう・・・人生、そう、そんなにいいことばかりではないかもしれないが、頑張っていきたいし、生きていってほしい・・・だれもが。
・・・自分自身のことから、余計なお世話まで言ったのかもしれない・・・まあ、お許しを・・・。
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・・・いっときの賑わい・桜花の季節とともに・・・
3/25/Mon.
今日は八月美術館へ6人の女性が来館くださった。
1月においでいただいた方たちのお一人が、改めて他の美術仲間5人とともに、おいでいただいたのだ。
こんな小規模で、かつメジャーな作家の作品でもないもの・・・その、鑑賞に耐えられるかどうかわからない作家の作品。
でも僕としては歓迎だ・・・人の出入りもなく、こもりきりのこの身、こうして賑やかにやってきてくださる。ただご覧になっていただくだけじゃなく、そのあとのお茶の時間、この準備をする前日の時間は楽しい・・・。
・・・いっときの賑わい・・・。ご案内くださった皆さんの心の内に、この界隈の桜の開花の様子を、御覧に入れたい、見せたいとの心づもりをも持たれたのだろうか・・・それにこたえるかのように、この三本の桜は、ちょうどポツポツと開花しはじめ・・・お茶の時間中にもポツポツは続いた。
そう、・・・街路樹の桜三本・・・チラホラと咲いて・・・桜開花の期待が高まる。
日本人は桜の季節になると、なぜか心が高ぶるらしい・・・不思議な民族だ。
・・・そう、そうして良くも悪くも、桜に振り回される・・・その桜前線は北東へ北東へと、上っていく、その前線の移動は一月どころか二月にも及ぶ。さてもさても、この“桜前線”なるもの・・・これを気象と結び付けた・・・日本人・・・この列島に住み着いた、この極東・・・果ての国の民族の”独りよがり”は、この国へやってくる人らにまで伝染していく・・・。
・・・果ては、死ぬときは、桜の下、如月の望月に(西行)・・・なんて願い、本当にその望み通りの死にざまを見せる・・・。これ、いかにも日本人らしい・・・桜花と死・・・この絶妙な、というのかあまりな入れ込みように・・・ばかばかしくなるどころか・・・その死にざまを・・・我も我もと・・・!!!
果ては、戦場へ送る兵士にまで、桜の思い出を背負わせ、この国土を守れと、命を懸けよと、死を強要し、その死を美化して、国という何者か明瞭ではない体系が、国民一人一人を縛り付ける・・・。
・・・ああ、そのあげく、国民は、日本人は・・・このばかばかしさを、賛美してしまっだのだ・・・この桜花へ精神を仮託し・・・それによって国も国民も・・・加担したわが身わが心・・・その油断を花のせいにし、自らを許してしまったのだ。
この季節・・・僕も、桜花という刻々迫りくる・・・花津波にのみこまれ・・・花から花へと・・・心が漂い続ける。
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・・・何と怪しく妖しい・この高笑い・桜の妖怪?・・・
3/28/Thu.
目の前の桜がガラス越しに白く見えるようになった。まだ、四五分咲きといったところか・・・。
夕方、この歩道を通り過ぎていく、幼児・・・女の子らしい、その笑い声・・・お母さんと一緒なのだろう・・・そう、その子がおとなのような高笑いをしつつ通り過ぎていく・・・そう“ワッハッハ、ワッハッハ”・・・と僕には聞こえる・・・高笑い・・・だが、その声音に幼児らしい響きがあって・・・僕はなぜか、ホットしたのだ・・・。
・・・この“桜病”・・・日本人は、こんな幼子の時から・・・“桜狂い”をするらしい・・・。
昔から、春には”頭のねじが緩む“というが、この桜花病を言うのかしら?
ああ、何とも恐ろしい・・・何と怪しく妖しい・・・この高笑いだろう。
・・・僕は今日一日・・・またも一歩も外出せず、こもりっぱなし・・・そう、ウオーキング・・・にも出かけず・・・左膝痛を理由にしてさぼった・・・。そして、やっぱり寝つきが悪く、午前0時に、ベッドを抜け出して・・・これをタイピングしている・・・そう、ばかげた悪循環・・・。
・・・ひよっとすると・・・あれは、あの高笑いは・・・桜の妖怪の高笑いだったかもしれない・・・。
・・・桜の病・桜を病む・・・この花咲くころ・・・なぜか、人はウラウラ・ユラユラと・・・桜の樹下にさまよい出る・・・。我が家の前、この歩道にはそんな典型的な日本人・・・桜病の患者が行き来するのだ。
・・・そう言えば今朝、妹から「家の前の桜は咲き始めたの・・・?」と、電話があった。何百キロも離れたところから・・・そう、これも桜病に・・・うん、ここにも桜を通じて、兄妹のつながりがある・・・なんともいえないうれしさがボクの心に残った・・・。そう、この桜の開花を心にとどめる妹の、その心根を、ボクはうれしく思ったのだった。
しかし・・・こんなタイピングを・・・寝付けないからといって・・・真夜中“丑三つ時”にこうしてBLOGを書いている僕こそ”怪しく妖しい存在“なのかもしれないな・・・。ああ、今年も僕は桜の妖怪に取りつかれたか?・・・これも悪くはないかもしれないな。
・・・それにしても・・・寝付けないのは・・・先週も木曜日だったかしら?と、なると、そう、木曜日の妖怪・・・なのかもしれない。桜の花とは関係なく?
・・・いやいや、妖怪でも桜花でもなんでもなく寝付けなかったのは、習慣を破って、ウオーキングをさぼったことが原因だよ・・・そう、心地よい疲れを作らなかった・・・そう、習慣とは身についた日常そのものなんだから・・・ね。ほんと、おっしゃる通り・・・。
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・・・春とはふしぎな季節だ・・・
3/29/Fri.
でも昨日の・・・“木曜日の妖怪”・・・そんなのが誰の心の中にもいるのかもしれない。そう、古い家には”座敷童(ざしきわらし)“がいるという・・・いや、古い家ばかりではなく、どの家にも、誰の心にも・・・いるかも。
でもね、座敷童は・・・いい子、悪い子・・・どっちかしら・・・。
・・・花を愛で、鳥のさえずりに心を開放する・・・ウグイスがなき、名を知らない鳥たちが鳴く・・・なんだか、みな穏やかな鳴き声・囀り・・・そう、桜が満開に近づく・・・それにつられ、鳥たちも虫たちも・・・人のように浮かれ出る・・・。
春とはふしぎな季節だ
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・・・奇妙な”元号発表の顔揃え“・・・
3/30/Sat.
花曇りとなった・・・そこへ、ウグイスがなき、名を知らない鳥たちが鳴く・・・これって、昨日のパクリじゃないか・・・まあ、お許しを・・・一部分をね。
ところで・・・昨日のニュース・・・改元、その元号の発表、その式次第のような、この政府による4月1日のスケジュールが固まったそうな・・・。まあ、平易な漢字で、表現してほしいね・・・でも、アベが元号の意味の説明をする・・・これって変じゃないか。
・・・まさか、元号決定にまでしゃしゃり出て「俺が決めた」なんて言うんじゃないよね・・・。
説明は、アベがしなくたって新聞かラジオ・TVに自然に流れるようにすればいい・・・とくだん、アベが、ここにしゃしゃり出るなんてことは、全く必要ない、・・・まあ、どうでもいいけど、山中さん林さん・・・この人たちが決めるのでもなさそうなのに顔を連ねる・・・これも奇妙なこと・・・なんなのこれって。そう、今はやりの”インスタ映え?“するからなの。そう、・・・奇妙な”元号発表の顔揃え“・・・。
元号・・・これは慶事の記憶よりも、戦争や災害の記録と記憶にかかわって語られる比重が大きいかもしれない。そう、戦争・内乱という時代ではないかもしれないが・・・自然災害は絶え間なく襲い来る・・・日本・・・心引き締めて次へ進もう。
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・・・平成31年3月31日・・・
3/31/Sun.
昨夜、ボクはふと思い出した。良寛さんの言葉・・・
炊くだけは風の持て来る落ち葉かな
・・・そう、人生、なるようにしかならない・・・でも、食っていくだけのものを、天は与えてくださるだろう・・・きっと、そう、俺の人生はそれでいい、それだけでいい・・・行雲流水・・・天がなされるがまま生きるとしよう・・・このような意味だろうか。
僕は良寛さんのようにはとても生きられない。残念ながら僕は、俗物そのものだもの、・・・このオレの器量では多くはのぞめない、ここにきて、ふと思った・・・まあ、生きていくさ、生きられるだけ。
・・・今月はここで・・・今年の桜、御覧になれましたか、ええ、何も花見弁当を持たずとも・・・近くの公園へ出かけてみましょう。お元気で、四月もよろしく。
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HITBIT 心もよう vol-108 February 2019

HITBIT[心もよう]vol-108  February 2019
名古屋は相変わらず寒さが厳しい。曇り空の日々だ。北国では日ごとの週間天気予報も雪だるまマークが連続している。
先日6日、眼科へ出かけた。雨模様の曇り空・・・寒気も厳しく、つらい。そんな医院からの帰り、傾けた傘を立てた目の前に、小さなつぼみをいっぱいつけた紅梅のはだか木があった。
途端にうれしくなった。春の予兆・・・いろいろあるが・・・この梅の花のつぼみ・・・。
緩い坂道に立つマンションの足元・・・外壁に沿って帯状に、この紅梅と白梅、サザンカと、数本ずつ混ざって植えられている・・・サザンカは満開、紅梅と白梅はまだ固そうなつぼみ・・・そして、それらの根元に、スイセンの株が満開の花をつけていた。
・・・そう、ボクは、医院への往路に、いつの間にか俯いて緩やかな坂を足元に注意しつつ上っていたらしく、この冬姿の植木に全く気付かなかった・・・そして帰り道、ゆるやかな下り坂に、ここでもやはり俯いて足元に注意しつつ歩いていたらしい。
何気なく傘を立てて見つけた、春の気配。
・・・そう、老いとは情けないものだ・・・何も恥じることはないのに、自然に、情けないことに・・・僕は、人生を俯いて歩いているらしい。

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===目次===
2/01  ・・・マスク姿が横行・・・
2/03  ・・・節分・・・
2/06  ・・・ぼんやりとした覚悟・・・
2/10  ・・・一瞬の春を楽しんだのかもしれない・・・
2/15  ・・・そのお声には、安堵感があった・・・
2/17  ・・・その表現に不思議は増すばかりといった・・・皆さま
2/18  ・・・睡眠難民・・・
2/19  ・・・アベは拉致被害者家族らの気持ちをはぐらかさず行動を・・・
2/27  ・・・明るい気分より暗い気持ちがずううーと続く・・・
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・・・マスク姿が横行・・・
2/01/Fri.
如月・きさらぎ・キサラギ・・・なんとも妙な響きの、この月‐二月。
とは言っても、これは太陽暦・・・陰暦ではまだ12月27日。
2月はさらに寒気が増す・・・今年はインフルエンザが猛威を振るっている。
・・・マスク姿が日ごろよりもさらに増えた・・・。
このマスク姿・・・僕はなんだか異様に思ってきた・・・顔を隠して歩く・・・それも女性が圧倒的に多い。
風邪を警戒しているのか、あるいは、顔を隠しているのか・・・どちらが目的かしら。
顔を隠す・・・これは異様だ・・・何かがおかしい。そう、なんでもないときに、マスクをつける・・・顔の半分以上が隠れている・・・それ、ボクは老いゆえか、いつの間にか俯いて歩いていることに気が付いたが・・・老いたからといって、若く美しいからといって、女性だからといって・・・マスクは、よろしくない・・・マスクを常用すると、その鼻腔や喉の抵抗力が弱っていくように思える・・・もちろん医者じゃないから、確かなことはわからないけど・・・。ただ、ボクは呼吸器が弱くて、咳をが出ることが多い、現在も、大人喘息・・・これは確かにつらい・・・しかし、若いころのように、首に湿布のタオルや手ぬぐいを巻いて寝ることはしなくなった・・・そう、確かに湿布か乾布をすると咳は出なくなる・・・子供の頃、母は呼吸器が弱く、常に湿布をして眠りについていた・・・その習慣がいつの間にか風邪をひいたとき、あるいは風邪が流行った時、その予兆があった時・・・などと僕ら子供たちへ湿布・乾布を巻いてくれた・・・、首・喉・・・に湿布・乾布を巻かれた・・・僕はそれを、50歳ころからだろうか・・・あえて、湿布なしで過ごす、起きているときはもちろん、眠るときも・・・あえて湿布・乾布を巻かなくした・・・それでも、寝付けるときは寝付かれる・・・咳が出るときは出るし出ない時は出ない・・・いや、ばかげたことを書いている・・・ごめん、そう、湿布・乾布・・・これの効用は気のせいなのだと、以来この年になるまで・・・あえて、喉・首をあえて労わらないですごしてきている。
しかし、エリマキ・・・そう冬の外出時の防寒対策・・・このマフラーを巻くこと・・・確かにセーター一枚分ほどの効用・・・防寒効果は絶大だ。温かさが違う・・・ありがたい・・・と、マフラーは冬の外出には必要だ。
・・・そう、過保護はよくない・・・ということか・・・マスク・・・をすることも。
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・・・節分・・・
2/03/Sun.
今日は節分・・・宵のウオーキング・・・帰りに節分豆を買った・・・毎年一月中に二度ほど節分の煎り豆を買うのだが・・・今年はすっかり忘れてた・・・ついでに忘れていたのが正月7日か8日には雛飾りを出していたのを・・・すっかり忘れていることにも気づいた・・・もちろん、雛あられも買い忘れている。
・・・そんな“もの忘れ”を思い出した目で部屋の中を見回してみると、部屋の中は乱雑・・・いろいろなものであふれ雑然としている。
・・・掃除は毎週土曜日に集中的にやってきた。掃除は嫌いじゃない・・・が、最近は普段は土曜日の掃除と日ごろ気が付けば掃除機をかける、という状況になっている・・・それでも、階段は、踏み面・段板に粘着テープで埃をくっつけて、取っているが・・・。最近は、この部屋・居間の雰囲気が悪い・・・雑然・・・物があふれている・・・。そう、この居間と食卓・・・食卓書斎にしてから・・・整理が出来ていない・・・雑然、ピシッとしたかつての雰囲気はどこへやら・・・自分で言うのはおかしなことだけど・・・結構整頓が行き届いていたこの居間と食卓回り・・・そう言えば、さらに上階の書斎は、もう手が付けられない状態にまで散らかったまま・・・かつての面影はない。
・・・本を書き上げたら”掃除をする”と、思っていたが・・・こうして、目的を達しても・・・散らかったまま。
まあ、温かくなったら・・・改めて各階を掃除しよう。
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・・・ぼんやりとした覚悟・・・
2/06/Wed
半年ごとの眼科への受診・・・飛蚊症や涙目、さらに視野の薄い霞がかり(気のせいかもしれない)、視力の検査とか・・・いろいろと。次は、八月、連休前の水曜日・・・予約は取らない・・・それまで生きているのかどうか・・・ここまで生きると、半年も先に何が起きるか覚悟を持って生きる必要がある。
・・・また、いくら世の中から隠れたボクでも、時々は“世の中とつながる”ことがある・・・電話で・・・かかってくる電話、さらにこちらの必要から・・・かけた電話口に・・・。
・・・そう、高校の同級生だったMくんへ卒業以来のコンタクトをと、迷った末の電話をした・・・。「ああ、残念でした・・・きょうが45日忌を午前中に済ませたばかりです・・・」・・・「8年間透析を続けて亡くなりました」と、奥様。
・・・僕は”絶句“・・・こんなこともあるのだ・・・人間が生きてこの世にある・・・その過程では・・・。
また・・・「酒の飲み過ぎで死んじゃった・・・」と、学生時代の友人を話題にのせ知らせてくれる・・・知り合いへの電話からの情報・・・なんてのもある。
没交渉な僕でも“訃報”をこうして知るのだ・・・。
また、夏になると民生委員が「元気ですか〜」と、訪ねてくださる。独居老人を巡回されているとか。
・・・まあ、死を迎えること・・・覚悟はしているが、その準備は全くしていない。何とかなるだろうと、ぼんやりとした覚悟だ。
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・・・一瞬の春を楽しんだのかもしれない・・・
2/10/Sun.
6日に書けばよかったのに、すっかり失念していた。とにかく物忘れがボクの脳裏にはびこっているらしい。そう6日、眼科の診察を受けに出かけた折り、バスではなく、徒歩で1劼半々を行った。途中BLOG中にも時々書いている”池“・・・そう、新池というグランドピアノ型の池だけど、秋の紅葉がとてもきれいなピアノの鍵盤に当たるその西の斜面・・・そして、その遊歩道、この歩道下の斜面に葉を落としたトウカエデの林、これは自然林・・・その枝上にヒヨドリが群れをなしていた・・・ええ、ヒヨドリが15・6羽ほど群れ、ピヨピヨと囀ている・・・なんだかいつもの鋭い鳴き声じゃなく”やさしい囀り“・・・こんなのなんて、見たことも聞いたこともなかった・・・そのうえ、ぴょんぴょんと枝渡りなんぞしちゃって・・・群れの中に親密な感じがあふれかえっている・・・さらに、池の水面にはカルガモらしい集団、それも30羽ほど・・・こちらは、鳴きもせず・・・ただ、柳の枝が伸びた下の水面に群がって・・・ユラユラと水面に・・・こんなのも、これまで見かけたことがなかった。
そう、感想だけど・・・節分・立春・・・を過ぎ、これをヒヨドリもカルガモも・・・同時に感じたんじゃないかと・・・そう、どこからか渡ってきたばかり・・・カルガモは北への帰還を始めたか・・・ヒヨドリは春の飛来・・・それが偶然・・・重なったのかなと、なんだかうれしくなって・・・しばらく、鉄柵に寄りかかってみていた・・・。そう、寒さも一時遠のいて鳥も僕も・・・一瞬の春を楽しんだのかもしれない。そう、この後、強い寒気がやってくるとも知らず・・・。
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・・・そのお声には、安堵感があった・・・
2/15/Fri.
今夜は8時から夜回り・・・ええ、東明町町内会の夜回りだ・・・。さほど寒さは感じなかった・・・というより、ボクの防寒こしらえが大げさすぎたか。
・・・参加された方は全部で8名・・・世話役の方が・・・今夜は多くて8名も・・・と、嬉しそうだった・・・。男女各4名・・・ほとんど常連・・・。
・・・先月、そう正月に泥棒に入られたおうち、フェンスはすっかり修復が成っていて、巡回のみなさん、すっかり感心されていた。
・・・そう、侵入の痕跡、壊された高さフェンス2ḿ、幅60僂曚匹離罐縫奪半のが6・7枚、その一枚が壊されたのだが・・・きれいに修理されていた。
・・・確かに、こうして夜回りしているのに、壊され、侵入されたと見聞きするのは、悔しい・・・そんな思いを皆さん・・・持たれていたのだろう・・・その修理ぶりに感心すると同時に、何となく安心と、やや時間外だとは言え、その犯行に、いくらかの憤りをお持ちであった方々なのだろう・・・そのお声には、安堵感があった・・・。もちろんこれは僕も同じ気持ちだ。
・・・まあ、こうして、世の中と、ささやかにでもつながっている僕です・・・。
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・・・この表現に不思議は増すばかりといった・・・皆さま
2/17/Sun.
かねてお誘いいただいていた近所の音楽会へ出かけた・・・そう、歩いて7・8分・・・の近所。以前、家の前で偶然出会ったお方・・・犬の散歩に時、我が家の前の歩道をお通りになって・・・八月美術館が気になっていたが、こうしてお目にかかった次いでといっては失礼だけど、とのご婦人・・・そんな立ち話、そして、後日友人とご一緒に来館いただいた・・・。まあ、貧相な美術館だけど、こんな風な出逢いからの来館が時々ある。今日もその音楽会から帰ってきて、表で同じような出逢いがあった。
お年を召された男性・・・この方も、以前からお顔は存じ上げて時のご挨拶をする・・・それだけのことだけど、このお方も・・・以前から気にしていただいていた様子・・・ええ、インターネットでお調べくださいと、申し上げておいた。
・・・なんだか、ようやく質問する機会を得たというような・・・そう、納得された感じだった。
以前は、奥様とご一緒の散歩・・・ところが、昨年の夏以来お一人で・・・暑さが、大変ですものねと・・・立ち話。
・・・そう、こんな小さな建物なのに“美術館”と銘打って・・・この表現に不思議は増すばかりといった・・・皆さま。まあ、こうして、疑問、いぶかしさ・・・は、解けていくのかしら・・・。
・・・まあ、音楽会・・・大人喘息・・・発作が出なくてよかったです・・・。
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・・・睡眠難民・・・
2/18/Mon.
最近・・・睡眠・・・全く寝付けない夜と、一瞬で値付ける日が・・・交互にやってくる・・・。もちろん寝つきがいい時の方が多いのだけど・・・寝付けないのは本当につらい・・・それでBLOGのタイピング。
何ともおかしなことだ・・・心は眠いのに・・・。
ずいぶん今日へ食い込んだ就寝時間・・・。
睡眠難民・・・。こんなこと聞いたこともない。
・・・ところで、このファイル保存できない???
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・・・アベは拉致被害者家族らの気持ちをはぐらかさず行動を・・・
2/19/Tue.
冷たい雨が降っている。
今日、拉致被害者家族が総理大臣アベに面会し、早期の解決をするよう要望した。
対して、アベは、拉致被害者家族の要望をアメリカ大統領に伝え、北朝鮮のキム委員長へ、この要望を伝えてくれるよう、トランプへお願いする・・・と、おおよそ、このように答えた。
・・・その会見後、拉致された横田恵さんの母、早紀江さん(名前の漢字、間違っていたらごめんなさい)は、報道陣へ「(総理大臣とキム委員長が)一対一で話し合っていただいて、早期の解決をしていただきたい」と、会見後の気持ちを述べた。
・・・この言葉を、アベはどのように聞いたのか聞かなかったのか・・・。
総理大臣といっている者が・・・自国の問題を、他国の大統領に、仲立ちしていただいて、拉致被害者の思いを伝えてもらう・・・とは、あきれてものが言えない、もうこれは二度目だか、三度目だ・・・こうして書くのは・・・というより、思わずこうして、不満を言いたくなった・・・そしてタイプしている。
・・・馬鹿気たことを言うアベだこと・・・「一対一で」と・・・横田さの母親が言ったこと・・・それは・・・“アベよ、直接出向きキムと会見し要望しろ”・・・ということを、軟らかく婉曲に言ったのだ・・・“他者頼みしないで・・・自国の総理大臣は、なぜ出かけて行って、キムと一対一で会見し、遺族の思い、国民の思いを伝えないのだ・・・”という、不満、いら立ちを・・・「一対一で」・・・と、この一語にかけて、強く不満を述べられた・・・と、思う。
・・・そう、アベは、国民の不満や不信に・・・ドジョウやウナギのように・・・するりスルリ・ヌルリ・ヌメヌメ・・・と逃げ抜けていく・・・いま、今国会においてのあらゆる首相答弁が・・・この実態と、かわることがない。
そして、決して実態が伴わない、アベノミクスを、常に自画自賛して憚らない・・・ぬけぬけとずうずうしく・・・言ってのける。
国と地方自治体の借金が1100兆円もになているのに、日本を好景気にしたと、偽りのうそぶきをする。
・・・アベは、いい加減に、トランプ頼みをやめ・・・正面から、拉致被害や家族らの、拉致被害者ご本人らの・・・気持ちをはぐらかさないで、正面から受け止め、行動すべきだ。
・・・正面から攻められるとはぐらかし、あるいは、声を荒げるのは、不誠実だ、人として・・・最低だ。
人頼みも・・・一度はいいかもしれないが・・・不出来だったら、今度は自分で考え、行動し、活路を切り開いていく・・・そんな覚悟が必要だ。
今のアベは、一国の総理大臣のやるべきことではないことを・・・懲りず、反省せず、やり続けている。
・・・被害者の気持ちを汲むなら、奥さん同伴で、北朝鮮へ飛べば・・・トランプの頭越しに北朝鮮へ飛んで行ってはどうだろう・・・制裁ばかりでは、人の問題は解決することはない・・・面と向かって・・・一対一・心を込めて、話し合いをやるべきだ・・・しかし、今はその時ではないかもしれない・・・北朝鮮の非核化という問題が今、目の前に課題となっているのだから・・・と、いって・・・横田恵さんの母、早紀江さんの言葉は、やわらかだったが、腹の底からの叫びだということへ思いやるべきだ・・・アベよ。
互いに、夫婦で面会できるよう行動を・・・最近の、キムも夫人同伴場面が多いのだから・・・そんな時が来るのを心から願う・・・。そんな時期が来るには、大きな想像力と、大きな決断が必要だ・・・政治家としての。
「平和国家への模索」・・・これは・・・ひょっとすると、道は開けるのかも・・・平和の方向へ我が国を導くことは。
しかし、トランプをノーベル平和賞へ推挙するなんてことは・・・愚の骨頂・・・馬鹿気た戯言だ・・・冗談だろ?違う?本気?
・・・いや、お追従です・・・と、国会で答弁しては・・・?
・・・トランプとツルンデたら、未来はややこしくなること必至だ。
プーチンとも気を付けてね。
・・・それよりも、日本が平和国家として独立するための模索こそ始めるべきかも・・・他国とつるまない・・・自前の自由な国としての模索を・・・。
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・・・明るい気分より暗い気持ちがずううーと続く・・・
2/27/Wed.
落ち着かない・・・。躁と鬱が交互にやってくる。明るい気分より暗い気持ちがずううーと続く。深刻な病というほどではない・・・躁鬱なんて言うから深刻に聞こえるのだ。
“時々気が塞ぐ”・・・と、書くべきだろうか・・・。
閉じこもり老人・・・孤独・・・いやいや、そうではなく「孤高の人」といいたい。
・・・英国のEU離脱・ブレグジット・・・これを、“名誉ある孤立”という英国民もいるとか・・・そう、一匹・いっぴき・イッピキ・・・いいじゃないか。
・・・僕は、つるんでこなかった・・・いつも・・・イッピキ・一疋・・・この字がいいかな・・・気持ちとしては。
・・・・。そういえば、またばかげた話・・・アベ・・・四選なんて話が囁かれているという・・・なんとバカげたことを・・・政治屋なんて結局・・・”つるんでる奴ら”のことを言う・・・そしてオベッカを振りまく・・・。
・・・そう、悪くてもいいから・・・浪々の狼・・・彷徨える狼・・・尾羽打ち枯らした鷲・・・いや、カラス・旅がらすか・・・擦り切れたわらじ・・・裂けた合羽に一本差し・・・破れ日差しが漏れる三度笠・・・どこへ向かうか、この堤・・・ああ、見えてきた一本松・・・懐かしい、渡し場・・・あの舟に乗り向うへ渡れば、懐かしいオッカサン・・・なんて、ひょいと引っこ抜いた茅(チガヤ)の茎、噛めば昔がよみがえる・・・なあーんてほざいて・・・口ずさむは“引かれ者の小唄”・・・か。
・・・そう、このオレの末路よ、これは・・・はっはっはっ、て・・・笑ってみたが、むなしさつのる・・・この如月の空の下・・・乗るか乗らぬかこの渡船・・・ああ、おっかあぁ・・・合わせる顔があるものか・・・渡世人の末路・・・今のオレに。
・・・あぁ、行っちまった渡し舟・・・むなしく聞こえる櫂の音・・・。
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・・・ト、イウワケデ・・・この後、体調・気持ち・・・ともに不調・・・すっかりBLOGの投稿を忘れちまって・・・このざまさ・・・・はっはっはっ、て・・・心はすっかり渡世人・・・尾羽打ち枯らした烏・・・というところ・・・きょう3月6日・・・に投稿しました・・・一応2月号として・・・失礼しました・・・おゆるしを。
少し春めいてきました・・・ウオーキングの道すがら・・・ポケットパークの“かわずさくら”が満開になりました・・・・そしてもう一本、“じゅうがつさくら”は、小さな可憐な花をいまもさかせつづけています・・・そう、もう二十日もすればソメイヨシノも咲くことでしょう・・・。
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HITBIT 心もよう vol-107 January 2019

HITBIT[心もよう]vol-107 January 2019
平成31年である。元号「平成」・・・そう、平らかなり・・・世の中、平らかなれ・・・かと、僕は解してみたあの時・・・。そう、思い出せば”静かに昭和は終わった“ようにも思える。
いくつもの戦争から始まって、犠牲死・敗戦・困窮・不幸・・・この民族の歴史上もっとも大きな危機と悲しみとを経験した世代が、この天皇の時代を経つつ平和を実感した時代、その時代が平穏の内に終わったかのような”平成“の解釈だったのか・・・それとも次の時代が平らかなれと祈念した思いの表現だったのか。
そして、この平成の時代・・・それは、日本民族が改めてその存在の意思を示すことを、日本の歴史から求められたような気がする、次々と起きた、あまりにも悲惨な自然災害の多さ。そこに存在した人的災害の露呈・黒い影。無責任な経済効果重視の果ての原子力発電所の機能崩壊。いかんともしがたい地震や風水害の脅威の前の人の脆弱さ。そして、あらぬ戦争の脅威を振りかざし国民に恐怖を呼び起こさせる政治の愚かさ。その政治権力に迎合しひれ伏してしまった国民のほとんど・・・これも、愚か極まる人の持つ業の切なさ。
あの小渕(官房長官・後の首相)が掲げ示した新元号「平成」・・・TV中継の場面が忘れられない。そして30年、ことし五月の昭和天皇の退位と新天皇の即位となるはずだ、とは、まだ4・5か月先・・・この時代数日先の見当もつかなくなった・・・ご無事に退位と即位が為されるように祈ろう。そしてそれは西暦では2019年ということか。
・・・昭和という激動の時代が、昭和天皇の崩御によって終焉を迎え、新しい時代へとつながり平成となった。そう、つながった・・・ここに大きな意味があると思う。
この次に来る新しい時代はどんな元号となるのだろう。こうして、今年、必ず来る・・・新元号の時代・・・ここに必ず来る新元号の時代といったが、こうしてこの国の次代を確実に予測することが出来るのは天皇の譲位によってなる。これは甚だ珍しい出来事だ。在位30年という区切りなのだろうか、この退位は。
そして、明治。大正・昭和・平成という、この皇紀(現代では全く使わなくなったが、日本が建国されて今年は2679年を迎えるらしい)、建国記念日は2月11日なのだそうな。これは本当かどうかわからないが、神話とともに、いや、神話を以て生まれ歴史が始まった日本という国・・・不思議な国だと思う・・・。もちろん、作為には違いないが・・・これは、地球上では”稀有“な成り立ち・・・ということが出来よう。
すなわち、神話が存在するということ、これも面白いことだ。神話を作ったということ。ありもしないことを以て「元・もと」・・・起源を示し、語り合いつないできたそれを、改めて文字を得て書き留め、すなわち国の成り立ちを記録した人たちがいた。
そう、かろうじて残された古事記と日本書紀を読んでみれば、この国づくりにかかわった神々と人々、文字を獲得し、まず為したこと、それは、語り伝えられてきた倭(やまと)の歴史を「神・かみ・カミ」という見えない存在?を以て初めて書き起こす理由とした。この発想力のなんと巧妙なこと、そして面白い。ここには有無を言わせぬ威力、すなわち神とその神意の威力・神威を以て為す、この存在からわれら豊葦原瑞穂国の国人・われら・・・を、自分たち自身が言いつのらせた、この不可思議を不思議とは言わしめない、そう、とやかく言わせない、この意志のなんと面白いことか。
・・・国と民族の起源を言う神話・・・この地球世界において「神話」自体が存在する国はそれほど多くはないだろう。さらにいえば神話を神話と思えるほどの過去の国生みのはるか人知が幾分及び難くなったほどの大昔・太古に起きたこと、そんな昔の国の由来を求めること自体可能な国はそれほど多くはないだろう、それがフィクションであることが確かとしても・・・。このはるか過ぎ去った”あの時“の発芽・発生のこと・・・古事記と日本書紀の冒頭の”記“・・・神話がいうこと・・・泡・カビ・発芽・・・からの発生・・・その想像力の逞しく深淵なことと、この国民の面白さ・・・。そう、ここには今につながる、この国の人の生真面目さ、とあいまいさ・・・この入り混じった心模様が表れているように思う・・・。さて次の元号は・・・楽しみだ。
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===目次===
1/01  ・・・欲張りなお願い・・・
1/07  ・・・家に縛り付けられている・・・
1/06  ・・・小寒・・・
1/07  ・・・七草粥のこと、そしてクスノキ・ホウノキへ・・・
1/11  ・・・これも、人の世の妙味なのだろう・・・
1/18  ・・・今年初めの”夜まわり“・・・
1/31  ・・・窓辺の“ぬくぬく”日光浴・・・
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・・・欲張りなお願い・・・
1/01/Tue.
新年あけましておめでとうございます。
元旦、気持ちよく晴れ上がって気温もそれほど低くはない。先ほど朝食の前にいつものように大乗寺へ初もうでに・・・そして家庭暦とお札-火の用心と立春大吉・・・をいただいてきた。そう、これ、おまいりの記帳をするだけでいただける・・・でも、いただいてくるだけじゃなく、やはりいくらかのお賽銭を上げてくる・・・昨年から倍額にさせていただき、ポチ袋に納め仏前へ上げてくる。そうこの10年来、書き物をするとき、ここでいただく曹洞宗家庭暦がとても役に立って、ほぼ書き終わって、さらに最終稿となって、ここで感謝を込めて倍増したというわけです。といっても質素な僕なこと、わずかなことしかできません。でもありがたいことと、感謝でいっぱい。
・・・さらこのお札を、台所と玄関の内壁に貼り終わった。
これから買い置いたお節を小ぶりな重箱へ移し替え、さらにお雑煮を作る。
後は、閉じこもり・・・。これが今年も同じパターンの正月です。今年も、ほぼ健康で、車の外出にも事故なく、さほどの憂いもなく、よき頭の回転を促されて、タイピングが進み、過ごせまうように・・・と思っています・・・と、結構多くをお願いしている。そう、多くの願いがありますが、欲張っているでしょうか。
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・・・家に縛り付けられている・・・
1/04/Fri.
歳明けの四日、役所関係の書類を提出に出かけたが、外郭団体の余裕かしら、年末年始の休みと張り紙、7日月曜日からの業務だそうな・・・。
電話で確認して出かければいいものを、僕はこういう間の抜けたところがある。まあ、いいや。また7日に出直そう、出かける必然性が出来た・・・閉じこもりの毎日、こうしてバスと地下鉄を乗り継いで出かけるのも気楽でいい・・・。
でも、往路帰路とも何をするでもなく、帰宅となるのはいつものパターン。お茶も飲まない。
・・・一人暮らしも15年目?となるが、家に縛り付けられている。
・・・でもよく頑張っていると、またも、自分自身をほめている僕です。
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・・・小寒・・・
1/06/Sun.
今日は小寒・・・寒さの本格化する頃・・・雪降りの日も多くなると、頂いた暦にはある。ちなみに、今日は旧暦では十二月朔日。
確かに、昨日から冷え込んできた。昨日と昨夜、夜遅く小雨が降ったか雪がちらついたようだ・・・ようだというのは、雨音もなく朝。歩道へ出てみると、アスファルトが湿っていて、黒々としている・・・雨音もなく、小雪が舞ったのだろうか。
・・・寒さ、灯油の消耗が気になるが、昨年の冬に比べ今年はいくぶん安いらしい。この冬、小さなタンクローリで回ってくる灯油屋さんを見つけ、次回の巡回にと予約し買い置いたこの灯油による暖房・・・我が家は吸排気が外気に直接つながっている・・・旧機は排ガスの悪臭がひどく、大気汚染の懸念があったが、今のは(もうこれも20年ほど使い続けている・・・燃焼効率もよく、汚染も少なくなった・・・これ、なんというシステムかしら・・・バランス釜方式?・・・とでもいうのかしら、お風呂の湯沸かし追い炊きのように。
とにかく、灯油の暖房は。温まった空気・暖気がとても心地よい、その独特の温かさが気に入っているが、その灯油を上階まで階段で運ぶのは大変だが、これも健康の証かもしれないと、運び上げている。そういえば、大晦日以来、灯油の消耗が早くなった・・・次の予約はいつにしようかな。
とにかくこの家は、内装の多くが、やりっぱなしの打ち放しコンクリート造・・・冬寒く夏暑い。
・・・今の時代にはそぐわないが、この粗野なところが、僕の好みだ・・・が、他者には薦められない・・・外はともかく、内は断熱と内装を・・・なさってください。
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・・・七草粥のこと、そしてクスノキ・ホウノキへ・・・
1/07/Mon.
七草粥・・・もう何年も、七草とその七草粥には縁がない・・・。
この辺り、名古屋市東部千種区の丘陵地・里山・・・戦中戦後の食糧難の中、里山の谷筋を耕し、田畑としていた人たちがいたらしい。戦後、この丘陵地が市中となり公園に指定され、その耕作された土地の“接収”?がすすめられ公園化も進みはじめた。
そのころここへ住み始めたのだが、以来、ボクはその放棄され荒れた田畑の畔や小径の跡をたどっての飼い犬の散歩が日課だった。この整備が進みつつあるとき、その畔や小道で七草摘みをしてきたが、その七草摘みが出来なくなり、寒さ厳しい早朝、ポチやその後のアーサーと連れ立ち霜を踏んで探し収穫した七草を、連れ合いに自慢できなくなった。
・・・七草粥もスーパーのパックされた七草に変わり、さらに、独り者になって粥さえもパック粥となってしまったが、このパック粥はおいしくて、以来とても重宝し、中でも“白粥”を好いている。
そして、2010年、COP10の委員らの現地見学のための平屋木造荒壁造りのビジターハウスがつくられ、田んぼと畑が完全に姿を消し、畔や小道も消えてしまった。
・・・また、周辺の美しかった桜の並木は、土木事務所なのだろうか・・・そのむやみな枝払いが桜を痛め、樹形から自然さが失われて見る影もなくなり、たおやかに咲き誇った桜のトンネル風景は昔日のものになってしまった。山肌の赤松の立木も松くい虫のせいなのか年々枯れていき、その枯れすがたは切り倒される。ぽっかり空いた山肌は、雑木の生命力なのだろう、数年で埋まり、そこにあった秀麗なといっていいほどの赤松の記憶も失われていき、枯れずに残り、目に入るのが三本となってしまった。これも風前の灯火・・・松くい虫の脅威にさらされている。
そして、時々、カラスに追われ旋回し逃げ、あるいは長い時間枯れ木にとまっていたオオタカの姿も全く見かけなくなって、夏には森の奥で鳴いていたヨタカの鳴き声も聞かなくなったが、昨年、ホトトギスの姿をはじめて見つけた・・・そう、ボクはあのヒヨドリと間違えていた鳥・・・枝にとまっている姿、その羽をやや下げた姿の鳥をヒヨドリと思い込んでいたのだが、それはホトトギスと、図鑑で知ったのだ。
また、カケスの群れも近年は見かけなくなり、だんだんと、この森から自然が消えていく。
冬、この季節の雪景色も年に一二度あればいい方だが、木々に薄く積もった斑な姿が、鑑賞する間もなく、朝日の前にあっという間に消え去る・・・淡雪。
・・・このような季節の様々な里山の表情の一つ二つが消え去って・・・人も消え去り、挨拶を交わす人たちも知らぬ間にいなくなる。
しかし、移り住んだ頃、地下鉄東山公園駅への途中、道路の歩道わきの斜面にあった細いクスノキの若木が、今は、目通し、直径80僂曚匹瞭押垢箸靴心瓦悗叛長し、その低い位置から分かれた枝々が太く四方へと伸び、こんもりとしたたおやかな姿となった。
このクスノキから北へ20mほどのところ、同じ道路その歩道の斜面に自生の細いトウカエデの小さな薮があり、その中に細い一本のホウノキがある・・・あるといっても、それはトウカエデに紛れていて、その存在を知るのは、秋の落葉と冬の積もった落ち葉の中の数枚の大きな枯葉、その鈍色(にびいろ)の葉裏を見つけた時の感動にも似た気持ち・・・マンションが立ち並び住宅地となったこの街の中の空き地、人が入れない背の低い雑木の空地の縁に・・・里山の名残となった、その証拠のホウノキの存在、その落ち葉から一本の木を想像させられ存在を知らされるのだ。そして、今年も、生きていてくれたと、その特別大きな葉の木をいとおしく思う。そう、このホウノキの落ち葉・枯葉は僕にとって、どこから飛ばされてきたのかしらと・・・その木のあることさえ想像がつかないほど不思議なホウノキ・・・それが、トウカエデの薮に紛れているらしいと想像と確信を持ったのは昨年の秋だった。
・・・春が来て若葉の茂る小さな薮の中に、その一本があるはずなのに、ボクにはそれが見つけられないのだ・・・そう、ボクにとっての謎・・・その木、ホウノキ。
・・・ええ、都会にホウノキが自生してあったなんて、想像をはるかに超えていた。細くて、トウカエデに紛れているらしい・・・それ。
それを年を経て知りはしたが、その立ち木を見つけられない・・・やっぱり迂闊で間抜けなリュウです。
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・・・これも、人の世の妙味なのだろう・・・
1/11/Fri
午後、八月美術館へ女性3人のお客さま・・・予約いただいていて、お待ちしていた。
名古屋市美術館でボランティアをされていて、昨年暮れで卒業されたとのこと。
八月美術館は小さな小さな美術館だけど、そのわずかで、あまり一般には知られていない作家の作品ばかりだけど、市美術館で大々的に展覧会が為されたベンシャーン作品展の折りには、そこでボランティアをされていたHさんが、その展覧会の予備知識として観ておきたいと訪ねてくださったのが、こうしてボランティアの皆さんが度々訪ねてくださるきっかけとなった。たった一点だけど・・・。
ボランティアをしつつ美術の知識を広めていかれる人たち・・・そんな人たちにご覧いただくことは、展示作品自体に鑑賞に堪える力があることが必要だろうと思うが、その人たちにも一応良い反応をいただいているようだ。
・・・世の中から隠れてずいぶん時がたったけど、こうして思わぬ訪問がある。
人の世とは・・・煩わしいと、隠れたが・・・インターネットという小さな窓を開けて、自分を主張しているのだろうか・・・あるいは人恋しいのだろうか・・・とにかく、こうして、間があっても人が訪ねてくださるということ・・・これも、人の世の妙味なのだろう。
今日のお三方は、偶然お近くにお住まいとのこと・・・近くに、こういう美術館があって仕合せ、友達を誘っては訪ねたいと、後のお礼状にあった・・・そう、こちらこそありがたいこと・・・これを読んでいただいている貴女様、お友達を誘われてお出かけください・・・ええ、予約電話(052-781-5286)だけはお忘れなく・・・お待ちしています。FAXは壊れ、メールはできないし分かからない。
・・・新たしき年の始めの初春の 今日降る雪のいやしけ吉事・・・
―あらたしきとしのはじめのはつはるの きょうふるゆきのいやしけよごと―
万葉集末尾歌・第4516歌・・・大友家持
・・・こうして新(あらた)しく初春を迎えられた、うれしく良いことよ、
そう、今日こうして降りつもる雪のように、良きこと吉事が続けて起れ・・・
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・・・今年初めの”夜まわり“・・・
1/18/Fri.
今宵は2019年初めの”夜回り”・・・そう、ボクはかっこつけて”夜警“とよんでいるが”戸締り用心・火の用心“と声を張り上げている。
一昨年の11月から始めたというのか参加した夜回り、昨年は皆勤(雨降りは休み)・・・いつもPM8時から1時間ほど・・・。
これまで、事件事故らしきことには遭遇しなかったが、今夜は、先日侵入者があったという・・・週に一度夜回りする家の前を通った。フェンスが壊され、段ボールで塞いであった。まあ、犯罪現場を目にするのは生まれて初めてだったが、なんとも薄気味悪いことだ。我が家も気をつけてはいるが、さらに厳重に警戒しよう。・・・この現場、侵入は昼間だったらしい。何とも大胆不敵・・・さらに薄気味悪い。
・・・年末にも書いたけれど、今年も頑張って参加したいと思っている・・・可能な限りは。
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・・・窓辺の“ぬくぬく”日光浴・・・
1/31/Thu.
もう平成最後の一月が終わる。
・・・何にでも「平成最後」・・・という・・・この頃・・・これも、天皇の退位という意思表示が実現して・・・退位が今年、そして新天皇も・・・。
・・・しかし、何とも・・・無為な始まりだ。・・・これは僕自身のこと・・・あなたはいかがでしたか・・・有意な始まりとなりましたでしょうか・・・それにまた、インフルエンザには罹らないで過ごせましたか・・・。ええ、この猛威・・・来月も続きそうです。また世の中では・・・豚コレラ・・・が、猛威を振るっています・・・何百?何千???・・・と、殺処分だとか・・・何が媒介しているのか???
・・・岐阜県内ばかりに・・・イノシシの媒介かしら・・・そのイノシシへ豚コレラ菌を運んだのは何なのかしら・・・とにかく根絶しないと、農家がかわいそうだ。
・・・そう言えば、今年は“亥年”・・・昨年から引きずっている・・・この”とんでもないコレラ”・・・何とかしてください・・・と、僕がお願いする筋ではないかもしれないが・・・農家の方の落胆ぶりが想像される???
・・・そう、畜産への防疫・・・。
・・・ところで、ここのところ気温が下がりっぱなし・・・冷たく寒い日々です。
空模様も曇りの日が多い・・・晴れの日は、日差しを受ける窓に寄りかかって、日光浴をしている・・・5分10分とまちまちだけど、この“ぬくぬく”感が何とも言えない・・・もちろん、直射日光を肌に受けないよう、ガラス越し、セーターの上からの日差し。
インフルエンザは予防注射が効いたのか・・・それらしい兆候に対して、風邪薬パブロンと最も安い栄養ドリンク(50円/本)就寝前の一袋と一本・・・これを数日飲んで、何とか抑え込んだ・・・普通の風邪???
・・・まあ、こんなことで、平成最後の正月は完了のようです・・・。
・・・お読みいただいているあなたには、お元気で過ごされます様、心からお祈りいたします・・・それでは、来月もお目にかかれます様に・・・アッ、これは僕が書き続けないと叶わぬことかしら・・・では、何とか頑張ってみましょう。
そういえば、僕がホームページを持ち、ブログを開いてから10年目・・・そろそろ限界かな・・・なんて時々思うこの頃です。
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HITBIT 心もよう vol-106 December 2018

HITBIT[心もよう]vol-106 December 2018
5日、7日と医者へ・・・5日は半年ごとの検診。7日はひと月ごとのかかりつけ内科医・・・。そうして、八年ほど前から3月には年に一度の病院での検診がある。これは生存率何年というやや重篤な病の治療後の検診だが、幸いなことに生き延びているらしい。
月ごとに通う内科医には「こうして毎月通うようになって14年になります」・・・と、そう、連れ合いが亡くなって、十五回忌を済ませた今年・僕がたどたどしくお経を読んだだけだが・・・これとは別に、月に一度は読経をしている・・・と、思ってる?? 
独り暮らしになったとたん、いろいろな病に取りつかれ、瀬戸際(やや大げさに・・・)の人生となった・・・(もともと、生活は常に瀬戸際)・・・が、連れ合いが亡くなって、一気に体中の各部に病を得て、医者通いの人生となった・・・(生活の”箍(たが)が外れてしまったせいで・・・もともと、箍が壊れた人生には違いないけど・・・)。
・・・こういう急激な生活の変化は、どうも心的ストレスから病が起き、顕在化してくるらしい。
これは、災害による喪失、そう、伴侶や家族友人を失う、家・財産、さらに故郷をも失ってしまうという、この喪失感は、本人や他者が思う以上に心身のストレスとなって、知らず知らず・・・その心身をむしばみ、深刻な症状を引き起こすらしい。・・・このことを先日知った。
・・・チェリノブイリ原発のメルトダウンによる住人の避難・・・ここから、被災者の追跡調査などから、それまで知られていなかったストレス性の精神的ダメージという症状が見つかったという。それが、日本の“11・3・11”の大震災大津波東電原発のメルトダウン・・・爆発と放射能もれ・・・その拡散と強制避難・必然の逃避・・・心準備もないまま、一時の避難と思っていたものが・・・際限のない・期限を切らない避難生活・・・そして、転々と住居・住まいどころを強制的に変えていかねばならないことによって、これまでのコミュニティにおける人間関係と環境の喪失・・・それらが、いつの間にか心的ストレスとなって、積み重なって、自分が気付かないまま”人生の放棄”いわば”生きがいの喪失”・・・”いつ死んでもいいや・・・“・・・と。
罹災後・・・これまでの、災害や不幸が暗に再現される、夢を見ることや、あらぬ時に心臓がドキッとする・・・など、フラッシュバックにより起きると考えられていた覚醒時の“ハッとする”というような心的ストレスが・・・実は、“見通せなくなった未来・人生”・・・それに誘発される心的ストレス症状・・・これを、フラッシュ・ホワード・・・というそうな・・・これ、過去の心的ストレスばかりではなくて、”未来の喪失“にあるとき”ハッと気づく”そしてそれもが過去の喪失・不幸と重なって予想もしない大きな心的ストレスを生じているという、新たな医学的な発見?・・・そんな病があるという・・・これなんぞ僕の症状にぴったりと符合する。
・・・そう、過去に起きた不幸・・・これを知る・思い起こして悲しくなる・希望が持てない・・・それに加えて、未来にも希望がもてない・生活も不安だ・・・そう、これは、いうなれば、最後の一撃、強烈極まる恐ろしい一撃だ。一発のアッパーカットでマットに沈む・・・そう、日常的なボディーブローが俺という存在を蝕む・・・。
・・・僕は災害や原発の事故によって・・・心的ストレスを直接身に受けたわけではないが・・・生活の激変ということでは、同じようなことが十四年前に起きていた。それ以来なぜか様々な病、病のデパートのようだと半分冗談めかして思いもし、話もしてきたが、実際にデパート状態であることは確か、・・・さらに、未来がないことをも気付かされ・・・不安が充満している、現在。
・・・これをなんというのか知らなかったが、このフラッシュ・ホワード・・・という現象だと気づかされたというのか知らされた。・・・これを納得したわけではないが・・・知ったこと・・・これはまた、絶望ということ、希望のない未来ということ・・・この心的ストレスの新しく(古くから人間の生存にくっついて存在してあったのだろう、この心的悪作用)・・・この密かな恐ろしい作用・・・フラッシュ・ホワード・・・によっても、大きく重篤な病が生じる・・・この現実を、僕も身を以て知ったし・・・改めて認識しもした・・・。
本当に長いこと・・・様々に入院の必要な治療もいくつかあった・・・。そして、書いたように検診へと通う。・・・残り少なくなった人生・・・とはいっても、余命いくばく・・・なんてことではなく(それはわからない、なんてったって、人間は生き物・・・その生存の未来なんぞ、本人にもわかりはしない・・・)、その覚悟というのか、“生物としての老い・劣化・酸化・サビる”・・・そんなことが顕著になっていくということ・・・。
・・・まあ、生き物・生物とは厄介なものだ・・・殊に、人間はなまじっか、知識を持っている、また周囲にそれを考えさせる環境もある・・・それらが、いやおうなしに、わが身に襲い掛かってくるのだ・・・放っておいてくれればいいものを・・・。
*この間、辞書を引いていたら・・・「黎明・れいめい」の「黎・れい」の〔孟子、梁景王上〕「黎民、飢ゑず寒(こご)えず」は、みな民をいう。黎黒の意があり、それで農民をいう語となった。秦では黔首(けんしゅ)といった。「黎・れい」の
[訓義]1.おおい、もろもろ、ひとしい、ととのう。
    2.くろ、くろい、くろい民。
    3.オイル、年老いる、老人の顔色。 
    4.のり、履(くつ)作りに使う糊(のり)。
・・・だから、年老いると顔が黒くなるのか・・・納得というより、恐ろしいこと。
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===目次===
12/07  ・・・一週間が、新幹線がすれ違うように、一瞬に・・・
12/13  ・・・正月事始め・・・個々の家庭に「心の暦」
12/14  ・・・ハゼノキの紅葉・・・
12/18  「人が想像できることは必ず人は実現できる」-ジュール・ヴェルヌ
12/26  ・・今年の夜警の締めくくり・・・
12/31・・・さて、新年はどうするのだろう・・・この僕は・・・
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・・・一週間が、新幹線がすれ違うように、一瞬に・・・
12/07/Fri.
数日来曇り空と時々雨降り・・・今朝も少し冷えびえとして曇っている・・・北の方では雪降りの本格的な冬の様子だ。
此処、名古屋市の東部はハゼもトウカエデもイチョウも・・・紅葉・黄葉・・・も散り、残り僅かとなって歩道は落ち葉が雨に濡れている。今朝から幾分気温は下降気味。
・・・冬鳥がやってきてピーピーと鋭く鳴き、そのまにまにチチチッと、メジロらしい複数の小さなさえずりも聞こえる・・・姿も見えず、名も知らず・・・さらにシジュウカラの姿もチラッと・・・。
今朝、内科医へ診察と処方箋・・・ひと月ごとの診察だ・・・その玄関に年末年始休診の張り紙。
・・・そう、世の中は年末があって年始がある・・・。気が付けば、スーパーマーケットのBGMはクリスマスソングが流れている・・・。そんな生活から遠ざかって14年になる・・・。
・・・これもあれも・・・ついこのあいだのことのようにも思うが、一方ではずいぶん遠くなってしまった・・・そう、僕は遠くへきてしまったようにも思える。あとに残されて、放り出されて、途方に暮れているのかもしれない・・・未来を知らないまま。
・・・友人がいるわけでもない・・・知り合い・・・そんなものは、もともと成り行き・・・ただ知っている、一時は記憶していたが・・・年を経るにつけ記憶も薄れ、ついには途絶えていき・・・記憶喪失状態だ・・・必要を感じたこともない・・・引きこもりに近い生活が続いている・・・友人なんてもともといなかった・・・知り合い?・・・そんな程度かしら・・・。そう、人間関係に・・・不誠実なのだ・・・このオレは・・・と思う・・・。
・・・なぜか、こんな生活が性に合っている気がする・・・ずうっと、そんな気がしてもいる。
・・・近年、詩も俳句も読まなくなったし詠みもしない・・・。独り者になる前は・・・アトリエ・・・そう、仕事部屋のこと・・・この仕事場は、かつては、ドライエリアのある地下室にあって、連れ合いが亡くなって・・・最上階へ移したのだが・・・最近になって、もう一度その地下室へ戻りたくなってきている・・・決断はまだまだ先のことだろうけど・・・。ドライエリアから差し込む日差しや明かり・・・おわん型の壊れやすい白く薄いガラス細工のようなボタン雪がフワフワと降ってくる冬のドライエリア・・・アイスキャンデーも降ってきた・・・紐につながれ、上階の窓からドライエリアをフラフラと・・・目の端・左側に揺れている・・・そう、何の合図もなく・・・ユラユラ・・・と・・・こんな思いで・経験・・・世の中のだれもが経験したことではないだろう・・・そう、懐かしい・・・。
読書・・・詩篇や俳句集を読むのは、読書の内でも特殊なこと・・・その、時間はまた格別なことだったが、それも程遠くなってしまった・・・。今は書くことへ心が来てしまっているからかしら・・・。
まあ、そこで、仕事の傍ら、読書を重ねてきた・・・僕は、じっくりとよむことしかできない・・・速読は無理・・・ななめよみ・・・これもダメだが・・・その中に、詩も俳句もあった。
多分、蔵書は多い方だろう・・・今、最上階は書庫と書斎・・・(整理していたがいつのまにか、そう、11・3・11から整理できなくなった・・・むなしくなったからかもしれない・・・そう、11・3・11以来、書斎として使うことはほとんどなくなって、一階下がって、以来、食卓書斎だ。使わなくなった理由は・・・長周期振動・・・それに驚いたことが理由だ・・・。そう、あのゆったりした振動が、はるか北関東・東北からやってきて・・・ゆったりゆったり・・・揺れた。また、あの、阪神淡路震災の時は早朝のこと、寝室はベッドの上・・・その時も、ふとんにくるまって揺れていた・・・・・・ゆったりゆったり・・・と、そう。その気分というのか、それが怖くなって、食卓へパソコンを持って降りてきたというわけだ・・・まあ、理由はそれ以外に、コーヒータイムの上り下りが面倒なこと・・・それで、ズボラしているというわけ。
・・・書いていることがあらぬ方向へ進んでしまった。なんだったけ・・・?ああ、読書、書斎、書庫・・・そんなことだったが、その読書・・・この年齢になって、その長年の読書癖・読書歴・・・その念入りな読み方が役立って・・・先の本「額田王研究」を書くときに役立った。
僕の読書は早くも遅くもない、普通の読み方だと想像するが、世の中には数行を一度に読むとか、斜め読みとか・・・いろいろ奇抜な読み方もあるようだが、残念ながら試みたこともない・・・そうしての僕の雑読・・・いろいろ他方面に読んできた・・・そして、それが蔵書になって、今、4階(最上階・狭小敷地に住まいするには、これしか方法がなかった・・・上に伸びるか、下へ伸びるか・・・)の書棚にぎっしり詰まってい、中には床にも積んでいる・・・その一画が書斎・・・アトリエ・・・設計室・・・そう、2011年の震災以来、エスケープ・・・逃げ出してしまった。
今、このタイピングも食卓やすぐそこのリビングでやっている。・・・そう、あの本「額田王研究」の後半、というのか、解読以後の物語り部のほとんどを、ここで書き上げた、その千ページ余の・・・一冊。
・・・またまた、横道へそれた・・・というよりも、道に従って書いているわけではないから・・・逸れるというよりも、ゆらゆら揺れつつ漂っている、というのが正しい。
・・・そんな、物の書き方もある。
・・・まあ、こんな一時が人生の途中にあったことが・・・先の一書になったのだと思う。
だが、いけない、後が続かないのだ。原因の一つは・・・体力視力が、急激に衰退・無くなったこと、また、思考力も・・・。それで、行き詰ってしまっている・・・今。
打開を模索の日々。
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・・・正月事始め・・・個々の家庭に「心の暦」
12/13/Thu.
風が強い・・・まるで、春の嵐・春一番かと錯覚するような、幾分の温かさの中、晴れた日の強風・・・その今日。
そんな、番狂わせかと思うような今日の強風であるが。今日12月13日は”正月事始め“の日なのだそうな・・・。そう、正月の準備を始めようということらしい・・・。
“大根煮”とか“すす払い”とか“注連縄”の準備とか、清水寺の管長さんの例年の“一文字”・・・書き納め。
・・・うかつだったのか、”正月事始め“・・・これは頭の隅にもなかった。まあ、世の中・・・商売人が・・・何かと、年を通して、何何の日・・・と、洋の東西の行事的作業・準備などを、あれこれと探し出して、ことさらに騒ぎ立てる・・・あるいは近年の観光事業促進に、京都辺りの内輪な、各家の習わしののようなことが・・・ことさらのように取り上げられ・・・暦にまで書き加えられる・・・実をいうと、僕は”京都弁?が大嫌いだ・・・あのおわざとらしい“ねっとり”した口ぶり感覚のアクセント“・・・ことに、ドラマや紀行もののナレーションなんかで、このわざとらしいアクセント・・・それでいて、言葉の端々に”角がある“語り口・・・これは最悪で下品だ。
・・・まあ、それはそれとして置いといて、その“年末年始”・・・は、ことのほか喧伝されれている・・・そんな気配がする・・・まあ、今日の“正月始”は広辞苑の昭和三十年・三十九年版には載っている・・・この”正月事始め“は、僕が気付かなかった、知らなかっただけのことかも知れないが、ちなみに歳時記を二冊ひいてみた・・・もう、80〜100年前の古い一冊・・・これは父が、気力をなくす直前に”使え“と、くれたもの、形見と思って大切にしている・・・と、僕自身が買った40〜50年ほど前の一冊・・・これらに、この”正月事始め“なるものは載っていなかった。また禅宗の暦にも載っていない。
毎年買う日めくり暦、その2018版には”正月こと始め“と載っていた・・・。
・・・暦・・・それにしても、日めくり暦は、薄っぺらになってしまい、月暦は残り一枚。
とにかく今年も押し迫ってきた・・・が、僕は、今年に限って言えば・・・押し迫ったという感覚は、なぜだか起きていない・・・。
ただ、例年のこと・・・月暦と日めくり暦は・・・来年の手帳とともに買い整えてある。これはすでに書いたかな?
・・・まあ、年賀状を出さなくなって・・・(失礼している・・・申し訳ないこと)やはり十四年・・・何もかも、この歳月の始まりが・・・もともと、世間になじめない僕を一層隠れさせてしまった・・・といいながらこうしてBLOGなるものを披歴している・・・矛盾。
・・・何ともはやチグハグなことよ・・・のう、お前のやることは・・・と、誰かが?
・・・でも年中行事・・・これはいいことだと思っている・・・自分自身にもそんなことへ心遣ることが、けっこうある。伝統とか行事とか習慣といってしまってもいいが、こういうことを実行していくには・・・やはり、心・こころがけ・・・が裏打ちしていなくてはならないと思う。
ただの商魂が、盛んに宣伝するだけではなく、生活の一面に年中行事として・・・個々の家庭に「心の暦」があってもいいのではと思う・・・そう、他者の言うことに振り回されない、家庭ごとの年中行事・・・そんなものが・・・懐かしい。
・・・若い頃より質素な生活だったし現在も質素だが・・・父の正月、正月には必ず紋付の羽織を着て、徳利(瓶子ではなかったが)と小さなお鏡餅を盆にのせ、家族を誘うでもなく、独り、氏神様へ初もうでに出かけ、帰ってから、仏前に参り、経を上げていた父の姿を思い出す。
・・・そう、こんなことを懐かしく思い出す・・・そんな、ふとしたことへつながる年中行事のこと。
やたらな、ショップチャンネルでのお節料理の宣伝なんぞ・・・醜いし、なくてもいい。
・・・家々の台所で、煮豆・田作り・・・母に倣ってみんなで、昆布巻きを作ったこと・餅つき・鏡餅・のしもち・・・そして雑煮のこと・・・質素ながら・・・正月ばかりでなく節(せち)ごとの様々な家庭行事は、年末で締め、年末に始まった・・・そんな様々なこと・・・それぞれの家庭の”正月事始め“があった。
・・・病弱な母を手伝って、長男の僕をはじめ、妹たちと弟・・・そんな思いでは、宝物だ。そして、それにかわって、連れ合いのかいがいしい暮れの準備のすがた・・・懐かしく、そして、新しい生活の一方では気づかわしく思った父母のこと・・・と。
・・・そうして今、この暮れも、僕は正月の準備に、スーパーへ二度三度と買い物に行き、大晦日を前に、注連縄を掛け鏡餅を飾り、出来合いの“おせち”を小さなお重に詰める・・・ええ、“おせち”をお重に詰めることだって・・・独りになって、これは僕自身の役目となった・・・。
・・・こんなこと、たぶん、体が動く間は、ささやかに続けていくことだろう・・・。
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・・・今年の一文字「災・サイ・わざわい」・・・
12/14/Fri.
ここにきて、国土強靭化に予算をつけるとか、閣議を開いたとか・・・聞き間違い?
・・・でも、国土強靭化については、防衛装備品の巨額化への批判として僕は「国破れて山河ありというが、守るべき国土が自然災害によってなくなってしまう現実に直面しながら、過剰すぎる国防を言い、ごり押しを進め軍拡をすすめるアベ・・・」と、こんな風なことを数か月前に一二度書いた。
ようやく、すっかり忘れていたことを総理大臣アベも思い出したと見える。
・・・総理大臣というように・・・偏った思考・行動・・・で、肝心なことを忘れてしまっては、職責は果たせない・・・そう、心してくれ「防衛すべき国土が自然・人為の災害で失せてしまいつつある日本」このことを。
今年の一文字「災-サイ・わざわい」・・・清水寺の管長さん、よくぞ選んでくださいました。ありがとう。
・・・しかし、災害はむなしい・・・。
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「人が想像できることは必ず人は実現できる」-ジュール・ベルヌ
12/18/Tue.
ここにきて・・・専守防衛をすっかり忘れ、過大な防衛装備に巨額を湯水のように支出しながら、そう、国民に明瞭な説明もなく、自然災害に対して国土を強靭にするといったのに、今年の自然災害は、人為的な災害もまた、そう、頭の上の貯水池が崩壊、その出水によって殺された人がいる、それ。
・・・防衛問題や経済問題・・・中朝の軍備と日本の防衛・・・徐々に景気は上向いているとか、経済問題を議論する番組、そこに出て語るコメンテーターら・・・当たり障りないことばかり言う、どの番組も同じような顔ぶれ・・・言うことも同じ・・・そんなものらの言うことも信じられない。
彼らは、政府批判を全くしない・・・たとえ政府与党への批判的なことを言った後には、必ず批判を批判としておかず、必ずホローする・・・そう、野党の姿勢がどうのと、批判の対者の姿勢をも批判して見せる・・・これは間違いだ。ここには、コメンテーター自身の見苦しい保身が見える。すなわち、これを”公平”というかの様・・・。
・・・国民は常に政府批判をしなければならないし・・・ウオッチ・ワッチ(船員ことば)・・・監視をしなければならない・・・これは国民の義務であるし必須・・・忘れてはならない姿勢だ・・・。
国民の”目“から政治に向ける”批判・監視“の眼差しが失せてしまったとき、国は・国家は危うくなる・・・今、これが失われた時だ・・・だからアベはやりたい放題・政党は堕落し、無気力・・・平和への努力をするよりも、国に国民に国防の必要を言い、単に危機を言いつのる・・・これは、最も稚拙な政治手法だ・・・政治能力のない政治屋は、危機を言いつのれば、いかにも国に自分が国家を心配し寄与しているかの印象を与えることが出来る・・・と、自分自身が気付かないで、本能のみで政治をやる・・・。
今のアベは・・・外国との平和外交を自らすることなく、おべっか外交ばかりに行動している、このアベ政治。そして、国民のほとんどもまた、大企業へ、給料のアップを要請する・・・子地論中小企業へは、こんなことは要請しない・・・。大企業へばかり顔を向け、耳を傾ける
そんな政治屋におだてられわずかな増額のサラリーで一応の満足をし・・・貴重な一票を・・・意味のない一票にしてしまうのだ。
わずかな増額の給料で一応の満足をする・・・これもまた大切だ・・・そう、過去、戦後の国民の内のサラリーマンは、その割合は現在のように大きな割合ではなかったはずだ・・・が、僕の父もまたサラリーマン、薄給にもめげず、われら家族を養ってくれた・・・その様子を目にし、肌で感じてきた。そして、世の中、同じコミュニティの中に給料で生活する、生計を立てる家族がどんどん増えていくのを見聞きもしてきた。
・・・国民皆が・・・そこそこの生活に耐え、それぞれの職に最大限の寄与を為して、次第に生活を向上させ、企業に貢献、国を豊かにすることへもおのずとかかわってきた。そこには、敗戦ということが何だったのかと、過去の政治、国家体制へ目を向ける、国民すべてが、振り返って、なされてきた政治や政治家が何をし、戦争をしたのか、敗戦とは何か、新しい憲法の精神とは何か、掲げた理想はどんなことなのか、われわれ日本人は、今、国家はどうあるべきかと・・・戦後の未来へ、国民としての理想を、国家というものを肌で感じ・・・貧しいともいえる、生活に耐え、国家をつくっていこうとすべての国民が決意した。もちろん、保守も革新も同床異夢、その勢力の多少を国会に反映し、巧妙な保守が政治権力を握って抜きんでて、戦争の責任を軍部に擦り付け、戦後政治を時に失いつつも、巧妙に官僚を操作しつつ、主流であり続け、今日に到っている。
そして、軍備に関しても米国の言うままに拡張しつつ、安保の下に、核の傘によって守られているかのようなあいまい極まりない、外交姿勢を国際政治の場で取りつつある。
そして、欺瞞をもって巧妙に憲法解釈をなし、憲法の精神を踏みにじりつつ、周辺国の軍拡・その攻撃力の脅威を言いつのりつつ、例えば、空母まがいの多目的用途艦を作り、完成後数年で、用途変更をもくろみ、艦載機を回転翼機(ヘリコプタ)から固定翼機も可能へと改装するという、きわめつきの悪知恵を働かせた筋書きの下に、攻撃空母ではなく、侵略された離島奪還のため、その固定翼機・ステルス性を備える戦闘機を載せられるように目論んだ。また、この“艦載機を訓練の時だけ使う”だ・・・とまでいう。訓練の時とは毎日日常的な訓練が、必要であることが当然に在りながら、こんな言い回しをする。こんな言い回しは、かつての安保条約締結においても、同じような言い回しを聞いたような気がする。そう、これは詭弁だ。こんな詭弁が、国民に受け入れられるとは思いもせず、正面切って堂々と言い放った。この2018年の12月。安倍内閣の時。厚顔無比・・・恥だ。
この言い回し、これは内閣の遺伝子が言わせたこと、これは完全な欺瞞、“うそつき”の考えたことだ。
・・・どんなに軍備を強化しても、あいまいな核の傘に守られているとの吹聴しようと幻想である・・・守られている、抑止力になっているとのこの幻想、どんなに強力な軍備も、どんなに多くの核兵器を持とうと、平和はどこからもやってこない。
・・・すなわち軍備に頼ることの愚かさを21世紀の今日も気づかず、国の政治をけん引しているこの愚かさ・・・そう、裸の王様だ。
・・・戦後、この国家の未来への一歩を・・・平和憲法を守ること、この日の丸を握りしめて誓ったはずなのに・・・国家としての自立・・・これを認識せず、政治の位置にいながら、敗者が追従者としてのみにヘリ下り、国民を顧みなかった当時の政治屋・・・理想のかけらもなかったその姿勢は・・・今日に、直接的に受け継がれて来てしまった。
・・・これは政治・政治家ではない・・・巧妙な政治屋としての、己にしか心と目を向けなかった者が・・・国家ということを認識せず、敗北者・敗戦国の者との自己感覚の、その貧相な政治姿勢・・これを、恥もせず、地位にしがみつき、欺瞞の政治屋が欺瞞の政治を、服従(ついしょう)という矜持もない、理想・理念をどこへやら捨て去り、単に取引の当事者へ自分を置くことに満足するという、取り返しのつかない、政治的な、国際的な位置的な・・・失策を為した・・・。それは、招いたのではなく・・・意識することもない・・・ただ敗者としての侮辱的姿と思考に走り、取り返しのできない失敗を為した・・・。その末裔が今日も政治屋として存在し続けている。
・・・しかし、この現状を自らが変える勇気を持てば可能なはずであるのに・・・それに気づかないし、周囲も、国民も、それをしないで・・・手をこまぬき、素知らぬ顔だ、愚かにも・・・そう、日本国民は何を期待し黙しているのだろう・・・か。
変わるには・・・一時、不安、危惧、懐疑、逡巡・・・そんな心模様もあるだろう。しかし、今、変わらなければならない時・・・それができる権力というものを持つものが、その者自身が気付き決断する・・・ただ外交の場面で・・・欧米と同じ画面に居並ぶ自らがあることに満足することと、それこそ望んだところだと・・・妙な低劣な、満足に浸りきって・・・真の国家のあるべき姿そのものへの指向・思考・・・根本的な理想主義を忘れ、心を失っているのではないのか。さらに、この者の背後に、誤った助言や方向を示し、にんまりとしながら、その助言や提言のままに動き発言するその姿に“してやったり”とほくそ笑んでいる輩が、存在するのではないかと、本気で心配する。
そう、おべっか外交・自虐的服従ではなく・・・政府専用機に乗って、アフリカの貧困国・エボラ出血におののいている国、紛争・内戦に疲弊している国へ・・・救援物資を満載した輸送機を何十と引き連れて・・・夫人とともに自分自身が届けよ・・・そんな、身近な問題へ目を向けた政治をするべきだろう・・・国際問題にしても・・・というより、そういった行動が本当の外交だろう。
そう、アベ自身のやっていることは、国内外に起りつつある貧困と災害と内戦・紛争への日本の意思と志を示さないまま・・・欧米先進国の首脳と同じTV画面にそのアジア人の顔をならべれば事足ると思っているのだろうか・・・。

今日もこうして書き、此処に言いつのってきた・・・こんな政治が、自然災害・人為的災害をも引き起こす・・・まったく、罪なき人が、このようにして殺される・死ななければならない・・・今、日本にもこんないい加減な施策の末に国民が泣いている・・・そう、現在、強行されている沖縄の新基地・へのこ・辺野古・・・この基地建設も同じ政治姿勢・思考・・・で強行されているのだ。
ここには、米国に対して、正面切って物を言えない日本政府・その総理大臣がいるのだ。これは歴代・・・の自民党政権が為してきた政治姿勢そのもの。
平和外交に熱意を示さず、米国一辺倒な”土下座外交“・・・大企業ばかりに目をやり、おべっかを使うごとき政治姿勢もまた国民軽視だし、国辱ものだといってよい。
・・・政治は総理大臣のためになされるのではない、すなわち、総理大臣が“やりたいことを以てして政治をする”のではないのだ。国民のために、国民に向かって、その国民とは、力も言葉もない、慎ましやかな、無辜の民・・・何の罪もない人たちであることを、一瞬たりとも思い出すことがあるのか。
・・・これは、国民に向かって常に言葉を発する・・・官房長官・・・スガだったか?・・・その者のものの言い方に、国民軽視の姿勢があらわに表れている・・・その言葉使い・・・早口で語尾が蛇尾のように消えて行って何が何だかわからない、それ。反省すべきだ。
・・・記者に言う、そのそっけない、不足で不遜で貧相な言語・・・そうではなく、国民に丁寧に誠意をもって語る・当該の外国に向かって語る・モノ言う・・・これが国の政治をつかさどる・また、関わるものの全くの責任だ・・・。
そしてもう一つ・・・沖縄本島の地図・・・この中に多くの米軍基地、キャンプが存在する・・・それを明記してみれば、その超広大さに気づくだろう・・・沖縄本島の基地の存在・・・それを、常に国民に示せ・・・沖縄に関するニュースの時に。
沖縄本島の括(くび)れた部分で、南北に分断するその基地の広大さ、そして南と北の広大な基地。基地の移転ではなく、基地の撤去を進めよ。さらに、訓練エリアをも。
“南西方面の警戒のために沖縄の基地は必要だ”といったその根拠を国民に示せ。その南西方面とは”どこの国か“これを明確に言え。
・・・現防衛大臣・名前すら覚えられない・・・それが代替え基地、辺野古基地の建設の工事差し止めによる、工事の遅れのために、返還が遅れると、・・・この言い草・・・は、最低だ、国民を軽視して、なめてかかっているこの者も最低だ。
この返還の遅れは・・・沖縄県の責任だと・・・言ったのと同じこと・・・この遅れは、政府が為した、政策に根本原因があることを棚に上げて・・・よくもぬけぬけと、いったものだ。基地そのものの存在を根本から考え、ものを言え・・・これは大臣の失言だ。
・・・沖縄の米軍基地の存在・・・この現状は異常だと国民ならずとも気づくに違いない・・・そう、世界中の人々が・・・日本の政治姿勢をあざ笑っている。
・・・この日本の根本的に間違った政治の方向・・・防衛力強化とアメリカへの追従姿勢・・・これに対して、平和希求の考えを広めなければならない、と思っているそう、中朝露を仮装した脅威ばかりをあおり、これがマスメディアにおいて一方的に流される。
すなわち、社会的にも、家庭的にも、学校教育にも。
これを全国の小中高の生徒にも繰り返し教え知らせる、そしてその父母にも・・・隠さないで。また、戦争と平和について家庭でも語り合う・・・そんなこと、これを何気ない家庭の会話の中で、話し合ったことがあるのだろうか。そうすることは、政府には脅威になるとでも思っているのだろうか。学校教育においても同じことだ。家庭と学校で同時に平和の大切さそして平和外交の重要さを幼少の国民にも考えてもらおう。そして未来の日本の存在の在り方を語れ・・・それは、どの国へも、この地球上での軍拡国家のどれにも属さない国を目指すと・・・語れ!・・・そして、目指すのは究極の”平和国家”だと。
・・・これ、理想を語れ・・・日本はどの勢力にも属さない、永世中立国をめざす・・・と。
・・・そう、ジュール・ヴェルヌは言う「人が想像できることは必ず人は実現できる」と(語句は幾分違っているかもしれない)。
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・・・今年の夜警の締めくくり・・・
12/28/Fri.
ここにきて、真冬になった。日本海側を真冬が覆いつくしている。また、九州、四国も降雪・・・初雪のところも。
此処名古屋は曇り空もあり、気温は下がっているが、ほぼ晴れの日が続いている。
先日26日は今年最後の夜回りに参加した・・・年末以外は毎月第三金曜日20時からと決まっているが、年末だけは世話役の方々がお骨折りをしてくださって、参加可能者の割り振りをしてくださる・・・。この東明町の参加者の少ない中で、古参の方々のお骨折りで、毎月とこうして歳末の夜回りが長年続けられてきたようだ。来たようだと、他人事に聞こえる言い方・・・これは本当に他人事として、聞こえもしなかったし、僕は気にもかけなかった・・・が、あるきっかけから昨年11月ころから参加させていただくこととなった。まあ、いつまで参加できるのか心もとない体だが・・・今年、平成30年は皆勤賞だねと・・・声をかけてくださった、世話役・・・こうして何気ないこと・・・人は自分のことだけに生きているのではないこと、そう、パンのみに生きているのではないこと・・・日ごろから、僕自身が学生にもいい、自分にも言い聞かせてきた、父からも言われてきたこと。こんなことを、こうした形で、少しだけだが、行動して声を張り上げる・・・戸締り用心、火の用心・・・と、初めの頃は声も出ず、声を出すタイミングも外れる・・・で、おぼつかなかったが・・・半年ほどで、幾分なれ、一年の終わり・歳末になった。
・・・夜警とは大げさだけど・・・声も出し、雨で回れない夜を除いて、参加させていただき、“皆勤だね”とのお声をいただき、過分のこと、できすぎだよと自分の心に言い、幾分気恥ずかしい思いもした今年の締めくくりの”夜回り“・・・戸締り用心、火の用心・・・と、声を上げる・・・。
声を上げる・・・これ、日常、会話さえない日ごろの暮らし、声帯も退化し、声、会話、電話口(これが一番ダメだ・・・とっさの声が出ない)、何かの声出し・・・等々、が満足にできなかったこの14年ほどのこと・・・おかげで、少しは”発声“が楽になってきた・・・でも、まだ一方では、ブツブツと家の中で独り言・・・を、やらかしているらしい自分に気づくことも・・・と、ある意味ではそれなりに、いい参加ができたと思っているし、とにかく、世間話をしないでも、参加できることがとてもいい・・・話ベたなボク・・・そう、これには助かってもいる。
まあ本当に第三金曜日が来る度に、雨は降るかしら、上がるかしら、やっぱり今夜はダメかと・・・幾分がっかりしている自分に気づくなどと・・・閉じこもり老人?!の思わぬ自己発見をもして・・・そうだ、来年も、可能ならご一緒させていただこうかなと・・・そう、責任あることはできないけど・・・1時間ほど歩くことは、宵ごとのウオーキングの一回分を・・・この夜回りにするだけと、思いもし、昨年29年の10月だったか、お誘いくださったお人にもいいきっかけを頂いたと、こころのなかで感謝した。
・・・東明町は、急坂が多い町、その一周は、なかなか過激?だし、男は老人?ばかり(ごめん)、失礼・・・女性は、お若くて元気(ホント)・・・昨年末は、老婦人がお二人ほどご参加され、内、お一人は足が幾分不自由ながら、この急坂を上り下りされ、それを介添えなさる男性も・・・これには驚きもし、感銘を受けたというのか・・・これも・・・その、息の上がる坂の町・・・を、巡っておられる、それに驚き、敬意さえ覚えた。
そんなこと・・・まあ、身近なところにも感銘というのか感心させられることもあるものだと・・・そして、来年も可能であれば、参加しようと思ったのでした・・・そう、これは、われながら不思議に。まあ、いつ辞めることになるのか、皆目、先のことはわからない・・・膝の故障がもう何年も続いているし・・・急坂はなかなか手ごわい・・・いや足でした・・・怖かったのは。
・・・そう、あのレンブラント?の絵・・・「夜警」・・・の場面(またの名を「バニング・コック隊長率いる火縄銃組合の人々」、・・・あんなに”カッコイイわけではないけど“(ごめん)・・・多分、参加のみなさんは、少なからず、あんな”気概“をお持ちになって、参加されているのだろう・・・と、好きな、あの「絵」を思い浮かべているボクです。(なぜ好きかって?・・・そう、この「夜警」という題名がとてもいい)
そうそう、東明町の皆さん・・・参加してみてください、この坂道歩きに・・・。ええ、夜の坂道の町を、こだわりなく歩けるのは、なかなかの気分ですよ。
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・・・さて、新年はどうするのだろう・・・この僕は・・・
12/31/Mon.
先日、お鏡餅の飾りや注連縄をすでに買い置いた・・・これで用意はバンゼン!!!?
昨日30日はお正月の飾り餅や食べ物・・・お鏡餅や雑煮の切り餅(僕は切り餅文化圏・生まれも育ちも)・・・鏡餅は大を一組、中を一組、小を四組・・・大と中は三方に飾った。
そして、おせち・・・これらも。独り暮らしでも一応のことはするようにしている・・・そう、朝だけは・・・元旦だけは。
・・・しかし、これもだんだん億劫になってきている。あと何年続けられるかといったところだ。それに、建物・ガラスの掃除は・・・とうのむかしに辞めた・・・が、あったかくなると思い出したようにすることがある。
・・・そう、老いること・・・ずいぶん以前のことだが、ある文学評論・研究者・・・その老いられたお姿をTVでお見かけしたことがあった・・・その評論を好んで読んでいたボクにはショックだったが・・・それでも、そのスーツ姿に感銘もし、一方で痛ましささえも見た・・・そう、体にそぐわなくなった肩や背・・・着こなし・・・老いとは・・・痛ましい、と思ったし、父の老いた姿をも思い出し悲しくなった・・・そう、母は・・・いや、やめておこう。そうそう、父母の亡くなった歳までには僕は十年ほど・・・それまでは到底生きられそうにない・・・。
・・・老いる・・・それは必然・・・自分にも、ひたひたとその足音が聞こえてくる。背に・・・迫ってくる、来ている・・・体調や発病に・・・追いかけられていることは確かだ・・・追いついてボクの背を捕まえてくれと思うことも度々だ。
この終末をどう生きるのだろうと、予測のつかない、このことに幾分の焦りはある・・・。そして一方・・・どうでもいい・・・世の中そして命、これは、なるようにしかならない・・・一生懸命生きてきたことは生きてきた、命に執着はない・・・なんて、本音とも虚勢とも自分にはわからないが・・・。
・・・これもなるようにしかならない・・・。
でも、早く連れ合いをなくしたことが一番残念だ・・・そう、もう少し、もっと長く、ずううと・・・一緒にいたかった。
・・・妙な流れになった・・・こんなこと書くつもりじゃなかったのに・・・。
一昨日・土曜日の全館掃除はいつも通り済ませた・・・雪降りだった午前中は窓を開けられなくって、午後になったが・・・何とかやり遂げた。そして、今日、今宵・大晦日、最後の掃除は・・・先ほど掃除機を使って食卓回りキッチンを掃除した。寝る前に、居間・階段を掃除すれば、お正月・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
毎月のこと・・・だんだん書くこと・タイプすることが無くなって・・・また、むなしくなって・・・新年も続けられるかどうか自信がない・・・。
そう、十年ほど・・・中休みの一年ほどを除いて、曲がりなりにもタイピングできた・・・。この手段を持つことも出来・・・憎まれ口をほざいても来た・・・。
・・・どうするかなと、この一年・・・月ごとに、月初めに・・・迷っている自分がいることも知っていたが・・・きょう、この2018年の大晦日まで、何とか進んできた・・・。
来年は「元号」が代わる・・・天皇の譲位という思いもかけないこととなって・・・それでも、次代の天皇の存在があること・・・「元号」・・・どんな元号となるのか・・・。
・・・この元号・・・日本の歴史・文化を表現し続けてきたことは確かだ・・・元号が無くなってしまうことがないことを祈ろう・・・。
しかし、本当のことを言うと・・・天皇制は・・・長子の継承が望ましい・・・そう、男女にかかわらず、本当はそうあるべきだと・・・ボクは思う。
・・・ボクが書いた、万葉集の中の“未解読歌の解読”を軸にした研究の読み物・・・『額田王研究』・・・これ、そして千ページ余の大著、重さで勝負してるつもりはない、やはり中身だ、だがこの中身を理解する、万葉集研究者はいそうにないが・・これを書いてきて・・・日本の歴史・文化を語るとき、この必然性・・・元号の存在・・・この必然性は簡単には否定できないと、強く思ったし、女大王(天皇)の存在を支えた飛鳥時代・・・この時代は王権が激昂した時代だと強く感じもし、日本の歴史・文化の基本・基礎、そして・・・国家体制も含め大王(天皇)制も確固たるものに仕立ててきた時代だと思う・・・。飛鳥時代、短くはあったが、ここに推古紀を加え、飛鳥の後の藤原の時代(これも飛鳥時代ではあるが)は合わせてほぼ100年ほど・・・ここには、女大王・女王・・・の存在とそれを支える公卿らの存在があった。
この時代は倭国・倭・大和の国家体制の模索ともいえる時代、倭国の文化の芽生えの時代でもあったし・・・そこは陰謀が渦巻き、王権が激昂し、公卿らが生き残りに命を懸けた時代ではあったけれども・・・大王位の継承を認め、文化の面でも王権の基礎をようやく据え大王と公卿らはそれに応えた時代だったといえる。
女大王を中心に据えた国家・・・これは、国をやや虚弱にはするが、それはまた国を一つにまとめた時代でもあると思う。すなわち政治が純粋になればなるほど女大王の存在は国家を一体にする。
今、これから何十年かの時代・・・この新時代の後の時代が新たな天皇制・・・男子でも女子でも「長子継承」・・・を、国家体制の冠にすべき、転換すべき・・・時だろうと思う。この体制は、平和憲法を掲げ、日本が進むべき道、その新たな道へ踏み出す、絶好機だと思うがいかがだろう。
・・・いまの、政治体制を昭和憲法の下に問い直すには絶好の時だと考えるが、いま、世間の憲法・政治学者も、政治家と自任しているらしい輩も、この国家体制を考えることに対しいては無関心のようだ・・・これは、彼らに、国家の未来へ向ける心根が存在していないことを意味する。そう、未来を見据えないで、目先の権力志向にばかりに目を向けている輩が、国を牛耳っているこの日本・・・ここで、譲位を決意した天皇は、もう一言・・・男子でも女子でも「長子継承」・・・を、提唱されるべき時だと思う。
国家の行く末を危うくしている・・・政治家たちの愚昧さを憂い残念に思う。
この薄学の(博学ではありませんよ・・・)ボクでさえ考えているのに。
・・・こんなボクだけど・・・じつは日常は、西暦を使って、元号はあまり使わないでいる・・・。
・・・そうそう・・・『額田王研究』・・・無名の著者・ボク・・・(でも、この本、なかなかいいですよ、確かに解読した歌・・・)これ、流通にのせる方法も知らなくて、方法もよくわからなくて、苦戦している・・・よき方法などありましたら教えてください・・・あるいはよき出版社をご紹介いただければ幸いです・・・。
そう、ボクはスマホは使っていないし、パソコンのメールも実際は操作がわからないし、時間もない、そして、ファックスも故障をきっかけに使わなくなって・・・ただ、固定電話だけは壊れたけど新しくした。そう、留守の時もあるけど、どうかこの電話で、いろいろ教えてください・・・。
・・・なんだか、妙な方向に進んで、とめどなくなった。これも、いつものことだけど。
さて、新年はどうするのだろう・・・この僕は・・・。
・・・とにかく大晦日のご挨拶・・・今年もいろいろとありがとうございました 貴方様には新年もさらにご健康でよき歳となりますように・・・
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HITBIT 心もよう vol-105 November 2018

HITBIT[心もよう]vol-106  November 2018
11月に入って気温がずいぶん下がって・・・秋を通り過ぎ、すでに初冬の雰囲気のようです。
10月末からの曇りがちな空模様、弱くなった日差し・・・それに、日没が4時半ごろと昼間がめっきり短くなって・・・、それに、紅葉が、目の前の里山や街路樹・・・それらの“紅葉ぶり”に異変というのか、枯れ色が混じったような・・・弱弱しさがみられる。ことに街路樹のトウカエデに。
今年は台風が多くて、その風と雨・・・海水を吸い上げ内陸まで運んできたのか、その塩のせい・大げさだけど、思わぬ塩害?・・・ニュースでは送電線に塩害で漏電が生じたのか出火が起きたといっていたが、街路樹のトウカエデ・・・名古屋のこんなところまで・・・なんて・・・と、そんな想像と思いが、少なからずしている・・・。
・・・これまで毎年・・・夏が終わって秋がやってくる・・・それから冬が・・・と、この当然と思っていたことに異変を感じる・・・その夏の終わり方に、秋のやってくる様子に・・・なんだか緩やかなつながりがない・・・唐突なのだ。あるいは邪魔者が入り込んだかのよう・・・自然のいたずらか・・・夏の終わりと、性急な冬のはじまり・・・今年の季節の変わり目。・・・と思っていたが、四五日前から、紅葉が美しく、らしくなった、そう、秋らしく。この間に雨降りが二日、これによって、街路樹のトウカエデそれにハゼノキも一気に紅葉が進んだ・・・雨が紅葉をよみがえらせ、美しくなった。・・・これを書いたのは11月7日。
・・・寒くさえ感じる室温・・・先日、ホットカーペットのスイッチを入れても温かさが感じられない・・・なんど試しても・・・もう三日ほど、やはり反応がない、パイロットランプは点いているのに?
故障かしら、もう、だめかしら・・・買い替え???そう言えば、この夏のはじめ、扇風機・・・緑色のスタンド型扇風機がついに動かなくなった・・・数年前から羽根の回転が不安定になっていたが・・・残念ながら粗大ごみへ・・・。
このホットカーペットも同じころの購入・・・そう、古くなり過ぎたかこれも・・・次の粗大ごみの回収日、そのお願いすることになるのだろうか。
・・・古くなる・・・これを人などの生き物では・・・老い、老体に鞭打ちとか、老木が頑張ってる・・・なんていう、そう、老い、寿命ということ。
なんでも、古くなる、変化する、老化する・・・酸化なんていうこともある。疲労骨折とも、老いる、年月を重ねる、いろいろなことを経験する・・・そう、この歳月を経る・・・その途中・・・そこが、人で言えば人生か。
そう、人生・・・その過程で、あまりにもいろいろと経験する・・・僕なんか、いろいろありすぎて・・・次々と、降りかかってきて・・・耐えがたいことが多い・・・が、それに比べて愉快・楽しい・感激・・・なんてことは少ない。
・・・殊にこのリュウは、なんて不運続き・・・間が悪いのかしら、なんて思ったりもする・・・。
全くの不運続き・苦労続き・・・それでも、そんな人生でも・・・時には、ふと、瞬間にしても、感じる喜び、感激・・・大げさかもしれないが・・・風景や人のかかわった光景、人を含めた生き物の声・鳴き声・・・そうそう、幼児の声、叫び声や話声,泣き声・・・呼び声、このよび声なんか・・・ぱぱーぁ・・・ママーァ・・・まってー・・・なんて、よく聞く・・・道路の向こうの歩道・・・殊に女の児?・・・聞いてても、というより聞こえてきても・・・と、いうべきかも・・・その口ぶりに、その母親のくちぶりなんか想像できてしまう・・・。そんな幼児の声・・・これなんか、僕にとっては宝物みたいに思える・・・そして、そんなとき、この世の幼児はみんな僕の孫と・・・思い、いとおしくなる・・・そう、声だけ・・・それだけで、この独り者の心に・・・じわーっと・・・そう、心が熱くなって・・・あ-あっ、人間ていいなあーっ・・・て、思う。
そんなもの、瞬間のこと・・・アッという間もなく通り過ぎていくこと・・・あるいは、月光・月齢・日の光の移り行く様・雲の流れいく様・かたちがかわりいく様子・星座・ふと感じる風・・・雨の音や、木の葉が風に鳴る・・・夜遅く、落ち葉を鳴らして人が行き過ぎる・・・春の花のかおり・・・紅葉・目も前の里山、都会に飲み込まれたこの里山の存在とその四季・・・風花・・・なんて、雪のちらつきも、雪虫なんていうのもある・・・と、思わぬ瞬間や時の流れの中で・・・心に残ること、残っていること・・・がある。
・・・そう、こうした感性・・・これ、この僕を生み育ててくれた父母・・・そう、いってしまった連れ合い・・・そのおかげなのだろうと・・・よく思う・・・祖母・・・そのふとした・・・何となくぎこちない、それでいて、ふとした慈しみ・・・その気配、所作・・・こんなこともよく思い出す・・・そう、この感性の湿り気があるこの心に・・・。
・・・こうして、独り生きていること・・・病弱だった母の、それを支えた父の・・・僕を含めた子供たちと・・・思い出・・・最近、絶えず思い出すさまざまな・・・こと。
・・・????・・・。
・・・それを思えば、つらいことや悲しいこと、苦痛や痛み・・・そのことよりも・・・心に触れた、あるいは触れていった、何かが残していった・・・些細な喜び、うれしいこと楽しかったことの方が・・・このリュウでさえ、ずうっと多い。だから、こうして、ささやかでも、弱弱しくても・・・生きていられるのかしら。
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===目次===
11/07  ・・・一週間が、新幹線がすれ違うように、一瞬に・・・
11/09  ・・・そう、基本へ戻ります・・・
11/12  ・・・ハゼノキの紅葉・・・
11/20  ・・・こうした身近な紅葉の風景も捨てがたい・・・
11/30  ・・・そう、もう絶望的・この国・・・
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・・・一週間が、新幹線がすれ違うように、一瞬に・・・
11/07/Wed.
書き込みをしないで一気に11月半ばちかくまで来てしまった・・・スギテシマッタ・・・過ごしてしまった・・・ここのところ一週間が、新幹線がすれ違うように、一気に、一瞬に・・・行きすぎてしまう。
なんて早いんだとあきれるほど・・・行きすぎていく。これを実感するのは、土曜日ごとの掃除・・・日々の居間の掃除以外の・・・まあ、広くもない家、これは敷地が狭い故・・・縦に部屋を重ねた・・・階数だけ普通より多い住まい・・・そんな住まい故の・・・上り下りする頻度が高い階段の多い家・・・そのせいで、日常は居間食事キッチンのこのフロアーのみ・・・その各フロアーを掃除する土曜日・・・めぐりくる速さ・・・まあ、一週間という単位じゃなくって・・・一ヵ月・・・半年、一年と・・・過ぎ行く、このスピード・・・。
亡くなった人たちのその回忌・・・これも、ふと思い出すと・・・ええっ、そんなになるのって・・・その、法要も簡単というのか・・・リュウのお経で済ませてしまう・・・そう、いい加減にと言われても仕方のないこと・・・。
・・・去るもの日々に疎し・・・というけれど・・・この生真面目なリュウ?さえ・・・月日は百代の過客(かかく‐来訪した人・来客・行き来の人・旅人‐芭蕉・奥の細道)の如しと・・・芭蕉さんもいいました。そう、年月が癒すともいいますが、年月はまた忘却も誘います・・・。これ、致し方ない(すぐ自分を許してしまう・・・悪い癖)・・・残されたものは、老いていく・・・亡くなった人は、あの時の年齢のままなのに・・・なんて、自分を偽るというのか、許してしまう・・・言い訳をしていることに気づかないまま・・・すべきことを、しない、やらずに済ませる。
・・・これを一応反省するが、反省の行動をとらないで済ませる・・・。そう、ごまかしてしまう・・・心も行動も・・・自分に都合のよいように・・・これでは反省とは言えない・・・反省にはならない・・・か。
・・・とにかくゴメンナサイ・・・。
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・・・そう、基本へ戻ります・・・
11/08/Fri.
雨のち曇りだった今日、二ヵ月ぶりに京都へ、雨の中を出かけた・・・帰りは、雨はやんで・・・といっても、とんぼ返り・・・逝ってしまった人たちに、ちょいと一言・・・まあ、声をかけに・・・というのか、日ごろは、位牌に向かって一言二言・・・独りごとを言っているが・・・それを、わざわざ京都まで出かけて、つぶやいてくる・・・。
ご苦労様・・・。
なんとバカゲタこと・・・とも思う。せっかく京都まで出かけ・・・親鸞さんの御廟と、お隣の八坂神社と、ちょいと離れた辰巳稲荷・・・ここは外さないが・・・前回は、本山へ・・・猛烈な暑さの中・・・御堂の畳の上、あるいは庇の縁に・・・緩やかに吹き抜けていく風に・・・救われた思いで、長い時間を過ごしてきたが・・・今回は特別どこへもよらず、帰ってきてしまった。お土産は駐車場へ戻る途中、四条通から露地をちょいと入った”甘泉堂“の五色最中・・・ここは、定番・・・だけど夏場は作っておらず、大津サービスエリアで生八つ橋・・・と、お土産。
このお土産も一日二日、仏前へお供え・・・その後、冷凍庫へ・・・いただくのをすっかり忘れることもある・・・。
・・・まあ、実際、何処へ行きたい・あれを見に行きたい、これを聴きに行きたいということ・・・そう、興味、その対象が希薄になってしまった・・・いわば、途方に暮れた状況が過ぎて、放心状態・・・野っ原にポツンと独り取り残されて・・・何に向かって、どっちへ向かって・・・などと。
???いうなれば自分一人で行動することのむなしさ・・・が、常に付きまとっている。だから、家にいて何かをすること・・・これが一番多い。この間まで『額田王研究』この何度目かの校正に没入???してきて、時間を浪費???
今は、やはり毎日タイピング・・・しかしこれが、なかなかの難物・・・テーマは決めたが・・・出だしから、遅々として進まないでいる。最初の壁、これを突き抜ければ・・・と,頑張っているのだが、言葉の世界は難しい。
前回は、まず本題の解決から入って後に全体を柔らかく物語で包んだのだが・・・と、ここまで書いて・・・そう、先のやり方、進め方をやってみようと・・・ふと思った。
・・・そう、そんなに焦らないで、一つ一つを解決しつつ、全体の骨格を作っていこう・・・。そう、基本へ戻ります。
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・・・ハゼノキの紅葉・・・
11/12/Mon.
街路樹のトウカエデの紅葉ぶりがなんだか変だ。様子がおかしい・・・紅葉が進み終わらない間に、枯れ色に変わってしまう・・・いわば、病葉(わくらば)の状態・・・もちろん、それなりに紅葉を続け???完全に使命を果たす???そう、鑑賞に堪えるということ・・・そんなことは木自体には関係ないことながら、季節ごとに楽しみにしている僕のようなものには、木々の一本一本に期待してしまっている・・・それが目の前で”へたり込んで”病葉になって散りもせず枯葉病葉をまとっている姿は見るに堪えない。木としての年ごとにやり遂げなくてはならない、そう、生きていることのサイクルとそこに進歩・・・これは人の使命と同じこと、大げさだけど・・・期待される度合いはそれぞれ異なるのだろうが・・・。
でも、この紅葉の季節・・・うれしいこともある。我が家の正面、道路越しの斜面の下の方のハゼノキが、毎年成長しつつ、年毎に濃緑の葉を茂らせ、秋になると枝ごとに紅葉の“まだら”・・・変な言い方だろうが、樹形のあちこちから”真っ赤な斑“が出来・・・10日もすると、一晩で木全体が紅葉する・・・その瞬間?の紅葉は”赤黒”に近い。このころの紅葉は、他の紅葉する木々に比べ・・・異色・・・本当に異色・異なって、森の中で孤立しつつ、いやに、自らを主張している・・・それは、異端・・・受け入れられず、自らが孤立・・・この雰囲気、なんだか”怒っている“自らを・・・そんな雰囲気・・・確かに異様でもある・・・しかし、数日・一週間と進むにつけ、やや赤みが増して、他の紅葉に幾分なじんでくる・・・。
この”櫨・はぜ“の初期の紅葉・・・“赤黒”・・・赤に墨を混ぜ込んだような、その漆色の赤黒・つや消しの赤黒・・・この赤は、暗い新月の頃・・・意外にしっとりと・・・するのだろうと想像する、そう、この道路の街路灯・・・今年の初夏には、水銀灯からLED灯に付け替えられたが・・・この明かりがない状態を想像すると・・・日本の色“赤黒”・・・そんな、闇に潜んで・・・落ち着きのある、深みのある色・・・と、いえるのかも。
そしてもう一つ、ハゼノキ・櫨・・・これを、この森の中に新たに2本見つけた・・・。少し離れたところ、森が深くなった中腹・・・そこに離れて、一本ずつあるのを見つけた。紅葉の季節だから可能なこと・・・多分長年かかって、周りの木を“しのぎ・凌ぎ”自分の姿を現した・・・茂みの中の格闘・・・まだ樹形は小さいが、それでも紅葉し、自分を主張している。やはり、一種独特な紅葉だ。
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・・・こうした身近な紅葉の風景も捨てがたい・・・
11/20/Mon.
紅葉が進み落葉が続く・・・ハゼノキなんか、紅葉したと喜んだ途端、落葉が始まり葉群らに隙間が・・・というよりも隙間がまだらに広がって・・・あの濃く深い緑、やや異様な緑色・・・???その存在感のある樹形が・・・貧相になって、そう、僕の頭の髪の薄くなった様子・・・その情けなさ?!・・・本当だ、この気持ちは・・・。ことに、夏が終わるころから秋口・・・ふと気づくと・・・鏡の中の頭のやせ細った冬の風景にドキッとさせられる。そう、この数年・・・ことに。
ととっと・・・紅葉のことだった・・・そう、紅葉ばかりでなく黄葉・・・街路樹のイチョウ・・・これは、宵ごとのウオーキング時にその黄色というのか黄金色というのか・・・建物の看板の明かりや街路灯のナトリウム光線それに水銀灯・・・そして最近付け替えが進むLED街灯・・・それ等がこの黄色を逆行や順光に浮かびあがらせる。
・・・ことに、星ヶ丘三越のレンガ色の北面の外壁をバックにした立ち姿、そう、広い道路を隔てた北側のイチョウノ街路樹、これを、歩道の北、コンビニの駐車場からの眺めル、さらにやや西へ行って歩道上から振り返る、この斜めの夜景・・・。その天を突くように端正な姿も毎年のことながら見事だ。枝をあまり広げず、すっくと立つ・・・これ。街路樹用につくられた新しい種類なのだろうか・・・かつてのたおやかな枝ぶりとは違った姿だが、これもなかなかいい。
さらに里山の森のなかには様々な広葉樹・・・名前を知らない木々・・・喬木のコナラの林などがそろそろ色づき始めた・・・その黄色を背景にして、赤松のやわらかな緑の枝々が際立って、その姿の美しさに改めて見とれた。
そう、忘れていた・・・スポーツセンターの西、その新池というグランドピアノ型した遊水池の西側の岸辺、その堤の斜面のトウカエデの自生の群れが水面に覆いかぶさるような斜めに傾いたその姿・・・これが何ともいえない綾錦・・・ちょっと古い表現だけど・・・色がいろいろ??毎年やや遅くだが本当にいい紅葉ぶりを見せる。
バスで出かけた帰りのバスの右側の席から眺められるこの景色、やや遠めだが・・・自分の運転ではない、お任せのバスのことだから鑑賞できる紅葉の風景。ええ、これは絶品???絶景・・・捨てがたい。
・・・こうして、注意して四季の風景を見ていると、自然の姿に感動や癒されるというのだろう・・・こんなふとした・・・心に感じる一瞬がある・・・。また我が家の前のトウカエデの街路樹の並木の紅葉・・・これに目を止め、車を止め、自転車を止め、歩みを止め・・・スマホでパチリ・・・なんていう、人の風景もなかなかいいものだ。このバス通りもLED街灯になって・・・電線や街路樹の枯れ枝のすがた・・・その線状の影が・・・アスファルトの歩道に写る姿が変わった・・・そう、光源が一灯からLEDをライン上に並べた複数列になってできた影・・・これが線状のものの影を複数列の光源に数に並べて路面に写す・・・これは、この時代を新しく映していると・・・大げさだけど・・・感じた次第です???
そう、名所の紅葉もいいには違いないけど・・・こうした身近な紅葉の風景も捨てがたい。・・・そう、四季それぞれもね。
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・・・そう、もう絶望的・この国・・・
11/30/Fri.
曇り空から日差しが出て・・・窓の向こうの里山の黄葉・・・このコナラの林の見事な黄葉とその間に間に紅葉が、そして樫の濃い艶やかな緑と・・・気温が下がって・・・ようやく秋らしい風景となった・・・そして街路樹のトウカエデは・・・もう、お仕舞・・・落葉・・・幹線道路・・・表通りのイチョウも・・・ウオーキングの歩道に散ったイチョウの落ち葉・・・なぜか今年は、その葉がみな小さい・・・そして、落ちた銀杏も、小さい・・・そしてその銀杏の果肉の腐っていくにおいも無い・・・。今年は、この銀杏に見るように・・・イチョウに見える、毎年と違った様子・・・何かが変だ・・・。この高温続きだった異常な夏・・・40℃越えの日もあった今年の夏・・・そんなのが影響したのかしら・・・そう、人工物の中に置かれた・植えられたイチョウ・・・は、その異常を最もよく表しているのかも・・・。
・・・ここ数日、やや暖かい日が続いた・・・ありがたい・・・そう、小春日和・・・そんな風に言うことも今日で終わり??・・・明日から12月・・・小春日和は???12月では使わないかしら・・・でも陰暦の十月はまだ続く、そう、一週間ほど・・・きょうは11月23日・・・。辞書を引く・・・この前も辞書を引いたのに・・・その陰暦十月に入ったころ・・・今度は、陰暦の終わりを確認か・・・。とにかく、陰暦の十月中は使ってよさそうだ・・・(陰暦十月の異称・・・そう、日本では昔は陰暦だったから・・・当然か)。
こんなのんきなこと言ってはおれない・・・膝もとまで・・・軍国主義がやってきた。
・・・アベが牙を剥いた・・・と・・・そう、あの多目的揚陸艦・ヘリ空母・出雲・・・その改修を始めると・・・垂直離着陸戦闘機・・・そのために・・・牙を剥いた・・・これ、何かおキャスターが言っていった・・・確かに、これは、国民に牙を剥いたのだ・・・アベ・・・それを仕掛けた・・・ナカタニ・・・にんまり・・・汚いものら・・・これは、昔風にいえば国賊・・・昔風に言わなくたって・・・国民を欺き、米国へおべっかを使う・・・牙を剥いた・・・これは、確かだと思う・・・うそを言ってきたのだから・・・アベは。
・・・居直った・・・居座った・・・その、極右的独裁的専制的軍国主義の嘘つきヤロウ―たち・・・。
・・・ウソという鳥にも劣る・・・この国の政治屋ども・・・そう、もう絶望的・この国。
僕は、オリンピック・万博・・・反対です・・・この・・・観光客とやらで騒々しくなった・・・観光公害というのだそうな・・・そうすでに20年近く以前から・・・こんな傾向でした・・・僕にとっては・・・そう、好きな京都・奈良が・・・外国人で・・・あふれてました。清水坂が登り大路が・・・。
・・・そう、願うこと・・・「落ち着きある人の国・日本」・・・を。そう、風景も。
・・・今月11月・・・あまり書けませんでした・・・。
おとな喘息・・・悪化中・・・。視力・・・悪化中。基礎体力・・・減少中。
体調・思考力・・・なくなってきました・・・すべて・・・悪化中。
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・・・ミスタイピング、校正漏れ・・・多く、すみません。お元気で・・・師走になります,心せわしくなりますが・・・安全第一、健康第一、御身大事第一・・・ええっ!お金第一ですって?!・・・そうかもしれません・・・宝くじ当たりたい・・・。
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HITBIT 心もよう vol-104 October 2018

HITBIT[心もよう]vol-104 October 2018
このBLOG・・・途絶え途絶へ・・・そう、息も絶え絶え・・・にしても、何とか続いています。同じようなことを書きつらね・・・あなたには食傷気味?でしょうか。
・・・台風・・・これが先島の島々に近づき西南西にそして北西へと向かっていた矛先が一気に北東へと変わり、沖縄・奄美に沿って・・・四国そして本州へと・・・さらに、列島の中心部を一直線に突き進んで新潟あたりで、日本海上へ出てさらに東北北海道へと突進していく・・・このすさまじさ・・・24号台風は、本州に乗り上げると・・・時速96劼箸・・・ものすごいスピード・・・これ自体秒速26.6メートル・・・これに台風の渦自体の持つ風の力が加わって・・・さらにそれが渦巻いて・・・さらにその渦の東側の地位域は猛烈な風・・・と、妙なことを思いめぐらす。ええ、でもこうして90劼鯆兇─高速道路を制制限速度いっぱいで突っ走るトラックが台風となって、群れとなって、階層を成して突き進む、ええ、バカなことを考えてみるのですが・・・その風圧・・・それはトラック一台分が巻き起こす風の何万倍の暴風域・・・それが何層にもなって・・・わからなくなってきたが・・・とにかく何万台という高速道路を90勸幣紊覗るトラックのめちゃくちゃな数の塊・・・そのトラック群が雨の中をスリップして、すっ飛んでいく・・・台風の渦・・・そんな、ええ、暴風域・・・。
何ともまあ・・・馬鹿な事を電卓で、わけもわからなく、はじいてみる・・・そんなことまでやってみた・・・結局は何もわからなく・・・やめてしまったが・・・。
・・・そう、こんな愚かなことを、日常の中でやっているから・・・社会と隔絶・・・とり起こされていく・・・。・・・望むところだけど・・・遠心力で弾き飛ばされていくのは・・・この愚かなオレです。
それにしてもあわただしく危険だった、そう、“命の危険を体現して見せた平成30年の8月と9月”の自然の脅威・・・この平成30年・来年からの元号はなんとなるのかしら?・・・とにかく、なんとまあ、なすすべなく過ぎ去った2か月でした・・・。ええ、今年の流行語にしたい”命の危険“、これ、こんな言葉が日常的にラジオから飛び出してきたこの夏・・・完全な受け身・・・抵抗なんてできない・・・徒手空拳ああ、あののどかな麦わら帽子・ランニングシャツ・パンツとゴム草履、虫取り網を手に野をかける、その背景の空に丸っこい逆さ房状の入道雲さらにその背後の青い空・・・そんな、絵日記的な穏やかな夏・夏休み・・・だけど、今は幻想となった夏の風景・・・どこへ行ったの・・・そして、そんな子供たちもまた、この日本の夏の風景から消えて行って・・・冷房の図書館へ・・・大人はデパートやスーパーマーケットへ・・・そして、その日の40℃越えの誇らしげな看板がむなしく日本の街々に立ち並ぶ・・・巨大な温度計とともに・・・人っ子一人いない・・・灼熱の街頭・・・この廃墟のような街・・・これは、戯言を言っている場合じゃなく・・・そう、来年もこの日本列島を襲うことになる。
これがただのバカげた幻想・・・頭のいかれた老人のたわごと・・・嘲笑の渦が過ぎ去った後にポツンと取り残されたオレ・・・そしてそこは日陰一つない・・・街頭の広場・・・か。足元のコンクリートのブロックへつらって、ほほを伝い、あごから、鼻の頭から、噴き出した汗が・・・ポタポタと落ち黒くにじませるが・・・それもつかの間・・・。
・・・ああ、みんなどこへ行ってしまったの・・・?!?!?!?!?!
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===目次===
10/01  ・・・災害専用バンドとチャンネルが、なぜ存在しないのだろう・・・
10/02  ・・・“進化への希求”という人の“知”が持った“罪”・・・
10/04  ・・・日々、食のことに向き合っているからかしら?・・・
10/07  ・・・人は危険に満ちた密集にあこがれ都会を目指す・・・
10/09  ・・・ARGT・・・不調・・・?
10/10  ・・・そう、次の元号は・・・?
10/18  ・・・思い出・女子Mさんと和風荘の人たち・・・?
10/19  ・・・総理大臣の詭弁や本音が、国家を危うくしている日本・・・
10/26  ・・・アベのツヨキノコトバ、日本ガアヤブマレル・・・
10/29  ・・・ビールみたいにキンキンに冷やされていく手足・・・
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・・・災害専用バンドとチャンネルが、なぜ存在しないのだろう・・・
10/01/Mon.
昨日9月30日、日中は全く静か・・・そう、嵐の前の静けさ・・・そのものだったが、宵が深けるにしたがって緊張が高まってきた・・・ラジオからは、24号台風の位置情報、進路予測が流れる。それに台風25号がマリアナ諸島で発生とも・・・なんとまあ、あわただしいこと・・・と感心そして、心の底の恐怖???空路はもちろん陸の鉄道そして高速道路・・・次々と、運行取りやめ、通行止め・・・と、さらに早めの帰宅を促す・・・。そして、計画運休なんて言うそのことに戸惑い?
放送・・・そのラジオ・・・本来の番組はバラエティ番組なのだろうか、にぎやかで節操のない放送???・・・そう思ったのは確か・・・その番組に割って入っての台風の状況の放送・それに定時ニュース・・・と、落ち着かない・・・。
そう、ラジオ・TVともに、この災害頻発国日本に・・・ニュースと気象情報・船舶航空機への気象通報・交通情報・・・の、専用バンドとチャンネルが、なぜ存在しないのだろう・・・ここのところの、地震と台風の頻発・・・そんな放送を聴いていての実感だ。
・・・世間知らずの僕、それがこうして不満げなことを口にするのは憚られるが・・・これは、俺だけが知らないだけのことで、実際には専用バンドとTVチャンネルが存在するのかもしれない・・・。
枕元の古いラジオ・・・かつては、3チャンネル分のTV音声も聞けたが、最近は受信できなくなった・・・何かの機能が変わったなとは思うが・・・とにかく、何もかもが変わっていくこの世の中・・・世間と距離を置くように暮らしてきたが、その度合いがどんどん大きくなる・・・もちろん、これは自業自得。
・・・まあ、それにしても、今朝・今日・・・は、なんと平穏・涼しく、静か・・・か。
・・・先の21号だったかな、その台風では、多くの木々の落ち葉や枯れ枝それにひ弱な枝などと・・・歩道を埋めていて、台風の去った翌日、落ち葉が“しおれる”のを待って、夕方に奮起して歩道の大掃除をやったが、昨日の27号大風ではわずかなもの・・・朝早く起きて、掃除を覚悟で表へ出てみたが・・・拍子抜けと、”ほっと“した心地。
そう、落ち葉や枯れ枝それにひ弱な枝など・・・幹から引きちぎられ、飛散し積もった・・・こうして台風・大風が森や林の・・・年に一度、数年に一度の大掃除・・・木々の余分な葉や枝を叩き落し、あるいは虫なども吹き落としてくれているのかもと・・・そう、稲が育ち花をつけるころの雷・稲妻が・・・その稲に付く虫を退治すると・・・もちろん稲の花を吹き散らしては・・・不作となるが・・・そんな効用というのか威力があるというが・・・恐ろしい台風・大風にも・・・自然の摂理とまで言わなくとも・・・その生命の循環の一役を台風・大風が担っているのだなと・・・改めて感心する。
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・・・“進化への希求”という人の“知”が持った“罪”・・・
10/02/Tue.
・・・昨日の続きのようだが、こうして台風がたてつづけにやってきて思うことに、木々の枯れ枝やひ弱な若枝・・・それに立ち枯れの木が台風によって引きちぎられ、なぎ倒されて・・・一種の掃除がされていく。そう、こうした大風・台風なり季節風なりが吹き荒れ、よわいもの枯れたものが振り分けられて消え去る・・・自然界には、感情を込めないで容赦のない”掃除“のようなことが次々と起きていく。
ところが、人の世界ではその弱者ともいえる人の危機に、他者が自然の強引な淘汰の力に様々な方法で抵抗をし、助け合っている。
ただ、ここには創造主が仕掛けられた”人の命の限界・寿命“それが、いくらかの限界の違いをなしつつも厳粛に実行され、生が絶たれていく。
・・・人とは哀しく面白いものだ・・・しかし、そんな”助け合っているもの“が、国、国境というものが異なるだけで・争い・侵略・をする。それは、人以外の動物界での縄張りというものを守ろうというのだろうか・・・そこに子孫を生す本能なのだろう・・・その境界、縄張りと群れという動物の生きる本能の根本的な意味・・・多分、そうなのだろう本能、ことに、同じ種の間における縄張り・・・そこに君臨する”雄“・・・その、成りあがった雄として、成り上げってくるものを排除しつつ”守り、戦い続ける“これ・・・そして、老いてあるいは傷ついて・・・去る。その末路の死があるのだろう。
・・・それにしても、人の世界ではその弱者ともいえる人の危機に、他者が自然の強引な淘汰の力に様々な方法で抵抗をし、助け合っている・・・これが人間としての”善”なのだろう・・・ここまでは、人以外の動物の世界と同じ・・・種の中における、さらにその中の家族・族の一人・・・しかし、このつながりが、人種や国境があることによって・・・紛争・戦争・・・という“なぜいがみ合うのか”理解しかねる日常・・・その、人間としての”善”なのだろうそれを忘れた・・・紛争・戦争・・・。
・・・これ、このことが動物の頃の縄張りの記憶・・・として、人間に表出するのか。
・・・しかし、人としての自然界における一つの“種”のはずなのに・・・言葉や皮膚の色の違いや同じ人間の間での殺戮・・・紛争・戦争・・・を、始めてしまう・・・やってしまう・・・その“愚か”ともいう命の消耗・・・。これは縄張りと子孫の保持・・・という、生き物としての根源性を逸脱、動物とは違った・・・殺戮・・・紛争・戦争・・・という、結果への恐ろしい過程を引き起こすこれ・・・これが、創造主が人に仕掛けた現在をこえた・・・人の為した自己創造・・・これは、人の危機に、他者が自然の強引な淘汰の力に様々な方法で抵抗をし、助け合っている・・・その対極として、創造主の思惑から逸脱し発展してしまった、人が新たに作り出した・・・”善“と”悪“・・・結果として”罪“を背負ってしまった”人“という”もの“なのだろうか・・・。
そう、人が人を殺すという・・・“精神の敗退”・・・“人としての敗退”・・・それが、戦争と武器・・・その究極の・・・”原爆”核兵器・大量殺戮の武器・・・どうしてもこれを止められなかった・・・創造主をしても止められなかった・・・そう、この人の世界ではその弱者ともいえる人の危機に、他者が自然の強引な淘汰の力に様々な方法で抵抗をし、助け合っている・・・という、善の行為の裏にある人というものの、創造主が予想もしなかった・・・“進化、いや進歩への希求”という人の“知”が持った“罪”だった、これこそが、原罪なのかしら・・・と、考え考えしつつタイピングをし・・・おぼつかなくも考えた。
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・・・日々、食のことに向き合っているからかしら?・・・
10/04/Thu.
・・・体調が芳しくない・・・短い周期で手のひらを反すように、好調と不調が入れ変わる。何とも手におえない・・・自分のことなのに?
そんな不調・・・ベッドを抜け出せない・・・疲れが寝ている間に体中に溜まっているのだろうか・・・疲れに押しつぶされそう・・・心も・・・朝が来る度に。
今朝もそうだった・・・しかし、なぜか、何か月も気になっていたキッチンのコンロの油じみ・汚れ、それにカウンターの汚れも・・・それを、意味・気力も無く始めて、先ほど済ませた。1時間を少し超えるほど・・・腰と背筋が痛くなって・・・このこと、キッチンのカウンターの掃除、これに気づいた、自分自身が不思議・・・ここに今はあるオレ。
・・・考えてみると、何か月もといっても二か月ほど伸ばし、ほったらかしにしてきた、気が付きながら・・・それが、自分自身のなかに“わだかまり”・・・罪の意識?それほどでもないのだろうが・・・となって蓄積・・・この小心者の心へ圧力をかけ続けてきたのだろう・・・そう、こうして”やり終えて”みると・・・疲れたにもかかわらず、パソコンを起動して、こうしてタイピングする気力を呼び起こしている。
・・・構想を練っている”今の課題“・・・もう半年いや一年以上もまとまりなく心の底に溜まってきた、それへ・・・少しだが、この立ち仕事の間に・・・先日来のいくつも心に沸いたこと”ひらめき”が、まとまりを成してきたのだろうか・・・心の底が少しクリアーになって軽くなったような・・・そんな、心地になった。いい具合にまとまっていくとよいのだが・・・。
・・・そう言えば、建築設計・・・その構想を練る時・・・いつも拝聴を崩していた。
自分自身の記の小ささ、繊細というと聞こえもいいが・・・能力のなさに、押しひしがれていたのかもしれない・・・そう、今思えば・・・。
・・・先ほどから雨音がし始めた・・・昨日の天気予報では、今日から四五日、雨降りが続くそうだ・・・。降ったりやんだり・・・。
夏が去りつつある今・・・こうして度々の台風と幾日も続く雨降り・・・台風と長雨・・・秋を前にして・・・こんなことがあったのだろうか・・・過去に?
・・・農家はお米の取入れ、野菜の取入れ、果物の収穫・・・たぶん、取入れや収穫には・・・日差しがしばらく続くことが必要だろうに(こんなことを思うのは、今の自分が主夫であること、そう、日々、食のことに向き合っているからかしら?)・・・そう、かつてサツマイモ農園へ芋堀に出かけた・・・数年続けたが・・・そんな芋畑でさえ・・・土が乾いた気配・・・少しの湿り気はあるがパサパサとした土の感触・・・その畝の芋堀の楽しさ・・・土の湿り具合、乾き具合・・・そう、小さなショベルにくっつかない程の・・・農家は、そして漁業者にしても、この連日荒れる海・・・やはり天候が気が気ではないのではないのかしら・・・。
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・・・人は危険に満ちた密集にあこがれ都会を目指す・・・
10/07/Sun.
・・・天災が多い・・・と、思う。
とはいえ、風水害や地震に対しての研究もなされていているし・・・実際の対策もがなされてきている。
僕はここ10年ほど古事記や日本書紀を読む機会が多いが・・・その記事には今日以上に様々な天災が頻繁に起きていた記録が出てくる・・・これに加えて、今日ではあまり体験しない、奇怪な現象もが、自然や日常生活・・・例えば宮廷生活に、貴族の生活における怨霊の跋扈や氏族間の殺し合いといったことが日常茶飯時に起きている。
・・・そう、この日本の古代に・・・まあ、今日的な日本では考えられないような悲惨で、凄惨・・・血なまぐさいことが・・・繰り返し繰り返し起きる。
古事記・日本書紀・・・これはいわば国記に載っていること・・・そのほとんどの記事は・・・大王を中心とした記事ではあるし、またその周り、いわば支配者間に起きたことがほとんどであるけれど・・・そこにおける自然現象、災害は・・・これは大王以下浮浪のものにまで差別なく降りかかる・・・自然現象だ。
・・・そんなところから想像できる悲惨なもの・・・今日の日本ではあまり考えられないものに・・・旱魃(かんばつ)・・・がある・・・そう、日照りが続き川や溜池の水が無くなり・・・作物がやけ枯れる・・・なんてこと・・・それに巷が翻弄され、神がかったものが神に祈るに際して・・・牛馬をささげるなどということが起き・・・支配者がこれに驚き・・・いわば、官制の呪祈・・・大王が祈る・・・天つ神に・・・その雨乞いの斎祀が執り行われる・・・なんてこともあったようだ・・・。この旱魃によって初めに犠牲になるのは・・・社会の最下層・・・浮浪の者・・・支配者にはその有様が気にも留められなく・・・対策や救済の対象ともならない者たち・・・この者らがまず犠牲になる・・・その有様は、飢饉時の巷のありさまとして地獄絵をしのぐ悲惨さとして絵巻などとして残されている。
・・・これは近世まで続いた・・・そう、都会ばかりでなく・・・それ以上に悲惨な状況として農山村に飢餓は起きていた・・・こんな有様・・・現代にそんなことが起きることが想像されることもなく・・・表立った警戒や対策が取られてはいない・・・そう、旱魃ならぬ巨大地震や大津波・・・風水害と、近年の日本に立て続けに起きている災害、これが実は、いつ起きても不思議ではない、地球の温暖化による天災・・・の現実。
何度も書いているように・・・国破れて山河あり・・・その山河が、国よりも先に無くなる・・・心のよりどころさえなくなる・・・各個人のアイデンティティー。これさえもが失われる・・・それ、故郷・・・。しかし、さらに消滅する予兆に満ちているのが・・・大都会だ・・・そう、東京・大阪・・・この超過密高層化した・・・人口密集地域だ・・・。
・・・しかし、それでも人はその危険に満ちた密集にあこがれ、紛れるために都会を目指す・・・その山河の故郷を後にして・・・。
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・・・ARGT・・・不調・・・?
10/08/Tue.
ARGTの排気音が9月末から、ボコ・ボコ・ボコ・・・と、それにつれてフロアーパンから、その音とともにシートに妙な突き上げが???と、ディーラーへ出かけた・・・バッテリーが交換の時期になっていたのを思い出して・・・新しいのへ取り換えたほうがいいかなと思って・・・やはり、交換となったが・・・在庫なし・・・タイミングベルトも心配だし・・・、木曜日・・・交換ついでに担当メカニックと相談することになった・・・。
・・・老いてからの車の維持・・・これは負担だ・・・しかし、車がないと独り者は何かと不便だ・・・しかし新しい車は買えないし・・・ということで、修理しつつ乗ろうと決めたのは昨年・・・そして大修理をしたが肝心のバッテリーとタイミングベルトはもう少し先延ばしにと・・・これが、ここにきて必要になったか・・・まあ、致し方ないか・・・と。それでもこの車への愛着は変わらない。メカニックはタイミングベルトはもう少し先延ばしにと・・・これが壊れたら廃車かなとも僕自身も思った・・・。
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・・・そう、次の元号は・・・?
10/10/Wed.
・・・きょうはもう10月10日・・・日めくりによると・・・炉開き・猪の子餅(猪の日に食べる餅だそうな?)・・・そう、夏は完全に終わって、茶席では風炉(ふろ)は仕舞って炉畳を外し炉框〈かまち〉を置く・・・炉開きだ・・・。
本来、陰暦の暦では、これより一月ほど後へ、ずれるのだろうけど・・・まあ・・・。
こまごまと移り行く日々に、行事やら習いが付いて回る日本の日々の暮らし・・・これをすべて忠実に追いかけ・・・いや、先走っていたらそれだけで疲れて、生活はおろそかになる・・・まあ、それを生業にしている人は別にして・・・それでも、心豊かに、この行事を積み重ねていく人、家庭・・・暮らしもあるのだろう・・・そう、僕はそんな生活とは、今は無縁だけど、こうして日めくり暦で、その生活の中の行事を追っている・・・。そう、質素な生活だった・・・父母ともに、そのささやかな日常にも、気に掛ける日常・生活があった・・・。
今では・・・生活には・・・夏支度そして冬支度・・・夏布団と蚊帳(蚊帳は今はない)そして冬布団と寝具もまた・・・ええ、着物も・・・また・・・と、書き出したら限がなくなる。
・・・ここまで書いて今年もまた思い出した・・・そう、毎年のことながら丸善へ行って・・・来年の暦を、そして手帳とと・・・さらに、月ごとのカレンダーは無印良品へ行って1週間が月曜から始まるカレンダーを買わなくちゃと、夏の盛りに思っていたことをここでおもいだしたのでした。
そう、来年から変わる元号・・・天皇の退位と即位・・・ええ、これなんぞ、なかなか出会えないこの国の、ある意味での大きな転換点・・・あの平成の元号は、昭和天皇が亡くなられ(崩御)・・・あの、当時の小渕総理が元号を掲げたシーン“平成”・・・あれから30年となるのか・・・これも国民の大きくて静かな関心事だろう・・・。
・・・言ってみれば、これは今上天皇の発意・・・なかなか味なことをなさる・・・そう、譲位ということ・・・皇太子があまりに年を召されてはとのご判断・配慮か・・・。
・・・世間、最近は西暦をよく使う・・・しかし、日本が国記を書き継いでいくためには元号は絶対に必要なもの・・・これ、元号と西暦を併記する・・・このことは必要だろうと思う・・・。そう、僕が書いた『額田王研究』・・・この研究の範囲では、元号はまだできていない・・・ただ大王の存在した「紀」・・・これを書き進めていて、強く思ったことだ・・・この元号の存在・・・僕も昭和と平成を生きてきた、その間に、世紀も20世紀の“ミレニアム”を経て21世紀へとなった・・・そう、次の元号は・・・?
ミレニアムの日、僕たちは奈良東大寺にいた・・・そして、何やらすごい強風が吹いて、大仏殿の屋根・その四隅に釣られた“風鐸”が・・・異様なくらい“ごおおおん・ごおおおおん?”と、鳴っていたのが、今もって、この耳の奥に残っている。そしてその夜、大みそかの夜・・・京都五山の送り火が・・・真冬の寒気の中に次々とともされるのを・・・遠望できた・・・。そう、御霊送りとは違った季節・・・それもが、今も鮮明に思い出される。
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・・・思い出・女子Mさんと和風荘の人たち・・・?
10/18/Thu.
インフルエンザの予防注射・・・毎年続けている・・・そのおかげかどうかわからないが、インフルエンザに罹らないで過ごせている・・・。まあボクにとっては必要な予防だ。そう、呼吸器官が極端に弱い・惰弱・・・母もひ弱なひとだった。
僕の独身時代・・・さらに独り住まいの身・不摂生・・・高熱を出して寝込むなんてことは、惨めこの上ないことだ・自業自得・・・。
・思い出・・・K先生へ師事した修業時代・・・あのころ、たぶんインフルエンザなのだろう・・・下宿、二階の一部屋・・・寝込んでいたこと・・・医者へも行かず、食もとらず、銭湯へも行かす・窓も開けず・・・有り合わせの風邪薬をのんでただ寝ていた・・・。
何日か・・・熱がひいて咳も止まり・・・ほっと・・・そんなとき、事務所から様子を見に来てくれた事務の女子Mさん・・・たぶん、締め切って熱っぽい男の部屋の空気に驚いたことだろう・・・けど・・・無精ひげをそり・・・ひげはもともと濃くない、申し訳程度・・・そんな身を整えて・・・ふらつく足でお茶を飲みに出かけ、駅まで送った・・・。そういえば同じころ・・・隣室の女子Mさん・・・どちらも、Mさん・・・Mさんてこの身の周りには多い、連れ合いも??・・・僕の病気の気配、それを気遣ってか、様子を見に来てくれ、さらにお粥まで差し入れてくださった・・・そんなことがあったと・・・思い出す。それに、向かいの部屋の若いご夫婦も・・・。
そう、いつも不規則な生活のリュウの様子・・・朝は7時半ころ下宿を出、帰りは最寄り駅・四谷・・・中央線の終電に間に合うように事務所を出、代々木で乗り換え、山手線で目黒へ、そこから目蒲線と・・・と、時には徹夜明けで帰ってくる・・・・そんな気配を気遣ってか、ドアを開け、僕の様子を見る・・・。
そう、その隣室のMさん・・・僕が大阪万博の現場への出張中、何か月ぶりかで帰ると・・・住人が変わっていた、その男の大学院生・・・Eさん。・・・そう、きちんとした礼も言えなかった、女子Mさんへ・・・が、そのころ、1970年の直前頃60年代の終わりころ・・・68年69年・・・東京のようなごちゃまぜな世間にも・・・そう、世間には、人情があった・・・。対して、不人情・不義理なオレ・・・そんな”受けた恩”に報えることのなく過ごしてきたあのころ・・・?今もか???そう、修行中の身・・・給料といっても、お土産も買えなかった・・・。 
青年期の思い出だ・・・。それにしても日常的に懐かしく思いだす・・・あの頃のこと。
そう、あの下宿の部屋は一二階で八部屋ほどだったか・・・和風荘といった、大家さんは木下さん・・・大家さんの娘さん夫婦とお子さんが一人・・・が一階の一部屋に。忘れはしない・・・屋は炉常に孤独だったオレです・・・そう、東急目蒲線の武蔵小山と西小山の中間ほどにあった・・・。そう、この、下宿を世話してくださったのは、母のいとこ・・・伊左衛門さん・・・そんな仲立ち、から僕のことを知ってみなさんが気遣ってくださっていたのかも・・・そう、その伊左衛門さんへも、結局、お世話をかけっぱなしで・・・帰ってきてしまった・・・この不義理者のオレです。
・話は現在のことへ・・・午後から、先日書いた日めくり暦と来年の手帳を買いに出かけた・・・これも季節の恒例・・・もう何十年続けていることか・・・。手帳に書き込む事もそれほど多くはないが・・・そう、書き込むこと自体、すっかり忘れていることが多い・・・ええ、根本が成っていない。
でも、これで一安心・・・気がかりが一つ減った・・・残ったのは、無印のカレンダーだけ。
・・・毎日閉じこもってばかり・・・そんなある日・・・突然行動を起こす・・・ささやかだけど・・・が、今日もこうして。
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・・・そう、名古屋は今、夏と秋の季節のはざまにある・・・
10/19/Fri.
今日も雲が多い・・・秋が深まっていく・・・トウカエデはずいぶん紅葉している。
ハゼノキは、それほどでもないが、今年もよく育って大きくなった樹形の深い緑の中に、20僂曚匹留澤舛凌燭胆屬砲覆辰人娵欧譴糧辰いくつもできた。ハゼノキは”秋はまだまだ浅いよ“といっているのかしら・・・でも、ぼやっとしていると,一気に紅葉が進み驚かされる。
この夏、里山の中腹の常緑広葉樹に囲まれ枯れてしまった赤松、それが点々と数本・・・、
でも、枯れずに残った赤松の喬木・・・ほっそりとした赤い幹、すくっと立ったその姿が何とも美しい二本の赤松・・・十数メートルの高さ・・・30mほど離れて立っている。それぞれ、その頂部3mほどに枝葉をのこして、下のほう根本まで枝はない。・・・その中間ほどに、同じ高さながら、低いところから、かっこよく枝を張っているのが一本・・・赤松はこうしてすくっと立つ樹形のものと、盆栽風、といってもずっと大きいが、ぎゅぎゅとねじれて風景を作るものがあるのかしら・・・種類が違うのか、育つ場所によるのか・・・そんな姿の違いがあるが・・・。そしてもう一つ気づいたことに、赤松の葉・・・それは黒松の葉より・・・明るい、そう、なんだか春の新芽からやや時間を過ぎたその若葉、といった感じだ。
そういえば、昨日だって26℃の夏日だったとか・・・。買い物帰りに見た地下鉄への降り口の向こう、東北東、ビルの狭間に入道雲が立ち上がって夕日に染まっていた・・・地下鉄口の花壇にブロンズの像・自転車に乗った・・・それ。それが、その赤くほんのり焼けた入道雲を背景にして、・・・そう、いい景色、いい構図だったが・・・カメラは持たず・・・最近カメラを持ち歩かなくなっていた・・・残念。でも・・・目にしっかりと焼き付けた
そう、名古屋は今・・・ようやく、夏と秋の季節のはざまにある・・・。
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・・・総理大臣の詭弁や本音が、国家を危うくしている日本・・・
10/19/Fri.
先日、元防衛大臣・・・ナカタニ?・・・とか言った・・・それが、防衛費について、ロシアの防衛費は・・・17兆円余、日本は5兆円余・・・日本はもっと防衛費をふやさなければならない・・・と、公言した。
驚いた・・・日本の防衛費5兆円余・・・これさえトンデモないこと・・・なんと巨額なこと・・・それなのに・・・また、なんてことを軽々しく口にする、顔に似ず軽々しい男だと、心に思った・口には出さず?・・・この元大臣は、先月だったか、その前だったかにも・・・アベに空母保有の進言書(正確ではないがそんな内容・・・)なるものを提出したというニュース・・・があったばかり・・・。元防衛大臣だからといって・・・武力による防衛ばかりを、石頭的に考えるのではなく・・・柔軟な頭となって・・・平和的な近隣国との存在として日本が進む、存在することへの進言こそ・・・元防衛大臣・・・その人として頭を回転させ・考え・言葉を発することが必要ではないのか・・・。
・・・それにしても、5兆円余・・・の国防費・・・道理でいつの間に建造したのか・・・日本・海上自衛隊の最大の巨艦・護衛艦“かが”・・・とかいった(なんとなく平甲板の空母風??舳先の写真しか見えなかった・・・が、本物の空母?・・・先の”いずも”というヘリ空母の出現という・・・驚き)シンガポールへ進出して見せたという・・・ニュース・・・ニュースによれば、中国が南シナ海にいくつかの橋頭保を築いたことへの牽制のためということらしい・・・そう、近年あらわになってきた・・・帝国観的専制的なロシア・中国・アメリカ・・・この無法者みたいなやつら・その国らに伍していこうと考え、国家防衛と武力の増強を狙うこれ・日本の総理大臣や保守党議員・・・そう、それ、なんと、力には力・・・際限のない軍拡競争へまっしぐらな総理大臣にへつらう元防衛大臣・・・それだけをこのナカタニ?の頭の中にはないのだろうか。危険極まる考えの防衛大臣だったと・・・改めて”ヒヤリ“と背筋が寒くなる、そんな感覚を持った・・・。いや、過去形ではなく、現在進行形で武力の拡充論を到るところでぶちまけているのだろうか・・・その武力拡充を狙って活動しているのだろうか。
いま日本はそれどころではない・・・そう、福祉と教育・・・それに加えて、国土強靭化・・・そう、高齢者率がどんどん上がっていくこの状況に・・・防衛費を削り込む・・・少しでも多く、福祉・教育のために、災害に強い国土のために・・・国家予算を組まなければならない・・・今・・・石頭的な防衛構想。
・・・国民と国家・国土を災害から守らなければならないこの21世紀の日本。
自然災害によって国土が、そして国民と企業が消え去っていこうとしている今・・・すなわち、武力によって守ることができる、することができる、その対象(山河と国民)が消えつつある、守るものが無くなる今・・・防衛力を増強する・・・その愚行。
・・・第二次世界大戦・太平洋戦争へ突き進んだ軍国主義国家化していた旧帝国日本の姿が今ここに再現されつつある・・・突き進むアブナイ総理大臣アベの存在。
何度も言う・・・こういった国会議員と首相の危険なものの考え方、国を危うくする、それ。・・・国家の未来をどうするのか軍事国家とするのか・・・福祉国家とするのか・・・今、岐路にある国家像・・・、僕がここに何度も書き連ね提唱してる”永世中立国・日本“・・・こんなビジョンを・・・描く・・・そんな国民・大衆はいないものか・・・。
さらに、50年代60年代に日本に沸き上がった、そう、若者に沸き上がった・・・憂国の叫びと行動・・・そう、立ち上がれ若者・・・傍観するのではなく・・・声を上げよう。
いま、日本の若者は“骨抜き・・・霊抜き(本当は〇〇を抜かれた、と書きたかった)となってしまった・・・。国家や社会・生きるとは・そこに必要な思想とは・・・との、自己への問いかけ・社会への問いかけ・・・それが無くなった・・・心が亡くなった?のかもしれない・・・。そう、就職・・・そんなことは、真剣に考えたことがなかったリュウ・・・です。それで、世の中から取り残された???でも、生きてきたし今も質素・心細いが生きている・・・この不思議。
・・・永世中立国だって、徒手空拳では存在できないかもしれない、しかし、それに向かって国家を建設していくという考え方、地球における存在の仕方、国家としての日本の像・・・それに民族としての日本人・・・を、考えていきたい、それも早急に・・・総理大臣や防衛大臣の”詭弁”や“本音”・・・そのすべてが、国家を危うくしている今日の日本だからこそ・・・今。
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・・・アベのツヨキノコトバ、日本ガアヤブマレル・・・
10/26/Fri.
昨日そして今日・・・快適な気温。
・・・季節・・・自然の脅威ということもあるけど・・・自然・・・そう、この緑豊かな環境に・・・質素でひ弱だけど、生きて居られて仕合せだ。
そんな人間にとって・・・世の中の人は元気が良すぎる・・・そう、総理大臣から市井の一個人まで・・・。そのせいか・・・総理大臣アベは、”強い”のが好きなようだ。
数日前??・・・臨時国会の所信表明にも・・・“強い日本にする”と声を張り上げた。(ツヨイトミミニニノコッテ、ゼンゴノコトバガギャクカモ???)
・・・“強い日本にする”・・・とは・・・どんな日本だろう・・・日本の何を強くするのだろう・・・。
オリンピックを二年後に控え・・・オリンピック選手を目指す選手たちは・・・イマヨリモサラニ、より、強い自分自身を目指し鍛え、トレーニングを重ねている・・・もちろん目指すのは表彰台の中央・・・一番高いところに立つ・・・センターポールに日の丸を掲げる・・・それは金メダル・・・ですと、はっきり言ってのける・・・そう、スポーツに限らず・・・あらゆる場面が”競争“・・・競い合って、ヨクイエバ、いわば切磋琢磨し相手を押し倒し、抜き去り、自分が先頭を切ってゴールする・・・テープを切って走り抜ける。
・・・本当は他人のことなんか押しのけ蹴倒し踏みつけて自分が一番先に躍り出る・・・そう、なんたって・・・なんでも・・・トップだ、今の世の中・・・競争力・闘争心・人のことなんか気にかけていられない・・・突っ走ってトップに躍り出るのだ・・・と、闘争心をあらわにする・・・そんな若者もいる・・・が。
・・・日本国民の精神の在り方・・・少し、いや、大変、変わった・・・。控えめだった国民性が・・・はっきりものを言い、はっきり心のうち・・・を、あらわにする。乳幼児からして・・・。
・・・これはいいことだと思う・・・すこし、危なげに思いつつ、そして、かつての控えめな日本人の性格を懐かしく思いつつだけど・・・。
これに対して・・・アベの言う、日本を強くする・・・とは何を念頭に言った・口走った・声を張り上げた・・・のだろう???一方で”憲法を改正する”とはっきりと表明。改正???改悪であろうに・・・昭和憲法に手を付けるなんて・・・。
マッ、この二つをひっくるめて”日本を強くする“意志なのだろう・・・これは不気味だ、危険だ・心配だ・・・日本の行く末が心配だ・・・これでは真っ暗だ・・・先行きが。
”強くする”・・・それは、軍備をさらに強化・・・さらに軍事費を増額する・・・そう、ナカタニの言ったように・・・周辺国に負けちゃおれない・・・どんどん増やそう、この三年間で・・・そう、在任中にやって見せる・・・なんて、途方もないことを、考えているのじゃ???・・・できれば、さらに3年、総理大臣の椅子に座りたい・・・いや座ってはおれない・・・走らなくっちゃ、俺は・・・なんて、無責任にも思っているのでは・・・アベ・・・トランプの行く末を見据えつつ・・・そう、ニカイなんてのもいるし・・・二階ヘオシアゲテクレルカモネ、若手の陣笠どももへつらって・・・ナンテ(この不気味さ!)、ムズむずムズシナガラオモッテイル・・・セケンノ4センナンテアリエナイコトトノオモイヲ・・・ヒックリカエシテ・・・オレハ、ヤッテヤルゼ・・・ナンテ・・・ココロノナカイッパイニ、オモッテイル・・。ソンナキガシテナラナイ・・・キガキデナイ、心配デ、キワマッテル・・・このオレのひ弱な心が。
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・・・ビールみたいにキンキンに冷やされていく手足・・・
10/29/Mon.
ここ数日・・・気温の低下が著しい・・・坂おとし、だ・・・。
そして、この気温の低下が・・・この体に、悪さを仕掛けている・・・そう、手足の冷え・・・男の子のくせに・・・癖で男になっているのではない・・・それなのに、手足の冷えがまた今年の秋冬も始まった・・・手は、両手とも小指が・・・キンキンに冷えて・・・そう、ビールみたく・・・が、僕はビールはほとんど飲まない・・・最も小さい缶ビール・・・その六本セット・・・そんなのを買うと、一年ほども残っている。
それに、両足・・・足首・アキレス腱・・・これがまた、ビールみたいにキンキンに冷やされて・・・。
始まった・・・恐怖の冷え・・・その症状が・・・。
・・・それでも、毎日・・・宵ごとに、ウオーキングに出かけている・・・膝は、時々わずかに痛みを感じる時もあるが・・・バンテリンサポーターのおかげか・・・好調だ。
・・・そう、今月10月も終わります・・・また来月も今月のように頑張っていこうと思っています。
・・・あなたはお元気ですか・・・お風邪をめしませんように・・・僕も、健康第一で、しっかり過ごしていこうと、過ごしていけたらと・・・努力したいと思っています。
お読みいただきありがとうございます・・・それでは・・・再見!
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HITBIT 心もよう vol-103 September 2018
HITBIT[心もよう]vol-103 September 2018
先月から今月にかけ、この国は異常な台風に振り回されていて、その台風が日本海へ去ったと思えば、一夜明けて、その未明、北海道がマグニチュード7という地震に襲われた。
全道が火力発電所のダウンによって・・・すべての電力を失った。ブラックアウト・全戸が停電したのだ。
・・・先月にも書いた・・・今、日本は国土・・・“山河“を失う予兆にさらされているといってよい。ここで先月の巻頭文を採録しておく・・・長文ですが。
・・・・・・・・・・ 
『心もよう』第102号、この“まえがき”ともいえる一文、ここには月々に思うことを書きつらねてきた。今月これを書いている今日は8月3日、金曜日・・・先月の梅雨明け(本当はこの日を知らない・聞き漏らしたらしい)以来?からの名古屋は猛暑日の連続・・・毎日ホット過ぎて”ほっと“する日もない連続する猛暑だ。その上、昨日は、名古屋での気象観測が明治23年に始まって128年とか、(この名古屋気象台は、我が家から500mほど西の住宅街の尾根上に球形のドームを載せて建っている。その昔はどこにあったのか、もっと市の中心に近くあったのだろうか。)
その夏の高温記録・・・それが午後2時過ぎには40.3℃、観測開始以来の最高気温という・・・。そんないわば名古屋の炎上???ともいうこの日、僕はなすすべなく、冷房を点け、効きの悪い空調機に成り行きに身を任せている。
・・・先月だったか、書いた・・・この頃の日本各地に起きる自然災害の連続するこの現状・・・。気象庁は、生命にかかわる危険な高温・災害ともいうべき高い危険な高温・・・といい、注意を促し・・・ラジオもニュース・天気予報などで、この注意喚起を盛んに流す。
こうして、防ぐすべもない、施す手立てのない、いわゆる天災ともいえる高温状況、これを、政府はどのように思い、その対策を練っているのだろうか・・・。この高温を天災だ、災害だと言いつのられ、政府は顔をしかめ不快に思っているのだろうか、高温を天災だといわれてもその責任は、また対策は、とても取り切れないなんてね・・・。そう思っているでしょう・・・政府さん?
そう、先月書いた「”国破れて山河あり”というが、その守るべき国・・・山河が、その場の人の命とともに目の前で失われていくこの現状、軍備を充実したって守るべき山河自体がなくなっているかもしれないのに・・・」これに対して、国も地方自治体もなすすべもない・・・軍備にのみ目を向けている・・・そのように見える。
・・・そうなのだ、国は、北朝鮮のミサイル攻撃を声高にして、中国とロシアの脅威を言いつのりつつ、アメリカにひれ伏し・・・国民に過剰な危機感、恐怖心の喚起を成し・・・軍拡の必要性を言いつのる・・・ばかげた軍備拡張・・・国防費としての浪費を国家予算から無制限に為し、国民の感情をなし崩しにし、つぎ込んでいる。
・・・その、典型が、空母の保持へ向けての姑息な動き、また表面だってのイージス何とかの粗雑な予算表示と、その現実における実費の膨張という、いい加減な米国企業との契約・・・これなんぞ、再軍備ともいえる、自衛隊の編成以来常に、日常的、常套手段・・・ともいう、国民を欺く予算の表示の仕方だ・・・。そして日本の核装備以外の軍備・防衛力は・・・世界の十指どころか五六指に入るだろうともいわれている。政府にとって、北朝鮮の核保有は、日本の軍備強化の最も都合のいい言い訳になっている。
・・・防衛庁が防衛省になり、ステルス戦闘機・戦闘爆撃機・空中給油機・空母・イージス艦・イージスアショア・潜水艦・高性能戦車・・・と、まだまだ書ききれない数々の過剰な武器戦力の増強が、ひそかにというのか、いつの間にか巧妙になされてきている。
そのほか、国会議事堂や霞が関の官庁庁舎や議員宿舎など・・・いつの間にか、耐震化・免振化が完成し、それに伴って、首都機能の地方移転も立ち消えになり、いつしか第二首都として関西圏へその機能の一部移転をも画策され準備さえなされている。
首都東京の高密度化を何の手立てもしないまま、すなわち野放しにし、あの11・3・11の災害さえも抑え込んだかのような、防災意識のもとに、首都機能が整備強化されて来ているのだ。
これこそ危険極まりない、自然の脅威を無視あるいは軽視した手前勝手な対策。国会議員を手玉に取り、操る官僚の心は、東京に居住し続けること・・・これしかない。そう、国家観、これを大局的に見つめるなんてことは、論外なこと・・・自分の利益そのものだけが優先する。そして、その意志を巧妙に行政に反映させる。
そうして、地方、その国土・・・書いた”守られるべき山河、守るべき山河が、いつの間にか”捨て石の意識−地方なんかどうでもよい−お上りさん出世組の腹の中。
・・・そんな政府の持つ深層心理・・・地方は”切り捨て”にされ、荒れるに任せられるという・・・そんな中央・首都機能意識のみへの、スーパー堤防で首都を守るという、あまりにばかげた政治意識が・・・巧みに進行し続けてもいる。
・・・アベは国民と国土に対して”なすすべなし“・・・ただ、国防を充実強化拡大すれば・・・米国は守り神、日本国は守られる・守ることができる・・・というような、浅薄無策の政治をなしつつあるのだ・・・このように、国民として、懸念している。
いわば、アベには“国民第一”という政治資質はないといってもいいのかも。ビジョンを描けない政治屋なのだ。ところで、ここでもう何度目かの希望を言っておきたい・・・今世界の混沌とした、いわば、バカ政治家ども・・・馬鹿な権力主義の国家元首の横行・・・帝国主義ともいえる、金ぴか政治へと移行している、懐旧的政治意識に侵された、いかれた国家元首の輩が横行する世界情勢に、軍拡軍備増強で対処することでは、国家の真の未来はない・・・内政の安定・政治の場のバランスの成果・科学技術の進化策・文化的真の充実的施策・福祉の充実・国土強化・工業力のバランスある成長戦略・貿易の充実と多様性・・・など、数え上げれば、網羅すれば・・・これは書ききれなくなる・・・「国」・・・という、複雑怪奇、また、慈愛に満ちた国土・・・そして、安らかな”人心”・・・という、根本的なことへの政治の意識回帰が、今最も必要だと思う。
その目標こそ困難な“永世中立国”・・・これは得難いからこそ、目標として、政治のビジョンとして、持つべき、持って恥ではない意識・目標だと・・・考えている、この俺・僕です。
ええ、ほんと、真剣ですよ・・・全く・・・頭の中はどんな状態かわかりませんが・・・。でも、考え、思い、憂い、時には歓喜し、時には怒り・・・そんなこの頭・・・いとおしいです?
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===目次===
9/02  ・・・十数年ぶりの音楽会・・・
9/03  ・・・十数年ぶりの音楽会の翌日・・・
9/05  ・・・台風が刻々と北上してくる・・・
9/06  ・・・失われ行く国土とインフラ・・・
9/07  ・・・災害と研究・・・
9/08  ・・・思いいれたっぷりの深夜ラジオのアナウンサー・・・
9/16  ・・・人も天候にすっぽりと体と心を預けている・・・
9/22  ・・・ふとこんなことを思う今日・・・
9/23  ・・・うん、たちまち消える心の余裕???・・・
9/29  ・・・次々と・・・襲い掛かる台風・・・なんとも・・・
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・・・十数年ぶりの音楽会・・・
9/02/Sun.
連れ合いが亡くなる前は何かと手ごろでもちろん好きな曲や演奏家の音楽会へと出かけたが・・・その後、”大人の喘息”となって・・・今も続いているこれが音楽を聴きに出かけるなんてことはできなくなった・・・そう、発作・・・これがいつ起きるか・・・それを思うと、出かけられないでいた。
・・・近年、映画も時々観に出かけるし、街へも出かけるし、少し体幹がしっかりしてきたように思えるようになって・・・そう、歩み速さがやや元へ戻ってきたようにも思えるし・・・そうそう、それに、この町内会の月に一度の “夜警“にも昨年11月ころから参加(年末の防火防犯の夜警は2度ほどだったかな、参加した)・・・出にくくなっていた声も張り上げられるようになったし・・・まだすこし恥ずかしいが・・・急坂ばかりのこの町内の歩行もそれほど苦も無く上り下りができるし・・・と・・・。
先日、半月ほど前、図書館で見つけた音楽会のリーフレット、これに当日券で出かけたのだ。ブラームスの弦楽四重奏曲など・・・およそ2時間の公演だったが、発作もなく、快適に・・・また、演奏もよく・・・もちろん曲目もよかったし、チケットも僕にとっては手ごろの限界だったけど・・・。・・・そう、ありがたいことだ・・・。映画館では度々発作が起きるが・・・それもなかったし・・・。
・・・独りで音楽会はさみしいけど・・・こういう空気感に身を置くことは精神的にはいいことだ・・・いろいろ探して出かけるようにしようかな、なんて思っている。
・・・そうだ、明日は京都へ行こう・・・そう、二三か月ぶりかな・・・猛暑に恐れおののきしばらくさぼっていたお参り・・・父母と連れ合いおばあさんたちも待っている・・・御廟と本山(阿弥陀堂は連れ合いが”きれいだね“と印象を残した思い出がある・・・)へも・・・月曜日だから美術館・博物館は休みだけど・・・出かけるかな。
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・・・十数年ぶりの音楽会の翌日・・・
9/03/Mon.
昨日思い立った京都行・・・無事に御廟と本山へ・・・やはり暑さ厳しい京都・・・10時過ぎに出かけた・・・。お昼過ぎに御廟の駐車場へ入れた・・・。お参りし八坂神社・辰巳稲荷と・・・四条通を少し歩いてきた・・・観光客は少なめだったが・・・中国語と朝鮮語・・・顔もほとんどアジア系・・・浴衣すがたがかわいかった・・・自撮りは多いけど、みんな垢抜けしていて・・・そう、数人のグループも多くなって・・・大きな団体は少なくなった・・・。
・・・独り者になって・・・旅行らしいことはしなくなったけど・・・心持も最近になって落ち着いてきて・・・こうして、暑くなければ行動にも自信が持てそうになって・・・と・・・いろいろ意欲もわいているし・・・これからの秋冬へ向けての行動の意欲も。
・・・まあ、長生きではなくてもいい・それは神様がお決めになること・・・行動できること・・・物事の思案が出来、こうしてタイピングが出来れば・・・何かを残せるだろうと・・・そう思っている。
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・・・台風が刻々と北上してくる・・・
9/05/Wed.
台風が刻々と北上してくる・・・。四国東部あるいは紀伊半島へ上陸するだろうという。
こうした昼間の台風・・・あの伊勢湾台風を思い出す・・・。
高校生だった・・・思い出・・・か・・・。
父は会社へ行って留守。残った家族は母とオレと妹たちと弟・・・それに、数日前からの客の母子・・・その、ひ弱いのばかりが居間に・・・不安におびえ身を寄せ合って、大風(おおかぜ)が行き過ぎるのを耐えていた・・・昭和34年のこと。
・・・今、この平成30年の21号台風の進路にある人たちも同じ気持ちだろう。ここ名古屋は進路の右(東)側に当たり、風はその進行速度も含め強さは増す。
自然災害・・・あの伊勢湾台風も甚大な被害を残していった・・・。
日頃は、自然を大切にとか自然環境がどうだと自然の恵みばかりを思い浮かべいとおしささえ感じ、時に感謝さえ抱く・・・なのに、こうして自然の脅威に身を置いていると、自分、人としての己たち、その無力さばかりが身にしみて感じさせられ、今降っている激しい雨脚、渦巻いて行き過ぎる強風が恨めしくなる。連続する強い風雨に混じって一瞬なぎ倒すような鋭い風の太刀が振り下ろされ、それが度々となって、恐怖心は増すばかり・・・狭い敷地に狭小住宅4階建て、平面は正方形・・・こののっぽの家が一瞬揺れる。
この家の前の通りは二車線と左右の広い歩道・・・すべてで20mほどの幅員だ。それが、我が家の前で向う側の山とこちらの山で・・・切通し状態となって、吹き抜ける強風はさらに勢いを増す・・・。本当に恐ろしい・・・と・・・情けないがチジミ上がりおびえている・・・ええ、この屋には僕一人。そう、日頃はあなたも思っての通り、偉そうなことばかり言ってるくせして、こういう状況になると、本性が露呈して情けないほど“女々しい”僕です・・・これ、女性には“ごめんなさい”と申しておきましょう・・・そう、昔から女性はものに動じませんものね・・・男性には”男の風上に置けないやつ”・・・との叱責をいただいていることでしょう・・・ごめんね。
・・・まあ、こうして、21号台風は大阪湾へ抜けさらに敦賀湾へと出、能登半島の西に沿って北上、さらに右(東)寄りとなって列島に沿って日本海を北上したらしい・・・各地に風の被害をもたらし、風水害・裏山の崩壊などと大きな爪痕を残して。
後記・・・この台風が北海道にも大変な雨を降らせたらしい・・・そして、その夜のこと、あくる日6日の未明の3時8分だったか、地震となった。この21号の強い雨が地震被害に加え地滑りを引き起こす強力な原因となった。
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・・・失われ行く国土とインフラ・・・
9/06/Thu.
今朝未明、3時過ぎ、なぜか目が覚めた・・・枕元のラジオのスイッチを入れた。何度目かの緊急地震速報が繰り返されていた。
北海道でマグニチュード6強の地震があったという・・・それにともなって、全道の295万戸が停電しているという・・・札幌も市中すべての信号機が機能停止となっているという・・・何が起きた、どんなことが起きたのだ・・・と、不安に思いながら起床した・・・が何もできるわけがない。
・・・昨日9月5日水曜日には台風21号の通過に伴って、関空は滑走路が水浸しとなって、空港閉鎖に追い込まれたという。・・・高潮と猛烈な降雨、そして猛烈な風・・・これによって大阪湾の水位が上がり降雨も重なって・・・インフラその要がダウン。回復がいつになるのか不明という・・・。関空の空撮画・・・滑走路は地盤の沈下なのか・・・広大な水たまりが連続している・・・。連絡橋もタンカーの漂流衝突によって大きくずれたり壊れたりと・・・空港は、嵐の海に孤立した状態になった。
・・・こんな風景は・・・国というものの存在、それがすでに危うくなっていることを露呈しているように思えた・・・大げさではなく、そんな風に思えた。・・・海上の埋め立て空港・・・建設当時地盤が不安視されていたが・・・その欠陥が露呈されたのだ。
そして今日、今朝の北海道全道が地震によって火力発電所がダウン・・・これも、インフラのダウンだ。これで新幹線やJR鉄道さらに地下鉄がダウン、バス会社もすべて運行とりやめ・・・そのうえ、地震によって新千歳空港ターミナルビルの一部が壊れ、再開がいつになるか不明という。
21号台風と地震という5日と6日の二日で、巨大インフラがいくつもダウン・・・これはすでに”日本の国土と国家機能の崩壊”とでもいうことができよう。
また、あの阪神淡路地震そして11・3・11の東日本の巨大地震と大津波・・・熊本地震、活火山が噴火・・・あの御岳山そして九州各地の活火山の噴火の常態化さらに那須と。
・・・そして、平成30年北海道いぶり地震・・・と名付けられたそうだ。・・・ラジオでは「いぶり」とはどのように書けばよいのか?・・・胆振?
・・・
・・・北朝鮮脅威・中国ロシアには信用が置けないと、それらを理由に、国防を口実に軍備強化を進めているアベ内閣・・・その間に忍び寄る自然の脅威・・・これの予測は困難であろうが・・・想像力を働かせれば日本の国土の脆弱さは数え上げることが可能であろうに・・・それをすることもなく・・・無策な政治・・・”守るべき山河は自然の脅威の前に急激に失われていく・・・“そう、いくら軍備強化を進めても、足元の守るべき国土はどんどんと侵食されていくのだ・・・。
国防というけれど、軍事力を強化しているけど・・・もし、米国が北朝鮮へ攻撃し、北が反撃に出れば・・・狙われるのは日本の国土国民だ・・・。アメリカは日本を第一防衛線として、終戦以来国連軍との名目で進駐・占拠し、平和条約締結後は、アメリカの核の下に日本を守るなどと口先だけの約束、そう、トランプでなくても、アメリカを狙った戦争が起きれば、第一防衛線の日本がまず第一に核爆弾とミサイル艦砲射撃、爆撃機によって焦土とされる・・・。アメリカとの安保条約がある限り、日本には平穏な日々はやってこない・・・そう、これはすでに、アメリカの前線基地としての防衛拠点・戦線・・・となっている。アメリカに戦争を仕掛ける奴らは、アメリカ本土を狙うと同時に日本の米軍基地と自衛隊基地を狙い、無力化し焦土とするだろう・・・そう、ロシア、中国、北朝鮮が本気で戦争するなら・・・。ことに北朝鮮は・・・どうせ、自国が焦土となるなら、日本も巻き添えに・・・と考えるのは、当然のことだ・・・それを知ってか知らぬか・・・アベは、北朝鮮にプレッシャーをかけ続けると、トランプのこと尻馬に乗って・・・そのうちに、ずり落ち、馬の後ろ脚にけられ、泥海に野垂れる・・・そう、日本国民を巻き込んで。
・・・政治は、今こそ、政策を大変更・目指すものを変更する、すべきだ・・・。
国土を守れるのか・・・戦争と天災から・・・また、こういう軍備の研究・・・そして、災害の研究・・・非常に多くの分野に分かれ、テーマ化が細分し分散して・・・何処で誰が何を研究しその研究状態はどのようになっているのか・・・それが、こうした災害の予測と対策にどのように生かされ、あるいは生かされずにあるのか・・・などと・・・ふと、思ってしまう。
北海道の地震、午後には震度が7・・・と、結果、より大きく強力な地震へと・・・観測結果が変更された。肝心の震源地の地震計からの入電がなかったためという・・・これもお粗末・・・自の蓄電の電源とデータを送る無線通信機能はなかったのかしら???
加えると、この地震での発電所のブレイクダウンのアンバランスな高出力化が震源地に近く、緊急停止したのが原因という・・・バランスある分散化が必要だろう。これもあの原発の誤った設計思想と同じこと・・・そう、効率ばかりが目の前にちらついて、本質を見誤り大事故へといってしまう・・・そう、いわば大国となった日本が抱え持っている・・・お金第一・効率第一・世界に先駆ける科学技術の根底にある脆弱さ・人間も色白の虚弱体質化・・・これと同じことがインフラにも置きつつある。
さらに、観光立国・国土の強靭化といいながら・・・丸裸の電柱と電線・・・開発途上国の実態と同じことが現在の日本だ。・・・この架線の倒壊も停電の発生を引き起こし、交通渋滞を聴き起こす。これが緊急車両の通行に支障を引き起こす・・という連鎖障害。あえて言えば、電柱の林立する近代国家日本・・・これは恥だ。かねてから繰り返し言ってきた。観光に力点を置かなくても、電柱電線を地中化すれば都市も田園も観光地として耐えうる風景を備えているこの国・・・妙な宣伝よりも電線地中化を、推進すべきだ。
・・・そう、日本国土には、国民の身近なところで、国がやらなければならないことがあふれるほどある・・・それが見えない政治屋の無知無能・・・そう、教育だって問題が山積みだ・・・防衛費にばかり気を取られているバカ国家・・・その政治屋。
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・・・災害と研究・・・
9/07/Fri.
昨日に続いて・・・今日は災害と研究。
大学の研究・・・その研究者・・・それへの研究費の支出・・・これが本当に有効に対象の研究を推進しているのだろうかと・・・こうして、災害が起きるたびに、ふと思うのだ。活火山、地震、風水害、河川氾濫などの自然災害・・・原子力発電、火力発電、再生可能電力・・・。それに、人為的な大事故・・・北海道の停電もこの典型でもある・・・効率化から巨大施設とした火力発電所・・・このブレイクダウン。
・・・安全装置が働いたと解釈すればその機能は確かめられたということにはなるのであろうが・・・これは、あの11・3・11の地震津波による東電原子力発電所のメルトダウン・放射能汚染・・・これも心底は、単なる効率化に経営指向が向いてしまったため・・・そう、人事を尽くす・・・安全に向かって人事を尽くさなかったことが・・・あの悲惨な結果を招いたのだ(津波の予測を低く見積もった、この、設計姿勢、それを推し進めた経営陣)。
・・・人事を尽くすことは効率をいったん外へおいて・・・人事を尽くした計画を推進すること・・・その中で、人の為すこと、人の為せること・・・発電所で言えば、発電する・運転する・・・このこと、ソフト上で為せる効率化を検討するべきだ・・・そう、安全はなにものにも優先してなされるべきだ。人事を尽くすとは、そこに参画した人すべてが計画へ考えを述べること、出し尽くすこと、これらをすべての参画者(外部人事も含め)で逐一検証し尽くすこと、この姿勢が全く欠けていた・・・根本的に人の怠慢だし、無能さの露呈だ・・・。
・・・・・・・ 
いくつもの大学や研究機関に分散した研究体制を問い直すべきではないのか・・・この分散状態は、各研究者には居心地の良いものには違いない。だれにも何も干渉されないのだもの・・・しかし、本当に切磋琢磨するためには・・・芋を洗うような研究環境にし、研究費も施設もテーマの検証も集約し、その進捗状況の把握も・・・厳しく、休む間もなく、周囲の研究の進み具合がそれぞれを刺激しあうという環境にすべきではないのか。居心地の良さは、研究費の無駄だし、その研究者を無能化する・・・中でも研究室の個室化は弊害こそあれ研究のためにはならない。・・・そこは隠れ家・・・休息空間化している。
個室化したその研究室なるものを最近多くなってきたシェアーオフィスのようにオープンな大部屋とし、シェアーデスク化とシェアーブース化をし共有、機器の共有、データや書籍の共有と情報の瞬時の共有化をし、テーマの共有、人・役割の共有・・・と、風通しのいい見通しもいいフロアー・・・体育館のようなフロアー研究体制・・・そんなものが、各大学でもできそうだし、大学自体も統合可能かもしれない・・・。それは、垂れ流し状態の教育費用の検証と研究結果の検証から始まる。
いわば、論文を書くでもなく、また、研究者として、一本の論文もない、こんな研究者が蔓延している・・・書いたとしても瑣末なテーマに終始してしまう・・・毎日何をするでもなく・・・講義時間を働いたと実感錯覚し?!?!・・・あとは日暮れ腹減り・・・そんな研究者が、研究者といっているもののほとんどではないか・・・そんな疑問というのか、そんな期待薄観、猜疑心を持ってしまう僕です・・・。
もちろんこれは理工系ばかりではなく、全学問領域に共通して言えることだと思うし、私学ではさらにこの状態は悪化しているのかも・・・。また、博士号の乱発・一時、検証されたが、その大学では問題なかったと結論が出されたが?本当だろうか・・・。また医学博士号?これも検証が必要なのでは・・・この改革はぜひアベさんにお願いしたい。・・・いや、今は総裁選中だとか・・・さすれば・・・ええっと、対抗馬そう、イシバさんでしたね・・・この方ニモオネガイシテオカナイトイケナイカナ?どっちへ転んでも???
そう、こんなことを・・・二股膏薬という・・・煮え切らないオレです・・・フフフフッ。
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・・・思いいれたっぷりの深夜ラジオのアナウンサー・・・
9/08/Sat.
・・・災害とともに消滅を加速する過疎集落・限界集落?・・・と、先月8月5日だったかに書いた・・・それがそのままこの北海道の地震によって起きた・・・土砂崩れによって山肌が崩落、道路沿いに並んだ集落が軒並み背後から押しつぶされたらしい・・・。
・・・日本では、山間部や僻地の“過疎集落”・・・それをまた”限界集落”という・・・日本の官僚は、現代も優秀らしい・・・そう、こんなことば・・・限界集落・・・とか・・・後期高齢者・・・と、老人・高齢者へ何の情け容赦のない言葉・呼び方を考え出すこのバカ者たち・・・(このタイピングをしながら、頭がくらくらするくらい腹が立っている・・・血圧が上がる・・・これ・・・落ち着け、俺?)・・・。
それにもう一つ・・・6日だったか・・・ラジオから聞こえるこういう災害に対してのコメンテータや気象庁の何とか課長・・・これらのなんと緊張感のない声音だろうか・・・記者の前に顔を出すのがうれしいのか、声も顔も明るくさえあるそれ・・・さらに司会者やアナウンサー・・・の、なんとも思いれたっぷりの語り口・・・深夜ラジオのアナウンサーの思いれたっぷり、避難所や電気のこない自宅にかろうじて寝床を得た人たちに向かって・・・思いいれたっぷりのラジオ深夜便のアナウンサー「今夜は明かりのない夜・・・ナントカカントカ・・・」と、たっぷり“心込め風”に、何のつもりか・・・トワイライトトーク、ミッドナイトトークの”おやすみなさい”・・・のような、ゆったり感のありすぎる甘ったるい男の声・・・ああっ、気持ち悪い・・・やめてくれ!!!・・・これで被災者が眠るものか・・・いい加減にしろ・・・と、たまらず・・・枕元のラジオのスイッチきった。
と、まあ、世の中、ことにマスコミというのか・・・こういったラジオTVの司会者アナウンサー、コメンテータ・・・などなど・・・状況をわきまえないで、あらぬ演技演出をする・あるいは、日ごろの地のまま過ぎる語り口に・・・どうなっているの、この国の常識は・・・。
・・・この災害時に、己が果たす役目を・・・事務的にあらぬ感情を込めずに・・・事実だけを伝える・・・的確に・間違えずに・・・励ましを込めて(心持)、時にはやや力強く・・・とあればいいのにと、このように思った。
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今日は暦では”白露“・・・朝夕涼しくなり、草樹の葉に宿る露が白く光るという意味で白露というそうな・・・。今朝早くの小雨・・・その名残のしずくが木々の葉に光って見えている・・・夜露ではなかったが・・・疑似的には白露かな・・・これもいい。
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・・・人も天候にすっぽりと体と心を預けている・・・
9/16/Sun.
四五日梅雨時のような天候が続いた。気温も落ち着き、秋口の涼しさも感じられ、本格的な秋模様となるかと期待を抱かせた。ただ、雨の降り方がときどき異常になる。
しかし、今日日曜日、朝から蒸し暑く、天気も曇りがち、そして午後には雲が切れていき、気温も上昇・・・長袖シャツの下は、汗ばみが・・・。
それでも街路樹のトウカエデはずいぶんと黄ばみが濃くなってきた。目の前、車道の向こうの里山の斜面の裾・・・そこのハゼノキ(櫨・はぜ)のこんもりとした濃緑の樹形の数か所に・・・真っ赤な葉がみられるようになった。その斜面の右のほう(南のほう)の中腹に、枯れ色になった赤松が数か所、広葉樹の樹間にニョッキと見えている・・・。毎年のことながら、夏が過ぎるころ、虫に食われ枯れる赤松が徐々に枯れていくのを見つける。残り少ない赤松・・・ほっそりとした喬木・・・この姿が珍しく、好いているのだが、こうして枯れていき、残るはあと数本、斜面の中に減っていくのは心が痛む。
我が家の前栽この狭い空間にある北山杉の台つくり・・・夏前に刈り込み過ぎて中心・・・芯になっている幹が枯れるのではと心配したが・・・どうにか、生き永らえたかと・・・今は心配と安心が交叉している・・・。
でもこの数日の梅雨のような雨降りが森をよみがえらせたのか・・・緑が鮮やかになり・・・新芽というのか新しい枝がそこここに出て、濃い緑の森を新鮮にして鮮やかだ。そう、この雨が、この夏の猛烈な暑さに疲弊していた木々も元気を取り戻したようだ。僕にもこの数日の雨が心身ともに、幾分いい結果をもたらせている。
自然はもちろん人も天候にすっぽりと体と心を預けている。
そうそう、雨が上がって、数日ぶりの宵のウオーキングに今から出かける。・・・それでは・・・。
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・・・ふとこんなことを思う今日・・・
9/22/Sat.
昨日までの雨が上がった。午前中は薄曇りだったがさっそく、土曜日恒例の全館掃除・・・。午後にはすっかり秋晴れ???といっても気温は30℃ほどとか・・・蒸し暑くて、長そでシャツからランニングTシャツに戻した・・・これではまだまだ夏日いや真夏日かな・・・そんな、気温でもやはり空は絹雲がなびいて、天空は秋。
里山は緑色が枯れ色に変わりつつあって、何となく元気がなさそう・・・街路樹のトウカエデはずいぶんと黄色みが強くなってきた。
ラジオによると大雪山は(ちょっと遠い話だけど)すっかり冠雪しているそうだ・・・そう言えば、富士山の初冠雪はどうかしら???
・・・これからは雪降りの便りも多くなる。
・・・こんなに暑い暑いと悲鳴を上げた今年の夏・・・災害も多かった・・・いや過去形じゃなくて、次の台風に備えなければ・・・。
こんな夏だったが・・・すっかり、秋めいてきて・・・そう、災害は困るけど、こうして季節が変わっていく・・・その時を感じてその季節のやってくるのをうれしく思い、一安心と思い、やはりこうして、その脅威を忘れ・・・自然に感謝する。
・・・人は・・・殊に、日本で生きる者にとっては(その国その国、そこに生きる人はそれぞれ、その国の季節を自然の恵みを感謝し受け入れているにちがいない・・・)、四季の恵みに感謝しこそすれ、そこにたびたび起きる自然の脅威・災害にすらひれ伏し受け入れ、恨みに思うことも抑え・・・ただ感謝・・・これを、語ってきた・・・。そう、日本人の根本的なこと・・・美徳といってもいいこの体質・・・ここには、この自然、その四季の恵みを享受すること、享受できることへの感謝が・・・常に身近にあることが、猛々しさを秘めつつも・・・一応、物腰、ものの考え方・・・そんなもの、表面的ではあっても、その日常を・・・幾分穏やかにしているのかとも思う。
「倭(わ・やまと)」・・・これは稲霊をかぶった女性の姿・・・だそうな。もちろん、漢字は中國から摂取し我が物としたものに違いないが・・・この漢字をもって古代の日本の人は、この民族を「倭・やまと」と呼んだ・・・これは当時の中国・隋唐の国がこの海中にある国と民族を・・・「倭・倭国」と呼び、それをこの民族が一時、受け入れて、倭国と倭人と自らを、疑うことなく呼んだ・・・そのこと・・・そして、なぜか、こう呼ばれることを、蔑まれているととらえ・・・この国を「日出るところに近し国・日出国」と名乗ったこと・・・そう、そんなことはどうでもいいが・・・この文字「倭」の持つ意味の根本「稲霊をかぶった女性の姿・・・」そのものが、稲・コメによって立ったこの民族・・・多分混血・・・ごちゃ混ぜになった血・・・の民族・・・が、この稲・コメを介して一体になったということ・・・このことを、素晴らしいこと・・・何と素晴らしいことかと、この四季の国・稲穂の国・・・を、思う。
そして、これを古代日本の歴史を語るとき、語った時・・・それは、神代・・・この国を語った人が、地つ国(くにつくに)といい、豊葦原瑞穂国(とよあしはらみづほのくに・記紀)・・・と呼んだこと、その通りに数千年後に・・・やはり、この国が成っていること・あることにも・・・改めて感動を覚える。
・・・きょうは、いくぶん涼しさを感じ心地よさを思い・・・ふとこんなことを思う。
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・・・うん、たちまち消える心の余裕???・・・
9/23/Sun.
お彼岸・秋分・秋のお彼岸・・・これから秋が深まっていく・・・。独り者には・・・寂しいというのか、寂寥感が増す季節でもある・・・。
・・・猛烈な夏を乗り切って来はしたが・・・ここにきて、ガクンと心身にダメージを感じる・・・(今月のはじめだったか・・・体幹がしっかりしてきたなんて書いたかもしれないが・・・やはり甘かったと、いくらか反省している)。
余裕がない、雨は嫌いではないが・・・この夏の終わりころの激しい雨や降り続く梅雨を思い出す雨降り、それにこの近頃の小糠雨のような降り・・・。
執拗に・・・ダメージを・・・そう、いつの間にか・・・ボデーブローが効くように、おおげさかもしれないけど・・・この夏を思う。
そう、心に余裕がない・・・自分で自分に課題を背負わせ・・・それが背に心にずっしりと・・・。余暇を作り出す能力に欠けるのかもしれない。
・・・そう、余裕がない心、たちまち消える心の余裕???
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・・・次々と・・・襲い掛かる台風・・・なんとも・・・
9/29/Sat.
昨日一日、つかの間の晴れ・・・。そして迫りくる台風24号・・・もう、僕は身を固くして身構えている・・・心も。ラジオから聞こえるニュースに過剰なのだろうか身構える。それでも、一応・・・恒例の掃除は済ませた。ラジオでは沖縄奄美は暴風が近づいていると・・・言っている。北へ向かっているが徐々に北東へと進路をとるとも・・・。
そして、四国本州へ上陸し縦断するだろうとも・・・でも、これを聴いても何の手立ても講じられない・・・無力感恐怖と恐怖心のみが膨れ上がって・・・。
次々と・・・襲い掛かる台風・・・なんとも・・・。
・・・今日、このBLOGを投稿します・・・台風・・・さなかにはとても投稿できないと思い、今日・・・それでは・・・。
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HITBIT 心もよう vol-102 August 2018

HITBIT[心もよう]vol-102 August 2018 
『心もよう』第102号、この“まえがき”ともいえる一文、ここには月々に思うことを書きつらねてきた。今月これを書いている今日は8月3日、金曜日・・・先月の梅雨明け(本当はこの日を知知らない・聞き漏らしたらしい)以来?からの名古屋は猛暑日の連続・・・毎日ホット過ぎて”ホット“する日もない連続する猛暑だ。その上、昨日は、名古屋での気象観測が明治23年に始まって128年とか、(この名古屋気象台は、我が家から500mほど西の住宅街の尾根上に球形のドームを載せて建っている。その昔はどこにあったのか、もっと市の中心に近くあったのだろうか。)
その夏の高温記録・・・それが午後2時過ぎには40.3℃、観測開始以来の最高気温という・・・。そんないわば名古屋の炎上???ともいうこの日、僕はなすすべなく、冷房を点け、成り行きに身を任せている。
・・・先月だったか、書いた・・・そう、この頃の日本各地に起きる自然災害の連続するこの現状・・・。気象庁は、生命にかかわる危険な高温・災害ともいうべき高い危険な高温・・・といい、注意を促し・・・ラジオもニュース・天気予報などで、この注意喚起を盛んに流す。
こうして、防ぐすべもない、施す手立てのない、いわゆる天災にともいえる高温状況、これを、政府はどのように思い、その対策を練っているのだろうか・・・。この高温を天災だ、災害だと言いつのられ、政府は顔をしかめ不快に思っているのだろうか、そう、高温を天才だといわれてもその責任は、また対策は、とても取り切れないなんてね・・・。そう思っているでしょう・・・政府さん?
そう、先月書いた「”国破れて山河あり”というが、その守るべき国・・・山河が、その場の人の命とともに目の前で失われていくこの現状、軍備を充実したって守るべき山河自体がなくなっているかもしれないのに・・・」これに対して、国も地方自治体もなすすべもない・・・軍備にのみ目を向けている・・・そのように見える。
・・・そうなのだ、国は、北朝鮮のミサイル攻撃を声高にして、中国とロシアの脅威を言いつのりつつ、アメリカにひれ伏し・・・ばかげた軍備拡張・・・国防費としての浪費を国家予算から無制限に為し、国民の感情をなし崩しにしつぎ込んでいる。・・・その、典型が、空母の保持へ向けての姑息な動き、また表面だってのイージス何とかの粗雑な予算表示と、その現実における実費の膨張という、いい加減な米国企業との契約・・・これなんぞ、再軍備ともいえる、自衛隊の編成以来常に、日常的、常套手段・・・ともいう、国民を欺く予算の表示の仕方だ・・・。そして日本の軍備・防衛力は・・・世界の十指どころか五六指に入るだろうともいわれている。そう、政府にとって、北朝鮮の核保有は、日本の軍備強化の最も都合のいい言い訳になっている。
・・・そう、防衛庁が防衛省になり、ステルス戦闘機・戦闘爆撃機・空中給油機・空母・イージス艦・イージスアショア・潜水艦・・・と、まだまだ書ききれない数々の武器戦力の増強が、ひそかにというのか、いつの間にか巧妙になされてきている。
そのほか、国会議事堂や霞が関の官庁庁舎や議員宿舎など・・・いつの間にか、耐震化・免振化が完成し、それに伴って、首都機能の地方移転も立ち消えになり、いつしか第二首都として関西圏へその機能の一部移転をも画策され準備さへなされている。
そう、首都東京の高密度化を何の手立てもしないまま、あの11・3・11の災害さえも抑え込んだかのような、防災意識のもとに、首都機能が整備強化されて来ているのだ。
これこそ危険極まりない、自然の脅威を無視あるいは軽視した手前勝手な対策。国会議員を手玉に取り、操る官僚の心は、東京に居住し続けること・・・これしかない。そう、故kkっ日間を大局的に見つめるなんてことは、論外なこと・・・自分の利益そのものだけが優先する。
そして、地方、そう、国土・・・書いた”守られるべき山河、守るべき山河“が、いつの間にか”捨て意識−地方なんかどうでもよい−お上りさん出世組の腹の“。
・・・こんな言葉はないかもしれないが、そんな政府の持つ深層心理・・・”切り捨て”にされ、荒れるに任せられるという・・・そんな中央・首都機能意識のみへの、スーパー堤防で首都を守るという、あまりにばかげた政治意識が・・・巧みに進行し続けている。
・・・そう、アベは国民と国土に対して”なすすべなし“・・・ただ、国防を充実強化拡大すれば・・・米国は守り神、日本国は守られる・守ることができる・・・というような、浅薄無策の政治をなしつつあるのだ・・・このように、国民として、懸念している。
そう、アベには政治資質はないといってもいいのかも。ビジョンを描けない政治屋ナノだ。そう、ここでもう何度目かの希望を言っておきたい・・・今混とんとした、いわば、バカ政治家・・・馬鹿な権力主義の国家元首・・・帝国主義ともいえる、金ぴか政治へと移行している、懐旧的政治意識に侵された、いかれた国家元首の輩が横行する世界情勢に、軍拡軍備増強で対処することでは、国家の真の未来はない・・・内政の安定・政治の場のバランスの成果・科学技術の進化策・文化的真の充実的施策・福祉の充実・国土強化・工業力のバランスある成長戦略・貿易の充実と多様性・・・など、数え上げれば、網羅すれば・・・これは書ききれなくなる・・・「国」・・・という、複雑怪奇、また、慈愛に満ちた国土・・・そして、安らかな”人心”・・・という、根本的なことへの政治の意識回帰が、今最も必要だと思う。その目標こそ困難な“永世中立国”・・・これは得難いからこそ、目標として、政治のビジョンとして、持つべき、持って恥ではない意識・目標だと・・・考えている、この俺・僕です。
ええ、ほんと、真剣ですよ・・・全く・・・頭の中はどんな状態かわかりませんが・・・。でも、考え、思い、憂い、時には歓喜し、時には怒り・・・そんなこの頭・・・いとおしいです?
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===目次===
8/03  ・・・今日の名古屋は、日本一?・・・
8/04  ・・・とりとめもなく音楽を聴きつつ思う・・・
8/05  1st・・・災害とともに消滅を加速する過疎集落・・・
8/05  2nd・・・日本人は、このハイティーン時代を得ていく・・・
8/05  3rd・・・39.9℃・・・名古屋は今日も日本一・・・
8/06  ・・・広島原爆忌・8月6日と8月9日・長崎原爆忌・・・
8/16  ・・・昨日は終戦の日・そして、僕は今日も漂流している・・・
8/17  ・・・この夏のことはしばらく忘れないだろうと思う・・・
8/18  ・・・秋、秋が来たら・・・遊びまわるぞ・・・そう、冬もね・・・
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・・・今日の名古屋は、日本一?・・・
8/03/Fri.
今日の名古屋は、日本一?明治23年の名古屋での記録開始128年前以来、この地の最高気温、40.3℃・・・あの高温の先輩熊谷市には及ばないけど・・・さらに、今日あの岐阜県美濃市も名古屋と同じ40.3℃・・・そう、この夏の日本国・・・ここはきっぱりと諦めるというのか居直るしかない・・・そう嘆くよりも弱音を吐くよりも、きっぱりとあの熊谷の街頭で感想を聞かれ、こたえられたご婦人のように・・・凛として、この日本一、たとえ一日だって、年間最高記録じゃなくったって、居直り、しばらくこの最高気温、40.3℃・・・の記憶の名古屋市を楽しもう・・・そう、思ったのでした。
この、複雑な列島の国・・・ここでの夏の高温争い???!!!・・・ご、ごめんなさい・・・やはり、こんな冗談を言っている場合じゃない。
・・・冗談言ってる場合か・・・あのご苦労為されている水害の被災地を思え!!!
・・・そう、冗談を言ってる場合じゃない、この高温列島の現状です。
こんな名古屋の日中・・・先月17日、案内されたノリタケの森・・・そこでのNMさんの個展・・・その観覧への礼状を午前にいただいた・・・それへの、こちらからのお礼というのか、ご挨拶を書いたが、暑さでこもっていて、その投函が宵のウオーキングの時となってしまった。
そうそう、こんな暑さでも毎夜の宵の口のウオーキング・・・これは、続けている。もちろん?ときにズルすることもあるけど・・・そんなときはやはり自分自身に後めたい。そう、結構自分にも厳しいのだ・・・???
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・・・とりとめもなく音楽を聴きつつ思う・・・
8/04/Sut.
土曜日、今日もすでに、いつものお掃除?をすませ、一汗を流しすっきりと・・・そして、今は音楽を聴きつつ、このタイピングをしている。
とりとめのない曲をごちゃまぜにした?曲集だけど・・・この中にチャイナ音楽が一曲入っていて、これが結構柔らかくていい・・・言葉はわからないけど・・・この悠々とした風情が何とも心に平安をもたらす・・・。
言葉とは不思議なもの・・・柔らかだったり、とげとげしかったり、懐かしかったりと、心と触れ合って・・・。
音楽とは不思議なもの・・・これを聴く者の心の状態を反映して、曲を選ばせるのだろう・・・。音楽・・・曲想や詞、楽器・・・などと、人間となったこの人間の先祖は、どこでいつ、どんな状況の中で音楽というものを・・・そう、音に曲を見出したのかしら・・・そして、そのリズムに心を体をゆだね自然に口ずさみ・・・と・・・。
そう、楽器なんてなかったか。せせらぎに、そこにあるそよ風に、鳥のさえずり、木々の葉ずれ・・・がふとした一時に、耳に入った・・・その手にした棒切れが手の自然な動きに傍らの石や木を打ち、そのせせらぎにそよ風にいつの間にか和して・・・さらに口ずさみ・・・と、人はおのずと・・・自身の心の揺れに・・・心も身もゆだねてきたのかしら・・・そう、それはそれこそ創造の神が・・・人・人間・・・を成されたとき、そこに完成されたとき・・・ぬと、何かが足りない・・・そう、ちょっとした遊び心・・・与えられた何かの付与・恵・心・・・だったのかもしれない。
曲を奏でることはできなくとも・・・口ずさむことは出来る、この神の創造の妙・・・こんなことを・・・最近、たびたび思いめぐらす・・・これ、これも思い出かもしれないし、未来への思いあるいは現在の心持や健康状態、そしてわが身の置かれた環境の故なのかもしれない・・・。
・・・そう、人は一人になった時・・・本来の自分を露呈し・・・それに素直になり・・・その心の揺れに身までもゆだねる・・・そんなことのできる、時なのかもしれない・・・が、それは本当はなくてもいいことかも、あってはならなないことかも・・・しかし、逃れられないもの・・・いつかきっと独り、その状況に置かれる・・・これは”絶対”の理(ことわり)なのかも・・・。
・・・そう、最近の僕はショパンをよく聞く・・・この楽人ショパン・・・まあ、なんと心の機微をよく映しなされたものかしらと・・・たびたび思うのです・・・。そう、音を絞り聴くときにも、音を大きくし聴くときも・・・すこしも心とのすれ違いが起きない・・・どんな風に聴こうとも・・・心に、心が、反映してしまう・・・そう思います。そう、ショパンを聴く・そのピアノ曲を聴く・・・これ、それは、ライブ録音ではいけません・・・なんとしても、スタジオでの録音盤・・・拍手や掛け声が最後に入ってはいけません。演奏者と僕が一体となって曲を、心を一つにして、演奏中もその後も・・・余韻までも楽しみたい。
・・・ここまで書いたとき・・・ピアニスト・グレングールド・・・が、演奏会場を逃げ、避け、スタジオ録音に走った・・・自身を置いた、という、その意味が、その心持が・・・共感がよみがえったのです・・・そう、彼、グレングールドは・・・ピアノの演奏家・・・そしてバッハへと心が傾斜し、のめりこみました。
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・・・災害とともに消滅を加速する過疎集落・・・
8/05/Sun. ・・・1st   
集中豪雨に加えて無謀なダム放流・・・下流域への危険を顧みない計画性のなさ・・・もちろん、課題貯水によってダムが崩壊するかもしれない危険性…崩壊吸えば、この豪雨被害に加えた放流被害をも超える大悲被害を引き起こすかもし得ないという危機感が、この時の放流という事態につながった・・・そして、反省・・・放流通報のシステムや方法を検討しなおすという・・・これ、被害住民には泣くにも泣けない・・・心に起きる無力感と未来への閉そく感・・・そう、この被害地域の指揮者はその心持をいかにも平静であるかのように語った・・・そう、この感情を抑えた・・・日本人らしさ・・・ここを見逃してしまう行政・・・その頂点の政府・内閣・・・。
・・・災害とともに消滅を加速する過疎集落・・・その存在にすら思いをやることなく・・・自身の総裁選へ着々と手を打っていくアベ・・・。
・・・日本人は、このハイティーン時代を得ていく・・・
8/05/Sun.・・・2nd
 ― ありがとう 夏100回 これからも ―
・・・きょうから始まった100回目の夏・・・甲子園・・・夏の甲子園・全国高校野球選手権大会・・・その100回となる記念大会・・・100年続いた猛暑の中の熱戦・・・その火ぶたが切られた・・・ぼくは、毎宵、ASA/朝日新聞販売店の前を通る・・・ここには、今回、100回目のキャッチコピーが控えめに、そして静かな誇り・・・そんな、なにげなさを表すポスターが張られている・・・。
ラジオしかなかった戦後のいつ頃から、胸躍らせ実況放送を聞いたことか・・・。多分中学生だったか・・・。
一方で、夏のインターハイ・・・ここにも猛暑の中の熱戦がある・・・。
このスポーツをすること・・・もちろん勉学が伴う・・・そして、熱中する・・・そう、何物にも代えがたいハイティーンの時代・・・日本の高校生たちは、その三年間に巡りくる夏・・・ここに、青春という今の一瞬をかけて駆け抜けていく・・・それはどんな形であれ・・・例えば図書館にこもり勉強をする・・・アルバイトに汗する・・・そして、幸いに今夏に催されるスポーツ大会へ選手として・・・応援団として・・・そして、家事・家業にこれらの大会の放送に耳にしながら・・・ここにも炎天下に汗する若者がいる・・・。そう、幸いなのか、時には苦悩なのか・・・そんな様々なうちの一つの心持を胸に・・・猛暑に身をさらす・・・そう、青春のひと夏、それぞれに身に生じる汗とともに、駆け抜ける・・・その夏の思い出・・・ふと思い出すその時のこと・・・こうして、日本人は、このハイティーン時代を得ていくのだ。誰にでも・・・僕も、この中の一人だったその青春の時があった・・・。そして、この夏が終われば・・・人は青年となり、大人になって、社会へいろいろな方向で組み込まれていく。この時、一時の勝利感とあるものは敗北感と・・・と、この心の震えや揺らぎを・・・それぞれが持ちつつ、青年・若いおとな・・・となって、次の数年を改めて生きていく。
男も女も・・・そう、ハイティーン・・・これは一瞬。
8/05/Sun.・・・3rd
・・・39.9℃・・・名古屋は今日も日本一・・・。
ええ、何も書くことは必要ないでしょう・・・そう、明日も日本一を目指しましょう。そう不謹慎ですね・・・それにしても、冷房の電気代が心配です。旧式のエアコン。
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・・・広島原爆忌・8月6日と8月9日・長崎原爆忌・・・
8/06/Mon.   
甲子園の熱闘の一方に広島長崎の二つの原爆悲しみがある。さらに言うまでもなく、戦地へ消え帰らぬ人となった人・・・そして、空襲で焦土とされた国土と国民。
日本人すべてが持つ敗戦の記憶・・・これは、この戦争で、日本人に組み込まれ、すでに幾世代も経ている。敗戦から学んだこと、このからだ・こころ・・・に刻まれたはずの”戦争はしてはならない“・・・誰もが言う・・・これ、戦地で戦い傷つき帰り来た人・・・傷を負うこともなかった人・・・家族を失った人・・・”戦争はしてはならない“・・・と、言い、思い・・・はしたが、それを己の心にどのように培ってきたのか・・・そして行動してきたのか・・・。戦争はしてはいけない・・・と、戦地へ行き、辛くも無事に帰った兵士・・・の言葉・・・しかし、政治は、この戦争の実態を体と心で知り感じた・・・根本的な罪業・・・これを、意に介することなく、政治屋の思惑によって、戦争への指向を進めていく戦後の政治。
・・・靖国神社へひそかに合祀された・・・戦犯・・・その処刑された者たち・・・彼らは、本来、家族によって、静かに、全くの個人として、個々に弔われる者であったはず・・・それが、何か政治的思想的な思惑によって祀られたしまった・・・それへの戸惑いを持つ霊も幾柱とあることだろう・・・それこそ、その霊は安らぐことなく、あの靖国の森にさまよいあるに違いない・・・そう、亡き人、霊までも政治的思想的に・・・その霊の心とはかかわりなく・・・中には、してやったりと喜んでいる霊もあるかもしれないが・・・それ等を除いて、祀られはしたが、心安らぐことなく・・・靖国の森にさまよっていることだろう・・・。
そして、今年の8月15日(追記)、もう一つの戦死者を弔う千鳥ヶ淵墓苑へ総理大臣アベは、これも政治的思惑をあらわにし、さも殊勝に参拝した・・・そう、心を靖国に寄らせたまま・・・想像であるが、このこと。・・・何もかもがちぐはぐ、一貫性がなく・・・ただ、混迷を広げているに過ぎない愚かな政治屋の行動。内外からの嘲笑にめげることなく・・・靖国・千鳥ヶ淵・・・これへの未来の在り方へそのビジョンを示すことなく・・・そう、その有様は、この日本国へ国家ビジョンを論じることなく、あらわにすることなく、ただ権力の座に座り続ける・・・そして、そのための策に専心する・・・その総理大臣の姿は・・・あさましくさえある。
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・・・この夏のことはしばらく忘れないだろうと思う・・・
8/17/Fri
八月十五日のお盆、そして、十六日送り火・・・そう、宗派によってその行事の過ごし方は異なるのだろうが、ただ、お盆・盂蘭盆会・・・そう、この日を敗戦の日・終戦とした・・・日本の官僚の”巧みさ“・・・僕はこの日が来るたびにそれを思う・・・。
この敗戦の日が前後十数日とか十日・・・数日・・・と、違っていたなら、僕ら・・・日本国民は・・・これほど敬虔な気持ち心持態度で・・・この終戦の日を迎えただろうか・・・と、毎年思う。・・・そう、これを成した日本の官僚・・・その儀典をつかさどる省はどこか知らないが・・・何ともはや、この敗戦の日を”お盆の日”とした官僚・・・これに感心してしまう僕です・・・。そう、各家庭やその人たち、それぞれの追憶追慕の人たちをそれぞれ思うばかりではなく、国民が一つとなって、大戦で亡くなった兵や親族、さらに他国の兵たちまでを心に描き弔う・・・そして、”もう、決して戦争をしてはならない”・・・とそれぞれが心にする・・・。
・・・この終戦の日・・・お盆・盂蘭盆会・・・と、したこと・・・その人たちが“そうしよう”と図ったことに改めて感心してしまう・・・。
古代大和の創始・・・その神話・・・霊とされ天より高千穂の地(くに)に降らされ、そこに人形(ひとがた)となって復活再生したニニギノミコト・・・そのニニギノミコトが初めて出会った”人”・・・そして、その忠実な僕(しもべ)となったその人・事勝国勝長狭(ことかつくにかつながさ)。以下、自著『額田王研究』790ページから一部を抜粋してみよう。
 二‐6‐1 「人」と出会う
     ― 統治の人材を得る ― 
ここに「天孫降臨」が達成された。そして、ここでニニギノミコトが地つ国で初めて出会った「人=事勝国勝長狭」の「事」に注目しておかなければならない。
 「紀」はいう
 ―其地有二一人一。自号二事勝国勝長狭一。―
「人=事勝国勝長狭(ことかつくにかつながさ)」に出会う。「一人」はとは、初めて人に出会う、という意味であり、また独りの人の意味でもあり、「畜」ではない「人」、階級社会における「人たるにふさわしい」の意もふくむのであろうか。ここには有能な人という意味も込めて、狄佑劼箸衢り瓩箸いど修錣気譴拭
事勝国勝長狭は、高皇産霊尊と天照大神によって与えられた地つ国(これは天つ国の神の一方的な論理)の住人である。これがニニギノミコトの地上界・人の世界・地つ国への臨場、すなわち降臨が成った瞬間でもある。
人である事勝国勝長狭が、この出会い「降臨」に際して驚きを持った様子は語られてい
ない。これは、ニニギノミコトを始め護衛の二神や五部神が地つ国の人と変わらない「体(てい)」をなしていたためであろう。表面上「神」「人」との違和感は「神(意識上)=ニニギノミコト」「人=事勝国勝長狭」ともに持たなかった。自然な出会いである。しかし、 その「体」は同じでも実は主従共に猗梢輿悪瓩凌箸任靴なかった。彼らは「半神半人」の身なのである。これを後に地つ国初の「能吏(のうり)」となる事勝国勝長狭は一瞬で見抜き、また自ずと「尊い人・神」と理解した。ここには支配者となるべき人には自ずと有能な人が集まることも暗示されているようにも思える。
*この「半神半人」の主従‐どのようにして「人化」するのであろう。
彼らは神体を失い人形(ひとかた)となった神である。もはや生誕の地、天つ国・高天
原への帰還は絶望的な身となってしまった。
新たな生誕の地は、ここ「地つ国・葦原中国(あしはらなかつくに)」である。これがニニギノミコトの名、「記」における
 ―天(あめ)邇(に)岐(き)志(し)国(くに)邇(に)岐(き)志(し)天(あま)津(つ)日(ひ)高(こ)日(ひ)子(こ)番(ほ)能(の)邇(に)邇(に)藝(ぎの)命(みこと)―
この「邇邇藝命・ニニギノミコト」「天邇岐志国邇岐志・あめにきしくににきし」と、神名と尊号それぞれに込められた命名の由来、これこそが「二つの生誕の地を名に持つ神」の所以である。
「人」「事」に出会うことは、「神つ国・高天原」との断絶が意味される。「膂宍(そしし)の空国(むなくに)」‐これは「神体を剥奪された直系の霊・ニニギノミコトの霊が、邪悪な神々のたむろする天と地の間の「鶏子(とりのこ)」のような曖昧模糊とした渾沌の冥界、虚天(こてん)空国(うつくに)、その幾重もの層を抜け出し、ようやく「事―実存」の「界・領域」に入ったことを意味する。
そこで、事勝国勝長狭から「是に国有り、取捨(ともかく)も勅(おほみこと)の隨(まま)に」と平和裡に初めて「地(くに)‐国」を得、ここに宮を竪て逗留することになる。
また、「事勝国勝」の「事」は「叓(じ)」に同じ。まつり・つかえる意。史+吹き流し。史は木の枝に祝禱の聖器・口(さい)をつけて捧げる形。廟中の神に告げ祈る意で、史とは古くは内斎(祭)をいう語であった。外に使して祭るときには、大きな木の枝に「偃游(えんゆう)‐吹き流し」をつけて使い、その斎(祭)事は大事という。それを牴事瓩箸いぁ王事を奉行することは政治的従属、すなわち「事・つかえる」ことを意味した。河や岳での斎祀はいわゆる外斎(祭)である。また使役の形式を「〜史・せしむ」のように、史を使役に用いる。すなわち、王事を奉行し政治的従属、すなわち「事・つかえる」ことを意味し、このニニギノミコトの「地つ国」における「まつりごと」における「能史(のうり)」として事勝国勝長狭は重要な位置を得ることになる。
「国」も同様の意味と解してよい。
*こうしてニニギノミコトは、いわゆる人材も得て行く。人・事勝国勝長狭は以後の王の治世における政(まつりごと)の能史・すなわち今日に到る中央省庁の官僚、そのキャリア官僚の元祖・第一号ともいえようか。
*更に「事」は、木の枝に付け捧げられる聖器「聖器‐祝禱を収める器・口(さい)」、更に「偃游(えんゆう)‐吹き流し」を表わし、ニニギノミコトを象徴し、その存在を意味し、聖器‐口(さい)に入れられ天降ったニニギノミコトが、蓋を開けられ封印を無効とされた聖器‐口(さい)から、ム(きょ)‐封印を解かれ‐蓋を取られ‐出て、ここ地(くに)つ国に「人形(ひとかた)」となって復活・再生し、統治に入ったことを地つ国に知らしめていることを表わしている象徴的な場面である。
その統治に加わった最初の有能な人、事勝国勝長狭との出会いが、このような斎(祭)事をも可能にしたのであろう。
*さて、次の神話の段階、これは神話の終焉というべき「天孫降臨」が、ニニギノミコトをもって高天原の思惑通り完了し、以降「記」「紀」には高天原の記事は無く、地つ国・葦原中国でニニギノミコトが直面し、自らが冒し、原罪として次代に受け継がれる失策と自らの素性が明らかにされる。
 ・・・・・・・・・・
と、自著の一部をC&Pしました。妙な方向へ進んでしまったが、その大役を現代の能吏?
たちは果たしているのであろうか、また、その能吏たちの本来の能力を政治家も国民も
引き出し、発揮させているのであろううか・・・また、そのキャリア官僚たちも、おろ
かにも政治の世界へ進出し、あたら能力をゆがませあるいは閉じ込めてしまっているの
ではないかと・・・たびたび思う。そう、政治は、党人・民間人が行い、それを官僚が
補佐する・・・という、図式があいまいになり。官僚の政界進出が、政治をせせこまし
く、つまらぬものにしている・・・すなわち政策が官僚主導になりつつあるこのつまら
なさ・・・与党・野党ともに・・・似たり寄ったり???しつつ・・・すり寄っていく。
・・・自著『額田王研究』の校正を進めています・・・。ミスタイピングや脱字が多く
恐縮しきりです。新版は年末か新年になってからと思っています・・・詳しくはお気軽
に電話にてお問い合わせを・・・FAXは受信機が壊れ不能、以降新機に更新せずにいま
す。
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・・・昨日は終戦の日・そして、僕は今日も漂流している・・・
8/16/Thu.   
昨日の名古屋は雨模様の曇り・・・気温も35℃を下回った。今日もまた。しかし、湿度が高いせいなのか・・・爽快感は小さい。
・・・しかし、今年の台風のなんとまあ定まらぬ???行き先???その進路は混迷を極めている・・・そう、次々と発生し・・・迷走するそれ。まさに“踵を返す”その身のこなしの機敏なことに驚く・・・そう、冗談を言っている場合じゃないが・・・それは、まさにこれまでの僕の人生のようだ・・・そう、混迷の極み・・・踵を返すことは徳家はないが・・・立ち止まってしまう。
しかし台風と違って・・・他者への迷惑はそれほど引き起こしてはいないだろうと思う。もちろん、父母家族には度重なる困惑と苦労であったに違いない。
・・・この夏・・・思わぬ猛暑・・・それは生命にかかわる危険な気温の上昇・・・観測史上次々と最高気温を更新・・・各地の気象台始まって以来なんて・・・そんな表現がたびたび。
・・・しかし、これ、この猛暑に、日本一を他所に取られてしまったと居直って見せた熊谷の女性の存在・・・女性の逞しさ・・・本質を見据え、それに正対し、くじけることなく背筋を伸ばす。
・・・たいしたものだ・・・女性とは。
そう、終戦を迎えた73年前のあの日から・・・日本の女性は新たな生を得たのだろうか・・・それ以前にもまして。そう、女性蔑視・・・こんなことは本当はありはしない・・・和漢(やまとのこ)は、ずうっと古代から・・・女性を心の底・本心に・・・認め、頼りにしてきた・頼りにしていた・・・そうに違いない・・・ときに、誤ってなすことも、威張って見せて・・・も。そう、何度も書いてきたが・・・平塚ライテフ・・・そう彼女は言い切った・・・女性は太陽そのものだと・・・本当だと思うし納得もする。
・・・どの家系にも祖母・母・妻・姉・妹・・・そして近所のおかみさん、そこここの店を切り盛りするおかみさん・・・もちろん、家庭を経営する奥さんと、周りの女たちのなんと優しそうでたくましいそれ・・・。電動アシスト付自転車の前後に乳幼児をのっけて染め上げた茶褐色の髪をなびかせ全身に夏の日を浴びてペダルを漕ぎ行くそのはつらつとした健康美。
・・・妙な方向へ進んでしまった・・・が、これを取り消すつもりは毛頭ない。
そして、僕は今日も漂流している。そう、帆と舵を失ったオレ・・・一本の竿も持たず。
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・・・この夏のことはしばらく忘れないだろうと思う・・・
8/17/Fri.
昨日そして今日は気温が幾分低い。昼間、意識しないで冷房なしで過ごせた。昨夜は、汗もかかず、ぐっすりと7時間半ほど眠った。久しぶりの熟睡・・・なんだかこころも体も爽快・・・ありがたい。
夕方、日が傾き、日陰となった垣根の向う、その青い小さな実を点け始めた柿の木にメジロの群れが戻ってきた。一月ぶりくらいだろうか。この長い猛暑の間、小鳥たちの姿も見ることがなかったが、隣の深い森の中でその幾分かの涼しさに隠れていたのだろうか・・・。そういえば、ここ数日、スズメも鳴いている。
今朝のラジオ・・・どこの山だったか・・・山小屋の周りにうっすらと積雪があったそうだ。秋を飛び越して冬?!
100回目の高校野球記念大会も準々決勝で、8強がそろう。・・・そう、準決勝、決勝と・・・戦いはさらに白熱する・・・ラジオの実況放送・・・そのアナウンサーの声も日々の熱闘についつい力がこもり絶叫、上ずった声も幾分しわがれてきたように思える・・・。
猛暑の中、甲子園のアルプススタンドが各校の応援団とともに高校野球ファンで満員の状態らしい・・・四万四五千人の満席。こんな様子は野球好きな日本ならではの風景なのだろうか・・・そう、高校生が巻き起こす熱闘・・・それに共感しあおられる・・・この国民性・・・なんとも平和で面白い・・・真夏の狂演・・・そう、くるってしまう・・・我を忘れる・・・没入・・・そう、73年前・・・ふと我に返った日本国民の暑い暑い夏もあった。
実は、僕はこの何十年・・・高校野球に興味がひかれることもなく過ぎてきた・・・。そして、先日、何気なくスイッチを入れたラジオの実況放送、その迫真の実況アナウンス・・・はっとした・・・何か呼び覚まされるみたいに・・・。
それから、この食卓書斎に向かいながら、背中に実況を聴いてきた・・・懐かしかった・・・中学生高校生だったころラジオを通してその熱闘を聴いたそのころの様々な風景光景もが沸き上がって・・・懐かしさに心がキュウっとわしづかみにされた。
・・・今年の猛烈な暑さ・・・耐えがたいその暑さに抗して冷房を点けずに頑張ってみた時もある・・・そう、老人の冷や水ならぬ、バカな夏の暑さの我慢比べ?
愚かな極みだが・・・この夏のことはしばらく忘れないだろうと思う。
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・・・秋、秋が来たら・・・遊びまわるぞ・・・そう、冬もね・・・
8/18/Sat.
昨日そ
・・・あの涼しかった数日・・・そして、それは一瞬にして裏切られた・・・戻ってきた命の危険さえある猛烈な高温・・・。
とにかく、ぶり返した猛暑・・・もう気力の限界・・・心が折れる。
タイピングの指先もそれを支える体も限界だ・・・。ええ、ごめんなさい。月末まで休みます・・・書くことも思いつかないし・・・。
それでは、改めての投稿記事をお届けするまで・・・休み。そして、この間、校正作業に戻ります(これでは休暇にはならない???。18日にバラの修正プリントが届いた・・・これをもう一度念入りに読み直しして、最後としたい。次の原稿に進みたい・・・その構想を文字に置き換えたい・・・が、これも少し休もう。
・・・そう、何もかもカモから解放されたい・・・そう、遠くへ行きたいカモ(…雁)のように???・・・ここ数年、ここ十数年、ここ何十年と・・・背に荷が、のっかっている・・・疲れた。
そう、秋、秋が来たら・・・遊びまわるぞ・・・そう、冬もね・・・心は“渡り鳥”。そして早春には”北帰行“??????そう、この湖沼を飛び立って・・・野を越えまだ深い残雪の峰を眼下に、そして流氷の海を越えて・・・行くか?先に群れ行く群れをはるか遠くに見ながら・・・打ち枯らした羽が・・・空気をつかみかねている???
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HITBIT 心もよう vol-101 JuLY 2018

HITBIT[心もよう]vol-101 July 2018 
『心もよう』第101号、2018年7月号・・・100号を超えて来た・・・ええ、これってすごい・・・僕にとって、物事がこうして続くなんてこと自体が珍しい・・・。
・・・本当によく続いた・・・その間、中断の1年間もあり、心の紆余曲折、健康状態、生活の不安などなど、さまざまに身辺がざわつきました・・・そのざわつきは現在も続いていますが・・・それはそれなりに、左右へいなしながら・・・何とか誤魔化しごまかしして・・・心と体の平衡を保っています。・・・さらにまた、このコンピュータが調子を乱すなどと・・・追い打ちも。
このパソコンの不調は・・・まさに生身の僕の不調と同じ・・・この心と体がとたんに前途が暗くなり、不安と不調が一気に体に満ちてしまいます。
・・・そう、1980年代でしたか、コンピュータ・・・パーソナルコンピュータ・・・パソコン・・・これを手に入れました。
憧れというよりも、これからは、コンピュータを仕事にも趣味にも・・・ええ、自分自身が操作する機械・マシーンになると、なぜか僕は確信したのでしたが・・・そんな話というのか、建築学科の教育の場面にもコンピュータの授業が必要になるのではないか・・・なんて、非常勤(ええ、人との付き合いが不得手のぼく、そう、そんな僕に亡くなった連れ合いは気が付ていたのでしょう・・・なぜか、常勤への誘いがあっても、生活が安定するだろうと予想できても、賛成しませんでした・・・ええ、これは正解でした、確かに)の僕が思いを話すと、そんな機械のオペレーターに建築学科の学生をさせたくない・・・なんて、僕より僅か10年ほど年上の常勤先生方が異論を唱えられた・・・その時の雰囲気を、いつも、パソコンの不調の時に思い出すのですが・・・それから数年、パソコンが・・・急速に世の中に普及・・・その操作ができないことは・・・それこそ、世の中に後れを取っていく・・・ということになっていました。そして、学生自身がパソコンを手にし教室に現れる・・・そんな風景になっていました。・・・そう、僕の最初のそのコンピュータはMAC−Macintosh−あのかじり跡のついたリンゴのロゴマーク・7色の段塗・・・その後いろいろMACの機種を重ね・・・建築設計や文章を重ね来て、2006年でしたか・・・連れ合いをなくし数年後ですがWindowsのマシーンを手にし、2年間の遊学・・・そう、小論文の提出や卒論の提出に手書きではなくパソコンの使用が奨められたことが理由でしたが・・・この時リンゴマークとのお別れ。ええ、仕事では、今でもリンゴマークですが・・・仕事は途絶え、生活は前途が見えなくなって真っ暗になってしまったのですが・・・その何年も前にリンゴマークは灰色・・・ええ、とてもシンプルになりかっこよくなりました。そんなパソコン遍歴、パソコンとの付き合い・・・これにどれほど多くの生きる勇気をもらったことでしょうか・・・そう、大げさではなく。
・・・まあ、こんな風な何十年間のパソコンとの付き合いですが・・・建築図の制作と文章の作成・・・これだけはまあまあ何とかできるようになって・・そう、こうしてBLOGまでこなし、さては、先の自著『額田王研究』なんていう、100万字ほど1000ページ越えの大著・自費出版・・・よくぞ書いたもの(誤タイピング多く恥ずかしい、校正が大変???今も続けている???)・・・ええ、自分で言うのもなんですが・・・まあ、よく書いたものです。・・・例えば原稿用紙に向かってペンを走らせる(実は現在も万年筆を日常的に使ってはいますが・・・)なんてことは、50歳を超えるととても無理・・・そう、パソコンにお世話にならなければ、こんなことは、年齢的−根気や視力そして座力?(忍耐力?)は老いてはとてもできないこと・・・そして現在もその校正を進め・・・さらに、もう一冊なんて・・・あらぬことを思ったりしている・・・というところです・・・。そう、ここには、パソコンという”利器“・・・これが存在したこと、出会ったこと、この利器がだれにでも「本」が書ける。自分史でも、研究論文でも、小説だって文才さえあればかけてしまう・・・出版さえ、お金を何とか工面すれば・・・僕は生活を切り詰め、切りつめ・・・ようやく・・・と、こんなことが出来てしまう・・・。
そう、この時代に、この僕は遭遇した・・・戦後の僕の成長期・・・目の前に次々と・・・家電・・・電化製品・文化生活という雰囲気も・・・が出現して来た・・・そう、成長期、僕も日本の社会も経済も・・・そんな時期に”出会ったという感慨“があります。そう、あの70年の大阪万博に、ちょうど、建築の師、菊竹清訓先生に弟子入りしたその‘68年でしたか、師も、基幹施設設計の一人になられ・・・さらに、万博施設の設計の一端(エキスポタワーなど・・・)を菊竹先生が担われ、そのチームの一員に、そして、そのチーフにと、思わぬ場面に面食らいつつ、何とか責任を果たし、頑張りすぎたのか、体を壊しやむなく帰省・・・そんな中で、最先端のコンピュータの作図による図面というものを見ることができました。今思えば何とも稚拙な図でしたが、それでも未来を僕に語り掛けてくれました、その図面・・・以来、今日に到っていますが・・・やはり、営業の才もなく、さらに、世の中から隠れる・・市隠・・が、何より僕の気性にあっているというのか、そんな生き方しかできないかなしさ・・・。そして、一つのきっかけから、次々と良き仕事、大きくはないが、いろいろな規模種類の建築を設計監理させていただき今日に到っている。
・・・人は、その生まれたとき・・・それは疑いようもなく”良き時代”に違いないと僕は思うのですが・・・そう、やはり僕はこの時代に生まれ来て感謝しています・・・ええ、いつも質素な質素すぎ、さらに孤独な人生ですが。
・・・まあ、パソコンのことでした・・・パソコンがそこにあったのではない・・・パソコンが僕の目の前に出現した・・・そんな実感です。
・・・そんな僕も老年期に入ったのでしょうね・・・年齢、それ、なぜか肉体を言えば確かに老人・・・ええ、心は常に若い、なのに、最近はときどき自分自身を心なくも老人と言ったりしますが・・・ほんとはそんなことウソにも言いたくもない・・・仕方なく・・・。
・・・と、妙な方向にタイピングが進んでしまいました。
・・・今日は七夕まつり(新暦の七月七日))・・・年に一度の”逢瀬“・・・の日です。
・・・牽牛と織女・・・しかし、今日は大雨(おおさめ)・・・厚い雲・・・どうぞ、心おきなく厚い雲のとばりの向こうで逢瀬をお楽しみなさい・・・うらやましいな。
・・・とにかく、数日前まで滞っていたBLOGの6月号(100号)の投稿も済ませることができましたし・・・そう100号でした。ええ、とにかく僕の人生・・・大げさではなく・・・あまりにもたびたびの大中の障害に出会います・出会いすぎ・出会いたくないけど、向こうからやってくる・・・良きこと悪しきことと。つらいほんとうにつらい・苦しい・・・女性の作家・三浦綾子さん(作家・作品として好きな方でした)が降りかかる困難や不幸について何かおっしゃっていました・・・。
そう、人は厭離穢土・えんりんりえど・・・おんりえどともいいますが本来は“えんりおど”(広辞苑)・・・穢れたこの世を離れたいと願うこと・・・そう願いつつも、すなわち、欣求浄土・ごんぐじょうど・・・心から喜んで浄土に往生することを願い求めること・・・そう、困難なんてやってこないで、幸いな事ばかりがやってきてくれれば、どんなにか生きていることが楽しかろうに・・・というような思いなのでしょうが、やはり生あるうちは、厭離・・・嫌いつつも、この穢土にまみれて、人は暮さねばならない定めの下にある・・・というようなことをおっしゃっている。もちろん他にも様々な人が同じように言っていますが仏教自体がこんなことへ正面から向き合ってきたともいえましょうか?・・・本当に、この世は、穢れきったこの世をいくら嫌っても生きてあるうちは、どんなに汚れ穢れ切ったこの世を嫌って欣求浄土を渇望しても、生きてあるうちは、様々な試練から人は逃れることができない・・・このようなことでしたか、おっしゃられています。
思いますに、僕自身も、この世を穢土としている一人にちがいありません・・・が。
一方で、確かに、僕なんか、次々と襲い掛かる困難・くるしみにさいなまれ、それを乗り越えたというのか、その困難が行き過ぎてくれたというのか、解決がついた・・・とほっとする間もなく次の困難が襲ってきます・・・ともいいますか、目の前に立ちはだかります・・・。まあ、僕自身が汚く世度れた存在・・・だから、欣求浄土なんぞどれだけ渇望しても・・・手は届かないでしょうが。
・・・まあ、耐えがたくあるが・・・でも何となく、乗り切ってきたし、乗り切っている、今度も・・・(これは少し大げさ・・・たかが、パソコンのことで・・・はい)。もちろん、パソコンのことは外部へ救援を求めなければならない・・・これも負担だが・・・やむを得ないこと。
と、こんなことを、タイピングしつつ考えたり、思ったりしていました・・・。
コンピュータが戻ってくるまで、こうしてタイピングするときまで・・・いろいろと。そう、こうしてタイピングしつつ文章を書きつらねる習性がいつの間にか身と脳と指先に付きました・・・うれしいことです。
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===目次===
7/07  並みな表現では語れない自然の力の恐ろしさ・・・
7/11  ・・・防衛費にはジャブジャブと国費をつぎ込むが・・・
7/12  ・・・やっぱり、人に会いたくない・・・
7/13  ・・・また、後付けパホーマンス・・・
7/15  ・・・ここにやってきていた「夏」・・・
7/17  “ノリタケの森・・・ノリタケ・ギャラリ―“で
7/18  ・・・命にかかわる危険な猛烈な暑さになります・・・
7/22  ・・・もう、ずうううーと遠い・・・
7/30  ・・・こんなちょっとした心の安らぎもないことだろう・・・
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並みな表現では語れない自然の力の恐ろしさ・・・
7/11/Sat.
今月3日から東海から西日本は大雨・・・線状降雨帯といったかな?・その画像の赤や紫色で表され、かぶさる地帯が幅が広くなって帯状降雨帯となっているという・・・いうなれば幅が広くどしゃ降りが続くということか・・・豪雨のブルドーザー・・・か。
確かに、この数日間の降雨は雨降りなどというものではなく・・・そう、雨粒なんてなっていなくて、水道の蛇口をポタポタではなくジャーーーーーーと連続する吐水状態・・・そう、細くない太い流れ・途絶えることなく水の流れが天から地上までつながって、間断なく流れ落ちている状態・・・いわば、自分の居住地に向かってその範囲全体が蛇口の下・・・何千何万いや何億なんて蛇口は一斉に・・・なんて馬鹿みたいに思ってしまうほど、その自分の思考形態が愚かなことに気づくこともなく、この雨降りではない激しい降水状態・・・開けっ放しの蛇口状態・・・そんな豪雨が、夜になるとやってきた・・・もちろん昼間も蛇口の開けっ放しがあるのだけれど・・・明るさゆえか、幾分か恐怖感が少なくなるのだが・・・夜は恐怖感が増す・・・。
そう、降るなんて言う生半可なものではなく・・・連続した太い水の流れが、一斉に絶えることなく地上に当たる音−連続音・・・これは恐怖心を煽り立てる・・・恐ろしいこと。人間の無力さを教えられ、失望感というのか諦め、そんな思いにさせられてしまう。その昔、青年のころだった・・・国道を帰路・・・そこへ駆け足の土砂降り・・・ワイパーは全く効かず・・・路肩へ寄せた。追突される恐怖の車中・・・あの恐ろしかったことをも追い出す。あの時は短時間の出来事、今度の大雨は何日も降り続いている・・・これによる被災者・・・被災家屋・・・インフラの被害も。
日本列島・・・災害列島、その様相が確実になっている。
・・・地球が病んでいる・・・悶え苦しんでいるのかも・・・。
・・・様々に出会う、人間の下品化がなす穢土化・・・そんなものをも・・・この地球のなす人間への警告なのではないかとも思ってしまう・・・。もちろん僕の存在自体も、小さいがその一因・・・そう、自分自身もがその一因・要素・・・かも、そう、僕は確かに純白ではないかもしれないし、全くの正義でもないかもしれないし・・・自信がない・・・ゆえに愚かな思いなのかもしれないが・・・。それにしては、被災者は罪なき庶民だ・・・そう、“無辜の民”・・・その人間世界の不公平さ・・・宗教観・信仰ではない、まったくの日常感として、人間の自然力の脅威に対する無力さと自然のなす残虐性の露出かとも思うのだ。
自然の脅威などと、言う月並な表現では語れない自然の力の恐ろしさ・・・。
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・・・防衛費にはジャブジャブと国費をつぎ込むが・・・
7/11/Wed.
防衛費にはじゃぶじゃぶと国費をつぎ込むが・・・国土強靭化を口先で言いつのりはするが・・・そう、目の前のこの国土の荒廃の様はどうしたことだろう・・・。緑の植林の山の姿は、豊かな資源としての象徴だったが、これが負の資産へと価値を変えて、果てはsぢょくりんに励んだ・・・そこに住む人の命までも奪ってしまう・・・この植林という未来を見つめた、施策は何だったのだろう・・・。
・・・国敗れて山河あり・・・なんて言うが・・・山河そのものが先になくなってしまう・・・そして、国民のほとんどが疲弊し復興も再建もままならない・・・まま、国土はさらに荒れ果てる。
そんな、不条理というのか、この世の弱い者がいつも泣いている。大義を振りかざす、この国のチマチマした”為政者ども”・・・、そのせわしないネズミのような行動の示すものがこれか。そう、あの閣議前の全員撮影・・・この映像のなんと・・・貧相・・・まさにネズミの様相だ・・・そう、品がないということ・・・下品さ・・・それが、体からお顔から、振舞いから・・・にじみ出ている・・・残念だ。
・・・この全員集合撮影の習慣なんか、汚らしくておぞましい・・・こんなのやめちまえ・・・。これ見よがしの愚かな場面・・・。
・・・とにかく、この梅雨明け間近の猛烈な豪雨・・・この悲惨さ。
・・・そして、一方で東京都を囲むスーパー堤防なる構想が討論のテーマに取り上げあられる・・・。百年の計だとさ・・・。そう、チープな政府はどこへ行ってしまった
・・・この討議の前に東京一極集中への疑問が示されるべきではないか・・・。
・・・そう、あの首都移転構想・・・そして、それが没になって・・・水面下では・・・大阪市と東京首都圏のひそかな強靭化策が進行して来た・・・。
・・・そう、国土の7割を占める山野山河・・・これが無策にありながら・・・秘かな、エゴ防災策・・・か・・・あきれる。
出先で、4ch・深層ニュースなるものを見た・・・夜遅く。
・・・驚いた、その今夜の主題・・・その場面に登場する元自衛官・陸海空の将官だったものら・・・そう、これを、この自衛隊の退職元将官を・・・なんと「3将軍」と堂々と掲げる。このタイトルを見たとき、どこの国のことだろうと・・・いぶかっていたが、たちまち日本の自衛隊の元将官だと知らされた・・・なんと、このタイトルに恥じ入るでもない、3人の姿・・・このタイトルに、恥じ入る、ここへ登場する前に、タイトルの変更を申し出た様子もない・・・鉄面皮・・・このタイトルは間違いだ。
・・・これが、現在の日本のマスコミの本音かしら・・・そう、テレビチャンネルの一つを責任もって管理運営操作しなければならないはずの当事者が、こんな大きなミステークを犯した・・・そう、確信犯かしらね。これは汚い手口ね・・・極め付き・・・恥じらいもない、番組制作者や司会者どももか。
・・・マスコミの居直りかしら、そう、旗色を早々に決めたのか、もともとそうだったのにうかつなオレか・・・よくわからない。
・・・総務大臣は、この件を調査して、間違い表現を叱責するのかしら・・・すべきだ・・・。もちろん防衛相とその大臣も、一言正せ・・・。報道の自由といえど、影響が広すぎよう・・・。おたがいにホホカムリかな・・・ナレアイカナ・・・ナムアミダブツ。
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・・・やっぱり、人に会いたくない・・・
7/12/Thu.
堺市まで往復してきた・・・残念ながら、京都へは回らずじまい。
せっかくの関西方面なのだったが、目的にするには時間が遅すぎた・・・閉門されてしまうのだ。まあ、改めてと・・・残念に思いつつ帰路に就いた・・・途中、伊賀あたりだったか、ぽつぽつとフロントガラスに雨粒があったったと思いきや、次には俗にいうバケツをひっくり返したような猛烈な雨降り・・・そんな時間が5・6分かしら・・・思わず車を寄せた、左の路肩・・・追突される危険性は十分だったが・・・その恐怖の時間が瞬間的ともいう短時間で過ぎ去った・・・しかし、高性能の大型トラックの群れは、ものすごい水しぶきを上げつつ、それを寄せた車にブッチャケ疾走していく・・・。・・・なんとまあ・・・と、感心するとともに、薄れていく恐怖心・・・雨も上がって・・・まあ、なんとか無事に帰り着いた。
怖かったなあ・・・そう、人も自然も・・・みんな僕に恐怖を持ち込んでくる・・・恐ろしい世の中・・・やっぱり、人に会いたくない。
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・・・また、後付けパホーマンス・・・
7/13/Fri.
閣議の全員集合場面へ・・・アベはトクイソウニ作業着姿で中央に着席した。そう、この豪雨被害が続出している最中・・・何とか言う懇親会で、談笑シテイタとか・・・総裁選挙・・・その選挙対策の懇親会なのだろうか・・・。
・・・そんなニュースが流れた・・・。これには政界に非難が出たともいう。
・・・これに、敏感に反応し、翌日の全員集合の場面に・・・作業着?防災服?・・・というのだろうか?
・・・ははっと、笑ちゃう、この敏感さとしているその鈍感さ、このパホーマンス・・・周りの閣僚らはスーツ姿(このスーツ姿が様になっていない、この悲しさ・・・)・・・一人アベだけが浮きあっていた・・・そんな絵・・・なんとパホーマンスの好きな総理大臣・・・やることなすこと、この体たらく・・・。不快だ。
(以下、追記7月30日)
・・・そう言えば、いつの映像だったのか、出先で目にした画面・・・とにかく・・・最近、党首討論の最後の場面なのだろうか・・・アベが、議長の制止を再三にわたって無視し、持論を述べ続ける・・・果ては、その場面が終わると・・・立ち位置を離れ・・・質問者・討論の対者オカダに向かって、いわば詰め寄り・・・”持ち時間を守ってくださいよ、時間を・・・(これは僕の正確くな記録ではない、この場面・・・一瞬の映像・・・)“・・・・・これにオカダ・・・無言?・・・なぜ、一言・・・”ソウリ、ソノオコトバ、ノシヲツケテオカエシシマスヨ・・・“と、とっさにでも言えなかったのか・・・そう、ジョークで一言。そう、議長の再三の制止を無視して、自身の言いたいことを言いつのる、果ては対者のオカダへ詰め寄り罵声を浴びせる・・・これ、この態度・傲慢・・・自分自身から正せ!・・・アベ・・・議長の制止も聞こえないほどの精神状態だったのか・・・こんなことでは・・・この日本国のかじ取りは任せられないぞ・・・。
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・・・ここにやってきていた「夏」・・・
7/15/Sun.
昨日は本格的な夏の到来か・・・世の中・我が家の前の通り・通学路、歩道が急に静かになった・・・思えば日曜日、さらに夏休みらしいと気づいた。もうそんな季節なのか・・・とも。
昨日からセミが鳴きだした・・・やっぱり、夏なのだ・・・夏休みなのだ・・・と、気が付けば・・・僕は独りぼっち・・・か。ここにやってきていた「夏」。
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“ノリタケの森・・・ノリタケ・ギャラリ―“で
7/17/Tue.
僕が名古屋へ戻って、建築設計事務所というよりも小さな一人事務所、いえいえ、それよりも、まあ、さらに小さなアトリエといったほうが、中身とともに軽々とした雰囲気・・・がする、そんな建築デザインの仕事のはじめ・・・そう、仕事の見込みもない不安定極まる出発・・・そんなとき、そんなとき、娘さんのご主人Sさんが紹介くださったのが今は亡きMさんご夫妻だった。機械工具を扱う会社を経営されていて・・・ちょうどそのころ、新しく土地を求めご自宅を新築されようとされているから、訪ねて行ってください、話しておくから・・・と、そんなご紹介だった・・・。そして、僕の設計経歴でも初期に当たるそんな住宅設計を土地のご購入直後からかかわらせていただいた・・・そう業界で言う、お施主・・・Mさんご夫妻。実は、僕の生活が成り立ち始めたそのありがたいつながりのはじめ、元の方々ともいう、いわば、恩人との、そんな出会い。
このMさん夫妻の娘婿に当たるSさんとの出会いにも、仲介者がおられるが、その話をするとまた長くなる、今日は、ここを飛び越して・・・、そのMさん夫妻の息子さんご夫妻、さらに、主役は奥さん・・・といっても長い話ではない。
・・・そう、すでにMさんご夫妻はなくなって、その息子夫妻Mさんの奥様が、ノリタケ・ギャラリーを借り切り個展を開かれた、その一週間の最終日が16日月曜日だった・・・海の日。
そう、世界のノリタケの発祥の地とでもいう、その本社工場(?正確には知らない)・・・この明治九(1876)年から始まり、米国と日本国内の五つ六つの工場から始まり、現在、工場は九州伊万里へ移られて?)、この名古屋則武の工場は“ノリタケの森”として、歴史とノリタケブランドを土地とともに名古屋に残しおこうという、いわば、“日本の近代産業遺産”の典型的なその跡地、・・・失礼、現在もデザインから制作まで、並行して維持されているが、レンガ造りを交えた建物群とともに公園要素も加え整備されたのが近年。僕も名古屋市、近くに住みながらこのノリタケの森へは初めて。市内での広大な施設に驚き、その歴史そのノリタケデザインのすばらしさに改めて驚きもしたが、それはまた、別の日にも書きたいと思う。
その施設うちの広い”ノリタケ・ギャラリ―“で、この息子Mさん夫妻の奥様NMさんが、長年、作りためた陶版画の個展を大々的に開かれた(この間のご苦労も書きたいが今はやめておこう)・・・。そう、陶版画を趣味としておられることは十数年いやもっと以前からお聞きし、そのお仲間との展覧会には、名古屋中心部にあるノリタケ本社(?これも正確には知らない)子のギャラリーでの展覧会へとお招きいただき観させていただいてきた。それをこの度は、個展として、その後の八年間ほどの作品を展示されたとのこと・・・。そう、ギャラリーへ入って、最初、膨大な作品、これは誇張ではない・・・個展ということを思い出さず、集団展かと錯覚したくらい、ちょうど来館されてたご友人も、多人数の作者の展覧会かと・・・と、話しておられた。とにかく、そのモチーフの多彩なこと、そのモチーフごとの作品の多いこと・・・これには、驚いた。よくここまで、長年の努力を重ねられたと、ただただ、感心するばかりだった・・・。陶版画・チャイナペインティング・・・多分、これは単に絵の具の塗り重ね絵筆使いだけでは収まらない・・・絵の具の焼成変化をも見極めなければならない、高度な技術とその知識、もちろんしっかりしたというべきか、積み重ねられたデッサン力・焼成後の完成画の想像・・・これは、油彩や水彩画さらに日本画とも異なる特別な技法力・表現力・・・そんなものが、思わせられ、圧倒された・・・。そう、これが本当の気持ち・・・本当に長い努力の積み重ねと修練を自らに課しての長いながいご努力とその成果だったと僕は感動と感服・・・を、覚え、その観覧後のカフェでの独り休憩の時間は、充実したものだった。そう、施設内の”カフェダイヤモンド“。
・・・それにしても、この猛暑の中、本当に多くの参観者が押しかけられ・・・一週間の開催中の盛況だった様子が、この最終日の様子からも思われた。そう、久しぶりに、本当に良い数時間だった。
それにしても、この多様なモチーフとその表現力。すごい。“おめでとう”。
ご主人のYMさんの影のご協力、それはまた、並みなことではないに違いない。
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・・・命にかかわる危険な猛烈な暑さになります・・・
7/18/Wed.
日ごとの天気予報・・・”命にかかわる危険な猛烈な暑さになります。水分補給、塩分補給、適切な日陰での休憩、屋内ではためらわず冷房を点けましょう・・・と、ラジオのアナウンサーが呼びかける・・・。
この猛烈・・・命にかかわる・・・危険な暑さ・・・連日名古屋は全国の五指に連なっている。38℃38.9℃などと、隣県の岐阜市や揖斐川町などは名古屋よりも高温。かつて筆頭だった多治見市はやはり、今日も41℃近くとなんともまあ。それにしても甲府・岐阜・名古屋・京都・・・の内陸性気候の典型的な高温状態・・・そして、西日本の各地・・・ここに到る豪雨の被災地・・・劣悪となった状況に、さらにこの高温がより強いダメージを押し付ける・・・なんと、神様の配剤といえど、そのむごいことだろう・・・。そう、神様も及ばぬ、地球のあえぎなのかしら・・・とも思える・・・この尋常ではない気象・・・。
・・・そして僕は、この名古屋にいる、そう、この高温の中。僕はもう4日間冷房を点けていない・・・何年ぶりだろう・・・こんな”無謀ともいえるノン冷房“・・・これには僕自身の一つの試みがある・・・そう、近年一層虚弱になった僕の体・意志もまた・・・そんなものを、改造したい・・・そうして、この猛烈な暑さの中・・・短パンにTシャツ、首にタオル(残念ながらヒンヤリタオルじゃない普通のやつ?それの保冷剤を巻き込み、暑さに抵抗しつつ・・・そう、だいたい首にタオルなんて家の屋外作業の時、作業着の首くらいしか巻いたことがなかったが、これのややヒンヤリ感、首への感覚は何とも落ち着きをもたらせてくれる・・・この命にかかわるという猛暑に・・・意外な無謀なことをやっているわけです・・・) と、冬にはできない、体質の改善まではいくはずはないが?・・・というのだろうか、そんな”愚かな試み”を、今やっている・・・どんな結果になるのか・・・そう、何年になるか10年ほどにもなるのだろうか・・・あの研究書の執筆中、たぶん熱中症なのだろう・・・意識を失いそうになって、ようやく一階まで階段をいざり降り救急車の世話になった、それ・・・その記憶が、さらにその他の体調の変化とその悪化が・・・様々に表れて・・・そしてこの年’18年の夏、ふと思って、冷房を点けないで済ませて体調の変化を見てみようと、冷え性の僕がここ数日のこと・・・水分補給・塩分摂取とともに・・・首を冷やして、そんな試みに挑戦しつつある・・・ただ、夜の居間では時々冷房を点けているが・・・。寝室は昔から冷房なし、そして、数年前から侵入不可能な位置にある窓は開け放ち、ブラインドを水平に開いて降ろし、夜気の冷気を取り入れてと、その内にはカーテンを閉めて、プラス扇風機で空気をかき混ぜ・・・と、いった具合で眠りについている・・・これが、結構快適だ・・・よく眠れる、寝つきもいい・・・そんな、いってみれば“老人の冷や水”と、さげすまれそうな・・・試みをしている。もちろん宵のウオーキングは続け、これも快調だ・・・何日か前、工事中の乗り入れ鉄板につまずいて転んで、大事なトレパンの膝部に径3伉の穴をあけ僕を嘆かせ、膝を少々擦りむいたが・・・大事なく、元気だ。
この冷房抜き・・・どんな変化を体にもたらせてくれるか、とにかく本人は真剣だ。
・・・そうそう、こんな睡眠・・・蚊帳があればさらに快適だと・・・奈良町の蚊帳屋さん、吉田蚊帳店だったと思い出すが・・・奈良でゆっくりできれば、もう一度、訪ねてみたいと思ている・・・そう、昨年から。
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・・・日ごとの天気予報に加えられた”命にかかわる猛烈な暑さ“・・・
7/18/Wed.
日ごとの天気予報に加えられた・・・”命にかかわる猛烈な暑さになります。水分補給、塩分補給、適切な日陰での休息を、ためらわず、エアコンを点けましょう“・・・。これはすでに戦争状態だ・・・都民の多くが地方から勉学や就職で上京し・・・ここで成功し・・・今は東京人・かっこよくいえば”メトロポリタン”そう、上京した者が・・・故郷へ帰るらずにいるそれ・・・それが、今ではその田舎のことなんぞ全く思わず・・・時折思い出すだけ。
それにしても、超高層の建築の林立・・・その中でも気になるのは、地面も見えない海浜近くある超高層アパートに毎日帰っていくネオ都民。一方では、かつての杣道やあぜ道の形態を残す、今は商店街となって、それに込み合った居住地。そう、込み合った路地が網の目のようにとおる低層の街並み、その一方で、まるで鶏のケージのような超高層マンションのそれ…どちらの主役も・・・地方人だ。
この景観はかつての住居としての超高層建築への疑問と議論、その生活の環境としての様々な欠如の懸念として、超高層建築での生活の弊害がいろいろと論じられた。そう60年代70年代のことだったように記憶している。そしてこの時代、未来都市論がさまざまに論じられ、そのデザインもが提案されたのだったが、その懸念される超高層住居の様々な形のアイデアだった。そこには論議の超高層階に住むことへの懸念はほとんど考慮されず、無視されたという状態だった。まあ、超高層と、迷宮の低層・・・両居住環境の極端が、ある意味で論じられていた時代だったが、現在では、この地球上での生活を、諦め断念したかのような、月や惑星でのSF的なデザインが時々現れるようになった。しかし、我々建築を学ぶものもさまざまに学び考えた、その低層建築住居、地面に接して暮らすこととは、その必要性の議論は・・・どこへ行ってしまったのだろう。
全く論じられることもなくなった、超高層マンションへの疑問、この空しか見えない部屋の中で、今何が起きているのかあまり論じられなくなった。
地方から東京で学ぶことを理由に流入を続ける地方人、この巨大都市はどうなっていくのか、憧れ、この自らに課した虚飾と欺瞞の生活の現実を知ることなく・・・そんな東京にあこがれる人たち・・・。
一方で、消滅集落という現実・・・。
僕も短い東京での暮らしだったが、それは暮らしと呼べるようなものではなかった・・・建築の師から何かを得ようと必死だったあのころ、あのころとは東京自体が全く様変わりした。その、いわゆるお上りさんがそしてその二代目さらに三代目とひしめき(犇き、この漢字)・・・暮らす東の京・・・東京・・・。
一昨日だったか、あの個展を見せていただいた帰り・・・名古屋駅前のJRゲートタワーへ初めて寄ってみた・・・大変な人出だった・・・。ここも愛知県の西部地方の人たちの人波、さらに岐阜県や三重県からの人出・・・それに対して、その店舗のつくりはお隣のJRのツインタワーにある、ある意味おっとりとした店構えと何ら変わるところがなかった・・・。それどころか、全く趣向が変わることなく、なぜかせせこましくなったその店構えだ・・・いや、これは人出の多さが勝った雰囲気か。
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・・・もう、ずうううーと遠い・・・
7/22/Sun.
幾分猛暑にも慣れてきたのかしら・・・なんて思ってしまう。現実、午前11時ころの名古屋はすでに30℃越え・・・これからまだまだ上昇するのだろう・・・暑さに慣れてきたなんて・・・多分、僕のことだから錯覚・・・失敗する憂いが十分にある・・・。(夕刻のニュース・・・名古屋は39.5℃だと放送した・・・そんな中、僕は冷房も点けず、粋がって暑さの中にいた、室内は36度・・・失敗する憂いがある・・・なんてものじゃなくて、生命をお脅かす気温の中に僕はこのひ弱な体をさらしていたのだ・・・ぶるっ、冷や汗・・・。
・・・最近は暑さの中、・・・ラジオをかけっぱなし、けど、“のど自慢”を聞いたことがないが、きょうはその“のど自慢”を聴いている・・・。越谷からの中継という・・・この出演者、僕なんかほとほと感心してしまう上手さ、プロかと思うほど・・・本当。
・・・それにこの番組の元気の良さ・・・むかし聴いた雰囲気と同じ元気の良さ・・・いや、それ以上か。
会場や舞台の盛り上がりの場面を想像しつつ・・・舞台でプロのように歌う人、会場で声援を送る人たち、そして、司会をする元気いっぱいのアナウンサー・・・鐘二つに、それでも歓喜する、ましてや合格?の鐘の響き・・・舞台に飛び上がってるのだろう、爆発するうれしさ・・・。
・・・こうして自分を解放できる人たちをうらやましいと思った。そう、元気なんだ・・・元気。
・・・そうして、子供のころの家族や自分・・・夏休み・・・、涼しい風の吹き抜ける畳に川の字を並べ、タオルケットを橋のようにお腹につなげての昼寝・・・セミのかまびすしい声も交じって・・・そして、目覚めにと、縁側で盥に冷やしたスイカ・・・遠くてやはり遠い思い出・・・もう、ずうううーと遠い。そして、あのころ以来・・・ずううーと、スイカを食べていないような気もする・・・?
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・・・こんなちょっとした心の安らぎもないことだろう・・・
7/30/Mon.
風鈴が鳴っている・・・その響き・・・東と西のベランダから・・・。そう、ロールテントのアルミ腕木の一方・・・それぞれに、二つの南部鉄器の風鈴・・・一つは、マツカサ柄、一つは梵鐘柄・・・この二つが、風の都合により・・・ソロであったり、連弾であったり・・・時に和音も交じって・・・鳴っている。
昨年は、この風鈴を吊らなかった・・・だから昨年は風鈴の音を聞くこともなかった・・・昨日一昨日そのまたその前日、さらにその数日前に・・・久しぶりに風鈴を吊った・・・そして、鳴った・・・まあ、なんと懐かしい・・・見事な、鋳物製の風鈴の音・・・。そして、一昨日の台風のニュース・・・そして、慌ててしまいこんだ・・・が、今朝、改めて晴れ上がったロールテントの下・・・二つのよく似た音色が響いている・・・。そう、こんな、時間・・・豪雨の被災地、台風の被災地では・・・こんなちょっとした心の安らぎもないことだろう・・・申し訳なく思う。
・・・今月、101号はこれで・・・また、来月8月にもお目にかかれるよう頑張りましょう・・・猛暑が続いています・・・どうか貴女貴方には、お体ご自愛くださいますように。
・・・今日・今朝の名古屋は通過後一日置いて、12号台風、その一過の空となりました・・・白い雲の背景にさわやかな青空です・・・そして、涼風が風鈴を鳴らし、この居間を吹き抜けていきます・・・贅沢なこと・・・申し訳ありません・・・どうか、お元気で・・・。
〈追記〉・・・いつごろか、そう、この書き込みをしなかった一週間ほど前、過去の記録にない高温を観測して有名になった・・・そう、熊谷市・・・今夏のこの最高41,1℃・・・日本一・・・日本一に返り咲いた・・・あの熊谷市・・・何年前だったかも日本最高気温を記録した・・・そう、思い出した・・・最高気温で、町を挙げての町おこしに夢中になった町だ。
今回の41,1℃という気温・・・インタビュウアーの質問に・・・女性・・・日本一の高温の位置を奪われて、悔しい思いをしてたけど、今日、これでまた日本一・・・ええ、うれしい!!!(概略)
・・・そう、やはり女性らしい力強い感想?!・・・ほんと、尊敬する女性・・・そのものの心意気、ほんとすごい!!!・・・やはり女性・・・ウーム、頼りにしてます!!!
・・・日本を背負っているのはやはり女性だ!・・・これは確か・・・。
よし、僕も昼間は冷房点けないで頑張るぞ!・・・コノバカメ!?・・・だって???
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