建築家日比龍美BLOG

HITBIT 心もよう vol-113 July 2019

HITBIT[心もよう]vol-113 July 2019
昨日は劇的とでも表したいニュースがあった。G20に出席したトランプが、韓国と北朝鮮との軍事境界線、その板門店へ立ち寄り、その休戦ラインを挟み、キムジョンウンと再会、さらにその軍事境界線を越えて北朝鮮側へ導かれ、1分少々の間そこで二人はポーズをとった、さらに二人は軍事境界線へもどり二人連れ立って韓国側へ越え、韓国の用意した、会談場所へはいり二人で1時間ほどの会談をしたという。
・・・そう、行きがけの駄賃ならぬ、帰りの手土産をトランプは得たのだ。もちろんキムジョンウンも世界のメディアに、その存在を改めてアピールし、今後の行動への期待を抱かせるのに成功したのだ。
・・・一方、日本首相アベは、この会議に先立って、イラン訪問をした。何を話し合ったのかは、わからないが、その滞在中だったか帰国の途だったかに、ホルムズ海峡で、日本への原油を積んだタンカーが、何者かの攻撃を受け、世界の多くはイランの犯行といい、あるいは展開中の米国の仕業という・・・。
もう一つ、米軍の無人偵察機がイラン軍に撃墜され、それが公海上かイラン領内かと、これもどちらが確かなのか・・・。
とにかく、日本首相のイラン訪問に際して,これ見よがしの、いさかい?が、引き起こされ、平和の使者?としての体面をあざ笑うかのような、米国とイランの対応だ。
・・・いうなれば、大阪でのG20とは何だったのか。
日本首相アベが議長を務め、世界の首脳へ、日本的な、そつのない”おもてなし”をしたのであろうが、会議の結果は、いわば”シャンシャン“で終わり、今日以降の世界へ数日前の世界経済の状況と何ら変わらない、方向しか示し得なかった。日本首相もせっかく米中ロの現最高権力者と個別に会談を持ちながら、何が残せたのだろうか。国民にはさっぱりわからない20か国会議だった。
すなわち、そつのないおもてなし・・・は、脆くも実(じつ)を成さず、足の裏に画びょうが刺さったかのような、落ち着かない雰囲気の中での会合だった。
・・・このことよりも、この会議G20大阪を狙ったかのような、米国の日本政府と日本国民へのメッセージともいえる“日米安保条約は不公平・不平等?条約”だとの背後にある世論、米国民の声を伴った、日本への不満が、この時期に突然出された。
そしてまた、帰りがけの駄賃に日本から引っ剥がしたかのような、北朝鮮キムとのトランプの再会ドラマ・・・、こうしてみると、日本の首相は、議長国でありながら、それらしい活躍はなく、あの真紅のスーツをまとったイギリスのメイ首相の寂しげな雰囲気、その存在感が控えめであった退陣が決まった英国首相の姿とともに、ここにあって、存在を示せなかった日本のアベの近い将来の姿を暗示するようなそんな印象を日本国民へ与えた。そのメイに対して、アベは怠りなく労わりを態度で示した、それが、最も印象的だった。あえて真紅のスーツを召したメイさん、そしてやや控えめな位置に立ち、あるいは椅子に座った姿は、静かで、権力を失う意味がメイ氏のすべてだった・・・その退陣の重みに耐えているかのようだった。
また、ドイツのメルケル首相の覇気が無くなり静かな姿も印象的だった・・・。
そう、去りゆく者のすがたは寂しく、その何げなさが、心を打つ・・・ご苦労様でした・・・これまでのこの力強く的確な思考のお二方・・・。 
それにしても、アメリカのトランプのなすこと、それは”やすり・鑢”のように、押し引く、その両方の行き来に滞りなく仕事をする・・・それを言うのだが、その“やすり”のように、トランプは、寸暇を惜しみ、優秀な?いや、凄腕ビジネスマンらしく、その仕事ぶりを世界の首脳に示した。・・・これは中ロのシュウとプーチンへも衝撃的であったろう。
一番悔しい思いをしたのは、やはり、日本のアベだったのだろうか。トランプの行動は、G20の会議なんぞ眼中になく、帰り道に寄る板門店へ心はあったのだろう。
個別に貿易交渉を主張するトランプにとって、G7であろうとG20であろうと、その会議の議決に従う気持ちはさらさらないに違いない。
・・・板門店でのトランプとキムの再会演出を、知っていたのか聞いていたのか突然のことだったのか・・・とにかくアベは、”それはないよ、トランプ”と、心の中につぶやいたのだろうか。
そう、ボクは、かねてから、アベが早く直接キムを訪問すべきだといってきた、すなわち自国の抱える問題の解決をトランプに託しキムに伝えてほしいと懇願する・・・それは、従属的国辱的な光景だ。それを、ここでトランプは、これ見よがしに、日本へ侮蔑を込めて、見せ、さらに世界へ示したのだ・・・。それは、心の中の憤懣やるかたなさ・・・その、怒りを、これ見よがしなキムとの再会で世界へ示した。
・・・何の遺恨があるのか、たぶん貿易不均衡と、日米安保条約の負担割合、さらに、この条約を破棄し、日本に自国の防衛を促したいのだろう。すなわち世界の中での軍事的役割に日本を引き込み、その金銭的負担と軍事的行動と人的負担すなわち戦死者・・・それを日本に求めた意図の行動だった。
・・・すなわち、アベの弱腰、甘え、おべっか、方向性を持たない、行き当たりばったりな電話コミニュケション、未来への自国のあるべき姿へのビジョンの無さ・・・などなど、と、かつての真珠湾攻撃にまでトランプは遡って、日本の不実をなじったのだ。
そのアベの思い付き外交、突然、G20の大阪での開催に先立って新たなそう、新品、新車、新機・・・とでもいう政府専用機に乗って欧州各国への訪問外交・・・新婚旅行?かと思うような・・・これなんぞ、茶番劇。それらに各国は迷惑なことだったろう・・・。(この政府専用機・・・車で言えば新車・・・TVF画面への写りこみを懸念してあのように、全体像があまり画面へ出てこない?・・・マスコミに要望でも出したかのような印象・・・印象を与えているということ・・・これ、国民のひがみ目かしら・・・)
そう、G20 への地ならしかしら、でもその一画、英国は混迷を深め、女首相メイはEUからの離脱を国民選挙で決めたはいいが、そのEUとの離脱条件と今後の付き合い方の交渉は、混迷を深め、その合意を得られないまま此処まで来てしまった。
また独国の女首相メルケルの任期終了の退陣も決まっているし、フランスはまた国内的な課題を抱え人気の下落したマカロンならぬマクロンは行き先に不安を抱え持っている。イタリアは経済的な不安と中国の言う一帯一路へ加わるとかで、EU間の不信をかっている。
そう、日本の周りは、ボクの好きな古代中国とは似ても似つかぬ近代現代の中華人民共和国その共産党を率い独裁者となったシュウの共産主義国(これははっきり言えば、共産党統治国家・・・党利党略政治の範たるもの・・・)やら、訳の分からない韓国ブンだかムンだかの怨念丸出しの眼差しと言葉の日本への対応は不快極まるし、ロシアの崩れ共産主義者・帝国ロシアへ憧れ俳優・・・が、赤絨毯を歩む独裁者プーチンとその子分メドベーエフたちのコロコロ替わる日本への対応の汚さ。そして、自分勝手・自分至上主義のトランプ、とその面々は、計り知れない計算力と洞察力で、日本の存在を“好餌である”と舌なめずりしつつ、この二ホンの国民と国土を、参加するG20への参加に先だって地球儀を回しつつ、計算したに違いない。
その彼らに、トランプに組しつつ尻馬に乗って日本国民を窮地に追い込むことになりそうな、お追従外交・・・そう、もう日本の立場は小手先だけでは、口先だけでは、どうにもあらなくなってきた・・・ここで腹をくくってビジョンを示せ・・・といっても無理だろうが・・・トランプのアメリカを見据えた、愚かな憲法改正はするな、日本独立、本当の独立、世界に互する独立を・・・そう、それは『永世中立国』しかない・・・それを目指した憲法改正ならボクは大賛成だ。この永世中立国はお追従国とは違った苦しみがあろう、しかし、本当の独立国となること・・・国民の悲願でもある・・・それによって国家の立場が危うくなっても、よしんば、八つ裂きにされようと、本当の独立国家としての日本でありたい。
・・・そう、このトランプとキムとの板門店での再会劇によって、日本首相といっているアベの北朝鮮訪問は”二番煎じの出しガラ外交”となることになってしまった・・・というのか、なってしまうのだろう、残念ながら。
アベよ、もうこのトランプの手は使えない、さあ、どうする。
あえて恥を承知で“やってみるか”・・・そんな勇気はなかろう。そしてよしんばやってみたとて、これも何かわけのわからない“しっぺがえし”をかまされる。
・・・日本は、根本的に国家ビジョンを欠いている・・・それは、岸信介外交以来の米国追従姿勢が、今日まで連綿と続いていることを意味する。
しかも、このアベ外交?・・・すでに、お追従外交で世界に知れワタッテいる・・・。あの米国の先の大統領選挙に、結果が分かってから、勝ち馬・トランプの尻に乗ったベ・・・これは笑い者、喜劇にもならない、恥だった。・・・それを即刻承知の介・・・トランプは、だまされた振りをして、トランプタワーへアベを迎え入れ、マイアミだったか、あの別荘へ招待し、親密さを示し、世界へアピールした・・・。ここで、世界はあっと驚き、失笑と苦笑と蔑笑(こんな熟語はない・・僕の造語)・・・。そして、のこのこ主要国へ”ご挨拶に”・・・そう、相手方は、どんな気持ちで迎え、親密度を装ったのだろうか・・・。そう、蔑視の視線を隠すのに苦労した、訪問先の首脳ら・・・。
そう、国民は疲れる。日本首相のろくでもない訪問に付き合う・・・このこと。
しかし、外務省の官僚は総理大臣に外交の助言を的確に補佐・助言をしているのだろうか・・・いや、助言なんぞしても、アベが聞く耳を持たないのかも・・・いずれにしても、無能な官僚と、もしかして、同様の総理かもしれない・・・そう、この国の進む、羅針盤が狂っているのかも・・・いや、壊れているのかも・・・では壊しているのは果たして誰なのか?・・・それは、何も考えないでいる”日本国民“自身かもね。
G20の真っ最中、さらにホルムズ海峡へタンカーを守るために、有志連合の軍隊・艦船を送って、守らせようと、アメリカ・トランプは呼びかけている。
もし日本が、この有志連合とやらへ加わったなら、イランとの、またイラクをも含めた、このガルフ諸国との関係はどのようになるのか・・・日本・アベは、どのように考えているのだろう・・・憲法改悪をもくろむその心の中では、これまた、何を企んでいるのか・・・その腹の中をのぞき観たいものだ。
そう、これ、アメリカのトランプのいう”有志連合“・・・これは”股裂きの刑”・・・そのものだ。だかららこそ、不参加の意思をハッキリと示さなければならない。
この窮地、これは幸いなことだ・・・ここで日本が決意を示す。
・・・不可能と思われようが、本当に笑われようが、この緑の国土と温和な国民の存在を忘れたかのような、現自民党の政治思考と伍する公明党は危険だ・・・彼ら、その指向はさみしく、先が見えない。
・・・そして、この焦りと恥を・・・アベは、野党に向け敵対的に絶叫し詰(なじ)る・・・。その姿は、あさましくもあり寂しくもある。
・・・さて、ボクは・・・今は参院選の戦いの最中だけど、投票に行こうかどうするか・・・すべてが,中途半端・・・期待が持てない面々・・・どうしよう・・・。
それに、日銀のクロダ・・・これは、お追従者・・・”景気は緩やかに回復しつつある・・・(長年の枕詞の張本人)“・・・この曖昧極まる表現・この汚さ・・・この何年も続く表現を、国民はだれも信用していない・・・許してなんかいない。
官僚をがんじがらめにし、さらに日銀を手玉に取るアベ。
・・・アベと結託し、忖度し・・・日銀の独立性を・・・捨て去ったクロダ・・・この表現のばかばかしさ・・・これこそ、二ホンの政治の薄汚さだ・・・。
アベは、プーチンやトランプの独裁者思考へ・・・そう、そのマネを、気づかず、試行しているのかもしれない・・・いや、現実化しているのかも・・・愚かで危険な方向性。
・・・これは7月1日に書き2日、さらに16日と30日に加筆・修正しました。
・・・お元気で・・・日本国民よ・・・再見!!! 
|||||||||||||||||||||||||||
===目次===
7/01  ・・・五月雨しきり・・・
7/02  ・・・半夏生・雨間の外出・・・
7/03  ・・・「もうやい」・・・
7/04  ・・・公園の新種のアジサイだけはいただけない・・・
7/08  ・・・夏草茂る・・・
7/09  ・・・気になる雨間・・・
7/11  ・・・心ときめく懐かしい思い出だ・・・
7/16  ・・・ここへきて、感じる・・・孤独感・・・
7/17  ・・・が、まあぁ、やってみるしかない・・・
|||||||||||||||||||||||||||

・・・五月雨しきり・・・
7/01/Mon.
今年も半年過ぎてしまった。今日はその後、下半期の始め。
五月雨しきり、九州鹿児島では猛烈な雨量。そして、河川の氾濫と山肌が崩壊し麓の民家や国道を押しつぶす。
かつて、こうした、猛烈な雨の降り方を、集中豪雨といった。“集中豪雨”あるいは“局地的豪雨”という現象は現在もあるのだろうけど、あらたに“線状(帯状)降雨帯”というらしい。
猛烈な降雨を生す雲が同じ地域に接した海上に発生しつつ、ほぼ東へ向かって、そう地球の自転に引きずられるようにして、次々と東へと移動しつつ、続けて、次々と強烈な雨雲を発生し、その猛烈な雨降りをもたらす雲の発生を供給し続けるらしい。それはあたかも荒波の波頭のように線状に連なって強烈な降雨を次々と残していくらしい。
暖かい海に囲まれた細長い国土の宿命ともいえよう、雨の国・・・これは、熱帯と温帯、峻険な山脈状の裾に密集する人口・・・その狭い平地の上は急な山肌、そして一方は川か海・・・我々は逃げ場がない。・・・そう、例えば、100/hの降雨・・・いうなれば、その線状体のしたの地域全体に溜まる水は「100弌Α10僉廚砲發覆襪箸いΔ海函△修譴平坦地では10僂凌爾気箸覆蝓⊆侈未任呂修V字状の底・谷へ向かって一気に流れ落ちる・・・激流・・・こうして、僕の弱い頭出考えても、瞬く間にボクの立っているV字の底は、膝、腰、胸・・・首を超え体は浮きその成す激流に、一季に飲み込まれ・・・溺れ流される。
・・・かつては、現在の気候よりも、幾分穏やかだった・・・そう荒れるときはもちろん台風や豪雨灯現象に怯え、それが為す災害に怯え心を痛めた。・・・それが現在は、季節構わず絶えず生活に襲い掛かってくる・・・集中豪雨。
・・・先日、公園のアジサイ花壇の毒々しい新型アジサイの観たくもない風景からやや離れた木陰に、球型に満開となった薄紫のアジサイを一本・一輪見つけた・・・立ち止まって見つめた。なぜか、なつかしさと愛しさが一気にやってきて、ウオーキングの足を止めた。僕が去って同じように数人が次々と、その一輪の薄紫のアジサイに足を止め、見入っていた・・・。誰もがこの薄紫のアジサイが懐かしいのだ。
・・・公園の花壇は、いつごろか、毒々しい色合いのアジサイらしからぬアジサイに変わってしまって・・・心を癒してくれるどころか、この僕を疲れさせる。この感覚はだれもが感じることだろうに・・・。
それに今年のように遅れてやってきた五月雨だが、それでも地域ごとに、穏やかにしとしとと降る雨模様の日もある。その雨降り風景に似合うアジサイはガクアジサイとこのシーボルトが言ったオタクサ(お滝さん)・アジサイの薄紫が似合う。そう、シーボルトは、日本女性の愛人だか日本妻に、日本女性のすがたや心根に触れ、この地でアジサイに出会った・・・諜報機関員・医師でもありプラントハンターでもあった彼は、その見出した・出会ったアジサイを採取し本国オランダ(本院はドイツ人、医師・植物学者として、彼はオランダの商館員として日本へやってきた)へ持ち帰り・・・そして、帰国に際し残してきた日本女性・お滝・・・その名、呼び名・おたきさん・・・オタクサン・・・としか発音できなかったが、その愛する日本女性の名を本国オランダで花の名とした。・・・そう、なんとこの日本のアジサイにまつわるしっとりとした良き話だろう。・・・残された、お滝の悲しみは別として・・・。
・・・さあ、公園を管理する市の方々、植木屋さんと協議して、現在の異常な風景の新種アジサイ?をやめませんか。新種の不気味な偽アジサイの寄せ植えなんぞ、日本の庭園・公園の風景にはなじまない、ましてやこの五月雨の時期に雨が降らなくなった昨今、偽アジサイは不気味な存在でしかない、また花の終わった後の枯れ姿は、さらに無残で見苦しくもある・・・点々と木陰にしっとりと咲く日本古来のアジサイをところどころ木陰に植えこんで、ひそやかにささやかに咲かせましょう・・・そう、寄せ植え花壇のアジサイは廃止し、他の背の低い洋花にでも、来シーズンから変えてはどうですか・・・。
街路樹の枝打ちや、桜の古木の維持・枝打ち・・・それらに見られる、名古屋市の公園や緑化課のセンスも技術もない・・・そう、ナンセンスな名古屋市ですから、こうして期待を書いても、裏切られることではあるでしょうが・・・でも、せっかく予算を使うのですから、少し研鑽を積んで、すなわち、職業上のセンスを磨き勉強し、美しい街づくりに邁進してください。いつまでもド素人のままでは、給料泥棒と同じになってしまいます・・・お願いします。
|||||||||||||||||||||||||||

・・・半夏生・雨間の外出・・・・・・
7/02/Tue.
気温が少し上がって、弱い日差しもある名古屋、中心部へ所用があって出かけた。
案内状をいただいて、個展を見に出かけたのだ・・・。
地下街は冷房が効いていて、快適だが、路上を行く人達は半そで姿、勤め人らしい半袖姿の人たちは首回りを小さなタオルで汗をぬぐいつつ行く・・・。ボクはなぜか汗が出ない・・・そう、行先でその話をすると・・・水分をしっかりとりなさいと、たしなめられ、それでそこを出てから、あわてて水分補給・・・ええ、のどがカラカラ、唇はパリパリ・・・でした。
名古屋は五月雨が一休みというのか、降る雨も大雨ではなくなって細々と降る・・・昔のしとしと雨、梅雨の雨らしい雰囲気が時々見られ、それ以外は曇り菓子の日々。夕方や夜のそんな雨降りは、アスファルトの車道を光らせLEDの街路灯の鈍色の光を反射してシットリ。
先日書いた、アジサイは家の付近ではまれになって、木陰の一輪に季節を見る。かつては、この季節にはガクアジサイも幾株も見られた。
そうそう、今日は半夏生(はんげしょう)・・・ラジオは福井の半夏生・・・その、サバの丸焼きの話を伝えている・・・脂ののったサバの丸焼き・・・昔、数十年前、道の駅のようなところで、連れ合いと一匹を持て余し気味に食べたことを思い出した。確かに、太く太って、おいしく、焼き立てはおいしかった・・・そのこと。
本格的な夏に供えて、体力をつける・・・そんな、サバの丸焼きを、領主の殿様は、領民に薦めたとか・・・優しいお殿様、行き届いたおとのさま。その名残が、今に残る焼きサバなのでしょうか・・・?
|||||||||||||||||||||||||||

・・・「もうやい」・・・
7/03/Wed.
朝方、陽がニカニカとさした・・・この”ニカニカ“は、いっとき、弱弱しい日差しが雲間から射す状態を、この辺り(西日本?尾張・美濃?)の人たちは言った・・・今はこれを言葉として聞くことはなくなったが、面白い表現だと思う。もちろん全国的に通用する表現ではなさそうだけど・・・面白いと思う。
この”ニカニカ“に誘われて、洗濯をし、ベランダに干したのだが・・・陽射しは無残に消え、曇り空が広がってしまった。それでも、そよ風が吹いてくれるせいか、だいぶ乾いてきた・・・何とかもう一度”ニカニカ日差し“が、射してほしい。
日射し・日差し・陽ざし・ひざし・・・と変換候補は見えている。
・・・この方言というのか、ボクが書いた書の中で、一山、一筋の川や谷を越えればそれぞれの集落中で使われる言葉、狭い地域で使われるそれらの言葉を「地語・じご」とボクは表現したのだ。そう、造語なのだろうと、造語と言い切った。
この美濃と尾張地方には、古い言葉が残っていた、と僕は感じている。加えて、京の公家の荘園だった地には、京言葉が混じって、さらに、生活の風習にも影響を遺している。
・・・かつて、それを知った、あるいは思ったのは、その小さな村や町で・・・共有することを「もうやい」という・・・これ、あえて見れば“もやい綱”そう、漁港で見かける風景、漁船をふ頭に直角に置きならべ、つなぎとめると同時に、左右の舟同士を綱でつなぎとめる・・・その風景を「もやう」といい、その綱を「もやい綱」「船を並べてそれぞれをつなぎとめる綱」、そのこと「もやい・もやう」・・・これを「共有」という基準語に対して・・・この土地では「もうやい」・・・もやい・・・と、共同体での物のやり取りや共有するそのことを「もうやい」と、いったのだ・・・と、ある時、そう、本を書いているとき、ふと”ひらめき思った“のだ。
おふくろが若かったころ、祖母との話や周囲とのかかわりを言うときにも出ていたことば。子供同士が「もうやいっこ」しようと、遊びのものを指し、いうこと、今思い出しても、やわらかく、雅な響きだとボクには思える。
「もうやい」・・・もやい・・・ボクの著、その『額田王研究』の中での「紀‐123歌」(この歌に見過ごされていた長歌の解釈・読みが出来ることを見出した、超過と短歌の二重詠歌)の解読の中で気付いた・・・もう10年ほど前。
・・・共同体・結(ゆい)・結びつく、結び合う、助け合う、共同で使うものや共同でする労働や祭りや葬儀、水路や道の補修などの用意やそれ自体の前後のこと、日常の中ではぐくんだ結びつきや、貸し借り、助け合うことなどなど・・・この「もうやい」は、奥深い意味をたくさん持つ、そう、“共同体”そのものを表す言葉だ、とボクは思っている。
最近頂いて読んでいる本の中に愛知県尾張部の西の端に、僕も知っている「起・おこし」とよぶ土地がある、木曽川の下流に近いというのか中流域が開けて、川幅が広くなっていく辺りの木曽川左岸によりついてある古くからの、宿場地なのだそうであるが、尾張藩では、そこに橋を掛けなかった・・・この木曽川の対岸は、現在は岐阜県羽島市あたりになるのだろう。もう少しその木曽川右岸をさかのぼれば笠松、岐阜とつながる・・・そこはかつて竹鼻・たけはな、そうあの有名な秀吉のなした一夜城の墨俣・すのまた・・・という・・・その歴史上の地。
そう、防備のためなのだろうが、平常は渡し舟、すなわち、起・おこしの渡し?(木曽川下流域には多くの”渡し“があったが、現在はほぼ残っていない)・・・であったが、将軍が京へ上洛するときや朝鮮通信使が江戸へ上るときには、この渡しに替え、特別に”舟橋”を掛けたという。この、舟橋・・・流れの幅いっぱいに、船を並べ、左右つなぎ止め、それに板を並べ掛け、臨時の橋、道を作ったというその“もやい綱”の「もやい」。
・・・この川幅が広く流れも速いここでは、この、舟橋のための“もやい船”をつなぎとめるには、大変な人出と費用が必要だったろうと、想像する。
・・・そう、この土地ではこんな言葉が、共同体・邑にあった言葉、土地によっては結・ゆい・・・というそれと同じ意味表現なのだろうか。
この“起・おこし”・・・もしかすると、これは東国への街道・東海道の始めの地・海道の起点・・東へ進めば名古屋の城下へ入っていく“街道の起点”という意味ではなかっただろうか・・・これはボクの勝手な想像ですが・・・。
・・・僕が、もらっていただけないかと、差し上げた本『額田王研究』の礼にと頂いた本は『豊臣・徳川時代と朝鮮』著者は貫井正之さん、そう、退官された研究者ご本人からいただきました。大部なご立派な研究書です。退官され今は悠々自適とか。
その本の中、第二部の中で、この「起」など、尾張西部、美濃南部にも触れ述べておられ、その地名が懐かしく、現地にみおぼえもあって、面白く読ませていただいているところです。
・・・皆さんも、土地の古老や、お宅のおじいちゃんおばあちゃんの言葉をよく聞いて、心にとめてみてはどうでしょう、もちろん現代は、国中ごちゃまぜ、五目御飯の状態、どこの言葉かを、ついでに教えていただいて・・・面白い話もあることでしょう。
そう、一言で、方言といいますが、ボクは方言なんぞという表現、これは言葉をひとくくりにして、捨てるようなものとおもっています。
・・・すなわち、大切な文化なのかもしれません、「地語・じご・ジゴ」と、ボクは呼びますが、その一つを、その土地その地によって言い表す言葉の面白さ、その多様な言葉・・・僕が聞いてうれしい「おおきに・・・」という、この一言の”優しく美しい“一言も、この範疇に入るのでしょうか。
・・・ただ、日常は教科書が教えてくれた言葉遣いがよろしいかともおもいます。
|||||||||||||||||||||||||||

・・・公園の新種のアジサイだけはいただけない・・・
7/04/Thu.
昨日気が付いた。
そう、トウカエデの街路樹の中には、花をつけるものがあると。
そう我が家の表のバス通り、その歩道の街路樹、左には三本の桜、そして、右手にはトウカエデの並木になっている。車道の向こうにも歩道との間がトウカエデの並木だ。
それぞれの並木の間は、帯状にツツジの刈込となっている。
このトウカエデの並木の中にはプロペラ型の実をつけるものがある。我が家の表の右手の始めの街路樹の一本は毎年たくさんの実を付けてきた・・・。しかし、僕は今年初めて、気が付いたというのか意識した、この木が花をつけていることを、ベランダから黄色のアゲハ蝶を観察しているとき、その木の梢の枝先に黄色のっ小さな小さな花が咲いているのを・・・そう、それは見ていた黄色のアゲハ蝶のような生色の花房を立てて咲かせていた。それは藤棚から垂れた藤の花の房状の先端、その数段の房ともいえないわずかな房状に、枝々の先端に黄色く咲いて、樹形を枝ごとに彩り覆う様にたくさん咲いていた。
先日来、3年前新設なって、今年春、初めての卒業生そして4回目の新入生の入学があった工科高等学校のフェンスの内外に植えられたシマトネリコが今年、4年目にはいっぱい細かな花を樹形全体に咲かせているのを見ていて、4年目になってようやく根付いて、こうして花を咲かせるのだと、ウオーキングの行き来の度に、花の寿命が長いこの木のその白っぽい花房で覆われた樹形に心を奪われ見て来ていたが、こうして花の季節、トウカエデも花を咲かせることを、我が家の表で見つけ、改めて、植物、こうして7・8Mの高い木にも花が咲くことを知って、今までうかつだった自分にあきれ、また面白くも思い、このトウカエデの木の下に秋口にはプロペラ型の実が落ちる理由と、その花の咲くことを知った、このうかつさ・・・そんな自分のことを思い、一方では、なんだかうれしくなって、またこのトウカエデの周りに黄色いアゲハチョウが執拗に飛ぶ意味もが分かって、うれしくなったのだった。そう、モンシロチョウもここへやってくる・・・あの、高等学校のシマトネリコの花にも、昼間はチヨウやミツバチがやってきていることだろうと、宵のウオーキングの自分を思って、この花を咲かせる並木・・・それらに改めて感心したのだ。
我が家の近くの街路樹には花の木の並木もあれば桜の並木もあり、また、数か所のベストポケットパークにはオオヤマレンゲや百日紅(サルスベリ)や藤棚もあって・・・季節ごとに目を楽しませてくれている。ただ、この小さな公園の新種のアジサイだけはいただけない・・・。
|||||||||||||||||||||||||||

・・・夏草茂る・・・
7/08/Mon.
早めの夕食後、数日来気になっていた、石垣に垂れ下がったつる草刈りをした。他の雑草も刈りとり、名古屋市の可燃ごみ袋45リットルに、ギュウギュウ詰め、2袋となった。
猫の額のような宅地、その一画のネズミの額???庭とは言えない、我が家の空き地・・・・そこに生える雑草は、この土地の記憶か、かつての主役たちなのだろう、雑草類は“もともと我らの居場所だぞ”とでもいうように、少し怠けると、もう手が付けられないほど育ってしまう。
毎年、何度となく垣根のキンモクセイの剪定と雑草類の刈り取りに閉口しつつ、作業をする羽目になる。
年々落ちていく体力に反比例して、雑草や垣根の木は勢いを増し、作業は、つらく困難になるばかりだ。
一軒の家、これがいくら狭く小さくても、何やかやと、手が掛かる・・・そう、持った家の維持、これは大変なことだ。日ごろの掃除や、こうした季節ごとの維持掃除となれば、独り者には、半端ではない負担となる。そう、体力・・・。
・・・マンション暮らしが・・・うらやましくもある、この時分である。
|||||||||||||||||||||||||||

・・・気になる雨間・・・
7/09/Tue.
日没後、西と東の空が真っ黒になり、今にも強い雨でも降りだしそうな気配となったが、それでも、折りたたみ傘を持ってウオーキングへ出かけたが、幸い、雨粒もなかった。
・・・この梅雨の季節は、こうして雨傘が手放せない。
毎日ウオーキングする人たちは、その時刻の空を気にしつつ出かける。
・・・飼い犬がいたころは、毎日朝夕・・・空模様が気になって、雨降りの日には、少しの雨間でも見逃すまいと、気が気でなかった。この気持ちは、犬を飼っているひとたちの共通した思いなのだろう・・・あちらこちらと、犬散歩のすがたが、一斉に現れ、出会ったものだ。
犬は飼い主次第ではあったが、ウオーキングやジョギングを日課にしている人も、犬の散歩の心理と同じで、貴重な雨間はいつも出会うウオーカーやジョギングの男女とすれ違う。格別挨拶をするわけではないが、どちらかともなく目礼を交わし、それからさらに・・・コンニチワ・・・コンバンワ・・・と、一言やり取りするようになったりもする。
|||||||||||||||||||||||||||

・・・心ときめく懐かしい思い出だ・・・
7/11/Thu.
今朝は早起き。講習会だ。
9時半に受付、そして、18時ころ終わる予定。
・・・これは3年ごとに巡ってくる“苦行”だが、大事な一日。
名古屋商工会議所の9階・・・その会場は申し込み順なのか・・・何回かに分けて、さまざまな会場で実施されているらしいその一つの会場・・・。
・・・まあ、ともかくも、この一日に耐えて、最後のテストも終わって、雨もよいの街に出た。もう、ところどころ、飲み屋や飲食店などに灯がともり、人を誘っているが、ボクには無縁・・・。
テキスト類と資料類で4冊の分厚く重いそのテキストで膨れ上がり重くなったカバンに辟易として地下鉄駅へたどり着いた。
帰宅時間の地下鉄駅は、そんな帰りの人たちなのだろう、男女ともにやや疲れ気味、朝の出勤時とは違った、安堵感の混じった解放感かしら・・・勤めからの解放感が漂っているように思えた。
・・・そう、ボクは若いころ・修業時代・・・東京での生活、こんな早い、そう6時7時の帰宅はなかった・・・そう宵の口ころ・・・なんて、全くなく、常に中央線四谷駅の終電・・・それに乗ってのアパートへの帰宅、代々木で乗り換え、山手線へ・・・目黒で目蒲線へ・・・武蔵小山駅で降り、西小山方面へ、アーケード街ヘ入る手前の町筋の途中、小さな・・・なんて言うのか、おばさんが一人でやっている飲み屋と飯屋を兼ねた店が、唯一、おりよく灯かりがついていれば、食事をして帰ったものだ。もう閉店していれば、食いパグれ・・・。
毎晩、急ぎ銭湯へ走り、浸かって、すきっ腹を我慢して・・・寝入ったものだ。とにかく銭湯は毎日欠かせない。時には、仕舞いの、掃除が始まった湯につかる、湯男が桶や腰掛を洗い始めて次々と、洗い場の片隅に積み上げていく・・・。洗い場にブラシをかけるあの音・・・桶屋腰掛を洗い、それが当たる木の音あの響き渡る音・・・。
そう、懐かしい・・・それ。
・・・レレレッ・・・妙な方へタイピングが進んでしまった・・・が、この深夜近くの帰宅、その武蔵小山、アーケードへ入る前の唯一、いつも灯がともっていた“果物屋・フルーツショップ”・・・果物を買ったことはないが、その、夜の風景が忘れられない・・・そう、これ、この風景、「池上線」の歌詞そのもの・・・。今でも“フルーツショップ”を見かけると、この武蔵小山駅前を思い出す。
あの西島美恵子が歌う「池上線」・・・我が家のCDの中の一枚、その中の一曲、この歌詞・・・なんともボクと同世代の風景・・・その果物屋の明かり・・・その踏切の情景・・・その、古い電車内の風景・・・孤独なボクには無縁な男女の風景だけど、その背景、これとも違うけど、その駅前の光景、その情景、その心持は、僕のこの心・肝・・・を、今でもわしづかみにされる・・・なつかしさがある。
・・・妙なことになった・・・が、もう一つの思い出・・・ある時、徹夜明けで、思わぬ早い帰りだったと思う、その帰りの中央線代々木での乗り換え、ボクが代々木から乗り込んだ山手線の車両、混んでいたが、その数メートル離れた女性と目が合った・・・そう、本当に驚いた・・・、名古屋、時々通った喫茶店、その美人ママ・・・やとわれママだというその人、ボクと同年代(若かった)?格別会話が弾んだという思い出はない・・・が、ボクを見ていた、そう、互いが気付いたのだろう・・・そんな思い出の出会い、これただ一度のこと、思わず話しかけ、目黒でいっときの短いお茶の時間だった・・・が、この思わぬ出会いも忘れられない・・・。服飾の勉強に上京してきているとのこと・・・。
残念ながらその後、修業時代のボクには、会って話すというような時間はなかった・・・。
そのうえ一年間ほど、‘70年の大阪、エキスポ70の、その担当したエキスポタワーの監理の仕事に長期出張・派遣され、東京を離れていた。それが終わって、万博開幕前に帰京、その後、しばらくして、ボクは名古屋へ帰った。
・・・そう、ボクは恋愛の経験はないが・・・心ときめく懐かしい思い出だ。
|||||||||||||||||||||||||||

・・・ここへきて、感じる・・・孤独感・・・
7/16/Tue.
梅雨らしい曇り空。しかし、じめじめとした暗い感じはしない。穏やかでなぜか静かだ。
そう、しっとりとした空気と雰囲気だ。昔の梅雨の季節はこんな雰囲気だった・・・その静けさと雨音。
だけど、現在はこの優しそうな五月雨が・・・突然、怒涛となって・・・予想しない大雨・・・猛威の雨降りとなる・・・滝のように、天からの津波のように・・・。
・・・なんとも恐ろしい・・・人の力なんて、何と弱いのだろうと僕は時々思う。
もちろんボク自身の問題だけど、自身が弱すぎるのだけど・・・。
世の中は、この月曜日、15日だった、この”海の日”の休日が終わって、人々が動き出した。しかし、その海は、低温気候のせいで、曇り、人気はなく・・・寒く、寂しそうだ。
ボクはといえば、動き出さない・・・いや、動き出せない。心が閉じこもり状態になっている。
ここへきて、感じる・・・孤独感・・・これが深みを増して来つつある。
この感覚は体調が悪くなったためかと、後日思った。
要するに、精神的な不安定がやってきつつある・・・。そう、波のように。
・・・そういえば”海の日“は、夏休みの始まりだったかしら・・・。しかし、この長雨、急変するお天気では生徒たちは、林間学習、海の家・・・そんな、夏休みはじめの楽しみはやってきそうもない・・・まして台風を伴うようでは、親は気安く送り出せもしない。
|||||||||||||||||||||||||||

・・・が、まあぁ、やってみるしかない・・・
7/17/Wed.
今日は月に一度の内科受診・・・先月の名古屋市の健康検査結果から・・・あまり芳しい結果ではなかった。そう、平成25年だったかに、出先で急激な腹痛、耐えられない、その痛み、出先で救急車を呼んでくれ、搬送され、4日ほど入院治療をしたことがあった、それが改めて活発になって便に血が混じっているかも知れない。
改めて、検査を受けることになり、紹介状を書いてくれ、その予約に午後さっそく出かけ予約を取った・・・7月30日午前に施術・日帰りで可能とのこと・・・。3日前から腸を整えるというのか掃除するというのか、その準備過程と実施の日が決まった・・・今月27、28,29日と30日・・・薬を渡された・・・。
一つ心配がある・・・そう当日30日の朝7時に飲むという薬・・・下剤らしいが・・・地下鉄で出かけていく身には、途中が心配だ・・・が、まあぁ、やってみるしかない。
|||||||||||||||||||||||||||

・・・が、まあぁ、やってみるしかない・・・
7/30/Tue.
大腸の内視鏡検査のために数日前27日から薬をのみ、さらに昨日29日は、今日の検査のために、三度の食事に替えて、指定され渡された食事??をして、下剤が効くのを待ったが26日からの食べたものが排せつに到らなくなって、腹がパンパンに張ってしまい昨夜は、この便秘状態のためか、その検査への腸の掃除が出来ないことへの不安か、はたまた朝7時の座薬挿入による下痢の心配か、そう、バスと地下鉄を乗り継いての途中に起きてしまうのではないかしらとの心配・・・それで、大名古屋ビルジングにある、その検査医院の近くのビジネスホテルに泊まろうと探したがどこも満室・・・そのことに5時起きの目覚まし時計セット・・・しかし寝付けない、お腹が張り、さらに加え痛む・・・それで、座薬挿入の前に、その医院へ着くようタクシーの予約をした。
結局、一睡もできず、タクシーが来て、瞬く間に駅前まで・・・そう朝のこと、近道を知っている運転手・・・7時まで40分ほども前に到着、しかし、当のビルジング(これって、面白いけど、名古屋人は気に入っている・・・それが昨年だったか、建て替え完了高層ビル化)のオフイス階へはまだ施錠、エレベータホールヘ入れず、9階へ上れない・・・下剤を入れて2・30分で下痢が始まるということ・・・7時は厳守・・・焦って、何とか地階のトイレの位置を見つけて、そこで、挿入、・・・下痢が始まるのを待ったが・・・始まらない・・・。1階の通り抜けホール(この通り抜け状のセンターホールは、名古屋駅の通り抜けコンコースともに、昔から特長だった。街の人やビルに関係ない人たちに活用されている・・・今日も・・・)その、椅子で下痢が始まるのに備えたが、全然反応なし・・・完全な便秘状態、8時になってようやく9階へ移って、そこでもトイレを確認・・・まだ全然反応なし、兆しさえない・・・もしかして、漏らしては大変と先日買っておいた紙パンツに履き替えた・・・そう、これは指示されたわけではないが以前の何度もの入院時に、褌を持ってくることと・・・そんな指示を思い出して・・・先日。ドラッグストアーで2枚入りを買っておいた・・・そう、独り者は、とにかく大変です・・・そして、よく気が付く、ええ、日ごろぼんやりしているけど。
・・・ようやく予約時間になって、検査に入ったが、便秘の状態がモニターに・・・医師はお手上げ、レントゲンをとなって、撮ったが、映像はぼんやり(ボクは、紙パンツが原因と思ったが、黙っていた。紙パンツに履き替えたことは言ったが、レントゲン技師は脱げとは言わなかった)・・・こりゃだめだとなって・・・ということで、内視鏡検査はできず後日改めてと、予約となって、解放され、極め付きの便秘のまま、紙パンツを付けたまま、解放されたが・・・僕は、爆弾下痢を抱えたまま・・・不安を抱え・・・いや、必ず座薬の下剤が効いてくるだろうと・・・まずは、数度を、このビルジングで・・・さらに、ミッドランドタワーで、数度、・・・と、苦行の忍耐と不安をもつて・・・まあ大丈夫と思って地下鉄ホームへ・・・でも兆し・・・も一度ミッドランドタワーへ・・・その後、急激に心地よく成り、やや落ち着き、メルサビルの無印良品へ・・・去年買って気に入っている色合いのポロシャツはないかと徘徊し見つけた。半額になって残っていた一着・・・うれしかったね。こんな掘り出し物。そしてほかに2点。文房具とハーブ茶・・・。文具は、なぜか”38元“と、中国語の商品シールについていた・・・90円とか・・・これも掘り出し物。他にハーブ茶は、・・・。
その後、改めて、地下鉄へ、そして星ヶ丘へ、バス路線で猫が洞へ・・・帰り着いて、ひと心地。
・・・苦しい日々、昨夜から今日は苦行の時間・・・紙パンツは汚れることなく・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
今月7月はこれで・・・。最後は見苦しいことを告白・・・。でも、これが現実。
・・・独り暮らしは厳しい・・・ほんとです。
・・・では。来月、八月も再見!
|||||||||||||||||||||||||||


 

| HITBIT | 16:18 | - | trackbacks(0) |
HITBIT 心もよう vol-112 June 2019

HITBIT[心もよう]vol-112 June 2019
今年も天候不順というのか、梅雨入りが20日ほども遅くなったとか・・・。
お天気情報というのか、例えば、最高気温が昨日より10℃も高くなる、なんていう異常とも思える気温差・・・そんな予報が週のうちに何か所も何度もある・・・。これでは、どんなに健康な人でも身体が持たない・・・なにも気象庁や予報士の責任だといっているのではないですから誤解のないように・・・ええ。
・・・そう、地球が病んでいる・・・そんな地球の悲鳴のようなものさえ、近頃の天気予報には見えている。
18世紀19世紀そして20世紀と産業革命とともに、ばい煙が、石炭鉱山が開発され粉塵が、石油が排気ガスが・・・と、書ききれぬほどの原因が指摘されつつ、20世紀末から、地球の温暖化が懸念されてきた・・・。南極の上空のオゾンホールの存在発見から、人体への影響と環境への影響の懸念が深まり、北極の結氷面積が急激に減少し、通年の北極海、その開氷域が多くなり、船舶が通年航行できる航路が開けたとか・・・ヒマラヤの高山帯、さらにヨーロッパアルプスの氷河の先端が高度を上げ、長さも幅も小さくなってしまった・・・などと・・・これは世界中の高山帯の顕著な現象だ・・・。シベリアやカナダの永久凍土地帯もどんどんその面積を減らしてもいるらしい。北極海の結氷域の減少がシロクマの生息を脅かしてもいるとの報道も見える。
・・・そう、地球生物が非常な勢いで種の存続を不可能にされているという。
それは生物すべて・・・動植物の全般にわたって、この現象だ。
・・・21世紀にはアフリカの近代化が進む、そうして、人為的な生物淘汰が止まなくなる・・・かといって、アフリカ諸国の発展を止めることはできない。
我々人類は、いうなれば、進化著しい生物であるがゆえに、この存在自体が地球においては、破壊者となってしまったのであり、その最後の地域がアフリカとなったのであって、アフリカの人類の罪でも悪でも何でもないのだ。
・・・むしろ、最後尾を走っている人類の仲間を置き去りにして先頭を走る諸国が、彼らをこれまで置き去りにして来たことの方が、罪悪といわねばならないのだろう。
地球温暖化それに最近発見された、マイクロプラスチックという新たな深刻なゴミの存在が海洋汚染と海洋生物への影響として懸念が深まっている。
・・・もちろん地球温暖化は、大気汚染そのものが引き起こしたのであり、もちろん火山噴火の影響も大きいが、大気汚染の最たるものは人類のなすあらゆる排ガスの影響であるとされる。
・・・そう、この地球の破壊、地球環境の破壊は人間の存在そのものにあって、人類はこれまで地球を食い物にして進歩を成してきたといってよい。
・・・そして、この地球を食い尽くし、さらに、互いに殺戮を繰り返すことによって、人類は地球上から姿を消すのだろうか。その後、静かになった地球は、一時、虐げられていた動植物が繁栄するのだろう・・・そして、気候変動によって彼らも死に絶えていき、さらに地球の寿命とともに、太陽系の星々も次々とガス化していくのかしら・・・。
・・・などと、今日までのG20の大阪サミットのニュースを聴きながら、ふと思ったのでした・・・。
・・・体調がよくないくせに、こんなバカげたことを心配している自分にあきれているところです・・・ええ、こんな夢想とも幻想ともつかぬこと・・・体調がよくないのに、もっと自分の健康のこと暮らしのことを考えるべきかと、今、ふと思ったことでした。
さあ、あなたもやってくる猛暑に、どうか健康で過ごされますよう、心よりお祈りいたします・・・お元気で・・・再見!!! 
|||||||||||||||||||||||||||

===目次===
6/01  ・・・初夏の空気・・・
6/03  ・・・食品スーパーでの買い物・・・
6/04  ・・・定期健診・寝不足で医者通い・・・
6/05  ・・・建築とはこうした共感をも誘うものかもしれない・・・
6/06  ・・・物言わずとも通じ合う“共感”という心の一風景はどこへ・・・
6/17  ・・・市から送られてきた「健康診査票」・・・
6/18  ・・・その薄汚れた心は・・・清められないよ・・・との声
6/20  ・・・昨日までのんびりとした空気は何処へ行ったのかしら・・・
6/22  ・・・そう、人としての決断の時だ。この夏は・・・
6/27  ・・・そう、人としての決断の時だ。この夏は・2・・・
|||||||||||||||||||||||||||

・・・初夏の空気・・・
6/01/Sat.
薄曇り、風もなく静かな土曜日。
9時過ぎには恒例の土曜日の掃除を終えて椅子に座ったら、いつの間にかうとうとと。
室温は27℃ほどか。湿度は低いらしく快適だ。
外へ目をやると、キアゲハがニ三頭ガラス屋根の上、その向うのサンゴジュの垣根に沿って行き来している。その間にモンシロチョウがマイペースで垣根の隙間を超え行き、またこちらへ越えてくる。・・・そんなことしてると、蜘蛛の巣に引っ掛かるぞと、心配になる。
・・・そう、土曜日・・・小牧空港を発着する自衛隊機は今日は休みか・・・それに、旅客機もほとんど飛んでいない。
長閑だ・・・ほんと、のどか。
のんびりして、初夏の空気をボクは呼吸している。
でも頭の中は、ぐるぐると、回転・・・あれこれ思ってしまう。
そうそう、毎月朔日ごとにあげていた「お経」を、何か月もさぼっていたことを思い出した。
・・・これ、思い出しただけでもたいしたものだと、ここでも自分褒めをして、先ほど読経を終えた・・・。その線香の残り香がふと感じられ、消したろうそくのパラフィンのにおいとともに漂っている・・・。
そういえば、前回読経しその残りのロウソクだが、その時、現代のロウソク?に変えた・・・そう、ハゼの油の和ろうそくが無くなってきて残り少なくなり、なぜか、経本とともにあったパラフィン蝋燭を、前回初めて使ったのだ・・・この現代のロウソク・・・煙が少なくて、なかなかいい。10本ほど・・・誰かに頂いたのだろうけど、心当たりがない・・。試しに買ったものかしら?
|||||||||||||||||||||||||||

・・・食品スーパーでの買い物・・・
6/03/Mon.
昨日より気温・湿度ともに上がっている。今日は旧暦の5月1日。五月雨の季節というわけだ。
本当のことを言えば、体調がすこぶる悪い・・・、気持ちも投げやりになり、これからが不透明・・・と、そんな感覚だ。
こんな気持ちが、海岸へ寄せてくる波のように絶えずやってくる・・・病のデパートだと、何かにつけて言い放っているが、それは事実だ。
・・・僕の日常は、全く孤独・・・出かける目的は、買い物、そう食べることは、どうしても避けられない、かといって外で食べることはほとんどない・・・絶対にないということではなく、数か月おきにたまに市中へ出かけたときは、ビルの地下街にあるスパゲティ屋へ入ったものだ。しかし、ビルの建て替えで3月末で閉店・・・それで行き場を失って、それからは、どこへもよらず、飲み食い一切なく家へたどり着く。
・・・そうそう、出かけるのは食材の買い出し・・・食品スーパーでの買い物もそれなりに慣れた。だけど、こんなことは慣れない方がいいに決まっている。
そういえば、買い物慣れしてなさそうな老人の買物ぶりを見かけたことがある・・・その方は、なぜかクノール・コーンスープの箱を10箱ほども抱えレジへと向かっていった・・・はて、そんなに買って、毎日毎時そのスープを食べるというのか飲むというのかするのかしら・・・と、あっけにとられた記憶がある。
さすがの僕も、このインスタントスープなるものを何箱も買わない・・・このコーンスープをボクは好きだが、買っても1箱だけだ・・・。そう、年齢は80歳を超えておられるのだろうそのお方・・・何かの記憶を以てそれを買い求められたのだろうが・・・そう、妻の出してくれた、そのコーンスプーが懐かしかったのか・・・その、1箱の中には、8袋のスープのパウダーが入っている。
いらぬ世話の想像をボクはしているのだ・・・僕自身の境遇とも引き比べて・・・。
・・・もちろん、知っていて買い求めたのかもしれないし・・・それは、わからない。
|||||||||||||||||||||||||||

・・・定期健診・寝不足で医者通い・・・
6/04/Tue.
今日は早起き、というよりも、眠れなかった。目覚まし時計を解除して早く起きた。
というより、眠れず、ベッドに入ってからウツラウツラと眠れず4時になり5時になって、気持ちは徹夜のようだ・・・。病のことではない・・・様々に心と頭の中を、思いが駆け巡って・・・眠ってもいないし、目覚めてもいない・・・半分睡眠・・・半睡(こんな熟語はないか・・・半睡眠か?)の状態・・・生寝?これも熟語ないか???
・・・まあ、それでもベッドを離れ・・・身じまいをするのに、あれこれと数十分。
フラフラの状態・・・で、始発バスに乗った・・・。
路線バスの始発に乗った・・・といっても、路線バスの途中バス停からバスターミナルまで、バスストップ4つほど、10分ほどだ。そして、地下鉄に乗り換える。4駅目で降り、長いエスカレータで上り地上へ・・・そこから10数分歩き、病院へ着く・・・早朝の院内、閑散としているが、すでに10数人・・・早い診察順を取るために番号札を取るのだ・・・。ボクは予約者の4番目だった。いつもよりずいぶん早い番号・・・札。黄色の番号札は予約なしの来院者・・・僕のは白い札・予約者。
ボクは何も急ぐことはないのに・・・このように検診に来るこの病院へ、早めにやってくる・・・。もう一つ、年に一度の検診も他の病院んであるが、その病院へも、ここと同じように早め早めと出かけていくが、やはり僕より早い人がたくさんいる・・・そこは20数人、時には30人ほどがすでにきている、みな老人・・・ずいぶん遠方から名古屋までやってくる方に隣り合ったことがある。その病院は待合室の椅子の背もたれの裏に大きく番号が付けてあって、来たもの順に座って待つ・・・とにかく、病院はどこもかしこも老人ばかり・・・掛かりつけの町医者もやはり患者は老人ばかり。みんな急ぐ人生でもなさそうなのに。
・・・きょうは、足の具合がよくて、こうして出かけてきました・・・なんて言い、答える人も・・・そう、私も体調がよくてこうしてやってこれました・・・なんって、シャアシャアと・・・聞いていて・・・それじゃあ、医者に掛かる必要もないだろうに・・・と、ボクはおせっかいにも思ってしまい、一方でおかしみがこみあげてくる・・・自分のことはすっかり棚に上げて・・・。
まあ、いくつもの病のためにボクもこうして気軽に医者通いだ。
||||||||||||||||||||||||||

・・・建築とはこうした共感をも誘うものかもしれない・・・
6/05/Wed.
曇り、時々パラパラと雨音がする。
・・・昨日の病院通い・・・帰りは、地下鉄で街の中心部へ出かける心つもりで出かけて行った・・・。そう、なぜか町の中なのに里山の麓に暮らしている自分が、この環境の心地よさに、怠惰になり、感情が錆びつきはしないかと不安になって、病院帰りの遠出・遠回りの帰宅?となる。
・・・順調にMRIの撮影と医者の問診と回って9時半ころには病院を出た・・・地下鉄まではシャトルバス・・・そして町の中心部へ地下鉄で・・・寝不足で、ふらつく足元。それでも、解体工事中の幕張をした”丸栄百貨店“をチラと眺めてきた・・・。そう、村野藤吾さんの名古屋での数少ない作品・・・これで、二つが解体される・・・名古屋都ホテルと、この丸栄百貨店・・・僕は、この丸栄で買い物をした・・・そう、この村野藤吾さんへ設計を依頼した、このデパートのオーナーの美意識と心意気を気に入ったとは生意気だけど、確かに自分の心の中には、共感があった・・・。このデパートのエレベーターの扉絵は”東郷青児”だった。それに、屋内階段はくり型の木製、それが黒い漆塗(カシュウかな?・・・)の手すり・・・地下街への階段の手すりは、真鍮の八(六?)角形断面のバーが並行した手すり・・・これらに触れることで、堕落した僕を少しだけ、励ましてくれる思いがしたものだ・・・。
そう、ボクの直接の建築の師、そのK先生、Kさんと、弟子たちは会話の中では呼ぶが、その先生の建築に触れる機会は少ない。それもあって、師の師ともいう村野さんの建築に、入る・居る・泊る・・・こと、触れること・・・は、堕落者ボクの心が少しは浄化される・・・そんな心地がするのだ。
そう、ボクは何十年か昔・・・そう、堕落??と・・・そう僕の頭の中へ何かが入り込んで、囁いた・・・それに、負けたか・・・と、悔やんでいる。
その共感、そして、ボクたちにはぜいたくな京都のプリンスホテルも、また解体前の名古屋都ホテルへもわざわざ、泊まりに行ったものだ。
そして、この共感を以て泊ったのだ。そう、こうした買い物客、こうした宿泊客・・・も、数多くあることだろう・・。またそこに働く人たちも・・・そう、宿泊の係だったHさん・・・彼もそんな人だった・・・今は高輪プリンスへ移られたという・・・。
まあ、建築とはこうした共感をも誘うものかもしれない。
しかし、連れ合いが亡くなって、その希望も聞いてやれなくなって・・・今は、そんな旅行もしなくなった。
・・・
・・・体調がよくない・・・疲れやすく眠れない・・・。最悪。
それにしても建築の設計依頼が欲しい・・・そう、ジョブがないから、「本」を書いた・・・10年かかって・・・この頑張りが発揮できれば・・・。
|||||||||||||||||||||||||||

・・・物言わずとも通じ合う“共感”という、心の一風景はどこへ・・・
6/06/Thu.
天気予報では、名古屋の最高気温は32℃まで上がるでしょう・・・と。7月中頃の気温とか。五月雨・梅雨・・・アジサイ・・・なんて、気楽なことを考えたり語ったりできない・・・危険な季節。・・・空梅雨による水不足・・・貯水湖が干上がり、貯水率0%と、なんとまあ、こうして真夏へ向かって、気候が早め早めと上昇していく。これが7月8月にでもなればそして残暑の季節ともなれば・・・何となく空恐ろしくなる。
そう、昨今の天井知らずの気温上昇・・・時に狂ったような寒冷前線の急な発生と接近。
そして、激しい雷雨、竜巻、雹、集中豪雨というのか局地的豪雨・・・と、田舎の集落や開発宅地の住宅地・・・中小河川の氾濫と堤防決壊、そして浸水、道路は川となり、なぜか何日も水が引かない・・・斜面宅地の崩落、崖の崩落、道路の寸断、都市では地下駐車場が浸水・・・発電機も動かない。都市交通はダウン。帰宅難民・・・。携帯スマホは通じない・・・状況も把握できず不安は増すばかり。そう、悪い方へ悪い方へと、考えが膨らんでゆく。
この季節は、なぜか期待が裏切られる・・・そう、新緑が徐々に色濃くなり、里山が何物にも動じないような風景となるにもかかわらず・・・そこに予想するのはなぜか不安ばかりだ・・・春・山笑う、夏・山したたる、秋・山装う、冬・山眠る・・・これに梅雨・山たたずむ・・・そう、シトシト降る雨にたたずみ居る木々の姿をボクは加えたい。
・・・そう、日本気候は四季があるというが、かつてのシトシトと降る季節・梅雨の雨の風情は、えも言えない落ち着きのある季節だった・・・が、それはもうはるか過ぎ去った季節の風景となってしまった。
人情もなぜかカラカラに乾ききって、あるいは凄まじい雨脚、その轟に何もかもが包まれて、押し流されて、静けさの心なんて微塵もない。
そして、物言わずとも通じ合う“共感”という、そう、心の一風景をも失ってしまった・・・日本人の湿り気のある心模様はどこかへ行ってしまった。
・・・まあ、そんなに悲観ばかりしないで・・・このカーテンを揺らし行く、西風を心で受け止めましょうか・・・。
|||||||||||||||||||||||||||

・・・市から送られてきた「健康診査票」・・・
6/17/Mon.
今日は画像センターへ・・・そう、体の内、右側の内奥・・・胸から体側・脇、さらに背側・・・そう、右あばら骨に囲まれ保護されてある内臓の多くがこの辺りにある・・・この奥・・・どれかは僕には分からないがに・・・“ズウーン”とした痛み・鈍痛、そして時に鋭い痛みがある・・・。そのどれかではないかしらと・・・掛かりつけ医に訴え・・・ちょうど市から送られてきてあった「健康診査票」を持って、月一回の検診を兼ねて出かけ医師に訴えた・・・。そして、こうして画像センターへと振られ、そしてCTをやってもらうことになったのだ・・・。
・・・どんな画像が出るのか・・・心配というわけではないが・・・心配ないとか・・・なにがしか・・・痛みの原因らしきものでもわかればと思っている。かかりつけ医では、胸のレントゲン、検尿、検便・・・と、いろいろ・・・と。
CTデータは数日後には画像が掛かりつけ医へ送られるそうだけど・・・まあ、週末か来週月曜日にでも・・・結果を聴きに行こうと思っている。
市から送られてきてあった「健康診査票」を、こうして使わせてもらっている・・・。毎年か、何年ごとなのか、定かに記憶はないが・・・以前にも同じような検診を受けたことがある。
|||||||||||||||||||||||||||

・・・その薄汚れた心は・・・清められないよ・・・との声
6/18/Tue.
そう、昨日は「健康診査」へ・・・そして、その昨日のこと、その後・・・長年続けてきたユニセフへのささやかな送金・・・ほんの少しのこと、毎年6月と12月に・・・。ささやか過ぎて恥ずかしいが・・・この薄汚いボクの心のほんの少しブラシュアップ・・・の、つもり・・・。そんなこと思ったって、やったって・・・その薄汚れた心は・・・清められないよ・・・との声が聞こえそうだ。
そう、こんなことで少しの罪も消える、浄化される・・・なんてことがあるわけない。
が、ただ1人の乳幼児の命でいい、それが、この世に繋ぎ止められればと・・・心細い期待に、懺悔を以て・・・こんな愚かなことをやっている・・・長年。
・・・密教では、人のなす罪・・・「身・口・意」(あるいは、これらから発する悪)にあるそうな・・・ええ、ボクは密教のことはよくわからないが・・・そんな、こと・・・仏の教え・・・が、あるらしい。
・・・そう、人が為す罪の大小・・・誰にでもあるのだろうか・・・僕にはわからないが・・・何かふと魔が差すなんてことから・・・そんなことがなにがしか、人は、人の罪としてなしているらしい・・・らしい・・・ではなく、罪を犯している・・・俺という者・・・がいる・・・この存在するということ自体が罪なのかもとも思えもする。
・・・そう、このユニセフへのささやかな送金・・・もうやめようと・・・今年も思った・・・が、わが心の罪を思うと・・・あとすこし、今年だけは続けようとも・・・思いなおすのだ。
|||||||||||||||||||||||||||

・・・昨日までのんびりとした空気は何処へ行ったのかしら・・・
6/20/Thu.
昨日までのんびりとした空気は何処へ行ったのかしら・・・。
急激な気温の上昇・・・西日が斜めに居間へ差し込んで、午後になってから室温が上昇している・・・午後3時45分・・・30℃。その窓からそよ風も吹き込むが、それでは追いつかない・・・容赦ない西日。
この暑さでも、セミは鳴かない。
・・・耳鳴りがしている・・・これ、セミにも劣らない鳴き声だ・・・なんとも・・・はや。
1時間ほど前、男子中学生数人が下校・・・声変わりしたばかりのような、ではなく声変わりそのもの・・・その響き。
声を張り上げ・・・喉を傷めたかのような、そんなガラガラ声・・・。
・・・そう、成長しているのだ・・・そして、だんだんと、人生の重みを実感していく。
長閑だった幼いころを思い出すでもなく・・・人社会・・・人生に飲み込まれていく彼ら・・・。僕もそんな人生を歩んできた・・・いまでも人生の重荷は増すばかり。足掻きにあがいているが、浮上はままならず、アップアップ・・・開いた口からは呼吸をさせないぞというように・・・水しぶきが襲い来る・・・溺れてしまうのかしら・・・。
・・・こんなことまで想像しても、人間とは意外にしぶとい生き物だ・・・。
|||||||||||||||||||||||||||

・・・昨日までのんびりとした空気は何処へ行ったのかしら・・・
6/21/Fri.
昨日の暑さに比べたらなんと快適かしら・・・と、いっても湿度は高く、こうしてタイピングしているこの腕、食卓テーブルに置いているのだが、その部分が汗ばむ。
室内温度はおおよそ30℃・・・昨日とあまり変わらないが、時々日差しはあるが、曇っているせいか風が少しだけ涼しい・・・。
・・・このコンピュータ・・・文字数が重いのだろうか・・・項目によっては“メモリー不足で指定のフォントがつかえません”と表示が出る。そして、このせいで、1ページだけプリントアウトしたいのだけど、応答なし・・・。
こうなると僕の手には負えない・・・メモリーの増強が必要なのかしら・・・また、この文章ソフト「WORD」・・・前回の不調時に手当てしてくれた修理屋さん、その時、何かの手当てから・・・文字の空きに□のしるしが出る・・・これが、なんとも目障り・・・読みづらい・・・これも同時に何とかしなくてはと・・・そう、なんとも気の重いことだ。
・・・申し訳ない・・・これ、愚痴です。
|||||||||||||||||||||||||||

・・・そう、人としての決断の時だ。この夏は・・・
6/22/Sat.
大学新卒の就職内定率が70%を超えている。
ニュースに語られるこれ・・・これが、若者にあらぬ確信を抱かせている・・・。この「確信」・・・愚かな確信だ・・・。この何も確証のない未来への幻想・・・。
・・・若者のすべてはこの「自分が体制の側にあるという確信・・・」・・・これ、本当にそうなのか・・・そう、おそくとも3年・・はやければ半年で・・・自分が考えていたものと...現実の違いに気が付くことだろう・・・そう、君が思う・考えるような・・・バラ色の現実なんぞどこにもない・・・ましてや未来にもそんな優しい世界はありはしない・・・。
そう、このことにいかに早く気が付くか・気付かせられるか・・・そう、現実・そこにある過酷な現実が・・・君の現実なのだということ・・・企業だって・・・政府だって・・・君の思いが幻想に過ぎないことを知っていて黙している・・・そう、就職を気遣ってくれたかのような雰囲気の大学や高校の就職の先生の”優しく機知にとんだ会話“・・・
、そんなものは、幻影であって虚言に過ぎないのだ・・・そう、遠からず君は、自らの悟った現実に打ちひしがれて・・・その職場を去ることだろう・・・。そうでなくとも・・・君は、その現実の職場に“自らを押し殺して・・・そう、何かわけのわからない、現実の力に首根っこをつかまれ・・・土下座しひれ伏し卑屈になって従っている・・・そんな自分を見出す・・・そして、いつの間にか、結婚し、女房殿にもひれ伏し、一人二人の愛すべき子供のためと己を押し殺し・・・屈辱的な人生を歩みつつある自分に出会う。
・・・しかし、悲観することはない・・・その、君のような人生を歩みつつある同輩や先輩は・・・数える間もない、さも多様性をはらみながら・・・君の周りにうようよといるのだ・・・それでもいいではないか・・・ねえ、みんなと同じなんだから・・・何も恥じることはない・・・ましてや・・・少しだけ多くの給料とボーナスをもらって、君の背広の衿には“わが社“・・・の”バッジ“が、込み合った通勤電車の他を圧倒して・・・輝いているのだから・・・そう、今宵は早く帰って、妻の誕生祝を子供たちとともに祝うのだ・・・そう、赤いバラの花束と少し高級なワインを買い求めて帰ろう・・・。そう、どんなに、社内に居場所がなくったって・・・おくびにもそんなこと出さないぞ・・・そう、俺の同級生・・・中学高校大学と・・・周りを見回しても・・・俺ほど出世したものはいない・・・そう、おれは選ばれたもの、特別なんだ俺は・・・と、君は、改めて思って見せる・・・自分に自分を誇示している・・・そんな自分を見出だすのだ・・・。さて、もう一度自分の周りを見回してみると・・・そう、何んと自分そっくりな・・・同期入社、先輩入社の者たちが・・・うようよと・・・たむろしていることか・・・そう言えば、今夜は早く帰らなければ・・・しかし、なんて間が悪いのだ・・・子宵は課長が地方支社へ所長となって栄転する、その、送別会だと・・・メールが届いた・・・ああ、なんて間が悪い・・・なんで、今日・今宵なのだ・・・。
・・・ああ、申し訳ない、花束とワインを自宅の最寄り駅の花屋と酒屋へ注文してある・・・そう、できるだけ早く送別会を抜け出して・・・帰るからね・・・。と、自宅、奥さんへ電話しようとしたが・・・ちょっと待てよ、何かひょっとして”一言“いわれるかもしれない・・・そう、メール・・・シトコッ,と逃げを打つ・・・そんな自分に出会ってしまう・・・。
・・・そう言えば、今年は参院選・・・もしかすると、アベが衆院も解散し・・・同日選挙になるやもしれない・・・そうだ、ここで自民公明が大敗を喫したなら・・・このわが社が危うくなるかもしれない・・・そう、俺も将来は支店長・・・そんな幻想も抱く・・・そうだ、自民・公明・・・へ、投票しておこうかな・・・そうだ、あの大学の講義の時にときめいた・・・反体制的な思想ともいえない哲学ともいえない・・・青年として描いた改革・・・そう革新・・・そう、革命ともいえないが・・・・そんな、青年としての理想が思い出される・・・そう、俺はこのことをすっかり忘れ去っていた・・・確かに、こうして二人の子の親となった俺だが・・・と君は思うのだ。
そう、この子供たちへ、ほんとに希望のある未来を遺してやることが出来るのだろうか。
・・・そう、妙なことになった、妙なことを思い出した・・・革命・・・ここまでしなくても・・・革新・・・そう、時代の前衛にありたいと、あの高校三年生、そして地方大学の一年生・・・だったとき・・・少しだけ抱いた”時代への不安“”時代への不満“・・・そんなことを、今宵、女房殿の誕生日に思い出してしまった・・・そう、どうしようかな、帰ろかな、宴席にとどまるかな・・・と、このサラリーマン・・中堅になりつつある「君」は考えるのでした・・・そう結論を出さなきゃ・・・行動するかしないか・・・体制に身をゆだねるのか・・・ばかげた反骨をひけらかし・・・同期の者どもの失笑をかるのか・・・そう、今、俺は「人」としての岐路に立っている。
・・・そう、今宵は体制に身を任そう・・・そうメールを妻と子らへ・・・そう、今度の選挙こそボクは僕でありたいと思う・・・そう、青年の頃、一時期のことだったけど、なんとわくわくした、あの時だったか・・・。そう、妻にも話してみよう・・・子供たちの未来・・・どんな社会を遺すのか・・・そう、人としての決断の時だ。この夏は・・・。
・・・などと、僕には全く関係ないこと、その空想を書きつらねてきたのだが・・・。
・・・僕もそうだけど・・・なかなか自分を貫けない・・・汚点の多い人生だ・・・と、振り返って思う・・・しかし、選挙だけは・・・。
|||||||||||||||||||||||||||

・・・そう、人としての決断の時だ。この夏は・2・・・
6/27/Wed.
突然のニュース・・・米国が、日米安保条約は不平等条約・・・だという、ニュースが流れ、日本政府はその噂の打ち消しに躍起となった・・・。
そう、ボクは言い続けてきた・・・米国内には、事実上日本列島を米国の防衛線の第一線、すなわち、米国の敵前線に日本列島を置いているくせに・・・心の底、本音は・・・俺たちは日本の口車にのせられ、日米安保条約をさも米国への追従的に結ばされた、それも、東西冷戦時には有効だったかもしれないが、その冷戦の構図が崩れ、ヨーロッパでドイツが統一して、ロシアも、共産政権が崩壊・・・事実上ロシアが世界の第2位だか第3位だかに落ち込んだ・・・そして、中国が代わって世界覇権を目指す位置になった(日本のことはここでは何位だか問題ではない)。その国力の多くは、安保条約下にある日本が、技術と資金・・・その供与を与え続け・・・ついに日本は自国を中国に追い越されるに至り、さらに中国は、アメリカとその力、国力を比肩するに至った21世紀・・・このようなさなかに、中国は南シナ海さらにインド洋と東シナ海へ進出。南シナ海においては岩礁を埋め立て、軍事拠点化し、その南シナ海の覇権を完成させ、自国の領海化を強引に推し進め成功しつつある。さらに、環インド洋諸国へ、過剰とも強引ともいえる借款と技術供与を与え、中国の影響下に置きつつある。それは南西太平洋のサンゴ礁環上の国々へ、さらに、欧州、大西洋の北極圏に位置するアイスランドやグリーンランドにおいても同様な政策の押し付けをおこないつつあり、これらの陰湿な政略がまさに、経済的な援助を名目としつつ、世界戦略的、世界覇権的な策略をくるみながらなされつつある・・・そのことを、日本の政治に直接かかわる者(政治家ではない、ただの給料取りだと僕は思っている・・・)たちはどれだけ肌身に感じつつ日本の未来を語っているのであろうかと、疑問を持つ・・・。
・・・そう、日本のこれまでの政治に直接かかわる者、そして現政治に直接かかわる者たちは、この中国の政界的進出、それは領土的野心、それがただ、軍事的経済的拠点だけに置いたとしても、大いなる、軍事的拠点化となりつつあることは明確であろう・・・。そして、一方、アメリカの世界戦略においても、日本との安全保障条約が・・・日本の一方的な利益になっており、日本は、アメリカが攻撃されたとき、その時点で米国へ加担し、日本が保持する戦力・それは自国防衛のみの戦力という建前から、米国防衛に加担し、軍事力を動かしはしないであろう、そんな、日米安保条約という、米国が一方的な戦力行使、それは米国が日本国土を守らなければならないという、全く不平等な安保条約を破棄すべきだ・・・そんな、突然のニュースである。
・・・これに仰天した日本政府は、日米安保条約を破棄しよう、という、そんな意思を米国は何ら持ってはいないし、そんなニュースはフェークだと、火消しに努めた。
これが今日の、ニュース・・・だ。
・・・そう、このニュースが、確かにフェーク・ニュースだとしても(僕は、これは米国民の本音だと思う・・・これを認識しない日本の政治に直接かかわる者や評論屋、そして、日本のマスコミ・・・そう、今日の報道では、日本の報道機関は骨抜き状態だといっている・・・表現は違うが・・・)・・・いかにも、現実的だと、思う・・・。
米国民の感情、政治に直接かかわる者の感情としても、現トランプ大統領にすれば・・・これは、言葉に出してはいないとしても、本音であろうと考える。
・・・打ち消されたニュースとしても、この日米安保が、不平等条約であるという考えは、遠からず、米国民のすべてか抱く思い(そう、もうすべての米国民の思い)だろうと考えねばならない。
この感情は必ず近い将来米国内に噴出する・・・そう、経済的な不況が起きれば、必ず起きる感情だ。
そうだとすれば、それまでに・・・とはいっても、時間はそれほど遠い将来のことではない・・・。
その時、日本政府と国民はそれに対して、どのような対処をするのであろうか・・・。
・・・自民党が国政の中央勢力である限り、国民を欺きつつ・・・その対抗策は、米中ロ・・・の、三国と比肩するような軍事大国化へと遮二無二進む・・・であろうことは明白と思える。
・・・現アベ政権はすでにそれを強力に画策しつつある。そして、このことを日本国民は、ボク以外?だれ一人として気付いてはいない・・・安倍政権は、日米安保条約こそ日本の安全のかなめだと・・・声高に、日本を軍事大国化する方向へと突き進む・・・という、危険性は、十分に考えられることだ。
・・・こうして、世界が、環太平洋が、環インド洋が・・・この、軍事的膨張主義に陥った時・・・日本は、どのような国家体制を成し続けるのだろう・・・先の太平洋戦争で痛感したこと・・・この日本列島は・・・どのように強力な軍事力を持ったとしても、列島への侵略は食い止められないことは周知のことだ・・・あの、米軍機による本土への絨毯爆撃を思い出せ。
・・・米国の太鼓持ちに日本政府は終始し、米国の属国となることを肯定しているようにさえ思える。米国の不満を、正面から受け止めるとしたなら・・・それは、米国の属国へとならざるをえまい。
そう、現実になるのは・・・日本は、日本列島は・・・丸裸、どんなに国土を“ハリネズミ化”したとしても、イージス・アショアを島嶼を含め、高密度に数百基と配置したとしても、脆弱な首都東京へ、一発の核弾頭を打ちこまれたなら・・・結果は明白だ・・・それは、国土の何処でも同じことだ。
いっときの応戦、自衛権の行使・・・は、可能だろう・・・しかし、それだけのことだ。
空には日本列島すべてを覆えるシェルターなんぞ作れるわけはないのだから・・・。
国土、国民、工業力を基底とする国力の維持は全く無力を露呈することになる。
そう、日本国はどんなにあがいても・・・戦争となれば・・・焦土と化す、そしてそれは高単位な放射能汚染そのものなのだ・・・もちろん、放射能汚染は焦土よりも悲惨となる。その現実をこの国の政治に直接かかわる者たちは、過去にも、現在をも、認めてはこなかった・・・そう、日本の国の立ち位置の現実認識と未来のビジョンを持とうともせず、目先の選挙に国民をだます虚言を吐き散らしながら、議席を得ることに、きゅうきゅうとしてきたし、この姿勢は今も変わらないだろうし、将来も同じ道、この道は滅びへの道なのだが・・・進み続けるだろう・・・そう、亡国の道を。
しかし、だからといって、これを無関心と国民の目による監視を放棄してもしょうがないとするわけにはいかない。
そうであるなら、国民が目覚め、国民による“日本国の未来像”を提案しなければならない・・・ということになるのだろうか。
そう、日本は日本国民は・・・どうする、どうしなければならないか、どんなビジョンを国民が示さなければならないか・・・。
・・・このことは、昨年、今年、と・・・なんども書いてきた・・・。お読みいただいた方もあるかと思う。そして、貴女・貴方を含めすべてが、苦笑ならぬ失笑されたことだろう・・・そう、日本国が永世中立国・・・と、なること。
そんな提案をした・・・ことを、ボクは、今日、令和元年6月27日、この日米安保が、アメリカの中にある意見のように、いつかは、破棄されるということになり、日本がいかに強力な軍事力に頼る国防を考えるなら、それは、この周辺国にとっては、好都合という軍事的環境になるということだろう。
・・・そう、周辺国にすれば・・・米中ロ、さらに朝鮮半島の国には・・・日本が軍事力増強へ傾けば・・・戦争へ火蓋はいつでも開くことが可能になるということだから。
・・・すなわち、軍事的な立ち位置で、国防を考えるなら・・・それは、亡国への最短の道となることだろう。
・・・生きる望みは・・・不可侵条約においても約束されない。
・・・そう、あのナチスドイツは周辺国へ軍事的に進出し、それらの国を手中にした。ソ連邦、そのスターリンは、不可侵条約を何の弁解もすることなく・・・破棄し、満州へ進出した・・・のだ。ただ、ヒトラーもスターリンも永世中立国スイスへはその矛先を向けなかった・・・。その他、永世中立国、これに類する欧州のいくつかの国家があった。
・・・そう、武力増強では国家は守れない・・・どんなに強力化したとしても。その武力増強に、国家日本はたちまち疲弊し、その努力は徒労となることは明白だ。
・・・トランプは、日本列島を、トランプのみならず、米国の政治に直接かかわる者は、また米国民は・・・日本を米国の“西部戦線・防衛線”その”前衛”だと考えている・・・そう、あのナカソネは、レーガンへのお追従・・・それを、”日本列島は不沈空母“だと・・・そう、爆撃されても沈みませんよ・・・そう、いかに焦土となっても、放射能に汚染されようとも・・・米国の国土防衛前線・・・西部戦線・前衛として日本はあり続ける・・・と、バカ極まるお追従を・・・これにアベも、追従しているのだろうか・・・。そう、いろいろなお追従は、その言動にすでに表れている。
・・・今こそ、こんなバカゲタ考えを持つ日本国の政治に直接かかわる者たちを信用すべきではないところまで来ている・・・が、一方の国民は政治・国家権力に何を期待するのか、何も言わないでいる。
でも、国民の声が、身近なところで、権力を押し返したよい例がある。
・・・数年前だったか、もっと以前?・・・幼児の保育園幼稚園への送り迎えに自転車の前後の荷台にそれぞれ幼子を載せ通園する姿、これは現在もおなじみだ。そこへ、アシスト自転車という便利な省力自転車が開発され、主婦らに重宝されはじめ、それに気づいた幼児のお母さんらが、この電動アシスト自転車を使い始め、前後に幼児を載せ中には背に赤子をおんぶし、4人乗りと・・・さっそうと!?通園やお買い物に使った。
これに目をつけたのが、国家公安委員会だったか、警察庁だったか、この機構は知らないが、とにかく国の機関が規制に乗り出した・・・。これにすぐさま反応し行動したのが、当の“おかあさんたち“だった、”幼児の通園を私たちはどうすればいいの、国は、産めよ増やせよ、と出産率の低さを止めようと躍起になっているのに、人口減少の危機が来ているといいながら、一方でこんな規制をする・・・そう、これは許せない!私たちの自由にさせて・・・!!!“・・・と、一気に団結と抗議がこの国中へ広まった・・・のだ。
これに驚き慌てた、当局は・・・この電動アシスト自転車の構造と使用法を定め、そう、安全な自転車と、乗り方を定めた。大人1人と特殊な荷台サドルとヘルメットをかぶった幼児2人まで、さらに歩道の通行などと・・・道路交通法などへも、そのいわば3人乗りを認めたのだった。そして、今日、ほとんどのお母さんがこの電動アシスト自転車に幼子を載せ、歩道をさっそうと、行き来されている。いい風景、姿だと思う。
この幼児通園の便利と安全なその乗り方を若いお母さんたちは全国レべルで勝ち取ったのだ・・・。
これは日本国においての、国民が直接勝ち取った身近な権利の希な例だ。
そして、これが公民の権利というものだと、全国民が知った良い例だろう。
・・・そう、本来、日本国民は、こうした行動が出来るのだ。そのための教育はすべての国民が受けている。
世の中のお母さんたちの潜在的、秘めたというのだろうか・・・その権利の行使と行動の力を、発揮した良い例だろうと僕は考えている・・・。
このことは、このBLOGに何度も書いた記憶がある・・・そう、お母さんたち、世の女性すべてが、声を上げ行動すれば、国家権力さえも、従わざるを得なくなる・・・。このことを、国民すべてが考えよう。
他人任せではなく、権力におもねる日本人の悪い癖、日本男子の悪い癖・・・それを、女性主婦の立場から男性に働きかけ、国家の暗部を炙りだし、国家の在り方までも、変えていく、この力の発揮に女性が頑張ってほしい、とボクは心から期待しています。国の在り方を変えるにはこの女性の力しかない。
そして、発想の転換、思い切ったビジョンをもち、自立する平和国家をどのように確実にするか、この国の子供たちを守り、戦場へ送り出さないで、国を繁栄させるにはどうすればいいのか、お母さんたちが、主婦が、国民が考え、国家の中枢が考える時が、今日、2019年・令和元年6月26日・・・改めてアメリカからやって来たと、思い知らされたぼくでした。
・・・・・・・・
今月はこれで・・・健康状態が芳しくない、それゆえか、頭の回転は、グリースが切れ軋みが大きくなっている。心は常に、暗い方へと傾き、この世に置いた身の将来が危ぶまれる状態だ。医者に掛かり薬をのみ、ウオーキングに励み、独りで考え行動し、これからもこうして、時々でも、ボクの意見を述べられればと思っています。そう、今月は、体調不良にもかかわらず、なぜかタイピング速度が上がって、それが頭の回転とシンクロし、こうして拙い意見を送り出すことが出来ます。

・・・とにかくお元気で、事故なく、お過ごしください。
||||||||||||||||||||||||| 
 

| HITBIT | 12:25 | - | trackbacks(0) |
HITBIT 心もよう vol-111 May 2019

HITBIT[心もよう]vol-111 May 2019
・・・新たな天皇即位・改元「令和」・・・古代飛鳥の政治体制を回顧・・・
2019年5月1日・・・きょう、改元・・・元号は「令和・れいわ」。
昨日平成31年4月30日の24時をもつて平成の天皇が退位し上皇となられ、同時に皇太子が5月1日午前0時を以て天皇即位し、先月、前もって定められていた元号に改められ、新元号は「令和・れいわ」となった。
この「令和」に思ったのに「美しい国日本(ニホン)」「麗しき国日本」だ。良き元号だとも思った。
日本(ニホン)、なぜかボクはニッポンとよぶのは好きではない・・・かのフクダ総理(親の方)がニッポンとよぶとしたとかしなかったとか・・・どうでもいいが、このニホンというやわらか・ソフトな響きが、よりボクの感性に合うし、呼び方として正しいとも思っているが、ニホンとニッポン・・・どちらでも、雰囲気によって読めばいいのではとも思う、例えば、サッカーの国際大会では“ニッポン”と力強く叫ぶのが雰囲気としてあっているし、日本髪といえばやはり、“ニホン髪”だろう・・・そう、雰囲気、それに似つかわしくあればいい、一途に思いつめる必要もなかろうし・・・。
この改元に出くわすのは二度目、平成とこんどの令和で、二度目の体験となる。体験と書いたが、この身に何かが起きたわけではない。
このほか、時代の移ろいの区切りに、西暦の千年紀・ミレニアム・西暦2000年、そして、その新世紀2001年20世紀から21世紀へと100年紀ごとの新世紀への移行があり、さらに、かつて日本には「皇紀」という、西暦に比する日本の皇統の祖・神武天皇を始祖とし、建国以来今年は皇紀2679年らしい(暦には載っている)・・・これは現皇統が神・神武天皇を祖とするということを意味するのだそうであるが・・・。・・・実在したのか神話なのか、はたまた幻覚なのかわからないが・・・世々代々の天皇、この皇統が神の末裔であると、これは信じられ、かつては臣民?国民にも信じられてきて、明治維新を経て明治・大正・昭和・平成そして、この令和となったこと、この間にすなわち昭和20(1945)年太平洋戦争(日本では大東亜戦争とよんでいたし、今も一部の人はこう呼びたいらしい、アジアを開放する聖戦とでもいうのか?)、その敗戦によって、その皇統の神話性が占領軍によって否定され、皇統の神性も希薄化されたが、戦後の新憲法の草案の段階で、憲法草案を進めた学者や当時の内閣の強い姿勢・抵抗によって、昭和新憲法でも天皇制の存続が“象徴”という表現によって、かろうじて維持された。
皇室ではもともと皇統の神性は信じられて、平成天皇は神武へも言及した。すなわち、皇統の祖は神であると信じられている(天照大神・天皇や首相らがお伊勢参りするのも、天皇の祖への挨拶なのだろうか?)。これはまた国民にも信じられ支持されてもいるらしい(・・・まあ、観光旅行のいいわけか???)。
・やや主題からそれるが・・・それ、人々は“お伊勢参り”へと、旅する。それは江戸時代にはことに盛んで、厳しい関所の通過も”お伊勢参り“であれば、難なく通過することが出来たという。
”伊勢参り“は娯楽だったか、また閉じ込められた地域社会からいっとき開放される・・・そんな旅する口実かもしれないし、信心であるかもしれない。
また国民大多数が信じているのかどうか、信心とまで自己確認はしていないらしいが、パワースポットなんぞを信じてか・・・若い女子が連れ立って訪れる。
また、神ばかりでなく仏においても旅する口実、理由になって、近年ますます、その過熱ぶりがみえる。そして、観光地の寺や神社へ、お布施やらお賽銭として潤しているという。そう、美術品・芸術品として、仏像類が鑑賞の対象とされ、地方の有名寺院から、東京へと出張開示される。そう、ボクなんか、あの興福寺の宝、国民の宝、阿修羅像が東京へ出張した時には、身が縮むおもいで成り行きを見ていたものだ・・・塑壊れやすい塑像・・・事故でも起きなければよいのだがと・・・心配していた。
そう、寺社ではこの傾向は大歓迎なのだろう。やってくる人の信心あるいは古美術の鑑賞や歴史的な意義・・・そんなことなんかどうでもいい・・・今まで持て余し、維持するのも楽ではなかった・・・そう”宝の持ち腐れ“が思わぬ宝になる。そうして、寺社の体裁が整えられていく。真新しい解体修理がいたるところで進められ、それに伴って塔頭や庫裡がどんどんあたらしく作り替えられもする。商売繁盛のおかげというわけだ。
妙な方向へずれ落ちてしまった・・・。

・さて、この天皇制へ戻って考えてみれば、昭和憲法では、天皇は日本国の象徴であると、神を祖とするか否かは議論の外としつつ、“日本国の象徴””日本国民統合の象徴“として、国民統合の元締?と位置付けられ、絶えることなく現在に到っている。
・そして、ここに新たな問題として、その皇統の将来、血筋の存続、男の天皇を守るのか女の天皇を容認し国民統合の象徴を位置づけるのか、男女どちらでもいいのか・・・と、じわじわと議論というのか、存続の在り方が問われだしているという。
・ボクは、天皇制を一応容認するし、天皇制が存続する必要があれば、男女関係なく長子が嗣襲するのが最も明快だと考える。
なぜなら、昭和憲法以来、天皇は政治に関与しないこととなった。すなわち、天皇、例えば飛鳥時代、かつては大王といった、その大王は統治権、その治政権と祭祀権の二つ、すなわち全権を持ち、すなわち権力すべてを掌握する。
ところが飛鳥時代、大王が女の大王・中皇命(なかつすめらみこと)であったことが、推古紀、皇極紀、そして斎明紀の三度あり、その最後の持統紀を加えれば四度お女王(女天皇)の治世があったし、皇極紀と斎明紀の間には、孝徳紀という、やや血筋が異なるというのか薄いというのか、その中天皇(なかつすめらみこと)という天皇の時代・難波朝(孝徳紀)があった。さらに皇極紀と斎明紀は重祚(ちょうそ)、すなわち孝徳の姉寶皇女が、弟孝徳の時代10年ほどを挟んで二度の大王・中皇命として、即位している。
そう、まともに男が大王になったのは・・・葛城皇子すなわち天智だけだ・・・天武は叛乱・壬申の乱をおこして天智の皇子大友皇子(弘文)から大王位を奪い取って飛鳥浄御原朝を成した。
皇極紀と斎明紀の女大王、この寶皇女は、夫大王舒明の崩御により急遽、皇極として4年間大王の位置にあり、この四年目にあった乙巳の変で、蘇我蝦夷と子・入鹿大臣が皇太子葛城皇子とそれを陰で唆し操っていた中臣鎌子との謀議により皇極紀の大極殿で誅殺されてしまう。これが、乙巳(いっし)の変であった。
そう、古代倭国の大王権を支えてきた大臣には臣姓氏族の平群氏・許勢氏・蘇我氏などの武内宿禰の後裔氏族、また大連には連姓の大伴氏・物部氏・・・こうした古代氏族の排除に、皇太子葛城皇子(天智)の威を支えつつ背後で働きかけたのが後の藤原氏、すなわち中臣鎌子であった。そして、それは大王葛城皇子(天智)の死の前日、中臣鎌子の野望は達成され、藤原京時代、平城京時代へと藤原氏の権力構造は確立され続け平安京時代には全盛を誇る。
飛鳥時代以降こうして歴史上、藤原氏が台頭し、公卿の力があらわになって、大王すなわち天皇(すめらみこと)権は、その公卿による傀儡的な位置へと権力を失っていき、果ては武士階級が幕府という新たな権力機構を以て国を動かす権力を掌握する。
その権力もさらなる武士の台頭とその争奪の時代・戦国時代には幕府も衰退し、天皇の信頼も失せ、かわってその天皇を担ぎ台頭した戦国武士へと権力が移り、さらにその天下を統一したかに見えた織田信長のおもわぬ死と、かわって、うまく立ち回った豊臣秀吉が改めて天下を取る。その豊臣を倒した徳川幕府が260年余を統治、王政復古によりそれも失せ、武士階級が失せ、19世紀を数十年残し、明治維新以降は富国強兵の国家造りにおいて、政治に軍部が台頭し、牛耳っていくこととなった。これによって天皇権も軍国主義・軍部に利用され、天皇が軍の総帥(本気だったか嫌々だったかは定かではない・・・)として・・・これも一種の”象徴“的な位置づけが成されていた・・・。
明治大正昭和・・・昭和20(1945)年8月15日、連合国に対して無条件降伏・・・ここまで、明治憲法とそこに天皇制は治政権と祭祀(斎祀)権を天皇家の枠をはみ出し・・・成立してきた。
しかし、敗戦・・・結果の”昭和憲法“では政治にかかわることはなくなり、国民統合の象徴として・・・政治と切り離された天皇が、ただ国事行為に規定する政治的なかかわりの範囲と、別に天皇(天皇家)が有する祭祀権の範囲のみにおいて、神武以来の祭祀が現代も続けられてきているらしい・・・。
この度の平成の天皇の退位、すなわち、皇太子へ譲位して上皇となること、さらに令和へ元号が改められ、皇太子が即位する・・・それら一連の退位・即位・元号制定・・・それらは、天皇家の祭祀権と国家の国事行為とが付かず離れず進行して新たな天皇即位と元号への移行が成った。
・・・こうしてみると、天皇が男系である必要性は全くない・・・すなわち、天皇位は、その”祭祀権“のみにおいて、その象徴との位置づけとともに、天皇家において存続存在意義があるのであって、古代王権の治政権、例えば飛鳥時代は、実は常に祭祀権によってその”王権の内の治政権“すべての行為の進行は司られてきていたのであり、これは昭和の敗戦と新憲法がいう”天皇は政治にかかわらない“ということが、解釈を純粋にすれば事実上、古代飛鳥時代の倭(ヤマト)王権においてもすでに成立していたそれの踏襲に過ぎない現状であることに思い到るし、そうだとすれば、天皇が男系でなければならないことは何一つ理由がないことになる、と考えられる。
すなわち飛鳥時代はすでに大王が為す治政権は皇后が直接担う祭祀(斎祀)、これはもう権力といってもいい有様であった。そのことを、大王とそれを取り囲む大臣らは気づいてはいなかったらしいが・・・ただ一人、孝徳紀の皇太子・葛城皇子(天智)は気づいていた・・・、それ、斎祀があって初めて治政権は執行されていた、そのこと。
やや次代へと先走るが、この陰には、古代祭祀にかかわってきた中臣氏の祭祀に対する自負と、古代臣姓氏族と連姓氏族の根絶を図る目論見を持ちつつ葛城皇子を皇太子時代から大王時代へと忠誠を以て支えてきた、中臣氏、その鎌子の執念が実を結び、藤原氏として、藤原時代、平城時代そして平安時代へと、中世王朝を支える、藤原氏の栄華期を成していくのである。その一方で、藤原不比等の時だったか、中臣を政治権力と斎祀権力へと分離し、藤原氏と中臣氏とに分離独立させる。その斎祀権を担ったのが中臣氏であり、その象徴が春日大社であろう。また一方では仏教とのかかわりを、天皇とのかかわりを保ちつつ天皇の后・妃へと藤原の血筋を供しつつ強めても行く。その仏教とのかかわりの中心が興福寺であり、藤原氏の氏寺となる。
こうした時代への移行期、そのもっとも顕著な事件・事変が、大王斎明の弟・大王軽皇子(孝徳・中天皇(なかつすめらみこと))の難波治世の中紀、皇太子葛城皇子が為した叛乱、それは静かな叛乱であったが確かに叛乱であった・・・。それは、大王軽皇子(孝徳)の后・間人皇女(皇太子葛城皇子の妹(はしひとのひめみこ))を拉致し、難波宮から飛鳥へと連れ去り、大臣公卿らもすべてを飛鳥へと還らせた・・・この皇太子葛城皇子をあおりそそのかし、実行した影の存在が中臣鎌子なくしては語れない。それを叛乱をボク皇太子葛城皇子の”静かな叛乱“とよぶが、確かに皇后を奪取・拉致し連れ去った・・・この大事件こそ、皇后の為す祭祀(斎祀)権を大王軽皇子(孝徳)から奪い取り飛鳥へと連れ去ったのである。すなわちただ一人、皇太子葛城皇子は、后の存在意義を理解しており、影の存在、中臣氏という飛鳥時代まで斎祀を担ってきた氏族はまた、その斎祀を担うことの重要性を把握しており,この教唆こそが葛城皇子を唆し煽ったのである。
これによってその成す祭祀によって治政権は薦められることを、皇太子葛城皇子、後の大王天智は明らかに理解していた。
そして、自身が皇太子であることも、間違いなく理解していて、現大王の后を大王からはがし、大王軽皇子(孝徳)から祭祀権を奪い去った。そして、今、皇太子葛城皇子は、自らの手に治政権と祭祀権の両権限を手に入れたのである。しかし、なぜか、皇太子は現大王軽皇子(孝徳)を自らの手で消すことまでは為さなかった。そう、かろうじてではあるが、未来の大王は理性を保ったのである。ここが後の壬申の乱を引き起こした弟皇子・大海人皇子(天武)と違うところか。
すなわち、皇太子葛城皇子は左右大臣・公卿・群臣らを糾合し、母の弟である大王軽皇子(孝徳)から、その治政権を奪取・・・すなわち、皇太子主導による集団政治体制の成立・・・という叛乱を成したのであるが、その治政権にはすべて祭祀(斎祀)が伴わなければ成り立たない“機構”に当時の政治体制はあったのである。
すなわち政治には必ず祭祀(斎祀)が伴わなければならなかった、飛鳥時代・・・実はそれ以前の古代王権においても・・・その絶対的な祭祀権を皇太子葛城皇子は大王軽皇子の后・間人皇女を大王から引き剥がし、飛鳥へ連れ去り、飛鳥において皇太子と群臣らによる集議体制において政治を執り行うことを意図したのである。
すなわち皇太子の妃ではその斎祀は成り立たず、大王の后・皇后・王后でなければならなかった。その時、皇太子葛城皇子の妃は后ではなく、ただの皇太子妃に過ぎなかったのである。
これまで、大王権が后の上位にあると考えられてきた、確かに表面上はそれでよいかもしれないが、古代政治・大王の統治権は、実は后が為す斎祀権によってすべてが“決定され有効”となったのであることが日本史学・歴史解釈上、全く見落とされてきていた。現在も見過ごされている。
・やや方向がそれるが、あえて言えば、あの不可解な“巫女王”とされる“卑弥呼解釈”においても、それ斎祀権のこと、その要素だけを注目して解釈され続けている。そう、なぜ卑弥呼がその時、あの混乱の時代に、男の大王権を封じて必要とされたかの論議が為されず、ただ単に斎祀を司った卑弥呼というように、卑弥呼だけが、その古代王権成立の重要な要素、斎祀、それをただ卑弥呼解釈においてのみ語り、祭祀権が治政権には必要であったことが、語られない・理解されていないで来ている。すなわち、後の大王権の権力、治政権と祭祀(斎祀)権においては、いかに大王后が重要なのかがりかいされてこず、その、なす斎祀権の意味を歴史家らは失念してしまっている。
飛鳥時代以降、大王権・統治権、その二つの要素、治政権と斎祀権の両権利を基本的・表面上は男大王が主導し為すのであるが、それは飛鳥時代の始め、その舒明紀に純粋に大王権はあったのであり、それ以降皇極紀・孝徳紀・斎明紀は、いわば中皇命(なかつすめらみこと)の時代であったのである。それには女大王あるいは大王王后により天上の神へその執行の承諾を得なければならなかった、その権力・巫女王が、それ、神に伺いを立て、神の承認を得ることは、飛鳥時代、さらにそれ以前の古代大和朝廷の時代も必須であったのである。
・実は、これも歴史学者らには見落とされ、空虚な男大王の存在、その解釈の結果の脆弱な基盤上で史学・歴史学・古代文学など、その研究や討論はなされてきている・・・そう、現在も。
・・・・・・・
現代の日本の政治体制・・・昭和憲法上、さらにさかのぼれば、明治憲法においても、現実は大王が治政権を執行し祭祀(斎祀)権をも執行するには祭祀(斎祀)を実際に執り行う皇后の存在が必須であった・・・しかし、明治になって、どうしたわけか、皇后は斎祀権をも天皇へ渡してしまったかのような扱いを受け、天皇の妻・男子・王権の嗣襲のための男子を生む装置・だから側女という位置をも許してきた、というような付随的存在にされてしまった・・・これを疑問に思わず、天皇も皇后も、政治家たちも日本史学者らも、完全に失念している・・・。
・そう、王后・皇后の必要な訳・・・総てが忘却状態・・・)は、まさに飛鳥時代のあの皇太子葛城皇子が為した静かな叛乱・大王軽皇子の后を剥奪・拉致の上に飛鳥還りした意味とは・・・群臣らによる集議体制において政治を執り行うことを如実に示している(が、誰もこのことに気づいてはいない???)・・・政府・国会・国民主権その投票権、さらに三権分立。ただそこには現代、常に、祭祀権は表立っておらず、斎祀は天皇権のもの、としての解釈となってしまった今日、それも男の天皇が祭祀をしているそれに疑問を抱くでもなく、王后・皇后の存在意味を問うでもなく・・・しかし、ここに到って、いかにも存在しないかに見える、いわば天皇制・象徴天皇は、過去の歴史の本質への回帰だったとも考えることが出来よう。
そうであるのに、日本史学は飛鳥時代、その前紀・・・推古紀(この時代も飛鳥時代へ入れれば)、皇極紀は女大王寶皇女(中皇命・なかつすめらみこと)−が、祭祀を執り行うことを前提に、皇太子と群臣らによる集議体制において政治を執り行うことを意図していた、孝徳紀・難波朝廷・中天皇(なかつすめらみこと)の時代−中継ぎの男天皇の時代−傀儡の大王権との認識だったが、この大王は大化改新とよばれる改革政治を実行した、そして、斎明紀は女大王寶皇女(中皇命・なかつすめらみこと)が祭祀を執り行うことを前提に、皇太子と群臣らによる集議体制において政治を執り行うことを意図し、かつ実行した時代であったことを完全に見落とし、日本史をあらぬ方向へ誘導してきてしまった・・・この時代、政治を担ったのは女帝ともいえる女天皇・・・すなわち、中皇命(なかつすめらみこと)の治世時代であったことと、その実態を、政治と祭祀・斎祀の観点から、斎祀を完全に見落としてきた・・・日本史研究・・・、ただし、推古紀は厩戸皇子・聖徳太子−皇太子を摂政とし完全に治政権をゆだねていた(ここでも女大王推古は斎祀を担っていた)、まれな時代であったし、孝徳紀・難波朝廷の大化紀は天皇を飾り・傀儡として指名したが、この大王軽皇子は右大臣蘇我倉山田石川麻呂との治世を果敢に実行し、かつ、后間人皇女は大王を支持し,その斎祀権を大王孝徳のために行使し、傀儡大王のはずの大王軽皇子(孝徳)紀の思わぬ治政権の行使者となり、大化改新を成した大王となった(現代歴史は、大化改新を成したのは、皇太子であった葛城皇子だとしているが、これは大きな間違いだ)・・・慌てた皇太子葛城皇子は腹心中臣鎌子と議らい(謀議・策謀)飛鳥還りをはたすという“静かな叛乱−謀叛”を実行した。この叛乱は、大王の妃を獲得する、治政権を祭祀権を以て執行に到らせるというこの時代の本質を、実はただ一人、時の皇太子葛城皇子(天智)は、見抜いていたのであり、これを支えたのが中臣鎌子だったのである。
これ以前、皇極紀の乙巳の変・・・蘇我蝦夷と子の大臣入鹿を暗殺する変事があるが、その政治の実態、飛鳥時代、難波朝廷の紀、孝徳紀の事件(葛城皇子の飛鳥還り)を正視することなく歴史からは見過ごし、ただ一方的な男の目、男たちの独善の政治観、歴史観、男上位であるという愚かな観念、そのことばかりに意を用い、・・・本質が祭祀(斎祀)権にある・・・ことに気づくことなく見落としてきた日本史観・・・実際、男の王権・天皇の権威が確立するのは、奈良時代、おおよそ平城遷都後、仏教が形をあらわにしたころ、東大寺に大仏が建立された時に、確実となった時の天皇権からである。
・大王権と時代−ことに古代飛鳥時代の歴史解釈が、王権と祭祀(斎祀)の関係を見失わせ、歴史が語られてきたそのことを、ボクは2008年秋からの論考とその結果である『額田王研究』(八月美術館発行)において明らかにしてきたが、この視点が、今日の天皇制さらに天皇の嗣襲において、この象徴天皇を語るとき、祭祀権を司る天皇の姿に女性があっても何ら不思議ではない、女性である方が当然であることが、すでに飛鳥時代には”事件”としてその叛乱・皇太子葛城皇子の叛乱、その飛鳥還り・・・に、あったこと、そこに、今日改めて注目し歴史を、「令和」の今、この時、語らねばならないと考える。
すなわち、この令和の天皇は、幸いなこと、あるいは偶然に、平成天皇の直系、その第一子が男子・皇子であったことが、さも当然と必然のように解釈され受け入れられ、昭和憲法のもとでは、天皇の持つ大王権その二つの権力、治政権と祭祀権・・・であったが、それ、失われた治政権・剥奪された治政権・・・それに気づかれることなく・・・男子の天皇の即位となられた・・・と、このように考えられる。
実は昭和憲法が天皇を国民統合の象徴天皇とすることを明言し発布されたその時に、天皇が男女関係なく長子が嗣襲することを暗に認めていたのであり、女天皇(女皇・女王)の成立は何一つ問題をはらむものではなかった、と考えてよい。
それよりも、男系を堅持しようとする男社会の反映のあまり、長子という、もっとも単純・純粋な王権の嗣襲者という皇統の単純性を阻害し、複雑化し、さらには、天皇の霊(たま)と血(血統・ニニギノミコトが霊とされながらも、この豊葦原瑞穂国へもたらしたもの)の単純・純粋性を複雑化し、皇位の継承を複雑化し曖昧化するという危うさを作り出している。
このように考えれば、令和の次の時代には、その一人っ子である長子・女・長女である女天皇が即位されても何の不都合はなく、今後の天皇家の秩序を単純化し正統化して行く道筋とすべき時だろう。その次も長子を基本にしていき、不測の自他への備えも、そこから始めるという道筋を踏めばいかがだろう。アベ総理は、今こそ、これを政治行動に組み込み考え決定すべきと記であろう。このまま放置すれば、皇位継承は必ず混乱をもたらすだろう、そうしないためにも、現アベ政権は行動するべきだ。
もともと、天皇制は神・天照(アマテラス‐これだけですでに大神・オオミカミを意味するほど大きな神なのであるらしい)・・・ここから発したとすれば、女天皇であること、そこにただ一つの不都合もあり得ない・・・すなわち、天の御神の霊を自らが霊とされ天降ったニニギノミコトは、残念ながらその天の御神の霊と血の運び屋に過ぎなかったのであること(これは『額田王研究』中に詳述・・・假使天孫・たとひのあめみま・“神霊のただの運び屋”)を、今こそ、日本国民は知るべきである。
昭和憲法を考えるとき、古代倭王権の祭祀(斎祀)権そのもの、治政権には常に祭祀(斎祀)が伴うという原点へ純粋に立ち戻るということに昭和新憲法は明言すべきであったのに、それをGHQと日本の憲法学者・歴史学者は考慮を致さなかった、全く気付いていなかったのである、がここへきて、女天皇・女皇・女王を議論するとき、歴史、日本史を改めて、読み解けば(すなわち疑似漢文・漢文へ立ち返って、一字ずつ漢字を読み解くこと)、現在の民主憲法にも沿うものとなることに、思い到るはずである。
すなわち古代の、そして現在の天皇が母系女系から発したと考えれば、天皇が男系でなければならないとしたのは、敗戦時にまで存在した軍国主義・帝国主義の残滓を脳に焼き付けていた憲法学者や法学者・歴史学者らの誤った識見が為したものだと考えられる。
そう、倭国は元といえば女系・母系、女性上位、女が治める国であったものが、たまたま神武という大王が仮説か仮想か幻か、男であったところを言い訳にし、ニニギノミコトさらに神武を生んだ母の存在に言及しないところへと進めた結果というのが本当のところだったかもしれない・・・いや、まさにそうであったのだろう。そう卑弥呼のように、この巫女王の時代が平和を求めて成立したように。そして、アマテラスが天降り来て倭国の最高神となったことのように・・・男は、女神の掌の上で弄ばれるのか・・・また、それこそが平和なのかしら・・・と、想うのである?!?
・かの平塚らいてうは「元始、女性は太陽であった」と。名言を遺した。これは倭国・日本女性の本質を一言で述べたのである・・・と、ボクはこれを肯定する。
一方で平塚らいてうは「現代、女性は月である」とも述べた・・・ボクは、これをも肯定する・・・しかし、それは輝く太陽があってこそ、月は照る・・・そう、この月の照ること輝くこと・月の満ち欠け・・・これは実は、地球を介した太陽の働きそのものの作用であり・・・太陽の輝きよりはるかに深遠・深淵な趣を内包している・・・らいてうはこれを見逃しているが、女性とは、ここに思うように、大変な尊厳ある存在だと僕は思う、真剣に思う。
平塚らいてうは、現代、女性が月のような存在、であると口惜しそうに言い残したが、らいてうの口惜しさは、この男ども、その優位を我がもの顔に為すその男への“忌忌(いまいま)しさ”のために、女性の尊厳・本質・存在を見失っていたのかもしれないと、思う。いや、この忌忌しさが、女らいてうの思考の底に常にあったのだろうか。
そう、女性とはきっと、太陽そのものでありつつ、その月をも存在せしめ、その輝きを失うことはない能力なのだろう。
女性の自覚と包容力・・・それは、右隻左隻の屏風それぞれに金銀と輝く太陽と満月のように、相照りながら、人の存在を見つめ続け、励まし続けるのだろう・・・きっと・・・この日本という国においては・・・。
君は、この宇宙にこの地球に月がなかったなら、この夜が、ただ星明りだけ暗闇ばかりだとしたら、なんと味気なく寂しいことだろう・・・。そう、この世に月があるからこそ、文学は科学は進歩した。農民が科学者となりえたのは、その月の満ち干を察知したからに他ならない。月こそ、地球の母なる存在、あるいは、本当は地球の孝行娘なのかもしれないと、思う。
ああっ、ボクも予想だにしない・・・あらぬ結末?いや、ここへ行きつくべくして、ボクはこの長い五月の序文を書き出したかもしれないと今思う。
・・・そう、こんなこととなってしまった・・・ごめんなさい男たちへ。そして特に女たちへ・・・この日本(にほん)のこと頼みます・・・日本がこの倭国が本当の男女同権であるそのこと、いや、本当は女性あっての国、女性上位の国・・・女の影の力なくして成り立たないことの、密かな女の自覚と、いうまでない男の自覚、日本の男は十分自覚してきた・・・これこそが日本の平和を創りうる・・・そのこと!!!
「令和」・・・美しい国日本・麗しき国日本・・・この、美しき女たちへ。
よろしく、女たちよ・・・これからも・・・。
・・・このBLOG第111号・・・なんだか偶然なのだけど、企まずして、偶然とは・・・なんと・・・。ええ、何年も前、1年間休刊したことが・・・この記念すべき号となりました・・・。
この加筆部・修正部をタイピングしていた5月27日、月曜日・・・家の前の里山、その斜面の雑木林から、これまで聞いたこともない、ホトトギスの群れ来て鳴くのかしら・・・その繰り返す鳴き声・・・僕の著『糠田王研究』に登場したこの夏鳥の鳴き声、囀り・・・あの飛鳥の故京に鳴く重要な風景・・・これを思い・・・感激しつつ、この5月27日の加筆・修正タイプをしました・・・。この異常気象の1週間ほど・・・狂った季節・・・その異常も今日で収まるのでしょうか・・・。
そう、来月6月も頑張って過ごしましょう・・・異常気象,不安定な気候が、いつ何時ぶり返すかしれません・・・どうか、貴女・貴方にはお体ご自愛の上お過ごしくださいますように・・・。・・・・・・・・・・・・・再見!!! 
|||||||||||||||||||||||||||

===目次===
5/01  ・・・退位・即位・新元号・・・
5/08  ・・・元号決定・その背後?・・・
5/09  ・・・自動車税の請求・納付書に大きく“元”と赤刷り・・・
5/16  ・・・・・・新緑と人生を重ね見て・・・
5/27  ・・・ホトトギスが鳴き続ける今日の里山・・・
5/30  ・・・今日の里山・・・
|||||||||||||||||||||||||||

・・・退位・即位・新元号・・・
5/01/Wed.
昨夜24時をもって昭和の天皇は退位し、上皇となられ、それによって、この5月1日は皇太子が新たな天皇へ即位し、そして4月1日に決まっていた(エイプリルフールの洒落じゃなかったんだ・・・)新元号は『令和−れいわ』と正式に決まった。これは熟語としては存在しない。新しく考え組み合わされた文字『令』と文字『和』からなる新しい熟語?ということが出来よう。これを「れいわ」とよむ。これ、すなわち、この“日本国を寿ぐ”呼びかけ・・・か。
元号(年号)は明治になって天皇一代限りの年号とすると決まったのであるが、この2019年の天皇退位により皇太子が5月1日に天皇即位した。
これに先立って、新元号が、現在の政府によって今日4月1日に決定され発表された。今日5月1日であるが、この元号決定の在り方は、本来の元号決定とは後先が逆なのではないかと考えるが、天皇が政治に関与しないということから、政府が主導し、先に元号が決定された。ここには、政治・経済・社会通念など、さまざまに年号・元号がついて回るこの日本の世の中において、即位までの一月の間を余裕ある世・時代の移行を促すということか。
|||||||||||||||||||||||||||

・・・元号決定・その背後?・・・
5/08/Wed.
6日で長く長い10連休はようやく終わった。ニュース・記事になるような大きな事故が起きることもなく(登山遭難や高速道路の事故はあったが・・・)・・・まあまあの良き休暇をお勤めの皆さんは過ごされたようだ。
しかし、ここでもこの長い休暇の日々を自由気ままに過ごすこともなく、休暇を楽しむ人たちへその楽しみを提供する側の人たちがいること、この休日を、苦痛を以て過ごさねばならない人たちがいることへも、少しでいいから思いすることを、心にとどめたい。多分そんなことへ思いをすることは・・・?
ところで元号が改まったことは、国民や外国でも好意的にとらえられたようだ。ちょうちん行列はあったのかなかったのか知らないが・・・。バカ騒ぎをやらかしたものもあったようだが、混乱にはならなかったらしい。
二千何百年も続く皇統があなす象徴に国民は統合されるという国・・・これは日本人にしても、外国の人たちにしても・・・なんとまあ、不思議な国・国民・・・そんな印象を改めて与えたようだ。
そして、天皇とその家族が“国民統合の象徴”・・・なんて、なんと曖昧な言葉と、ある意味の形・・・なのだろうとおもう。
このあいまいさ・・・良くも悪くも、この国の体制と政治、この国民・・・と、不思議、やはりなんと考えてもわからない不可思議な行動と考え方の人たち・・・この国と国民・・・なのだろうと・・・やっぱり、地球の東の果ての国・・・その何千キロと緯度と経度を斜めに断ち切って、いや、その緯度と経度のなす網に引っ掛かりながら大海原に支えられて地球の表面にくっついて在るという列島の国・・・火山と地震、それに大津波に怯えながら、この狭い列島に、ニコニコと暮らす妙な人たち・・・住むところに違いがありながら、四季があり、何となく全体が同じようなものの考え方をし、何となくニコニコしながら曖昧さを表し、それが外国人には、親切で礼儀正しく、秩序を以て社会を作っているし、礼儀正しく親切だし・・・などと評され・・・さらにそこに伝統という様々な、精神的な位置づけや行動の在り方を日常に表し持ち続けてもいる・・・原爆に悲嘆をあらわにし、大地震と津波と原発ダウンと放射能汚染・・・戦争を反省し、今では忌避しながら戦力を拡充し、その背景に伝統と技術革新を成しつつ敗戦から立ち上がって、それが国民一丸の働きだったなんぞと・・・戦後の国民の自己評価は言いう・・・。
・しかし、世界の中でも、きわめて小さな狭い家に住み、そう、さして高級な住まい・現代的な住まいでもないこの国の人たちの住まい・・・それに生活・俺もその内にあることを認めつつ、手立てもないまま、むなしく日々を過ごしている・・・日々、何となく過ぎていく・・・。
・ボクには関係ない日常ではあるが・・・B級グルメに満足し、魚の生身を食う、不思議な食べ物にうつつをぬかし、なんとも秩序のない居酒屋にたむろし、終電に遅れもせず、その狭っ苦しい家に帰る、よっぱらいながらも最寄りの駅に間違うこともなくたどり着き目を覚まし、駆け降りる。
そしてまた、駅前の赤ちょうちんでも引っ掛かり・・・一杯ひっかけ・・・最近はおっさんばかりでなく、お若い女性が・・・赤ちょうちんに縄のれんをかきあげ・・・おっさんらを従えて飲みまくりB級を食いまくる・・・それでいて、次の日には、二日酔いをシジミのエキスをかみしめて、営業へと繰り出していく・・・あるいは海に面した埋め立て地のタワーマンションなる、似通った形のそれらが林立するその一棟・最寄り階、その一室へと間違いもせずたどり着く不思議・・・。
・海抜ゼロメートル地帯・・・そこへ大津波がいつ押し寄せてくるかなんてことは、そのエキゾチックな行動と思考に覆い隠して改めて恐怖におびえることもなく・・・へっちゃら・・・な日常性。そこへ帰りつく地下鉄が海面よりはるかに深く貫通していることなんぞ想像だしない、この上京者、田舎者の、そのずぶとさ・・・。
ええ、この、どう考えても、おかしな民族・・・これが、国民統合の象徴の為せるものなのか・・・なのかどうか知らないが、最近は・・・黄色・黒色・白色・茶色・赤色・透明?・・・と、これを国際色豊かといい、それぞれの面々を加え・・・なんだか、わいわいがやがやと、にぎやかに・・・やっている・・・。お行儀がいい、モラルを守る人の国・・・そんな人が居酒屋で、手皿で煮物の汁を受け、おっととと、武骨な手で受ける・・・その無様さ・・・平気面・・・恥しらず。そして、しゃれて一句詠む、その軽妙さ、面妖な押しの強さかな・・・これ。
・クール・ジャパンなんぞと自慢げなことを臆面もせず、外人の出演者にオベッカまがいの愛想をつかわせ、ほめそやさせて大満足・・・馬鹿気た気恥ずかしさだし恥ずべきことだ。
そして、世界の国々の国民の幸福度調査では・・・50位だか60位という中流以下の幸福度なのに、街頭インタビューに答えて、さすがに1位だなんぞとは言わず世界2位か5・6位くらいかしらと、満足げにあっけらかんと答えるお嬢さんおばさん・・・いいわねぇ〜この変な国。
・僕も、この日常・・・不幸だけれど・・・不仕合せでもない・・・日常、日々刻々身辺に起きることを受け入れ、こうして生きていることを、受け入れている。このお嬢さんおばさんのような精神状態・・・これにボクはすごく好感を持つ。ええ、これ、ほんとうに正直に、褒め言葉です。
ほんと、この国の国民・・・この能天気さおおらかさ・・・あえて言えば、忘れっぽさ・飽きっぽさ・・・自分を幸福だと思うこの大らかさ鈍感さこそ、ニホン人の美徳だし良き国民性なのだ。
・ええ、どこかの国のように何十年何百年と”怨念”を持ち続け、せっかくの友好の協定をも平気の平左、へっちゃらでチャラにする、反故にする・・・この厚かましさ低劣さ・・・その大統領。
・そんなのに比べるとこの日本国民は本当に幸福かもと思えてしまう。この忘れっぽさの故にか・・・、エキゾチック?な妙な人間・二ホン人がこの二十一世紀にまでも存在し続けている。これ自体が不思議といえば、不思議なことだ・・・。これも国民統合のありがたさかしら・・・ね、ううん???
これ、もしかすると国全体が・・・絶海の孤島である所以かもしれない・・・ね。そう、確かに経度緯度のなす網に引っ掛かってかろうじて浮いている列島の国、日本。そう、まじめに考えたら、恐ろしくて、こんな浮き島になんてくらしていけないでしょ???
そう、未曽有の災害すら・・・さらりと忘れる・・・これ、日本人の、この民族の本当の心の中ではなく・・・振りかしら???
【追記】全く別のこと、今宵・・・あの飛鳥故京、その額田王とともに、その庵で眺めた陰暦四月八日の月を思い出していた(『額田王研究』の「はじめに・序章」)。そう、この研究書の冒頭、額田王との出会いの日の宵を思い出す。
|||||||||||||||||||||||||||

・・・自動車税の請求・納付書に大きく“元”と赤刷り・・・
5/09/Thu.
ギラギラとした日差しの昨日一昨日・・・それを忘れさせる今日の曇り空・・・落ち着く。
今日は自動車税を納めに行った。そして、その日付けを・・・元年05月09日・・・と記入した。そう新元号が成って初めての公式な記入だ・・・令和とは書く欄がなかったけど・・・とにかく初めての記入。
いいねえ、この元号というやつ・・・なかなかいい。
世界唯一、自国の年号を持っていて使うなんて・・・しゃれてる。ボクは平成という元号はあえて使うことをしなかったというか、西暦で覚える方が何かと都合がいいような気がして、西暦を使っていた。
今年この5月からは少し元号をも使ってみようかなとも思っている。
そう、自動車税の請求・納付書に大きく“元”と赤刷りされたそれが何となく新鮮に感じられたことが、この元号使用を僕にさせたのかもしれない。
そして、この通知書の片隅に小さく“グリーン税”なる記述、その14%ほどが加算されていると但し書きがあるのを見出し、その理不尽をなじりつつ払ってしまったものは致し方ないと、いやいやながら許してやった???
物を大切し、大事に使う、これは僕の生き方・・・本当に物を壊さないように使い続けることは、僕の生き方の一面だと自分自身を思っている、すなわち“ツマシイ”この性分(吝嗇ではない)のこの人間ボクが、どうしたわけか、あらぬ課税・加税に屈服しなければならないこの不思議・理不尽・・・を、泣く泣く諦めた・・・そう、物を大切にすることが、なぜか、悪いことのような・・・課税だ。
|||||||||||||||||||||||||||

・・・新緑と人生を重ね見て・・・
5/16/Thu.
おとついは雨降り、昨日の午前中は陽が射し、午後からは薄曇り、気温が下がって・・・。
付近の里山を新緑が覆い、新芽が醸すのだろう、さわやかな柑橘系の香りがこの辺りを覆っていたが、それも収まってきた。
こうして気付けば近くに緑地があることが奇跡のようにも思われる。
いつも書くことだが家の目の前の里山の斜面の裾(「の」がいっぱいの文・・・へたくそ)、そこにハゼの木がある、それが毎年新緑とともに樹勢を広めていく。そして、夏ともなるとやや独特な色合い、何となく暗い感じの、その深い緑色の枝々が周りの灌木をのみこんでいくように思える。
また、すっくと立った赤松が灌木からはるかに高く幹を伸ばして、見事な姿だ。
今年、新年になって気づいたことに、三本だけだと思っていた赤松が、斜面の奥、そこここに新たな立木を見つけた。それとともに、その周囲にハゼノキの若木がそだっているのにも気づいた。
なんでもない雑木林の斜面、何事もなさそうな風景だけど、そこかしこで、木々のせめぎあい、生き残りをかけた戦いがあるのだろうか。
・ボクは、早々に人生、それを社会の片隅に置いてきた。何事につけ競い合うことが苦手で、この目の前の雑木林の中の静かな生き残りの戦い、その敗者となって枯れていく、雑木の様だとも思えてくる。
目の前の、すっくと立った赤松の見事な姿、これを美しいと思うが、僕自身は、この姿の様には、これからも生きてはいけないし、そうなりたいとの願望もない。でも、姿勢だけは“スック”と立っていたいが、背はまるく前かがみになり、そのうちに腰も曲がっていくのかしら、なんて想像も・・・。しかし、心は“孤高でありたい”。
そう、新緑と人生を重ね見て、ふと、こんなことを書いた。
|||||||||||||||||||||||||||

・・・思い出の満月・・・
5/20/Mon 
昨夜のこと・・・満月を東の里山、その尾根の端に見つけた。
昨日は陰暦の四月十五日。
ウオーキング中は気づかず、まだ昇っていなかったらしい・・・。
コースの東端(中間点・家から3,2辧砲妊拭璽鵑掘∪召惴かって快調な足取りで帰路についた。ここ数日、膝の調子もよく、続けていたウオーキングにもかかわらず、体調が不調だったその故か、やせ細ってしまっていたふくらはぎの筋肉の働きもよく、肉付きも少しだけよくなってきたようだ。
・・・どんどんと西へと進み、さらにわが家へと北へ向かって右折、家も近くなって開けた公園沿いの道、その東側の歩道から横断歩道を渡って西側の歩道へしばらく進んだ時、なんとなく右手に気配・・・そう、ふと街路樹の木の間、向こうの里山の尾根の頂に”ダイダラボッチ“風の満月が、”ニョッキ“と・・・揺蕩い(たゆたい)・まさに悠然と満月が、橙色の満月が、たった今、全身を見せたかのように昇って、そこにあった。8時ころだったか、腕時計を見る間もなく、その橙色の大きな満月,何となく縦長な満月顔・・・そう思いながら見とれ、その続けて尾根のシルエットから上方へと離れ行く見事さに、背後の鉄柵へもたれ木の間を透かして見とれた。
・・・束の間、尾根のシルエットから徐々に離れ昇っていくのを眺めながら地軸の回転、東への回転を少しだけ実感しながら、そのシルエットから少しずつ離れはなれて昇っていく不思議に心を奪われつつ・・・あの飛鳥故京、その額田王とともに、その庵で眺めた陰暦四月十五日の満月を思い出していた(『額田王研究』の「序章」)。
・・・だが、今日・今宵は小雨のため、ウオーキングをサボッタ・・・。
|||||||||||||||||||||||||||

・・・ホトトギスが鳴き続ける今日の里山・・・
5/27/Mon 
今日は、旧暦4月23日・・・。旧の暦でも夏・・・夏鳥が鳴きました。
午前9時ころ、家の前の里山、その雑木林からホトトギスの囀りが・・・きょきょきょきょきょきょきょ・きょきょきょきょきょきょきょ・きょきょきょきょきょきょきょ・と、三四度聞こえてきた・・・そう、夏だ・・・ホトトギスが鳴く・・・。
午後2時ころにも、ちょっと変わった鳴き声、力強いそれが聞こえた・・・きょ・きょ・きょ・きょ・きょ・・・と、区切りながらなくそれ・・・。
*唐突であるが、ここでホトトギスを詠った万葉集歌二首を記そう。
・古に恋ふる鳥かも弓弦葉(ゆづるは)の 三井(みい)の上より鳴き渡りゆく
・第111歌弓削皇子(ゆげのみこ)が持統天皇の吉野への幸に随行し旅立つ際の額田王への別れの挨拶歌。
・今飛び去っていったのは、古を恋ふる鳥・ほととぎすかも、わたくしはいま飛鳥を発ちます、お別れです、お元気で―
と、自らを爐曚箸箸す瓩剖鼎蕕掘∈は持統天皇が治めるその飛鳥淨御原宮より旅立つ。
弓削皇子自らに起きつつある宮廷での不遇な地位、その不安から同じ様に淡海朝廷葛城皇子(天智)に仕え、この飛鳥では幽閉に近い境遇の額田王へ、謎かけのような趣の愛惜のこもるこの歌を贈る。
・贈られたこの歌に和(こた)え、返し進(おく)る次の第112歌が、あの僕の書、その序の章の冒頭におきたい額田王の歌。
次の歌の第3句「霍公鳥・ほととぎす」は夏の鳥、古代中国では懐古し哀しみ鳴く鳥‐ほととぎす。序の章、僕が額田王の屋へ出かけた旧暦四月八日の夕べから始まる論考・・・です。
古に恋らむ鳥は霍公鳥 けだしや鳴きし吾思えるごと     第112歌・額田王
・ほととぎすは古に思いをはせ哀しみ鳴く鳥ともうしまするそうな、よき貴人武人(弓削・弓絃・良武・・この二首にまつわる“武”からの武人)もまたその様な思いを心深くお持ちなのでしょうか、このわたくしめもやはり、よきむかしが恋しくてなりませぬ―
と、過去に飛鳥で起きたいくつもの策謀とその結果をおもいやりながら、王は心からの別れの歌を返しおくる。その場面・・・。
・・・・・・・・・・・・
天気予報によれば、ここ連日の記録破りの暑さは今日限りで、平年に戻るそうな・・・本当かしら。
数年前から、この季節になるとホトトギスの囀りを聴く。なかなか印象深い鳴き声だ。著書『額田王研究』の序章の前、「はじめに」の末尾に書いた部分を、一部ここに再録した。
それにしてもこの不快な暑さ、湿度が徐々に上がって、不快指数(近年聞かなくなった・・・夏中不快なことを言いつのられても不快指数が一層ひゅかいになるものね・・・)も上がる。
これも致し方ないこと、海に囲まれた日本、雨の降ることは日常の国だ。ホトトギスは、こんな蒸し暑さが好きなのかもしれない。
それにしても、近年の気候変動を如実に表しているかのような東海地方の高温・・・この1週間ほどの異常な高温・・・。これには参る・・・そう、思考力が、衰えを見せる中、この高温で、その症状がさらに進む、そんな気がする。ええ、もともとの能力不足を棚に上げて・・・お天気のせいにしています。
いま宵の7時10分・・・今から着替えして、ウオーキングへ出かけます。気をつけていってきますね・・・。
|||||||||||||||||||||||||||

・・・今日の里山・・・
5/30/Thu 
一昨日28日は雨降り・・・空気が長閑(のどか)になって、気持ちも落ち着く。
昨日29日は晴れ・・・気温が下がって、早々に洗ってしまっておいた冬のウオーキング用ウインドウブレーカーを引っ張り出した。
心がけているウオーキングも雨の日は休む、さらに時々ズル休みもする。
・・・いくつもの病を宿している?ボクは、宵の口ごとのウオーキングは虚弱な体(他人にはそうは見えないらしいが・・・)、精神と体自体を保ちつづけるのに必要だ。
そういえば、盛んに鳴きかわしていたホトトギスがぱったりと鳴かなくなって数日、なんと鳥とは自由なもの・・・と、改めて思う。そうそう、このホトトギスが鳴いた日、珍しく一羽のツバメの飛翔を見た・・・。かつては飛び交うツバメがいたものだがこれも近年見かけることがまれになった。
人もそうだが、季節の鳥たちも、去っていくもの、新たに鳴き声を聞かせてくれるものと、いつの間にか、去り、そして来る・・・。
・・・新緑が濃くなって街路樹のトウカエデだけがやや明るい緑色を残している。
モミジは少ないが、それでも公園の隅のモミジは今、青モミジが美しい。
・・・その青モミジ、手元の歳時記には載っていないが、近年、ラジオの俳句の時間に時々耳にするようになった・・・その青モミジを実感したのはずいぶん昔のこと、その、なんとも言えない心地よい緑の風景。
あの京都東福寺や永観堂の、春・初夏の風景、その青モミジの風景は雨の紅葉の風景とともに忘れられない。
しかし、こうした風景・景色も、独り者は、ただ思い出の中に残っていて、改めて訪ねようとの心の動きを誘われること残念ながらない・・・そう、何をするにも、独り者にはつまらなく思えてしまう。結局、改めて出かけようなんて気持ちにもならないで、引きこもり。
・・・・・・・・
5月30日、先週の異常な高温から、膚寒いほどの気温降下・・・体調管理が難しい。
・・・今月はこれで・・・また6月に元気で、お目にかかりたいと、思っています。
あなたもお元気にお過ごしを・・・では、今月はこれで。そういえば、梅雨入りはまだでしたかね・・・???
|||||||||||||||||||||||||

| HITBIT | 12:46 | - | trackbacks(0) |
HITBIT 心もよう vol-110 April 2019

HITBIT[心もよう]vol-110 April 2019
・・・元号決定・その背後?・・・
2019年5月1日に向けて、時代の時間が動いている。
今上(平成)天皇の退位の意向・決意なのであろう、それが2016年8月の“天皇のビデオメッセージ”(いわば、次代を先駆け行く新しい手法)によって表明され、それによって、退位が政府によって決定され(象徴天皇の故、このような手続きになるか)、国民にも納得され、平成の皇太子が平成31年5月1日に即位し新天皇となるその道筋が示されてきた。
それに先立って、新元号が、現在の政府によって4月1日に決定されるという・・・。
本来、元号制定は、天皇即位直後に制定されるというが、人間天皇、政治に関与しない、という建前から、政府が変わって元号選択制定に積極的に、昭和天皇崩御から、この度の天皇譲位に伴う退位と新天皇の即位という、時間的流れを政府が決定して来たということらしい。また、平成に続く元号の選定も政府の重要な役割となったようだ。
これには、たぶん、歴史学者・漢学者・漢文学者・国学・国文学者・中国史学者・・・などなど、漢字圏に関する日本国内の、先に示したような研究者ら・・・が参加され
”新元号“の提案・提示がなされ、この決定に先立っていくつもの”案“が模索され提示されるのであろうか・・・そして、提示された、いくつもの”案“の中から新元号が選ばれるのであろうか。
新元号に到る秘密裏な過程・・・ここに、政治的意向がはたらくことが危惧される、この危惧は・・・現政権が背後に持つ暗闇が働くのではないかと・・・これまでの現政権の為してきて、国民に与えた印象、国民が感じ持ったいくつもの疑惑を生んだアベ政権であること、その疑惑が国民に納得されることなく、政権と自民党公明党によって幕引きされ、次のステージへ進んでしまったことに対する、大半の国民が持つ現アベ政権が持つ暗く深い疑惑への懸念である・・・。
それは、元号決定の30分後に、総理大臣アベがこの元号についての説明(説明の意味?どんな事を述べるのか?)をするということから・・・国民であるオレが感じてしまう、あの二つの学校設立に関する疑惑と同様の・・・アベ現政権が何かしら働きかけてしまうことから発する“忖度(そんたく)“・・・が、生じる・・・そんな懸念・・・これを、思うのだ。そう、こうしてしゃしゃり出てくるというその一事において、感じてしまう、疑ってしまう・・・そのこと。
・・・アベが、その現政権がそこまでは関与しはしないだろう・・・と、期待とも信頼とも疑惑ともつかぬ“どろどろ”としたものを、安倍政権の背後に見てしまうというのか、ふと思ってしまうほど、現政権に対する国民の不信?は大きいのだ・・・。
これはオレだけなのか、おれの感覚が過敏すぎるのか、オレの不信感が強いのか・・・これはオレ自身にもよくわからないが、元号の背後に・・・もしかすると総理大臣の意向が働く・働いた・・・と、危惧というのか。疑ってしまう俗物・オレ・・・が、いる。
そう、官房長官が元号を発表したその後、総理大臣アベがしゃしゃり出て、新元号の説明などをするという・・・いわば、目立ちたい・・・そんな意向に対する、いわば下種(げす)の勘繰り・・・こんなことまでを考えてしまうオレ。
ただ、オレには”元号“というものは、”天皇一代ごとの元号“・・・これが、あってもよく、また日本史において必要でもある、と考えている・・・そう、天皇制(象徴天皇として)の存在とともに日本国には、日本を考えるその思考の基底の存在としても、そう、日本史は天皇の存在とともに考えると、把握しやすい・・・。
ボクは、著した『額田王研究』に述べた飛鳥時代では皇極紀まで元号は存在しなかった。孝徳紀になって‐大王孝徳元年(645)年六月十九日−初めて「大化」と号したのを始めとするが、この書では大王一代ごとの「紀」、それを日本書紀に依拠した時代区分として、ボクは採用し、推古紀・舒明紀・皇極紀・孝徳紀・斎明紀・天智紀・大友紀などと大王統治の時代ごとの事件・内政・外交、などを示してきた。さらにこれに、西暦を書き加えることによって、時代の特色を大王の存在とともにわかりやすく示すことが出来たと考えている。
そして、これ以降の時代は、西暦とともに”元号“を明らかにすることによって、日本の歴史を理解する手立てとしてきたように思える。
(この記事は平成31年3月31日PM10時55分に書き上げた)
|||||||||||||||||||||||||||

===目次===
4/01  ・・・元号決定・その背後???・・・
4/08  ・・・煩悩と業(ごう)・・・
|||||||||||||||||||||||||||

・・・元号決定・その背後?・・・
4/01/Mon.
新元号は『令和−れいわ』と決まった。これは熟語としては存在しない。新しく考え組み合わされた文字『令』と文字『和』からなる新しい熟語ということが出来よう。これを「れいわ」とよむ。
元号(年号)は明治になって天皇一代限りの年号とすると決まったのであるが、この2019年の天皇退位により皇太子が5月1日に天皇即位する。
これに先立って、新元号が、現在の政府によって今日4月1日に決定されるという・・・。今日であるが、この元号決定の在り方は、本来の元号決定とは後先が逆なのではないかと考えるが、天皇が政治に関与しないということから、政府が主導し、先に元号が決定された。ここには、政治・経済・社会通念など、さまざまに年号・元号がついて回るこの日本の世の中において、即位までの一月の間を余裕ある世の移行を促すということか。
ところで、新年号・元号−令和・れいわ−この二つの文字・漢字・・・新たな熟語ともいえるこの字の出典は万葉集から、その巻五の「梅花の歌」、その併せて三十二首の序文から抽出という。
   梅花歌卅二首并序
 天平二年正月十三日 萃二于師老之宅一 申二宴會一也 于レ時初春令月 気淑風和 梅披二鏡前之粉一 蘭薫二珮後之香一 加以 曙嶺移レ雲 松掛レ羅而傾レ盖 夕岫結レ霧 鳥封レ穀而迷レ林 庭舞二新蝶一 空歸二故鴈一 於レ是盖レ天坐レ地 促レ膝飛レ觴 忘二言一室之一裏 開二衿煙霞之外一 淡然自放  快然自足 若非二翰苑一何以壚レ情  請紀二落梅之篇一 古今夫何異矣 宜下賦二園梅一聊成中短詠上

 梅花(ばいくわ)の歌三十二首 并(あは)せて序(じょ)
 天平二年の正月の十三日に、師老(そちのおきな)の宅(いへ)に萃(あつ)まりて、宴会を申(の)ぶ。
 時に、初春(しょしゅん)の令月(れいげつ)にして、気(き)淑(よく)風(かぜ)和(やはら)ぐ。梅は鏡前(けいぜん)の粉(ふん)を披(ひら)き。蘭は珮(はい)後(ご)の香(かう)を薫(くゆ)らす。
しかのみにあらず、曙(あした)の嶺(みね)に雲移り、松は羅(うすもの)を掛(け)けて、盖(きぬがさ)を傾(かたぶ)く、夕(ゆうへ)の岫(くき)に霧結び、鳥は穀(うすもの)に封(と)ぢられて林に迷(まと)ふ。庭には新蝶(しんてふ)舞ひ、空には故鴈(こがん)歸(かへ)る。
ここに、天(あめ)を盖(やね)にし地(つち)を坐(しきゐ)にし、膝(ひざ)を促(ちかづ)けて、觴(さかづき)を飛ばす。言(げん)を一室の裏(うら)に忘れ、衿(きん)を煙霞(えんか)の外(そと)に開く。淡然(たんぜん)自(みづか)ら放(ゆる)し、快然(くわいぜん)自(みづか)ら足る。
若し翰苑(かんゑん)にあらずは、何をもちてか情(こころ)を壚(の)べむ。詩に落梅(らくばい)の篇(へん)を紀(しる)す、古今それ何ぞ異ならむ。よろしく園梅(えんばい)を賦(ふ)して短詠(たんえい)を成すべし。
万葉集巻五の「梅花の歌」、その併せて三十二首の序文はこのように述べている。
漢文・漢詩は僕には読めないが、こうして仮名交じり文にして格調高く、弾むような心が読み取れる。この序文全体がこの春の宴会の園、そこに漂い来る梅の花の香、この時、この場において、何をなすべきか、そう、ここに集いし者たちが今こそ、この梅の花の薫りを聞き、ここにそれぞれが”短歌“一首を詠み残そうではないか・・・このめでたい集いに(令の字の醸し出すめでたさがこの集いの場に広がっている・・・めでたさ・・・)。
そう、こうして老師の健康を祝い集う私たち、この梅園にて一首を残そう・・・。
|||||||||||||||||||||||||||

・・・元号決定・その背後?・・・
4/01/Mon.
新元号は『令和』という。無粋なことになるのかもしれないが、この二文字の文字情報の一部を漢字辞書から得てみよう。ただし、説文・甲骨・金分・・・これら、象形文字の初形は、文字化けしてしまい、ここに示せないのは残念だが、お許しを・・・。
【令】
[字音]レイ・リョウ(リャウ) [字訓]みことのり・いいつける・よい・せしめる・たとえ。
[象形]礼冠をつけて、膝まづいて神意を聞く人の形。古くは令・命の二義に用いた。
〔説文〕九上に「號を發するなり。人(しふ)卩(せつ)に從ふ」と会意に解する。人を人(あつ)めて玉瑞の節(卩)を頒かち、政令を発する意とするが、卜文・金文の字形は、神官が目深に礼帽を著けて膝まづく形で、神意を承ける等とみられる。
[訓義]
1.おつげ、神のおつげ。
2.みことのり、ふれ。
3.いましめ、おしえ、いう。
4.よい、ただしい、めでたい。
5.させる、せしめる、いいつける。
6.もし、たとえ。
7.伶(れい)と通じ、めしつかい。
【和】
[字音]ワ・カ(クヮ) [字訓]やわらぐ・なごむ・かなう・こたえる・したがう
[会意]禾(か)+口。禾は軍門の等。口は粟(さい)、盟誓など、載書といわれる文書を収める器。軍門の前で盟約し、講和を行う意。和平を原義とする字である。
[形声]声符は禾(か)。龠(やく)は笛。楽音のととのうことをいう。〔説文〕二下に「厘(ととの)ふなり」とし、「讀みて和(くわ)と同じうす」という。〔一切経音義、六〕に引いて「蟹樂和厘するなり」に作り、楽音の調和することをいう字である。和は軍門で和議を講ずることである。両者は字源を異にするが、通用することが多い。滓が禾声に従うのは、農耕に関する儀礼に、籥(やく)(笛)を用いることがあるからであろう。金文に珂(やく)の字があり、これも籥と力(耒(すき)の等形)とに従う。〔大克鼎(だいこくてい)〕に「克を王の實(こと)に珂(かな)はしむ」、〔士父鐘(しほしよう)〕「永命に珂はしむ」のように用いる。滓・珂が禾・力に従うのは、農事が陰陽律呂にかなうことが重要視されたからで、のち戦国期の鄒衍(すうえん)は、陰陽五行を以て律呂を按じ、寒冷の北地にも農耕を可能にしたと伝えられる。
[訓義]
1.ととのう、音律がととのう、あう、かなう。
2.やわらぐ。
3.和と通用する。
[古訓]〔字鏡〕滓 マジハル
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
*以上、漢字辞書「字通」から「令」と「和」の字訓や訓義などの文字情報を見てきた。
また、ネットでニュースを見ていて、『令和』の解釈を語っていた記事を見つけた。それをここに紹介しよう。
*外務省は、平成に代わる新元号「令和」について外国政府に英語で説明する際、「Beautiful Harmony=美しい調和」という趣旨だと伝えるよう在外公館に指示した、という。今月1日の新元号発表後、「令」を「order=命令、秩序など」と訳す外国メディアがあったのを受けた措置で、外国メディアにも個別に説明している。
 「令和」の発表後、国際的に影響力が大きい英BBC放送が「order and harmony」と表すと報道。「令」については「Command=指令」を意味すると報じる欧米メディアもあった。外務省の担当者は「令和の意味を正確に訳すのは難しいが、全く異なる解釈をされるのを避けるため、趣旨を伝えることにした」と述べた。
 外務省内では「令」が律令など法律の意味で使われることがあることから、『令和』は『法の支配に基づく平和』とも解釈でき、日本の外交姿勢になじむ」といった声も出ている。【秋山信一】・・・と、インターネット上のニュース番組から署名記事を引用させていただき、添付しました。メディアの社名は見落としましたが、秋山さん、ありがとうございました。
・・・リュウ、4月7日に記す・・・「令和」について、僕が漢字辞書『字通』から引用した文字情報は、外務省の説明を裏付けるものと思う。ただ、こうした政府見解あるいは意図した”熟語?・・令和“の意味だけでは、解釈が浅く狭く、元号としての本来の漢字字義が希釈されてしまっているようにボクには思える。
すなわち漢字本来が内包する”神の存在・神の宣託“・・・象形文字が呪祈祝祷に際してその呪術者がよみ取った甲骨に現れた文様の為す意味・宣託あるいは神託・・・といった、根本的な意味が、オブラートで包まれ、元号としての深い意味が失せてしまっている、と思う。
文字情報、その初形・象形文字そのもの「[象形]礼冠をつけて、膝まづいて神意を聞く人の形。古くは令・命の二義に用いた。」・・・これが、この新元号「令和」を理解する根本にないといけないと、ボクは思います。ボクは、この「礼冠をつけて、膝まづいて神意を聞く人の形」・・・これ「令」の「象形」の意味するものを見つけた時、“説文・甲骨・金文・・・これら、象形文字の初形は、文字化けしてしまい、ここに示せないのは残念だが、お許しを・・・”と、この「令」の初形を見て感じたことを述べておきたい。
実は、今上(平成)天皇が被災地を経巡りされたとき,必ず目にする、その天皇の姿勢・・・それがこの「令」の初形・象形文字の初形・・・として、「礼冠をつけて、膝まづいて神意を聞く人の形。古くは令・命の二義に用いた。」とある、その姿そのものを以て、被災者に接するその姿そのものであることに気づいた。
すなわち「(礼冠をつけて)膝まづいて民意(神ではない)を聞く天皇の姿とその形」そのものなのである・・・。
・・・象形文字では「礼冠」を「菅笠・すげがさ(これは僕の表現)」の形、漢字の部首の二画では”被り物は「冖」この一字」が見えるが、すなわち、神意を問い聴くときに被る冠はこのように菅笠の形「ヘ」の様だったのであろう、そして、その礼冠の下には、膝まづいて、それは、踵を上げ、十の足指で上半身を支え両の腕を膝にし、膝を床(土)に支え、両の腕を差し伸べた形を、その形を平成の天皇はとられ、被災民に接し言葉をかけられた・・・ボクはそのジャンパー姿の天皇に思い到る。
また、「命」は、やはり礼冠をかぶり膝まづいて両の手を差し伸べ「聖器さい・口」をささげる形を表す。すなわち、神意ならぬ、人・国民の言葉を天皇は聞き、受け止め、言葉をかけられた、のであろう・・・。
・・・そう、この「令和」を元号の候補に出したという万葉集・万葉集歌の研究者は、また、天皇のこの象形文字の初形の姿をも思い浮かべたのであろうか。
・・・なんとまあ、漢字の世界とは深淵であり深遠・・・な世界だと感動を改めてボクは覚える。とにかく、この新元号「令和」は、よみも字形もいいものだと思う。
||||||||||||||||||||||||||
・・・平成最後の日・・・
4/30/Mon.
今月四月は体調が悪くて、ようやくここまで書きました・・・申し訳ないけれど、平成最後のボクのブログはここで締めにします。来月5月1日からの「令和」新元号にも、健康の許す限り書き続けたいと思っています。
・・・僕は「昭和」に生まれ戦中戦後の困難な世情の中、祖母と両親に育まれた。そして、その戦後の昭和という平和ではあったが激動の世の中でもあったし、希望の世の中でもあった・・・そう、日本国民が力を合わせ、また、それぞれに、現在と未来に、自ら身を粉にして「頑張った」時代でもあったのだろう・・・。そう、悲劇的な時代を経て乗り越えて・・・ある意味では幸せな時代であったかもしれない・・・そんな戦後の昭和時代・・・もちろん、あの対戦は・・・日本国民すべての不幸せであったことは確かとしても。
そして、昭和天皇の崩御、新元号「平成」になって、・・・なんだか日本人がギスギスし、他者への思いやりを忘れ、礼を失し、自らとその家族、そう、両親を捨て、おのが核家族へ逃げ込んで、都市生活者面(づら)し、ろくでもないB級グルメとやらに小躍りし喜びを表すような、下品で小者のB級人間へと、自らを貶めてしまった・・・そう、僕自身のこと・・・実は僕はB級グルメさえほとんど、いや、ここまでまったく口にしない粗食者。そして、この2019年5月1日、その貶めた心身の僕は新たな元号の本・・・やはり日本人(にほんじん・・・ニッポンジンではない)であり続けていくこと、として生きていくことになる。
この後どれだけ生きていくことになるのか・・・また、世の中とかかわっていくのか、そう、平成に、日本人が手にしたスマホなるものに埋没、若者かバカ者かわからないほどの利己主義がはびこって、電車の中で、いち早く空席へケツを押し込み、スマホへと埋没、全く他者を顧みないアホ人間・アホ日本人となってしまった・・・それでも、降車駅を間違わず、そ奴は席を立ちスマホを見つめたまま降りていく・・・。
そんな中、やはり、ヤツ以上にアホな僕はスマホも手にせず電子メールなるものも、SNSが何やら、IT、これも何やらさっぱりわからず・・・その原理もわからず、このホームページ屋がつくってくれた“ブログ”とやらに、こうして自分をさらし続けている・・・愚か者・・・なんともこの世とは、オレにはさっぱり訳が分からない・・・俺自身も何者か?・・・面白くもない世の中だ。
でも一つ良いことがあった。そう、パソコンで文字を打ち表せること・・・このことは、願ってもないことだった・・・そう、ボクにとっては・・・ありがたいことだった・・・この昭和の末から平成最後のこの日まで・・・とにかく、ありがとう・・・良くも悪くも、このオレが生きてきた時代・・・。そういえば、昨日は4月29日「昭和の日」だった。令和になっても“昭和の日”は続くのだろうか?
また、十連休という平成31年4月27日土曜日から、令和元年5月6日月曜日までらしいこの元号の移行への日々の連休・・・。これは僕には何の関係もない・・・が、この新緑の風景・・・我が家が接するこの里山・・・これを愛でて日々を過ごそう・・・薮のそこここにあった、ムラサキヤシヲはずっと先に姿を消し、薮のフジが紫色の花房をつけはじめ、ウオーキングをする道筋にあるベストポケットパーク・・・そこにある藤棚にも紫の房が下がり始めた・・・そしてその隣の八重の桜・サトサクラはピンクの花びらを自身の周りに戯れか、良きことを寿ぐのか、その花びらの厚く積もった絨毯を敷き詰めた。
そう、昨年は、この花びらが散り敷く前・・・満開のサトサクラの花の下に、自転車を止め、夢中になってスマホを差し向けていた少女のことを思いだす。
・・・ここ数日続いた思わぬ夏日が・・・なぜか早春の膚寒さへと逆戻りして・・・日常の着るものを・・・あれこれと・・・僕を戸惑わせている・・・おお寒い!・・・そして”平成さようなら・・・“・・・・・・なんだか、昭和生まれのオレ・・・ずいぶん長く生きてるなと・・・思わぬ冷え込みに、この生身の自分を実感している。
・・・きょうは雨降りとなった・・・シトシトと、新緑が幾分濃さを増した里山が、雨に濡れている。この雨降りの日は、平成最後の日から明日の令和元年5月1日へとつながって降り続くと、天気予報の女性気象予報士はラジオの朝番組で言っていた。今日明日と日本中が静かに皇位の継承を見守りながら続くのだろう・・・とにかくめでたい日ではある。
|||||||||||||||||||||||||| 

| HITBIT | 10:10 | - | trackbacks(0) |
HITBIT 心もよう VOL-109 March 2019

HITBIT[心もよう]vol-109 March 2019
三月半ば・・・ようやく春めいてきました。宵のウオーキング、そんなときふと春らしい空気を感じる。夜気に交じって清涼な匂いが流れている樹木の多い夜道・・・歩き疲れてふと立ち止まる。里山の裾にある歩道・・・。昨年末だったか今年になってからだったか、街灯が水銀灯からLEDに変わって、光度を落としたのか、何となく薄暗くなった歩道・車道・・・幽玄?
最初は何となく違和感をもったが、慣れてきたのか・・・この仄かな雰囲気を醸すLEDの光度・あかり・・・陰りを帯びた明かり・・・なかなかのもの・・・。
実は我が家もキッチンの手元灯と天井等をLEDに変えた・・・二か所とも寿命が来て・・・そう、蛍光灯から・・・狭い空間だから、その明かりは十分すぎるほど明るくなったが、何となく冷たく寂しげな光・・・これが少し気になっているが、そのうち慣れてくるのだろう。
居間の天井灯は昔ながらの何の飾り気もない蛍光灯(シンプルさが気に入っている)、40ワットの棒球が5本、カバーの中に並んでいる・・・一部であるが変えたLEDと比べると、何となく蛍光灯の方が光が柔らかく感じて・・・この居間の照明を蛍光灯のままにするか、LEDにするか・・・迷っている・・・蛍光灯管が無くなることはないかしら?
・・・そう、日常に“迷い”・・・迷うこと、決断とまで言うことでもないが、何事もうやむやというのか曖昧にしているような気がする。そしてこの居間を見回してみると、何とも雑然となって、整理がつかなくなっていることを改めて感じる・・・。
・・・一つの原因は、居間とつながってある食卓・・・ここへノートパソコンを持って、上の階の書斎から降りてきて食卓書斎としてから現在の”雑然・散らかし放題“が始まった。
・・・この極めて狭い、居間が昼間のボクの創作と生活の空間となって・・・まとまりがつかなくなった。何とかしなくてはと思っているが・・・どうにもならなくなっている・・・資料などが生活空間にのさばり、手の施しようがなくなった、僕の散らかしよう・・・何とかしないと???
・・・・・・今月も、書くことがないと・・・いったんは諦め、休刊にしようかとも思いましたが・・・身近なことへ、目を向けたとたん・・・少し、書き進められました。
・・・ええ、精神、その感性の衰弱・老化など・・・枯渇ということが、現実になってきつつある昨今です。いつまで続けられますことか・・・。
・・・お元気でしたか・・・。
|||||||||||||||||||||||||||

===目次===
3/06  ・・・遅れてごめんなさい・・・
3/08  ・・・煩悩と業(ごう)・・・
3/09  ・・・BGM・・・
3/20  ・・・オモトが消えてスイセンは花盛り・・・
3/21  ・・・おやゆび姫が突然老嬢に・・・また、幸福度?
3/22  ・・・雨あがり、そして、あまりにも強力な、春一番・・・
3/23  ・・・病弱・・・
3/25  ・・・いっときの賑わい・桜花の季節とともに・・・
3/28  ・・・何と怪しく妖しい・この高笑い・桜の妖怪?・・・
3/29  ・・・春とはふしぎな季節だ
3/30  ・・・奇妙な”元号発表の顔揃え“・・・

3/31  ・・・・・・
|||||||||||||||||||||||||||

・・・遅れてごめんなさい・・・
3/06/Wed.
名古屋は、曇り・・・雨降りになるのかも・・・気温が下がりつつある。
・・・先月。2月号は投稿が遅れました。ええ、申し訳ないこと・・・すっかり失念。
先ほど投稿し公開しました〈AM11時ころ〉・・・109号です・・・そして、先月1月号は通算108号目でしたが、間違って107号となっていたのを訂正しました。ごめんなさい。
・・・いろいろと、この身の変調がこうして、忘れたり失念と(おなじことか?)・・・生身の人間のなんとひ弱なことでしょうか・・・ことに僕は。
それにしても、長いこと続けてきました・・・間に一年間のご無沙汰もありましたが・・・。よく続いたと思います・・・。これからも、何とか続けたいと思っています。
|||||||||||||||||||||||||||

・・・煩悩と業(ごう)・・・
3/08/Fri.
先月号に書いたかもしれない・・・ええ、先月のことをしっかりと覚えていない。
なんとも、気持ちも、記憶も頼りないものになったようだ。
・・・先月だったか・・・読んだのかドラマでも見たのか?
・・・「寂しさは金、哀しみは銀、煩悩は人を強くしてくれはります・・・」・・・これ、なかなか味わいある言葉だとおもう。
この一行を知った時、ボクは自身の書中に書いた・・・「空蝉」うつせみ(古形は‐うつそみ)・・・飛鳥人についての一文を、思い出した。その部分をここに置いてみよう。
・空蝉は、現人(うつそみ)、の転。この世の人。平安時代になると蝉の抜け殻(うつせみ)の意となる。それはまた、抜け殻の意から「はかない」という意味に用いられた。飛鳥人においても同様であったであろう。この感覚は「はかなさ」は平安時代になって突如固定化したものではないであろう。殊に上代に遡って、寧楽(奈良)・藤原そして更に飛鳥時代と、深く自然と関わり、その現象を尊び、身近に感じていた上代の人の感性の方が今日のわれわれが感じる以上に、蝉の抜け殻に「はかなさ」を感じることは、既知識的・固定観念ではない自然にわき出る感情であったであろう。
「はかなさ」は自然現象を感じることによってさらに促され、またそこへ仏教の影響も加わり、「生死観」を伴って、一層「人の存在」へと関わっていくことになり、そこに「哀れ」「もののあわれ」そして「無常観」へ、人の心の深層の「虚無感」へつながり、ときには現実と虚無との狭間に人を置く。
それは「心の揺らぎ」そのものとなって、人の感性を弄ぶ。しかし、その揺らぎに自身が置かれることをも、人は求めるようになり、意識的にその境遇へ狄瓦反鉢瓩鮹屬ことを求めもした。「哀しみ」はそうして人の心を弄び、人はそうされることによって悲しみを癒しもする。死はいうまでもなく、別離の悲しみ、労働の苦しみも、さらに悲しみ苦しみばかりではなく、喜びも、恋も、さらに自然、その森羅万象から受ける人の感動など万感が交叉体現化し、さまざまな芸術となって人と関わっている。その典型的な形が、倭歌・和歌となったのであろう。万葉集歌も人のそうした万感がこもった芸術のその最古の具現化‐文字を与えられ‐遺されたものなのだろう。古事記・日本書紀そして万葉集として今日残る文字による上代の文学・芸術は、人の心の万感を記録し今日に伝えている。【拙書『額田王研究』より】
「煩悩」・・・寂しさ、哀しみ・・・人が何かにつけ持つ内の感情、その発露が控えられる、あるいは隠される感情・・・「業(ごう)」とよんでもいいのかも・・・そんな人の心が。自身の感情に弄ばれる・・・それが言葉ともなる・・・人とはふしぎな生きものだ。
|||||||||||||||||||||||||||

・・・BGM・・
3/09/Sat.
暖かな一日です。
身も心も開放されたかのよう。掃除を終えて、多くの音楽を聴く時間が持てました。
今日は何十年もラックにしまったままのCDを聴いた・・・といっても、本を読みながらのBGM・・・バッハの「管弦楽組曲」、ヴィバルディの「四季」、それにムソルグスキーの「展覧会の絵」・・・と、組曲ばかり・・・。そして、誰もが耳慣れた曲のパレードだ。
ボクは、このBGMを聴きながらの仕事の仕方・・・30歳近くなってからの習慣?となった。
図面を引きながらラジオそのFM放送・・・しかし、実際に聴いているかというと、聴いていない、聞き流しをして、耳に入ってこない・・・そして、ふっと一息ついたときにラジオが鳴っている・・・それを改めて知る。そして、夢中になって、製図版に向かっていた自分を知る。
|||||||||||||||||||||||||||

・・・オモトが消えてスイセンは花盛り・・・
3/20/Wed.
スイセンが満開になってから一週間ほどか・・・黄色のラッパ型の花・・・何という名前かしら・・・このスイセン・・・。
ずいぶん昔、鉢植えを買い、その花を楽しんでから、道路に面した間知石積みの擁壁の上、その小さな雑草の斜面、その端へ植えた。わずか二三本のそれが、毎年花を咲かせてくれ、その上、株がだんだんと大きくなって(毎年、一本ずつかしら?)・・・僕にしては上出来の移植の成功。そのうえ、1メートルほど離れた所に、移植したわけでもないのに数本の茎に同じ黄色の花が咲いて・・・不思議?
・・・ところが、昨年ころから、隣に植えてあったオモト(万年青)が姿を消して???これも不思議。
このオモト、母が送ってくれ、毎年赤い実をつけていたのだが・・・どこへ消えた?
そう、・・・オモトが消えてスイセンは花盛り・・・。
改めて、オモトがあった場所を掘り返すか?(その後のはなし・・・枯れかけた葉が一枚見つかった)
・・・オモトが消えてスイセンは花盛り・・・スミマセン・・・オモト様・・・。
先ほど書いた、この間知石積みの擁壁、我が家のところで途切れ、また南へとつながっているのだが、その南へつながった擁壁の上、わずかな隙間に、数年ほど前から、自然生えのマンリョウが一本立ちあがって、この冬そして今も葉むらの下枝に赤い実をつけている。鳥が運んだか・・・マンリョウの実。
このほか、ここ数年で増えた鉢植え・・・サツキ、つるバラ、ボケ(木瓜・この木は昨年秋に枯れたと思ったがそのままにして置いたら、二枝のうちの一本が小さな芽を転々とつけていた・・・うれしかった、思わず、どんどん葉を出してくれ・・・と声をかけた)、それから名前を知らない、いや、忘れた・・・木とも草とも定かでない一鉢、それに僕がつくった盆栽−トウカエデの林風の景色・・・と、どんどん増えた(これは大げさな表現)。ボケは枯れてしまったかとがっかりしていたが、その木瓜、落葉したつるバラと同時に、一昨日頃から赤い芽をふきだした・・・もうじき新しい葉の茂りが出来そうだ。
それに、家の中には、飾り鉢で売っていたミニバラが花を三つつけて、咲いている。
もう、三週間ほどになるかな・・・。
|||||||||||||||||||||||||||

・・・おやゆび姫が突然老嬢に・・・また、幸福度?
3/21/Thu.
昨夜からの雨降りが小やみとなって、さらに曇り空。
そういえば、昨日の続き・・・2月に買ったチューリップ(おやゆび姫と名前がついていた)・・・それ、本当におやゆびのように鉢の土から直接、茎は見えず、緑色の葉と真っ赤なつぼみ(これが真っ赤なマニキュアみたいだった・・・)が生え、いいチューリップと気に入っていたが、一度日当たりへと・・・ベランダへ出したら、突然成長し、アッという間に普通のチューリップ・・・、瞬く間に背丈は伸び、花は満開、そして翌日には花はしおれて・・・おやゆび姫のチュ―リップは、おばあさんに大変身。ええ、茎もねじれて大変な老嬢・老婆ぶり・・・これにボクはびっくり、まるで一寸法師か浦島太郎か、はたまた竹取物語のかぐや姫(?かぐや姫ですよね?)・・・おとぎ話がとんでもない現実になって、ボクは腰を抜かさんばかりに驚いた(なんとまあ、老人じみた表現ですこと、ホッ
ホッホッホッと笑われるかな?)・・・。
・・・こんなおとぎばなし・・・ええ、本当にとんでもないことになって・・・今は、ベランダの片隅で、完全に枯れるのを待っている・・・そう、来春用に球根を取ろうと、茎が枯れるのを待っている僕です。複雑な気持ちで・・・。
(球根を取ること・・・鉢にさしてある名札に書いてあった)
ところで、桜前線のこと・・・福岡市と東京でソメイヨシノが開花したという。
・・・ところでこの開花・その宣言・・・を見に出かける・・・これなんぞ、愚か者・本当の風情を心しないものやることだ・・・と、このニュースを聞いて、僕の心は即座に反応・拒否反応をした・・・そう、桜の開花はうれしいことだ・・・しかし、前線のその瞬間を目にしに行く・・・これは愚の極みだ・・・そう、開花のニュース・・・これを聴き、その喜び、冬が去って春が来た・・・この喜びを、心で聴く・・・そんな、ひそやかな喜び・・・俺は群れない・・・そんな群がって,開花の瞬間を待つなんてこと・・・何ともまあ、あさましいというか? 
・・・昨日20日、床屋での話・・・おいでになる途中の平和公園の桜はどうでしたか・・・つぼみは桜色が増してきたでしょうか・・・いや、残念ながらまだでした・・・今日は桜ならぬ梅・梅林が満開でした、少し盛りを過ぎているのでしょうが・・・今日は気温が20度まで上がるそうですが・・・例年どうりですかね・・・開花は・・・花見に出かけたいですね・・・ええ、仕出し屋に弁当を注文して・・・と・・・僕たちは、普段贅沢をしないけど・・・お花見には、仕出し弁当を注文し、それを心待ちして、出かけました・・・時には、それに、自家製のだし巻きとかカラアゲなんぞを添え、ワインも飼犬とともに・・・ナツカシイ・・・。
・・・桜の開花を待つ心・・・心に思うこと・あいさつに開花予想を語ること・・・そんなことこそ、桜の開花にふさわしいと僕は思う。そういえば、我が家の前の桜の街路樹・・・つぼみはまだまだほんの膨らみ。
ここまで書いて、スーパーへ買い物に行こうか、と時計を見たら3時30分。
*3/21/Thu.
今日後で書き加えた・・・国連が調べた世界の国々の「幸福度」・・・ニュースの始まりは、街頭インタビュから・・・あなたは日本人の幸福度は世界で何位くらいだと思いますか・・・だったか、質問の趣旨はこのようなものだった・・・対して、答えは10位台から一けた台・・・すなわち高い幸福感を持っている答えが多かった・・・。
実際は、その世界での日本のランキングは実は”第58位“・・・ぼくは、いい位置にいると思った。確かに、薄々感じる政治の偏り・・・そこに密かに阻害に曝されている国民・市民がいる・・・と、思っていた”あまり満足感を感じちゃいけないけないよ“・・・すなわち、”適当なところで満足しよう“とボクの心の内にあった。
これを国民は国になんぞ依存しない・・・すなわち自己満足で・・・補っていたのだ。すなわち、日本人が持っている幸福度は、自己抑制が効き、不満度の小さくとも、日常の些細な仕合せや、戦争や紛争がない、デモやテロもない(サリン・地下鉄・・は別なのか?)と、いわば、適当なところで満足してしまう満足でいい、といった小さな幸せが幸せなんだというような、国民性ともいえる、満足感があらわになったインタビュー結果ではなかったと、ボクは聞いていて解釈した。
この国連が調べた日本の幸福度58位は、調査がどのような項目からなっているのか、ボクは全く知らないが・・・国連の調べの結果から見えてくるこれは、日本国民よ”政府に騙されちゃいけないよ“という警告が働いているようにも見える。あるいは、日本国民のほとんどが、小さな家で肩を寄せ合って暮らし、国民の間には、生活格差、進学格差などが歴然と現れていて、そのことに、国民が気付いていない、あるいは、国民性が踏ま个鯱海蕕気覆い箸、身の程で満足するとか・・・しかし、それを世界水準・平均的なところで、比べてみれば、日本国民は意外なことに、世界第三位の経済大国の割には、質素な生活、些細なことで幸せを感じ、多くを望まない・・・そんなところ、それを国連の調査がくみ取ったのかしら・・・そんなことはあるまいが。
ここで日本が日本人のほとんどが国民が感じている10位台から一けた台なんて結果に本当になったら、ボクは現実感からも受け入れられないに違いない。
・・・そう、ボクは日本人の精神性・・・多くを望まない・・・身の程で満足・・・このように、日本人の生き方は、本来質素であったし、これからも、質素であるべきだと思う。そう、世界第3位の経済大国・・・こんなニュースは、これまでと現在の僕には望むべくもないし実感もない。
|||||||||||||||||||||||||||

・・・雨あがり、そして、あまりにも強力な、春一番・・・
3/22/Fri.
昨日は小雨と曇りがちな一日だった。今日は雨が上がって、夜明け前から強い風が吹いている。これは“春一番”なのだろう。しかし、あまりにも猛烈な風力・・・これは嵐だ。そして一日中吹きまくった・・・あまりにも強力な、春一番・・・。
・・・昨日の続きのような今日のタイピング・・・。
昨年あたりから、切り花ばかりじゃなく、ときどき、鉢植えの花を買う・・・不思議なことに、切り花は常に目に付き、しおれた様子に水が不足してるかな、元気を出せよと、声をかける。しかし、四五日するとやはりだめになり、“ありがとうね、さいてくれて・・・”
と、ひと声かけて処分することになる。
鉢植えも手がかかるが、なぜか、切り花とは違った愛着がわく・・・。
・・・日当たりへ持ちだしたり、日陰へ持ち帰ったり、時には粒の化成肥料をツブツブと・・・土にのせたり、液肥を土にさしたり、枝々の花が咲き終わり枯れかかった花を摘み取ったり、鉢ごと雨にあてたり・・・また、風がつよくなれば鉢ごとひっくり返りはしないかと心配をし、寒くなれば霜に当たり枯れはせぬかと・・・気にかかり、ときには、スイセンのように鉢から露地に植え替えもする。
昨年は、ツルバラを大きい鉢へ植え替えたりと・・・平たい角鉢へは、街路樹が振り蒔き自生した苗を次々と抜いては植えこみ・・・林のような盆栽風にと・・・心を砕き、これが成功し、盆栽だ、盆栽だ・・・と心が浮き立って・・・よし、松もやってみるかと、玄関先に自生してきた松を鉢へ移植・・・これが失敗。枯らしてしまい・・・ひどく落ち込み、後悔にやけ酒をのんで、禁酒を破り、改めて後悔をし直すなんて言うバカゲタことへのめり悪循環へ落ちる・・・。
・・・とにかく、枯れはせぬか、根はついたか、来年は花が咲くかしら、新芽は出るかしらと・・・期待と心配が入り混じって・・・ついつい、家の出入りには目が行き、言葉をかけている自分に気づき、如雨露(じょうろ‐水を雨状露状に振りかける水遣りの園芸の道具)で水遣りなどなど・・・と、さらに、この如雨露は、連れ合いといった旅行先のバラ園で買った小さな英国ジョウロ・・・といっても張り紙があって、それにのせられたか、普通のジョウロ・・・これを手に取るたびに、旅で行った楽しさを思い出し、心が、如雨露の水でいっぱいになってあふれ出たり・・・と、玄関先の水道栓をひねりつつ・・・などと、常に何かの思考回路が働き・・・心は、ぬれたり湿ったりしたり・・・と忙しく・・・この暇人の心が弄(もてあそ)ばれている。
・・・こんな切り花や鉢植えにまつわるいろいろなこと・・・。
|||||||||||||||||||||||||||

・・・生きるということ・・・これ?・・・
3/23/Sat.
連日、草木・花のことを書いていると、母がささやかに作っていたというのか育てていた季節の花類、その季節ごとの花壇、そして棚の上のいくつものサボテンの大小の植木鉢・・・サボテン、その育ち具合と、夏の夕方、陽が落ちて薄暮が迫ってくる頃、ほのかに花が咲いたときの嬉しそうな顔、僕らもうれしかったこと、と・・・その世話をする母の姿、そして、その心の中のこと・・・病弱なその日常、四人の子、ぼくと弟と妹たちの子育て、その心のありようまでも想像し、胸があつくなったものだ。
・・・そう、こんなボクでも、一応は長男だったから・・・いろいろ思うところがあったのだ。
・・・人それぞれの、持って生まれた健康状態・・・急逝したわが連れあい、Mさんも連れ添った当時から健康状態が不安定だった・・・気遣ってきたが、まだ足りなかっかと、悔やまれる・・・。僕自身も母に似たのか病弱だったが、成長するにつれ、われら子は健康を得てきたが、ボクは連れ合いをなくしてから生来の虚弱性が露出してきて、生き残ったこの体をなやませている・・・。今では、“病気のデパート”だと、一つ一つ説明するのも面倒なので、ひっくるめて、いっている・・・が。
こんな家族を養ってきた、サラリーマンの父・・・オヤジは、けっこう健康体だったようだ。この父母、母もともに、奇跡的にともに80代半ば過ぎまで、そう、長生きというのだろう、二人は生きられた。
・・・しかし、その人生に、ボクはどこまで“孝”を尽くせたか・・・結論は“孝行らしきことをしてこなかった”・・・そう、その細い脛をかじりにかじり、しゃぶってしゃぶって、妹たちと弟に迷惑をかけ自分自身の生き方のみにを、わがままになしてきた・・・これが結論だろうと、振り返って思い、また、悔やんでもいる。
・・・生きるということ・・・これを、なんといったらいいのだろう。
そう、誰もが、どんな家族もが、さまざまな佳きことつらいことを、克服しつつ生きているのだろう・・・人生、そう、そんなにいいことばかりではないかもしれないが、頑張っていきたいし、生きていってほしい・・・だれもが。
・・・自分自身のことから、余計なお世話まで言ったのかもしれない・・・まあ、お許しを・・・。
|||||||||||||||||||||||||||

・・・いっときの賑わい・桜花の季節とともに・・・
3/25/Mon.
今日は八月美術館へ6人の女性が来館くださった。
1月においでいただいた方たちのお一人が、改めて他の美術仲間5人とともに、おいでいただいたのだ。
こんな小規模で、かつメジャーな作家の作品でもないもの・・・その、鑑賞に耐えられるかどうかわからない作家の作品。
でも僕としては歓迎だ・・・人の出入りもなく、こもりきりのこの身、こうして賑やかにやってきてくださる。ただご覧になっていただくだけじゃなく、そのあとのお茶の時間、この準備をする前日の時間は楽しい・・・。
・・・いっときの賑わい・・・。ご案内くださった皆さんの心の内に、この界隈の桜の開花の様子を、御覧に入れたい、見せたいとの心づもりをも持たれたのだろうか・・・それにこたえるかのように、この三本の桜は、ちょうどポツポツと開花しはじめ・・・お茶の時間中にもポツポツは続いた。
そう、・・・街路樹の桜三本・・・チラホラと咲いて・・・桜開花の期待が高まる。
日本人は桜の季節になると、なぜか心が高ぶるらしい・・・不思議な民族だ。
・・・そう、そうして良くも悪くも、桜に振り回される・・・その桜前線は北東へ北東へと、上っていく、その前線の移動は一月どころか二月にも及ぶ。さてもさても、この“桜前線”なるもの・・・これを気象と結び付けた・・・日本人・・・この列島に住み着いた、この極東・・・果ての国の民族の”独りよがり”は、この国へやってくる人らにまで伝染していく・・・。
・・・果ては、死ぬときは、桜の下、如月の望月に(西行)・・・なんて願い、本当にその望み通りの死にざまを見せる・・・。これ、いかにも日本人らしい・・・桜花と死・・・この絶妙な、というのかあまりな入れ込みように・・・ばかばかしくなるどころか・・・その死にざまを・・・我も我もと・・・!!!
果ては、戦場へ送る兵士にまで、桜の思い出を背負わせ、この国土を守れと、命を懸けよと、死を強要し、その死を美化して、国という何者か明瞭ではない体系が、国民一人一人を縛り付ける・・・。
・・・ああ、そのあげく、国民は、日本人は・・・このばかばかしさを、賛美してしまっだのだ・・・この桜花へ精神を仮託し・・・それによって国も国民も・・・加担したわが身わが心・・・その油断を花のせいにし、自らを許してしまったのだ。
この季節・・・僕も、桜花という刻々迫りくる・・・花津波にのみこまれ・・・花から花へと・・・心が漂い続ける。
|||||||||||||||||||||||||||

・・・何と怪しく妖しい・この高笑い・桜の妖怪?・・・
3/28/Thu.
目の前の桜がガラス越しに白く見えるようになった。まだ、四五分咲きといったところか・・・。
夕方、この歩道を通り過ぎていく、幼児・・・女の子らしい、その笑い声・・・お母さんと一緒なのだろう・・・そう、その子がおとなのような高笑いをしつつ通り過ぎていく・・・そう“ワッハッハ、ワッハッハ”・・・と僕には聞こえる・・・高笑い・・・だが、その声音に幼児らしい響きがあって・・・僕はなぜか、ホットしたのだ・・・。
・・・この“桜病”・・・日本人は、こんな幼子の時から・・・“桜狂い”をするらしい・・・。
昔から、春には”頭のねじが緩む“というが、この桜花病を言うのかしら?
ああ、何とも恐ろしい・・・何と怪しく妖しい・・・この高笑いだろう。
・・・僕は今日一日・・・またも一歩も外出せず、こもりっぱなし・・・そう、ウオーキング・・・にも出かけず・・・左膝痛を理由にしてさぼった・・・。そして、やっぱり寝つきが悪く、午前0時に、ベッドを抜け出して・・・これをタイピングしている・・・そう、ばかげた悪循環・・・。
・・・ひよっとすると・・・あれは、あの高笑いは・・・桜の妖怪の高笑いだったかもしれない・・・。
・・・桜の病・桜を病む・・・この花咲くころ・・・なぜか、人はウラウラ・ユラユラと・・・桜の樹下にさまよい出る・・・。我が家の前、この歩道にはそんな典型的な日本人・・・桜病の患者が行き来するのだ。
・・・そう言えば今朝、妹から「家の前の桜は咲き始めたの・・・?」と、電話があった。何百キロも離れたところから・・・そう、これも桜病に・・・うん、ここにも桜を通じて、兄妹のつながりがある・・・なんともいえないうれしさがボクの心に残った・・・。そう、この桜の開花を心にとどめる妹の、その心根を、ボクはうれしく思ったのだった。
しかし・・・こんなタイピングを・・・寝付けないからといって・・・真夜中“丑三つ時”にこうしてBLOGを書いている僕こそ”怪しく妖しい存在“なのかもしれないな・・・。ああ、今年も僕は桜の妖怪に取りつかれたか?・・・これも悪くはないかもしれないな。
・・・それにしても・・・寝付けないのは・・・先週も木曜日だったかしら?と、なると、そう、木曜日の妖怪・・・なのかもしれない。桜の花とは関係なく?
・・・いやいや、妖怪でも桜花でもなんでもなく寝付けなかったのは、習慣を破って、ウオーキングをさぼったことが原因だよ・・・そう、心地よい疲れを作らなかった・・・そう、習慣とは身についた日常そのものなんだから・・・ね。ほんと、おっしゃる通り・・・。
|||||||||||||||||||||||||||

・・・春とはふしぎな季節だ・・・
3/29/Fri.
でも昨日の・・・“木曜日の妖怪”・・・そんなのが誰の心の中にもいるのかもしれない。そう、古い家には”座敷童(ざしきわらし)“がいるという・・・いや、古い家ばかりではなく、どの家にも、誰の心にも・・・いるかも。
でもね、座敷童は・・・いい子、悪い子・・・どっちかしら・・・。
・・・花を愛で、鳥のさえずりに心を開放する・・・ウグイスがなき、名を知らない鳥たちが鳴く・・・なんだか、みな穏やかな鳴き声・囀り・・・そう、桜が満開に近づく・・・それにつられ、鳥たちも虫たちも・・・人のように浮かれ出る・・・。
春とはふしぎな季節だ
||||||||||||||||||||||||||

・・・奇妙な”元号発表の顔揃え“・・・
3/30/Sat.
花曇りとなった・・・そこへ、ウグイスがなき、名を知らない鳥たちが鳴く・・・これって、昨日のパクリじゃないか・・・まあ、お許しを・・・一部分をね。
ところで・・・昨日のニュース・・・改元、その元号の発表、その式次第のような、この政府による4月1日のスケジュールが固まったそうな・・・。まあ、平易な漢字で、表現してほしいね・・・でも、アベが元号の意味の説明をする・・・これって変じゃないか。
・・・まさか、元号決定にまでしゃしゃり出て「俺が決めた」なんて言うんじゃないよね・・・。
説明は、アベがしなくたって新聞かラジオ・TVに自然に流れるようにすればいい・・・とくだん、アベが、ここにしゃしゃり出るなんてことは、全く必要ない、・・・まあ、どうでもいいけど、山中さん林さん・・・この人たちが決めるのでもなさそうなのに顔を連ねる・・・これも奇妙なこと・・・なんなのこれって。そう、今はやりの”インスタ映え?“するからなの。そう、・・・奇妙な”元号発表の顔揃え“・・・。
元号・・・これは慶事の記憶よりも、戦争や災害の記録と記憶にかかわって語られる比重が大きいかもしれない。そう、戦争・内乱という時代ではないかもしれないが・・・自然災害は絶え間なく襲い来る・・・日本・・・心引き締めて次へ進もう。
||||||||||||||||||||||||||

・・・平成31年3月31日・・・
3/31/Sun.
昨夜、ボクはふと思い出した。良寛さんの言葉・・・
炊くだけは風の持て来る落ち葉かな
・・・そう、人生、なるようにしかならない・・・でも、食っていくだけのものを、天は与えてくださるだろう・・・きっと、そう、俺の人生はそれでいい、それだけでいい・・・行雲流水・・・天がなされるがまま生きるとしよう・・・このような意味だろうか。
僕は良寛さんのようにはとても生きられない。残念ながら僕は、俗物そのものだもの、・・・このオレの器量では多くはのぞめない、ここにきて、ふと思った・・・まあ、生きていくさ、生きられるだけ。
・・・今月はここで・・・今年の桜、御覧になれましたか、ええ、何も花見弁当を持たずとも・・・近くの公園へ出かけてみましょう。お元気で、四月もよろしく。
||||||||||||||||||||||||||


 

| HITBIT | 10:20 | - | trackbacks(0) |
HITBIT 心もよう vol-108 February 2019

HITBIT[心もよう]vol-108  February 2019
名古屋は相変わらず寒さが厳しい。曇り空の日々だ。北国では日ごとの週間天気予報も雪だるまマークが連続している。
先日6日、眼科へ出かけた。雨模様の曇り空・・・寒気も厳しく、つらい。そんな医院からの帰り、傾けた傘を立てた目の前に、小さなつぼみをいっぱいつけた紅梅のはだか木があった。
途端にうれしくなった。春の予兆・・・いろいろあるが・・・この梅の花のつぼみ・・・。
緩い坂道に立つマンションの足元・・・外壁に沿って帯状に、この紅梅と白梅、サザンカと、数本ずつ混ざって植えられている・・・サザンカは満開、紅梅と白梅はまだ固そうなつぼみ・・・そして、それらの根元に、スイセンの株が満開の花をつけていた。
・・・そう、ボクは、医院への往路に、いつの間にか俯いて緩やかな坂を足元に注意しつつ上っていたらしく、この冬姿の植木に全く気付かなかった・・・そして帰り道、ゆるやかな下り坂に、ここでもやはり俯いて足元に注意しつつ歩いていたらしい。
何気なく傘を立てて見つけた、春の気配。
・・・そう、老いとは情けないものだ・・・何も恥じることはないのに、自然に、情けないことに・・・僕は、人生を俯いて歩いているらしい。

|||||||||||||||||||||||||||

===目次===
2/01  ・・・マスク姿が横行・・・
2/03  ・・・節分・・・
2/06  ・・・ぼんやりとした覚悟・・・
2/10  ・・・一瞬の春を楽しんだのかもしれない・・・
2/15  ・・・そのお声には、安堵感があった・・・
2/17  ・・・その表現に不思議は増すばかりといった・・・皆さま
2/18  ・・・睡眠難民・・・
2/19  ・・・アベは拉致被害者家族らの気持ちをはぐらかさず行動を・・・
2/27  ・・・明るい気分より暗い気持ちがずううーと続く・・・
|||||||||||||||||||||||||||

・・・マスク姿が横行・・・
2/01/Fri.
如月・きさらぎ・キサラギ・・・なんとも妙な響きの、この月‐二月。
とは言っても、これは太陽暦・・・陰暦ではまだ12月27日。
2月はさらに寒気が増す・・・今年はインフルエンザが猛威を振るっている。
・・・マスク姿が日ごろよりもさらに増えた・・・。
このマスク姿・・・僕はなんだか異様に思ってきた・・・顔を隠して歩く・・・それも女性が圧倒的に多い。
風邪を警戒しているのか、あるいは、顔を隠しているのか・・・どちらが目的かしら。
顔を隠す・・・これは異様だ・・・何かがおかしい。そう、なんでもないときに、マスクをつける・・・顔の半分以上が隠れている・・・それ、ボクは老いゆえか、いつの間にか俯いて歩いていることに気が付いたが・・・老いたからといって、若く美しいからといって、女性だからといって・・・マスクは、よろしくない・・・マスクを常用すると、その鼻腔や喉の抵抗力が弱っていくように思える・・・もちろん医者じゃないから、確かなことはわからないけど・・・。ただ、ボクは呼吸器が弱くて、咳をが出ることが多い、現在も、大人喘息・・・これは確かにつらい・・・しかし、若いころのように、首に湿布のタオルや手ぬぐいを巻いて寝ることはしなくなった・・・そう、確かに湿布か乾布をすると咳は出なくなる・・・子供の頃、母は呼吸器が弱く、常に湿布をして眠りについていた・・・その習慣がいつの間にか風邪をひいたとき、あるいは風邪が流行った時、その予兆があった時・・・などと僕ら子供たちへ湿布・乾布を巻いてくれた・・・、首・喉・・・に湿布・乾布を巻かれた・・・僕はそれを、50歳ころからだろうか・・・あえて、湿布なしで過ごす、起きているときはもちろん、眠るときも・・・あえて湿布・乾布を巻かなくした・・・それでも、寝付けるときは寝付かれる・・・咳が出るときは出るし出ない時は出ない・・・いや、ばかげたことを書いている・・・ごめん、そう、湿布・乾布・・・これの効用は気のせいなのだと、以来この年になるまで・・・あえて、喉・首をあえて労わらないですごしてきている。
しかし、エリマキ・・・そう冬の外出時の防寒対策・・・このマフラーを巻くこと・・・確かにセーター一枚分ほどの効用・・・防寒効果は絶大だ。温かさが違う・・・ありがたい・・・と、マフラーは冬の外出には必要だ。
・・・そう、過保護はよくない・・・ということか・・・マスク・・・をすることも。
|||||||||||||||||||||||||||

・・・節分・・・
2/03/Sun.
今日は節分・・・宵のウオーキング・・・帰りに節分豆を買った・・・毎年一月中に二度ほど節分の煎り豆を買うのだが・・・今年はすっかり忘れてた・・・ついでに忘れていたのが正月7日か8日には雛飾りを出していたのを・・・すっかり忘れていることにも気づいた・・・もちろん、雛あられも買い忘れている。
・・・そんな“もの忘れ”を思い出した目で部屋の中を見回してみると、部屋の中は乱雑・・・いろいろなものであふれ雑然としている。
・・・掃除は毎週土曜日に集中的にやってきた。掃除は嫌いじゃない・・・が、最近は普段は土曜日の掃除と日ごろ気が付けば掃除機をかける、という状況になっている・・・それでも、階段は、踏み面・段板に粘着テープで埃をくっつけて、取っているが・・・。最近は、この部屋・居間の雰囲気が悪い・・・雑然・・・物があふれている・・・。そう、この居間と食卓・・・食卓書斎にしてから・・・整理が出来ていない・・・雑然、ピシッとしたかつての雰囲気はどこへやら・・・自分で言うのはおかしなことだけど・・・結構整頓が行き届いていたこの居間と食卓回り・・・そう言えば、さらに上階の書斎は、もう手が付けられない状態にまで散らかったまま・・・かつての面影はない。
・・・本を書き上げたら”掃除をする”と、思っていたが・・・こうして、目的を達しても・・・散らかったまま。
まあ、温かくなったら・・・改めて各階を掃除しよう。
|||||||||||||||||||||||||||

・・・ぼんやりとした覚悟・・・
2/06/Wed
半年ごとの眼科への受診・・・飛蚊症や涙目、さらに視野の薄い霞がかり(気のせいかもしれない)、視力の検査とか・・・いろいろと。次は、八月、連休前の水曜日・・・予約は取らない・・・それまで生きているのかどうか・・・ここまで生きると、半年も先に何が起きるか覚悟を持って生きる必要がある。
・・・また、いくら世の中から隠れたボクでも、時々は“世の中とつながる”ことがある・・・電話で・・・かかってくる電話、さらにこちらの必要から・・・かけた電話口に・・・。
・・・そう、高校の同級生だったMくんへ卒業以来のコンタクトをと、迷った末の電話をした・・・。「ああ、残念でした・・・きょうが45日忌を午前中に済ませたばかりです・・・」・・・「8年間透析を続けて亡くなりました」と、奥様。
・・・僕は”絶句“・・・こんなこともあるのだ・・・人間が生きてこの世にある・・・その過程では・・・。
また・・・「酒の飲み過ぎで死んじゃった・・・」と、学生時代の友人を話題にのせ知らせてくれる・・・知り合いへの電話からの情報・・・なんてのもある。
没交渉な僕でも“訃報”をこうして知るのだ・・・。
また、夏になると民生委員が「元気ですか〜」と、訪ねてくださる。独居老人を巡回されているとか。
・・・まあ、死を迎えること・・・覚悟はしているが、その準備は全くしていない。何とかなるだろうと、ぼんやりとした覚悟だ。
|||||||||||||||||||||||||||

・・・一瞬の春を楽しんだのかもしれない・・・
2/10/Sun.
6日に書けばよかったのに、すっかり失念していた。とにかく物忘れがボクの脳裏にはびこっているらしい。そう6日、眼科の診察を受けに出かけた折り、バスではなく、徒歩で1劼半々を行った。途中BLOG中にも時々書いている”池“・・・そう、新池というグランドピアノ型の池だけど、秋の紅葉がとてもきれいなピアノの鍵盤に当たるその西の斜面・・・そして、その遊歩道、この歩道下の斜面に葉を落としたトウカエデの林、これは自然林・・・その枝上にヒヨドリが群れをなしていた・・・ええ、ヒヨドリが15・6羽ほど群れ、ピヨピヨと囀ている・・・なんだかいつもの鋭い鳴き声じゃなく”やさしい囀り“・・・こんなのなんて、見たことも聞いたこともなかった・・・そのうえ、ぴょんぴょんと枝渡りなんぞしちゃって・・・群れの中に親密な感じがあふれかえっている・・・さらに、池の水面にはカルガモらしい集団、それも30羽ほど・・・こちらは、鳴きもせず・・・ただ、柳の枝が伸びた下の水面に群がって・・・ユラユラと水面に・・・こんなのも、これまで見かけたことがなかった。
そう、感想だけど・・・節分・立春・・・を過ぎ、これをヒヨドリもカルガモも・・・同時に感じたんじゃないかと・・・そう、どこからか渡ってきたばかり・・・カルガモは北への帰還を始めたか・・・ヒヨドリは春の飛来・・・それが偶然・・・重なったのかなと、なんだかうれしくなって・・・しばらく、鉄柵に寄りかかってみていた・・・。そう、寒さも一時遠のいて鳥も僕も・・・一瞬の春を楽しんだのかもしれない。そう、この後、強い寒気がやってくるとも知らず・・・。
|||||||||||||||||||||||||||

・・・そのお声には、安堵感があった・・・
2/15/Fri.
今夜は8時から夜回り・・・ええ、東明町町内会の夜回りだ・・・。さほど寒さは感じなかった・・・というより、ボクの防寒こしらえが大げさすぎたか。
・・・参加された方は全部で8名・・・世話役の方が・・・今夜は多くて8名も・・・と、嬉しそうだった・・・。男女各4名・・・ほとんど常連・・・。
・・・先月、そう正月に泥棒に入られたおうち、フェンスはすっかり修復が成っていて、巡回のみなさん、すっかり感心されていた。
・・・そう、侵入の痕跡、壊された高さフェンス2ḿ、幅60僂曚匹離罐縫奪半のが6・7枚、その一枚が壊されたのだが・・・きれいに修理されていた。
・・・確かに、こうして夜回りしているのに、壊され、侵入されたと見聞きするのは、悔しい・・・そんな思いを皆さん・・・持たれていたのだろう・・・その修理ぶりに感心すると同時に、何となく安心と、やや時間外だとは言え、その犯行に、いくらかの憤りをお持ちであった方々なのだろう・・・そのお声には、安堵感があった・・・。もちろんこれは僕も同じ気持ちだ。
・・・まあ、こうして、世の中と、ささやかにでもつながっている僕です・・・。
|||||||||||||||||||||||||||

・・・この表現に不思議は増すばかりといった・・・皆さま
2/17/Sun.
かねてお誘いいただいていた近所の音楽会へ出かけた・・・そう、歩いて7・8分・・・の近所。以前、家の前で偶然出会ったお方・・・犬の散歩に時、我が家の前の歩道をお通りになって・・・八月美術館が気になっていたが、こうしてお目にかかった次いでといっては失礼だけど、とのご婦人・・・そんな立ち話、そして、後日友人とご一緒に来館いただいた・・・。まあ、貧相な美術館だけど、こんな風な出逢いからの来館が時々ある。今日もその音楽会から帰ってきて、表で同じような出逢いがあった。
お年を召された男性・・・この方も、以前からお顔は存じ上げて時のご挨拶をする・・・それだけのことだけど、このお方も・・・以前から気にしていただいていた様子・・・ええ、インターネットでお調べくださいと、申し上げておいた。
・・・なんだか、ようやく質問する機会を得たというような・・・そう、納得された感じだった。
以前は、奥様とご一緒の散歩・・・ところが、昨年の夏以来お一人で・・・暑さが、大変ですものねと・・・立ち話。
・・・そう、こんな小さな建物なのに“美術館”と銘打って・・・この表現に不思議は増すばかりといった・・・皆さま。まあ、こうして、疑問、いぶかしさ・・・は、解けていくのかしら・・・。
・・・まあ、音楽会・・・大人喘息・・・発作が出なくてよかったです・・・。
|||||||||||||||||||||||||||

・・・睡眠難民・・・
2/18/Mon.
最近・・・睡眠・・・全く寝付けない夜と、一瞬で値付ける日が・・・交互にやってくる・・・。もちろん寝つきがいい時の方が多いのだけど・・・寝付けないのは本当につらい・・・それでBLOGのタイピング。
何ともおかしなことだ・・・心は眠いのに・・・。
ずいぶん今日へ食い込んだ就寝時間・・・。
睡眠難民・・・。こんなこと聞いたこともない。
・・・ところで、このファイル保存できない???
|||||||||||||||||||||||||||

・・・アベは拉致被害者家族らの気持ちをはぐらかさず行動を・・・
2/19/Tue.
冷たい雨が降っている。
今日、拉致被害者家族が総理大臣アベに面会し、早期の解決をするよう要望した。
対して、アベは、拉致被害者家族の要望をアメリカ大統領に伝え、北朝鮮のキム委員長へ、この要望を伝えてくれるよう、トランプへお願いする・・・と、おおよそ、このように答えた。
・・・その会見後、拉致された横田恵さんの母、早紀江さん(名前の漢字、間違っていたらごめんなさい)は、報道陣へ「(総理大臣とキム委員長が)一対一で話し合っていただいて、早期の解決をしていただきたい」と、会見後の気持ちを述べた。
・・・この言葉を、アベはどのように聞いたのか聞かなかったのか・・・。
総理大臣といっている者が・・・自国の問題を、他国の大統領に、仲立ちしていただいて、拉致被害者の思いを伝えてもらう・・・とは、あきれてものが言えない、もうこれは二度目だか、三度目だ・・・こうして書くのは・・・というより、思わずこうして、不満を言いたくなった・・・そしてタイプしている。
・・・馬鹿気たことを言うアベだこと・・・「一対一で」と・・・横田さの母親が言ったこと・・・それは・・・“アベよ、直接出向きキムと会見し要望しろ”・・・ということを、軟らかく婉曲に言ったのだ・・・“他者頼みしないで・・・自国の総理大臣は、なぜ出かけて行って、キムと一対一で会見し、遺族の思い、国民の思いを伝えないのだ・・・”という、不満、いら立ちを・・・「一対一で」・・・と、この一語にかけて、強く不満を述べられた・・・と、思う。
・・・そう、アベは、国民の不満や不信に・・・ドジョウやウナギのように・・・するりスルリ・ヌルリ・ヌメヌメ・・・と逃げ抜けていく・・・いま、今国会においてのあらゆる首相答弁が・・・この実態と、かわることがない。
そして、決して実態が伴わない、アベノミクスを、常に自画自賛して憚らない・・・ぬけぬけとずうずうしく・・・言ってのける。
国と地方自治体の借金が1100兆円もになているのに、日本を好景気にしたと、偽りのうそぶきをする。
・・・アベは、いい加減に、トランプ頼みをやめ・・・正面から、拉致被害や家族らの、拉致被害者ご本人らの・・・気持ちをはぐらかさないで、正面から受け止め、行動すべきだ。
・・・正面から攻められるとはぐらかし、あるいは、声を荒げるのは、不誠実だ、人として・・・最低だ。
人頼みも・・・一度はいいかもしれないが・・・不出来だったら、今度は自分で考え、行動し、活路を切り開いていく・・・そんな覚悟が必要だ。
今のアベは、一国の総理大臣のやるべきことではないことを・・・懲りず、反省せず、やり続けている。
・・・被害者の気持ちを汲むなら、奥さん同伴で、北朝鮮へ飛べば・・・トランプの頭越しに北朝鮮へ飛んで行ってはどうだろう・・・制裁ばかりでは、人の問題は解決することはない・・・面と向かって・・・一対一・心を込めて、話し合いをやるべきだ・・・しかし、今はその時ではないかもしれない・・・北朝鮮の非核化という問題が今、目の前に課題となっているのだから・・・と、いって・・・横田恵さんの母、早紀江さんの言葉は、やわらかだったが、腹の底からの叫びだということへ思いやるべきだ・・・アベよ。
互いに、夫婦で面会できるよう行動を・・・最近の、キムも夫人同伴場面が多いのだから・・・そんな時が来るのを心から願う・・・。そんな時期が来るには、大きな想像力と、大きな決断が必要だ・・・政治家としての。
「平和国家への模索」・・・これは・・・ひょっとすると、道は開けるのかも・・・平和の方向へ我が国を導くことは。
しかし、トランプをノーベル平和賞へ推挙するなんてことは・・・愚の骨頂・・・馬鹿気た戯言だ・・・冗談だろ?違う?本気?
・・・いや、お追従です・・・と、国会で答弁しては・・・?
・・・トランプとツルンデたら、未来はややこしくなること必至だ。
プーチンとも気を付けてね。
・・・それよりも、日本が平和国家として独立するための模索こそ始めるべきかも・・・他国とつるまない・・・自前の自由な国としての模索を・・・。
|||||||||||||||||||||||||||

・・・明るい気分より暗い気持ちがずううーと続く・・・
2/27/Wed.
落ち着かない・・・。躁と鬱が交互にやってくる。明るい気分より暗い気持ちがずううーと続く。深刻な病というほどではない・・・躁鬱なんて言うから深刻に聞こえるのだ。
“時々気が塞ぐ”・・・と、書くべきだろうか・・・。
閉じこもり老人・・・孤独・・・いやいや、そうではなく「孤高の人」といいたい。
・・・英国のEU離脱・ブレグジット・・・これを、“名誉ある孤立”という英国民もいるとか・・・そう、一匹・いっぴき・イッピキ・・・いいじゃないか。
・・・僕は、つるんでこなかった・・・いつも・・・イッピキ・一疋・・・この字がいいかな・・・気持ちとしては。
・・・・。そういえば、またばかげた話・・・アベ・・・四選なんて話が囁かれているという・・・なんとバカげたことを・・・政治屋なんて結局・・・”つるんでる奴ら”のことを言う・・・そしてオベッカを振りまく・・・。
・・・そう、悪くてもいいから・・・浪々の狼・・・彷徨える狼・・・尾羽打ち枯らした鷲・・・いや、カラス・旅がらすか・・・擦り切れたわらじ・・・裂けた合羽に一本差し・・・破れ日差しが漏れる三度笠・・・どこへ向かうか、この堤・・・ああ、見えてきた一本松・・・懐かしい、渡し場・・・あの舟に乗り向うへ渡れば、懐かしいオッカサン・・・なんて、ひょいと引っこ抜いた茅(チガヤ)の茎、噛めば昔がよみがえる・・・なあーんてほざいて・・・口ずさむは“引かれ者の小唄”・・・か。
・・・そう、このオレの末路よ、これは・・・はっはっはっ、て・・・笑ってみたが、むなしさつのる・・・この如月の空の下・・・乗るか乗らぬかこの渡船・・・ああ、おっかあぁ・・・合わせる顔があるものか・・・渡世人の末路・・・今のオレに。
・・・あぁ、行っちまった渡し舟・・・むなしく聞こえる櫂の音・・・。
|||||||||||||||||||||||||||
・・・ト、イウワケデ・・・この後、体調・気持ち・・・ともに不調・・・すっかりBLOGの投稿を忘れちまって・・・このざまさ・・・・はっはっはっ、て・・・心はすっかり渡世人・・・尾羽打ち枯らした烏・・・というところ・・・きょう3月6日・・・に投稿しました・・・一応2月号として・・・失礼しました・・・おゆるしを。
少し春めいてきました・・・ウオーキングの道すがら・・・ポケットパークの“かわずさくら”が満開になりました・・・・そしてもう一本、“じゅうがつさくら”は、小さな可憐な花をいまもさかせつづけています・・・そう、もう二十日もすればソメイヨシノも咲くことでしょう・・・。
|||||||||||||||||||||||||||
 

| HITBIT | 11:19 | - | trackbacks(0) |
HITBIT 心もよう vol-107 January 2019

HITBIT[心もよう]vol-107 January 2019
平成31年である。元号「平成」・・・そう、平らかなり・・・世の中、平らかなれ・・・かと、僕は解してみたあの時・・・。そう、思い出せば”静かに昭和は終わった“ようにも思える。
いくつもの戦争から始まって、犠牲死・敗戦・困窮・不幸・・・この民族の歴史上もっとも大きな危機と悲しみとを経験した世代が、この天皇の時代を経つつ平和を実感した時代、その時代が平穏の内に終わったかのような”平成“の解釈だったのか・・・それとも次の時代が平らかなれと祈念した思いの表現だったのか。
そして、この平成の時代・・・それは、日本民族が改めてその存在の意思を示すことを、日本の歴史から求められたような気がする、次々と起きた、あまりにも悲惨な自然災害の多さ。そこに存在した人的災害の露呈・黒い影。無責任な経済効果重視の果ての原子力発電所の機能崩壊。いかんともしがたい地震や風水害の脅威の前の人の脆弱さ。そして、あらぬ戦争の脅威を振りかざし国民に恐怖を呼び起こさせる政治の愚かさ。その政治権力に迎合しひれ伏してしまった国民のほとんど・・・これも、愚か極まる人の持つ業の切なさ。
あの小渕(官房長官・後の首相)が掲げ示した新元号「平成」・・・TV中継の場面が忘れられない。そして30年、ことし五月の昭和天皇の退位と新天皇の即位となるはずだ、とは、まだ4・5か月先・・・この時代数日先の見当もつかなくなった・・・ご無事に退位と即位が為されるように祈ろう。そしてそれは西暦では2019年ということか。
・・・昭和という激動の時代が、昭和天皇の崩御によって終焉を迎え、新しい時代へとつながり平成となった。そう、つながった・・・ここに大きな意味があると思う。
この次に来る新しい時代はどんな元号となるのだろう。こうして、今年、必ず来る・・・新元号の時代・・・ここに必ず来る新元号の時代といったが、こうしてこの国の次代を確実に予測することが出来るのは天皇の譲位によってなる。これは甚だ珍しい出来事だ。在位30年という区切りなのだろうか、この退位は。
そして、明治。大正・昭和・平成という、この皇紀(現代では全く使わなくなったが、日本が建国されて今年は2679年を迎えるらしい)、建国記念日は2月11日なのだそうな。これは本当かどうかわからないが、神話とともに、いや、神話を以て生まれ歴史が始まった日本という国・・・不思議な国だと思う・・・。もちろん、作為には違いないが・・・これは、地球上では”稀有“な成り立ち・・・ということが出来よう。
すなわち、神話が存在するということ、これも面白いことだ。神話を作ったということ。ありもしないことを以て「元・もと」・・・起源を示し、語り合いつないできたそれを、改めて文字を得て書き留め、すなわち国の成り立ちを記録した人たちがいた。
そう、かろうじて残された古事記と日本書紀を読んでみれば、この国づくりにかかわった神々と人々、文字を獲得し、まず為したこと、それは、語り伝えられてきた倭(やまと)の歴史を「神・かみ・カミ」という見えない存在?を以て初めて書き起こす理由とした。この発想力のなんと巧妙なこと、そして面白い。ここには有無を言わせぬ威力、すなわち神とその神意の威力・神威を以て為す、この存在からわれら豊葦原瑞穂国の国人・われら・・・を、自分たち自身が言いつのらせた、この不可思議を不思議とは言わしめない、そう、とやかく言わせない、この意志のなんと面白いことか。
・・・国と民族の起源を言う神話・・・この地球世界において「神話」自体が存在する国はそれほど多くはないだろう。さらにいえば神話を神話と思えるほどの過去の国生みのはるか人知が幾分及び難くなったほどの大昔・太古に起きたこと、そんな昔の国の由来を求めること自体可能な国はそれほど多くはないだろう、それがフィクションであることが確かとしても・・・。このはるか過ぎ去った”あの時“の発芽・発生のこと・・・古事記と日本書紀の冒頭の”記“・・・神話がいうこと・・・泡・カビ・発芽・・・からの発生・・・その想像力の逞しく深淵なことと、この国民の面白さ・・・。そう、ここには今につながる、この国の人の生真面目さ、とあいまいさ・・・この入り混じった心模様が表れているように思う・・・。さて次の元号は・・・楽しみだ。
|||||||||||||||||||||||||||

===目次===
1/01  ・・・欲張りなお願い・・・
1/07  ・・・家に縛り付けられている・・・
1/06  ・・・小寒・・・
1/07  ・・・七草粥のこと、そしてクスノキ・ホウノキへ・・・
1/11  ・・・これも、人の世の妙味なのだろう・・・
1/18  ・・・今年初めの”夜まわり“・・・
1/31  ・・・窓辺の“ぬくぬく”日光浴・・・
|||||||||||||||||||||||||||
・・・欲張りなお願い・・・
1/01/Tue.
新年あけましておめでとうございます。
元旦、気持ちよく晴れ上がって気温もそれほど低くはない。先ほど朝食の前にいつものように大乗寺へ初もうでに・・・そして家庭暦とお札-火の用心と立春大吉・・・をいただいてきた。そう、これ、おまいりの記帳をするだけでいただける・・・でも、いただいてくるだけじゃなく、やはりいくらかのお賽銭を上げてくる・・・昨年から倍額にさせていただき、ポチ袋に納め仏前へ上げてくる。そうこの10年来、書き物をするとき、ここでいただく曹洞宗家庭暦がとても役に立って、ほぼ書き終わって、さらに最終稿となって、ここで感謝を込めて倍増したというわけです。といっても質素な僕なこと、わずかなことしかできません。でもありがたいことと、感謝でいっぱい。
・・・さらこのお札を、台所と玄関の内壁に貼り終わった。
これから買い置いたお節を小ぶりな重箱へ移し替え、さらにお雑煮を作る。
後は、閉じこもり・・・。これが今年も同じパターンの正月です。今年も、ほぼ健康で、車の外出にも事故なく、さほどの憂いもなく、よき頭の回転を促されて、タイピングが進み、過ごせまうように・・・と思っています・・・と、結構多くをお願いしている。そう、多くの願いがありますが、欲張っているでしょうか。
|||||||||||||||||||||||||||
・・・家に縛り付けられている・・・
1/04/Fri.
歳明けの四日、役所関係の書類を提出に出かけたが、外郭団体の余裕かしら、年末年始の休みと張り紙、7日月曜日からの業務だそうな・・・。
電話で確認して出かければいいものを、僕はこういう間の抜けたところがある。まあ、いいや。また7日に出直そう、出かける必然性が出来た・・・閉じこもりの毎日、こうしてバスと地下鉄を乗り継いで出かけるのも気楽でいい・・・。
でも、往路帰路とも何をするでもなく、帰宅となるのはいつものパターン。お茶も飲まない。
・・・一人暮らしも15年目?となるが、家に縛り付けられている。
・・・でもよく頑張っていると、またも、自分自身をほめている僕です。
|||||||||||||||||||||||||||

・・・小寒・・・
1/06/Sun.
今日は小寒・・・寒さの本格化する頃・・・雪降りの日も多くなると、頂いた暦にはある。ちなみに、今日は旧暦では十二月朔日。
確かに、昨日から冷え込んできた。昨日と昨夜、夜遅く小雨が降ったか雪がちらついたようだ・・・ようだというのは、雨音もなく朝。歩道へ出てみると、アスファルトが湿っていて、黒々としている・・・雨音もなく、小雪が舞ったのだろうか。
・・・寒さ、灯油の消耗が気になるが、昨年の冬に比べ今年はいくぶん安いらしい。この冬、小さなタンクローリで回ってくる灯油屋さんを見つけ、次回の巡回にと予約し買い置いたこの灯油による暖房・・・我が家は吸排気が外気に直接つながっている・・・旧機は排ガスの悪臭がひどく、大気汚染の懸念があったが、今のは(もうこれも20年ほど使い続けている・・・燃焼効率もよく、汚染も少なくなった・・・これ、なんというシステムかしら・・・バランス釜方式?・・・とでもいうのかしら、お風呂の湯沸かし追い炊きのように。
とにかく、灯油の暖房は。温まった空気・暖気がとても心地よい、その独特の温かさが気に入っているが、その灯油を上階まで階段で運ぶのは大変だが、これも健康の証かもしれないと、運び上げている。そういえば、大晦日以来、灯油の消耗が早くなった・・・次の予約はいつにしようかな。
とにかくこの家は、内装の多くが、やりっぱなしの打ち放しコンクリート造・・・冬寒く夏暑い。
・・・今の時代にはそぐわないが、この粗野なところが、僕の好みだ・・・が、他者には薦められない・・・外はともかく、内は断熱と内装を・・・なさってください。
|||||||||||||||||||||||||||

・・・七草粥のこと、そしてクスノキ・ホウノキへ・・・
1/07/Mon.
七草粥・・・もう何年も、七草とその七草粥には縁がない・・・。
この辺り、名古屋市東部千種区の丘陵地・里山・・・戦中戦後の食糧難の中、里山の谷筋を耕し、田畑としていた人たちがいたらしい。戦後、この丘陵地が市中となり公園に指定され、その耕作された土地の“接収”?がすすめられ公園化も進みはじめた。
そのころここへ住み始めたのだが、以来、ボクはその放棄され荒れた田畑の畔や小径の跡をたどっての飼い犬の散歩が日課だった。この整備が進みつつあるとき、その畔や小道で七草摘みをしてきたが、その七草摘みが出来なくなり、寒さ厳しい早朝、ポチやその後のアーサーと連れ立ち霜を踏んで探し収穫した七草を、連れ合いに自慢できなくなった。
・・・七草粥もスーパーのパックされた七草に変わり、さらに、独り者になって粥さえもパック粥となってしまったが、このパック粥はおいしくて、以来とても重宝し、中でも“白粥”を好いている。
そして、2010年、COP10の委員らの現地見学のための平屋木造荒壁造りのビジターハウスがつくられ、田んぼと畑が完全に姿を消し、畔や小道も消えてしまった。
・・・また、周辺の美しかった桜の並木は、土木事務所なのだろうか・・・そのむやみな枝払いが桜を痛め、樹形から自然さが失われて見る影もなくなり、たおやかに咲き誇った桜のトンネル風景は昔日のものになってしまった。山肌の赤松の立木も松くい虫のせいなのか年々枯れていき、その枯れすがたは切り倒される。ぽっかり空いた山肌は、雑木の生命力なのだろう、数年で埋まり、そこにあった秀麗なといっていいほどの赤松の記憶も失われていき、枯れずに残り、目に入るのが三本となってしまった。これも風前の灯火・・・松くい虫の脅威にさらされている。
そして、時々、カラスに追われ旋回し逃げ、あるいは長い時間枯れ木にとまっていたオオタカの姿も全く見かけなくなって、夏には森の奥で鳴いていたヨタカの鳴き声も聞かなくなったが、昨年、ホトトギスの姿をはじめて見つけた・・・そう、ボクはあのヒヨドリと間違えていた鳥・・・枝にとまっている姿、その羽をやや下げた姿の鳥をヒヨドリと思い込んでいたのだが、それはホトトギスと、図鑑で知ったのだ。
また、カケスの群れも近年は見かけなくなり、だんだんと、この森から自然が消えていく。
冬、この季節の雪景色も年に一二度あればいい方だが、木々に薄く積もった斑な姿が、鑑賞する間もなく、朝日の前にあっという間に消え去る・・・淡雪。
・・・このような季節の様々な里山の表情の一つ二つが消え去って・・・人も消え去り、挨拶を交わす人たちも知らぬ間にいなくなる。
しかし、移り住んだ頃、地下鉄東山公園駅への途中、道路の歩道わきの斜面にあった細いクスノキの若木が、今は、目通し、直径80僂曚匹瞭押垢箸靴心瓦悗叛長し、その低い位置から分かれた枝々が太く四方へと伸び、こんもりとしたたおやかな姿となった。
このクスノキから北へ20mほどのところ、同じ道路その歩道の斜面に自生の細いトウカエデの小さな薮があり、その中に細い一本のホウノキがある・・・あるといっても、それはトウカエデに紛れていて、その存在を知るのは、秋の落葉と冬の積もった落ち葉の中の数枚の大きな枯葉、その鈍色(にびいろ)の葉裏を見つけた時の感動にも似た気持ち・・・マンションが立ち並び住宅地となったこの街の中の空き地、人が入れない背の低い雑木の空地の縁に・・・里山の名残となった、その証拠のホウノキの存在、その落ち葉から一本の木を想像させられ存在を知らされるのだ。そして、今年も、生きていてくれたと、その特別大きな葉の木をいとおしく思う。そう、このホウノキの落ち葉・枯葉は僕にとって、どこから飛ばされてきたのかしらと・・・その木のあることさえ想像がつかないほど不思議なホウノキ・・・それが、トウカエデの薮に紛れているらしいと想像と確信を持ったのは昨年の秋だった。
・・・春が来て若葉の茂る小さな薮の中に、その一本があるはずなのに、ボクにはそれが見つけられないのだ・・・そう、ボクにとっての謎・・・その木、ホウノキ。
・・・ええ、都会にホウノキが自生してあったなんて、想像をはるかに超えていた。細くて、トウカエデに紛れているらしい・・・それ。
それを年を経て知りはしたが、その立ち木を見つけられない・・・やっぱり迂闊で間抜けなリュウです。
|||||||||||||||||||||||||||

・・・これも、人の世の妙味なのだろう・・・
1/11/Fri
午後、八月美術館へ女性3人のお客さま・・・予約いただいていて、お待ちしていた。
名古屋市美術館でボランティアをされていて、昨年暮れで卒業されたとのこと。
八月美術館は小さな小さな美術館だけど、そのわずかで、あまり一般には知られていない作家の作品ばかりだけど、市美術館で大々的に展覧会が為されたベンシャーン作品展の折りには、そこでボランティアをされていたHさんが、その展覧会の予備知識として観ておきたいと訪ねてくださったのが、こうしてボランティアの皆さんが度々訪ねてくださるきっかけとなった。たった一点だけど・・・。
ボランティアをしつつ美術の知識を広めていかれる人たち・・・そんな人たちにご覧いただくことは、展示作品自体に鑑賞に堪える力があることが必要だろうと思うが、その人たちにも一応良い反応をいただいているようだ。
・・・世の中から隠れてずいぶん時がたったけど、こうして思わぬ訪問がある。
人の世とは・・・煩わしいと、隠れたが・・・インターネットという小さな窓を開けて、自分を主張しているのだろうか・・・あるいは人恋しいのだろうか・・・とにかく、こうして、間があっても人が訪ねてくださるということ・・・これも、人の世の妙味なのだろう。
今日のお三方は、偶然お近くにお住まいとのこと・・・近くに、こういう美術館があって仕合せ、友達を誘っては訪ねたいと、後のお礼状にあった・・・そう、こちらこそありがたいこと・・・これを読んでいただいている貴女様、お友達を誘われてお出かけください・・・ええ、予約電話(052-781-5286)だけはお忘れなく・・・お待ちしています。FAXは壊れ、メールはできないし分かからない。
・・・新たしき年の始めの初春の 今日降る雪のいやしけ吉事・・・
―あらたしきとしのはじめのはつはるの きょうふるゆきのいやしけよごと―
万葉集末尾歌・第4516歌・・・大友家持
・・・こうして新(あらた)しく初春を迎えられた、うれしく良いことよ、
そう、今日こうして降りつもる雪のように、良きこと吉事が続けて起れ・・・
|||||||||||||||||||||||||||

・・・今年初めの”夜まわり“・・・
1/18/Fri.
今宵は2019年初めの”夜回り”・・・そう、ボクはかっこつけて”夜警“とよんでいるが”戸締り用心・火の用心“と声を張り上げている。
一昨年の11月から始めたというのか参加した夜回り、昨年は皆勤(雨降りは休み)・・・いつもPM8時から1時間ほど・・・。
これまで、事件事故らしきことには遭遇しなかったが、今夜は、先日侵入者があったという・・・週に一度夜回りする家の前を通った。フェンスが壊され、段ボールで塞いであった。まあ、犯罪現場を目にするのは生まれて初めてだったが、なんとも薄気味悪いことだ。我が家も気をつけてはいるが、さらに厳重に警戒しよう。・・・この現場、侵入は昼間だったらしい。何とも大胆不敵・・・さらに薄気味悪い。
・・・年末にも書いたけれど、今年も頑張って参加したいと思っている・・・可能な限りは。
|||||||||||||||||||||||||||

・・・窓辺の“ぬくぬく”日光浴・・・
1/31/Thu.
もう平成最後の一月が終わる。
・・・何にでも「平成最後」・・・という・・・この頃・・・これも、天皇の退位という意思表示が実現して・・・退位が今年、そして新天皇も・・・。
・・・しかし、何とも・・・無為な始まりだ。・・・これは僕自身のこと・・・あなたはいかがでしたか・・・有意な始まりとなりましたでしょうか・・・それにまた、インフルエンザには罹らないで過ごせましたか・・・。ええ、この猛威・・・来月も続きそうです。また世の中では・・・豚コレラ・・・が、猛威を振るっています・・・何百?何千???・・・と、殺処分だとか・・・何が媒介しているのか???
・・・岐阜県内ばかりに・・・イノシシの媒介かしら・・・そのイノシシへ豚コレラ菌を運んだのは何なのかしら・・・とにかく根絶しないと、農家がかわいそうだ。
・・・そう言えば、今年は“亥年”・・・昨年から引きずっている・・・この”とんでもないコレラ”・・・何とかしてください・・・と、僕がお願いする筋ではないかもしれないが・・・農家の方の落胆ぶりが想像される???
・・・そう、畜産への防疫・・・。
・・・ところで、ここのところ気温が下がりっぱなし・・・冷たく寒い日々です。
空模様も曇りの日が多い・・・晴れの日は、日差しを受ける窓に寄りかかって、日光浴をしている・・・5分10分とまちまちだけど、この“ぬくぬく”感が何とも言えない・・・もちろん、直射日光を肌に受けないよう、ガラス越し、セーターの上からの日差し。
インフルエンザは予防注射が効いたのか・・・それらしい兆候に対して、風邪薬パブロンと最も安い栄養ドリンク(50円/本)就寝前の一袋と一本・・・これを数日飲んで、何とか抑え込んだ・・・普通の風邪???
・・・まあ、こんなことで、平成最後の正月は完了のようです・・・。
・・・お読みいただいているあなたには、お元気で過ごされます様、心からお祈りいたします・・・それでは、来月もお目にかかれます様に・・・アッ、これは僕が書き続けないと叶わぬことかしら・・・では、何とか頑張ってみましょう。
そういえば、僕がホームページを持ち、ブログを開いてから10年目・・・そろそろ限界かな・・・なんて時々思うこの頃です。
|||||||||||||||||||||||||||
 

| HITBIT | 11:38 | - | trackbacks(0) |
HITBIT 心もよう vol-106 December 2018

HITBIT[心もよう]vol-106 December 2018
5日、7日と医者へ・・・5日は半年ごとの検診。7日はひと月ごとのかかりつけ内科医・・・。そうして、八年ほど前から3月には年に一度の病院での検診がある。これは生存率何年というやや重篤な病の治療後の検診だが、幸いなことに生き延びているらしい。
月ごとに通う内科医には「こうして毎月通うようになって14年になります」・・・と、そう、連れ合いが亡くなって、十五回忌を済ませた今年・僕がたどたどしくお経を読んだだけだが・・・これとは別に、月に一度は読経をしている・・・と、思ってる?? 
独り暮らしになったとたん、いろいろな病に取りつかれ、瀬戸際(やや大げさに・・・)の人生となった・・・(もともと、生活は常に瀬戸際)・・・が、連れ合いが亡くなって、一気に体中の各部に病を得て、医者通いの人生となった・・・(生活の”箍(たが)が外れてしまったせいで・・・もともと、箍が壊れた人生には違いないけど・・・)。
・・・こういう急激な生活の変化は、どうも心的ストレスから病が起き、顕在化してくるらしい。
これは、災害による喪失、そう、伴侶や家族友人を失う、家・財産、さらに故郷をも失ってしまうという、この喪失感は、本人や他者が思う以上に心身のストレスとなって、知らず知らず・・・その心身をむしばみ、深刻な症状を引き起こすらしい。・・・このことを先日知った。
・・・チェリノブイリ原発のメルトダウンによる住人の避難・・・ここから、被災者の追跡調査などから、それまで知られていなかったストレス性の精神的ダメージという症状が見つかったという。それが、日本の“11・3・11”の大震災大津波東電原発のメルトダウン・・・爆発と放射能もれ・・・その拡散と強制避難・必然の逃避・・・心準備もないまま、一時の避難と思っていたものが・・・際限のない・期限を切らない避難生活・・・そして、転々と住居・住まいどころを強制的に変えていかねばならないことによって、これまでのコミュニティにおける人間関係と環境の喪失・・・それらが、いつの間にか心的ストレスとなって、積み重なって、自分が気付かないまま”人生の放棄”いわば”生きがいの喪失”・・・”いつ死んでもいいや・・・“・・・と。
罹災後・・・これまでの、災害や不幸が暗に再現される、夢を見ることや、あらぬ時に心臓がドキッとする・・・など、フラッシュバックにより起きると考えられていた覚醒時の“ハッとする”というような心的ストレスが・・・実は、“見通せなくなった未来・人生”・・・それに誘発される心的ストレス症状・・・これを、フラッシュ・ホワード・・・というそうな・・・これ、過去の心的ストレスばかりではなくて、”未来の喪失“にあるとき”ハッと気づく”そしてそれもが過去の喪失・不幸と重なって予想もしない大きな心的ストレスを生じているという、新たな医学的な発見?・・・そんな病があるという・・・これなんぞ僕の症状にぴったりと符合する。
・・・そう、過去に起きた不幸・・・これを知る・思い起こして悲しくなる・希望が持てない・・・それに加えて、未来にも希望がもてない・生活も不安だ・・・そう、これは、いうなれば、最後の一撃、強烈極まる恐ろしい一撃だ。一発のアッパーカットでマットに沈む・・・そう、日常的なボディーブローが俺という存在を蝕む・・・。
・・・僕は災害や原発の事故によって・・・心的ストレスを直接身に受けたわけではないが・・・生活の激変ということでは、同じようなことが十四年前に起きていた。それ以来なぜか様々な病、病のデパートのようだと半分冗談めかして思いもし、話もしてきたが、実際にデパート状態であることは確か、・・・さらに、未来がないことをも気付かされ・・・不安が充満している、現在。
・・・これをなんというのか知らなかったが、このフラッシュ・ホワード・・・という現象だと気づかされたというのか知らされた。・・・これを納得したわけではないが・・・知ったこと・・・これはまた、絶望ということ、希望のない未来ということ・・・この心的ストレスの新しく(古くから人間の生存にくっついて存在してあったのだろう、この心的悪作用)・・・この密かな恐ろしい作用・・・フラッシュ・ホワード・・・によっても、大きく重篤な病が生じる・・・この現実を、僕も身を以て知ったし・・・改めて認識しもした・・・。
本当に長いこと・・・様々に入院の必要な治療もいくつかあった・・・。そして、書いたように検診へと通う。・・・残り少なくなった人生・・・とはいっても、余命いくばく・・・なんてことではなく(それはわからない、なんてったって、人間は生き物・・・その生存の未来なんぞ、本人にもわかりはしない・・・)、その覚悟というのか、“生物としての老い・劣化・酸化・サビる”・・・そんなことが顕著になっていくということ・・・。
・・・まあ、生き物・生物とは厄介なものだ・・・殊に、人間はなまじっか、知識を持っている、また周囲にそれを考えさせる環境もある・・・それらが、いやおうなしに、わが身に襲い掛かってくるのだ・・・放っておいてくれればいいものを・・・。
*この間、辞書を引いていたら・・・「黎明・れいめい」の「黎・れい」の〔孟子、梁景王上〕「黎民、飢ゑず寒(こご)えず」は、みな民をいう。黎黒の意があり、それで農民をいう語となった。秦では黔首(けんしゅ)といった。「黎・れい」の
[訓義]1.おおい、もろもろ、ひとしい、ととのう。
    2.くろ、くろい、くろい民。
    3.オイル、年老いる、老人の顔色。 
    4.のり、履(くつ)作りに使う糊(のり)。
・・・だから、年老いると顔が黒くなるのか・・・納得というより、恐ろしいこと。
|||||||||||||||||||||||||||

===目次===
12/07  ・・・一週間が、新幹線がすれ違うように、一瞬に・・・
12/13  ・・・正月事始め・・・個々の家庭に「心の暦」
12/14  ・・・ハゼノキの紅葉・・・
12/18  「人が想像できることは必ず人は実現できる」-ジュール・ヴェルヌ
12/26  ・・今年の夜警の締めくくり・・・
12/31・・・さて、新年はどうするのだろう・・・この僕は・・・
|||||||||||||||||||||||||||

・・・一週間が、新幹線がすれ違うように、一瞬に・・・
12/07/Fri.
数日来曇り空と時々雨降り・・・今朝も少し冷えびえとして曇っている・・・北の方では雪降りの本格的な冬の様子だ。
此処、名古屋市の東部はハゼもトウカエデもイチョウも・・・紅葉・黄葉・・・も散り、残り僅かとなって歩道は落ち葉が雨に濡れている。今朝から幾分気温は下降気味。
・・・冬鳥がやってきてピーピーと鋭く鳴き、そのまにまにチチチッと、メジロらしい複数の小さなさえずりも聞こえる・・・姿も見えず、名も知らず・・・さらにシジュウカラの姿もチラッと・・・。
今朝、内科医へ診察と処方箋・・・ひと月ごとの診察だ・・・その玄関に年末年始休診の張り紙。
・・・そう、世の中は年末があって年始がある・・・。気が付けば、スーパーマーケットのBGMはクリスマスソングが流れている・・・。そんな生活から遠ざかって14年になる・・・。
・・・これもあれも・・・ついこのあいだのことのようにも思うが、一方ではずいぶん遠くなってしまった・・・そう、僕は遠くへきてしまったようにも思える。あとに残されて、放り出されて、途方に暮れているのかもしれない・・・未来を知らないまま。
・・・友人がいるわけでもない・・・知り合い・・・そんなものは、もともと成り行き・・・ただ知っている、一時は記憶していたが・・・年を経るにつけ記憶も薄れ、ついには途絶えていき・・・記憶喪失状態だ・・・必要を感じたこともない・・・引きこもりに近い生活が続いている・・・友人なんてもともといなかった・・・知り合い?・・・そんな程度かしら・・・。そう、人間関係に・・・不誠実なのだ・・・このオレは・・・と思う・・・。
・・・なぜか、こんな生活が性に合っている気がする・・・ずうっと、そんな気がしてもいる。
・・・近年、詩も俳句も読まなくなったし詠みもしない・・・。独り者になる前は・・・アトリエ・・・そう、仕事部屋のこと・・・この仕事場は、かつては、ドライエリアのある地下室にあって、連れ合いが亡くなって・・・最上階へ移したのだが・・・最近になって、もう一度その地下室へ戻りたくなってきている・・・決断はまだまだ先のことだろうけど・・・。ドライエリアから差し込む日差しや明かり・・・おわん型の壊れやすい白く薄いガラス細工のようなボタン雪がフワフワと降ってくる冬のドライエリア・・・アイスキャンデーも降ってきた・・・紐につながれ、上階の窓からドライエリアをフラフラと・・・目の端・左側に揺れている・・・そう、何の合図もなく・・・ユラユラ・・・と・・・こんな思いで・経験・・・世の中のだれもが経験したことではないだろう・・・そう、懐かしい・・・。
読書・・・詩篇や俳句集を読むのは、読書の内でも特殊なこと・・・その、時間はまた格別なことだったが、それも程遠くなってしまった・・・。今は書くことへ心が来てしまっているからかしら・・・。
まあ、そこで、仕事の傍ら、読書を重ねてきた・・・僕は、じっくりとよむことしかできない・・・速読は無理・・・ななめよみ・・・これもダメだが・・・その中に、詩も俳句もあった。
多分、蔵書は多い方だろう・・・今、最上階は書庫と書斎・・・(整理していたがいつのまにか、そう、11・3・11から整理できなくなった・・・むなしくなったからかもしれない・・・そう、11・3・11以来、書斎として使うことはほとんどなくなって、一階下がって、以来、食卓書斎だ。使わなくなった理由は・・・長周期振動・・・それに驚いたことが理由だ・・・。そう、あのゆったりした振動が、はるか北関東・東北からやってきて・・・ゆったりゆったり・・・揺れた。また、あの、阪神淡路震災の時は早朝のこと、寝室はベッドの上・・・その時も、ふとんにくるまって揺れていた・・・・・・ゆったりゆったり・・・と、そう。その気分というのか、それが怖くなって、食卓へパソコンを持って降りてきたというわけだ・・・まあ、理由はそれ以外に、コーヒータイムの上り下りが面倒なこと・・・それで、ズボラしているというわけ。
・・・書いていることがあらぬ方向へ進んでしまった。なんだったけ・・・?ああ、読書、書斎、書庫・・・そんなことだったが、その読書・・・この年齢になって、その長年の読書癖・読書歴・・・その念入りな読み方が役立って・・・先の本「額田王研究」を書くときに役立った。
僕の読書は早くも遅くもない、普通の読み方だと想像するが、世の中には数行を一度に読むとか、斜め読みとか・・・いろいろ奇抜な読み方もあるようだが、残念ながら試みたこともない・・・そうしての僕の雑読・・・いろいろ他方面に読んできた・・・そして、それが蔵書になって、今、4階(最上階・狭小敷地に住まいするには、これしか方法がなかった・・・上に伸びるか、下へ伸びるか・・・)の書棚にぎっしり詰まってい、中には床にも積んでいる・・・その一画が書斎・・・アトリエ・・・設計室・・・そう、2011年の震災以来、エスケープ・・・逃げ出してしまった。
今、このタイピングも食卓やすぐそこのリビングでやっている。・・・そう、あの本「額田王研究」の後半、というのか、解読以後の物語り部のほとんどを、ここで書き上げた、その千ページ余の・・・一冊。
・・・またまた、横道へそれた・・・というよりも、道に従って書いているわけではないから・・・逸れるというよりも、ゆらゆら揺れつつ漂っている、というのが正しい。
・・・そんな、物の書き方もある。
・・・まあ、こんな一時が人生の途中にあったことが・・・先の一書になったのだと思う。
だが、いけない、後が続かないのだ。原因の一つは・・・体力視力が、急激に衰退・無くなったこと、また、思考力も・・・。それで、行き詰ってしまっている・・・今。
打開を模索の日々。
|||||||||||||||||||||||||||

・・・正月事始め・・・個々の家庭に「心の暦」
12/13/Thu.
風が強い・・・まるで、春の嵐・春一番かと錯覚するような、幾分の温かさの中、晴れた日の強風・・・その今日。
そんな、番狂わせかと思うような今日の強風であるが。今日12月13日は”正月事始め“の日なのだそうな・・・。そう、正月の準備を始めようということらしい・・・。
“大根煮”とか“すす払い”とか“注連縄”の準備とか、清水寺の管長さんの例年の“一文字”・・・書き納め。
・・・うかつだったのか、”正月事始め“・・・これは頭の隅にもなかった。まあ、世の中・・・商売人が・・・何かと、年を通して、何何の日・・・と、洋の東西の行事的作業・準備などを、あれこれと探し出して、ことさらに騒ぎ立てる・・・あるいは近年の観光事業促進に、京都辺りの内輪な、各家の習わしののようなことが・・・ことさらのように取り上げられ・・・暦にまで書き加えられる・・・実をいうと、僕は”京都弁?が大嫌いだ・・・あのおわざとらしい“ねっとり”した口ぶり感覚のアクセント“・・・ことに、ドラマや紀行もののナレーションなんかで、このわざとらしいアクセント・・・それでいて、言葉の端々に”角がある“語り口・・・これは最悪で下品だ。
・・・まあ、それはそれとして置いといて、その“年末年始”・・・は、ことのほか喧伝されれている・・・そんな気配がする・・・まあ、今日の“正月始”は広辞苑の昭和三十年・三十九年版には載っている・・・この”正月事始め“は、僕が気付かなかった、知らなかっただけのことかも知れないが、ちなみに歳時記を二冊ひいてみた・・・もう、80〜100年前の古い一冊・・・これは父が、気力をなくす直前に”使え“と、くれたもの、形見と思って大切にしている・・・と、僕自身が買った40〜50年ほど前の一冊・・・これらに、この”正月事始め“なるものは載っていなかった。また禅宗の暦にも載っていない。
毎年買う日めくり暦、その2018版には”正月こと始め“と載っていた・・・。
・・・暦・・・それにしても、日めくり暦は、薄っぺらになってしまい、月暦は残り一枚。
とにかく今年も押し迫ってきた・・・が、僕は、今年に限って言えば・・・押し迫ったという感覚は、なぜだか起きていない・・・。
ただ、例年のこと・・・月暦と日めくり暦は・・・来年の手帳とともに買い整えてある。これはすでに書いたかな?
・・・まあ、年賀状を出さなくなって・・・(失礼している・・・申し訳ないこと)やはり十四年・・・何もかも、この歳月の始まりが・・・もともと、世間になじめない僕を一層隠れさせてしまった・・・といいながらこうしてBLOGなるものを披歴している・・・矛盾。
・・・何ともはやチグハグなことよ・・・のう、お前のやることは・・・と、誰かが?
・・・でも年中行事・・・これはいいことだと思っている・・・自分自身にもそんなことへ心遣ることが、けっこうある。伝統とか行事とか習慣といってしまってもいいが、こういうことを実行していくには・・・やはり、心・こころがけ・・・が裏打ちしていなくてはならないと思う。
ただの商魂が、盛んに宣伝するだけではなく、生活の一面に年中行事として・・・個々の家庭に「心の暦」があってもいいのではと思う・・・そう、他者の言うことに振り回されない、家庭ごとの年中行事・・・そんなものが・・・懐かしい。
・・・若い頃より質素な生活だったし現在も質素だが・・・父の正月、正月には必ず紋付の羽織を着て、徳利(瓶子ではなかったが)と小さなお鏡餅を盆にのせ、家族を誘うでもなく、独り、氏神様へ初もうでに出かけ、帰ってから、仏前に参り、経を上げていた父の姿を思い出す。
・・・そう、こんなことを懐かしく思い出す・・・そんな、ふとしたことへつながる年中行事のこと。
やたらな、ショップチャンネルでのお節料理の宣伝なんぞ・・・醜いし、なくてもいい。
・・・家々の台所で、煮豆・田作り・・・母に倣ってみんなで、昆布巻きを作ったこと・餅つき・鏡餅・のしもち・・・そして雑煮のこと・・・質素ながら・・・正月ばかりでなく節(せち)ごとの様々な家庭行事は、年末で締め、年末に始まった・・・そんな様々なこと・・・それぞれの家庭の”正月事始め“があった。
・・・病弱な母を手伝って、長男の僕をはじめ、妹たちと弟・・・そんな思いでは、宝物だ。そして、それにかわって、連れ合いのかいがいしい暮れの準備のすがた・・・懐かしく、そして、新しい生活の一方では気づかわしく思った父母のこと・・・と。
・・・そうして今、この暮れも、僕は正月の準備に、スーパーへ二度三度と買い物に行き、大晦日を前に、注連縄を掛け鏡餅を飾り、出来合いの“おせち”を小さなお重に詰める・・・ええ、“おせち”をお重に詰めることだって・・・独りになって、これは僕自身の役目となった・・・。
・・・こんなこと、たぶん、体が動く間は、ささやかに続けていくことだろう・・・。
|||||||||||||||||||||||||||

・・・今年の一文字「災・サイ・わざわい」・・・
12/14/Fri.
ここにきて、国土強靭化に予算をつけるとか、閣議を開いたとか・・・聞き間違い?
・・・でも、国土強靭化については、防衛装備品の巨額化への批判として僕は「国破れて山河ありというが、守るべき国土が自然災害によってなくなってしまう現実に直面しながら、過剰すぎる国防を言い、ごり押しを進め軍拡をすすめるアベ・・・」と、こんな風なことを数か月前に一二度書いた。
ようやく、すっかり忘れていたことを総理大臣アベも思い出したと見える。
・・・総理大臣というように・・・偏った思考・行動・・・で、肝心なことを忘れてしまっては、職責は果たせない・・・そう、心してくれ「防衛すべき国土が自然・人為の災害で失せてしまいつつある日本」このことを。
今年の一文字「災-サイ・わざわい」・・・清水寺の管長さん、よくぞ選んでくださいました。ありがとう。
・・・しかし、災害はむなしい・・・。
|||||||||||||||||||||||||||

「人が想像できることは必ず人は実現できる」-ジュール・ベルヌ
12/18/Tue.
ここにきて・・・専守防衛をすっかり忘れ、過大な防衛装備に巨額を湯水のように支出しながら、そう、国民に明瞭な説明もなく、自然災害に対して国土を強靭にするといったのに、今年の自然災害は、人為的な災害もまた、そう、頭の上の貯水池が崩壊、その出水によって殺された人がいる、それ。
・・・防衛問題や経済問題・・・中朝の軍備と日本の防衛・・・徐々に景気は上向いているとか、経済問題を議論する番組、そこに出て語るコメンテーターら・・・当たり障りないことばかり言う、どの番組も同じような顔ぶれ・・・言うことも同じ・・・そんなものらの言うことも信じられない。
彼らは、政府批判を全くしない・・・たとえ政府与党への批判的なことを言った後には、必ず批判を批判としておかず、必ずホローする・・・そう、野党の姿勢がどうのと、批判の対者の姿勢をも批判して見せる・・・これは間違いだ。ここには、コメンテーター自身の見苦しい保身が見える。すなわち、これを”公平”というかの様・・・。
・・・国民は常に政府批判をしなければならないし・・・ウオッチ・ワッチ(船員ことば)・・・監視をしなければならない・・・これは国民の義務であるし必須・・・忘れてはならない姿勢だ・・・。
国民の”目“から政治に向ける”批判・監視“の眼差しが失せてしまったとき、国は・国家は危うくなる・・・今、これが失われた時だ・・・だからアベはやりたい放題・政党は堕落し、無気力・・・平和への努力をするよりも、国に国民に国防の必要を言い、単に危機を言いつのる・・・これは、最も稚拙な政治手法だ・・・政治能力のない政治屋は、危機を言いつのれば、いかにも国に自分が国家を心配し寄与しているかの印象を与えることが出来る・・・と、自分自身が気付かないで、本能のみで政治をやる・・・。
今のアベは・・・外国との平和外交を自らすることなく、おべっか外交ばかりに行動している、このアベ政治。そして、国民のほとんどもまた、大企業へ、給料のアップを要請する・・・子地論中小企業へは、こんなことは要請しない・・・。大企業へばかり顔を向け、耳を傾ける
そんな政治屋におだてられわずかな増額のサラリーで一応の満足をし・・・貴重な一票を・・・意味のない一票にしてしまうのだ。
わずかな増額の給料で一応の満足をする・・・これもまた大切だ・・・そう、過去、戦後の国民の内のサラリーマンは、その割合は現在のように大きな割合ではなかったはずだ・・・が、僕の父もまたサラリーマン、薄給にもめげず、われら家族を養ってくれた・・・その様子を目にし、肌で感じてきた。そして、世の中、同じコミュニティの中に給料で生活する、生計を立てる家族がどんどん増えていくのを見聞きもしてきた。
・・・国民皆が・・・そこそこの生活に耐え、それぞれの職に最大限の寄与を為して、次第に生活を向上させ、企業に貢献、国を豊かにすることへもおのずとかかわってきた。そこには、敗戦ということが何だったのかと、過去の政治、国家体制へ目を向ける、国民すべてが、振り返って、なされてきた政治や政治家が何をし、戦争をしたのか、敗戦とは何か、新しい憲法の精神とは何か、掲げた理想はどんなことなのか、われわれ日本人は、今、国家はどうあるべきかと・・・戦後の未来へ、国民としての理想を、国家というものを肌で感じ・・・貧しいともいえる、生活に耐え、国家をつくっていこうとすべての国民が決意した。もちろん、保守も革新も同床異夢、その勢力の多少を国会に反映し、巧妙な保守が政治権力を握って抜きんでて、戦争の責任を軍部に擦り付け、戦後政治を時に失いつつも、巧妙に官僚を操作しつつ、主流であり続け、今日に到っている。
そして、軍備に関しても米国の言うままに拡張しつつ、安保の下に、核の傘によって守られているかのようなあいまい極まりない、外交姿勢を国際政治の場で取りつつある。
そして、欺瞞をもって巧妙に憲法解釈をなし、憲法の精神を踏みにじりつつ、周辺国の軍拡・その攻撃力の脅威を言いつのりつつ、例えば、空母まがいの多目的用途艦を作り、完成後数年で、用途変更をもくろみ、艦載機を回転翼機(ヘリコプタ)から固定翼機も可能へと改装するという、きわめつきの悪知恵を働かせた筋書きの下に、攻撃空母ではなく、侵略された離島奪還のため、その固定翼機・ステルス性を備える戦闘機を載せられるように目論んだ。また、この“艦載機を訓練の時だけ使う”だ・・・とまでいう。訓練の時とは毎日日常的な訓練が、必要であることが当然に在りながら、こんな言い回しをする。こんな言い回しは、かつての安保条約締結においても、同じような言い回しを聞いたような気がする。そう、これは詭弁だ。こんな詭弁が、国民に受け入れられるとは思いもせず、正面切って堂々と言い放った。この2018年の12月。安倍内閣の時。厚顔無比・・・恥だ。
この言い回し、これは内閣の遺伝子が言わせたこと、これは完全な欺瞞、“うそつき”の考えたことだ。
・・・どんなに軍備を強化しても、あいまいな核の傘に守られているとの吹聴しようと幻想である・・・守られている、抑止力になっているとのこの幻想、どんなに強力な軍備も、どんなに多くの核兵器を持とうと、平和はどこからもやってこない。
・・・すなわち軍備に頼ることの愚かさを21世紀の今日も気づかず、国の政治をけん引しているこの愚かさ・・・そう、裸の王様だ。
・・・戦後、この国家の未来への一歩を・・・平和憲法を守ること、この日の丸を握りしめて誓ったはずなのに・・・国家としての自立・・・これを認識せず、政治の位置にいながら、敗者が追従者としてのみにヘリ下り、国民を顧みなかった当時の政治屋・・・理想のかけらもなかったその姿勢は・・・今日に、直接的に受け継がれて来てしまった。
・・・これは政治・政治家ではない・・・巧妙な政治屋としての、己にしか心と目を向けなかった者が・・・国家ということを認識せず、敗北者・敗戦国の者との自己感覚の、その貧相な政治姿勢・・これを、恥もせず、地位にしがみつき、欺瞞の政治屋が欺瞞の政治を、服従(ついしょう)という矜持もない、理想・理念をどこへやら捨て去り、単に取引の当事者へ自分を置くことに満足するという、取り返しのつかない、政治的な、国際的な位置的な・・・失策を為した・・・。それは、招いたのではなく・・・意識することもない・・・ただ敗者としての侮辱的姿と思考に走り、取り返しのできない失敗を為した・・・。その末裔が今日も政治屋として存在し続けている。
・・・しかし、この現状を自らが変える勇気を持てば可能なはずであるのに・・・それに気づかないし、周囲も、国民も、それをしないで・・・手をこまぬき、素知らぬ顔だ、愚かにも・・・そう、日本国民は何を期待し黙しているのだろう・・・か。
変わるには・・・一時、不安、危惧、懐疑、逡巡・・・そんな心模様もあるだろう。しかし、今、変わらなければならない時・・・それができる権力というものを持つものが、その者自身が気付き決断する・・・ただ外交の場面で・・・欧米と同じ画面に居並ぶ自らがあることに満足することと、それこそ望んだところだと・・・妙な低劣な、満足に浸りきって・・・真の国家のあるべき姿そのものへの指向・思考・・・根本的な理想主義を忘れ、心を失っているのではないのか。さらに、この者の背後に、誤った助言や方向を示し、にんまりとしながら、その助言や提言のままに動き発言するその姿に“してやったり”とほくそ笑んでいる輩が、存在するのではないかと、本気で心配する。
そう、おべっか外交・自虐的服従ではなく・・・政府専用機に乗って、アフリカの貧困国・エボラ出血におののいている国、紛争・内戦に疲弊している国へ・・・救援物資を満載した輸送機を何十と引き連れて・・・夫人とともに自分自身が届けよ・・・そんな、身近な問題へ目を向けた政治をするべきだろう・・・国際問題にしても・・・というより、そういった行動が本当の外交だろう。
そう、アベ自身のやっていることは、国内外に起りつつある貧困と災害と内戦・紛争への日本の意思と志を示さないまま・・・欧米先進国の首脳と同じTV画面にそのアジア人の顔をならべれば事足ると思っているのだろうか・・・。

今日もこうして書き、此処に言いつのってきた・・・こんな政治が、自然災害・人為的災害をも引き起こす・・・まったく、罪なき人が、このようにして殺される・死ななければならない・・・今、日本にもこんないい加減な施策の末に国民が泣いている・・・そう、現在、強行されている沖縄の新基地・へのこ・辺野古・・・この基地建設も同じ政治姿勢・思考・・・で強行されているのだ。
ここには、米国に対して、正面切って物を言えない日本政府・その総理大臣がいるのだ。これは歴代・・・の自民党政権が為してきた政治姿勢そのもの。
平和外交に熱意を示さず、米国一辺倒な”土下座外交“・・・大企業ばかりに目をやり、おべっかを使うごとき政治姿勢もまた国民軽視だし、国辱ものだといってよい。
・・・政治は総理大臣のためになされるのではない、すなわち、総理大臣が“やりたいことを以てして政治をする”のではないのだ。国民のために、国民に向かって、その国民とは、力も言葉もない、慎ましやかな、無辜の民・・・何の罪もない人たちであることを、一瞬たりとも思い出すことがあるのか。
・・・これは、国民に向かって常に言葉を発する・・・官房長官・・・スガだったか?・・・その者のものの言い方に、国民軽視の姿勢があらわに表れている・・・その言葉使い・・・早口で語尾が蛇尾のように消えて行って何が何だかわからない、それ。反省すべきだ。
・・・記者に言う、そのそっけない、不足で不遜で貧相な言語・・・そうではなく、国民に丁寧に誠意をもって語る・当該の外国に向かって語る・モノ言う・・・これが国の政治をつかさどる・また、関わるものの全くの責任だ・・・。
そしてもう一つ・・・沖縄本島の地図・・・この中に多くの米軍基地、キャンプが存在する・・・それを明記してみれば、その超広大さに気づくだろう・・・沖縄本島の基地の存在・・・それを、常に国民に示せ・・・沖縄に関するニュースの時に。
沖縄本島の括(くび)れた部分で、南北に分断するその基地の広大さ、そして南と北の広大な基地。基地の移転ではなく、基地の撤去を進めよ。さらに、訓練エリアをも。
“南西方面の警戒のために沖縄の基地は必要だ”といったその根拠を国民に示せ。その南西方面とは”どこの国か“これを明確に言え。
・・・現防衛大臣・名前すら覚えられない・・・それが代替え基地、辺野古基地の建設の工事差し止めによる、工事の遅れのために、返還が遅れると、・・・この言い草・・・は、最低だ、国民を軽視して、なめてかかっているこの者も最低だ。
この返還の遅れは・・・沖縄県の責任だと・・・言ったのと同じこと・・・この遅れは、政府が為した、政策に根本原因があることを棚に上げて・・・よくもぬけぬけと、いったものだ。基地そのものの存在を根本から考え、ものを言え・・・これは大臣の失言だ。
・・・沖縄の米軍基地の存在・・・この現状は異常だと国民ならずとも気づくに違いない・・・そう、世界中の人々が・・・日本の政治姿勢をあざ笑っている。
・・・この日本の根本的に間違った政治の方向・・・防衛力強化とアメリカへの追従姿勢・・・これに対して、平和希求の考えを広めなければならない、と思っているそう、中朝露を仮装した脅威ばかりをあおり、これがマスメディアにおいて一方的に流される。
すなわち、社会的にも、家庭的にも、学校教育にも。
これを全国の小中高の生徒にも繰り返し教え知らせる、そしてその父母にも・・・隠さないで。また、戦争と平和について家庭でも語り合う・・・そんなこと、これを何気ない家庭の会話の中で、話し合ったことがあるのだろうか。そうすることは、政府には脅威になるとでも思っているのだろうか。学校教育においても同じことだ。家庭と学校で同時に平和の大切さそして平和外交の重要さを幼少の国民にも考えてもらおう。そして未来の日本の存在の在り方を語れ・・・それは、どの国へも、この地球上での軍拡国家のどれにも属さない国を目指すと・・・語れ!・・・そして、目指すのは究極の”平和国家”だと。
・・・これ、理想を語れ・・・日本はどの勢力にも属さない、永世中立国をめざす・・・と。
・・・そう、ジュール・ヴェルヌは言う「人が想像できることは必ず人は実現できる」と(語句は幾分違っているかもしれない)。
|||||||||||||||||||||||||||

・・・今年の夜警の締めくくり・・・
12/28/Fri.
ここにきて、真冬になった。日本海側を真冬が覆いつくしている。また、九州、四国も降雪・・・初雪のところも。
此処名古屋は曇り空もあり、気温は下がっているが、ほぼ晴れの日が続いている。
先日26日は今年最後の夜回りに参加した・・・年末以外は毎月第三金曜日20時からと決まっているが、年末だけは世話役の方々がお骨折りをしてくださって、参加可能者の割り振りをしてくださる・・・。この東明町の参加者の少ない中で、古参の方々のお骨折りで、毎月とこうして歳末の夜回りが長年続けられてきたようだ。来たようだと、他人事に聞こえる言い方・・・これは本当に他人事として、聞こえもしなかったし、僕は気にもかけなかった・・・が、あるきっかけから昨年11月ころから参加させていただくこととなった。まあ、いつまで参加できるのか心もとない体だが・・・今年、平成30年は皆勤賞だねと・・・声をかけてくださった、世話役・・・こうして何気ないこと・・・人は自分のことだけに生きているのではないこと、そう、パンのみに生きているのではないこと・・・日ごろから、僕自身が学生にもいい、自分にも言い聞かせてきた、父からも言われてきたこと。こんなことを、こうした形で、少しだけだが、行動して声を張り上げる・・・戸締り用心、火の用心・・・と、初めの頃は声も出ず、声を出すタイミングも外れる・・・で、おぼつかなかったが・・・半年ほどで、幾分なれ、一年の終わり・歳末になった。
・・・夜警とは大げさだけど・・・声も出し、雨で回れない夜を除いて、参加させていただき、“皆勤だね”とのお声をいただき、過分のこと、できすぎだよと自分の心に言い、幾分気恥ずかしい思いもした今年の締めくくりの”夜回り“・・・戸締り用心、火の用心・・・と、声を上げる・・・。
声を上げる・・・これ、日常、会話さえない日ごろの暮らし、声帯も退化し、声、会話、電話口(これが一番ダメだ・・・とっさの声が出ない)、何かの声出し・・・等々、が満足にできなかったこの14年ほどのこと・・・おかげで、少しは”発声“が楽になってきた・・・でも、まだ一方では、ブツブツと家の中で独り言・・・を、やらかしているらしい自分に気づくことも・・・と、ある意味ではそれなりに、いい参加ができたと思っているし、とにかく、世間話をしないでも、参加できることがとてもいい・・・話ベたなボク・・・そう、これには助かってもいる。
まあ本当に第三金曜日が来る度に、雨は降るかしら、上がるかしら、やっぱり今夜はダメかと・・・幾分がっかりしている自分に気づくなどと・・・閉じこもり老人?!の思わぬ自己発見をもして・・・そうだ、来年も、可能ならご一緒させていただこうかなと・・・そう、責任あることはできないけど・・・1時間ほど歩くことは、宵ごとのウオーキングの一回分を・・・この夜回りにするだけと、思いもし、昨年29年の10月だったか、お誘いくださったお人にもいいきっかけを頂いたと、こころのなかで感謝した。
・・・東明町は、急坂が多い町、その一周は、なかなか過激?だし、男は老人?ばかり(ごめん)、失礼・・・女性は、お若くて元気(ホント)・・・昨年末は、老婦人がお二人ほどご参加され、内、お一人は足が幾分不自由ながら、この急坂を上り下りされ、それを介添えなさる男性も・・・これには驚きもし、感銘を受けたというのか・・・これも・・・その、息の上がる坂の町・・・を、巡っておられる、それに驚き、敬意さえ覚えた。
そんなこと・・・まあ、身近なところにも感銘というのか感心させられることもあるものだと・・・そして、来年も可能であれば、参加しようと思ったのでした・・・そう、これは、われながら不思議に。まあ、いつ辞めることになるのか、皆目、先のことはわからない・・・膝の故障がもう何年も続いているし・・・急坂はなかなか手ごわい・・・いや足でした・・・怖かったのは。
・・・そう、あのレンブラント?の絵・・・「夜警」・・・の場面(またの名を「バニング・コック隊長率いる火縄銃組合の人々」、・・・あんなに”カッコイイわけではないけど“(ごめん)・・・多分、参加のみなさんは、少なからず、あんな”気概“をお持ちになって、参加されているのだろう・・・と、好きな、あの「絵」を思い浮かべているボクです。(なぜ好きかって?・・・そう、この「夜警」という題名がとてもいい)
そうそう、東明町の皆さん・・・参加してみてください、この坂道歩きに・・・。ええ、夜の坂道の町を、こだわりなく歩けるのは、なかなかの気分ですよ。
|||||||||||||||||||||||||||

・・・さて、新年はどうするのだろう・・・この僕は・・・
12/31/Mon.
先日、お鏡餅の飾りや注連縄をすでに買い置いた・・・これで用意はバンゼン!!!?
昨日30日はお正月の飾り餅や食べ物・・・お鏡餅や雑煮の切り餅(僕は切り餅文化圏・生まれも育ちも)・・・鏡餅は大を一組、中を一組、小を四組・・・大と中は三方に飾った。
そして、おせち・・・これらも。独り暮らしでも一応のことはするようにしている・・・そう、朝だけは・・・元旦だけは。
・・・しかし、これもだんだん億劫になってきている。あと何年続けられるかといったところだ。それに、建物・ガラスの掃除は・・・とうのむかしに辞めた・・・が、あったかくなると思い出したようにすることがある。
・・・そう、老いること・・・ずいぶん以前のことだが、ある文学評論・研究者・・・その老いられたお姿をTVでお見かけしたことがあった・・・その評論を好んで読んでいたボクにはショックだったが・・・それでも、そのスーツ姿に感銘もし、一方で痛ましささえも見た・・・そう、体にそぐわなくなった肩や背・・・着こなし・・・老いとは・・・痛ましい、と思ったし、父の老いた姿をも思い出し悲しくなった・・・そう、母は・・・いや、やめておこう。そうそう、父母の亡くなった歳までには僕は十年ほど・・・それまでは到底生きられそうにない・・・。
・・・老いる・・・それは必然・・・自分にも、ひたひたとその足音が聞こえてくる。背に・・・迫ってくる、来ている・・・体調や発病に・・・追いかけられていることは確かだ・・・追いついてボクの背を捕まえてくれと思うことも度々だ。
この終末をどう生きるのだろうと、予測のつかない、このことに幾分の焦りはある・・・。そして一方・・・どうでもいい・・・世の中そして命、これは、なるようにしかならない・・・一生懸命生きてきたことは生きてきた、命に執着はない・・・なんて、本音とも虚勢とも自分にはわからないが・・・。
・・・これもなるようにしかならない・・・。
でも、早く連れ合いをなくしたことが一番残念だ・・・そう、もう少し、もっと長く、ずううと・・・一緒にいたかった。
・・・妙な流れになった・・・こんなこと書くつもりじゃなかったのに・・・。
一昨日・土曜日の全館掃除はいつも通り済ませた・・・雪降りだった午前中は窓を開けられなくって、午後になったが・・・何とかやり遂げた。そして、今日、今宵・大晦日、最後の掃除は・・・先ほど掃除機を使って食卓回りキッチンを掃除した。寝る前に、居間・階段を掃除すれば、お正月・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
毎月のこと・・・だんだん書くこと・タイプすることが無くなって・・・また、むなしくなって・・・新年も続けられるかどうか自信がない・・・。
そう、十年ほど・・・中休みの一年ほどを除いて、曲がりなりにもタイピングできた・・・。この手段を持つことも出来・・・憎まれ口をほざいても来た・・・。
・・・どうするかなと、この一年・・・月ごとに、月初めに・・・迷っている自分がいることも知っていたが・・・きょう、この2018年の大晦日まで、何とか進んできた・・・。
来年は「元号」が代わる・・・天皇の譲位という思いもかけないこととなって・・・それでも、次代の天皇の存在があること・・・「元号」・・・どんな元号となるのか・・・。
・・・この元号・・・日本の歴史・文化を表現し続けてきたことは確かだ・・・元号が無くなってしまうことがないことを祈ろう・・・。
しかし、本当のことを言うと・・・天皇制は・・・長子の継承が望ましい・・・そう、男女にかかわらず、本当はそうあるべきだと・・・ボクは思う。
・・・ボクが書いた、万葉集の中の“未解読歌の解読”を軸にした研究の読み物・・・『額田王研究』・・・これ、そして千ページ余の大著、重さで勝負してるつもりはない、やはり中身だ、だがこの中身を理解する、万葉集研究者はいそうにないが・・これを書いてきて・・・日本の歴史・文化を語るとき、この必然性・・・元号の存在・・・この必然性は簡単には否定できないと、強く思ったし、女大王(天皇)の存在を支えた飛鳥時代・・・この時代は王権が激昂した時代だと強く感じもし、日本の歴史・文化の基本・基礎、そして・・・国家体制も含め大王(天皇)制も確固たるものに仕立ててきた時代だと思う・・・。飛鳥時代、短くはあったが、ここに推古紀を加え、飛鳥の後の藤原の時代(これも飛鳥時代ではあるが)は合わせてほぼ100年ほど・・・ここには、女大王・女王・・・の存在とそれを支える公卿らの存在があった。
この時代は倭国・倭・大和の国家体制の模索ともいえる時代、倭国の文化の芽生えの時代でもあったし・・・そこは陰謀が渦巻き、王権が激昂し、公卿らが生き残りに命を懸けた時代ではあったけれども・・・大王位の継承を認め、文化の面でも王権の基礎をようやく据え大王と公卿らはそれに応えた時代だったといえる。
女大王を中心に据えた国家・・・これは、国をやや虚弱にはするが、それはまた国を一つにまとめた時代でもあると思う。すなわち政治が純粋になればなるほど女大王の存在は国家を一体にする。
今、これから何十年かの時代・・・この新時代の後の時代が新たな天皇制・・・男子でも女子でも「長子継承」・・・を、国家体制の冠にすべき、転換すべき・・・時だろうと思う。この体制は、平和憲法を掲げ、日本が進むべき道、その新たな道へ踏み出す、絶好機だと思うがいかがだろう。
・・・いまの、政治体制を昭和憲法の下に問い直すには絶好の時だと考えるが、いま、世間の憲法・政治学者も、政治家と自任しているらしい輩も、この国家体制を考えることに対しいては無関心のようだ・・・これは、彼らに、国家の未来へ向ける心根が存在していないことを意味する。そう、未来を見据えないで、目先の権力志向にばかりに目を向けている輩が、国を牛耳っているこの日本・・・ここで、譲位を決意した天皇は、もう一言・・・男子でも女子でも「長子継承」・・・を、提唱されるべき時だと思う。
国家の行く末を危うくしている・・・政治家たちの愚昧さを憂い残念に思う。
この薄学の(博学ではありませんよ・・・)ボクでさえ考えているのに。
・・・こんなボクだけど・・・じつは日常は、西暦を使って、元号はあまり使わないでいる・・・。
・・・そうそう・・・『額田王研究』・・・無名の著者・ボク・・・(でも、この本、なかなかいいですよ、確かに解読した歌・・・)これ、流通にのせる方法も知らなくて、方法もよくわからなくて、苦戦している・・・よき方法などありましたら教えてください・・・あるいはよき出版社をご紹介いただければ幸いです・・・。
そう、ボクはスマホは使っていないし、パソコンのメールも実際は操作がわからないし、時間もない、そして、ファックスも故障をきっかけに使わなくなって・・・ただ、固定電話だけは壊れたけど新しくした。そう、留守の時もあるけど、どうかこの電話で、いろいろ教えてください・・・。
・・・なんだか、妙な方向に進んで、とめどなくなった。これも、いつものことだけど。
さて、新年はどうするのだろう・・・この僕は・・・。
・・・とにかく大晦日のご挨拶・・・今年もいろいろとありがとうございました 貴方様には新年もさらにご健康でよき歳となりますように・・・
|||||||||||||||||||||||||||


 

| HITBIT | 23:20 | - | trackbacks(0) |
HITBIT 心もよう vol-105 November 2018

HITBIT[心もよう]vol-106  November 2018
11月に入って気温がずいぶん下がって・・・秋を通り過ぎ、すでに初冬の雰囲気のようです。
10月末からの曇りがちな空模様、弱くなった日差し・・・それに、日没が4時半ごろと昼間がめっきり短くなって・・・、それに、紅葉が、目の前の里山や街路樹・・・それらの“紅葉ぶり”に異変というのか、枯れ色が混じったような・・・弱弱しさがみられる。ことに街路樹のトウカエデに。
今年は台風が多くて、その風と雨・・・海水を吸い上げ内陸まで運んできたのか、その塩のせい・大げさだけど、思わぬ塩害?・・・ニュースでは送電線に塩害で漏電が生じたのか出火が起きたといっていたが、街路樹のトウカエデ・・・名古屋のこんなところまで・・・なんて・・・と、そんな想像と思いが、少なからずしている・・・。
・・・これまで毎年・・・夏が終わって秋がやってくる・・・それから冬が・・・と、この当然と思っていたことに異変を感じる・・・その夏の終わり方に、秋のやってくる様子に・・・なんだか緩やかなつながりがない・・・唐突なのだ。あるいは邪魔者が入り込んだかのよう・・・自然のいたずらか・・・夏の終わりと、性急な冬のはじまり・・・今年の季節の変わり目。・・・と思っていたが、四五日前から、紅葉が美しく、らしくなった、そう、秋らしく。この間に雨降りが二日、これによって、街路樹のトウカエデそれにハゼノキも一気に紅葉が進んだ・・・雨が紅葉をよみがえらせ、美しくなった。・・・これを書いたのは11月7日。
・・・寒くさえ感じる室温・・・先日、ホットカーペットのスイッチを入れても温かさが感じられない・・・なんど試しても・・・もう三日ほど、やはり反応がない、パイロットランプは点いているのに?
故障かしら、もう、だめかしら・・・買い替え???そう言えば、この夏のはじめ、扇風機・・・緑色のスタンド型扇風機がついに動かなくなった・・・数年前から羽根の回転が不安定になっていたが・・・残念ながら粗大ごみへ・・・。
このホットカーペットも同じころの購入・・・そう、古くなり過ぎたかこれも・・・次の粗大ごみの回収日、そのお願いすることになるのだろうか。
・・・古くなる・・・これを人などの生き物では・・・老い、老体に鞭打ちとか、老木が頑張ってる・・・なんていう、そう、老い、寿命ということ。
なんでも、古くなる、変化する、老化する・・・酸化なんていうこともある。疲労骨折とも、老いる、年月を重ねる、いろいろなことを経験する・・・そう、この歳月を経る・・・その途中・・・そこが、人で言えば人生か。
そう、人生・・・その過程で、あまりにもいろいろと経験する・・・僕なんか、いろいろありすぎて・・・次々と、降りかかってきて・・・耐えがたいことが多い・・・が、それに比べて愉快・楽しい・感激・・・なんてことは少ない。
・・・殊にこのリュウは、なんて不運続き・・・間が悪いのかしら、なんて思ったりもする・・・。
全くの不運続き・苦労続き・・・それでも、そんな人生でも・・・時には、ふと、瞬間にしても、感じる喜び、感激・・・大げさかもしれないが・・・風景や人のかかわった光景、人を含めた生き物の声・鳴き声・・・そうそう、幼児の声、叫び声や話声,泣き声・・・呼び声、このよび声なんか・・・ぱぱーぁ・・・ママーァ・・・まってー・・・なんて、よく聞く・・・道路の向こうの歩道・・・殊に女の児?・・・聞いてても、というより聞こえてきても・・・と、いうべきかも・・・その口ぶりに、その母親のくちぶりなんか想像できてしまう・・・。そんな幼児の声・・・これなんか、僕にとっては宝物みたいに思える・・・そして、そんなとき、この世の幼児はみんな僕の孫と・・・思い、いとおしくなる・・・そう、声だけ・・・それだけで、この独り者の心に・・・じわーっと・・・そう、心が熱くなって・・・あ-あっ、人間ていいなあーっ・・・て、思う。
そんなもの、瞬間のこと・・・アッという間もなく通り過ぎていくこと・・・あるいは、月光・月齢・日の光の移り行く様・雲の流れいく様・かたちがかわりいく様子・星座・ふと感じる風・・・雨の音や、木の葉が風に鳴る・・・夜遅く、落ち葉を鳴らして人が行き過ぎる・・・春の花のかおり・・・紅葉・目も前の里山、都会に飲み込まれたこの里山の存在とその四季・・・風花・・・なんて、雪のちらつきも、雪虫なんていうのもある・・・と、思わぬ瞬間や時の流れの中で・・・心に残ること、残っていること・・・がある。
・・・そう、こうした感性・・・これ、この僕を生み育ててくれた父母・・・そう、いってしまった連れ合い・・・そのおかげなのだろうと・・・よく思う・・・祖母・・・そのふとした・・・何となくぎこちない、それでいて、ふとした慈しみ・・・その気配、所作・・・こんなこともよく思い出す・・・そう、この感性の湿り気があるこの心に・・・。
・・・こうして、独り生きていること・・・病弱だった母の、それを支えた父の・・・僕を含めた子供たちと・・・思い出・・・最近、絶えず思い出すさまざまな・・・こと。
・・・????・・・。
・・・それを思えば、つらいことや悲しいこと、苦痛や痛み・・・そのことよりも・・・心に触れた、あるいは触れていった、何かが残していった・・・些細な喜び、うれしいこと楽しかったことの方が・・・このリュウでさえ、ずうっと多い。だから、こうして、ささやかでも、弱弱しくても・・・生きていられるのかしら。
|||||||||||||||||||||||||||

===目次===
11/07  ・・・一週間が、新幹線がすれ違うように、一瞬に・・・
11/09  ・・・そう、基本へ戻ります・・・
11/12  ・・・ハゼノキの紅葉・・・
11/20  ・・・こうした身近な紅葉の風景も捨てがたい・・・
11/30  ・・・そう、もう絶望的・この国・・・
|||||||||||||||||||||||||||

・・・一週間が、新幹線がすれ違うように、一瞬に・・・
11/07/Wed.
書き込みをしないで一気に11月半ばちかくまで来てしまった・・・スギテシマッタ・・・過ごしてしまった・・・ここのところ一週間が、新幹線がすれ違うように、一気に、一瞬に・・・行きすぎてしまう。
なんて早いんだとあきれるほど・・・行きすぎていく。これを実感するのは、土曜日ごとの掃除・・・日々の居間の掃除以外の・・・まあ、広くもない家、これは敷地が狭い故・・・縦に部屋を重ねた・・・階数だけ普通より多い住まい・・・そんな住まい故の・・・上り下りする頻度が高い階段の多い家・・・そのせいで、日常は居間食事キッチンのこのフロアーのみ・・・その各フロアーを掃除する土曜日・・・めぐりくる速さ・・・まあ、一週間という単位じゃなくって・・・一ヵ月・・・半年、一年と・・・過ぎ行く、このスピード・・・。
亡くなった人たちのその回忌・・・これも、ふと思い出すと・・・ええっ、そんなになるのって・・・その、法要も簡単というのか・・・リュウのお経で済ませてしまう・・・そう、いい加減にと言われても仕方のないこと・・・。
・・・去るもの日々に疎し・・・というけれど・・・この生真面目なリュウ?さえ・・・月日は百代の過客(かかく‐来訪した人・来客・行き来の人・旅人‐芭蕉・奥の細道)の如しと・・・芭蕉さんもいいました。そう、年月が癒すともいいますが、年月はまた忘却も誘います・・・。これ、致し方ない(すぐ自分を許してしまう・・・悪い癖)・・・残されたものは、老いていく・・・亡くなった人は、あの時の年齢のままなのに・・・なんて、自分を偽るというのか、許してしまう・・・言い訳をしていることに気づかないまま・・・すべきことを、しない、やらずに済ませる。
・・・これを一応反省するが、反省の行動をとらないで済ませる・・・。そう、ごまかしてしまう・・・心も行動も・・・自分に都合のよいように・・・これでは反省とは言えない・・・反省にはならない・・・か。
・・・とにかくゴメンナサイ・・・。
|||||||||||||||||||||||||||

・・・そう、基本へ戻ります・・・
11/08/Fri.
雨のち曇りだった今日、二ヵ月ぶりに京都へ、雨の中を出かけた・・・帰りは、雨はやんで・・・といっても、とんぼ返り・・・逝ってしまった人たちに、ちょいと一言・・・まあ、声をかけに・・・というのか、日ごろは、位牌に向かって一言二言・・・独りごとを言っているが・・・それを、わざわざ京都まで出かけて、つぶやいてくる・・・。
ご苦労様・・・。
なんとバカゲタこと・・・とも思う。せっかく京都まで出かけ・・・親鸞さんの御廟と、お隣の八坂神社と、ちょいと離れた辰巳稲荷・・・ここは外さないが・・・前回は、本山へ・・・猛烈な暑さの中・・・御堂の畳の上、あるいは庇の縁に・・・緩やかに吹き抜けていく風に・・・救われた思いで、長い時間を過ごしてきたが・・・今回は特別どこへもよらず、帰ってきてしまった。お土産は駐車場へ戻る途中、四条通から露地をちょいと入った”甘泉堂“の五色最中・・・ここは、定番・・・だけど夏場は作っておらず、大津サービスエリアで生八つ橋・・・と、お土産。
このお土産も一日二日、仏前へお供え・・・その後、冷凍庫へ・・・いただくのをすっかり忘れることもある・・・。
・・・まあ、実際、何処へ行きたい・あれを見に行きたい、これを聴きに行きたいということ・・・そう、興味、その対象が希薄になってしまった・・・いわば、途方に暮れた状況が過ぎて、放心状態・・・野っ原にポツンと独り取り残されて・・・何に向かって、どっちへ向かって・・・などと。
???いうなれば自分一人で行動することのむなしさ・・・が、常に付きまとっている。だから、家にいて何かをすること・・・これが一番多い。この間まで『額田王研究』この何度目かの校正に没入???してきて、時間を浪費???
今は、やはり毎日タイピング・・・しかしこれが、なかなかの難物・・・テーマは決めたが・・・出だしから、遅々として進まないでいる。最初の壁、これを突き抜ければ・・・と,頑張っているのだが、言葉の世界は難しい。
前回は、まず本題の解決から入って後に全体を柔らかく物語で包んだのだが・・・と、ここまで書いて・・・そう、先のやり方、進め方をやってみようと・・・ふと思った。
・・・そう、そんなに焦らないで、一つ一つを解決しつつ、全体の骨格を作っていこう・・・。そう、基本へ戻ります。
|||||||||||||||||||||||||||

・・・ハゼノキの紅葉・・・
11/12/Mon.
街路樹のトウカエデの紅葉ぶりがなんだか変だ。様子がおかしい・・・紅葉が進み終わらない間に、枯れ色に変わってしまう・・・いわば、病葉(わくらば)の状態・・・もちろん、それなりに紅葉を続け???完全に使命を果たす???そう、鑑賞に堪えるということ・・・そんなことは木自体には関係ないことながら、季節ごとに楽しみにしている僕のようなものには、木々の一本一本に期待してしまっている・・・それが目の前で”へたり込んで”病葉になって散りもせず枯葉病葉をまとっている姿は見るに堪えない。木としての年ごとにやり遂げなくてはならない、そう、生きていることのサイクルとそこに進歩・・・これは人の使命と同じこと、大げさだけど・・・期待される度合いはそれぞれ異なるのだろうが・・・。
でも、この紅葉の季節・・・うれしいこともある。我が家の正面、道路越しの斜面の下の方のハゼノキが、毎年成長しつつ、年毎に濃緑の葉を茂らせ、秋になると枝ごとに紅葉の“まだら”・・・変な言い方だろうが、樹形のあちこちから”真っ赤な斑“が出来・・・10日もすると、一晩で木全体が紅葉する・・・その瞬間?の紅葉は”赤黒”に近い。このころの紅葉は、他の紅葉する木々に比べ・・・異色・・・本当に異色・異なって、森の中で孤立しつつ、いやに、自らを主張している・・・それは、異端・・・受け入れられず、自らが孤立・・・この雰囲気、なんだか”怒っている“自らを・・・そんな雰囲気・・・確かに異様でもある・・・しかし、数日・一週間と進むにつけ、やや赤みが増して、他の紅葉に幾分なじんでくる・・・。
この”櫨・はぜ“の初期の紅葉・・・“赤黒”・・・赤に墨を混ぜ込んだような、その漆色の赤黒・つや消しの赤黒・・・この赤は、暗い新月の頃・・・意外にしっとりと・・・するのだろうと想像する、そう、この道路の街路灯・・・今年の初夏には、水銀灯からLED灯に付け替えられたが・・・この明かりがない状態を想像すると・・・日本の色“赤黒”・・・そんな、闇に潜んで・・・落ち着きのある、深みのある色・・・と、いえるのかも。
そしてもう一つ、ハゼノキ・櫨・・・これを、この森の中に新たに2本見つけた・・・。少し離れたところ、森が深くなった中腹・・・そこに離れて、一本ずつあるのを見つけた。紅葉の季節だから可能なこと・・・多分長年かかって、周りの木を“しのぎ・凌ぎ”自分の姿を現した・・・茂みの中の格闘・・・まだ樹形は小さいが、それでも紅葉し、自分を主張している。やはり、一種独特な紅葉だ。
|||||||||||||||||||||||||||

・・・こうした身近な紅葉の風景も捨てがたい・・・
11/20/Mon.
紅葉が進み落葉が続く・・・ハゼノキなんか、紅葉したと喜んだ途端、落葉が始まり葉群らに隙間が・・・というよりも隙間がまだらに広がって・・・あの濃く深い緑、やや異様な緑色・・・???その存在感のある樹形が・・・貧相になって、そう、僕の頭の髪の薄くなった様子・・・その情けなさ?!・・・本当だ、この気持ちは・・・。ことに、夏が終わるころから秋口・・・ふと気づくと・・・鏡の中の頭のやせ細った冬の風景にドキッとさせられる。そう、この数年・・・ことに。
ととっと・・・紅葉のことだった・・・そう、紅葉ばかりでなく黄葉・・・街路樹のイチョウ・・・これは、宵ごとのウオーキング時にその黄色というのか黄金色というのか・・・建物の看板の明かりや街路灯のナトリウム光線それに水銀灯・・・そして最近付け替えが進むLED街灯・・・それ等がこの黄色を逆行や順光に浮かびあがらせる。
・・・ことに、星ヶ丘三越のレンガ色の北面の外壁をバックにした立ち姿、そう、広い道路を隔てた北側のイチョウノ街路樹、これを、歩道の北、コンビニの駐車場からの眺めル、さらにやや西へ行って歩道上から振り返る、この斜めの夜景・・・。その天を突くように端正な姿も毎年のことながら見事だ。枝をあまり広げず、すっくと立つ・・・これ。街路樹用につくられた新しい種類なのだろうか・・・かつてのたおやかな枝ぶりとは違った姿だが、これもなかなかいい。
さらに里山の森のなかには様々な広葉樹・・・名前を知らない木々・・・喬木のコナラの林などがそろそろ色づき始めた・・・その黄色を背景にして、赤松のやわらかな緑の枝々が際立って、その姿の美しさに改めて見とれた。
そう、忘れていた・・・スポーツセンターの西、その新池というグランドピアノ型した遊水池の西側の岸辺、その堤の斜面のトウカエデの自生の群れが水面に覆いかぶさるような斜めに傾いたその姿・・・これが何ともいえない綾錦・・・ちょっと古い表現だけど・・・色がいろいろ??毎年やや遅くだが本当にいい紅葉ぶりを見せる。
バスで出かけた帰りのバスの右側の席から眺められるこの景色、やや遠めだが・・・自分の運転ではない、お任せのバスのことだから鑑賞できる紅葉の風景。ええ、これは絶品???絶景・・・捨てがたい。
・・・こうして、注意して四季の風景を見ていると、自然の姿に感動や癒されるというのだろう・・・こんなふとした・・・心に感じる一瞬がある・・・。また我が家の前のトウカエデの街路樹の並木の紅葉・・・これに目を止め、車を止め、自転車を止め、歩みを止め・・・スマホでパチリ・・・なんていう、人の風景もなかなかいいものだ。このバス通りもLED街灯になって・・・電線や街路樹の枯れ枝のすがた・・・その線状の影が・・・アスファルトの歩道に写る姿が変わった・・・そう、光源が一灯からLEDをライン上に並べた複数列になってできた影・・・これが線状のものの影を複数列の光源に数に並べて路面に写す・・・これは、この時代を新しく映していると・・・大げさだけど・・・感じた次第です???
そう、名所の紅葉もいいには違いないけど・・・こうした身近な紅葉の風景も捨てがたい。・・・そう、四季それぞれもね。
|||||||||||||||||||||||||||

・・・そう、もう絶望的・この国・・・
11/30/Fri.
曇り空から日差しが出て・・・窓の向こうの里山の黄葉・・・このコナラの林の見事な黄葉とその間に間に紅葉が、そして樫の濃い艶やかな緑と・・・気温が下がって・・・ようやく秋らしい風景となった・・・そして街路樹のトウカエデは・・・もう、お仕舞・・・落葉・・・幹線道路・・・表通りのイチョウも・・・ウオーキングの歩道に散ったイチョウの落ち葉・・・なぜか今年は、その葉がみな小さい・・・そして、落ちた銀杏も、小さい・・・そしてその銀杏の果肉の腐っていくにおいも無い・・・。今年は、この銀杏に見るように・・・イチョウに見える、毎年と違った様子・・・何かが変だ・・・。この高温続きだった異常な夏・・・40℃越えの日もあった今年の夏・・・そんなのが影響したのかしら・・・そう、人工物の中に置かれた・植えられたイチョウ・・・は、その異常を最もよく表しているのかも・・・。
・・・ここ数日、やや暖かい日が続いた・・・ありがたい・・・そう、小春日和・・・そんな風に言うことも今日で終わり??・・・明日から12月・・・小春日和は???12月では使わないかしら・・・でも陰暦の十月はまだ続く、そう、一週間ほど・・・きょうは11月23日・・・。辞書を引く・・・この前も辞書を引いたのに・・・その陰暦十月に入ったころ・・・今度は、陰暦の終わりを確認か・・・。とにかく、陰暦の十月中は使ってよさそうだ・・・(陰暦十月の異称・・・そう、日本では昔は陰暦だったから・・・当然か)。
こんなのんきなこと言ってはおれない・・・膝もとまで・・・軍国主義がやってきた。
・・・アベが牙を剥いた・・・と・・・そう、あの多目的揚陸艦・ヘリ空母・出雲・・・その改修を始めると・・・垂直離着陸戦闘機・・・そのために・・・牙を剥いた・・・これ、何かおキャスターが言っていった・・・確かに、これは、国民に牙を剥いたのだ・・・アベ・・・それを仕掛けた・・・ナカタニ・・・にんまり・・・汚いものら・・・これは、昔風にいえば国賊・・・昔風に言わなくたって・・・国民を欺き、米国へおべっかを使う・・・牙を剥いた・・・これは、確かだと思う・・・うそを言ってきたのだから・・・アベは。
・・・居直った・・・居座った・・・その、極右的独裁的専制的軍国主義の嘘つきヤロウ―たち・・・。
・・・ウソという鳥にも劣る・・・この国の政治屋ども・・・そう、もう絶望的・この国。
僕は、オリンピック・万博・・・反対です・・・この・・・観光客とやらで騒々しくなった・・・観光公害というのだそうな・・・そうすでに20年近く以前から・・・こんな傾向でした・・・僕にとっては・・・そう、好きな京都・奈良が・・・外国人で・・・あふれてました。清水坂が登り大路が・・・。
・・・そう、願うこと・・・「落ち着きある人の国・日本」・・・を。そう、風景も。
・・・今月11月・・・あまり書けませんでした・・・。
おとな喘息・・・悪化中・・・。視力・・・悪化中。基礎体力・・・減少中。
体調・思考力・・・なくなってきました・・・すべて・・・悪化中。
|||||||||||||||||||||||||||
・・・ミスタイピング、校正漏れ・・・多く、すみません。お元気で・・・師走になります,心せわしくなりますが・・・安全第一、健康第一、御身大事第一・・・ええっ!お金第一ですって?!・・・そうかもしれません・・・宝くじ当たりたい・・・。
|||||||||||||||||||||||||||


 

| HITBIT | 11:46 | - | trackbacks(0) |
HITBIT 心もよう vol-104 October 2018

HITBIT[心もよう]vol-104 October 2018
このBLOG・・・途絶え途絶へ・・・そう、息も絶え絶え・・・にしても、何とか続いています。同じようなことを書きつらね・・・あなたには食傷気味?でしょうか。
・・・台風・・・これが先島の島々に近づき西南西にそして北西へと向かっていた矛先が一気に北東へと変わり、沖縄・奄美に沿って・・・四国そして本州へと・・・さらに、列島の中心部を一直線に突き進んで新潟あたりで、日本海上へ出てさらに東北北海道へと突進していく・・・このすさまじさ・・・24号台風は、本州に乗り上げると・・・時速96劼箸・・・ものすごいスピード・・・これ自体秒速26.6メートル・・・これに台風の渦自体の持つ風の力が加わって・・・さらにそれが渦巻いて・・・さらにその渦の東側の地位域は猛烈な風・・・と、妙なことを思いめぐらす。ええ、でもこうして90劼鯆兇─高速道路を制制限速度いっぱいで突っ走るトラックが台風となって、群れとなって、階層を成して突き進む、ええ、バカなことを考えてみるのですが・・・その風圧・・・それはトラック一台分が巻き起こす風の何万倍の暴風域・・・それが何層にもなって・・・わからなくなってきたが・・・とにかく何万台という高速道路を90勸幣紊覗るトラックのめちゃくちゃな数の塊・・・そのトラック群が雨の中をスリップして、すっ飛んでいく・・・台風の渦・・・そんな、ええ、暴風域・・・。
何ともまあ・・・馬鹿な事を電卓で、わけもわからなく、はじいてみる・・・そんなことまでやってみた・・・結局は何もわからなく・・・やめてしまったが・・・。
・・・そう、こんな愚かなことを、日常の中でやっているから・・・社会と隔絶・・・とり起こされていく・・・。・・・望むところだけど・・・遠心力で弾き飛ばされていくのは・・・この愚かなオレです。
それにしてもあわただしく危険だった、そう、“命の危険を体現して見せた平成30年の8月と9月”の自然の脅威・・・この平成30年・来年からの元号はなんとなるのかしら?・・・とにかく、なんとまあ、なすすべなく過ぎ去った2か月でした・・・。ええ、今年の流行語にしたい”命の危険“、これ、こんな言葉が日常的にラジオから飛び出してきたこの夏・・・完全な受け身・・・抵抗なんてできない・・・徒手空拳ああ、あののどかな麦わら帽子・ランニングシャツ・パンツとゴム草履、虫取り網を手に野をかける、その背景の空に丸っこい逆さ房状の入道雲さらにその背後の青い空・・・そんな、絵日記的な穏やかな夏・夏休み・・・だけど、今は幻想となった夏の風景・・・どこへ行ったの・・・そして、そんな子供たちもまた、この日本の夏の風景から消えて行って・・・冷房の図書館へ・・・大人はデパートやスーパーマーケットへ・・・そして、その日の40℃越えの誇らしげな看板がむなしく日本の街々に立ち並ぶ・・・巨大な温度計とともに・・・人っ子一人いない・・・灼熱の街頭・・・この廃墟のような街・・・これは、戯言を言っている場合じゃなく・・・そう、来年もこの日本列島を襲うことになる。
これがただのバカげた幻想・・・頭のいかれた老人のたわごと・・・嘲笑の渦が過ぎ去った後にポツンと取り残されたオレ・・・そしてそこは日陰一つない・・・街頭の広場・・・か。足元のコンクリートのブロックへつらって、ほほを伝い、あごから、鼻の頭から、噴き出した汗が・・・ポタポタと落ち黒くにじませるが・・・それもつかの間・・・。
・・・ああ、みんなどこへ行ってしまったの・・・?!?!?!?!?!
|||||||||||||||||||||||||||

===目次===
10/01  ・・・災害専用バンドとチャンネルが、なぜ存在しないのだろう・・・
10/02  ・・・“進化への希求”という人の“知”が持った“罪”・・・
10/04  ・・・日々、食のことに向き合っているからかしら?・・・
10/07  ・・・人は危険に満ちた密集にあこがれ都会を目指す・・・
10/09  ・・・ARGT・・・不調・・・?
10/10  ・・・そう、次の元号は・・・?
10/18  ・・・思い出・女子Mさんと和風荘の人たち・・・?
10/19  ・・・総理大臣の詭弁や本音が、国家を危うくしている日本・・・
10/26  ・・・アベのツヨキノコトバ、日本ガアヤブマレル・・・
10/29  ・・・ビールみたいにキンキンに冷やされていく手足・・・
|||||||||||||||||||||||||||

・・・災害専用バンドとチャンネルが、なぜ存在しないのだろう・・・
10/01/Mon.
昨日9月30日、日中は全く静か・・・そう、嵐の前の静けさ・・・そのものだったが、宵が深けるにしたがって緊張が高まってきた・・・ラジオからは、24号台風の位置情報、進路予測が流れる。それに台風25号がマリアナ諸島で発生とも・・・なんとまあ、あわただしいこと・・・と感心そして、心の底の恐怖???空路はもちろん陸の鉄道そして高速道路・・・次々と、運行取りやめ、通行止め・・・と、さらに早めの帰宅を促す・・・。そして、計画運休なんて言うそのことに戸惑い?
放送・・・そのラジオ・・・本来の番組はバラエティ番組なのだろうか、にぎやかで節操のない放送???・・・そう思ったのは確か・・・その番組に割って入っての台風の状況の放送・それに定時ニュース・・・と、落ち着かない・・・。
そう、ラジオ・TVともに、この災害頻発国日本に・・・ニュースと気象情報・船舶航空機への気象通報・交通情報・・・の、専用バンドとチャンネルが、なぜ存在しないのだろう・・・ここのところの、地震と台風の頻発・・・そんな放送を聴いていての実感だ。
・・・世間知らずの僕、それがこうして不満げなことを口にするのは憚られるが・・・これは、俺だけが知らないだけのことで、実際には専用バンドとTVチャンネルが存在するのかもしれない・・・。
枕元の古いラジオ・・・かつては、3チャンネル分のTV音声も聞けたが、最近は受信できなくなった・・・何かの機能が変わったなとは思うが・・・とにかく、何もかもが変わっていくこの世の中・・・世間と距離を置くように暮らしてきたが、その度合いがどんどん大きくなる・・・もちろん、これは自業自得。
・・・まあ、それにしても、今朝・今日・・・は、なんと平穏・涼しく、静か・・・か。
・・・先の21号だったかな、その台風では、多くの木々の落ち葉や枯れ枝それにひ弱な枝などと・・・歩道を埋めていて、台風の去った翌日、落ち葉が“しおれる”のを待って、夕方に奮起して歩道の大掃除をやったが、昨日の27号大風ではわずかなもの・・・朝早く起きて、掃除を覚悟で表へ出てみたが・・・拍子抜けと、”ほっと“した心地。
そう、落ち葉や枯れ枝それにひ弱な枝など・・・幹から引きちぎられ、飛散し積もった・・・こうして台風・大風が森や林の・・・年に一度、数年に一度の大掃除・・・木々の余分な葉や枝を叩き落し、あるいは虫なども吹き落としてくれているのかもと・・・そう、稲が育ち花をつけるころの雷・稲妻が・・・その稲に付く虫を退治すると・・・もちろん稲の花を吹き散らしては・・・不作となるが・・・そんな効用というのか威力があるというが・・・恐ろしい台風・大風にも・・・自然の摂理とまで言わなくとも・・・その生命の循環の一役を台風・大風が担っているのだなと・・・改めて感心する。
|||||||||||||||||||||||||||

・・・“進化への希求”という人の“知”が持った“罪”・・・
10/02/Tue.
・・・昨日の続きのようだが、こうして台風がたてつづけにやってきて思うことに、木々の枯れ枝やひ弱な若枝・・・それに立ち枯れの木が台風によって引きちぎられ、なぎ倒されて・・・一種の掃除がされていく。そう、こうした大風・台風なり季節風なりが吹き荒れ、よわいもの枯れたものが振り分けられて消え去る・・・自然界には、感情を込めないで容赦のない”掃除“のようなことが次々と起きていく。
ところが、人の世界ではその弱者ともいえる人の危機に、他者が自然の強引な淘汰の力に様々な方法で抵抗をし、助け合っている。
ただ、ここには創造主が仕掛けられた”人の命の限界・寿命“それが、いくらかの限界の違いをなしつつも厳粛に実行され、生が絶たれていく。
・・・人とは哀しく面白いものだ・・・しかし、そんな”助け合っているもの“が、国、国境というものが異なるだけで・争い・侵略・をする。それは、人以外の動物界での縄張りというものを守ろうというのだろうか・・・そこに子孫を生す本能なのだろう・・・その境界、縄張りと群れという動物の生きる本能の根本的な意味・・・多分、そうなのだろう本能、ことに、同じ種の間における縄張り・・・そこに君臨する”雄“・・・その、成りあがった雄として、成り上げってくるものを排除しつつ”守り、戦い続ける“これ・・・そして、老いてあるいは傷ついて・・・去る。その末路の死があるのだろう。
・・・それにしても、人の世界ではその弱者ともいえる人の危機に、他者が自然の強引な淘汰の力に様々な方法で抵抗をし、助け合っている・・・これが人間としての”善”なのだろう・・・ここまでは、人以外の動物の世界と同じ・・・種の中における、さらにその中の家族・族の一人・・・しかし、このつながりが、人種や国境があることによって・・・紛争・戦争・・・という“なぜいがみ合うのか”理解しかねる日常・・・その、人間としての”善”なのだろうそれを忘れた・・・紛争・戦争・・・。
・・・これ、このことが動物の頃の縄張りの記憶・・・として、人間に表出するのか。
・・・しかし、人としての自然界における一つの“種”のはずなのに・・・言葉や皮膚の色の違いや同じ人間の間での殺戮・・・紛争・戦争・・・を、始めてしまう・・・やってしまう・・・その“愚か”ともいう命の消耗・・・。これは縄張りと子孫の保持・・・という、生き物としての根源性を逸脱、動物とは違った・・・殺戮・・・紛争・戦争・・・という、結果への恐ろしい過程を引き起こすこれ・・・これが、創造主が人に仕掛けた現在をこえた・・・人の為した自己創造・・・これは、人の危機に、他者が自然の強引な淘汰の力に様々な方法で抵抗をし、助け合っている・・・その対極として、創造主の思惑から逸脱し発展してしまった、人が新たに作り出した・・・”善“と”悪“・・・結果として”罪“を背負ってしまった”人“という”もの“なのだろうか・・・。
そう、人が人を殺すという・・・“精神の敗退”・・・“人としての敗退”・・・それが、戦争と武器・・・その究極の・・・”原爆”核兵器・大量殺戮の武器・・・どうしてもこれを止められなかった・・・創造主をしても止められなかった・・・そう、この人の世界ではその弱者ともいえる人の危機に、他者が自然の強引な淘汰の力に様々な方法で抵抗をし、助け合っている・・・という、善の行為の裏にある人というものの、創造主が予想もしなかった・・・“進化、いや進歩への希求”という人の“知”が持った“罪”だった、これこそが、原罪なのかしら・・・と、考え考えしつつタイピングをし・・・おぼつかなくも考えた。
|||||||||||||||||||||||||||

・・・日々、食のことに向き合っているからかしら?・・・
10/04/Thu.
・・・体調が芳しくない・・・短い周期で手のひらを反すように、好調と不調が入れ変わる。何とも手におえない・・・自分のことなのに?
そんな不調・・・ベッドを抜け出せない・・・疲れが寝ている間に体中に溜まっているのだろうか・・・疲れに押しつぶされそう・・・心も・・・朝が来る度に。
今朝もそうだった・・・しかし、なぜか、何か月も気になっていたキッチンのコンロの油じみ・汚れ、それにカウンターの汚れも・・・それを、意味・気力も無く始めて、先ほど済ませた。1時間を少し超えるほど・・・腰と背筋が痛くなって・・・このこと、キッチンのカウンターの掃除、これに気づいた、自分自身が不思議・・・ここに今はあるオレ。
・・・考えてみると、何か月もといっても二か月ほど伸ばし、ほったらかしにしてきた、気が付きながら・・・それが、自分自身のなかに“わだかまり”・・・罪の意識?それほどでもないのだろうが・・・となって蓄積・・・この小心者の心へ圧力をかけ続けてきたのだろう・・・そう、こうして”やり終えて”みると・・・疲れたにもかかわらず、パソコンを起動して、こうしてタイピングする気力を呼び起こしている。
・・・構想を練っている”今の課題“・・・もう半年いや一年以上もまとまりなく心の底に溜まってきた、それへ・・・少しだが、この立ち仕事の間に・・・先日来のいくつも心に沸いたこと”ひらめき”が、まとまりを成してきたのだろうか・・・心の底が少しクリアーになって軽くなったような・・・そんな、心地になった。いい具合にまとまっていくとよいのだが・・・。
・・・そう言えば、建築設計・・・その構想を練る時・・・いつも拝聴を崩していた。
自分自身の記の小ささ、繊細というと聞こえもいいが・・・能力のなさに、押しひしがれていたのかもしれない・・・そう、今思えば・・・。
・・・先ほどから雨音がし始めた・・・昨日の天気予報では、今日から四五日、雨降りが続くそうだ・・・。降ったりやんだり・・・。
夏が去りつつある今・・・こうして度々の台風と幾日も続く雨降り・・・台風と長雨・・・秋を前にして・・・こんなことがあったのだろうか・・・過去に?
・・・農家はお米の取入れ、野菜の取入れ、果物の収穫・・・たぶん、取入れや収穫には・・・日差しがしばらく続くことが必要だろうに(こんなことを思うのは、今の自分が主夫であること、そう、日々、食のことに向き合っているからかしら?)・・・そう、かつてサツマイモ農園へ芋堀に出かけた・・・数年続けたが・・・そんな芋畑でさえ・・・土が乾いた気配・・・少しの湿り気はあるがパサパサとした土の感触・・・その畝の芋堀の楽しさ・・・土の湿り具合、乾き具合・・・そう、小さなショベルにくっつかない程の・・・農家は、そして漁業者にしても、この連日荒れる海・・・やはり天候が気が気ではないのではないのかしら・・・。
|||||||||||||||||||||||||||

・・・人は危険に満ちた密集にあこがれ都会を目指す・・・
10/07/Sun.
・・・天災が多い・・・と、思う。
とはいえ、風水害や地震に対しての研究もなされていているし・・・実際の対策もがなされてきている。
僕はここ10年ほど古事記や日本書紀を読む機会が多いが・・・その記事には今日以上に様々な天災が頻繁に起きていた記録が出てくる・・・これに加えて、今日ではあまり体験しない、奇怪な現象もが、自然や日常生活・・・例えば宮廷生活に、貴族の生活における怨霊の跋扈や氏族間の殺し合いといったことが日常茶飯時に起きている。
・・・そう、この日本の古代に・・・まあ、今日的な日本では考えられないような悲惨で、凄惨・・・血なまぐさいことが・・・繰り返し繰り返し起きる。
古事記・日本書紀・・・これはいわば国記に載っていること・・・そのほとんどの記事は・・・大王を中心とした記事ではあるし、またその周り、いわば支配者間に起きたことがほとんどであるけれど・・・そこにおける自然現象、災害は・・・これは大王以下浮浪のものにまで差別なく降りかかる・・・自然現象だ。
・・・そんなところから想像できる悲惨なもの・・・今日の日本ではあまり考えられないものに・・・旱魃(かんばつ)・・・がある・・・そう、日照りが続き川や溜池の水が無くなり・・・作物がやけ枯れる・・・なんてこと・・・それに巷が翻弄され、神がかったものが神に祈るに際して・・・牛馬をささげるなどということが起き・・・支配者がこれに驚き・・・いわば、官制の呪祈・・・大王が祈る・・・天つ神に・・・その雨乞いの斎祀が執り行われる・・・なんてこともあったようだ・・・。この旱魃によって初めに犠牲になるのは・・・社会の最下層・・・浮浪の者・・・支配者にはその有様が気にも留められなく・・・対策や救済の対象ともならない者たち・・・この者らがまず犠牲になる・・・その有様は、飢饉時の巷のありさまとして地獄絵をしのぐ悲惨さとして絵巻などとして残されている。
・・・これは近世まで続いた・・・そう、都会ばかりでなく・・・それ以上に悲惨な状況として農山村に飢餓は起きていた・・・こんな有様・・・現代にそんなことが起きることが想像されることもなく・・・表立った警戒や対策が取られてはいない・・・そう、旱魃ならぬ巨大地震や大津波・・・風水害と、近年の日本に立て続けに起きている災害、これが実は、いつ起きても不思議ではない、地球の温暖化による天災・・・の現実。
何度も書いているように・・・国破れて山河あり・・・その山河が、国よりも先に無くなる・・・心のよりどころさえなくなる・・・各個人のアイデンティティー。これさえもが失われる・・・それ、故郷・・・。しかし、さらに消滅する予兆に満ちているのが・・・大都会だ・・・そう、東京・大阪・・・この超過密高層化した・・・人口密集地域だ・・・。
・・・しかし、それでも人はその危険に満ちた密集にあこがれ、紛れるために都会を目指す・・・その山河の故郷を後にして・・・。
|||||||||||||||||||||||||||

・・・ARGT・・・不調・・・?
10/08/Tue.
ARGTの排気音が9月末から、ボコ・ボコ・ボコ・・・と、それにつれてフロアーパンから、その音とともにシートに妙な突き上げが???と、ディーラーへ出かけた・・・バッテリーが交換の時期になっていたのを思い出して・・・新しいのへ取り換えたほうがいいかなと思って・・・やはり、交換となったが・・・在庫なし・・・タイミングベルトも心配だし・・・、木曜日・・・交換ついでに担当メカニックと相談することになった・・・。
・・・老いてからの車の維持・・・これは負担だ・・・しかし、車がないと独り者は何かと不便だ・・・しかし新しい車は買えないし・・・ということで、修理しつつ乗ろうと決めたのは昨年・・・そして大修理をしたが肝心のバッテリーとタイミングベルトはもう少し先延ばしにと・・・これが、ここにきて必要になったか・・・まあ、致し方ないか・・・と。それでもこの車への愛着は変わらない。メカニックはタイミングベルトはもう少し先延ばしにと・・・これが壊れたら廃車かなとも僕自身も思った・・・。
|||||||||||||||||||||||||||

・・・そう、次の元号は・・・?
10/10/Wed.
・・・きょうはもう10月10日・・・日めくりによると・・・炉開き・猪の子餅(猪の日に食べる餅だそうな?)・・・そう、夏は完全に終わって、茶席では風炉(ふろ)は仕舞って炉畳を外し炉框〈かまち〉を置く・・・炉開きだ・・・。
本来、陰暦の暦では、これより一月ほど後へ、ずれるのだろうけど・・・まあ・・・。
こまごまと移り行く日々に、行事やら習いが付いて回る日本の日々の暮らし・・・これをすべて忠実に追いかけ・・・いや、先走っていたらそれだけで疲れて、生活はおろそかになる・・・まあ、それを生業にしている人は別にして・・・それでも、心豊かに、この行事を積み重ねていく人、家庭・・・暮らしもあるのだろう・・・そう、僕はそんな生活とは、今は無縁だけど、こうして日めくり暦で、その生活の中の行事を追っている・・・。そう、質素な生活だった・・・父母ともに、そのささやかな日常にも、気に掛ける日常・生活があった・・・。
今では・・・生活には・・・夏支度そして冬支度・・・夏布団と蚊帳(蚊帳は今はない)そして冬布団と寝具もまた・・・ええ、着物も・・・また・・・と、書き出したら限がなくなる。
・・・ここまで書いて今年もまた思い出した・・・そう、毎年のことながら丸善へ行って・・・来年の暦を、そして手帳とと・・・さらに、月ごとのカレンダーは無印良品へ行って1週間が月曜から始まるカレンダーを買わなくちゃと、夏の盛りに思っていたことをここでおもいだしたのでした。
そう、来年から変わる元号・・・天皇の退位と即位・・・ええ、これなんぞ、なかなか出会えないこの国の、ある意味での大きな転換点・・・あの平成の元号は、昭和天皇が亡くなられ(崩御)・・・あの、当時の小渕総理が元号を掲げたシーン“平成”・・・あれから30年となるのか・・・これも国民の大きくて静かな関心事だろう・・・。
・・・言ってみれば、これは今上天皇の発意・・・なかなか味なことをなさる・・・そう、譲位ということ・・・皇太子があまりに年を召されてはとのご判断・配慮か・・・。
・・・世間、最近は西暦をよく使う・・・しかし、日本が国記を書き継いでいくためには元号は絶対に必要なもの・・・これ、元号と西暦を併記する・・・このことは必要だろうと思う・・・。そう、僕が書いた『額田王研究』・・・この研究の範囲では、元号はまだできていない・・・ただ大王の存在した「紀」・・・これを書き進めていて、強く思ったことだ・・・この元号の存在・・・僕も昭和と平成を生きてきた、その間に、世紀も20世紀の“ミレニアム”を経て21世紀へとなった・・・そう、次の元号は・・・?
ミレニアムの日、僕たちは奈良東大寺にいた・・・そして、何やらすごい強風が吹いて、大仏殿の屋根・その四隅に釣られた“風鐸”が・・・異様なくらい“ごおおおん・ごおおおおん?”と、鳴っていたのが、今もって、この耳の奥に残っている。そしてその夜、大みそかの夜・・・京都五山の送り火が・・・真冬の寒気の中に次々とともされるのを・・・遠望できた・・・。そう、御霊送りとは違った季節・・・それもが、今も鮮明に思い出される。
|||||||||||||||||||||||||||

・・・思い出・女子Mさんと和風荘の人たち・・・?
10/18/Thu.
インフルエンザの予防注射・・・毎年続けている・・・そのおかげかどうかわからないが、インフルエンザに罹らないで過ごせている・・・。まあボクにとっては必要な予防だ。そう、呼吸器官が極端に弱い・惰弱・・・母もひ弱なひとだった。
僕の独身時代・・・さらに独り住まいの身・不摂生・・・高熱を出して寝込むなんてことは、惨めこの上ないことだ・自業自得・・・。
・思い出・・・K先生へ師事した修業時代・・・あのころ、たぶんインフルエンザなのだろう・・・下宿、二階の一部屋・・・寝込んでいたこと・・・医者へも行かず、食もとらず、銭湯へも行かす・窓も開けず・・・有り合わせの風邪薬をのんでただ寝ていた・・・。
何日か・・・熱がひいて咳も止まり・・・ほっと・・・そんなとき、事務所から様子を見に来てくれた事務の女子Mさん・・・たぶん、締め切って熱っぽい男の部屋の空気に驚いたことだろう・・・けど・・・無精ひげをそり・・・ひげはもともと濃くない、申し訳程度・・・そんな身を整えて・・・ふらつく足でお茶を飲みに出かけ、駅まで送った・・・。そういえば同じころ・・・隣室の女子Mさん・・・どちらも、Mさん・・・Mさんてこの身の周りには多い、連れ合いも??・・・僕の病気の気配、それを気遣ってか、様子を見に来てくれ、さらにお粥まで差し入れてくださった・・・そんなことがあったと・・・思い出す。それに、向かいの部屋の若いご夫婦も・・・。
そう、いつも不規則な生活のリュウの様子・・・朝は7時半ころ下宿を出、帰りは最寄り駅・四谷・・・中央線の終電に間に合うように事務所を出、代々木で乗り換え、山手線で目黒へ、そこから目蒲線と・・・と、時には徹夜明けで帰ってくる・・・・そんな気配を気遣ってか、ドアを開け、僕の様子を見る・・・。
そう、その隣室のMさん・・・僕が大阪万博の現場への出張中、何か月ぶりかで帰ると・・・住人が変わっていた、その男の大学院生・・・Eさん。・・・そう、きちんとした礼も言えなかった、女子Mさんへ・・・が、そのころ、1970年の直前頃60年代の終わりころ・・・68年69年・・・東京のようなごちゃまぜな世間にも・・・そう、世間には、人情があった・・・。対して、不人情・不義理なオレ・・・そんな”受けた恩”に報えることのなく過ごしてきたあのころ・・・?今もか???そう、修行中の身・・・給料といっても、お土産も買えなかった・・・。 
青年期の思い出だ・・・。それにしても日常的に懐かしく思いだす・・・あの頃のこと。
そう、あの下宿の部屋は一二階で八部屋ほどだったか・・・和風荘といった、大家さんは木下さん・・・大家さんの娘さん夫婦とお子さんが一人・・・が一階の一部屋に。忘れはしない・・・屋は炉常に孤独だったオレです・・・そう、東急目蒲線の武蔵小山と西小山の中間ほどにあった・・・。そう、この、下宿を世話してくださったのは、母のいとこ・・・伊左衛門さん・・・そんな仲立ち、から僕のことを知ってみなさんが気遣ってくださっていたのかも・・・そう、その伊左衛門さんへも、結局、お世話をかけっぱなしで・・・帰ってきてしまった・・・この不義理者のオレです。
・話は現在のことへ・・・午後から、先日書いた日めくり暦と来年の手帳を買いに出かけた・・・これも季節の恒例・・・もう何十年続けていることか・・・。手帳に書き込む事もそれほど多くはないが・・・そう、書き込むこと自体、すっかり忘れていることが多い・・・ええ、根本が成っていない。
でも、これで一安心・・・気がかりが一つ減った・・・残ったのは、無印のカレンダーだけ。
・・・毎日閉じこもってばかり・・・そんなある日・・・突然行動を起こす・・・ささやかだけど・・・が、今日もこうして。
|||||||||||||||||||||||||||

・・・そう、名古屋は今、夏と秋の季節のはざまにある・・・
10/19/Fri.
今日も雲が多い・・・秋が深まっていく・・・トウカエデはずいぶん紅葉している。
ハゼノキは、それほどでもないが、今年もよく育って大きくなった樹形の深い緑の中に、20僂曚匹留澤舛凌燭胆屬砲覆辰人娵欧譴糧辰いくつもできた。ハゼノキは”秋はまだまだ浅いよ“といっているのかしら・・・でも、ぼやっとしていると,一気に紅葉が進み驚かされる。
この夏、里山の中腹の常緑広葉樹に囲まれ枯れてしまった赤松、それが点々と数本・・・、
でも、枯れずに残った赤松の喬木・・・ほっそりとした赤い幹、すくっと立ったその姿が何とも美しい二本の赤松・・・十数メートルの高さ・・・30mほど離れて立っている。それぞれ、その頂部3mほどに枝葉をのこして、下のほう根本まで枝はない。・・・その中間ほどに、同じ高さながら、低いところから、かっこよく枝を張っているのが一本・・・赤松はこうしてすくっと立つ樹形のものと、盆栽風、といってもずっと大きいが、ぎゅぎゅとねじれて風景を作るものがあるのかしら・・・種類が違うのか、育つ場所によるのか・・・そんな姿の違いがあるが・・・。そしてもう一つ気づいたことに、赤松の葉・・・それは黒松の葉より・・・明るい、そう、なんだか春の新芽からやや時間を過ぎたその若葉、といった感じだ。
そういえば、昨日だって26℃の夏日だったとか・・・。買い物帰りに見た地下鉄への降り口の向こう、東北東、ビルの狭間に入道雲が立ち上がって夕日に染まっていた・・・地下鉄口の花壇にブロンズの像・自転車に乗った・・・それ。それが、その赤くほんのり焼けた入道雲を背景にして、・・・そう、いい景色、いい構図だったが・・・カメラは持たず・・・最近カメラを持ち歩かなくなっていた・・・残念。でも・・・目にしっかりと焼き付けた
そう、名古屋は今・・・ようやく、夏と秋の季節のはざまにある・・・。
|||||||||||||||||||||||||||

・・・総理大臣の詭弁や本音が、国家を危うくしている日本・・・
10/19/Fri.
先日、元防衛大臣・・・ナカタニ?・・・とか言った・・・それが、防衛費について、ロシアの防衛費は・・・17兆円余、日本は5兆円余・・・日本はもっと防衛費をふやさなければならない・・・と、公言した。
驚いた・・・日本の防衛費5兆円余・・・これさえトンデモないこと・・・なんと巨額なこと・・・それなのに・・・また、なんてことを軽々しく口にする、顔に似ず軽々しい男だと、心に思った・口には出さず?・・・この元大臣は、先月だったか、その前だったかにも・・・アベに空母保有の進言書(正確ではないがそんな内容・・・)なるものを提出したというニュース・・・があったばかり・・・。元防衛大臣だからといって・・・武力による防衛ばかりを、石頭的に考えるのではなく・・・柔軟な頭となって・・・平和的な近隣国との存在として日本が進む、存在することへの進言こそ・・・元防衛大臣・・・その人として頭を回転させ・考え・言葉を発することが必要ではないのか・・・。
・・・それにしても、5兆円余・・・の国防費・・・道理でいつの間に建造したのか・・・日本・海上自衛隊の最大の巨艦・護衛艦“かが”・・・とかいった(なんとなく平甲板の空母風??舳先の写真しか見えなかった・・・が、本物の空母?・・・先の”いずも”というヘリ空母の出現という・・・驚き)シンガポールへ進出して見せたという・・・ニュース・・・ニュースによれば、中国が南シナ海にいくつかの橋頭保を築いたことへの牽制のためということらしい・・・そう、近年あらわになってきた・・・帝国観的専制的なロシア・中国・アメリカ・・・この無法者みたいなやつら・その国らに伍していこうと考え、国家防衛と武力の増強を狙うこれ・日本の総理大臣や保守党議員・・・そう、それ、なんと、力には力・・・際限のない軍拡競争へまっしぐらな総理大臣にへつらう元防衛大臣・・・それだけをこのナカタニ?の頭の中にはないのだろうか。危険極まる考えの防衛大臣だったと・・・改めて”ヒヤリ“と背筋が寒くなる、そんな感覚を持った・・・。いや、過去形ではなく、現在進行形で武力の拡充論を到るところでぶちまけているのだろうか・・・その武力拡充を狙って活動しているのだろうか。
いま日本はそれどころではない・・・そう、福祉と教育・・・それに加えて、国土強靭化・・・そう、高齢者率がどんどん上がっていくこの状況に・・・防衛費を削り込む・・・少しでも多く、福祉・教育のために、災害に強い国土のために・・・国家予算を組まなければならない・・・今・・・石頭的な防衛構想。
・・・国民と国家・国土を災害から守らなければならないこの21世紀の日本。
自然災害によって国土が、そして国民と企業が消え去っていこうとしている今・・・すなわち、武力によって守ることができる、することができる、その対象(山河と国民)が消えつつある、守るものが無くなる今・・・防衛力を増強する・・・その愚行。
・・・第二次世界大戦・太平洋戦争へ突き進んだ軍国主義国家化していた旧帝国日本の姿が今ここに再現されつつある・・・突き進むアブナイ総理大臣アベの存在。
何度も言う・・・こういった国会議員と首相の危険なものの考え方、国を危うくする、それ。・・・国家の未来をどうするのか軍事国家とするのか・・・福祉国家とするのか・・・今、岐路にある国家像・・・、僕がここに何度も書き連ね提唱してる”永世中立国・日本“・・・こんなビジョンを・・・描く・・・そんな国民・大衆はいないものか・・・。
さらに、50年代60年代に日本に沸き上がった、そう、若者に沸き上がった・・・憂国の叫びと行動・・・そう、立ち上がれ若者・・・傍観するのではなく・・・声を上げよう。
いま、日本の若者は“骨抜き・・・霊抜き(本当は〇〇を抜かれた、と書きたかった)となってしまった・・・。国家や社会・生きるとは・そこに必要な思想とは・・・との、自己への問いかけ・社会への問いかけ・・・それが無くなった・・・心が亡くなった?のかもしれない・・・。そう、就職・・・そんなことは、真剣に考えたことがなかったリュウ・・・です。それで、世の中から取り残された???でも、生きてきたし今も質素・心細いが生きている・・・この不思議。
・・・永世中立国だって、徒手空拳では存在できないかもしれない、しかし、それに向かって国家を建設していくという考え方、地球における存在の仕方、国家としての日本の像・・・それに民族としての日本人・・・を、考えていきたい、それも早急に・・・総理大臣や防衛大臣の”詭弁”や“本音”・・・そのすべてが、国家を危うくしている今日の日本だからこそ・・・今。
|||||||||||||||||||||||||||

・・・アベのツヨキノコトバ、日本ガアヤブマレル・・・
10/26/Fri.
昨日そして今日・・・快適な気温。
・・・季節・・・自然の脅威ということもあるけど・・・自然・・・そう、この緑豊かな環境に・・・質素でひ弱だけど、生きて居られて仕合せだ。
そんな人間にとって・・・世の中の人は元気が良すぎる・・・そう、総理大臣から市井の一個人まで・・・。そのせいか・・・総理大臣アベは、”強い”のが好きなようだ。
数日前??・・・臨時国会の所信表明にも・・・“強い日本にする”と声を張り上げた。(ツヨイトミミニニノコッテ、ゼンゴノコトバガギャクカモ???)
・・・“強い日本にする”・・・とは・・・どんな日本だろう・・・日本の何を強くするのだろう・・・。
オリンピックを二年後に控え・・・オリンピック選手を目指す選手たちは・・・イマヨリモサラニ、より、強い自分自身を目指し鍛え、トレーニングを重ねている・・・もちろん目指すのは表彰台の中央・・・一番高いところに立つ・・・センターポールに日の丸を掲げる・・・それは金メダル・・・ですと、はっきり言ってのける・・・そう、スポーツに限らず・・・あらゆる場面が”競争“・・・競い合って、ヨクイエバ、いわば切磋琢磨し相手を押し倒し、抜き去り、自分が先頭を切ってゴールする・・・テープを切って走り抜ける。
・・・本当は他人のことなんか押しのけ蹴倒し踏みつけて自分が一番先に躍り出る・・・そう、なんたって・・・なんでも・・・トップだ、今の世の中・・・競争力・闘争心・人のことなんか気にかけていられない・・・突っ走ってトップに躍り出るのだ・・・と、闘争心をあらわにする・・・そんな若者もいる・・・が。
・・・日本国民の精神の在り方・・・少し、いや、大変、変わった・・・。控えめだった国民性が・・・はっきりものを言い、はっきり心のうち・・・を、あらわにする。乳幼児からして・・・。
・・・これはいいことだと思う・・・すこし、危なげに思いつつ、そして、かつての控えめな日本人の性格を懐かしく思いつつだけど・・・。
これに対して・・・アベの言う、日本を強くする・・・とは何を念頭に言った・口走った・声を張り上げた・・・のだろう???一方で”憲法を改正する”とはっきりと表明。改正???改悪であろうに・・・昭和憲法に手を付けるなんて・・・。
マッ、この二つをひっくるめて”日本を強くする“意志なのだろう・・・これは不気味だ、危険だ・心配だ・・・日本の行く末が心配だ・・・これでは真っ暗だ・・・先行きが。
”強くする”・・・それは、軍備をさらに強化・・・さらに軍事費を増額する・・・そう、ナカタニの言ったように・・・周辺国に負けちゃおれない・・・どんどん増やそう、この三年間で・・・そう、在任中にやって見せる・・・なんて、途方もないことを、考えているのじゃ???・・・できれば、さらに3年、総理大臣の椅子に座りたい・・・いや座ってはおれない・・・走らなくっちゃ、俺は・・・なんて、無責任にも思っているのでは・・・アベ・・・トランプの行く末を見据えつつ・・・そう、ニカイなんてのもいるし・・・二階ヘオシアゲテクレルカモネ、若手の陣笠どももへつらって・・・ナンテ(この不気味さ!)、ムズむずムズシナガラオモッテイル・・・セケンノ4センナンテアリエナイコトトノオモイヲ・・・ヒックリカエシテ・・・オレハ、ヤッテヤルゼ・・・ナンテ・・・ココロノナカイッパイニ、オモッテイル・・。ソンナキガシテナラナイ・・・キガキデナイ、心配デ、キワマッテル・・・このオレのひ弱な心が。
|||||||||||||||||||||||||||

・・・ビールみたいにキンキンに冷やされていく手足・・・
10/29/Mon.
ここ数日・・・気温の低下が著しい・・・坂おとし、だ・・・。
そして、この気温の低下が・・・この体に、悪さを仕掛けている・・・そう、手足の冷え・・・男の子のくせに・・・癖で男になっているのではない・・・それなのに、手足の冷えがまた今年の秋冬も始まった・・・手は、両手とも小指が・・・キンキンに冷えて・・・そう、ビールみたく・・・が、僕はビールはほとんど飲まない・・・最も小さい缶ビール・・・その六本セット・・・そんなのを買うと、一年ほども残っている。
それに、両足・・・足首・アキレス腱・・・これがまた、ビールみたいにキンキンに冷やされて・・・。
始まった・・・恐怖の冷え・・・その症状が・・・。
・・・それでも、毎日・・・宵ごとに、ウオーキングに出かけている・・・膝は、時々わずかに痛みを感じる時もあるが・・・バンテリンサポーターのおかげか・・・好調だ。
・・・そう、今月10月も終わります・・・また来月も今月のように頑張っていこうと思っています。
・・・あなたはお元気ですか・・・お風邪をめしませんように・・・僕も、健康第一で、しっかり過ごしていこうと、過ごしていけたらと・・・努力したいと思っています。
お読みいただきありがとうございます・・・それでは・・・再見!
|||||||||||||||||||||||||||


 

| HITBIT | 16:44 | - | trackbacks(0) |
    123
45678910
11121314151617
18192021222324
25262728293031
<< August 2019 >>
+ SELECTED ENTRIES
+ CATEGORIES
+ ARCHIVES
+ LINKS
+ PROFILE
+ OTHERS
このページの先頭へ