建築家日比龍美BLOG

HITBIT 心もよう vol-102 August 2018

HITBIT[心もよう]vol-102 August 2018 
『心もよう』第102号、この“まえがき”ともいえる一文、ここには月々に思うことを書きつらねてきた。今月これを書いている今日は8月3日、金曜日・・・先月の梅雨明け(本当はこの日を知知らない・聞き漏らしたらしい)以来?からの名古屋は猛暑日の連続・・・毎日ホット過ぎて”ホット“する日もない連続する猛暑だ。その上、昨日は、名古屋での気象観測が明治23年に始まって128年とか、(この名古屋気象台は、我が家から500mほど西の住宅街の尾根上に球形のドームを載せて建っている。その昔はどこにあったのか、もっと市の中心に近くあったのだろうか。)
その夏の高温記録・・・それが午後2時過ぎには40.3℃、観測開始以来の最高気温という・・・。そんないわば名古屋の炎上???ともいうこの日、僕はなすすべなく、冷房を点け、成り行きに身を任せている。
・・・先月だったか、書いた・・・そう、この頃の日本各地に起きる自然災害の連続するこの現状・・・。気象庁は、生命にかかわる危険な高温・災害ともいうべき高い危険な高温・・・といい、注意を促し・・・ラジオもニュース・天気予報などで、この注意喚起を盛んに流す。
こうして、防ぐすべもない、施す手立てのない、いわゆる天災にともいえる高温状況、これを、政府はどのように思い、その対策を練っているのだろうか・・・。この高温を天災だ、災害だと言いつのられ、政府は顔をしかめ不快に思っているのだろうか、そう、高温を天才だといわれてもその責任は、また対策は、とても取り切れないなんてね・・・。そう思っているでしょう・・・政府さん?
そう、先月書いた「”国破れて山河あり”というが、その守るべき国・・・山河が、その場の人の命とともに目の前で失われていくこの現状、軍備を充実したって守るべき山河自体がなくなっているかもしれないのに・・・」これに対して、国も地方自治体もなすすべもない・・・軍備にのみ目を向けている・・・そのように見える。
・・・そうなのだ、国は、北朝鮮のミサイル攻撃を声高にして、中国とロシアの脅威を言いつのりつつ、アメリカにひれ伏し・・・ばかげた軍備拡張・・・国防費としての浪費を国家予算から無制限に為し、国民の感情をなし崩しにしつぎ込んでいる。・・・その、典型が、空母の保持へ向けての姑息な動き、また表面だってのイージス何とかの粗雑な予算表示と、その現実における実費の膨張という、いい加減な米国企業との契約・・・これなんぞ、再軍備ともいえる、自衛隊の編成以来常に、日常的、常套手段・・・ともいう、国民を欺く予算の表示の仕方だ・・・。そして日本の軍備・防衛力は・・・世界の十指どころか五六指に入るだろうともいわれている。そう、政府にとって、北朝鮮の核保有は、日本の軍備強化の最も都合のいい言い訳になっている。
・・・そう、防衛庁が防衛省になり、ステルス戦闘機・戦闘爆撃機・空中給油機・空母・イージス艦・イージスアショア・潜水艦・・・と、まだまだ書ききれない数々の武器戦力の増強が、ひそかにというのか、いつの間にか巧妙になされてきている。
そのほか、国会議事堂や霞が関の官庁庁舎や議員宿舎など・・・いつの間にか、耐震化・免振化が完成し、それに伴って、首都機能の地方移転も立ち消えになり、いつしか第二首都として関西圏へその機能の一部移転をも画策され準備さへなされている。
そう、首都東京の高密度化を何の手立てもしないまま、あの11・3・11の災害さえも抑え込んだかのような、防災意識のもとに、首都機能が整備強化されて来ているのだ。
これこそ危険極まりない、自然の脅威を無視あるいは軽視した手前勝手な対策。国会議員を手玉に取り、操る官僚の心は、東京に居住し続けること・・・これしかない。そう、故kkっ日間を大局的に見つめるなんてことは、論外なこと・・・自分の利益そのものだけが優先する。
そして、地方、そう、国土・・・書いた”守られるべき山河、守るべき山河“が、いつの間にか”捨て意識−地方なんかどうでもよい−お上りさん出世組の腹の“。
・・・こんな言葉はないかもしれないが、そんな政府の持つ深層心理・・・”切り捨て”にされ、荒れるに任せられるという・・・そんな中央・首都機能意識のみへの、スーパー堤防で首都を守るという、あまりにばかげた政治意識が・・・巧みに進行し続けている。
・・・そう、アベは国民と国土に対して”なすすべなし“・・・ただ、国防を充実強化拡大すれば・・・米国は守り神、日本国は守られる・守ることができる・・・というような、浅薄無策の政治をなしつつあるのだ・・・このように、国民として、懸念している。
そう、アベには政治資質はないといってもいいのかも。ビジョンを描けない政治屋ナノだ。そう、ここでもう何度目かの希望を言っておきたい・・・今混とんとした、いわば、バカ政治家・・・馬鹿な権力主義の国家元首・・・帝国主義ともいえる、金ぴか政治へと移行している、懐旧的政治意識に侵された、いかれた国家元首の輩が横行する世界情勢に、軍拡軍備増強で対処することでは、国家の真の未来はない・・・内政の安定・政治の場のバランスの成果・科学技術の進化策・文化的真の充実的施策・福祉の充実・国土強化・工業力のバランスある成長戦略・貿易の充実と多様性・・・など、数え上げれば、網羅すれば・・・これは書ききれなくなる・・・「国」・・・という、複雑怪奇、また、慈愛に満ちた国土・・・そして、安らかな”人心”・・・という、根本的なことへの政治の意識回帰が、今最も必要だと思う。その目標こそ困難な“永世中立国”・・・これは得難いからこそ、目標として、政治のビジョンとして、持つべき、持って恥ではない意識・目標だと・・・考えている、この俺・僕です。
ええ、ほんと、真剣ですよ・・・全く・・・頭の中はどんな状態かわかりませんが・・・。でも、考え、思い、憂い、時には歓喜し、時には怒り・・・そんなこの頭・・・いとおしいです?
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===目次===
8/03  ・・・今日の名古屋は、日本一?・・・
8/04  ・・・とりとめもなく音楽を聴きつつ思う・・・
8/05  1st・・・災害とともに消滅を加速する過疎集落・・・
8/05  2nd・・・日本人は、このハイティーン時代を得ていく・・・
8/05  3rd・・・39.9℃・・・名古屋は今日も日本一・・・
8/06  ・・・広島原爆忌・8月6日と8月9日・長崎原爆忌・・・
8/16  ・・・昨日は終戦の日・そして、僕は今日も漂流している・・・
8/17  ・・・この夏のことはしばらく忘れないだろうと思う・・・
8/18  ・・・秋、秋が来たら・・・遊びまわるぞ・・・そう、冬もね・・・
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・・・今日の名古屋は、日本一?・・・
8/03/Fri.
今日の名古屋は、日本一?明治23年の名古屋での記録開始128年前以来、この地の最高気温、40.3℃・・・あの高温の先輩熊谷市には及ばないけど・・・さらに、今日あの岐阜県美濃市も名古屋と同じ40.3℃・・・そう、この夏の日本国・・・ここはきっぱりと諦めるというのか居直るしかない・・・そう嘆くよりも弱音を吐くよりも、きっぱりとあの熊谷の街頭で感想を聞かれ、こたえられたご婦人のように・・・凛として、この日本一、たとえ一日だって、年間最高記録じゃなくったって、居直り、しばらくこの最高気温、40.3℃・・・の記憶の名古屋市を楽しもう・・・そう、思ったのでした。
この、複雑な列島の国・・・ここでの夏の高温争い???!!!・・・ご、ごめんなさい・・・やはり、こんな冗談を言っている場合じゃない。
・・・冗談言ってる場合か・・・あのご苦労為されている水害の被災地を思え!!!
・・・そう、冗談を言ってる場合じゃない、この高温列島の現状です。
こんな名古屋の日中・・・先月17日、案内されたノリタケの森・・・そこでのNMさんの個展・・・その観覧への礼状を午前にいただいた・・・それへの、こちらからのお礼というのか、ご挨拶を書いたが、暑さでこもっていて、その投函が宵のウオーキングの時となってしまった。
そうそう、こんな暑さでも毎夜の宵の口のウオーキング・・・これは、続けている。もちろん?ときにズルすることもあるけど・・・そんなときはやはり自分自身に後めたい。そう、結構自分にも厳しいのだ・・・???
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・・・とりとめもなく音楽を聴きつつ思う・・・
8/04/Sut.
土曜日、今日もすでに、いつものお掃除?をすませ、一汗を流しすっきりと・・・そして、今は音楽を聴きつつ、このタイピングをしている。
とりとめのない曲をごちゃまぜにした?曲集だけど・・・この中にチャイナ音楽が一曲入っていて、これが結構柔らかくていい・・・言葉はわからないけど・・・この悠々とした風情が何とも心に平安をもたらす・・・。
言葉とは不思議なもの・・・柔らかだったり、とげとげしかったり、懐かしかったりと、心と触れ合って・・・。
音楽とは不思議なもの・・・これを聴く者の心の状態を反映して、曲を選ばせるのだろう・・・。音楽・・・曲想や詞、楽器・・・などと、人間となったこの人間の先祖は、どこでいつ、どんな状況の中で音楽というものを・・・そう、音に曲を見出したのかしら・・・そして、そのリズムに心を体をゆだね自然に口ずさみ・・・と・・・。
そう、楽器なんてなかったか。せせらぎに、そこにあるそよ風に、鳥のさえずり、木々の葉ずれ・・・がふとした一時に、耳に入った・・・その手にした棒切れが手の自然な動きに傍らの石や木を打ち、そのせせらぎにそよ風にいつの間にか和して・・・さらに口ずさみ・・・と、人はおのずと・・・自身の心の揺れに・・・心も身もゆだねてきたのかしら・・・そう、それはそれこそ創造の神が・・・人・人間・・・を成されたとき、そこに完成されたとき・・・ぬと、何かが足りない・・・そう、ちょっとした遊び心・・・与えられた何かの付与・恵・心・・・だったのかもしれない。
曲を奏でることはできなくとも・・・口ずさむことは出来る、この神の創造の妙・・・こんなことを・・・最近、たびたび思いめぐらす・・・これ、これも思い出かもしれないし、未来への思いあるいは現在の心持や健康状態、そしてわが身の置かれた環境の故なのかもしれない・・・。
・・・そう、人は一人になった時・・・本来の自分を露呈し・・・それに素直になり・・・その心の揺れに身までもゆだねる・・・そんなことのできる、時なのかもしれない・・・が、それは本当はなくてもいいことかも、あってはならなないことかも・・・しかし、逃れられないもの・・・いつかきっと独り、その状況に置かれる・・・これは”絶対”の理(ことわり)なのかも・・・。
・・・そう、最近の僕はショパンをよく聞く・・・この楽人ショパン・・・まあ、なんと心の機微をよく映しなされたものかしらと・・・たびたび思うのです・・・。そう、音を絞り聴くときにも、音を大きくし聴くときも・・・すこしも心とのすれ違いが起きない・・・どんな風に聴こうとも・・・心に、心が、反映してしまう・・・そう思います。そう、ショパンを聴く・そのピアノ曲を聴く・・・これ、それは、ライブ録音ではいけません・・・なんとしても、スタジオでの録音盤・・・拍手や掛け声が最後に入ってはいけません。演奏者と僕が一体となって曲を、心を一つにして、演奏中もその後も・・・余韻までも楽しみたい。
・・・ここまで書いたとき・・・ピアニスト・グレングールド・・・が、演奏会場を逃げ、避け、スタジオ録音に走った・・・自身を置いた、という、その意味が、その心持が・・・共感がよみがえったのです・・・そう、彼、グレングールドは・・・ピアノの演奏家・・・そしてバッハへと心が傾斜し、のめりこみました。
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・・・災害とともに消滅を加速する過疎集落・・・
8/05/Sun. ・・・1st   
集中豪雨に加えて無謀なダム放流・・・下流域への危険を顧みない計画性のなさ・・・もちろん、課題貯水によってダムが崩壊するかもしれない危険性…崩壊吸えば、この豪雨被害に加えた放流被害をも超える大悲被害を引き起こすかもし得ないという危機感が、この時の放流という事態につながった・・・そして、反省・・・放流通報のシステムや方法を検討しなおすという・・・これ、被害住民には泣くにも泣けない・・・心に起きる無力感と未来への閉そく感・・・そう、この被害地域の指揮者はその心持をいかにも平静であるかのように語った・・・そう、この感情を抑えた・・・日本人らしさ・・・ここを見逃してしまう行政・・・その頂点の政府・内閣・・・。
・・・災害とともに消滅を加速する過疎集落・・・その存在にすら思いをやることなく・・・自身の総裁選へ着々と手を打っていくアベ・・・。
・・・日本人は、このハイティーン時代を得ていく・・・
8/05/Sun.・・・2nd
 ― ありがとう 夏100回 これからも ―
・・・きょうから始まった100回目の夏・・・甲子園・・・夏の甲子園・全国高校野球選手権大会・・・その100回となる記念大会・・・100年続いた猛暑の中の熱戦・・・その火ぶたが切られた・・・ぼくは、毎宵、ASA/朝日新聞販売店の前を通る・・・ここには、今回、100回目のキャッチコピーが控えめに、そして静かな誇り・・・そんな、なにげなさを表すポスターが張られている・・・。
ラジオしかなかった戦後のいつ頃から、胸躍らせ実況放送を聞いたことか・・・。多分中学生だったか・・・。
一方で、夏のインターハイ・・・ここにも猛暑の中の熱戦がある・・・。
このスポーツをすること・・・もちろん勉学が伴う・・・そして、熱中する・・・そう、何物にも代えがたいハイティーンの時代・・・日本の高校生たちは、その三年間に巡りくる夏・・・ここに、青春という今の一瞬をかけて駆け抜けていく・・・それはどんな形であれ・・・例えば図書館にこもり勉強をする・・・アルバイトに汗する・・・そして、幸いに今夏に催されるスポーツ大会へ選手として・・・応援団として・・・そして、家事・家業にこれらの大会の放送に耳にしながら・・・ここにも炎天下に汗する若者がいる・・・。そう、幸いなのか、時には苦悩なのか・・・そんな様々なうちの一つの心持を胸に・・・猛暑に身をさらす・・・そう、青春のひと夏、それぞれに身に生じる汗とともに、駆け抜ける・・・その夏の思い出・・・ふと思い出すその時のこと・・・こうして、日本人は、このハイティーン時代を得ていくのだ。誰にでも・・・僕も、この中の一人だったその青春の時があった・・・。そして、この夏が終われば・・・人は青年となり、大人になって、社会へいろいろな方向で組み込まれていく。この時、一時の勝利感とあるものは敗北感と・・・と、この心の震えや揺らぎを・・・それぞれが持ちつつ、青年・若いおとな・・・となって、次の数年を改めて生きていく。
男も女も・・・そう、ハイティーン・・・これは一瞬。
8/05/Sun.・・・3rd
・・・39.9℃・・・名古屋は今日も日本一・・・。
ええ、何も書くことは必要ないでしょう・・・そう、明日も日本一を目指しましょう。そう不謹慎ですね・・・それにしても、冷房の電気代が心配です。旧式のエアコン。
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・・・広島原爆忌・8月6日と8月9日・長崎原爆忌・・・
8/06/Mon.   
甲子園の熱闘の一方に広島長崎の二つの原爆悲しみがある。さらに言うまでもなく、戦地へ消え帰らぬ人となった人・・・そして、空襲で焦土とされた国土と国民。
日本人すべてが持つ敗戦の記憶・・・これは、この戦争で、日本人に組み込まれ、すでに幾世代も経ている。敗戦から学んだこと、このからだ・こころ・・・に刻まれたはずの”戦争はしてはならない“・・・誰もが言う・・・これ、戦地で戦い傷つき帰り来た人・・・傷を負うこともなかった人・・・家族を失った人・・・”戦争はしてはならない“・・・と、言い、思い・・・はしたが、それを己の心にどのように培ってきたのか・・・そして行動してきたのか・・・。戦争はしてはいけない・・・と、戦地へ行き、辛くも無事に帰った兵士・・・の言葉・・・しかし、政治は、この戦争の実態を体と心で知り感じた・・・根本的な罪業・・・これを、意に介することなく、政治屋の思惑によって、戦争への指向を進めていく戦後の政治。
・・・靖国神社へひそかに合祀された・・・戦犯・・・その処刑された者たち・・・彼らは、本来、家族によって、静かに、全くの個人として、個々に弔われる者であったはず・・・それが、何か政治的思想的な思惑によって祀られたしまった・・・それへの戸惑いを持つ霊も幾柱とあることだろう・・・それこそ、その霊は安らぐことなく、あの靖国の森にさまよいあるに違いない・・・そう、亡き人、霊までも政治的思想的に・・・その霊の心とはかかわりなく・・・中には、してやったりと喜んでいる霊もあるかもしれないが・・・それ等を除いて、祀られはしたが、心安らぐことなく・・・靖国の森にさまよっていることだろう・・・。
そして、今年の8月15日(追記)、もう一つの戦死者を弔う千鳥ヶ淵墓苑へ総理大臣アベは、これも政治的思惑をあらわにし、さも殊勝に参拝した・・・そう、心を靖国に寄らせたまま・・・想像であるが、このこと。・・・何もかもがちぐはぐ、一貫性がなく・・・ただ、混迷を広げているに過ぎない愚かな政治屋の行動。内外からの嘲笑にめげることなく・・・靖国・千鳥ヶ淵・・・これへの未来の在り方へそのビジョンを示すことなく・・・そう、その有様は、この日本国へ国家ビジョンを論じることなく、あらわにすることなく、ただ権力の座に座り続ける・・・そして、そのための策に専心する・・・その総理大臣の姿は・・・あさましくさえある。
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・・・この夏のことはしばらく忘れないだろうと思う・・・
8/17/Fri
八月十五日のお盆、そして、十六日送り火・・・そう、宗派によってその行事の過ごし方は異なるのだろうが、ただ、お盆・盂蘭盆会・・・そう、この日を敗戦の日・終戦とした・・・日本の官僚の”巧みさ“・・・僕はこの日が来るたびにそれを思う・・・。
この敗戦の日が前後十数日とか十日・・・数日・・・と、違っていたなら、僕ら・・・日本国民は・・・これほど敬虔な気持ち心持態度で・・・この終戦の日を迎えただろうか・・・と、毎年思う。・・・そう、これを成した日本の官僚・・・その儀典をつかさどる省はどこか知らないが・・・何ともはや、この敗戦の日を”お盆の日”とした官僚・・・これに感心してしまう僕です・・・。そう、各家庭やその人たち、それぞれの追憶追慕の人たちをそれぞれ思うばかりではなく、国民が一つとなって、大戦で亡くなった兵や親族、さらに他国の兵たちまでを心に描き弔う・・・そして、”もう、決して戦争をしてはならない”・・・とそれぞれが心にする・・・。
・・・この終戦の日・・・お盆・盂蘭盆会・・・と、したこと・・・その人たちが“そうしよう”と図ったことに改めて感心してしまう・・・。
古代大和の創始・・・その神話・・・霊とされ天より高千穂の地(くに)に降らされ、そこに人形(ひとがた)となって復活再生したニニギノミコト・・・そのニニギノミコトが初めて出会った”人”・・・そして、その忠実な僕(しもべ)となったその人・事勝国勝長狭(ことかつくにかつながさ)。以下、自著『額田王研究』790ページから一部を抜粋してみよう。
 二‐6‐1 「人」と出会う
     ― 統治の人材を得る ― 
ここに「天孫降臨」が達成された。そして、ここでニニギノミコトが地つ国で初めて出会った「人=事勝国勝長狭」の「事」に注目しておかなければならない。
 「紀」はいう
 ―其地有二一人一。自号二事勝国勝長狭一。―
「人=事勝国勝長狭(ことかつくにかつながさ)」に出会う。「一人」はとは、初めて人に出会う、という意味であり、また独りの人の意味でもあり、「畜」ではない「人」、階級社会における「人たるにふさわしい」の意もふくむのであろうか。ここには有能な人という意味も込めて、狄佑劼箸衢り瓩箸いど修錣気譴拭
事勝国勝長狭は、高皇産霊尊と天照大神によって与えられた地つ国(これは天つ国の神の一方的な論理)の住人である。これがニニギノミコトの地上界・人の世界・地つ国への臨場、すなわち降臨が成った瞬間でもある。
人である事勝国勝長狭が、この出会い「降臨」に際して驚きを持った様子は語られてい
ない。これは、ニニギノミコトを始め護衛の二神や五部神が地つ国の人と変わらない「体(てい)」をなしていたためであろう。表面上「神」「人」との違和感は「神(意識上)=ニニギノミコト」「人=事勝国勝長狭」ともに持たなかった。自然な出会いである。しかし、 その「体」は同じでも実は主従共に猗梢輿悪瓩凌箸任靴なかった。彼らは「半神半人」の身なのである。これを後に地つ国初の「能吏(のうり)」となる事勝国勝長狭は一瞬で見抜き、また自ずと「尊い人・神」と理解した。ここには支配者となるべき人には自ずと有能な人が集まることも暗示されているようにも思える。
*この「半神半人」の主従‐どのようにして「人化」するのであろう。
彼らは神体を失い人形(ひとかた)となった神である。もはや生誕の地、天つ国・高天
原への帰還は絶望的な身となってしまった。
新たな生誕の地は、ここ「地つ国・葦原中国(あしはらなかつくに)」である。これがニニギノミコトの名、「記」における
 ―天(あめ)邇(に)岐(き)志(し)国(くに)邇(に)岐(き)志(し)天(あま)津(つ)日(ひ)高(こ)日(ひ)子(こ)番(ほ)能(の)邇(に)邇(に)藝(ぎの)命(みこと)―
この「邇邇藝命・ニニギノミコト」「天邇岐志国邇岐志・あめにきしくににきし」と、神名と尊号それぞれに込められた命名の由来、これこそが「二つの生誕の地を名に持つ神」の所以である。
「人」「事」に出会うことは、「神つ国・高天原」との断絶が意味される。「膂宍(そしし)の空国(むなくに)」‐これは「神体を剥奪された直系の霊・ニニギノミコトの霊が、邪悪な神々のたむろする天と地の間の「鶏子(とりのこ)」のような曖昧模糊とした渾沌の冥界、虚天(こてん)空国(うつくに)、その幾重もの層を抜け出し、ようやく「事―実存」の「界・領域」に入ったことを意味する。
そこで、事勝国勝長狭から「是に国有り、取捨(ともかく)も勅(おほみこと)の隨(まま)に」と平和裡に初めて「地(くに)‐国」を得、ここに宮を竪て逗留することになる。
また、「事勝国勝」の「事」は「叓(じ)」に同じ。まつり・つかえる意。史+吹き流し。史は木の枝に祝禱の聖器・口(さい)をつけて捧げる形。廟中の神に告げ祈る意で、史とは古くは内斎(祭)をいう語であった。外に使して祭るときには、大きな木の枝に「偃游(えんゆう)‐吹き流し」をつけて使い、その斎(祭)事は大事という。それを牴事瓩箸いぁ王事を奉行することは政治的従属、すなわち「事・つかえる」ことを意味した。河や岳での斎祀はいわゆる外斎(祭)である。また使役の形式を「〜史・せしむ」のように、史を使役に用いる。すなわち、王事を奉行し政治的従属、すなわち「事・つかえる」ことを意味し、このニニギノミコトの「地つ国」における「まつりごと」における「能史(のうり)」として事勝国勝長狭は重要な位置を得ることになる。
「国」も同様の意味と解してよい。
*こうしてニニギノミコトは、いわゆる人材も得て行く。人・事勝国勝長狭は以後の王の治世における政(まつりごと)の能史・すなわち今日に到る中央省庁の官僚、そのキャリア官僚の元祖・第一号ともいえようか。
*更に「事」は、木の枝に付け捧げられる聖器「聖器‐祝禱を収める器・口(さい)」、更に「偃游(えんゆう)‐吹き流し」を表わし、ニニギノミコトを象徴し、その存在を意味し、聖器‐口(さい)に入れられ天降ったニニギノミコトが、蓋を開けられ封印を無効とされた聖器‐口(さい)から、ム(きょ)‐封印を解かれ‐蓋を取られ‐出て、ここ地(くに)つ国に「人形(ひとかた)」となって復活・再生し、統治に入ったことを地つ国に知らしめていることを表わしている象徴的な場面である。
その統治に加わった最初の有能な人、事勝国勝長狭との出会いが、このような斎(祭)事をも可能にしたのであろう。
*さて、次の神話の段階、これは神話の終焉というべき「天孫降臨」が、ニニギノミコトをもって高天原の思惑通り完了し、以降「記」「紀」には高天原の記事は無く、地つ国・葦原中国でニニギノミコトが直面し、自らが冒し、原罪として次代に受け継がれる失策と自らの素性が明らかにされる。
 ・・・・・・・・・・
と、自著の一部をC&Pしました。妙な方向へ進んでしまったが、その大役を現代の能吏?
たちは果たしているのであろうか、また、その能吏たちの本来の能力を政治家も国民も
引き出し、発揮させているのであろううか・・・また、そのキャリア官僚たちも、おろ
かにも政治の世界へ進出し、あたら能力をゆがませあるいは閉じ込めてしまっているの
ではないかと・・・たびたび思う。そう、政治は、党人・民間人が行い、それを官僚が
補佐する・・・という、図式があいまいになり。官僚の政界進出が、政治をせせこまし
く、つまらぬものにしている・・・すなわち政策が官僚主導になりつつあるこのつまら
なさ・・・与党・野党ともに・・・似たり寄ったり???しつつ・・・すり寄っていく。
・・・自著『額田王研究』の校正を進めています・・・。ミスタイピングや脱字が多く
恐縮しきりです。新版は年末か新年になってからと思っています・・・詳しくはお気軽
に電話にてお問い合わせを・・・FAXは受信機が壊れ不能、以降新機に更新せずにいま
す。
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・・・昨日は終戦の日・そして、僕は今日も漂流している・・・
8/16/Thu.   
昨日の名古屋は雨模様の曇り・・・気温も35℃を下回った。今日もまた。しかし、湿度が高いせいなのか・・・爽快感は小さい。
・・・しかし、今年の台風のなんとまあ定まらぬ???行き先???その進路は混迷を極めている・・・そう、次々と発生し・・・迷走するそれ。まさに“踵を返す”その身のこなしの機敏なことに驚く・・・そう、冗談を言っている場合じゃないが・・・それは、まさにこれまでの僕の人生のようだ・・・そう、混迷の極み・・・踵を返すことは徳家はないが・・・立ち止まってしまう。
しかし台風と違って・・・他者への迷惑はそれほど引き起こしてはいないだろうと思う。もちろん、父母家族には度重なる困惑と苦労であったに違いない。
・・・この夏・・・思わぬ猛暑・・・それは生命にかかわる危険な気温の上昇・・・観測史上次々と最高気温を更新・・・各地の気象台始まって以来なんて・・・そんな表現がたびたび。
・・・しかし、これ、この猛暑に、日本一を他所に取られてしまったと居直って見せた熊谷の女性の存在・・・女性の逞しさ・・・本質を見据え、それに正対し、くじけることなく背筋を伸ばす。
・・・たいしたものだ・・・女性とは。
そう、終戦を迎えた73年前のあの日から・・・日本の女性は新たな生を得たのだろうか・・・それ以前にもまして。そう、女性蔑視・・・こんなことは本当はありはしない・・・和漢(やまとのこ)は、ずうっと古代から・・・女性を心の底・本心に・・・認め、頼りにしてきた・頼りにしていた・・・そうに違いない・・・ときに、誤ってなすことも、威張って見せて・・・も。そう、何度も書いてきたが・・・平塚ライテフ・・・そう彼女は言い切った・・・女性は太陽そのものだと・・・本当だと思うし納得もする。
・・・どの家系にも祖母・母・妻・姉・妹・・・そして近所のおかみさん、そこここの店を切り盛りするおかみさん・・・もちろん、家庭を経営する奥さんと、周りの女たちのなんと優しそうでたくましいそれ・・・。電動アシスト付自転車の前後に乳幼児をのっけて染め上げた茶褐色の髪をなびかせ全身に夏の日を浴びてペダルを漕ぎ行くそのはつらつとした健康美。
・・・妙な方向へ進んでしまった・・・が、これを取り消すつもりは毛頭ない。
そして、僕は今日も漂流している。そう、帆と舵を失ったオレ・・・一本の竿も持たず。
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・・・この夏のことはしばらく忘れないだろうと思う・・・
8/17/Fri.
昨日そして今日は気温が幾分低い。昼間、意識しないで冷房なしで過ごせた。昨夜は、汗もかかず、ぐっすりと7時間半ほど眠った。久しぶりの熟睡・・・なんだかこころも体も爽快・・・ありがたい。
夕方、日が傾き、日陰となった垣根の向う、その青い小さな実を点け始めた柿の木にメジロの群れが戻ってきた。一月ぶりくらいだろうか。この長い猛暑の間、小鳥たちの姿も見ることがなかったが、隣の深い森の中でその幾分かの涼しさに隠れていたのだろうか・・・。そういえば、ここ数日、スズメも鳴いている。
今朝のラジオ・・・どこの山だったか・・・山小屋の周りにうっすらと積雪があったそうだ。秋を飛び越して冬?!
100回目の高校野球記念大会も準々決勝で、8強がそろう。・・・そう、準決勝、決勝と・・・戦いはさらに白熱する・・・ラジオの実況放送・・・そのアナウンサーの声も日々の熱闘についつい力がこもり絶叫、上ずった声も幾分しわがれてきたように思える・・・。
猛暑の中、甲子園のアルプススタンドが各校の応援団とともに高校野球ファンで満員の状態らしい・・・四万四五千人の満席。こんな様子は野球好きな日本ならではの風景なのだろうか・・・そう、高校生が巻き起こす熱闘・・・それに共感しあおられる・・・この国民性・・・なんとも平和で面白い・・・真夏の狂演・・・そう、くるってしまう・・・我を忘れる・・・没入・・・そう、73年前・・・ふと我に返った日本国民の暑い暑い夏もあった。
実は、僕はこの何十年・・・高校野球に興味がひかれることもなく過ぎてきた・・・。そして、先日、何気なくスイッチを入れたラジオの実況放送、その迫真の実況アナウンス・・・はっとした・・・何か呼び覚まされるみたいに・・・。
それから、この食卓書斎に向かいながら、背中に実況を聴いてきた・・・懐かしかった・・・中学生高校生だったころラジオを通してその熱闘を聴いたそのころの様々な風景光景もが沸き上がって・・・懐かしさに心がキュウっとわしづかみにされた。
・・・今年の猛烈な暑さ・・・耐えがたいその暑さに抗して冷房を点けずに頑張ってみた時もある・・・そう、老人の冷や水ならぬ、バカな夏の暑さの我慢比べ?
愚かな極みだが・・・この夏のことはしばらく忘れないだろうと思う。
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・・・秋、秋が来たら・・・遊びまわるぞ・・・そう、冬もね・・・
8/18/Sat.
昨日そ
・・・あの涼しかった数日・・・そして、それは一瞬にして裏切られた・・・戻ってきた命の危険さえある猛烈な高温・・・。
とにかく、ぶり返した猛暑・・・もう気力の限界・・・心が折れる。
タイピングの指先もそれを支える体も限界だ・・・。ええ、ごめんなさい。月末まで休みます・・・書くことも思いつかないし・・・。
それでは、改めての投稿記事をお届けするまで・・・休み。そして、この間、校正作業に戻ります(これでは休暇にはならない???。18日にバラの修正プリントが届いた・・・これをもう一度念入りに読み直しして、最後としたい。次の原稿に進みたい・・・その構想を文字に置き換えたい・・・が、これも少し休もう。
・・・そう、何もかもカモから解放されたい・・・そう、遠くへ行きたいカモ(…雁)のように???・・・ここ数年、ここ十数年、ここ何十年と・・・背に荷が、のっかっている・・・疲れた。
そう、秋、秋が来たら・・・遊びまわるぞ・・・そう、冬もね・・・心は“渡り鳥”。そして早春には”北帰行“??????そう、この湖沼を飛び立って・・・野を越えまだ深い残雪の峰を眼下に、そして流氷の海を越えて・・・行くか?先に群れ行く群れをはるか遠くに見ながら・・・打ち枯らした羽が・・・空気をつかみかねている???
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