建築家日比龍美BLOG

HITBIT 心もよう vol-106 December 2018

HITBIT[心もよう]vol-106 December 2018
5日、7日と医者へ・・・5日は半年ごとの検診。7日はひと月ごとのかかりつけ内科医・・・。そうして、八年ほど前から3月には年に一度の病院での検診がある。これは生存率何年というやや重篤な病の治療後の検診だが、幸いなことに生き延びているらしい。
月ごとに通う内科医には「こうして毎月通うようになって14年になります」・・・と、そう、連れ合いが亡くなって、十五回忌を済ませた今年・僕がたどたどしくお経を読んだだけだが・・・これとは別に、月に一度は読経をしている・・・と、思ってる?? 
独り暮らしになったとたん、いろいろな病に取りつかれ、瀬戸際(やや大げさに・・・)の人生となった・・・(もともと、生活は常に瀬戸際)・・・が、連れ合いが亡くなって、一気に体中の各部に病を得て、医者通いの人生となった・・・(生活の”箍(たが)が外れてしまったせいで・・・もともと、箍が壊れた人生には違いないけど・・・)。
・・・こういう急激な生活の変化は、どうも心的ストレスから病が起き、顕在化してくるらしい。
これは、災害による喪失、そう、伴侶や家族友人を失う、家・財産、さらに故郷をも失ってしまうという、この喪失感は、本人や他者が思う以上に心身のストレスとなって、知らず知らず・・・その心身をむしばみ、深刻な症状を引き起こすらしい。・・・このことを先日知った。
・・・チェリノブイリ原発のメルトダウンによる住人の避難・・・ここから、被災者の追跡調査などから、それまで知られていなかったストレス性の精神的ダメージという症状が見つかったという。それが、日本の“11・3・11”の大震災大津波東電原発のメルトダウン・・・爆発と放射能もれ・・・その拡散と強制避難・必然の逃避・・・心準備もないまま、一時の避難と思っていたものが・・・際限のない・期限を切らない避難生活・・・そして、転々と住居・住まいどころを強制的に変えていかねばならないことによって、これまでのコミュニティにおける人間関係と環境の喪失・・・それらが、いつの間にか心的ストレスとなって、積み重なって、自分が気付かないまま”人生の放棄”いわば”生きがいの喪失”・・・”いつ死んでもいいや・・・“・・・と。
罹災後・・・これまでの、災害や不幸が暗に再現される、夢を見ることや、あらぬ時に心臓がドキッとする・・・など、フラッシュバックにより起きると考えられていた覚醒時の“ハッとする”というような心的ストレスが・・・実は、“見通せなくなった未来・人生”・・・それに誘発される心的ストレス症状・・・これを、フラッシュ・ホワード・・・というそうな・・・これ、過去の心的ストレスばかりではなくて、”未来の喪失“にあるとき”ハッと気づく”そしてそれもが過去の喪失・不幸と重なって予想もしない大きな心的ストレスを生じているという、新たな医学的な発見?・・・そんな病があるという・・・これなんぞ僕の症状にぴったりと符合する。
・・・そう、過去に起きた不幸・・・これを知る・思い起こして悲しくなる・希望が持てない・・・それに加えて、未来にも希望がもてない・生活も不安だ・・・そう、これは、いうなれば、最後の一撃、強烈極まる恐ろしい一撃だ。一発のアッパーカットでマットに沈む・・・そう、日常的なボディーブローが俺という存在を蝕む・・・。
・・・僕は災害や原発の事故によって・・・心的ストレスを直接身に受けたわけではないが・・・生活の激変ということでは、同じようなことが十四年前に起きていた。それ以来なぜか様々な病、病のデパートのようだと半分冗談めかして思いもし、話もしてきたが、実際にデパート状態であることは確か、・・・さらに、未来がないことをも気付かされ・・・不安が充満している、現在。
・・・これをなんというのか知らなかったが、このフラッシュ・ホワード・・・という現象だと気づかされたというのか知らされた。・・・これを納得したわけではないが・・・知ったこと・・・これはまた、絶望ということ、希望のない未来ということ・・・この心的ストレスの新しく(古くから人間の生存にくっついて存在してあったのだろう、この心的悪作用)・・・この密かな恐ろしい作用・・・フラッシュ・ホワード・・・によっても、大きく重篤な病が生じる・・・この現実を、僕も身を以て知ったし・・・改めて認識しもした・・・。
本当に長いこと・・・様々に入院の必要な治療もいくつかあった・・・。そして、書いたように検診へと通う。・・・残り少なくなった人生・・・とはいっても、余命いくばく・・・なんてことではなく(それはわからない、なんてったって、人間は生き物・・・その生存の未来なんぞ、本人にもわかりはしない・・・)、その覚悟というのか、“生物としての老い・劣化・酸化・サビる”・・・そんなことが顕著になっていくということ・・・。
・・・まあ、生き物・生物とは厄介なものだ・・・殊に、人間はなまじっか、知識を持っている、また周囲にそれを考えさせる環境もある・・・それらが、いやおうなしに、わが身に襲い掛かってくるのだ・・・放っておいてくれればいいものを・・・。
*この間、辞書を引いていたら・・・「黎明・れいめい」の「黎・れい」の〔孟子、梁景王上〕「黎民、飢ゑず寒(こご)えず」は、みな民をいう。黎黒の意があり、それで農民をいう語となった。秦では黔首(けんしゅ)といった。「黎・れい」の
[訓義]1.おおい、もろもろ、ひとしい、ととのう。
    2.くろ、くろい、くろい民。
    3.オイル、年老いる、老人の顔色。 
    4.のり、履(くつ)作りに使う糊(のり)。
・・・だから、年老いると顔が黒くなるのか・・・納得というより、恐ろしいこと。
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===目次===
12/07  ・・・一週間が、新幹線がすれ違うように、一瞬に・・・
12/13  ・・・正月事始め・・・個々の家庭に「心の暦」
12/14  ・・・ハゼノキの紅葉・・・
12/18  「人が想像できることは必ず人は実現できる」-ジュール・ヴェルヌ
12/26  ・・今年の夜警の締めくくり・・・
12/31・・・さて、新年はどうするのだろう・・・この僕は・・・
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・・・一週間が、新幹線がすれ違うように、一瞬に・・・
12/07/Fri.
数日来曇り空と時々雨降り・・・今朝も少し冷えびえとして曇っている・・・北の方では雪降りの本格的な冬の様子だ。
此処、名古屋市の東部はハゼもトウカエデもイチョウも・・・紅葉・黄葉・・・も散り、残り僅かとなって歩道は落ち葉が雨に濡れている。今朝から幾分気温は下降気味。
・・・冬鳥がやってきてピーピーと鋭く鳴き、そのまにまにチチチッと、メジロらしい複数の小さなさえずりも聞こえる・・・姿も見えず、名も知らず・・・さらにシジュウカラの姿もチラッと・・・。
今朝、内科医へ診察と処方箋・・・ひと月ごとの診察だ・・・その玄関に年末年始休診の張り紙。
・・・そう、世の中は年末があって年始がある・・・。気が付けば、スーパーマーケットのBGMはクリスマスソングが流れている・・・。そんな生活から遠ざかって14年になる・・・。
・・・これもあれも・・・ついこのあいだのことのようにも思うが、一方ではずいぶん遠くなってしまった・・・そう、僕は遠くへきてしまったようにも思える。あとに残されて、放り出されて、途方に暮れているのかもしれない・・・未来を知らないまま。
・・・友人がいるわけでもない・・・知り合い・・・そんなものは、もともと成り行き・・・ただ知っている、一時は記憶していたが・・・年を経るにつけ記憶も薄れ、ついには途絶えていき・・・記憶喪失状態だ・・・必要を感じたこともない・・・引きこもりに近い生活が続いている・・・友人なんてもともといなかった・・・知り合い?・・・そんな程度かしら・・・。そう、人間関係に・・・不誠実なのだ・・・このオレは・・・と思う・・・。
・・・なぜか、こんな生活が性に合っている気がする・・・ずうっと、そんな気がしてもいる。
・・・近年、詩も俳句も読まなくなったし詠みもしない・・・。独り者になる前は・・・アトリエ・・・そう、仕事部屋のこと・・・この仕事場は、かつては、ドライエリアのある地下室にあって、連れ合いが亡くなって・・・最上階へ移したのだが・・・最近になって、もう一度その地下室へ戻りたくなってきている・・・決断はまだまだ先のことだろうけど・・・。ドライエリアから差し込む日差しや明かり・・・おわん型の壊れやすい白く薄いガラス細工のようなボタン雪がフワフワと降ってくる冬のドライエリア・・・アイスキャンデーも降ってきた・・・紐につながれ、上階の窓からドライエリアをフラフラと・・・目の端・左側に揺れている・・・そう、何の合図もなく・・・ユラユラ・・・と・・・こんな思いで・経験・・・世の中のだれもが経験したことではないだろう・・・そう、懐かしい・・・。
読書・・・詩篇や俳句集を読むのは、読書の内でも特殊なこと・・・その、時間はまた格別なことだったが、それも程遠くなってしまった・・・。今は書くことへ心が来てしまっているからかしら・・・。
まあ、そこで、仕事の傍ら、読書を重ねてきた・・・僕は、じっくりとよむことしかできない・・・速読は無理・・・ななめよみ・・・これもダメだが・・・その中に、詩も俳句もあった。
多分、蔵書は多い方だろう・・・今、最上階は書庫と書斎・・・(整理していたがいつのまにか、そう、11・3・11から整理できなくなった・・・むなしくなったからかもしれない・・・そう、11・3・11以来、書斎として使うことはほとんどなくなって、一階下がって、以来、食卓書斎だ。使わなくなった理由は・・・長周期振動・・・それに驚いたことが理由だ・・・。そう、あのゆったりした振動が、はるか北関東・東北からやってきて・・・ゆったりゆったり・・・揺れた。また、あの、阪神淡路震災の時は早朝のこと、寝室はベッドの上・・・その時も、ふとんにくるまって揺れていた・・・・・・ゆったりゆったり・・・と、そう。その気分というのか、それが怖くなって、食卓へパソコンを持って降りてきたというわけだ・・・まあ、理由はそれ以外に、コーヒータイムの上り下りが面倒なこと・・・それで、ズボラしているというわけ。
・・・書いていることがあらぬ方向へ進んでしまった。なんだったけ・・・?ああ、読書、書斎、書庫・・・そんなことだったが、その読書・・・この年齢になって、その長年の読書癖・読書歴・・・その念入りな読み方が役立って・・・先の本「額田王研究」を書くときに役立った。
僕の読書は早くも遅くもない、普通の読み方だと想像するが、世の中には数行を一度に読むとか、斜め読みとか・・・いろいろ奇抜な読み方もあるようだが、残念ながら試みたこともない・・・そうしての僕の雑読・・・いろいろ他方面に読んできた・・・そして、それが蔵書になって、今、4階(最上階・狭小敷地に住まいするには、これしか方法がなかった・・・上に伸びるか、下へ伸びるか・・・)の書棚にぎっしり詰まってい、中には床にも積んでいる・・・その一画が書斎・・・アトリエ・・・設計室・・・そう、2011年の震災以来、エスケープ・・・逃げ出してしまった。
今、このタイピングも食卓やすぐそこのリビングでやっている。・・・そう、あの本「額田王研究」の後半、というのか、解読以後の物語り部のほとんどを、ここで書き上げた、その千ページ余の・・・一冊。
・・・またまた、横道へそれた・・・というよりも、道に従って書いているわけではないから・・・逸れるというよりも、ゆらゆら揺れつつ漂っている、というのが正しい。
・・・そんな、物の書き方もある。
・・・まあ、こんな一時が人生の途中にあったことが・・・先の一書になったのだと思う。
だが、いけない、後が続かないのだ。原因の一つは・・・体力視力が、急激に衰退・無くなったこと、また、思考力も・・・。それで、行き詰ってしまっている・・・今。
打開を模索の日々。
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・・・正月事始め・・・個々の家庭に「心の暦」
12/13/Thu.
風が強い・・・まるで、春の嵐・春一番かと錯覚するような、幾分の温かさの中、晴れた日の強風・・・その今日。
そんな、番狂わせかと思うような今日の強風であるが。今日12月13日は”正月事始め“の日なのだそうな・・・。そう、正月の準備を始めようということらしい・・・。
“大根煮”とか“すす払い”とか“注連縄”の準備とか、清水寺の管長さんの例年の“一文字”・・・書き納め。
・・・うかつだったのか、”正月事始め“・・・これは頭の隅にもなかった。まあ、世の中・・・商売人が・・・何かと、年を通して、何何の日・・・と、洋の東西の行事的作業・準備などを、あれこれと探し出して、ことさらに騒ぎ立てる・・・あるいは近年の観光事業促進に、京都辺りの内輪な、各家の習わしののようなことが・・・ことさらのように取り上げられ・・・暦にまで書き加えられる・・・実をいうと、僕は”京都弁?が大嫌いだ・・・あのおわざとらしい“ねっとり”した口ぶり感覚のアクセント“・・・ことに、ドラマや紀行もののナレーションなんかで、このわざとらしいアクセント・・・それでいて、言葉の端々に”角がある“語り口・・・これは最悪で下品だ。
・・・まあ、それはそれとして置いといて、その“年末年始”・・・は、ことのほか喧伝されれている・・・そんな気配がする・・・まあ、今日の“正月始”は広辞苑の昭和三十年・三十九年版には載っている・・・この”正月事始め“は、僕が気付かなかった、知らなかっただけのことかも知れないが、ちなみに歳時記を二冊ひいてみた・・・もう、80〜100年前の古い一冊・・・これは父が、気力をなくす直前に”使え“と、くれたもの、形見と思って大切にしている・・・と、僕自身が買った40〜50年ほど前の一冊・・・これらに、この”正月事始め“なるものは載っていなかった。また禅宗の暦にも載っていない。
毎年買う日めくり暦、その2018版には”正月こと始め“と載っていた・・・。
・・・暦・・・それにしても、日めくり暦は、薄っぺらになってしまい、月暦は残り一枚。
とにかく今年も押し迫ってきた・・・が、僕は、今年に限って言えば・・・押し迫ったという感覚は、なぜだか起きていない・・・。
ただ、例年のこと・・・月暦と日めくり暦は・・・来年の手帳とともに買い整えてある。これはすでに書いたかな?
・・・まあ、年賀状を出さなくなって・・・(失礼している・・・申し訳ないこと)やはり十四年・・・何もかも、この歳月の始まりが・・・もともと、世間になじめない僕を一層隠れさせてしまった・・・といいながらこうしてBLOGなるものを披歴している・・・矛盾。
・・・何ともはやチグハグなことよ・・・のう、お前のやることは・・・と、誰かが?
・・・でも年中行事・・・これはいいことだと思っている・・・自分自身にもそんなことへ心遣ることが、けっこうある。伝統とか行事とか習慣といってしまってもいいが、こういうことを実行していくには・・・やはり、心・こころがけ・・・が裏打ちしていなくてはならないと思う。
ただの商魂が、盛んに宣伝するだけではなく、生活の一面に年中行事として・・・個々の家庭に「心の暦」があってもいいのではと思う・・・そう、他者の言うことに振り回されない、家庭ごとの年中行事・・・そんなものが・・・懐かしい。
・・・若い頃より質素な生活だったし現在も質素だが・・・父の正月、正月には必ず紋付の羽織を着て、徳利(瓶子ではなかったが)と小さなお鏡餅を盆にのせ、家族を誘うでもなく、独り、氏神様へ初もうでに出かけ、帰ってから、仏前に参り、経を上げていた父の姿を思い出す。
・・・そう、こんなことを懐かしく思い出す・・・そんな、ふとしたことへつながる年中行事のこと。
やたらな、ショップチャンネルでのお節料理の宣伝なんぞ・・・醜いし、なくてもいい。
・・・家々の台所で、煮豆・田作り・・・母に倣ってみんなで、昆布巻きを作ったこと・餅つき・鏡餅・のしもち・・・そして雑煮のこと・・・質素ながら・・・正月ばかりでなく節(せち)ごとの様々な家庭行事は、年末で締め、年末に始まった・・・そんな様々なこと・・・それぞれの家庭の”正月事始め“があった。
・・・病弱な母を手伝って、長男の僕をはじめ、妹たちと弟・・・そんな思いでは、宝物だ。そして、それにかわって、連れ合いのかいがいしい暮れの準備のすがた・・・懐かしく、そして、新しい生活の一方では気づかわしく思った父母のこと・・・と。
・・・そうして今、この暮れも、僕は正月の準備に、スーパーへ二度三度と買い物に行き、大晦日を前に、注連縄を掛け鏡餅を飾り、出来合いの“おせち”を小さなお重に詰める・・・ええ、“おせち”をお重に詰めることだって・・・独りになって、これは僕自身の役目となった・・・。
・・・こんなこと、たぶん、体が動く間は、ささやかに続けていくことだろう・・・。
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・・・今年の一文字「災・サイ・わざわい」・・・
12/14/Fri.
ここにきて、国土強靭化に予算をつけるとか、閣議を開いたとか・・・聞き間違い?
・・・でも、国土強靭化については、防衛装備品の巨額化への批判として僕は「国破れて山河ありというが、守るべき国土が自然災害によってなくなってしまう現実に直面しながら、過剰すぎる国防を言い、ごり押しを進め軍拡をすすめるアベ・・・」と、こんな風なことを数か月前に一二度書いた。
ようやく、すっかり忘れていたことを総理大臣アベも思い出したと見える。
・・・総理大臣というように・・・偏った思考・行動・・・で、肝心なことを忘れてしまっては、職責は果たせない・・・そう、心してくれ「防衛すべき国土が自然・人為の災害で失せてしまいつつある日本」このことを。
今年の一文字「災-サイ・わざわい」・・・清水寺の管長さん、よくぞ選んでくださいました。ありがとう。
・・・しかし、災害はむなしい・・・。
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「人が想像できることは必ず人は実現できる」-ジュール・ベルヌ
12/18/Tue.
ここにきて・・・専守防衛をすっかり忘れ、過大な防衛装備に巨額を湯水のように支出しながら、そう、国民に明瞭な説明もなく、自然災害に対して国土を強靭にするといったのに、今年の自然災害は、人為的な災害もまた、そう、頭の上の貯水池が崩壊、その出水によって殺された人がいる、それ。
・・・防衛問題や経済問題・・・中朝の軍備と日本の防衛・・・徐々に景気は上向いているとか、経済問題を議論する番組、そこに出て語るコメンテーターら・・・当たり障りないことばかり言う、どの番組も同じような顔ぶれ・・・言うことも同じ・・・そんなものらの言うことも信じられない。
彼らは、政府批判を全くしない・・・たとえ政府与党への批判的なことを言った後には、必ず批判を批判としておかず、必ずホローする・・・そう、野党の姿勢がどうのと、批判の対者の姿勢をも批判して見せる・・・これは間違いだ。ここには、コメンテーター自身の見苦しい保身が見える。すなわち、これを”公平”というかの様・・・。
・・・国民は常に政府批判をしなければならないし・・・ウオッチ・ワッチ(船員ことば)・・・監視をしなければならない・・・これは国民の義務であるし必須・・・忘れてはならない姿勢だ・・・。
国民の”目“から政治に向ける”批判・監視“の眼差しが失せてしまったとき、国は・国家は危うくなる・・・今、これが失われた時だ・・・だからアベはやりたい放題・政党は堕落し、無気力・・・平和への努力をするよりも、国に国民に国防の必要を言い、単に危機を言いつのる・・・これは、最も稚拙な政治手法だ・・・政治能力のない政治屋は、危機を言いつのれば、いかにも国に自分が国家を心配し寄与しているかの印象を与えることが出来る・・・と、自分自身が気付かないで、本能のみで政治をやる・・・。
今のアベは・・・外国との平和外交を自らすることなく、おべっか外交ばかりに行動している、このアベ政治。そして、国民のほとんどもまた、大企業へ、給料のアップを要請する・・・子地論中小企業へは、こんなことは要請しない・・・。大企業へばかり顔を向け、耳を傾ける
そんな政治屋におだてられわずかな増額のサラリーで一応の満足をし・・・貴重な一票を・・・意味のない一票にしてしまうのだ。
わずかな増額の給料で一応の満足をする・・・これもまた大切だ・・・そう、過去、戦後の国民の内のサラリーマンは、その割合は現在のように大きな割合ではなかったはずだ・・・が、僕の父もまたサラリーマン、薄給にもめげず、われら家族を養ってくれた・・・その様子を目にし、肌で感じてきた。そして、世の中、同じコミュニティの中に給料で生活する、生計を立てる家族がどんどん増えていくのを見聞きもしてきた。
・・・国民皆が・・・そこそこの生活に耐え、それぞれの職に最大限の寄与を為して、次第に生活を向上させ、企業に貢献、国を豊かにすることへもおのずとかかわってきた。そこには、敗戦ということが何だったのかと、過去の政治、国家体制へ目を向ける、国民すべてが、振り返って、なされてきた政治や政治家が何をし、戦争をしたのか、敗戦とは何か、新しい憲法の精神とは何か、掲げた理想はどんなことなのか、われわれ日本人は、今、国家はどうあるべきかと・・・戦後の未来へ、国民としての理想を、国家というものを肌で感じ・・・貧しいともいえる、生活に耐え、国家をつくっていこうとすべての国民が決意した。もちろん、保守も革新も同床異夢、その勢力の多少を国会に反映し、巧妙な保守が政治権力を握って抜きんでて、戦争の責任を軍部に擦り付け、戦後政治を時に失いつつも、巧妙に官僚を操作しつつ、主流であり続け、今日に到っている。
そして、軍備に関しても米国の言うままに拡張しつつ、安保の下に、核の傘によって守られているかのようなあいまい極まりない、外交姿勢を国際政治の場で取りつつある。
そして、欺瞞をもって巧妙に憲法解釈をなし、憲法の精神を踏みにじりつつ、周辺国の軍拡・その攻撃力の脅威を言いつのりつつ、例えば、空母まがいの多目的用途艦を作り、完成後数年で、用途変更をもくろみ、艦載機を回転翼機(ヘリコプタ)から固定翼機も可能へと改装するという、きわめつきの悪知恵を働かせた筋書きの下に、攻撃空母ではなく、侵略された離島奪還のため、その固定翼機・ステルス性を備える戦闘機を載せられるように目論んだ。また、この“艦載機を訓練の時だけ使う”だ・・・とまでいう。訓練の時とは毎日日常的な訓練が、必要であることが当然に在りながら、こんな言い回しをする。こんな言い回しは、かつての安保条約締結においても、同じような言い回しを聞いたような気がする。そう、これは詭弁だ。こんな詭弁が、国民に受け入れられるとは思いもせず、正面切って堂々と言い放った。この2018年の12月。安倍内閣の時。厚顔無比・・・恥だ。
この言い回し、これは内閣の遺伝子が言わせたこと、これは完全な欺瞞、“うそつき”の考えたことだ。
・・・どんなに軍備を強化しても、あいまいな核の傘に守られているとの吹聴しようと幻想である・・・守られている、抑止力になっているとのこの幻想、どんなに強力な軍備も、どんなに多くの核兵器を持とうと、平和はどこからもやってこない。
・・・すなわち軍備に頼ることの愚かさを21世紀の今日も気づかず、国の政治をけん引しているこの愚かさ・・・そう、裸の王様だ。
・・・戦後、この国家の未来への一歩を・・・平和憲法を守ること、この日の丸を握りしめて誓ったはずなのに・・・国家としての自立・・・これを認識せず、政治の位置にいながら、敗者が追従者としてのみにヘリ下り、国民を顧みなかった当時の政治屋・・・理想のかけらもなかったその姿勢は・・・今日に、直接的に受け継がれて来てしまった。
・・・これは政治・政治家ではない・・・巧妙な政治屋としての、己にしか心と目を向けなかった者が・・・国家ということを認識せず、敗北者・敗戦国の者との自己感覚の、その貧相な政治姿勢・・これを、恥もせず、地位にしがみつき、欺瞞の政治屋が欺瞞の政治を、服従(ついしょう)という矜持もない、理想・理念をどこへやら捨て去り、単に取引の当事者へ自分を置くことに満足するという、取り返しのつかない、政治的な、国際的な位置的な・・・失策を為した・・・。それは、招いたのではなく・・・意識することもない・・・ただ敗者としての侮辱的姿と思考に走り、取り返しのできない失敗を為した・・・。その末裔が今日も政治屋として存在し続けている。
・・・しかし、この現状を自らが変える勇気を持てば可能なはずであるのに・・・それに気づかないし、周囲も、国民も、それをしないで・・・手をこまぬき、素知らぬ顔だ、愚かにも・・・そう、日本国民は何を期待し黙しているのだろう・・・か。
変わるには・・・一時、不安、危惧、懐疑、逡巡・・・そんな心模様もあるだろう。しかし、今、変わらなければならない時・・・それができる権力というものを持つものが、その者自身が気付き決断する・・・ただ外交の場面で・・・欧米と同じ画面に居並ぶ自らがあることに満足することと、それこそ望んだところだと・・・妙な低劣な、満足に浸りきって・・・真の国家のあるべき姿そのものへの指向・思考・・・根本的な理想主義を忘れ、心を失っているのではないのか。さらに、この者の背後に、誤った助言や方向を示し、にんまりとしながら、その助言や提言のままに動き発言するその姿に“してやったり”とほくそ笑んでいる輩が、存在するのではないかと、本気で心配する。
そう、おべっか外交・自虐的服従ではなく・・・政府専用機に乗って、アフリカの貧困国・エボラ出血におののいている国、紛争・内戦に疲弊している国へ・・・救援物資を満載した輸送機を何十と引き連れて・・・夫人とともに自分自身が届けよ・・・そんな、身近な問題へ目を向けた政治をするべきだろう・・・国際問題にしても・・・というより、そういった行動が本当の外交だろう。
そう、アベ自身のやっていることは、国内外に起りつつある貧困と災害と内戦・紛争への日本の意思と志を示さないまま・・・欧米先進国の首脳と同じTV画面にそのアジア人の顔をならべれば事足ると思っているのだろうか・・・。

今日もこうして書き、此処に言いつのってきた・・・こんな政治が、自然災害・人為的災害をも引き起こす・・・まったく、罪なき人が、このようにして殺される・死ななければならない・・・今、日本にもこんないい加減な施策の末に国民が泣いている・・・そう、現在、強行されている沖縄の新基地・へのこ・辺野古・・・この基地建設も同じ政治姿勢・思考・・・で強行されているのだ。
ここには、米国に対して、正面切って物を言えない日本政府・その総理大臣がいるのだ。これは歴代・・・の自民党政権が為してきた政治姿勢そのもの。
平和外交に熱意を示さず、米国一辺倒な”土下座外交“・・・大企業ばかりに目をやり、おべっかを使うごとき政治姿勢もまた国民軽視だし、国辱ものだといってよい。
・・・政治は総理大臣のためになされるのではない、すなわち、総理大臣が“やりたいことを以てして政治をする”のではないのだ。国民のために、国民に向かって、その国民とは、力も言葉もない、慎ましやかな、無辜の民・・・何の罪もない人たちであることを、一瞬たりとも思い出すことがあるのか。
・・・これは、国民に向かって常に言葉を発する・・・官房長官・・・スガだったか?・・・その者のものの言い方に、国民軽視の姿勢があらわに表れている・・・その言葉使い・・・早口で語尾が蛇尾のように消えて行って何が何だかわからない、それ。反省すべきだ。
・・・記者に言う、そのそっけない、不足で不遜で貧相な言語・・・そうではなく、国民に丁寧に誠意をもって語る・当該の外国に向かって語る・モノ言う・・・これが国の政治をつかさどる・また、関わるものの全くの責任だ・・・。
そしてもう一つ・・・沖縄本島の地図・・・この中に多くの米軍基地、キャンプが存在する・・・それを明記してみれば、その超広大さに気づくだろう・・・沖縄本島の基地の存在・・・それを、常に国民に示せ・・・沖縄に関するニュースの時に。
沖縄本島の括(くび)れた部分で、南北に分断するその基地の広大さ、そして南と北の広大な基地。基地の移転ではなく、基地の撤去を進めよ。さらに、訓練エリアをも。
“南西方面の警戒のために沖縄の基地は必要だ”といったその根拠を国民に示せ。その南西方面とは”どこの国か“これを明確に言え。
・・・現防衛大臣・名前すら覚えられない・・・それが代替え基地、辺野古基地の建設の工事差し止めによる、工事の遅れのために、返還が遅れると、・・・この言い草・・・は、最低だ、国民を軽視して、なめてかかっているこの者も最低だ。
この返還の遅れは・・・沖縄県の責任だと・・・言ったのと同じこと・・・この遅れは、政府が為した、政策に根本原因があることを棚に上げて・・・よくもぬけぬけと、いったものだ。基地そのものの存在を根本から考え、ものを言え・・・これは大臣の失言だ。
・・・沖縄の米軍基地の存在・・・この現状は異常だと国民ならずとも気づくに違いない・・・そう、世界中の人々が・・・日本の政治姿勢をあざ笑っている。
・・・この日本の根本的に間違った政治の方向・・・防衛力強化とアメリカへの追従姿勢・・・これに対して、平和希求の考えを広めなければならない、と思っているそう、中朝露を仮装した脅威ばかりをあおり、これがマスメディアにおいて一方的に流される。
すなわち、社会的にも、家庭的にも、学校教育にも。
これを全国の小中高の生徒にも繰り返し教え知らせる、そしてその父母にも・・・隠さないで。また、戦争と平和について家庭でも語り合う・・・そんなこと、これを何気ない家庭の会話の中で、話し合ったことがあるのだろうか。そうすることは、政府には脅威になるとでも思っているのだろうか。学校教育においても同じことだ。家庭と学校で同時に平和の大切さそして平和外交の重要さを幼少の国民にも考えてもらおう。そして未来の日本の存在の在り方を語れ・・・それは、どの国へも、この地球上での軍拡国家のどれにも属さない国を目指すと・・・語れ!・・・そして、目指すのは究極の”平和国家”だと。
・・・これ、理想を語れ・・・日本はどの勢力にも属さない、永世中立国をめざす・・・と。
・・・そう、ジュール・ヴェルヌは言う「人が想像できることは必ず人は実現できる」と(語句は幾分違っているかもしれない)。
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・・・今年の夜警の締めくくり・・・
12/28/Fri.
ここにきて、真冬になった。日本海側を真冬が覆いつくしている。また、九州、四国も降雪・・・初雪のところも。
此処名古屋は曇り空もあり、気温は下がっているが、ほぼ晴れの日が続いている。
先日26日は今年最後の夜回りに参加した・・・年末以外は毎月第三金曜日20時からと決まっているが、年末だけは世話役の方々がお骨折りをしてくださって、参加可能者の割り振りをしてくださる・・・。この東明町の参加者の少ない中で、古参の方々のお骨折りで、毎月とこうして歳末の夜回りが長年続けられてきたようだ。来たようだと、他人事に聞こえる言い方・・・これは本当に他人事として、聞こえもしなかったし、僕は気にもかけなかった・・・が、あるきっかけから昨年11月ころから参加させていただくこととなった。まあ、いつまで参加できるのか心もとない体だが・・・今年、平成30年は皆勤賞だねと・・・声をかけてくださった、世話役・・・こうして何気ないこと・・・人は自分のことだけに生きているのではないこと、そう、パンのみに生きているのではないこと・・・日ごろから、僕自身が学生にもいい、自分にも言い聞かせてきた、父からも言われてきたこと。こんなことを、こうした形で、少しだけだが、行動して声を張り上げる・・・戸締り用心、火の用心・・・と、初めの頃は声も出ず、声を出すタイミングも外れる・・・で、おぼつかなかったが・・・半年ほどで、幾分なれ、一年の終わり・歳末になった。
・・・夜警とは大げさだけど・・・声も出し、雨で回れない夜を除いて、参加させていただき、“皆勤だね”とのお声をいただき、過分のこと、できすぎだよと自分の心に言い、幾分気恥ずかしい思いもした今年の締めくくりの”夜回り“・・・戸締り用心、火の用心・・・と、声を上げる・・・。
声を上げる・・・これ、日常、会話さえない日ごろの暮らし、声帯も退化し、声、会話、電話口(これが一番ダメだ・・・とっさの声が出ない)、何かの声出し・・・等々、が満足にできなかったこの14年ほどのこと・・・おかげで、少しは”発声“が楽になってきた・・・でも、まだ一方では、ブツブツと家の中で独り言・・・を、やらかしているらしい自分に気づくことも・・・と、ある意味ではそれなりに、いい参加ができたと思っているし、とにかく、世間話をしないでも、参加できることがとてもいい・・・話ベたなボク・・・そう、これには助かってもいる。
まあ本当に第三金曜日が来る度に、雨は降るかしら、上がるかしら、やっぱり今夜はダメかと・・・幾分がっかりしている自分に気づくなどと・・・閉じこもり老人?!の思わぬ自己発見をもして・・・そうだ、来年も、可能ならご一緒させていただこうかなと・・・そう、責任あることはできないけど・・・1時間ほど歩くことは、宵ごとのウオーキングの一回分を・・・この夜回りにするだけと、思いもし、昨年29年の10月だったか、お誘いくださったお人にもいいきっかけを頂いたと、こころのなかで感謝した。
・・・東明町は、急坂が多い町、その一周は、なかなか過激?だし、男は老人?ばかり(ごめん)、失礼・・・女性は、お若くて元気(ホント)・・・昨年末は、老婦人がお二人ほどご参加され、内、お一人は足が幾分不自由ながら、この急坂を上り下りされ、それを介添えなさる男性も・・・これには驚きもし、感銘を受けたというのか・・・これも・・・その、息の上がる坂の町・・・を、巡っておられる、それに驚き、敬意さえ覚えた。
そんなこと・・・まあ、身近なところにも感銘というのか感心させられることもあるものだと・・・そして、来年も可能であれば、参加しようと思ったのでした・・・そう、これは、われながら不思議に。まあ、いつ辞めることになるのか、皆目、先のことはわからない・・・膝の故障がもう何年も続いているし・・・急坂はなかなか手ごわい・・・いや足でした・・・怖かったのは。
・・・そう、あのレンブラント?の絵・・・「夜警」・・・の場面(またの名を「バニング・コック隊長率いる火縄銃組合の人々」、・・・あんなに”カッコイイわけではないけど“(ごめん)・・・多分、参加のみなさんは、少なからず、あんな”気概“をお持ちになって、参加されているのだろう・・・と、好きな、あの「絵」を思い浮かべているボクです。(なぜ好きかって?・・・そう、この「夜警」という題名がとてもいい)
そうそう、東明町の皆さん・・・参加してみてください、この坂道歩きに・・・。ええ、夜の坂道の町を、こだわりなく歩けるのは、なかなかの気分ですよ。
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・・・さて、新年はどうするのだろう・・・この僕は・・・
12/31/Mon.
先日、お鏡餅の飾りや注連縄をすでに買い置いた・・・これで用意はバンゼン!!!?
昨日30日はお正月の飾り餅や食べ物・・・お鏡餅や雑煮の切り餅(僕は切り餅文化圏・生まれも育ちも)・・・鏡餅は大を一組、中を一組、小を四組・・・大と中は三方に飾った。
そして、おせち・・・これらも。独り暮らしでも一応のことはするようにしている・・・そう、朝だけは・・・元旦だけは。
・・・しかし、これもだんだん億劫になってきている。あと何年続けられるかといったところだ。それに、建物・ガラスの掃除は・・・とうのむかしに辞めた・・・が、あったかくなると思い出したようにすることがある。
・・・そう、老いること・・・ずいぶん以前のことだが、ある文学評論・研究者・・・その老いられたお姿をTVでお見かけしたことがあった・・・その評論を好んで読んでいたボクにはショックだったが・・・それでも、そのスーツ姿に感銘もし、一方で痛ましささえも見た・・・そう、体にそぐわなくなった肩や背・・・着こなし・・・老いとは・・・痛ましい、と思ったし、父の老いた姿をも思い出し悲しくなった・・・そう、母は・・・いや、やめておこう。そうそう、父母の亡くなった歳までには僕は十年ほど・・・それまでは到底生きられそうにない・・・。
・・・老いる・・・それは必然・・・自分にも、ひたひたとその足音が聞こえてくる。背に・・・迫ってくる、来ている・・・体調や発病に・・・追いかけられていることは確かだ・・・追いついてボクの背を捕まえてくれと思うことも度々だ。
この終末をどう生きるのだろうと、予測のつかない、このことに幾分の焦りはある・・・。そして一方・・・どうでもいい・・・世の中そして命、これは、なるようにしかならない・・・一生懸命生きてきたことは生きてきた、命に執着はない・・・なんて、本音とも虚勢とも自分にはわからないが・・・。
・・・これもなるようにしかならない・・・。
でも、早く連れ合いをなくしたことが一番残念だ・・・そう、もう少し、もっと長く、ずううと・・・一緒にいたかった。
・・・妙な流れになった・・・こんなこと書くつもりじゃなかったのに・・・。
一昨日・土曜日の全館掃除はいつも通り済ませた・・・雪降りだった午前中は窓を開けられなくって、午後になったが・・・何とかやり遂げた。そして、今日、今宵・大晦日、最後の掃除は・・・先ほど掃除機を使って食卓回りキッチンを掃除した。寝る前に、居間・階段を掃除すれば、お正月・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
毎月のこと・・・だんだん書くこと・タイプすることが無くなって・・・また、むなしくなって・・・新年も続けられるかどうか自信がない・・・。
そう、十年ほど・・・中休みの一年ほどを除いて、曲がりなりにもタイピングできた・・・。この手段を持つことも出来・・・憎まれ口をほざいても来た・・・。
・・・どうするかなと、この一年・・・月ごとに、月初めに・・・迷っている自分がいることも知っていたが・・・きょう、この2018年の大晦日まで、何とか進んできた・・・。
来年は「元号」が代わる・・・天皇の譲位という思いもかけないこととなって・・・それでも、次代の天皇の存在があること・・・「元号」・・・どんな元号となるのか・・・。
・・・この元号・・・日本の歴史・文化を表現し続けてきたことは確かだ・・・元号が無くなってしまうことがないことを祈ろう・・・。
しかし、本当のことを言うと・・・天皇制は・・・長子の継承が望ましい・・・そう、男女にかかわらず、本当はそうあるべきだと・・・ボクは思う。
・・・ボクが書いた、万葉集の中の“未解読歌の解読”を軸にした研究の読み物・・・『額田王研究』・・・これ、そして千ページ余の大著、重さで勝負してるつもりはない、やはり中身だ、だがこの中身を理解する、万葉集研究者はいそうにないが・・これを書いてきて・・・日本の歴史・文化を語るとき、この必然性・・・元号の存在・・・この必然性は簡単には否定できないと、強く思ったし、女大王(天皇)の存在を支えた飛鳥時代・・・この時代は王権が激昂した時代だと強く感じもし、日本の歴史・文化の基本・基礎、そして・・・国家体制も含め大王(天皇)制も確固たるものに仕立ててきた時代だと思う・・・。飛鳥時代、短くはあったが、ここに推古紀を加え、飛鳥の後の藤原の時代(これも飛鳥時代ではあるが)は合わせてほぼ100年ほど・・・ここには、女大王・女王・・・の存在とそれを支える公卿らの存在があった。
この時代は倭国・倭・大和の国家体制の模索ともいえる時代、倭国の文化の芽生えの時代でもあったし・・・そこは陰謀が渦巻き、王権が激昂し、公卿らが生き残りに命を懸けた時代ではあったけれども・・・大王位の継承を認め、文化の面でも王権の基礎をようやく据え大王と公卿らはそれに応えた時代だったといえる。
女大王を中心に据えた国家・・・これは、国をやや虚弱にはするが、それはまた国を一つにまとめた時代でもあると思う。すなわち政治が純粋になればなるほど女大王の存在は国家を一体にする。
今、これから何十年かの時代・・・この新時代の後の時代が新たな天皇制・・・男子でも女子でも「長子継承」・・・を、国家体制の冠にすべき、転換すべき・・・時だろうと思う。この体制は、平和憲法を掲げ、日本が進むべき道、その新たな道へ踏み出す、絶好機だと思うがいかがだろう。
・・・いまの、政治体制を昭和憲法の下に問い直すには絶好の時だと考えるが、いま、世間の憲法・政治学者も、政治家と自任しているらしい輩も、この国家体制を考えることに対しいては無関心のようだ・・・これは、彼らに、国家の未来へ向ける心根が存在していないことを意味する。そう、未来を見据えないで、目先の権力志向にばかりに目を向けている輩が、国を牛耳っているこの日本・・・ここで、譲位を決意した天皇は、もう一言・・・男子でも女子でも「長子継承」・・・を、提唱されるべき時だと思う。
国家の行く末を危うくしている・・・政治家たちの愚昧さを憂い残念に思う。
この薄学の(博学ではありませんよ・・・)ボクでさえ考えているのに。
・・・こんなボクだけど・・・じつは日常は、西暦を使って、元号はあまり使わないでいる・・・。
・・・そうそう・・・『額田王研究』・・・無名の著者・ボク・・・(でも、この本、なかなかいいですよ、確かに解読した歌・・・)これ、流通にのせる方法も知らなくて、方法もよくわからなくて、苦戦している・・・よき方法などありましたら教えてください・・・あるいはよき出版社をご紹介いただければ幸いです・・・。
そう、ボクはスマホは使っていないし、パソコンのメールも実際は操作がわからないし、時間もない、そして、ファックスも故障をきっかけに使わなくなって・・・ただ、固定電話だけは壊れたけど新しくした。そう、留守の時もあるけど、どうかこの電話で、いろいろ教えてください・・・。
・・・なんだか、妙な方向に進んで、とめどなくなった。これも、いつものことだけど。
さて、新年はどうするのだろう・・・この僕は・・・。
・・・とにかく大晦日のご挨拶・・・今年もいろいろとありがとうございました 貴方様には新年もさらにご健康でよき歳となりますように・・・
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