建築家日比龍美BLOG

HITBIT 心もよう vol-110 April 2019

HITBIT[心もよう]vol-110 April 2019
・・・元号決定・その背後?・・・
2019年5月1日に向けて、時代の時間が動いている。
今上(平成)天皇の退位の意向・決意なのであろう、それが2016年8月の“天皇のビデオメッセージ”(いわば、次代を先駆け行く新しい手法)によって表明され、それによって、退位が政府によって決定され(象徴天皇の故、このような手続きになるか)、国民にも納得され、平成の皇太子が平成31年5月1日に即位し新天皇となるその道筋が示されてきた。
それに先立って、新元号が、現在の政府によって4月1日に決定されるという・・・。
本来、元号制定は、天皇即位直後に制定されるというが、人間天皇、政治に関与しない、という建前から、政府が変わって元号選択制定に積極的に、昭和天皇崩御から、この度の天皇譲位に伴う退位と新天皇の即位という、時間的流れを政府が決定して来たということらしい。また、平成に続く元号の選定も政府の重要な役割となったようだ。
これには、たぶん、歴史学者・漢学者・漢文学者・国学・国文学者・中国史学者・・・などなど、漢字圏に関する日本国内の、先に示したような研究者ら・・・が参加され
”新元号“の提案・提示がなされ、この決定に先立っていくつもの”案“が模索され提示されるのであろうか・・・そして、提示された、いくつもの”案“の中から新元号が選ばれるのであろうか。
新元号に到る秘密裏な過程・・・ここに、政治的意向がはたらくことが危惧される、この危惧は・・・現政権が背後に持つ暗闇が働くのではないかと・・・これまでの現政権の為してきて、国民に与えた印象、国民が感じ持ったいくつもの疑惑を生んだアベ政権であること、その疑惑が国民に納得されることなく、政権と自民党公明党によって幕引きされ、次のステージへ進んでしまったことに対する、大半の国民が持つ現アベ政権が持つ暗く深い疑惑への懸念である・・・。
それは、元号決定の30分後に、総理大臣アベがこの元号についての説明(説明の意味?どんな事を述べるのか?)をするということから・・・国民であるオレが感じてしまう、あの二つの学校設立に関する疑惑と同様の・・・アベ現政権が何かしら働きかけてしまうことから発する“忖度(そんたく)“・・・が、生じる・・・そんな懸念・・・これを、思うのだ。そう、こうしてしゃしゃり出てくるというその一事において、感じてしまう、疑ってしまう・・・そのこと。
・・・アベが、その現政権がそこまでは関与しはしないだろう・・・と、期待とも信頼とも疑惑ともつかぬ“どろどろ”としたものを、安倍政権の背後に見てしまうというのか、ふと思ってしまうほど、現政権に対する国民の不信?は大きいのだ・・・。
これはオレだけなのか、おれの感覚が過敏すぎるのか、オレの不信感が強いのか・・・これはオレ自身にもよくわからないが、元号の背後に・・・もしかすると総理大臣の意向が働く・働いた・・・と、危惧というのか。疑ってしまう俗物・オレ・・・が、いる。
そう、官房長官が元号を発表したその後、総理大臣アベがしゃしゃり出て、新元号の説明などをするという・・・いわば、目立ちたい・・・そんな意向に対する、いわば下種(げす)の勘繰り・・・こんなことまでを考えてしまうオレ。
ただ、オレには”元号“というものは、”天皇一代ごとの元号“・・・これが、あってもよく、また日本史において必要でもある、と考えている・・・そう、天皇制(象徴天皇として)の存在とともに日本国には、日本を考えるその思考の基底の存在としても、そう、日本史は天皇の存在とともに考えると、把握しやすい・・・。
ボクは、著した『額田王研究』に述べた飛鳥時代では皇極紀まで元号は存在しなかった。孝徳紀になって‐大王孝徳元年(645)年六月十九日−初めて「大化」と号したのを始めとするが、この書では大王一代ごとの「紀」、それを日本書紀に依拠した時代区分として、ボクは採用し、推古紀・舒明紀・皇極紀・孝徳紀・斎明紀・天智紀・大友紀などと大王統治の時代ごとの事件・内政・外交、などを示してきた。さらにこれに、西暦を書き加えることによって、時代の特色を大王の存在とともにわかりやすく示すことが出来たと考えている。
そして、これ以降の時代は、西暦とともに”元号“を明らかにすることによって、日本の歴史を理解する手立てとしてきたように思える。
(この記事は平成31年3月31日PM10時55分に書き上げた)
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===目次===
4/01  ・・・元号決定・その背後???・・・
4/08  ・・・煩悩と業(ごう)・・・
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・・・元号決定・その背後?・・・
4/01/Mon.
新元号は『令和−れいわ』と決まった。これは熟語としては存在しない。新しく考え組み合わされた文字『令』と文字『和』からなる新しい熟語ということが出来よう。これを「れいわ」とよむ。
元号(年号)は明治になって天皇一代限りの年号とすると決まったのであるが、この2019年の天皇退位により皇太子が5月1日に天皇即位する。
これに先立って、新元号が、現在の政府によって今日4月1日に決定されるという・・・。今日であるが、この元号決定の在り方は、本来の元号決定とは後先が逆なのではないかと考えるが、天皇が政治に関与しないということから、政府が主導し、先に元号が決定された。ここには、政治・経済・社会通念など、さまざまに年号・元号がついて回るこの日本の世の中において、即位までの一月の間を余裕ある世の移行を促すということか。
ところで、新年号・元号−令和・れいわ−この二つの文字・漢字・・・新たな熟語ともいえるこの字の出典は万葉集から、その巻五の「梅花の歌」、その併せて三十二首の序文から抽出という。
   梅花歌卅二首并序
 天平二年正月十三日 萃二于師老之宅一 申二宴會一也 于レ時初春令月 気淑風和 梅披二鏡前之粉一 蘭薫二珮後之香一 加以 曙嶺移レ雲 松掛レ羅而傾レ盖 夕岫結レ霧 鳥封レ穀而迷レ林 庭舞二新蝶一 空歸二故鴈一 於レ是盖レ天坐レ地 促レ膝飛レ觴 忘二言一室之一裏 開二衿煙霞之外一 淡然自放  快然自足 若非二翰苑一何以壚レ情  請紀二落梅之篇一 古今夫何異矣 宜下賦二園梅一聊成中短詠上

 梅花(ばいくわ)の歌三十二首 并(あは)せて序(じょ)
 天平二年の正月の十三日に、師老(そちのおきな)の宅(いへ)に萃(あつ)まりて、宴会を申(の)ぶ。
 時に、初春(しょしゅん)の令月(れいげつ)にして、気(き)淑(よく)風(かぜ)和(やはら)ぐ。梅は鏡前(けいぜん)の粉(ふん)を披(ひら)き。蘭は珮(はい)後(ご)の香(かう)を薫(くゆ)らす。
しかのみにあらず、曙(あした)の嶺(みね)に雲移り、松は羅(うすもの)を掛(け)けて、盖(きぬがさ)を傾(かたぶ)く、夕(ゆうへ)の岫(くき)に霧結び、鳥は穀(うすもの)に封(と)ぢられて林に迷(まと)ふ。庭には新蝶(しんてふ)舞ひ、空には故鴈(こがん)歸(かへ)る。
ここに、天(あめ)を盖(やね)にし地(つち)を坐(しきゐ)にし、膝(ひざ)を促(ちかづ)けて、觴(さかづき)を飛ばす。言(げん)を一室の裏(うら)に忘れ、衿(きん)を煙霞(えんか)の外(そと)に開く。淡然(たんぜん)自(みづか)ら放(ゆる)し、快然(くわいぜん)自(みづか)ら足る。
若し翰苑(かんゑん)にあらずは、何をもちてか情(こころ)を壚(の)べむ。詩に落梅(らくばい)の篇(へん)を紀(しる)す、古今それ何ぞ異ならむ。よろしく園梅(えんばい)を賦(ふ)して短詠(たんえい)を成すべし。
万葉集巻五の「梅花の歌」、その併せて三十二首の序文はこのように述べている。
漢文・漢詩は僕には読めないが、こうして仮名交じり文にして格調高く、弾むような心が読み取れる。この序文全体がこの春の宴会の園、そこに漂い来る梅の花の香、この時、この場において、何をなすべきか、そう、ここに集いし者たちが今こそ、この梅の花の薫りを聞き、ここにそれぞれが”短歌“一首を詠み残そうではないか・・・このめでたい集いに(令の字の醸し出すめでたさがこの集いの場に広がっている・・・めでたさ・・・)。
そう、こうして老師の健康を祝い集う私たち、この梅園にて一首を残そう・・・。
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・・・元号決定・その背後?・・・
4/01/Mon.
新元号は『令和』という。無粋なことになるのかもしれないが、この二文字の文字情報の一部を漢字辞書から得てみよう。ただし、説文・甲骨・金分・・・これら、象形文字の初形は、文字化けしてしまい、ここに示せないのは残念だが、お許しを・・・。
【令】
[字音]レイ・リョウ(リャウ) [字訓]みことのり・いいつける・よい・せしめる・たとえ。
[象形]礼冠をつけて、膝まづいて神意を聞く人の形。古くは令・命の二義に用いた。
〔説文〕九上に「號を發するなり。人(しふ)卩(せつ)に從ふ」と会意に解する。人を人(あつ)めて玉瑞の節(卩)を頒かち、政令を発する意とするが、卜文・金文の字形は、神官が目深に礼帽を著けて膝まづく形で、神意を承ける等とみられる。
[訓義]
1.おつげ、神のおつげ。
2.みことのり、ふれ。
3.いましめ、おしえ、いう。
4.よい、ただしい、めでたい。
5.させる、せしめる、いいつける。
6.もし、たとえ。
7.伶(れい)と通じ、めしつかい。
【和】
[字音]ワ・カ(クヮ) [字訓]やわらぐ・なごむ・かなう・こたえる・したがう
[会意]禾(か)+口。禾は軍門の等。口は粟(さい)、盟誓など、載書といわれる文書を収める器。軍門の前で盟約し、講和を行う意。和平を原義とする字である。
[形声]声符は禾(か)。龠(やく)は笛。楽音のととのうことをいう。〔説文〕二下に「厘(ととの)ふなり」とし、「讀みて和(くわ)と同じうす」という。〔一切経音義、六〕に引いて「蟹樂和厘するなり」に作り、楽音の調和することをいう字である。和は軍門で和議を講ずることである。両者は字源を異にするが、通用することが多い。滓が禾声に従うのは、農耕に関する儀礼に、籥(やく)(笛)を用いることがあるからであろう。金文に珂(やく)の字があり、これも籥と力(耒(すき)の等形)とに従う。〔大克鼎(だいこくてい)〕に「克を王の實(こと)に珂(かな)はしむ」、〔士父鐘(しほしよう)〕「永命に珂はしむ」のように用いる。滓・珂が禾・力に従うのは、農事が陰陽律呂にかなうことが重要視されたからで、のち戦国期の鄒衍(すうえん)は、陰陽五行を以て律呂を按じ、寒冷の北地にも農耕を可能にしたと伝えられる。
[訓義]
1.ととのう、音律がととのう、あう、かなう。
2.やわらぐ。
3.和と通用する。
[古訓]〔字鏡〕滓 マジハル
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*以上、漢字辞書「字通」から「令」と「和」の字訓や訓義などの文字情報を見てきた。
また、ネットでニュースを見ていて、『令和』の解釈を語っていた記事を見つけた。それをここに紹介しよう。
*外務省は、平成に代わる新元号「令和」について外国政府に英語で説明する際、「Beautiful Harmony=美しい調和」という趣旨だと伝えるよう在外公館に指示した、という。今月1日の新元号発表後、「令」を「order=命令、秩序など」と訳す外国メディアがあったのを受けた措置で、外国メディアにも個別に説明している。
 「令和」の発表後、国際的に影響力が大きい英BBC放送が「order and harmony」と表すと報道。「令」については「Command=指令」を意味すると報じる欧米メディアもあった。外務省の担当者は「令和の意味を正確に訳すのは難しいが、全く異なる解釈をされるのを避けるため、趣旨を伝えることにした」と述べた。
 外務省内では「令」が律令など法律の意味で使われることがあることから、『令和』は『法の支配に基づく平和』とも解釈でき、日本の外交姿勢になじむ」といった声も出ている。【秋山信一】・・・と、インターネット上のニュース番組から署名記事を引用させていただき、添付しました。メディアの社名は見落としましたが、秋山さん、ありがとうございました。
・・・リュウ、4月7日に記す・・・「令和」について、僕が漢字辞書『字通』から引用した文字情報は、外務省の説明を裏付けるものと思う。ただ、こうした政府見解あるいは意図した”熟語?・・令和“の意味だけでは、解釈が浅く狭く、元号としての本来の漢字字義が希釈されてしまっているようにボクには思える。
すなわち漢字本来が内包する”神の存在・神の宣託“・・・象形文字が呪祈祝祷に際してその呪術者がよみ取った甲骨に現れた文様の為す意味・宣託あるいは神託・・・といった、根本的な意味が、オブラートで包まれ、元号としての深い意味が失せてしまっている、と思う。
文字情報、その初形・象形文字そのもの「[象形]礼冠をつけて、膝まづいて神意を聞く人の形。古くは令・命の二義に用いた。」・・・これが、この新元号「令和」を理解する根本にないといけないと、ボクは思います。ボクは、この「礼冠をつけて、膝まづいて神意を聞く人の形」・・・これ「令」の「象形」の意味するものを見つけた時、“説文・甲骨・金文・・・これら、象形文字の初形は、文字化けしてしまい、ここに示せないのは残念だが、お許しを・・・”と、この「令」の初形を見て感じたことを述べておきたい。
実は、今上(平成)天皇が被災地を経巡りされたとき,必ず目にする、その天皇の姿勢・・・それがこの「令」の初形・象形文字の初形・・・として、「礼冠をつけて、膝まづいて神意を聞く人の形。古くは令・命の二義に用いた。」とある、その姿そのものを以て、被災者に接するその姿そのものであることに気づいた。
すなわち「(礼冠をつけて)膝まづいて民意(神ではない)を聞く天皇の姿とその形」そのものなのである・・・。
・・・象形文字では「礼冠」を「菅笠・すげがさ(これは僕の表現)」の形、漢字の部首の二画では”被り物は「冖」この一字」が見えるが、すなわち、神意を問い聴くときに被る冠はこのように菅笠の形「ヘ」の様だったのであろう、そして、その礼冠の下には、膝まづいて、それは、踵を上げ、十の足指で上半身を支え両の腕を膝にし、膝を床(土)に支え、両の腕を差し伸べた形を、その形を平成の天皇はとられ、被災民に接し言葉をかけられた・・・ボクはそのジャンパー姿の天皇に思い到る。
また、「命」は、やはり礼冠をかぶり膝まづいて両の手を差し伸べ「聖器さい・口」をささげる形を表す。すなわち、神意ならぬ、人・国民の言葉を天皇は聞き、受け止め、言葉をかけられた、のであろう・・・。
・・・そう、この「令和」を元号の候補に出したという万葉集・万葉集歌の研究者は、また、天皇のこの象形文字の初形の姿をも思い浮かべたのであろうか。
・・・なんとまあ、漢字の世界とは深淵であり深遠・・・な世界だと感動を改めてボクは覚える。とにかく、この新元号「令和」は、よみも字形もいいものだと思う。
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・・・平成最後の日・・・
4/30/Mon.
今月四月は体調が悪くて、ようやくここまで書きました・・・申し訳ないけれど、平成最後のボクのブログはここで締めにします。来月5月1日からの「令和」新元号にも、健康の許す限り書き続けたいと思っています。
・・・僕は「昭和」に生まれ戦中戦後の困難な世情の中、祖母と両親に育まれた。そして、その戦後の昭和という平和ではあったが激動の世の中でもあったし、希望の世の中でもあった・・・そう、日本国民が力を合わせ、また、それぞれに、現在と未来に、自ら身を粉にして「頑張った」時代でもあったのだろう・・・。そう、悲劇的な時代を経て乗り越えて・・・ある意味では幸せな時代であったかもしれない・・・そんな戦後の昭和時代・・・もちろん、あの対戦は・・・日本国民すべての不幸せであったことは確かとしても。
そして、昭和天皇の崩御、新元号「平成」になって、・・・なんだか日本人がギスギスし、他者への思いやりを忘れ、礼を失し、自らとその家族、そう、両親を捨て、おのが核家族へ逃げ込んで、都市生活者面(づら)し、ろくでもないB級グルメとやらに小躍りし喜びを表すような、下品で小者のB級人間へと、自らを貶めてしまった・・・そう、僕自身のこと・・・実は僕はB級グルメさえほとんど、いや、ここまでまったく口にしない粗食者。そして、この2019年5月1日、その貶めた心身の僕は新たな元号の本・・・やはり日本人(にほんじん・・・ニッポンジンではない)であり続けていくこと、として生きていくことになる。
この後どれだけ生きていくことになるのか・・・また、世の中とかかわっていくのか、そう、平成に、日本人が手にしたスマホなるものに埋没、若者かバカ者かわからないほどの利己主義がはびこって、電車の中で、いち早く空席へケツを押し込み、スマホへと埋没、全く他者を顧みないアホ人間・アホ日本人となってしまった・・・それでも、降車駅を間違わず、そ奴は席を立ちスマホを見つめたまま降りていく・・・。
そんな中、やはり、ヤツ以上にアホな僕はスマホも手にせず電子メールなるものも、SNSが何やら、IT、これも何やらさっぱりわからず・・・その原理もわからず、このホームページ屋がつくってくれた“ブログ”とやらに、こうして自分をさらし続けている・・・愚か者・・・なんともこの世とは、オレにはさっぱり訳が分からない・・・俺自身も何者か?・・・面白くもない世の中だ。
でも一つ良いことがあった。そう、パソコンで文字を打ち表せること・・・このことは、願ってもないことだった・・・そう、ボクにとっては・・・ありがたいことだった・・・この昭和の末から平成最後のこの日まで・・・とにかく、ありがとう・・・良くも悪くも、このオレが生きてきた時代・・・。そういえば、昨日は4月29日「昭和の日」だった。令和になっても“昭和の日”は続くのだろうか?
また、十連休という平成31年4月27日土曜日から、令和元年5月6日月曜日までらしいこの元号の移行への日々の連休・・・。これは僕には何の関係もない・・・が、この新緑の風景・・・我が家が接するこの里山・・・これを愛でて日々を過ごそう・・・薮のそこここにあった、ムラサキヤシヲはずっと先に姿を消し、薮のフジが紫色の花房をつけはじめ、ウオーキングをする道筋にあるベストポケットパーク・・・そこにある藤棚にも紫の房が下がり始めた・・・そしてその隣の八重の桜・サトサクラはピンクの花びらを自身の周りに戯れか、良きことを寿ぐのか、その花びらの厚く積もった絨毯を敷き詰めた。
そう、昨年は、この花びらが散り敷く前・・・満開のサトサクラの花の下に、自転車を止め、夢中になってスマホを差し向けていた少女のことを思いだす。
・・・ここ数日続いた思わぬ夏日が・・・なぜか早春の膚寒さへと逆戻りして・・・日常の着るものを・・・あれこれと・・・僕を戸惑わせている・・・おお寒い!・・・そして”平成さようなら・・・“・・・・・・なんだか、昭和生まれのオレ・・・ずいぶん長く生きてるなと・・・思わぬ冷え込みに、この生身の自分を実感している。
・・・きょうは雨降りとなった・・・シトシトと、新緑が幾分濃さを増した里山が、雨に濡れている。この雨降りの日は、平成最後の日から明日の令和元年5月1日へとつながって降り続くと、天気予報の女性気象予報士はラジオの朝番組で言っていた。今日明日と日本中が静かに皇位の継承を見守りながら続くのだろう・・・とにかくめでたい日ではある。
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