建築家日比龍美BLOG

HITBIT 心もよう vol-118 December 2019

HITBIT[心もよう]vol-118 December 2019 
12月、師走です。
気温が下がってきましたが、例年のような寒さといいますか、冷え込みは感じられません。元気にお過ごしでしょうか。お風邪さらにインフルエンザにお気を付けください。
この一年、2019年は日本列島が異常気象にさらされ、大変な被害が起きた。21世紀になってから徐々に危険が増しつつあり、このままでは数十年後に農山村の人口は激減するかもしれません。戦後の農山村は、若者が都会へと去っていき、新生児がほとんどいなくなるなど、残った人たちの高齢化が進んで、農山村は疲弊しているところへ、過酷な自然災害に曝されるこことなって、被災した農山村は復興を目指そうにも、その構成員である人が亡くなり戸数は減少し、復興、その気力さえも失い、村落自体が必然的に消滅していく状態になっている。
これはすなわち、国土が内部崩壊しているようなもの。人々の目が都会にばかりに向き、政治はもとより企業もすべてが都会へと向かって、経済的な効率的、近視眼的な指向が当然の世の中になって、背後、奥地・ヒンターランド・hinter- landへの思いが希薄になって、今年のような激甚災害の多発、その水害の発生を知って、ようやく被災地へ目を向けることになるのだけれど、後の祭り・・・取り返しのつかない結果を目の当たりにすることとなる。
一方で、東京圏、いや現在では関東圏というべきかもしれない政治機能の集中を促しつつ東京を中心として人口と経済の機構の集中が極端になって、その都市機能へ資本もが集中投入されるという現象が顕著だ。これは関西圏においても同様の傾向にある。そのために、オリンピックあるいは万国博覧会の招致という、いかにも福祉的娯楽的な様子を前面に押し出した、都市改造が進められてきていることも、その巧妙な、いわゆる”我田引水”的、資本の吸引であるのかもしれない。
これは一極集中の現象だ。しかし、このあらゆるものを網羅した都市への人や資本の集中こそ、自然やあるいは人工的な脅威・テロや戦争には脆弱であることに、反省や危機感として、政治も企業も自覚しているようには見えない。そして、その一方では、武力的な国力の充実が、これも巧妙にすすめられ、そのために、国土、山河、そのコミュニティーの、疲弊が進んでいることへ政治や資本からの思いや眼差しが向けられることもない。地方放置という、いわゆる背骨の欠如した、資本主義の政治と経済が二ホンの現状なのだ。
さらに、二ホン国民においても、その大多数を占める者らすべてが、愚かな政治屋に引きずられ、足元を見失いつつある。一億数千万の国民が、浮かれ酔い、踊らされ踊り、金もうけの一団の一人になろうと、踊り走って、インバウンド・inboundと熱狂的歓迎ぶりを見せる。あげくは、情緒も余韻もない、外国人へのヘツライに明け暮れ、なにやら騒がしい国となって、落ち着きなんぞどこにもない、売りにしている情緒に、汚らしいキツイ、いわゆる京言葉と東の東京・関東圏に満ち溢れることになった。
・とまあ、この流れからはみ出し、世間・社会から逃げ出したボクは思っている。
・何を書こうとしていたのか、忘れてしまったようだ。ごめん・・・。
ええっと、そうだ・・・。
100年50年の間に、二ホン国民が曝されたことがないような風水害や地震さらに沈黙していた活火山の活動が活発になるなど、日本列島の危機的状態が続いて起きている。北関東・東北にここのところ群発めいた地震の多発がある。また、気候変動の面からみれば、近年の夏の季節、この高温と風水害は殊に顕著だ。
・こんな時こそ、国家の在り方、国民の意識・・・国全体が、列島の現状、その日々起きつつある悲惨なありさまへ耳目を向け、それをわが身のこととして受け止めべきだったのに、それがうやむやにされてしまった今年のこと。
総理大臣が、その立場を使い“桜を見る会”なるものを、官房長官の所管のもとに、年々豪華にして、果ては総理大臣夫人の招待枠までもがしつらえられ、地元選挙区からは選挙民が大勢招かれた。この“桜を見る会”なるものが、総理大臣アベに私物化されたようなありさまになって、その様子が、今年になって、国民の批判にさらされるという、お粗末極まる、それこそお粗末総理大臣と、なってしまった。そこには、過去の自民党が、ある意味で、自らの長期政権に、自民党それ自体の堕落の兆候を見て、あるいは予測自戒し、さらに、総理大臣そのものの長期在任をも警戒して、二期であったものを、アベがその第二次アベ政権の発足において、自らが長期政権を為すことを画策しつつ、その在位期間の延長を図り成功したのであるが、結局この長期政権は、過去の自民党自体が自戒して来た、長期政権の悪弊そのものを体現することとなった。
それは、第二次アベ政権において籠池・加計と、その疑惑を為しつつも逃げて逃げ、うやむやに自己責任・その夫人への疑惑をも逃げきって、結局、この平成31年の”桜を見る会”において、増長しきったアベの所業として、糾弾される結果となったが、国会は休会となったのに、それでも野党の追及はやまず、結局、これも逃げきってしまうのだろう。
さらに、この春の桜を見る会での一場面、何かうれしいことがあったのか、かけっこをしているアベと、ニシムラとかいう腰巾着、彼らが走っているのは、確かに、逃げ足とみれば、そのかけっこが役立つのだろう。
ここ数年に露呈してきたアベの所業は、ここに極まってしまったかに見えたが、スガが、楯となって見事というのか、冷や汗もの油汗ものの官房長官スガは額に脂汗を垂らしながら語尾を濁しつつも、この者もその腰巾着ぶりを発揮して、アベの信頼をますます勝ち取った。そして来年へと、この者らは走りこむ。

・一方で、今年は日本国民と二ホン国においては、平成の天皇の譲位・退位と、続けて皇太子が新たな天皇として、“令和”という元号とともに即位するという新たな経験をすることになった。
この平成天皇の退位の意向は、デジタル時代にふさわしいというのか、天皇自身が直接ビデオメッセージによって、その意向を明確にし、これをどのように進めるのか、国民にゆだねた、すなわち、国会に委ねたということなのだろう。これは、昭和憲法の言う象徴天皇としての、面目躍如というところだった。

ここに至るまでの激動の昭和、太平洋戦争の敗北とともに昭和の新憲法が定まるまで、旧憲法の明治憲法・大日本帝国憲法の行方と、その立憲君主性の行方、さらに軍備戦力の保持・徴兵制という、国家と国民と天皇一家、さらに華族の存続の問題と天皇制の存続がどのようになるのか、敗戦国国民である日本国民は少なからぬ関心があったことだろう。結果、明治憲法が廃され、華族もが廃されて、かろうじて昭和天皇の象徴としての存続と、その親族のみが皇族として残された。
新憲法は天皇制の存続と、主権在民のもとに、民主主義と自由主義を高らかに宣言した。さらに背景には財閥解体と、農民への土地の分配、すなわち農地解放による大地主の廃止と小作農の廃止などと、新憲法では自由と平等という民主主義の時代がもたらされた。すなわち、日本社会における根本的な身分制度が廃されたのであった。

しかし、この時、敗戦国の国民の、さらに夫・父あるいは息子を戦争で失った国民、この戦災で家族を失った国民には、明治憲法をどうするのか、さらに、もし新たな憲法をつくるとするならどのような憲法にするのか、あるいは、天皇制をどうするのか、そして、新しい時代における、イデオロギー・国家体制はどのようになるのか、ということは、国民に諮(はか)られることなく、占領軍、実質的には米国の憲法学者と軍人ら、それに戦後処理の日本の憲法学者や類する学者らによって、草案が為され、練り上げられ、この時の世界のイデオロギーの二つの潮流、その民主主義と社会主義の内、占領軍が米国を主体とする民主主義国であったため、偶然、敗戦国の新たな国体は民主主義・自由主義を標榜した陣営へと、経済的には資本主義国として、財閥解体とともに自由主義陣営へ組み込まれることとなった。これは結果的に二ホン国民にとって幸いなことであったと、その後のソヴィエト連邦、その多くの社会主義・共産主義国の行方を振りかえればれば思われる。

ここに、天皇制も象徴としての存続とはなったが、その結果を戦後の昭和・平成と過ぎ来て、世情、ほとんどの国民は、ようやく令和の新時代を納得し、天皇制へも新たに賛同を示したように思われる。
そこには次なる時代の天皇の姿・在り方、存立の姿勢・・・への国民の関心もがついて回って、昭和天皇は崩じ、その皇太子が平成の元号とともに時代の天皇となった。その天皇が即位28年だか29年だったか、突然退位の意向を示し、国民皆が驚いたが、その意志を貫き、今年平成31年半ばに退位し、この令和という新たな元号と新たな天皇が生まれた。
それら退位を表明する平成天皇の姿は、これもデジタル化した社会の映像を以て、好意的に国民に見守られながら、その姿をあらわにしつつ、国民の支持を得てきているのだろう。
この好意的な国民の関心、これは背景にある、戦後の二ホン国が平和であること、あの敗戦から70年余、戦争が起きなかった、国民がひきおこさなかったことが、そのことも含め、代々の天皇の努力と、そこにある皇后の人間性、そして人間天皇の姿に国民が共感を持ったことによるのだろう。
このことを、平和憲法・昭和憲法の存在とともに国民は、この一見すると平和な国の存続をどのように願い、この将来の姿の維持へどのように関わっていくのだろうか、この昭和の“平和憲法”、ここ数年のきな臭い政治の主導する現実とともに。
・・・僕はこの文を12月5日木曜日午前1時から2時10分にかきました。さらに、思いつくたびに加筆したり、修正したりしてきました。
・・・ボクは最近寝つきが悪く、昨日、遅くはありますが、床に入っても、数時間して今日になるという繰り返し、そんな不健康な睡眠時間の少ない日々を過ごしています。
ああっ、ばたんきゅうと8時間眠りたいです。これから眠り直し・・・。
5日夕国にも、校正とともに加筆しました。
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===目次===
12/03  ・・・冬が来たかな、冷えてきたというのかな?・・・
12/05  ・・・広島・旧陸軍被服支廠取り壊しの危機・・・
12/06  ・・・イスラエルのパレスチナ占領区への入植の危機・・・
12/10  ・・・普段使わない言葉を日常化し常套句とした者ら・・・
12/17  ・・・自分自身の心の襞へ・・自分を貶めるのか・・・再録
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・・・冬が来たかな、冷えてきたというのかな?・・・
12/03/Tue.
12月も病院通いが重なるうちに過ぎてしまいそうだ。
名古屋はここ数日、寒くなってきた、冷えてきたというのかな?
目の前の里山は紅葉が進み、先月から数日前の快晴の日々、その夕日の斜光が射す頃になると、快晴の青空を背景にして、黄金色にと黄葉が輝きを増し見事だった。その木々も落葉の時を迎え、黄色と紅色がどんどん散り、常緑樹の木々の間に散り敷いた。そして冬枯れの林と常緑樹の濃い緑のコントラストへとその山容は沈んでいくが、その姿も間もなくだろう。
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・・・広島・旧陸軍被服支廠取り壊しの危機・・・
12/05/Thu.
広島に残る旧陸軍被服支廠が取り壊しの危機にあるという。赤レンガの旧被服支廠4棟は太平洋戦争、その原爆投下によって被曝も倒壊せず生き残ったこれも、二ホン国民が自戒を以て戦争を忌避する貴重な戦争遺産だ。
建築的には鉄筋コンクリトート躯体に、レンガを数十兩僂濔紊嘉修衂佞院∩澗里箸靴60僂曚匹諒病里魄戮垢箸いΑ
この建物は、軍隊の工場だった。ただの倉庫や工場ではない。そこには一部の管理者としての軍人がいて、その他は徴庸されたのか、多くの女子生徒を含む女性たちが働いていたという。
この建物は、いわゆる戦争の生き証人といってもいい。
それが、いとも簡単に壊されようとしている。ましてや原爆の被曝建物だ。
それが姑息にも一棟だけ残し他の三棟は壊そうという。その大きな理由は、四棟で全部を保存しようとすれば、おおよそ90億円必要であるが、一棟であれば約9億円ほどで済むという財政的な理由によって、一棟だけは残したいということらしい。
広島には被曝のシンボルとして、かつての勧業館だったか?その被曝した姿が原爆ドームとして、今、かろうじて保存されてきている。これも、もし大きな地震にでも見舞われれば、崩壊してしまうかもしれない。そうすれば、被爆の惨状を記録・記憶し遺すという建物は消えてなくなってしまう。

広島県や広島市にとっては、戦後建てられた原爆資料館が、それだけでいいのだろうか。
もし、本当に財政的なことだけで、この広島・旧陸軍被服支廠、この原爆被爆遺産の保存か否かが決められるということでは、あまりにも“さもしい心根”だと、思う。
財政的に苦しい、維持管理するのも、先の見えない保存期間である、それはすべて、根本的な財政的な計画が必要であるとするなら、まず、取り壊すという短絡的なことへ走らないで、近い将来へ保存し遺産とすることへ努力すればいいのではないのか。
そのために、遺産・資料として保存することへ、努力する、その財源を何とかして得る方法はないものか、と知恵を出し合ってはどうだろう。

一億数千万の人口の二ホン、その国民が、それぞれ1円10円100円と、志・反戦の思いを込めて寄付すれば、保存し維持する資金くらいは何とかなりそうだ。
また、その寄付を募る行動・呼びかけを、平和教育の一環と考えれば、幼稚園から小学生中学生高校生へと広め、これを基として、平和を志す国民運動として、戦後の日本の国民が犠牲を払った戦争の後の社会に、復興を通じて戦争のない平和な国というものがいかに大切なことであるのか、ここで、今一度振り返り考える機会となるような、そのシンボルとなるような“保存運動”を広島県・市・・・が起こしてはいかがだろう。そう、この細々ながらの平和であっても、これが100年200年、できれば永遠に続くことを夢見て運動をおこし展開する・・・そんな意思を広島と二ホン国民はこの時であるからこそ、改めて展開すべきだとボクは考える。

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・・・イスラエルのパレスチナ占領区への入植の危機・・・
12/06/Fri.
イスラエルがパレスチナへ侵攻しパレスチナから奪い取ったヨルダン川西岸地区へ、イスラエル人の入植が続いている。
背景には米国トランプのイスラエル支持の表明と、その証なのだろうか米国大使館のテルアビブへの移転、すなわちイスラエルがテルアビブを首都とすることの承認とパレスチナ自治区のヨルダン川西岸地区への侵入と入植、さらにこれらをトランプが認めたということがイスラエルにとっては正当性があるということの確認としてのトランプと米国の意思表示。
この占領地への入植は、ジュネーブ協定で禁じている“戦争国間で占領した相手国の地区への入植を禁じた”ジュネーブ協定への違反を、トランプが無視し、イスラエルを支持したことを、どの国も非難せず放置しているこの破廉恥さ。
そのイスラエルはナチスドイツ、ヒトラーが犯したユダヤ人迫害・虐殺“ホロコースト“その悲惨な民族であることを、免罪符であるかのようにして、得た現在のイスラエルの地、そのパレスチナの地に飽き足らず、拡大をし続け、自らが体験し知り尽くしている戦争の悲劇・悲惨さを忘れたかのように、今現在、罪なきパレスチナの民へ、ヒトラーとそのドイツ民族への報復かのような侵略と無差別な殺戮占領を、ヒトラー的無慈悲攻撃をもつて為していると、ボクには思える。
これは、全く、トランプの人としての誤りが為しつつある”罪“、その”実の事”なのだということを国際社会・地球の民は自分のこととして恥じなければならない。
いうなればトランプは米国の大統領になるべきではなかったし、今もあるべきではない。
米国民は次の大統領選挙では、このヒトデナシな大統領なるものを落選させねばならない責任がある。そして世界は、この“自分ファースト“トランプに、おべっか使いしつつある二ホンの首相アベを、軽蔑を以てみつづけることだろうし、すでにこれは現実になっているのに、この二ホン国の国民は恥もせずにいる。
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・・・普段使わない言葉を日常化し常套句とした者ら・・・
12/10/Tue.
近年、国際的国家的な要職にある者が非日常的な“言葉”を日常公式の場面で常套句としているのを、われわれは耳にする。ことにこの3年ほどの毎日の新聞、あるいは毎時のラジオ・TVニュースに繰り返され、近頃その言葉の異常さを感じなくなりつつあるようだ。
・米国大統領トランプが、TVカメラに向かって、普段あまり使わない言葉を、吐きまくる。
 ・・・これはテロだ・・・フェイクだ・ウソだ・・・陰謀だ・・・陥れようとするものだ・・・。と、声をからし、ジェスチャーを交え叫ぶ、この異常さ・・・。

そして、米国民は何かにつけ”誇りに思う“と、いかにも心の底から思っているかのように、恥もせず、これを常套句としている。
・日本の首相アベも、TVカメラに向かって吐きちらし、都合の悪いことには、答えず、肝心なこと、には沈黙する。
 ・・・憲法の改正・・・自民党の党是だ・・・丁寧に説明していく・・・説明責任を果たす・・・任命したのは私の責任・・・。
忘れ去った約束の言葉もワンサカと残っている。
・・・私が拉致被害者を取り戻す・・・国土を強靭化します・・・と、このむなしさ。
 ああっ、アベの言葉はすべて”吐き捨て“だ。
国民が聞きたいこと・・・森友学園籠池夫妻の切り捨て・・・加計学園・・・桜を見る会の私物化・・・そこにチラツクご夫人の度を越えたご活躍の結果の見苦しさ。
そして、拉致被害者はいまだに帰って来ず、家族は皆年取られるばかりで希望は見えないし、約束のアベは北朝鮮へ出向く様子もない・・・それら。
吐き捨てと沈黙と無視・・・あるいは忘失・・・?・・・。
任命した大臣の不祥事の背景などの説明もないまま、罷免ではなく辞任を受け入れ、たちまち即座に新大臣を任命。
丁寧に説明していくと言いつのりながら、カメラとマイクロホンから、くるりと踵を返し逃げ去る。
・考えてみれば、世の中とはふしぎなもので、これらの言葉を吐き散らしながらジェスチャーたっぷりな肝心なことの何の説明責任も果たさず、TVカメラ・マイクロホンに得意顔を見せ早口でまくしたてながら、国民をバカにしているのか、あるいは国民がバカなのか、この“言いパナシ”に魅了されるのか、世論調査には支持率が変わらず高く出る、この不思議な国民のいる国・二ホン・・・。
 首相アベ・・・腹の中には(・・・責任なんて取らないよ・・・)・・・。
 国民・・・無為・無駄な在位最長ですね総理大臣アベ殿・・・。
総理と夫人・・・まだまだ続けますよ国民の皆様・・・わが夫は、そしてわたくしもまだまだ元気に・・・よろしく・・・ね。
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・・・自分自身の心の襞へ・・自分を貶めるのか・・・再録
12/17/Tue.
11月号に書いたボクの心の揺らぎ、他者に対する不安や不信、そして自分自身へ跳ね返ってくる過去の自分の所業の結果・・・
そう、何のことはない。長引く夏がボクの“身・口・意”いわゆる密教でいう三業(さんごう)のいずれか、あるいはすべてにおいてボクを狂わせたのだ。
日々が孤独で会話もなく何の楽しみもない暮らしの中で、思考あるいは行動が、消極的になって、目標らしきものがあるにもかかわらず、それが確定せず、前進しないで、同じところで足踏みを続けている。いわゆる堂々巡りをし、ただ日々刻々と時が過ぎていき、焦りに似たものが堆積し心を鬱屈させていく・・・そんなことを思いつつも解決の手段はなく、心身に得体のしれないものがのしかかる。
それに加えて、時に必然から出くわす人が為す不誠意に、人に対しての不信を一層増幅させられ、社会というのか自分以外の者への関りから極力身を引くこととなる。 
それにしても、この世、このボクとおなじ二ホン人らは、なんと誠意がなく底意地の汚い奴らばかりなのだろうと思うのだ。かといってボクに誠意があり思いやりがあり清廉潔白な人間であるとは言えないだろう。意識するしないにかかわらず、悪者として、さらに幾分かの悪さ、そして、人として疑問を抱かせるような考えや行動を為してきてこれからもなしていくのだろうかとも思う。
あるいは“故意の堕落”というような、意識しての堕落に自己を追いやるというような、矛盾した考えや行動をすることがあるかもしれないし、過去にはそんなことをしてみたり、やってみもしたい誘惑にかられもした。
そう、ドストエフスキーの『罪と罰』、その主人公、元学生ラスコーリニコフの心の襞(ひだ)へ分け入り観察したくなる、誘惑を感じたことさえある。
また、人はなにがしかの罪を自らに与え(自ら取り込む)、その罪の重さに自らを耐えさせなければならない、そして、それを知ることによって、他者への共感や憐憫を知り、そんな“業”を背負うことによって人は自らが人となりうるのではないのかと、すなわち、人は等しく薄汚れた者、自身が薄汚れていくことによって他者を批判しない他者への慈しみを知る、それは、世間の垢にまみれたものほど他者への思いやりや理解とでもいう共感を身に着け知っていくのかもしれないと、思ったりしたのだ。
いわば、“正義を捨てる自己矛盾”という混乱した思いにとらわれもした。
親鸞さんが言ったという・・・善人なをもつて往生をとぐ、いわんや悪人をや・・・と、これを理解すること、そうボクの解釈?・・・善人はそのまま放っておいても往生を遂げる、そう、極楽往生、浄土へ行けるかもしれないが、悪人はそのまま放っておいては往生できないで彷徨し漂うだろう、中には地獄へと、それ故、この世の悪への救済を祈られ、めざされ、如来となられた阿弥陀仏、そう、阿弥陀如来へ、その絶対の救済仏であられることを我ら衆生は是認し敬い、絶対の“ナム・なむ・南無”をもつて “南無阿弥陀仏”と六字名号を唱え祈り続けることで衆生(しゅじょう)が救われる、とされたそれは、本当の善人がこの世に皆無なゆえに、救われるべきは人皆同じ、それ故、貴賎・貧富・老若男女、すべての人が罪ある己、薄汚れた中には濃く汚れ切った己を自意識しなければならない。
自分は薄汚れたもの、濃い汚れを自ら作り出しているものであること、中には完全な汚れ物・・・そして人はみな同じ人なのだ、みな同じように祈ろう、念じよう・・・と、親鸞さんは言いたかった、このようにボクは解釈する。
しかし世間は、親鸞は・・・善人なをもつて往生をとぐ、いわんや悪人をや・・・といっている、そうであるなら、薄汚れではなく大いに汚れ大悪人である己こそ救われる、とそんな曲解を為した者・悪者が多くいたそうな・・・そう、俺、ボクもそんな一人かもしれないね。
そう、こんな風に思うボクは、現代におけるただ一人の逸(はぐ)れ者・・・ただ独り、地獄へ落ち、孤独な地獄の責め苦へと閻魔様に振り向けられ、孤独に地獄の責め苦を背負うことになるのかも・・・“ナムアミダブツ”・・・と、逸れ者の独り言(ご)ち。
・・・と、11月号に書いた。
・・・普通、人は、老いぼれれば迷わなくなるはずなのに、ボクは過ぎてきた生き方を顧みて、悔い多い、迷い多い・・・この、人生を振り返っています。
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来年、令和2年・西暦2020年・・・このBLOGを書き続けられるか・・・自信がありませんが、まあ焦らないで、書いていけたらと思っています。
途切れとぎれとなるのかもしれませんが、ボクのページへアクセスしてみてください。
・・・お読みいただいている貴女に、また貴方へ・・・ご健康にて、今年よりもいくらかでも、幸おおい年を過ごされます様、お祈りしつつ、今年、平成から令和へと、ともに過ぎ来ましたことを感謝しつつ、新年を迎えたく思います。
それでは・・・再見!
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